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北伊勢攻略作戦に向けて準備が始まるとともに、もう一つの計画が進んでいく。
魔法学園建設……失礼、法術の使い手を育成する計画が走り出したのだ。その計画に向けて現陰陽寮頭の勘解由小路家は動かなかったが、若狭に隠居していた土御門家が協力を約束してくれた。
共に豊かな地方へ下向して居たところを都へ召し出された二家なのだが……。
勘解由小路家が北条家とつながりが有ったり、土御門家が若狭からの直通便敷設のために協力体制にあったことも無縁では無かったかもしれない。
「初めに万象があり、両儀を分かつ陰陽道。四象に分かたれし精霊の術」
「神仙術や伊綱の術、そこから派生せし猿飛びなど陰者の術」
「あるいは既に失われた術例えば符蟲の術や付喪の術」
「そして最後に御仏や天神地祇に力をお借りする神聖なる術と存在します。弾正殿はどのような法術をお望みなのかな?」
前陰陽寮頭である土御門有脩はある程度、体系だてて説明を始めた。
これが余人からの説明であればもう少し勿体を付けたところだが、若狭に魚を冷やすためだけの氷室を作らせた輝虎である。単純に知識をひけらかしても意味が無いと踏んだのであろう。彼はその時に冷気を操れる術者を紹介したことで、相当額の献金を受けていたことで協力しても良い気でいた。
元より若狭に隠居したのも都では食って行けないからだ。
太いスポンサーが居るならば、都に戻っても良いとすら思っていた(安全ならという条件が付くが)。
「私の目的は人々に現世利益を味おうてもらうことです」
「理想の世は遠いかもしれぬ。だが、熱過ぎず寒過ぎず、飯が食える日々」
「酒が付けば世に事も無し。ゆえに望むのは陰陽かはたまた四象か」
「兵に用いる術は不要なれど、余の大名小名を惹き付けるにはソレも必要でしょうか」
他の大名が言ったならば、この言葉は建前かもしれない。
しかし輝虎にとってコレは本心であった。現代社会から転生した彼女にとって、本当に必要なのはエアコンと冷蔵庫であると言っても良い。そこに晩酌のお酒が付けばこの世の春であろう。世の中の大名の様に領地を獲得せんと殺し合うなどまっぴらごめんと言う気配が伺えた。兵士を強化する? それは既に毘沙門天から授かっているのだ、無理に求める事でもない。
奇しくもそれは有脩に通じた。何故ならば、彼もまた都では食えないからこそ地方に下向したのだ。
「第一の目標はソレらを実現する建物、あるいは文物の作成」
「第二にその為に必要な術者の育成、これに関しては越後で幾らか試し申した」
「兵を強くしたり、城を落とすような使い道に関しては余禄」
「世の大名から良き才を集わせる為の名目であると思われたい。無論、賢者にとってその方が簡単ならば資金源として止めろとは言いませぬよ」
正直な話、攻城戦に使用可能な術があれば輝虎としてもありがたくはある。
しかし、考えても見て欲しい。現時点で籠城戦に持ち込めば大抵は勝てるのだ。ならば……その間に戦場でも退屈しない、戦場でも美味しい物を食べられる方法があれば……全てが解決してしまうと気が付いた。それゆえにコンロや冷蔵庫が欲しくなり、コンロの方は七輪でいっかと気が付き、最終的に冷蔵庫が欲しくなったのである。
皮肉なことにそこまで考え付くと、攻城戦のアイデアが湧いて来た。
決死隊が猿飛の術で城門を飛び越えても良いし、トンネルを地下に掘って壁を抜けても良いのだ。それこそ大きな板をみんなで支えて、門に掛けるという力業でも良いくらいであった。城の構造が複雑化するのはもうちょっと先の話なので、たいていは城門や壁を通り抜けたら勝負がつくのである。例外となるのが小田原城などの巨大な城ではあるのだが……。
「当面は鉱山から要望のあった火耐性のある炉……」
「おう。忘れておった。鉱夫の病が解明されたゆえ、その発展も必要」
「弾正殿! それは誠か? いや! そうではない。広めてしまっても良いのかの!?」
「別に構わんでしょう。戦いの術よりは余程に安全ですよ。それに日の本が豊かになるのは良い事です」
輝虎は国内有数の大鉱山を手に入れている。
それゆえに気にして居ないが、これらの技術や知識は大名たちにとって必須なのである。そのノウハウを教えても構わぬという姿勢は、太っ腹であると同時に危うく見えた。だが、同時にこのくらいの人間が主導しなければ、知識や技術というものは大きく発展しないのも確かであった。
