マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

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オセロの駒

 弘治元年の東国は美濃・尾張・三河の平定で戦を終えた。

まず木曽三川の西部にある揖斐川で、魔法も用いた大規模な治水実験を行う。この令国をまたいだ治水普請の結果を、尾張と三河をまたぐ矢矧川や、信濃と越後をまたぐ信濃川でも行う事を将軍家からの命令で布告されたのである。街道に関しても同様の命令があったという。

 

その資金提供や危険地帯での実演を織田家や輝虎が負担。

代わりに今川家は港を含めた尾張の一群で停戦と和睦を合意。同様に武田家も斎藤家に対して侵攻を停止した。

 

「この山で採れる粉には、石として使う以上の価値があり申す」

「人の目に入れば猛烈な痛みを生じる他、虫や蛭を駆逐できます」

「漆喰の材料以外にも利用法があったのか。しかし鉱山というには微妙よのう」

「そうでもないぞ大膳大輔殿。今ではあまり知られておらんが、虫だのヒルだのは病や呪いの媒介になるとか。治水ついでに使えば脹満とやらへの対策となるやもしれぬ」

 忍者といえば水遁だよね! という輝虎のイメージ先行により……。

甲賀忍者の頭目の一人である望月吉棟は、ビックリするくらいの高額で雇われていた。流石に申し分けないと思ったのか、美濃の山で採れる意外な産物を紹介することにしたのである。まずはただの石灰石なのだが、忍者ならではの使い道を聞いた武田大膳大輔晴信は、帰郷を中断する程の事かと少しだけガッカリしていた。しかし現代知識が多少なりと残っている輝虎は、領主階級にとっては微妙な病である甲斐の風土病にも効果があるかもしれないとフォローしたのである。

 

なお、彼女はすっかり忘れてるのでアレなのだが……。

日本住血吸虫への対策が幾つかある中、もっとも簡単な駆逐方法が生石灰の散布である事を、気が付かないまでに言い当てていた。

 

「まさしく。……弾正様は符蟲道を知っておられましたか」

「様々な病毒や虫毒の元となる事が忍びの間では知られております」

「我らが里を築く時は、自らの領域には住処を作る為に使用しております」

「通りに道には別の使い道として使用し、また虫も残すことで棲み分けており申す」

 吉棟は輝虎の発想にこそ注目した。

先ほどまで感心していた時と比べ、どちらかといえば思い至るまでやその後の補足で少し気配が変わったような気がする。やはり石灰の使い道を知って居たというよりは、符蟲道の厄介さへの応用を思いついたのであろう。とはいえ自分が提案するつもりであったので、別の産物についても説明しておくことにした。

 

「次に面白き石を紹介いたしましょう。これは火を防ぐ力があるのです」

「同じような力を持つ土もこの美濃で採ることが可能です」

「これを混ぜ合わせれば城全ては無理でも、城主の間や城門を補強でき申す」

「……む? 燃えない石じゃと。火鼠の皮衣の材料か。それと土? ……ふむ」

 次に紹介されたのは石綿と似たような効果がある粘土であった。

城を守る気のない輝虎は、むしろカグヤ姫伝承に出て来る五つの文物の方を思い出していた。ちなみに生産チートで非常に重要になる耐火煉瓦を作るための材料なのだが……物凄い微妙な気分であった。なんでかって?

 

「ふふ。珍しいな、俺でもこれは新しい炉に使えると即座に気が付いたぞ」

「さきほどは一本取られたが、今度は俺の勝ちかな」

「うむ……そうだな。炉ならば壁よりも少量で済もうな」

(耐火の魔法を竈に付与して、『マジックアイテムを造る計画』に水を差されたような気がしたからじゃん!? あーもう! こんなんで勝ち誇って! デリカシーないなあ!)

