マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

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外伝。斎藤家の生存戦略

 長尾景虎が五千貫を単独で用意し、他の者と連名すれば一万貫に登ることになった。

今川治部大輔義元や武田大膳大夫晴信の他、本願寺が強力に後押しして実現することになったという。しかも普段は間に入る将軍家の横槍も無く、下はおこぼれに預かる公家のみならず上は後奈良天皇までも満足したという。

 

さらに関東平定の流れを受けて、東国全体に緊張が走ったこともあるだろう。

自らの国が攻められては叶わぬと、出征せずに守りを固めた大名が多かったのだ。奇しくもこの天文二十三年に戦が起こらず、気を良くした後奈良天皇は後の正親町天皇である方仁親王への譲位と改元を行う事を決めたのである。一万貫もまたその為の予算に組み込まれたという。

 

「馬鹿な。何故、このような時にこのような愚かなことを……」

「これが何を引き越すか判っておるのか義龍!?」

「家臣ですら大名を殺して成り上がる。耄碌した親を追い落とすことが何ほどか!」

「それに世の流れくらい判っておるとも! 武田も今川も三河攻めに必死よ。一番の懸念であった長尾は呑気に上洛しておるぞ! 尾張を併呑するのは今をおいて他はない」

 美濃の蝮こと斎藤利政は子である義龍により強制的に隠居させられた。

親子二代で美濃を掠め取り、様々な政策で戦国大名化を図った利政。その強引な手腕は問題を引き起こすと同時にある種の畏敬を持って扱われていたのだ。だが近年になって争っていた織田家と和平を結んだり、娘を嫁として送り込んでの緩やかな支配を狙うなど、穏健的な政策が増えてきたことで締め付けが緩んだのかもしれない。

 

「なんと視野の狭い。朝廷や大樹にとって坂東より北や大宰府より南など無いも同然よ」

「朝廷にとっては今は平穏なのだ。お前はそこに乱を起こすという」

「隠居せよというならば幾らでも聞こう、思い直せ!」

「老いたな父上。朝廷などの機嫌を伺って何に成ろうか。三河が食われてからでは遅いのだ!」

 見解の相違と言えば相違なのだろう。

利政にとって大義名分を敵に与える程に急ぐ時ではない。織田信秀が死んだことで織田家は荒れており、跡を継いだ信長はまだ若く不行状により求心力も低い。三河に今川や武田が迫っているというならば、援軍を頼まれてから乗っ取る形で進軍すれば良いと思っていたのだ。

 

だが、義龍にとってはソレでは遅いのだ。

隣国に居る武田や、飛騨を介して挟んだ長尾が動けない絶好のチャンスである。また攻め込む織田家自体も今川を警戒して三河側に兵を集めざるを得ない為、千歳一隅のチャンスに見えたのであろう。信長が意地を張って援軍を求めないケースや、戦うだけ戦った後で叩き出される可能性を考えれば、決して間違いではないのかもしれない。

 

「後を考えれば殺しても良いが、耄碌しておっても父は父」

「それに父上が言うように聞こえが悪かろう。鷺山にでも幽閉しておけ」

「はっ!」

 義龍は急な政権交代を良しと思わぬ者や、あくまで利政につく豪族に配慮した。

また自身が美濃の政権を握った後で、従わぬ者を利政の元に集めてまとめて葬る為、あえて生かしておいたのだ。そのうえで鷺山城は他の地域からはともかく、義龍から見れば攻め易い場所にある。何時でも葬れるようにして反乱勢力の動向を見守ったのである。

 

(愚かな。今しかないというならば、なぜ儂を殺して即座に兵を動かさぬ)

(半端に儂の忠告を聞いて家臣団を割る事や、朝廷の怒りを避けたのか?)

