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夏に成った所で西美濃が降伏した。
尾張より撤退した斎藤家の軍勢がボロボロであり、援軍に来れないことを、美濃三人衆の一人である安藤守就が伝えに来たからだ。彼の部下は輝虎の軍勢に帯同させられ、斎藤家の軍勢がコテンパンになる瞬間を見せつけられたという。
もはや援軍は来ず、そして越後勢は何年でも取り囲むことができる。
そんな身も蓋もない事実を聞かされて、俺はまだ篭城するぞと言い切れるほどに氏家直元は楽観的では無かった。降伏の条件を整理し直した時、最後まで戦った氏家や稲葉の家が残されると聞いて安堵したという。
「それで美濃の今後はどうなるのでしょう?」
「東美濃に攻め込んだ武田家次第だが、三つか四つに分割される」
「それぞれを土岐家の主導の元、斎藤家の分家や他の家が収めることになるであろうな」
「一色家を名乗ることになった道三殿の子が西美濃を、中央西を土岐家が、中央東を隠居させた義龍殿の息子が治める」
正直な話、輝虎にとってはどうでも良い話であった。
通行やら都の東を安定させるに、西美濃から北美濃一帯は輝虎の息が掛かった者が治めるだろう。飛騨路でも越前路でも輝虎が選んで通る事が出来れば問題が無い。自分で統治しないのは何時もの事だし、越後から遠過ぎて面倒だというのもある。
「そういう事でしたら我らには何の言葉もありませぬ」
「誠心誠意。弾正様にお仕えいたします」
「そなたらの主は一色殿だ。そこを間違えるな」
「私は鉱山があるならばそこだけで良い。それと……そうだな、街道を通すという命さえ聞いてくれれば良いわ。後はその方らの好きにせよ」
野心家が収める美濃は危険だから割り直しただけ。
そう聞かされれば氏家直元たちにも否応は無い。どのみち国人たちには今までの生活と代わり無く、彼らを束ねる豪族たちとしても重い年貢が無いならば特にどうでも良いのだ。仮に今後に平和が訪れ、塩や干魚などの海産物が安くなるのであればむしろ従う国人は多いだろうと思う程であったという。
「では東美濃にこちらからも使者を送りましょうか?」
「武田も春夏に軍勢は動かせておらぬのでしょう」
「少なくない金殻を払って銭雇いの兵を張り付けておるのかと」
「こちらの口利きで降伏するのであれば、良い条件が付け撤兵させられるかと」
ここで安藤守就が話を切り出した。同国ゆえに親族は多い。
彼らを説得すれば死ななくて済むし、領地を安堵できるならば重畳だ。少なくともここで協力姿勢を見せて、美濃での権勢が取り戻せるならば積極的に動くべき所であろう。そもそも美濃三人衆はそれぞれ得意な分野が違い、政治や交渉に関しては守就の役目であったので猶更であろう。
「それは助かるが、どうであろうな?」
「大膳大輔は欲深であると同時に現実主義だ」
「もぎ取れると判ればここで金と兵を費やすであろうよ」
「だが死者が減るのは悪い事ではない。武田が寄こせと言ったとして誰ぞを代官にせよと条件に入れて申し伝えるまではしようぞ。何か不安な事があれば刑部少輔に尋ねるが良い」
前世の事を思えば武田大膳大輔晴信を信じられる訳が無い。
貧しい甲斐の国を率い諸将に希望を与える存在……なのかはともかくとして、戦国大名が獲れる場所を放置しておくはずがない。それでなくとも川中島を経験して居ない為、余力のある武田家はここで全力を傾けてくる可能性はあった。上皇の意向に従って周囲の戦乱を治めるという言い訳で、斎藤家を攻めれるのだから手控える必要もないだろう。晴信の弟である武田刑部少輔信廉も、おそらく同じ感想を抱くはずだ。
いずれにせよ守就を派遣せぬ手はない。条件を付けて送り出したのだが……。
意外な内容の返答を持ち出されて彼は困惑することになる。そして、似たような内容で織田家からも現状を報告する急使が送られてきたのであった。
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武田家からの返書は、今川家から織田家に送られた内容と似ていた。
美濃から信濃を抜け上野に繋がる大街道の敷設、そして木曽三川や信濃川に関する共同治水事業が提案されている。その計画に資金を求める内容が主体であり、東美濃で登用する代官に関する記述はむしろ控えめであったという。
これをひっくり返し、土地交渉をしたいとしたのが今川家より送られた条件であるという。
上皇様の院宣を受け、織田信秀から始まった戦争に関して始末をつけても良いという主張になっている。それゆえに土地が主体で、金銭は間を埋めるための補助であるという軽重の差であった。