 脹満の件をやり返された形だが、気が付くだけならば輝虎も気が付いていた。

お酒以外に生産チ-トする気が無かった輝虎としては、判断に困る面白アイテムだったのだ。『耐火煉瓦作れたからレジストファイアの魔法を付与する実験は要らんよね?』なんて言われたら、魔法使いを育てる計画の一つが遠のくような気がしたのである。もっとも脹満対策に関しては晴信も気が付いたが自分には関係ないと思っていた可能性も有る。勝ち誇るという意味では、案外、どっちもどっちなのかもしれない。

 

(んー。なんか新しい事を思いつかないと~)

(石灰を大量に撒くとか……そんなの誰でもやってるよね。煙玉とか?)

(どうせやるならド派手に面白く……気球や飛行船から大量散布!?)

(あ、ダメ。この世界には魔法使いが居るんだし、気球を作れるとしても直ぐに落とされちゃう。死んじゃうし使い道がないなあ)

 当たり前だが凄いアイデアを簡単に思いつくようならば誰も苦労はしない。

大抵は生産チートも上手くいかないし、突拍子もない事を命じるキカッケもなければ、実現まで上手く導けるとは限らないのである。輝虎が虎千代と呼ばれた時にやった酒造りも、あくまで荒絞りから始めて、詳細は他人に任せたからこその成功でしかないのだ。

 

なお後に『上から大量散布』というアイデアは形を変えて実装されることになる。

輝虎が残したアイデアノートが盗まれる過程で散逸し、『空から何かを大量に撒くらしい』という部分を『別に空を飛ばなくても噴射魔法で良いじゃない』と一介の法術学生が至極簡単に実現したという。

 

 輝虎の進軍が止まって居た半年の間、忍者たちは北伊勢に潜り込んでいた。

北勢四十七家とも言われる国人の集団である。絶えずどこかに諍いがあるし、その何処かに潜入するだけならば容易いのである。

 

この時、忍者たちは輝虎たちのある事ある事を吹き込んでいった。

主力が『銭雇いの兵士』であることを暴露し、実働部隊は二千程しかいない事。あるいは『昨年の侵攻を止めたのは六角家だが、どちらにも援軍を出さない』事などを吹聴して回った。他にも『南伊勢の北畠家は弘治二年の秋まで動かない』ことや、越後勢の進軍ルートなども平気で伝えたのである。ただ伝えていない事もある、それらの情報は事前に輝虎の耳にも入っている事だ。

 

「また来たな。あ奴ら学習せんのか」

「残らず討ち取ったからな。知らんのだろうよ」

「今日の酒代くらいにはなろう。ありがたくその首頂戴しようぞ」

 この頃は常備兵の中核も入れ替わりが始まった。

北畠具教の仲介で、彼の兄弟弟子である剣豪たちが加わったのである。上泉伊勢守信綱の門弟たちも関東から駆けつけていたし、日がな剣や槍を奮って飯を食うので腕前がまるで違う。いまでは国人たちを討ち取っては越後の銘酒の代金に変えるという退廃的な暮らしを覚え始めたという。

 

「酒も悪くないが……それよりもだ。次は誰が伊勢守殿に挑む?」

「オレだ。今度こそオレが一本取ってやろう」

「ぬかせ。一本取るだと? そんな心意気で勝てるか。ワシの様に殺す気でいどまんかい!」

 史実と違って長野家は滅びてないのだが、思わぬ流れで弟子たちが増えた。

中でも柳生新次郎宗厳と中御門胤栄の二人が二強と言われ、隙あれば師匠に稽古をつけてもらおうと日夜鍛錬を続けていたのである。そういう意味では人を斬って金が貰える今の日々は彼らにとっては極楽であろう。人から見たら修羅道でしかないのだが、越後から輝虎に付いて来た連中はみんな狂戦士なので似たり寄ったりであった。

 

そして彼ら世に名前を残す漢たちが震えあがる戦……いや事件があった。

伊賀忍者が国人たちに渡した情報の中に、『輝虎が迂闊にも百にも満たぬ護衛だけ伊勢に入る』というものがあったのだ。そのこと自体に嘘はない。だが連れていたのが精鋭部隊であり、聖戦の呪文発動済みであったことである。三百程度の国人たちでどうなるものでもない。

 