(これでは我が家も長くないな。他の息子ともども何処ぞの家に馬を繋ぐことになろう)

(いかんな。……何とかして家を残さねば)

 利政は考えた挙句、道三と名乗って美濃の政治より完全に引退する。

迂闊に反抗しては斎藤家の戦力が半減してしまうからだ。自らに付き従う武将たちも、美濃を割らないために義龍につくことを勧めざるを得なかった。策謀の一環ではなく延命作業であり、かつて従った野心家たちもその姿に心底呆れたという。

 

 

「長尾家が手を伸ばす先を三つ考えて見よ」

「……一つ目は庄内でありましょうか? 北への道が拓けまする」

「うむ。だがこれは無いな。北は手が掛かり過ぎるばかりで飯が食えぬ」

「迂闊に突けばせっかく瓦解した伊達の力が蘇ってしまおうぞ」

 道三と名乗り始めて武将達とも疎遠になり、近頃では子ども相手に議論している。

しかし歳のわりに敏い子であり、十歳前後でありながら道三からもらった情報だけで、越後勢が北にある庄内地方へ手を伸ばす可能性を言い当てたのだ。実際、信濃・加賀・上野と盟友で固めているならば、北に出るのが早道ではあるのだが。

 

「伊達家はそれほどに恐ろしい相手であったのですか?」

「うむ。男子を送り込んで養子とし、女子を送り込んで嫁として、瞬く間に奥州をまとめあげた」

「越後に手を伸ばした時に我が子に背かれ、勢力を落としてしまったがの」

「しかし迂闊に北へ手を伸ばせば、せっかく眠った強者を起こしてしまうであろう」

 良くも悪くも、伊達稙宗は自転車操業の達人であった。

子供を使った養子政策で、家を乗っ取りあるいは親伊達に意見を変えさせることで、わずかな間に諸大名を従属させ、奥州に中央集権的な伊達王国を築きそうだったのだ。だが娘婿である相馬家への援助であったり、越後上杉家との養子問題が起きた時に武将を帯同させようとして、息子である晴宗との騒乱を起こして隠居させられれてしまったのだ。道三は自分と重ね合わせて、寂しくなってしまったのかもしれない。

 

もっともそれはあくまで稙宗の立場から見ての事だ。

次々に打つ政策にはメリットもデメリットもある。何処かで有力家臣の反乱が起きたり、従属させた大名が手を組んで攻めて来たら、逆に伊達王国の方が滅びかねなかった。晴宗側から見れば別の見方もあるだろうし、同様に義龍から見ても道三の戦略には疑問があったのかもしれない。

 

「ふ、二つ目は同盟を裏切って南下……ではありませぬ」

「伝え聞く弾正様の性格とは合いませぬし、これまでの事が利己と受けとられかねませぬ」

「ゆえに飛騨から美濃でありますが……名分も無しに飛騨を獲るでありましょうか?」

「……よくぞ見た。しかしな、名分などは幾らでも作れるものよ。そもそも姉小路と名乗っておるが、三木が乗っ取ったものであるしな」

 幼子は考えがまとまらぬ内に第二案を切り出した。

道三が気落ちした事を察したのだろう。道三もその気遣いには触れず、あえて話に乗って教育を再開する。これほどの神童が我が子に居らぬことを残念に思いながらも、育て切れば斎藤の家の為に役立つだろうと志を新たにしたのである。

 

「乗っ取り……おそろしい事にございますね。しかし……」

「所詮は飛騨での出来事よ。都には伝わるまいな。金を積めば何とでもなる」

「儂も飛騨守の従属を条件に上げるならば援助したであろう」

「じゃが、ここにきて風向きが変わって来た。飛騨の誰ぞが声を上げればたちまち火が点こうぞ。長尾に兵を送って欲しい公卿や大名は幾らでもおろう。近江の管領代はともかく、越前の金吾などは特にそう思っておろうよ」

 三木家は姉小路家の分家問題に首を突っ込み、自らを総領として認めさせた。

家臣の中で随一であり、やろうと思えば皆殺しにして奪えるのだ。力を落とした本家からしぶしぶながらも認められ、他の分家を始末してなり替わったという。そして美濃の斎藤家に協力を働きかけ、あるいは朝廷なり将軍家に働きかけて正式な姉小路の名前と、官位を買おうとしているのだ。

 

だが、奇しくも景虎が行った献金がここでも影響して来る。

御用達の名前欲しさのブランド戦略ではあるが、かねてより景虎は定期的な献金を行って来た。そして今回は自ら五千貫に、諸大名と本願寺合わせて一万貫にも及ぶという。関東の産物も合わせて送り込むので、朝廷はホクホク顔であるのだ。小国である飛騨一国も御し得ぬ三木家に中々勅許が降りないという。

