●
1558年の冬、上杉輝虎なる人物と会見。
都のある区域と、それ以外では統治の法が別の国の様にまったく違う事もあります。
この
東方を治める公爵の権威が大きく下落したので、それを援助することでその地位につきました。
西方を治める大友宗麟、後のドン・フランシスコに匹敵する立場と言えるでしょう。
メキシコの銀山に匹敵する鉱山を持ち、透明な酒を売り、資金を貸し出すことで金蔵は尽きることがありません。
ただ、彼女が他の伯爵たちと違うのは、騎士団を率いて戦う雑号の将軍であることです。
彼女を『
前述の豊富な資金を考えれば、かつてのテンプルナイトの栄華を思い起こさせます。
加護としては『四大天使の守護方陣』を与えられているようで、騎士団はその精強さを失う事がありません。
注記。
著者は自分の見聞きをしている範囲で記述し、不足分は想像で補っている。
このため、輝虎の家系が繊維を売って代々儲けていた事や、加護が正確には『ミカエルの剣』であることを知らないので注意が必要である。またテンプルナイトはフランスや教皇領では悪意を持って語られ異端審問に掛けられたが、他の地方では問題ないとされていることにも留意が必要である。
●
この日の会見は、キリスト教を布教する為の許可を得るためでした。
彼女は都の北側に館を構え、河川の改修工事に大きな援助を与えている所でした。
日本人は非常に名誉を重んじるという事は周知の事実で、輝虎もその特徴があります。
彼女は特に騎士道的精神を重視し、騎士の八徳を極めたい、そう思われたいと望んでいます。
そこで工事に多大な資金を提供し、同時に我々へ公正な態度を取ることで、示そうとしたのです。
その強さと精神性は、百年戦争初期に活躍したエドワード黒太子の様です。
彼の騎行戦術と弓兵投入の革新性にも似ていますが、その騎士道へ熱烈さもよく似ています。
しかし、我々は幾つかの懸念を持っており、確認をせねばなりませんでした。
悪魔は常に人々の陰に隠れ、時には尊い聖君のフリをして堕落させることがあります。
彼女は酒を売り金貸しの元締めでもあり、参詣した神社はインド管区で言えば『マーラ』です。
我々が何を懸念し、そして尋ねなければならなかったのか。
彼女が悪魔信仰に寄って立っているならば、糺さねばならないと感じたことはお判りでしょう。
マーラは人々を誑かす存在であり、淫蕩な事に誘う悪魔でもあります。
調べたところ、都の南で『輝虎は淫蕩な力で王である義輝を惑わせた』と噂されていたのです。
また河川を工事するにあたり、ドラゴンの神殿を立てて、群衆を率いて工事に加わったというからなおさらです。
ここで我々が声を大にして尋ねることになったのは、当然と言えるでしょう。
注記。
エドワード黒太子は敵地で食料調達していたので、フランスでは嫌われている。
マーラの神殿に参詣したことも、『マーラの悪い面を封じ、良い面を祀った』神社であることや、東洋ではドラゴンは水の守護者であるという文化に注意が必要である。加えて認識していた『四大天使の守護方陣』は軍団の保護であるが、『ミカエルの剣』は付き従う事を『望む者』の能力を引き上げる事であり、この付属効果をマーラの権能である魅了と勘違いしたと思われる。
●
会見して質問した所、判って来たのは彼女たちの宗教観が大枠である事です。
聖母マリアを人としたネストリウス派の教義や、ユダヤ教と我々の事を混同しているようです。
今まで我々のことを初見で見知った者の中で、もっとも知見のある彼女ですらそうなのです。
我々の活動が人々に誤解され、悪魔を信奉する宗教から排斥されるのは当然の事です。
とはいえ、今までにない知識があるようなので、その間違いを糺すことから始めました。
主イエス・キリストの献身こそが重要であり、悪魔は善行を為したとしても堕天使の由来でしょう。
その事を説明したところ、彼女は思わぬことを口にしたのです。
我々が神の教えを通して学ぶモラルを、東洋では教えを学ぶ前に備えるべきだと。
ソレが出来るのであれば誰も苦労はしませんし、事実、東洋における先進国の中国でも同じです。
