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三好長慶が幕政より少し距離を置いた。
おかげで幕府はてんてこ舞いの大忙しだが、所詮は実権の無い組織である。時間が解決するし、文官が育てばやがて問題も出なくなるだろう。必要な部分だけ長慶に頭を下げれば済むようになったと言える。
この事で将軍である足利義輝だけでなく、幕臣たちは現実的な問題を直視し始めた。
困窮した財政は全く変わって無いし、今のままでは文官を増やすことも、兵を増やして戦うどころか警備状況も改善しないという事である。そんな所に大和分割案が定義されたのだ、乗らなければ嘘と言えるだろう。
「弾正大弼様。この度は伊賀守就任の挨拶と、新たな弾正少弼の引継ぎで参りました」
「和田殿。伊賀守就任おめでとうござる。先だっての伊勢攻めでは御父君に世話になり申した」
「大樹様の命による戦ゆえ、お気になさりますな。父も誉れと思っておりましょうぞ」
「さて伊賀守殿……新しい弾正少弼殿に何かございますかな? それとも大樹様のお声がありましょうや?」
和田惟政が弾正少弼から伊賀守になったと挨拶に来た。
もちろんこれは別件の用事を切り出すためのキッカケであろう。この程度の事を一々説明せずとも、明智十兵衛光秀あたりを間に介せば幾らでも伝達できるのだ。それに弾正台と言う官庁は機能しておらず、大弼である輝虎の部下に少弼が居るわけではない。単純に流れを解説するためのものであろう。
「この度、大和攻めの件を弾正大弼様にと大樹様は仰せです」
「その折に副将として松永久秀殿が付けられ、それに合わせて少弼に昇進いたしまする」
「松永殿は大和での武略に始まり、三好家を介して様々な折衝を担当されるとのことです」
「なるほど。面倒を掛けることになるやもしれませぬな。今度お会いして話し合おうと思います。お伝えいただけるならば、一筆したためましょうぞ」
大和攻め自体は以前から噂されていた。
都からほど近く、幾つかの勢力で殴り合っている状態である。史実であれば数年後に松永久秀が単独で送り込まれ、三好家の領地とすべく奮闘することになる。だがその計画は輝虎が居ることで、大幅に変更されたのであった。
義輝の計画では大和一国を輝虎に任せ、安定した根拠地にするはずであったのだ。
しかし朝廷と幕府の御料地にすることを提案された事と、三好家が一歩引いた事で、対決姿勢を続ける必要がなくなったのでこのような流れになったと言える。
「はっ。そういう事でしたら暫し逗留させていただきましょうぞ」
「今後の事について大樹様には色々と聞かされており申す」
「何かあれば何なりとお尋ねくだされ」
「……そうですな。では伊賀守殿にはなんぞこの輝虎に御用事があるのではないですかな? 大樹様の計画に関してこれからお世話になるのです。礼と言う訳ではござらんが何なりと申されよ」
思えば惟政は最初から緊張して居た。
使者として輝虎の元に派遣されるだけで緊張するはずがない。弾正少弼が別に変るとか、その取次ごときでそうなることはないのだ。ただ惟政は常識人であり、当初の予定通り大和一国ではなく、その四分の一になると言われて輝虎が機嫌を損ねる可能性も考慮していた。その件を領地に関してどうでも良い輝虎が気が付くことは無かったが、それはそれとして女性は男性の目線に敏い物である。
スタイルの凹凸を眺めるわけでもなく、だからといって無視もしない。何らかの要件を切り出したくて堪らないのではないか? そう思ったのであった。
「……不躾ながらその通りでございます」
「この伊賀守から申すのも口幅ったく、弾正大弼様がよろしいなら……でありますが」
「構いませぬよ。場合によっては何度も往復する用事を申し付けます。その返礼と言う事で」
「申し訳ありませぬ。では厚かましいながら、弾正大弼様におすがりいたしたく存じます」
惟政は迷いはしたが、結局話すことにした。
これまで方々に頭を下げた件であり、他の者から全て断られた案件である。京よりも東……いや、日の元の大多数に相談しても断られる確信があったが、輝虎ならば受け入れてくれるかもしれないという望みに繋いでいたのだ。厚かましいと知りつつも、ここで退くことはありえなかったと言っても良い。
それは輝虎が越後の国主となった時に宣言した言葉に由来している。