 

「確かにそうなれば、飛騨はおぼつきませぬ」

「そうだ。そしてこの美濃もな。儂が乗っ取ったのは苛政ゆえ望まれてはいた……」

「だが、それでも正式な守護である土岐家を追い出したことには間違いが無い」

「しかもあの馬鹿息子は平穏を破っていの一番に攻め込もうとしておるわ。平穏を乱した罪とはいわぬが、合わせて攻められても文句はいえぬであろう。弾正はともかく、余人が望む故な」

 道三が父親と共に美濃を乗っ取った時、土岐家はロクでもない政治をしていた。

それゆえに他の武将たちと語らって美濃を乗っ取ったのだ。そして殺すのではなく隅に追いやり、そして近年になってようやく美濃国内より退去させたのである。大義名分にはそれほど気を遣っていたということでもあるが、このタイミングで義龍は戦乱を起こすという。

 

繰り返すが天文二十三年は、偶然ではあるが平穏な年だった。

もちろん東北地方や九州南部の巷は修羅の嵐であったが、それらは化外の地としてそもそも朝廷には報告されて居ない。彼らには『長尾弾正が東国に平和をもたらした』『弾正が東国より租庸調を持って上洛する』というおめでたい話しか入って居ないのである。そんな状態で美濃で乱を起こせば、どうなるかは考えたくもない。

 

「……でしたら、なおさら三つ目が重要になりましょう」

「そうだ。今川と武田で三河が即座に落ち、今川はそのまま尾張に雪崩込むであろう」

「武田にとっては手伝い戦。場合によっては美濃が本命と言う事もあり得る」

「それこそ弾正を名分に据えて、北と東より一斉に襲い掛かる事もあろうぞ。だからこそ、三つ目が重要であろうな」

 北条家より河東群を回収し、和睦したことで今川家には余力がある。

それでも時間を掛けて準備したのは、景虎を見習って長期戦を視野に据えたことだ。三河を従属させるのは簡単に出来るが、完全な支配や尾張を考えれば難しい。そして何より大義名分を用意し、信秀が四千貫もの献金をしたという話を吹き飛ばす為の準備をしていたのである。

 

もしここで義龍が美濃から尾張に攻め込めばどうだろうか?

斎藤に攻められて戦力を割かれた状態の尾張を今川は喰らう事が出来る。そして朝廷は平穏を乱した罪人を討つという名目で斎藤討伐を命じれば、長尾も武田も動けるだろう。少なくとも朝廷や将軍家はその流れを誰よりも望んでいた。景虎には野心はないし、晴信も少なくとも表向きは大人しく晴嗣に協力していたのだから。

 

「三つ目。長尾家が攻め込むことが出来て、かつ美濃よりも意味がある場所……」

「その条件ならば何処でも良い。朝廷や大樹の犬である弾正が来ないならば何とでもなろうぞ」

「少し前ならば若狭や近江であったのだがな……大樹め。三好憎さに細川にすりよってしもうた」

「おかげで越前を経由して攻め入れる場所が無くなってしもうたな。管領代はともかく、若狭武田は今ごろ胸を撫でおろして居ろうぞ」

 三つ目の選択肢は固定目標ではなく、景虎の矛先を反らす為の場所全般である。

景虎は上からの命令で動くタイプの人間として見られており、資金も十分にある為か名誉欲はあっても土地を望んで奪う様な面が見られなかったのが大きい。そんな大名が高い戦闘力を有しているのだ。支持者が欲しい将軍家などは直ぐにでも出陣させたがるだろう。越前の朝倉も加賀の一向宗を牽制するために、領内通過を認める可能性は高かった。

 

しかしそれはあくまで景虎あっての事である。

従うかどうか怪しい武田や、足利一門の連枝衆であるがゆえにいまいち信用しきれない今川の為に将軍家が大義名分を用意するとは思えなかったのだ。武田だけならば山越えルートでもあり十分に守り切れるし、それこそ余力で尾張を切り取る事もできたのである。

 

