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足利義輝たちとの会談は北近江の朽木谷で行われることになった。
以前にも逗留した場所であり、この地を治める朽木家は代々の忠臣であり将軍家も逃げ込むことが良くあることから、その労を讃えるという意味でもあった。
逃げ出した時と違い今回は避暑のような物である。
そして何より越後やら東国やらの産物が集まっている事もあって、義輝の機嫌はすこぶる良かった。
「以前よりも随分と拓けてきた気がするのう」
「やはり弾正の行っている街道整備あってのことか?」
「大樹様にそう言っていただければ工事を担当した部下も鼻が高いでしょう」
「此度、朽木殿にお願いして若狭や越前との道を拡げさせていただきました」
以前の朽木谷は将軍家の逃げ込み先としての面が強かった。
しかし政権が安定してきたこともあり、様々な産物が送り込まれてくるようになったのだ。その過程で道を作り直し、以前よりも広げて街道として整備している。若狭武田家は細川派だったので敵対していた以前は話しかけ難かったが、今は味方なので話をし易い。あちらの当主としても今後の派閥問題で狙われたくない様で、輝虎が話を持って行くとパイプを強くするために乗って来たのだ。
「……して、道を見せたいだけではなかろ?」
「法術に関する扱いを良くすると聞いたが、そこまで意味があるものか?」
「この道を瞬く間に広くしたのも法術の有効利用でありますが……」
「もう少し判り易い例をお見せいたしましょう。夏には夏に相応しい饗応をと思いまして」
明智十兵衛光秀を介して義輝を呼んだのには理由がある。
基本的に話は書状にしてあるし、補足情報も光秀を経由して伝えてある。しかしそれではいまいち伝わり難いので、実例を持って説明することにしたのだ。何事も百聞は一見にしかずと言うではないか。
そして輝虎は立ち上がると、街道のはるか先に向けて手を上げた。
「今、こちらを見ている者に合図を送りました」
「同じようにあちらでも合図を送り直し、若狭で採れたばかりの魚を持って参るかと」
「氷を含ませますので、運が良ければ削り氷をお出し出来ます」
「なんと!? 海の魚に削り氷じゃと……とんでもない使い道を思いつくものよのう」
デモンストレーションとしては中々の滑り出しであると思われた。
義輝としても京の都で新鮮な海の魚を口にするのは難しい。もちろん将軍家が困窮しているからであるが、大抵は塩漬けや干物しか用意できないからだ。刺身という文化はなくとも、新鮮な魚を焼き物にしたり煮込みを作る方が良い事はすでに理解されていた。貴人ゆえに珍味を食することは可能でも、下向しない以上は鮮魚を嗜むことは難しいのだ。
「今言ったことが可能なのは、法術の『
「遠見や鷹視といった法術でこちらの合図を確認し、複数人用意したので遠方まで可能」
「韋駄天や五獣強化(家畜強化)を馬に施し、荷車に壊れぬよう別の術を」
「そして氷もまた特別に作らせた氷室にて……。ああ、臭いの方が問題ですので、もちろん削り氷を氷菓子としてこそご要望でしたら、明日にでも用意させますぞ」
もちろんこのデモンストレーションにも『手品のタネ』がある。
今入った魔法の呪文を意図的に覚えさせていたわけではない。それぞれに常備兵に登録された者の中でも得意とする呪文があり、可能な組み合わせを考慮して、一番有益そうに見えた組み合わせで演出しただけの事であった。『遠見や鷹視といった』と言えば何人もいるように聞こえるが、実際には一人ずつしかこちらに来ていない。韋駄天の呪文や五獣強化の法術も同様で、たまたま呼び集められる範囲に彼らが居たというだけである。
「その辺りは弾正の差配に任せよう。しかし戦かと思えばこのような使い道とは……」
「今申したことは朽木谷までならば十分に可能。都までは厳しいのじゃな?」
「輝虎の護衛や道中警護の兵が覚えておりますので常とは参りませぬが、特別な日であれば」
「しかしそれは『現在』であります。もし将来的に、法術を使いこなす文武の官が増えれば、幾らでも可能となりましょうぞ」
義輝が考えたのは贅沢そのものではなく、希少性のある饗応である。
仮に都でそれを示すことが出来れば、今までにない演出ができるだろう。この場合は他の大名には不可能で、将軍の指示があれば可能だという特別感であると言えた。ロクに食事も出来ず干物が勢是い、鮮魚と言っても川で家人に取らせてきたアユが何よりの御馳走……そんな公家たちに、圧倒的な存在感を出せるだろう。
「さらに言えば氷室を作る許可と、街道を大々的に整備する許可」
「それらがあれば、都での食生活も変えられるやもしれませぬな」
「此度は氷を鮮魚を保つために用いますが、干す代わりに凍らせた魚であれば幾らでも」
「若狭で水揚げした魚をそのまま凍らせ、涼しき夜半に朽木谷へ運び、此処に作り上げた氷室に貯蔵します。そして次の夜にでも都の氷室へ送るのです」
輝虎に転生した女はむしろ自分の理想を勝手に混ぜ込んだ。
文明的な暮らしの為には、まず豊富な食材を自分が欲しい時に手に入れる事が重要であった。港の多い越後に在住しているから鮮魚には事欠かないが、それだって不便が山ほどある。寒さ対策は必須だし、なによりも米から酒を造るには様々な物が重要なのである。
その辺りの事を自分だけで考え付くか? そんなの無理!