「何の事は無い。武田家と今川家は示し合わせておるのでしょう」
「主体となったは今川で織田家より土地をもぎ取ることが目的かと」
「左様です。火事場泥棒である武田は名分が薄いと見たのでしょうな」
「そこで金を積み上げれば我らが支払うと見たのでしょう。迂闊に乗ってはなりませんぞ」
美濃までやってきている家臣団は明確に反対意見を示した。
見栄っ張りの輝虎は昨年までの蓄えを一気に放出している。今年の余裕分で西美濃の攻めをやったわけだが、これから北伊勢も攻めるのだ。ここで資金を大量放出しては、彼らに支払う報酬が無くなると見たのだろう。実際、土地に関してはそれほど直轄地は増えてないので、せめて金なりと受け取らねば損だと見たのだろう。
とはいえ武田家ともめては本領の越後が危うくなる。
それゆえに条件を蹴って、武田が斎藤家ではなくこちらに噛みついてきたら嫌だという態度が透けて見えた。
(勝手に押しかけて来て用事が無いかと言っておいて、面倒くさいなあ)
(まあ私だってお晴さんに良いようにされるのは嫌だけど……)
(とりあえず今回の件はどうしよっかな。話自体は判る気がするんだよねえ)
(自分が楽しいようにできれば、そりゃ良いんだけどさ……)
(とりあえず、練習用に今回の件も考えてみるかなあ~)
西美濃攻略やら、その後に予定している北伊勢攻略を嗅ぎつけて来た地元の武将たち。
どんな状況でも不平しか言わない彼らにヘキヘキしつつも、他人の都合で右往左往させられる今の状況を輝虎も快く思っているわけではない。長い攻城戦でストレスを溜めていたこともあり、最近では考え方を変えて自分らしくある戦略を考えたり、城攻め自体を楽にするような思案を重ねているのであった。
実際、野戦では無敵でもそれだけなのだ。
輝虎が出撃して来ると敵は逃げてしまうし、籠城戦では彼女が居たところでどうにもならない。聖戦の呪文は強力な強化魔法であるが、あくまでそれだけ。敵が居ない場所ではどうにもならないのだから。
(お晴さんの狙いは東美濃で、お金とかは適度に戦争をやめる理由だよね)
(直接の交渉相手は斎藤さんちだし、戦争を続けても止めても良いけどってブラフ……かな)
(変わりに出したお金の分を相殺して、できるだけ私からお金を持って行きたいってとこ?)
(じゃあ、私はどうすべきだろ? ここで断って斎藤家が潰れるまで放置するのは面倒しか呼ばないだろうしなあ……どこかで将軍様とか近衛さんとかでて来るよね。そんで面倒を見てやれって言われるんだ……。まあ、私も今更武田と戦うのは面倒でヤダナー)
ずっと領地を増やし続けた武田はどこかで危険に成る。
だからここらへんで仕切り直したいのは確かだろう。晴信の何処を突いたら信頼と言う言葉が出て来るのか判らないが、一応は上皇様を理由に戦いを中断して置いて、戦うとしても武田軍が十分に休養を取ってからにしたいと思われた。これに対して輝虎は一見放置しても構わないように思えるのだが……。
問題は将軍家や朝廷が彼女を使い回したいという予定であった。
美濃を制圧するのが誰であれ、そこに関わって輝虎が多忙に成ったり、武田家と怨恨を残して戦い始めると困るだろう。それに関しては輝虎の自意識過剰ではなく、しっかりとそんな感じがしたのだ。もちろん政治はそれほど得意ではないので、何処かで捨てられてしまう可能性はゼロではないのだが、この流れを利用すれば朝廷や将軍家の指示で東が収まったと言い張れるので、おそらくは予想通りに進むであろう。
(例え利用されたって私がしたいことならいつかやるんだし、ひとまず他の思惑は無視!)
(結局、私が何をしたいかって事よね! 問題は私……したいことがあるかって事かな?)
(街道に関しては東京~京都間のライナーが作れたら一番良いんだけど……)
(今の荷車じゃ難しいし、お晴さんの所を私が抜けて行くのはゾっとしないなあ。だとすると東海道経由なんだけど……それだと海でも良い気がするよね。だとしたら飛脚とかお取り寄せ便になるよね)
関東から京都まで直行できるのは良い事だし、過去に決めたことに反しない。
しかし武田家の領地を抜けていくというのは、常に暗殺の危険が付きまとう。それを考えれば、やるとしても伝令を移動させるか、離れた場所の産物を取り寄せるくらいになるだろう。だが、産物を取り寄せるならば、海で良いというのが問題であった。街道に関しては悪くはないが、利益も少ないという事であった。
(と言う事は治水? 治水してなんか良いことあったっけ?)