「……むしろ、ここは堺に荷揚げしたという点に向けてはどうでしょうか?」

「商人どもが幾らおっても雑兵であるぞ? 摂津に攻めさせるとしても戦の役には立つまい」

「左様ですが、この場合は船での移動が視野に入った事。そして商人の援助が見込める事です」

「五千貫もの大金、途方もないと思うておりました。しかし、堺の商人が援助したのやもしれませぬ。坂東での商いの見返りと思えば元も取れますゆえ」

 子供だからこそ、少年は頭の柔らかさを発揮した。

普通は海路で遠方に大軍を送り込むなどありえないが、それは大人の発想である。しかし翻って見れば、景虎の行動はむしろ『子供の考えを補強し、実現性を無理やり持たせた物』と言えなくも無かった。絵に描いた餅であろうとも、無理だ無理だと諦めるよりは、よほど建設的な議論であろう。

 

「坂東の諸将への取次ぎを弾正に願い、その見返りに矢銭を出したか」

「簡単に儲かるとも思えぬが、持ち込んだ荷を公家から買い取る話まで含めれば判らぬでもない」

「海で繋がっておるなら何処でも良い……伊勢か、いっそ三好の本拠である阿波でも良いか」

「諸大名を納得させ陸路で移動できるのはせいぜいが二千としても、海を使いさらに現地での銭雇いを含めればもう二千行くか? 海を渡って暴れておるという、根来や雑賀を使えば……うむ。面白い、面白いぞ!」

 流石に道三も堺の商人がそこまで景虎に肩入れするとは思っても居なかった。

だがありえないと閉塞した考えよりは余程面白く、尋常ではないテコ入れを施せば可能な範囲であると思い至ったのだ。このごろは遠のいた若き日の野心が蘇ってきたような気がするほどに。また単独では尋常ではない手段などありえなくとも、朝廷や将軍家が協力すれば話が随分と変わって来るのだ。そこに別角度から道三が絡めば、もしかしたら行けるかもしれないと思えた。

 

そして意外な話だが、根来衆や雑賀衆は傭兵として海外派兵もしたことがあるという。

あくまで倭寇退治であったり、現地での用心棒レベルではあろう。しかし海を使った進軍経験のある者は貴重である。それらを多角的に景虎に接近させ、何処か海岸沿いの小領を切り取らせれ良いのだ。一度拠点さえ手に入れてしまえば、そこを中心に暴れ回ることができる。実際に関東では僅かな兵であるのに猛威を振るったという話ではないか。

 

「半兵衛。もう儂の元で教えることはない」

「先んじて十兵衛を大樹の元に送り込んで居る」

「どのような手段でも良い、弾正に近づけ。そして十兵衛とは立場を変えて吹き込むのだ。美濃よりも良い場所があるとな。それが儂の遺言である」

「はい……はい! 半兵衛、誓って美濃を守りまする!」

 道三はこの時点で斎藤家を守り切れぬと察していた。

その上で一族を分け息子たちには他の城に赴かせたり、病と称して逐電させていたのだ。そして明智十兵衛光秀や、いまだ幼い竹中半兵衛などの有望な近習を、将来に備えて史実よりも早く都に送り込んだのである。




 他家から見た情勢の整理です。

・羽後。庄内地方。楽だけど果てしない、伊達を中心に再結集するとダルイ。
・上野や信濃。せっかく安定してるのにナイナイ。
・飛騨と美濃。大義名分が鴨ネギでやってくるぜー!
・その他。可能性だけは無限にある。

だいたいこんな感じですね。

●各勢力の石高(災害その他からの復興数値/この当時の開墾最大値)
長尾家。40万石/90万石。佐渡・江戸込みで一向宗分マイナス。復興は遅め
武田家。50万石/80万石。西上野込み。復興中
今川家。50万石/60万石。東三河込み。ほぼ復興終了。
斎藤家。40万石/50万石。ほぼ復興終了。
織田家。20万石/57万石。実権のある四群のみ。復興は終了。

金山や大都市を除けば、殆ど横並びなので互角に見えます。
義龍君は「先に大きく成ろう! → 今ならいける!」
道三は「やるなら一気に! → 安全に影響だけでも → 生き残ろう!」
と目的が全然違うので、意見が食い違っております。
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