しかし、彼女はそうあるべきだと信じていました。おそらくは、だからこそ宗教観が大枠なのでしょう。
こんな宗教観では神の教えを求め、自らを律しようとしないのも理解はできます。
宗教とモラルが分離されている訳で、我々の様に心の拠り所ではないのですから。
ですが、この事は主の教えを広める事自体には問題が無い事にも気が付かせてくれました。
主の教えが正しい事をゆっくり教え、他宗教は悪魔が神の名前を借りた物だと諭せば良いのです。
ともあれ我々の布教を許可すると同時に、公正な監視下に置く約定を締結しました。
我々が犯罪を犯さない限りは、異教徒であることを理由に排斥しない。また他者より守る契約です。
代価として求められたのは、我々の活動が犯罪的でも、非道徳的でもないという事を監視することです。
彼女たちから見れば、我々は犯罪予備軍であり、そうではないことを示す必要があるのでしょう。
我々は神の教えと共にあり、そのような懸念は杞憂というものなのですが、異教徒には判別できないのでしょう。
礼節と知性を有する彼女たちが一刻も早く神の教えを受け入れ、神々の庭としてこの地がある事を望みます。
注記。
抜粋して七割以下にすること。(以降、注意書きが書かれては頓挫している)
●
今日は輝虎が率いる騎士団についての説明を受けました。
彼女は弾正卿という地位にあり、『帝国観察軍』の代理長官とでも言うべき地位についています。
これは雑号将軍の一種で、正式な将軍位ではない者が持つ、現場の最高監督者です。
彼女はつい先日も、邪悪な寺社の一つである『興福寺』を懲らしめに行きました。
この地の王から横領した荘園を回収に向かったのですが、もう一つ理由があります。
男女の仲を絶ち貞淑であるべきなのに、バビロンの大淫婦であるかの如く非難されたからです。
彼女は温厚な日本人の中でも、特に温厚なのですが、『鍛冶屋の妖精』の様な悪癖があります。
普段は職人気質で世の中の富貴を退けているのですが、大酒を吞み、度を越えた侮辱は許しません。
職人の多くがそうであるように、金勘定や血筋を罵倒されても笑い飛ばします。
しかし、騎士道を強く志向しているのに、不道徳であると言い掛かりを受けたことで激怒したのでしょう。
御存じないかもしれませんが、職人たちの多くは普段温厚でも、怒らせると狂乱し暴れ回ります。
輝虎は僅か千人の修道騎士を率い、その何倍もの興福寺のモンク達を打ち破りました。
この時に司教を虜とせず身代金を取らない代わりに、インド管区でも知られたアスラの像を奪い去りました。
アスラ神族とディーヴァ神族の抗争については、ひとまず筆を置きましょう。
邪悪な悪魔の像を砕くべきだと、先日の会見でも……。
注記。
前述の繰り返しなので、ここからの文章は割愛。
●
輝虎の戦力について詳細を求められたので追記致します。
帝国観察軍に所属しておりますが、直属の兵士は最大で三個大隊の修道騎士です。
第一大隊は精鋭部隊で、全員が騎士団長や切り込み隊長級の実力を求められます。
最大が千人のエスパーダ大隊ですので、劣った者は次々と格落ちさせられます。
中には格落ちされて、『元』と呼ばれる事を恥として、腹を切って自殺した者も居る程です。
それほどの名誉であり、この国でも一等級の透明な酒と、目の眩むような報酬を得ます。
彼らはストイックというよりはシステマチックに戦い、一切の略奪と身代交渉を禁じられます。
ただでさえ騎士団長に匹敵する腕前なのですから、捉まえようとしなければ強いのも当然です。
では、格落ちした彼らが第二大隊に行くかというとそうではありません。
第二大隊は全員がローマ時代の戦闘工兵であり、街道整備や架橋の専門家です。
彼らは命を賭けることは稀で、代わりに専門知識を詰め込まれてきました。
しかし、画期的な治水工事が導入されたために、大隊に格上げされたのです。
恐ろしい事に、魔法陣や儀式魔法を積極的に導入し、その指揮下で瞬く間に工事を済ませてしまうのです。
我々がよく知る『ヘラクレスの塔』や『水道橋』を建設するような偉業を用い、僅か一年で河川を分割しました。
最後に第三大隊ですが、前述した魔法陣敷設や儀式魔法を行う者たちを中心にしています。