そしてこれらの会話が武田刑部少輔信廉によって甲斐へ伝わる。
武田家は当初、停戦交渉にはそれほど乗り気ではなかったという態を見せていたのだ。今川家との共同歩調だから仕方なく……と何度も漏らしていたくらいには、演技も徹底していた。だが、今回の会談内容が伝わったことで、大きく話が進んだのである。
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国人たちの所領を安堵した時点で、美濃の大勢は決した。
斎藤義龍は父親から政権を強引に奪った上で、尾張攻めに失敗してボコボコにされた反動というのもあるだろう。特に待遇の変化が無く、人によっては前よりも扱いが良いというならば猶更である。
とはいえ、隙あれば主人を変えるのが国人というもの。
再び義龍の元へ集まる可能性もあったので、西美濃には越後勢、東美濃には甲斐勢が駐留して慰撫に当って居た。
「追加で鉱山技術を提供しても良いというなら条件を飲もう」
「甲斐に関して。武蔵につなげる道や釜無川はこちらでやるが……」
「信濃に関してはそちらの兵を引き入れても良い」
「もちろんこちらの兵も出しての共同作業になるがな」
武田大膳大輔晴信は、弟である信廉のフリをして入れ替わった。
流石に当主である晴信が美濃の国を移動すると危険だという事なのだろう。しかし条約を速やかに締結し、その内容を浴するには晴信の手腕が重要であると本人が出張ってきているのだ。
現に武田から申し入れた無理めの条件なのに、追加条件があれば受け入れるなどと強弁している。ここまで強気に出て交渉が決裂しないという確信が、どこから出ているのか不思議であった。人によっては晴信と輝虎が男女の仲であり、武田に甘いのではないかとロマンスを期待する声もあったという。
「具体的には条約締結後に金山奉行が聞くとして……」
「話の触りくらいは聞かせてもらえるのだろうな?」
「……では手付代わりに鉱夫の病について説明しようか」
「話の起こりは越中で鉱夫の寿命が長い事、上納がやや低い事に気が付いた段階だ。……連れてこい」
傍若無人で強引グ・マイ・ウェイな晴信だが愚かではない。
ギリギリのところで軟着陸を見定めて、肝心の技術はまだ先で良い、その技術があるのかだけを確認して来たのだ。もちろん迂闊にも革新技術について喋れば、これ幸いと持ち逃げするだろう。当主同士の会談とはいえ、迂闊に口にする方が悪いからである。
これに対して輝虎は、話しても問題ない範囲で口にする。
鉱夫の病に関しては解決しても問題ないし、何ならその一段先の画期的な手段を開発しないと意味が無いからである。この段階のノウハウが漏洩した所で、それほど意味が無いのだ。
「越中で? ……ということは一向宗か」
「そうだ。一向宗は信者を依存させるために法術を掛けている」
「その上で幾つか術の可能性があるわけだが、違和感があった」
「病を癒す術は、あれでかなり難度が高いのだ。鉱夫の為に使うのでは割りに合うまい? ……そこに休ませろ、直ぐに済ませる」
神聖魔法を使って一向宗は民草に根付いている。
その事に気が付いて追跡調査したわけだが、その途中で術レベルのバランスがおかしい事に輝虎たちは気が付いたのだ。聖戦の呪文を唱えるためには輝虎は最低でも高僧クラスのレベルになるか、さもなければ今している様にマジックアイテムや儀式に頼る必要がある。ハッキリ言って、鉱夫の為に高僧が何度も出かけては割りに合わないという訳だ。
そんな話をしている間に、何処からか連れて来られた鉱夫が現れる。鉱山病に掛かっているのだろうか、ゼーゼーと息苦しいように思われた。
「鉱山病とされている病が、ただの毒であればどうだ?」
「法術としての必要な格は二つくらい下がる。市井の術者でも良い」
「ささやき……いのり……我は求めて詠唱する、ねんぜよ! 毒よ退け!」
「……あ? お、おらは一体? ……殿さま、ありがとうごぜえやす! 助かりましただ! この御恩は……」
キュアデイジーズとキュアポイズンの魔法では格も難易度も違う。
輝虎は目の前で実現して見せ、鉱夫の病とされる鉱山病を癒して見せた。しかし不思議な事は二つある。実演が済んだのであれば下がらせれば良い事、そしてこれで全てではないのだろうか?