「まずお尋ねいたしますが、いかなる宗教・宗派について問わぬと仰せで?」
「懐かしい、越後で国主に推挙された時の話ですな」
「いかにも。越後に置いて、いかなる宗教・宗派であろうとも、罪なくして区別せぬ」
「どのような教えであろうと受け入れ、罪があれば何者でも裁くと申し伝えましたぞ」
かつてそのような言葉で、一向宗との対立を取り除いたのだ。
そして言葉だけではなく、祖父である能景以来の禁教を解き越後への布教を許可したからこそ、本願寺とも手を組めるようになったのだ。これまで一向宗とも協力し出入りを許可して来た輝虎の足跡が、まさに実例であったと言えるだろう。
「おすがりしたいのは、まさにこの件なのです」
「世に人を導く教えは幾らもありましょうが、不当な偏見にさらされております」
「しかし、そのくらいであればどこぞで布教できるのでは?」
「それがそうもいかない問題がありまして……実は、外つ国より参った教えなのです」
この一件は実に難しい話であった。
日本の外よりもたらされた宗教。それは他の宗教のみならず、大名を含めた人々に忌避されている。だからこそ惟政の頼みを誰も聞いてくれなかったし、輝虎以外に頼る相手が居なかったのである。史実よりも早く信長時代よりも前に入信した惟政にとって、輝虎こそが最後の希望であった。
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世の中にはタイミングの変化や詳細で大きく変わる時と、変わらない時がある。
輝虎が行った一度目上洛で足利義輝の精神状態は改善されたし、二度目は兵を伴い勢力図に変化をもたらした。これは史実でもやったことはあまり変わらないのだが、数年ほど早まったことで大きな変化がある。一度目は義輝の教育環境であり、二度目は暗殺と言う強硬手段を取らなくても済んだことだ。特に暗殺に関しては失敗するのが当然のことなので、京都から逃げ出す必要が無くなったのである。
その事が惟政が史実よりも早く入信し、苦悩したことにつながる。
本来ならば朽木谷に逃れたからこそ起きなかった会見が生じ、本来ならばもっと認知度が高まってから入信していたのだ。ゆえに彼がこの新興宗教への無理解に関して、苦悩する期間が長くなってしまったのである。
「弾正大弼様は南蛮より渡来した教えについてご存じでしょうか?」
「通り一辺倒でよければ。寺の書物や人伝ゆえに仔細は違っておりましょうが……」
「蒙古襲来の前後で渡来した、景教や回教の兄弟筋や従兄弟筋にあたる教えでは無かったかな」
(んー。これってキリスト教の話よね? そっかー。ザビエル! な頭の司祭様たちの事だよね? なんだかザ・歴史って感じだなあ)
惟政の言葉に輝虎は頷いた。
ローマ帝国が大秦国と呼ばれて存在が認知されていること、そこにも宗教があること自体は昔から知られていた。紆余曲折の歴史により変節して伝わった内容と、ダイレクトに伝わった内容の差はあるが、概ね同じ宗教である。それなのに同じ宗教同士でなぜ争うのかとか、なんでその程度の差なのに殺し合うのかとかいろいろ言いたいことはあるだろうが……。
それを言い出したら日本における仏教でも同じなので此処は棚に上げておこう。宗派が違う程度ではモメ事や戦争が起きないならば、一向宗や日蓮宗の歴史はもっと平和である。
「寡聞にして回教については知りませぬが、デウス様の教えは正しく理に叶っております」
「その教えが南蛮より伝わっただけで、教え長が異人というだけで迫害されております」
「どうか! どうか弾正大弼様のお力で何とかなりませぬでしょうか!」
(多分、キリスト教であってるよね? 和田さんほど理性的な人が信じてるなら大丈夫かなあ? 大丈夫だよね? ええとキリスト教ってなんで江戸時代に残らなかったんだっけ……長崎にはあったよね? よく覚えてないや)
タイミングや仔細で変わる事もあれば、変わらないこともあると述べた。
では、そういった差で変わらない事があるのを説明しよう。この時代でキリスト教徒がやった悪行や悲劇は幾つかあり、それらが半分くらい無い物として数えるとしよう。輝虎に転生した女はこだわりも少ないので、思い出す確率はさらに半分以下だ。世界史に起きたキリスト教関連の問題を、四分の一から五分の一くらいに薄めて判断して欲しい。
さて、ギルティ? Or ノットギルティ?