だからみんなを巻き込んで、魔法学園を作って大々的に研究させたいのである。
「戦の事ばかり考えておるのかと思えば……」
「いや、そなたは最初に新しい酒を都に届けたのであったな」
「ゆえに皆、商売上手の毘沙門弾正と呼んだ物よ」
「知っておるか? 毘沙門神は唐天竺では商売繁盛の神であったそうな」
義輝は都人の揶揄を教えてくれた。
当初は金儲けの好きな大名として笑っていたのだ。しかし金を儲けてその金を軍備に費やし、精鋭を作り上げて他国に攻め込む。そしてまた金を蓄えて次々に敵を蹴散らす姿を見て、その辺りの公家共はともかく、上層部は別の見方をしたのだ。金と軍事力の両輪で世界を回す、まさしく毘沙門天の化身であるのだと。
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色々と段取りを踏まえた事で輝虎の考えが伝わったようだ。
義輝は昼間から酒を呑みながら、芸の代わりに常備兵たちが行っている工事を眺めていた。もちろんそれもまた輝虎が用意したデモンストレーションであった。
「のう弾正よ。どうして右と左で進み具合が違うのだ?」
「右の者たちは自らの体を強化し、筋肉とその使い方で堀り進めております」
「左の者たちは道具の使い勝手を強化し、掘る容易さを変えて進んでおります」
「どちらにも言えますが、穴を掘るという行動を容易くし、手早くしても体を壊さぬ努力をしておりますな。さて、これらを組み合わせてみせましょうぞ」
明らかに能力の違う者が、それぞれのやり方で穴を掘っていく。
前者は一気に堀り進め、道具を壊しながらもペース早い。運び出す分量も多いが……同時に休憩時間も多かった。逆に道具を強化した者たちはペースが一定で、安定したペースで堀り進めていく。それほど早くはないが道具も壊れたりせず、それどころかよく見れば安価そうな作りである。
そして輝虎は新たなチームに準備をさせる。
することは同じなのだが、その力を結集している事に違いがあった。加えているならば道具も鉄を使った良いものである。
「この者たちは難所を担当する専門家です」
「ここは平地なので彼らだけですが、山や谷では崩した土を固める者も居ります」
「迂闊に崩すと危険な場所は土を固めねばなりませんので、掘る力も何倍も必要になりますので」
「さて、全てを集めるとどうなるかを御覧じろ」
今度はチームが一丸になって掘り始める。
鉄製の農具はその性能を増し、切れ味ならば切れ味が刺さり具合ならばその刺さり方が違った。そして体を強化した者がその道具を振い、付与魔法を使った後の者は休むのでも何度も使うのでもなく、掘り返した土を運び出すことで作業分担を行っているのだ。
圧倒的な能力に加え、彼らには専門家ゆえにチームワークがある。
顔も癖も知らない者たちの集団ではなく、連携能力に長けた者たちいゆえに作業動線も効率も違った。瞬く間に先行した二列に追いついてしまったのである。
「彼らの力で三国峠は随分と通り易くなりました」
「彼らなくしては関東を治めることは難しかったやもしれませぬ」
「そしてもし武田の申し出を受けるならば……」
「信濃川や碓氷峠を何とかするのであろう? そのくらい読めるわ。そして、金を渡すだけではなく、難所にこやつらを送り込まねばならぬこともな」
碓氷峠とは信州と上野の国の境にある峠である。
つまりは武田家の申し出を受けて、美濃から上野に繋がる大街道を作る話を受けても良いと輝虎は口にしたのだ。その際に問題なのが、彼らに担当させなければ意味が無い……いや、武田家が金をふんだくって金庫に入れるだけでは意味が無い。