ただし、その多くは
しかし、聖堂を築いて大々的な魔法陣を用意して、魔法兵団と成ってから第三大隊に成りました。
今はまだ、殆どの者が他愛もない術を得意とする町の術者と変わらないでしょう。
しかし、輝虎は魔法学園を作ることで、術者を増やして行き、第一大隊の様に入れ替えを行うつもりです。
これらが完成し、完全に整備れた時……この騎士団は、東方第一聖堂騎士団とでも呼ぶべき精鋭になるかもしれません。
そして彼女は勤勉であり、多くの場合は公正でかつ先進的です。
我々に多額の寄進と、大々的に布教する機会を与える代わりに、学園での教授職を斡旋しました。
これはチャンスであると同時に、危険な存在を作ってしまう可能性を有して居ます。
この要請に応えるべきか、それとも危険な事態に陥らない為に断るべきか悩み続けております。
(筆はここで止まって居る)
●
「何と言うか……暑苦しいですね。色々と長いですし」
「文才はあるし色々な知識もあるんだがな。余計な言葉が多過ぎるんだよ」
上位者であるインド管区への手紙は頻繁に送られる。
もちろん航海の長さと、途中で災禍にあう可能性を考えればそれほどでもない。
ガスパル・ヴィレラを送り込んだ豊後の仮本部では、こんな感じで添削作業を行っていた。
「尋ねて初めて判る様な例えもありますしね。水道橋はともかくヘラクレスの塔なんか知りませんでしたよ」
「お前は出身が違ったんだっけ? そういやジャック・ド・モレーの異端審問をマジで信じてたっけか。十三日の金曜日なんかありません安心しろって、解説した覚えがあるわ」
熱血漢であるヴィレラは色々な所に首を突っ込み、余計な言葉が多い。
なので上層部が求めておきながら、信頼のおけない叙述者扱いされているとは思っても居るまい。彼らは送られてくる長い文章を添削する役目を担わされていたのだ。
「しかしこの東方聖堂騎士団って本当に強いんですかね?」
「島津の方が大友より強いとザビエル様はおっしゃってたが、大内の西国無双より大友の西国無双の方が強いとも言われたぞ。結局は主観だよ。戦い方次第さ」
イエズス会は色々な事を精査して論議する性質がある。
これは修道騎士たちの切磋琢磨し、高め合う性質を真似たとも言われる。それゆえに上長に対して忠誠を持ち、法王の言葉であれば白すら黒と言う程であった。それでいて熱心さは比類なく、こんな辺境である日本くんだりまで布教にやってきているのだ。
そして全員ではないが、一部の会員は植民地獲得に意欲があった。
それは国王らとの契約で、会の運営を認め、援助してくれるからだ。何というかイエズス会は法王の許可を得て設立しながらも、異端扱いを受けて追放され掛かったという苦い思い出があるからである。実際に植民地を獲得できるかには興味は無いのだが、その姿勢を見せて忠実だと思わせておく必要はあったのである。
「イングランドやネーデルラントの小型船で、神聖帝国の大型船を倒せるのか? 公式発表じゃ無理って事になってるが、そうじゃないのは一杯見てきたろ?」
「そうですね。指揮官と士官が揃ってりゃ、後は戦術次第って面もありました」
この時代、ハプスブルグ家の支配で神聖帝国は強大だった。
スペインやドイツにネーデルラントなどを支配し、最強の陸軍国家と言われていたのだ。彼らの所属するポルトガルはともかく、イギリスは対抗すら無理な三流国家でネーデルラントに至っては独立戦争が上手くいっていない。士官教育とその状況に合わせた魔法の導入など、戦術で戦力を覆す実例自体はたくさん見て来たのである。
「神聖帝国の連中が来たらこの国はお終いですかね?」
「さてなあ。連中が勝つなら適当に援助して、微妙なら日本に肩入れ。実は雑魚ってんならゴアの総督が奪いに兵を出すんじゃねえの? ま、少なくとも十年か十五年は先の話さ」
なお、彼らにとってこの話は無用の展望であった。
何故ならば、1580年にポルトガルはスペインに併合されるからだ。彼らがレジスンタンスとして活動するならば日本側の魔法教官、そうでなければスペイン側のスパイと言う所であろう。
と言う訳で教会側から見た話の一部です。
内容自体は進んでいませんので、次回の話になります。