アフリカ・東南アジア・中南米での悪行を五分の一覚えていると仮定する。その状態で放置できるかと言うと……。
(ダメじゃん!? でも西洋の国がやった事が駄目な訳で、キリスト教はOK?)
(うーん。細かいことなんて全然覚えてないんだよね。んー日本だと、どうだっけか)
(一向宗が受け入れられてんのも、南無阿弥陀仏でノーカン以外に堕落してないからだしなあ)
(じゃあ結局悪いのは利用した王様とか領主たちで、攻められる言い訳とかされなきゃ良いのかなあ? それにここで禁止しても、広まったって事は誰かが許可するのよね。あー面倒くさーい! 誰かに丸投げしちゃえ!)
と言う感じで煮詰まって来た輝虎は、熟慮を投げ捨てることにした。
馬鹿の考え休むに似たり。自分は公正な判断だけして、危険性は他の誰かに判断してもらう事にしたのだ。日本だって最終的に宗教色の低いオランダ船の告げ口とかで何とかなったし、まあ輝虎たちが染まらなければ大丈夫であろう。きっとね。
「伊賀守殿。輝虎が出来るのは以下の三つだ」
「第一に、越後や出入りする商人などに宗教・宗派に寄らぬ扱いをさせる事」
「第二に、他の寺と同じく住処を与え、何を為したか正邪の情報を共有する事」
「第三に、法術の専門家がおるならば、新たに作る予定の法術の学び舎に、一向宗の様に教育者を派遣することを許そうぞ。彼らが良き人々で良き教えであるならば信徒は増えるであろうし、邪教であるならばその証拠を持って罪人として裁こう」
最終的に一向宗と似た扱いをする事にした。
あくまで罪があるかどうかで裁き、宗教や宗派によって裁かぬという越後の法を徹底する事だ。そして一向宗にもそうしたように、住処を与えてその情報を領主たちへ渡し、良い人たちなのか、悪い人たちなのかを尋ねた者にも共有するという事であった。最後に魔法学院の教師として誰か派遣しても良いというのは、魔法の技術を聞き出す事であり、この部分のみが輝虎の望みと言えた。
「おお! ありがたい。これでデウス様の教えも救われますぞ!」
「それなのだがな。伊賀守殿の様子を見る限り教え長も良い人なのだろう」
「だが忘れてはならんぞ。比叡山は最初から堕落した生臭坊主の住処だったわけではない」
「また一向宗の多くは善良な民であったが、それを死兵として利用し土豪化した坊官は山と居る。外つ国の王や領主、あるいは坊官どもが良き人々を利用することは普通にあるゆえな。それだけは覚えておかれよ」
感激する惟政に対し、輝虎は天台宗や一向宗を例に釘を刺して置いた。
認めはするしチャンスもやる。だが、決してキリスト教を利用する人々のことを忘れてはいけないと伝えたのだ。もちろんそれだけでも受け入れ先を知らなかった惟政にとっては福音であろう。この場においては問題の棚上げは成功し、後に最終判断をする者へ丸投げすることになったのである。
そして、この件は思わぬ方向に波及することになった。
話を曲解した興福寺の僧兵たちが大和で戦いを挑み、彼らに穏当な処置をしたら、何故かそのことを含めて教え長のガスパル・ヴィレラという司祭に詰問された事である。助け舟を出して何故論戦を挑まれるのか首を傾げた輝虎であったという。
今回はタメ回なのと、問題が持ち込まれる回です。
バタフライエフェクトで何故かすでに入信している和田惟政がやらかします。
足利スタートだと細川藤孝以外で使える数少ない人なんですけどね……。
ちなみにこの話の義輝さまは弟の義昭と違って、将軍教育を受けている分だけ政治に理解力があります(胃痛は気にしないものとする)。
余計な事をするのは同じですが、考えなしにするのではなく、理想の為に暴走する感じ。