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石を握り合った結果、輝虎の先手で賭け碁が始まったが、この勝敗自体に意味はない。
織田信長が進退を掛けて弾き込んだ『流れ』が重要であって、勝っても負けても将軍家の為に戦うということ自体は決まっているからだ。
それゆえに観客は興奮しながらも、余興だと楽し気に見守って居た。
輝虎にも大きな利益があるのだからと強引に、秘蔵の梅酒やら清酒を提供させ酒宴を続けながら勝負を見守っている。
(どう転んでも得しかないはずなのに、なんという圧力……)
(勝負事には手を抜かぬという事か、それとも良いように転がされて機嫌が悪いのやも)
(ここは確かめねばならんな。だが、迂闊に話しかけて良いものか判らぬ……)
(……私の梅酒~! 許さないんだからね!)
織田信長は輝虎の強烈なプレッシャーに気持ちを量りかねていた。
まさか梅酒を公卿たちに取り上げられ、お気に入りの希少な酒が奪われたことに起因しているとは思いもつかないのであろう。無理もあるまい、三国の太守であり青苧の利権や鉱山を豊富に持つ輝虎は、金にも土地にも興味が無いと聞く。それゆえに残るは名誉であったり、キー・プレイヤーとして日本を動かす醍醐味くらいしか思いつかないからだ。
(弾正を有効に使うならば伊勢だろう)
(しかし、本当に伊勢に決めてしまっても良いのか?)
(一度伊勢に決めてしまえば他には使えぬ)
(摂津。土佐、後は安芸であったか。そういえば鞆の浦がどうのと申しておったが……これはないな。動かさずに献金を続けさせるのも無しであろう)
その頃、足利義輝は輝虎を派遣する場所を絞りつつあった。
表面上は公卿たちと賭け碁の趨勢について語り合ったり、他愛ない話をしているように見せて、先ほど出た提案を再検討していたのだ。このまま行けば尾張が将軍家を支持する勢力になるのは間違いが無い。信長が家臣に支持されて居なくとも、将軍家が背後に居れば幾らでもなんとかなる。
その上で、早々に安芸の案と献金のみの案を切り捨てる。
弟の誰ぞを還俗させて、鞆の浦に大名として配置する。その援護を輝虎にさせるとして、三好に影響を与えるのに時間が掛かり過ぎるのだ。また、献金は確かにありがたいが、無くても何とかなる物ではある。今回、表面上は受け取って居ないがおこぼれを与ってはいるので、そこまで困窮して居ないというのもあるだろう。
(摂津ならば即座に影響があるが、三好が進退を掛けての戦いを起こさぬか?)
(土佐ならば即座の影響はないかろうが、逃げる場所がなくなるのは大きいかろう)
(三好のふてぶてしさは大身であることだけではない。阿波に逃げられるからゆえのう)
(ならば第一の案は伊勢、第二は土佐とすべきか? 伊勢に弾正がおれば近江はもはや旗幟を動かさぬ。土佐におれば三好の余裕を奪えるであろう……やはり伊勢か)
検討していく中でかなり絞られてきた。碁で言えばどの盤面を抑えるかだ。
実効性があるのは伊勢の支配をさせ、東の地を厚くする事だろう。輝虎ほどの武将が後方に居れば、近江の六角も細川重視でバタバタすることは無くなるのが大きかった。三好を牽制するのが遅くなったとしても、都の東が将軍家支持で固まるならば色々とやり易いのだ。イザとなれば、こちらが朽木谷までではなく、東国の何処かに落ちのびて軍勢と共に戻ることが何時でも可能になるのだから。
ここで重要なのが、義輝にとって三好を滅ぼすつもりが無い事である。
滅ぼすならば摂津に上陸させて、本願寺の支援で西の地を奪わせるべきだろう。何なら侮っている間に引き付け、一気に囲んで叩き潰して仕舞えそうなほどだ。だが、それでは本願寺が新しい三好になるだけの話だし、手を組み直した管領の細川晴元にいまいち信用がおけないのもあった。細川支持派である六角を切り崩せば、その辺りも変わって来るだろう。
「弾正。先の話じゃが、伊勢の平穏を取り戻せと言うたらいかがする?」
「……伊勢を預かる方に協力をお願いいたします」
「黄門にか? ふむ……アレは同じ師について剣を習うこともある間でな」
「よかろう。その場合は取次ぎをしようぞ」
伊勢の正式な国司は代々、北畠家が務めている。