(川が氾濫しないことは良い事だけど、別に何時もの事だしなあ)
(戦争が無くなって暇に成ってからで良い気がするのよね)
(お晴さんちの領地でも治水が出来るのが良いことくらいだけど……あー、神五郎さんの直江家とか治水で困ってるって言ってたっけ。自分所が何とかしても、上流でアレですって。お取り寄せで1ポイント、部下の領地で困ってる所を助けて2ポイントってとこ? うーん悪くはないけど微妙かも)
輝虎は内政に関して投げっぱなしなので、これがどれほどの事か判って居ない。
どちらかと言えば、晴信は治水に関して断ると思って居るくらいの大事なのだ。水利権の問題で国人たちはモメるし、彼らをまとめている豪族単位で大変なことになるくらいだ。そもそも工事完了までには大金が必要なので、基本的に何処の国でも消極的なのである。史実でも二十年後を見越して行ったり、金山が見つかったから開墾込みで行うか……と言うレベルであった。
(やっても良いけど無理にするほどの事じゃないなあ……)
(他に何かしたい事があって、街道や治水を言い訳にすると良い理由になる時かな?)
(さっきの例だと弾丸ライナーに使う荷車じゃなくて馬車を作って旅行したくなったとか)
(お砂糖や珍しいお酒? そういうのを集めて何かしたくなった時だよね。治水の場合はお米を増やして、新しいお酒をたくさん作るくらいだけど……あー甲斐の葡萄は欲しいかも? くらいで)
輝虎は将軍でも朝廷でもないので悩んでいる。
もし彼女ほどの大金を抱えていて、指導力不足で悩んでいる将軍足利義輝ならば資金を出して実行させたかもしれない。金を出すだけで美濃での紛争が収まるわけだし、国家事業として大規模工事は判り易い成果だからである。しかしながら輝虎が悩んでいるのは、そういう名誉欲だとか実利だとか、サッパリ興味が無いからだ。地方に新幹線を引っ張って来る剛腕政治家とは無縁の感性であろう。
(あ、でも……考え方としては判ってきた気がするかも)
(チョー凄い馬車を作りたいとか、そういう未来的なナニカ?)
(そういえば江戸でおっきな冷蔵庫と築地市場作ったじゃん。ああいうナニカを試す時かな)
(確か、冷凍する魔法と魔法陣の組み合わせだっけ。……えーと、倉庫の方は冷却の魔法を銅板で冷気を伝えたんだったかな……昭和初期の冷蔵庫の原理で。んむ、なんだが掴めてきた気がする)
ここにきて、輝虎に転生した女は未来知識に思いを馳せた。
細かい記憶なんか残って居ないので、現代チートに関しては早い段階で諦めているのだ。だが、冷凍庫を魔法で再現したように、魔法と科学を組み合わせれば不可能ではない様に思えた。
ここでは重要なのは、ソレを目指すかは別にして、考え方を思いついたという事である。
「普請を任せている斎藤朝信を呼べ。韋駄天を使える術師を使って構わぬ」
「直にこの輝虎が聞かねばならん。様々な法術が普請にどれほど影響を与えたのかをな」
「我ら以外に出来ぬ普請であり、信濃に常備兵を入れる理由になるのであれば……金を出し、大樹様や朝廷に掛けおうて命をいただこうでは無いか。誰でもできるのであれば、無理に武田の策に乗る必要はないがな」
「「はっ!」」
輝虎は即座に答えを出さず、専門家に話を聞くことにした。
朝信は街道敷設を任せて以来、越後・越中・関東と様々な場所での工事に関わっている。幾つか魔法を使った例を出したこともあり、その成果をあげたり、更なる発展形を考え付いている可能性はあった。そう……輝虎は魔法を積極的に取り入れる方向性を考え付いたのである。現時点では才能であったり、武将として活動するために意味は薄いのだが……。
もし、専門家としての魔法使いを育てたらどうだろうか?
もちろん大魔導師なんか一朝一夕に生れる筈はない。だが、工事専用の魔法使いや、未来にあった様な便利な生活用品を作る為の魔法使いならばそれほど難しくはない気がするのだ。
「明智殿! 朝廷や大樹様との連絡を取っていただきたい」
「それと賀茂家や安部家の末裔はまだ健在なのか? その見識に期待するところ大である」
「土御門殿が……一応は。ひとまず承知いたしました、弾正様には暫しご猶予を」
(おーし! これでいけるんじゃない? なんだったら工事よりも先に、魔法学園とか作っちゃっても良いかもね! 後はあれだー第三の常備兵として、魔法大隊とか格好良くない!?)
こうして輝虎は自分の欲求を満たすために交渉内容を捻じ曲げる事にした。
魔法使いを育て、活躍させるために工事を利用するのだ。越後と信濃を流れる信濃川の氾濫を治め、江戸幕府すら手こずった木曽三川を相手に魔法を使って工事する。そしてその成果を利用して、便利で快適なマックアイテムの研究を進めてもらうつもりだったのである。あ、攻城戦への研究? まあ魔法使いが揃えばワンチャンじゃないですかね。
と言う訳でマジカルな方向に舵を切りました。
もう十分に強いので、魔法学園を作り、マジカル軍団を部下に加える感じですね。