ここで少し考えてみて欲しい。

闘気魔法や付与魔法などまちまちな方法で自分を強化するのが精々の国人たちが相手であり、攻撃呪文を使える精霊魔法使いなど全体で数名居れば良い方である。付与も強化も同時に出来る精鋭たちや、酷い組み合わせだと剣豪たちに挑んでしまい、三百近い襲撃者は瞬く間に殺戮されたという。

 

「しかし弾正様の鬼神ぶりをみただろう? 伊勢もさしては保つまい」

「さてな。大樹様が手放すはずも無し。次は大和かそれとも紀伊か」

「摂津や河内ということもあり得るぞ。まあ大和ならばオレも文の一つも書かねばならん」

「そうなるならワシもだな。故郷を皆殺しにされるのは出来ればカンベン願いたいわい」

 北伊勢は安濃群に居る工藤長野家を攻め潰せば戦が終る。

宗厳は国人の息子で、胤栄は興福寺の坊官の子であった。共に大和出身であり、生国もまとまりに欠いた戦国の世であることを良く知っている。そして何より都の南部なのだ。伊勢で領地を切り取りそこなった輝虎に対し、将軍家が大和攻めを促す可能性は大きかったと言えるだろう。そんな状況は一介の兵士として働いている間にも推測は出来る。自分たちが今所属している部隊の強さ、そして輝虎が聖戦の呪文を使った時の異様さを誰よりも実感しているのも大きかった。

 

このまま北伊勢で戦いが終わればどうなるか?

そして故郷に攻め入るならば、親兄弟をどう説得するか悩むのも仕方がないだろう。史実では後に松永久秀が攻めるのであるが……もし輝虎が攻め入れば草刈り場になる運命しか見えなかったのである。

 

 北伊勢の攻略が続く中、その後の情勢に頭を悩ませる者は少なくなかった。

安濃群はそのまま北畠具教に進呈され、下った国人たちの領地も一応は北畠家の物だ。タナボタ的に援助を貰った形の彼らが将軍家側につくのは当然のことだろう。輝虎はあくまで手伝い戦の他国人であり、この状況を齎したのは将軍である足利義輝で間違いがないのだから。

 

そして北畠家が将軍家に就くことで、オセロの様に変化する家もある。

例えば近江の六角家は細川派というべき立ち位置なのだが、親将軍派である朝倉家と挟まれることで将軍派になる事を余儀なくされた。もし義輝が三好家と手を組み直し、細川晴元を討つと言っても断れなくなっただろう。そして……。

 

「弾正様! 手前、織田家の警護に雇われておりました滝川一益と申します」

「そういえば何度かお見掛けしましたな。して、此度の御用向きは?」

「はっ。弾正様に御目通りを願いましたのは、これなる九鬼浄隆に頼まれ紹介をと」

「志摩の九鬼浄隆と申します。この度は弾正様にお仕えしたく参上つかまつりました……」

 この日、滝川一益に連れられて二名の男がやって来た。

一人は志摩の豪族で九鬼浄隆という武将である。もう一人は容貌が似通った青年なので、その弟と思われる。今回の話が突飛なのは、いきなり臣従の申し出を行った事だろう。本来ならば、もう少し手間暇を掛けるし……そもそも志摩とは隣接して居ないのである。

 

「この輝虎に仕えると? それはありがたい申し出であるが、仔細を尋ねても?」

「はっ! 伊勢の国が統一されたのであれば、北畠家が志摩に目を向けるのは必定」

「ふむ。志摩は元より伊勢の一部、伊勢が平和に成れば確かにそのような事もありましょう」

「そこで弾正様にお仕えすることで、領地を守ろうとした次第にございまする」

 輝虎が攻めているのは北伊勢であるが、伊勢南部にある志摩は微妙な位置だ。

しかし受けた命令は『伊勢の平穏を取り戻せ』であり、志摩の豪族を部下にして騒乱を前もって抑えたという言い訳が使えなくもない。だからこそ、九鬼浄隆は北畠家に攻められる前に臣従を申し出たのである。『今』ならばそれは可能であるが、この機会を逃せば彼らには滅亡以外の道はあり得ないであろう。

 