「まだ話は続く。少し静かにしてなさい」
「へっ、へい!」
「話の続きも何も、今ので全てではないのか?」
「体に入り込んだ毒の粉がただの粉に成っただけだな。蝕まれた体は元に戻っておらんし、粉を吐き出せたわけではない。新たに作る法術師の学び舎に今後の研究課題として二つか三つの『先』を示すとしよう」
輝虎は晴信の質問に答えつつ、鉱夫の喉から肺を指さした。
呼吸と共に吸い込み肺に溜まった毒素。これがただの粉になったが、肺に付着したままだという。それゆえに重度の症状ではなくなっただけで、完治したわけではないというのだ。
「一つ目の目標は失われた体力を戻す術」
「二つ目の目標は体の中に溜まった粉を吐き出す術」
「三つ目だが……毒と言うものは三種類あるそうだ。生物の毒、植物の毒、そして鉱物の毒」
「もし陰陽術より地・水・火・風の精霊術が生まれたように、鉱物の毒のみなら解毒できる魔法なり薬が生まれれば、鉱山での病は大きく減ろうな。もちろん先の二つの術も、病の原因ごと除く平癒の術に比べれば余程簡単であろう」
輝虎は解毒の魔法を一応の解決策として提示し、その先を示した。
スパイを送り込めば最初の段階くらいは楽に盗めるだろう。しかし、新しい術が開発され、その術をどの系統の魔法使いが覚えられるかなど、いちいち調べて回るのも時間が掛かる。もちろん優秀なスパイを育てて、延々と張り付けておくなら話は別だが……。そこまでするならば、最初から学生として協力させておいた方が良いと思われた。
「お前は鉱山での仕事に復帰できるが、鉱山では遠からず同じ病に掛かるだろう」
「しかし法術師の学び舎で働くならば、いつでも治癒の法術を掛けてやろうぞ。どうする?」
「へへえ! この命は殿さまに救ってもらいましただ。学び舎とやらで働かせてくだせえ!!」
「よろしい。では別の話をするゆえ、案内した者と共に退出しなさい」
こうして輝虎は本人の同意を得て人体実験の題材を確保した。
もちろん輝虎自身は善意で言って居るし、被験者としても鉱山以外での働き道など知りもしない。研究者たちがどんなことをするかを除けば、双方にとってwin-winの契約であったことは確かであった。
(鉱山の病自体は俺達には関係ない。だから平気で話したのだろうな)
(本命は鉱物を溶かす高温の法術に、それに耐えうる炉の作成)
(それらを使える術者を育てつつ、より簡単な法術を研究させる)
(信廉の報告では街道の難所で堀り進めるために、道具を強化する法術に土を固める法術もあったという。ソレを使えば治水や鉱山での採掘自体も楽になるだろう。何時まで手を組むかは別にして、その辺りを学ばせるまでなら協力して損は無いか……)
領主としての晴信にとって鉱山病自体は意味のない話だ。
だからこそ例としてこの上なく機能する。術者の母数が増えればそれだけで便利になるし、上澄みが自分の元に居ればどれほどの事が出来るだろうか? その上で上澄みだけが使える術を、次第に下の術者に使えるようにするのだと話の流れを把握したのだ。そして街道はともかく、治水自体は晴信も関心はあった。これまで後回しにしていたのは、国主に成って最初に聞いた時の必要資金があまりにも膨大だったからである。
それゆえに輝虎と一時的に手を組み、治水を行える術者を手にすることは魅力的であった。
(攻めるとして別に美濃でなくとも良い。いや、関東こそが本命だ)
(関東管領こそが悪で、俺は悪くないと都に周知させれば問題あるまいよ)
(そのためにも大樹や朝廷へ協力する姿勢は必要だし、こいつに表面上だけでも合わせておくか)
(そうすれば関東でモメ事だと都経由でいつでも停戦させられる。適当なところで戦を始めて、俺に都合が良い所で止めればいい)
晴信は物事を多角的に考えていた。
別に戦いだけが国を大きくする方法だとは思って居ないし、その上で戦うとしても東西の何処でも良いと考えている。常にすべての方法を等価値に捉えて、もっとも良い方法を模索しているの過ぎないのだ。だからこそ平気で裏切る事も出来るし、同時に利益さえあれば輝虎とも手を組む選択肢を考える事が出来た。
「……病と言えば甲斐にも厄介なのがあってな」
「胎が膨れて衰弱して死ぬんだが、これも病ではないのかもしれんな」
