マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】外伝開始   作:ノイラーテム

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その名は景虎!

 長尾為景の葬儀は時間こそかかったが、何とか無事に行われた。

だが当主である晴景の声望と権勢は落ち込んでしまう。隠居したとはいえその武力で支えていた為景の死、そして即座に復讐戦を挑めないほどに弱腰だと見られてしまったのだ。

 

実際には守護である越後上杉家と伊達家の騒動を見守ったり、それに乗じて反乱を起こそうとする豪族たちを抑えねばならなかった。だが知らない者にとっては弱腰には変わりない。知っていたとしても、多少の問題ごと振り回す剛腕が無いのだと周囲は失望し、この機を逃さずに自らの権益を増やそうと策謀していたのである。

 

「虎千代。そなたの献じてくれた酒のお陰で自分と儂も気が楽に成ったぞ」

「いえ。兄上の御手腕あってのものです。それに酒は趣味で作りました!」

 林泉寺での法要以来、忙しくて会えなかった晴景が訪れて来た。

虎千代にせよ天室和尚にせよ、呼びつけられるはずの当主が寺を訪れる。その裏には何かの目的があるに違いないが、その態度そのものには晴景の細やかな気配りが感じられた。そんな一面を善良さの表れと取るか、軟弱な男と見るかは人それぞれであろう。虎千代も和尚も好ましく思うのだが……生憎と越後の頑固者たちは多くが後者であった。

 

「して、兄上。此度は何のお下知でしょうか?」

「察しが良いな。まだ若く女人である虎千代には酷かもしれぬが、そなたを元服させて城を任せる」

「はい! よろこんで!」

 自分に関する用事と察した虎千代は笑顔で応じた。

心苦しそうに告げた晴景も、その元気な返事には苦笑交じりの笑顔を返さざるを得ない。晴景本人としては女としての幸せを進む道もあったと考えてしまうし、まだまだ小さい子供というイメージもあったのだろう。だが反応はどう見てもワンパク小僧でしかない。自分の苦悩は何だったのであろうかと苦笑が混じるのも当然であった。

 

「う、うむ。虎千代が望むならば良い。……時に、理由は判るか?」

「兄弟仲良くということではありませぬか? 平蔵兄上と共に府内長尾を支えよと」

「……概ね間違ってはおらぬ」

 晴景はそう言いながら慈しむような眼を虎千代に向けた。

親娘ほど離れた兄妹であり、武将としての才覚と気質を持った虎千代。それが武将に成り、しかも兄弟仲が良いとなれば府内長尾家は揺るがないと内外に示せる。もちろんその為には実績も必要であるのだが、法要を行った時には林泉寺の周囲に雪の壁が残っていたのだ。無き父親の遺体を幼子が守り切る為に差配したとなれば、未来を期待する物も出よう。そして小さくとも城を与えて守り通すことが出来れば、その武名は晴景を支えるに十分だと宣伝できると計算していた。

 

「父上がおらぬ以上、何かで府内の力を押し上げねばならぬ。排してあった栃尾を任せよう」

「はっ!」

「……おおそうじゃ。忘れておった」

「?」

 晴景は元気よく返事した虎千代に笑顔を向けたが、大事な話を忘れていた。

そもそも根本的な処であるのだが、晴景としては心配所は別であったし、本来確認するべき虎千代のノリが良かったので気にもしなかったのだ。もちろん転生者である虎千代にとっては当然の内容であって、考慮しもしなかった話なのだが。

 

「元服にあたり景の一文字と虎千代の一文字で景虎と名乗るが良い。平三景虎じゃ」

「この景虎。兄上の敵を斬って斬って、斬りまくりましょうぞ!」

 ここに長尾平三景虎が誕生する。

せっかくなので解説しておくと、そしてこの時代は本来の名前である景虎は表で呼んで良いのは主君以上の存在のみ。代わりに通称で呼ぶのだが、平三とは平家の末たる長尾の三男(女)とか三将という意味の通称である。よって普段は平三とか、平三殿という呼ばれ方となる。

 

「その調子で睨みを利かせよ。坂戸の上田長尾にも声をかけておるゆえ、一族はまとまろう」

「姉上が輿入れなされるのですか? では盛大な祝いを送らねばなりませんね!」

「はは。こやつめ、ませおって」

 虎千代、いや景虎に転生した『彼女』も何となく気が付いた。

確か姉が仲の悪い親族に嫁ぎ、特に近い存在になったことを思い出したのだ。というよりも後の上杉景勝が、姉が嫁いだ所から養子にとって後継者とした……と覚えていただけとも言える。

 

もちろん晴景としてもそのつもりなのだが、計画は少し違う。

まずは婚約を取り付けたというニュースで周囲を動かし、結婚と同時に別の行事で情勢を動かそうというのだ。それゆえに今は上田長尾家を動かす材料と言うだけであり、直ぐに結婚させるつもりはなかったと言える。この見積りの深さと言う意味で、景虎はまだまだ兄には及ばなかったと言えよう。無論、ここで嫁がせておけば……その後の話も、少し違ったのであろうが。

 

(姉上の結婚式までには清酒を完成させないとね!)