「弾正様。こやつらは水軍も率いております」

「放置して滅ぼしてはそれらも無残な海の藻屑となりましょうぞ」

「いかがな物でしょうか? こやつらの忠誠を受け取ってはいただけますまいか?」

「滝川殿がそこまでおっしゃるならば一考いたしましょうぞ。……ただ、このままでは揉めるやもしれませぬな。では、幾らか条件を整えるとして、まずは志摩の国人の中で北畠家に属する者は残す事」

 当たり前であるが、国人たちはその時々で所属勢力を変えている。

だから九鬼家に従う国人も居れば、北畠家に所属する者もいる筈だ。だからこの場で断言するのも問題があるし、そもそも北畠家が志摩を狙っているならば問題となろう。だから輝虎は面倒だからこそ、その危険を避けた。志摩には他にも国人が居るが、彼らを討伐しても良し、北伊勢の様に北畠家の斡旋で従えても良いのだ。志摩に領地が要らないからこそ、その辺りの区分を明確にしておく。

 

「次に北伊勢の中で、鉱山や港に関しては輝虎の取り分になっていた」

「これを返上して志摩と入れ替えることに致そうぞ」

「っ! 忝い! そこまでしていただけるならばこの九鬼浄隆、命に掛けて!」

「また弟である嘉隆をお預けいたします。煮るなり焼くなりお好きに使うてくだされ!」

 いつものように輝虎は鉱山と港のみを確保するつもりであった。

その辺りは先に伝えてあるので、北畠家でもある程度は配慮するつもりであっただろう。だが、国としての価値を考えれば、北伊勢にある港の方が良港と言えた。志摩の整備が遅れており、ろくに米も取れない事から交渉に乗って来る可能性はあった。

 

だが、それはあくまで輝虎と北畠家の勘定である。

良い土地を捨てて、僻地である志摩と取り換えるというのはまずありえない。一応は志摩は一国として数えられており志摩守を名乗れるほどの名誉はあるがそれだけだ。官途での志摩守は別の者に与えられており、それほどの意味はないであろう。

 

「この九鬼嘉隆、御屋形様に命をお預けいたしまする!」

「そうか。ではその命は輝虎が預かろう」

「江戸より堺を目指す船の守り手か、それとも越後から若狭か」

「いずれかの水軍大将として育てるのも悪くはないやもしれんな」

 聞けば姿よりも声は幾分か幼い気がした。

もしかしたら元服して間もない少年なのかもしれない。この当時の豪族は家を存続させるために、家族や親族の国人を敵方に付けたり、離れた場所にいる大名に士官させることもあった。そんな戦国的な生存戦術を知りながらも、水軍衆の弱い輝虎は受け入れたのであった。ていうか……モメて戦い続けるのも面倒だしね?

 

そして弘治二年の秋、伊勢の戦乱の終了と共に輝虎に二国が与えられた。

一国は言うまでも無く志摩の国であり、もう一国は三木家が姉小路家を乗っ取り分家を殺したことが密告され、処罰対象になった飛騨国であったという。おそらくは紀伊へ攻めてはくれるなと言う本願寺からのメッセージであろう。




と言う訳で伊勢の近辺の話はしゅーりょー!
難しい相手でもないので、サクサクと攻略が進みます。

・生産チートキャンセル
 一分野一チート令があるので仕方ないですね。
耐火煉瓦は作りませんし、それで高炉も作りません。

・日本住血吸虫
 前回に引き続いてチラっと登場。
というかこの時期の美濃の鉱山はあんまりないのですよね(ほとんど飛騨なので)。
なので忍者知識を少しだけ入れつつ、この後に治水のついでにその内にナレ死すると思われます。

・上泉門下生たち
 常備兵の精鋭集団に居座る事で、史実とは別の出会い方をします。
まあ伊勢の北畠具教が仲介したという事なので、多少の環境変化では同じ出逢いになるのでしょう。

・今週の風見鶏たち
 伊勢が将軍派に! なので近江も将軍派に! 混乱期が起きないので浅井はチャンスが喪失!
史実よりも早い伊勢の統一が起きたことで、志摩の九鬼家は攻められると判っているのでさっさと降伏。
情勢の変化に気が付いた本願寺は、飛騨をスケープゴートに紀伊の国を守った感じです。
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