重要なのは金を得るための名目ではなく、本当の意味で街道を作り、川の治水を行う事なのである。異なる大名同士の問題やら、豪族同士の問題がある事など義輝とて知って居た。そして、将軍家の意向があれば問題なく解決することも。
(大膳が受けるかどうかは別にして、実現すれば大事業になるのう)
(日の本では滅多に聞かぬ大事じゃ。古の大仏建立や国分寺にも匹敵しようぞ)
(唐の国では長城や大運河を作ろうとして失敗した例もあるが、そこまでの話ではないのも良い)
(命じて実現できれば将軍家の威光も立て直せよう。しかし、問題は大膳が首を振るかじゃのう。所詮は弾正より金をせしめ、兵が休めるまで時間を稼ぐ言い訳に過ぎまいよ)
義輝は愚かではないがゆえに迷った。
この事を命じられるのは将軍家か朝廷のみ。難しい事業だが十分に可能なレベルで無謀でもない。問題なのは大名同士の間を通して実現せねばならないという事であった。領主である豪族たちの諍いもあるが、国防問題ゆえに武田家が許可するとも思えないのだ。
「仮にこの話を通すとして、大膳にも受けさせたとして」
「それでもなお、そなたの兵を引き入れることに反対したならばどうする?」
「その時は学ばせましょうぞ。言って見せ、やって見せ、実現したら褒めてみせましょう」
「そうですな。その時は越後ではなく、都なりに武田の学者や兵を呼び寄せていただければ幸い」
義輝の懸念に輝虎はあっけなく秘儀を教えると口にした。
ソレは越後の兵が培った経験であるはずだ。先ほど見た工事の実例も、義輝だからこそ見る事の出来た普請の秘奥と言える。滅多な事では見れるはずがないゆえに、義輝も余興として興味深く見守ったのである。
「そなた……本気か?」
「もちろんにございます。いえ、この程度の秘密など新たに増やせば良い事」
「都にて法術の教育や研究をし、大樹様に協力するという大名家を招きましょうぞ」
「百の秘奥、万の秘密を全て覚えることは難しいでしょう。どうせならば都に作り上げた学寮にて、一から学ぶものを全国の忠臣たちより集めるのです。さすれば贅沢な食事もただの日常に変わりましょうぞ」
義輝は思わず正気を疑った。
学問というものは極力表に出さず、ありがたがらせるものだ。賢者・学者と言う者たちはそれで食っているのだと言っても良い。だが輝虎はそれを惜しげも無く公開するという。スパイを送り込んで来るならば上等! そのスパイを使いこなして別の研究に使うまでだと言い切ったのである。
何故ならば輝虎にとって領地を増やすことなど別にどうでも良いのだから。
彼女にとって世の中が平和になり、上杉謙信という武将がソレに関わった事が知られればそれで十分。そして自らは現代社会の良い暮らしを受け取れれば、それが何よりの報酬だと思っていたのである。あ、もちろん美味しいお酒もね!
「さて、そろそろ魚が届いた頃でありましょう」
「実物を眺めて、どんな料理が良いかを吟味いたしましょう」
「そうじゃな。ひとまずは飯を食うて考えを整理しようぞ」
(上手くいけばその学び舎で知れる事を奪うまで、武田も今川も動かぬと判断したのか? 十年か二十年の平和であろう。……じゃが、それだけの時間を稼げるならば、日の本も平和になるやもしれんのう)
あくまで酒と食事における戯言としよう。
そう口にする輝虎に対し、義輝の方は考える事があったようだ。自分に何ができるのか、そして何を得て実現できるのかを考え始めたのである。
と言う訳で魔法学園に向けて走り出す感じです。
盗む価値のある秘密を作り、他の大名に産業スパイと言う人材を提供させる。
そして魔法を育て、魔法の使い方を増やし、自分は文明の利益に享受していく。
何よりも魔法少女って憧れるよね! みたいな流れでありました。