当主となったばかりの北畠具教であるが、参議を経て中納言に昇進した公卿でもある。剣術好き仲間で様々な武人(後に上泉信綱など)に剣を習った事もあり、義輝とも同門の間柄ともなる事があった。話をし易い間柄と言え、諍いになって揉め事を起こしたら宥めるのは大変であるが、逆にこちらから北畠家を立てる形で話を持って行けばまとめられるだろうという算段はあったのだ。
(黄門ってなんだか水戸黄門みたいだよね)
(何かつながりがあるのかな? 面白ーい)
(む……。圧が弱まったな。やはり勝負への執着か、あるいは自儘に振舞いたいと言う表れか)
無教養を晒したくないので黙って居る輝虎だが、黄門とは中納言の元祖である中国版である。
ともあれプレッシャーが弱まったことで、信長は話しかけるとっかかりを得た。義輝が最上位者とはいえ、脇から話しかけられるくらいである。何処かで信長も話しかけたとして問題はあるまい。他の誰かが話しかければそれに便乗し、誰もしなければ自分から斬り出せば良い。しかし、その機会は意外に早く訪れたのである。
「剣での間柄でありますか? それは心強い」
「黄門様の他、同門の方を推挙していただければ幸いであります」
「そういえばそなたも腕利きを揃えておったのであったな。良かろう」
(黄門に話を持って行く以上、さほど領地は切り取れまい。ならば腕利きに土地を与えて取り立てる算段であろうな。戦の事に成れば、なかなか切り替えが早いのう。ソレに習えば自分も取り立ててくれと言う浪人も次々に現れよう、良き判断じゃ)
輝虎としては『技を磨き合う男の友情とか佳いよね!』と言う程度だが……。
義輝としては別の判断を下した。伊勢の北には北勢四十八家とも言われる無数の国人がひしめき合っているが、それらの全てを討伐できると決まったわけではない。北畠家に従う者は即座に道を開けるであろうし、六角次第だがそちらの派閥も少し遅れて降参するだろう。そうなれば土地はさほど奪えず、輝虎が将軍の使いとして北伊勢を平定したという功績くらいになるだろう。
となれば自ら領有するより、新たに仕官した腕利きに与えると判断した。
輝虎はこれまでも面倒がって土地を奪おうとしない所があり、理由はともかく、あながち間違って居ないのが大きかった。少なくとも輝虎を利用するだけ利用する間がらでありながら、義輝から見て輝虎は相性が良い相手なのであろう。
「それがしが敗着いたせば、下四群を提供いたしまするが……」
「平定する予定の上四群の西部をお貸しいたしましょう」
「そこで兵を養われてはいかがでしょうか?」
「不要だ。それまでに片付ける。尾張の平定に必要ならば、先に協力した後でありがたく貸していただくがな」
信長はあえて、自分が勝った場合とは言わず話に加わった。
輝虎のこだわりがどこにあるか判らないからだが、帰って来たのは揺るぎない勝利への確信である。自分ならば勝てるという絶対の自信があり、それゆえに伊勢も信長への協力も、自分が居れば確実と言うのが透けて見えた。
(妄信ではないな……北畠に助力を頼んだし儂の件もそうじゃ)
(勝利追い求め、自分の手で一つ一つ掴み取るのが好ましいのであろう)
(勝つための努力は惜しまぬし、尾張を根拠地にせねばならぬのならば儂にも協力するか)
(さて、どうしたものか。儂とて自儘にするのが何よりよ。力を借りれば確実に勝てるとしても、舐められるのは好かぬ)
輝虎の性格をおおよそ信長は考察できていた。
勝負事が何より好きで、もちろん自分が勝利することを追い求めるカードゲームのデュエリストのような性格。そこに努力は惜しまず、かといって必要以上の助力を欲しないタイプだと気が付いたのだ。港町である津島を抑え、熱田神宮の門前町を領するがゆえ、あまり土地を持たずとも裕福な理由も察していた。
そして輝虎が酒好きとまでは気が付かずとも……。
甘い物も酒も両刀で、男女ともに両刀である信長は、大きく輝虎の性格把握を外すことなく、軟着陸する流れを掴みかけていたと言っても良い。残る問題は、お互いに気難しい部分がぶつかり合った時に炎上するかどうかであろう。
「いえ、尾張の仕置はこの信長が役目」
「もし治部大輔さまが三河を平らげても尾張を平定できなんだなら……」
「その時は潔く尾張全土をご提供いたしましょうぞ」
「そなたならば可能であろう。もはや隠す相手がおらんのだからな。自分の目で見てもおらんのに、うつけと侮る愚か者を下すだけだ」
信長はハッキリと自分の手で尾張統一を成し遂げると言い切った。