 栃尾城とかいうお城を貰ったんだけど、あんまり実感はないんだよね。

だって、まだそんな城はないというか、危なく成ったら砦を作って守ったり、不要に成ったら壊して敵に利用されないようにする程度の場所なんだってさ。近くの栖吉に居る母方のおじーちゃんにお願いして、本庄さんって武将に改築してもらってる所なのでした。だからお酒を造る以外にすること無いんだよね~(テヘペロ)。

 

「門察和尚様。お手数をおかけいたします」

「よいよい。天室殿の教え子じゃ。これも御仏の縁よ」

 と言う訳でお城が完成するまでの間、瑞麟寺というお寺にお世話になるの。

住職の門察和尚はこの間までいた林泉寺の天室和尚とズっ友というか仏友で、同じ宗派であることから仲が良かったんだって。そんで色々な知識があるってことで、ここで知恵をお借りしてたって訳ね。何に? そりゃお酒に完成に決まってるじゃん。

 

「しかしな。この辺りに居る三条長尾の残党が近頃騒いでおりましてな。黒田殿や柿崎殿と連絡を取り合っているというのですよ」

「禄の代わりに酒を寄こせと言う事でしょうか? 今更のことを」

 ここで言う三条長尾というのは、府内長尾の別名なの。

要するに何代か前の当主を争って負けた人たちなので、いまだにそのことを根に持っているらしい。まあ今からお前らは家来だと言われて、はいそーですかと言えないのも判るけどね。ちなみに黒田って人は晴景兄上の家老くらいしかあんまり知らないけど、柿崎さんは良く知ってる。大酒呑みで有名なおねーさんだよ。

 

「平三様。清み澄み渡る酒、いかがいたしましょうか? 以前のように何か?」

「そうじゃな。この際じゃから荒気酒を試すとしよか。鍛冶師を呼ぶことになる」

「はっ。どのような物をおつくりいたしましょうか」

 以前にお酒を造ってもらった甘粕くんは私の余力武将だった。

というか林泉寺だとバレバレなので、縁のあるこのお寺で清酒を作るから派遣されてたって理由だけどね。ともあれ丁度良いからひと工夫して蒸留酒を試しちゃいましょう!

 

「鍋を煮れば汁が空気になって、蓋に付き、それが結露して水に戻る」

「なるほど。大殿に温めた酒をお勧めしようと試した時、熱し過ぎると酒の香りが強うなりました」

「それじゃ。酒は水よりも早う空気になる。それを集めて酒に戻せ。強く濃い酒になる」

「まさしく荒気酒。承知いたしました」

 甘粕くんには色々教えていたし言いつけを守るので安心できる。

これで焼酎というか蒸留酒が出来るだろう……多分。清酒と諸白酒と合わせれば、これからのお酒ライフが楽しみでならない。果物のシーズンだったらカクテルってのも良いよね♪

 

「若。我らはいかに?」

「弥七郎は陰者を使うて栃尾の周囲を調べた上で、駿河殿と連絡を取れ」

「はっ」

 そういえば弥七といえばマジ弥七だった。

宇佐美定行ならぬ琵琶島定行はパパの敵対者から味方になった時、許される代わりに軍師を廃業して忍者の総元締めになったんだって。いわゆる軒猿の前身ってやつだね。そのうち飛び猿とか言う忍者が出てきたりして。

 

「弥三郎。時に弥太郎は呼べるか?」

「今の時期ならともかく、もうしばらく先ならば問題ありませぬ。鬼小島の武芸、披露いたしましょうぞ」

 もう一人の小姓である弥三郎はシャーマンだった。

正確には職業ではなく、私の聖戦みたいな加護の一つみたい。ティムした幽霊を憑依して、スッゴイ力を出せるんだってさ。ただしシーズン通してってのは無理で、『弥太郎』という幽霊を呼べるタイミングというのは結構シビアらしい。知ってる? 鬼って昔は幽霊の事だったみたいだよ。

 

こうして私たちは戦う準備を整えつつ、栃尾城の完成に向けて走り出した。

後は守って居ればそれだけで大勝利。私もハクが付くし、お酒も完成するし、万々歳! そう思ってたんだけどね……。

 

 悪い事は立て続けに起きるもんなのかな?

それとも謙信様に転生できたのに、守ってれば良いなんてダウナーなことをしてたから失敗したのかもしれない。もしあの時に、黒田さんが悪さを考えているかもって調査してれば、もっと違ったのかもね。

 

「平蔵兄上を黒田が? 奴は兄上の家老であろうに!」

「どうやら殿が勢力を盛り返す前に、その実権を奪い取ろうと画策していた模様で……」

 ちょっと前に話に出て来た黒田さんが反乱を起こした。

正確には手勢を率いて晴景兄上を捕まえようとしたらしい。その動きに気が付いた次男の平蔵兄上が奇襲を命がけで防ぎ、討ち死にしてしまったらしい。

 

「坂戸より援軍が来ることをおそれた黒田和泉守は春日山より撤退し、こちらに向かっているとのこと! おそらく三条の残党と合流しつつ所領に引き上げるつもりかと!」

「……」

 頭がグルグルする。どうすれば良かったのか?