「学び舎とやらに協力するならば、そういうのを研究させて解決方法を探ってくれるのか?」
「そう言えば脹満とかいう病があると聞いたな。良いのではないのか? 他の方法で対処できる病でも、手段を考えることは有益だ。他にも使えるかもしれんしな」
晴信は『お優しい』輝虎に合わせる為、甲斐の風土病を紹介した。
これに対して輝虎は簡単に乗って来た。人から思われているほどに他者へ優しいわけでもなく、誰かに頼られ自分が解決することが楽しいという一面が彼女にはあったからだ。だから対処療法で何とかなりそうだと直感的に判断し、その上で研究しても良いと返したのだ。
「他の手段で? どうしてそんな事が言える」
「大膳大輔殿の顔色だな。先ほどの鉱山病と同じ顔色だ」
「つまり我ら大名小名には無縁の存在と見える」
「甲斐を百ほどに分割して調べ、脹満の存在する地域から人を遠ざければ良かろう。鉱山の様に大きな利益が見込めるならば、先の様に法術による救済を考えねばならんがな。もちろん鉱物なり生き物由来だと、原因が特定できるならば、もっと簡単になるだろう」
日本住血吸虫のことは輝虎はすっかり忘れている。
しかし晴信の態度があからさまであった為、対処手段を想像するのは難しくなかった。あくまで甲斐の一部で起こっている風土病ならば、その地方から遠ざければ良いのだ。鉱山でしか鉱山病に掛からないならば、山から人を遠ざければ良いだけのことである。だが、人は鉱山に多大な価値を見出すために、仕方なく高いコストを支払うのである。
「人を遠ざけろとは無茶な事を言う。そこには生活があるのだぞ」
「今ならば信濃でも上野でも、甲斐より移住先はあるだろう?」
「それに山野で起きている病ならば、山林を禁則地にして薪を他所から持ち込めば良い。水辺で起きているならば水を煮炊きして、田を畑に変えれば良いだけではないか」
人は一生同じ地域に住む時代であるが、輝虎はそれを知らない。
無自覚に無茶を言う輝虎なのだが、晴信としても判らない判断でもなかった。領主として風土病で寿命が減る程度でガタガタ言うなと民には言っている訳だが、確かに今ならば豊かな上野を開墾させた方が早いのである。何だったら街道を通すついでに、開墾地を作ってそこへ強制移住させた方が利益があるまであった。その上で病原地は直轄地として人を遠ざけ、病の研究が終わってから人を入れ直しても良いのだ。
「ふむ。弾正大弼の言う事にも一理あるな。話は下の者に言うておこう」
「それはそれとして約定はどうする?」
「金を要求するならば信濃川での治水を第一として求める」
「街道に関しては幾らでも技術を提供しよう。手が足りぬ場合に声を掛けてくれれば協力はしよう」
晴信としても輝虎に対し、歩み寄ったという姿勢の為だけに口にしただけだ。
特に反論するきはないので、『下に任せた』という態で忘れることにした。国主自ら対処手段を調査し、その上で決定権を任せるならば下の者のメンツも立つだろう。それに晴信としては、当面の安全と国を豊かにするためのノウハウさえ手に入れれば、民の事など二の次・三の次であった。
この日、交渉に置いて終始優位に立つのはクレバーな晴信である。
だが、同時に自分の目的に対して邁進しているのは輝虎の方であったかもしれない。何も小難しい事を考えず、我が道を行くことでそれを成し遂げる。越後の軍神は、新しいやり方で大名人生を満喫しているのであった。
と言う訳で新しい条約の発効です。国土交通省の管轄的な?
色々な技術がダダ洩れなのですが、暫く東国は平和になります。
利益を上げているのは間違いなく晴信くん、しかし我儘を結果的に成し遂げているのは輝虎ちゃんとなります。
●日本住血吸虫
wikiを読むだけで一つの物語を味わえるシリーズ。
他には北海道ヒグマとか、爆撃王ルーデルとかが存在する。
輝虎ちゃんは読んだことがあったとしてもサッパリ忘れてるので
対処療法として『近づかなきゃ良いじゃない』『他に移住すれば?』と
金持ちしかできないような事を平然と口にします。
本来ならば『ふざけてんのかテメエ?』案件なのですが……。
晴信くんにとっては『なるほど』と思うレベルだった模様。
史実で信濃に攻め込んだ時、強制移住させたり、鉱山送りしたりしてるので忌避感が無かったのでしょう。