無論、自信はある。天文二十四年までに、親族の中でも下四群の守護代を既に倒している。上四群の守護代も既に劣勢であり、残るは弟の勘十郎信行を倒すだけと言っても良い。そして信行が連絡を取り合っている今川家に関しては、将軍家から和睦の使者が出されることが現時点で殆ど確定している。その事を知らない信行では、戦略的に既に勝負は決して居たと言っても良い。
「弾正様のお目に叶えば幸いですな。この信長の差配にご期待ください」
「いやいや、そこに懸念などあるまい。むしろ期待すべきは美濃であろうよ」
「都の東を是非とも守って欲しいと思うておる。それが織田であってはならぬ道理も無し」
「その時は弾正様の美濃征伐に参加して、信長は先手を務めましょうぞ」
信長と輝虎は碁盤を挟んで会話を続けた。
既に碁の勝敗よりも、人物評価や今後の戦に関する話が中心になっている。勝負自体が茶番なのだからどうしてもそうなるし、打ち方としても勝負にこだわる輝虎と、今回の流れの為だけに勝負を吹っ掛けた信長では気概が違ったのもあるだろう。
やがて輝虎が僅かに勝利……か、というところで思わぬ話が切り出されたのである。
「輝虎の勝ちじゃな。では尾張は……」
「いえ。碁は先手の黒が有利。何目分の地に充るか? その見方に寄るでしょう」
「弾正は本当に欲が無いな。下四群とやらは信長に預けるが、治部が文句を付ければ考慮せよ」
「はっ。どうしても折り合いがつかぬ場合は、一群や二群なりと譲りまする」
輝虎は現代で定まって居るルールを持ち出して尾張の接収を避けた。
その流れ自体はともかく、義輝たちも賭け碁の勝負で本当に土地を渡せなどと言うはずがない。あくまで信長が率いる尾張一国が将軍家に味方することが重要であり、あえていうならば、三河を狙っている今川家が文句を付けたら……という理由にしたのみであった。信長としても今の流れならば、替地として美濃を切り取る自由が許されるだろう。不満も無く殊勝に頷いて見せたのである。
そして天文二十四年の秋、ついに平和が破られた。
斎藤義龍が動いたのだ。尾張の上四群の守護代であるが、劣勢であった織田信賢を抱き込んで侵攻を開始したのである。信長が朝廷に伺候していた隙を伺った形であり、これに後奈良天皇が激怒し、懲罰をせよと言い出す流れが俄に朝廷へ巻き起こった。とはいえその後に安芸で厳島の戦いが起きたり、三河で今川と武田の侵攻が始まるなど、一気に激動の年となり、話は少しずつ変わって行ったのであるが……。
(美濃の話が出た時はヒヤリとしたが……何とかなったな)
(細川様より援軍に行くか? という内示もいただいた)
(おそらくは戦いが始まった後で、都との取次ぎ役なのであろうが……)
(この機にどちらの弾正でも良い接近して置けば、斎藤家の誰ぞを生かして使うという事を吹き込めよう。あまり言い募っては疑われるゆえ、上杉に行くならば半兵衛とどこぞで連絡を取らねばならぬな)
明智十兵衛光秀は過程はともかくその境遇に満足していた。
将軍の側近である細川兵部大輔藤考に仕えており、彼に見出されるまでは将軍家の精鋭部隊に居たのだ。義輝自身も目を付けているような節が伺えたし、貸し出そうという話も、パイプ役として動けと言う事だろう。援軍として行動するからには手柄を立てれば自身の功名にもつながる。そして武将として育ててくれた斎藤道三にも恩返しができると……胸を撫でおろしたのである。
明けて翌年、かねてからの予定通りに弘治に元号が変わった。
史実と違う所は後奈良天皇が禅譲し、方仁親王が即位(名乗ってはいないが正親町天皇のこと)、上皇として見守るという流れである。輝虎は信長と共に改めての献金を行いつつ、常備軍の一部を陸路や海路より呼び寄せて戦いに備え始めていた頃の事である……。
囲碁の勝負は勝ちたい輝虎、どっちでも良い信長なのでほぼ決まり。
しかし管理を任されても困るので、五目半とは言いませんが、黒が有利だから!
と理由を付けて「勝利を譲ってあげたんだからね! エッヘン!」とやってます。
次回は輝虎だけは思っても居なかった美濃攻めになります。
他の皆は「あー我慢できなかったかー。だよねー」とか見てたのですが。
●信長
二人いる守護代の内、一人倒してるのは史実と同じ。
その内に信行(信勝)と戦う流れも同じでしたが……。
しかしもう一人の守護代が斎藤と組んで戦闘を始めたので話が変わってきます。