黒田さんの話は聞いて居たし、弥七を通してそのまま琵琶島おじさんに伝えた筈だ。それで良いと油断していたバチが当たってしまったのだろうか? 絶望と怒りでグチャグチャ! 暫く何も考えたくなると同時に、兄上の仇を取らねばと言う怒りが私の心でドロドロだった。

 

「殿は平三様に栃尾を固く守って凌ぐようにと!」

「和泉守は引き上げを重視するはず。暫く守って居れば、攻め疲れるでしょう」

「……それでは駄目じゃ」

 復讐するべきだろうか? だが自分にはまだその能力が無い。

聖戦の呪文を発動させるにはまだまだレベルが足りないのだ。運が良くて7レベルの毘沙門アーマーが何回か試せば成功するかどうかだ。せいぜいが4レベルの三叉戟を発動するのが限界なのに。これは毘沙門天さまがお前にはまだ早いと言ってるの? それとも復讐は良い事ではない。聖戦はその為に使うものではないと……あーもう!

 

「若?」

「それではなんの解決にもならん。兄上は無駄死にじゃし、次は柿崎も来るぞ」

 私はゆっくりと首を振った。復讐が駄目なのは間違いが無い。

でも、ここで戦わないのはもっと駄目だ。黒田に思い知らせるだけじゃなくて、平蔵兄上の死を無駄にしない為にも戦わなきゃ! だって、だって……。晴景兄上が舐められて攻められたなら、次はもっと多くの人たちが反乱軍に加わるって事! 攻められるのが怖いのもあるけど、それ以上に兄上の死が無駄になり、次はもっと多くの人が死ぬというのが絶えられない!

 

「ですが……。黒田勢も参るとなれば、多勢に無勢です」

 ここで見解の相違が発生するのだ。

私達は守る準備をしていたけれど、それは残党相手のデビュー戦の為に用意していた作戦だ。それまでの敵と戦う事は出来ても、黒田さんちの連中が来れば苦戦するだろう。今までの準備が台無しだけど、それは仕方ないよね。

 

「それは違うぞ。正確にはまだ包囲されておらぬ。奴らの戦力は集結してなど居らぬ。弥七郎!」

「駿河守殿に残党を抑えてもらえ! 戦う必要はない。罠を含めて速く動くは危険じゃと思わせれば良い」

「はっ!」

 琵琶島勢の戦力はそう多くないけど、忍者を抱えているのが大きいんだよね。

残党は大して強くないが、弱いからこそ隠れて動こうとするので、どこからやって来るのか分からない。そこで彼らを調査していたはずの忍者を使って、移動ルートを抑えてもらえば良いの。これなら特に配置を変える必要が無いし、時間稼ぎだけで良いなら何とでも出来る筈!

 

「我らは和泉守を迎えようと合流を目指す所領の部隊を討つ! 彼奴らはまさか我らが向かって来るとは思ってもおるまい。真っ先に討ち取り、その後に取って返して、残党か和泉守の本隊か近い方を討つ!」

「それならば確かに勝てますな!」

「先陣はこの鬼小島にお任せあれ!」

 攻めがまだ決まって無い段階で、こちらから先に潰しに行くのだ。

何も無い空を飛行機で飛んでくるならまだしも、兵隊連れてえっちらおっちらなんて時間が掛かる。そこで足止めして合流を邪魔し、油断してる敵を倒すって訳よ! よく漫画とかアニメで包囲作戦を逆手に取るやつがあるでしょ? アレとおんなじ!

 

「毘沙門天の加護ぞある! 出陣じゃあ!」

「討って出るぞ!」

「「「おおお!!!」」」

 三叉戟を召喚し出撃用の手勢だけではなく、残していく者にも輝きを見せつける。

この呪文で呼び出せる武器は中途半端なバランス型で、特化系の呪文に比べたら強くはない。だけれどその輝きはまさに神器だし、中途半端なバランス型だからこそ多岐な補正能力を持っていた。具体的に命中・受け・ダメージ・呪文補助全てに+1で投擲も可能だ。どんな状況でも使えるという事は、戦いの素人の私にはピッタリの呪文なのかもしれないね。

 

あとさー、これが一番のポイントなんだけど……。

能力は変わらないんだけど、形は自由に決められるんだよね。漫画の主人公っぽくって格好良くない? お兄ちゃんの仇討ちのわりに申し訳ないくらいテンションアゲアゲな私なのでした。




長々と幼少期をやっても面白くないので、次回で大人になります。
いま居る敵? ははっ……。って感じになる予定です。
ついでに面倒なので、晴景お兄ちゃんの尊厳もどこか行きます。
謙信様は軍神だから仕方ないね。

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