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弘治五年、将軍である足利義輝は最後の詰めに入った。
都の周辺や東国に関しては平穏が達成され、幕府の権威が回復しつつあったからだ。もちろん実権は無いし領地何て殆どないが、少なくとも威光に関しては快復した。大街道の敷設や治水を許可することで、自分がこの治世を主導したと歴史にも残るだろう。
それゆえに残る問題である、西国安定へ動き出したのだ。
「覚慶たっての願いにより、鞆へ送る事となった」
「兄としてせめてもの贈り物をと考えておる」
「阿修羅像に関して配慮をしてやれぬか?」
「大樹様がそう仰せであれば、滞りなくそのように為されるでしょう。他にも心ばかりの品を贈り届けさせていただきます」
興福寺の僧侶である覚慶が還俗して足利義秋と名乗った。
朝廷の意向と兄である義輝の命により、鎮西将軍として備後にある鞆の浦へと下向する。その後の流れによっては鞆公方として室町幕府を西から支える副将軍になるかもしれないとのことだ。
義輝が戦利品として持ち帰った阿修羅像について促すと……。
輝虎は義秋に届けることを約束した。なんというか義輝としては興福寺と取引したし、配慮してやれという心算だったのだ。輝虎としては『弟が送り返すことで功績にさせてやれ』と受け取り、その意味で阿修羅像に付属させて金を積み上げると付け足した心算である。なんというか報連相の大事さを伝える一例であったそうな。
「大友家に九州探題の長官職と貿易権限二種が付与することになった」
「そなたが朝倉家に譲ったゆえ国内で唯一の権利じゃな」
「筑紫島の平定をお任せになられたのですね?」
「うむ。代わりに毛利と和睦させ、大内家の再興に関しても譲らせた」
大友家は九州の平穏という大役を任せられた事で、毛利家と和睦。
代わりに現代で言う北九州市から門司までの以北を手放すことに同意させ、縁戚であった大内家に関するあれこれといった権益を放棄した。要するに毛利が西進しないのであれば、九州の玄関口を抑えることは認めたのである。
九州方面での戦線は大友家有利だったが、一進一退であった。
そこで毛利家は主君筋であり名門の大内家に関する権益として血縁に取り込む許可と、明との貿易権や将軍のお墨付きを得て尼子家を攻める許可を得たのである。義秋の鞆入りはその一環であり、地方の一国人まで落ちていた毛利家は……豪族に返り咲くどころか、大内家の後継者として中国地方に覇を唱えることに成ったのである。
「これで西は収まると思うが、念のためにそなたを但馬に送る」
「既に丹後と但馬の諸将は幕府の威光に頭を垂れておる」
「じゃが確実と言う訳では無いし、尼子を挟んだ方が毛利も助かろう」
「但馬から因幡を伺って欲しいが、無理に落とす必要はない。尼子家の心胆寒からしめ、山名家を助ければ十分じゃ」
錦の御旗の効果なのか、最強軍団が怖いのか但馬までの諸将は味方に付いた。
元より山名家の凋落と尼子家の隆盛が原因であり、後ろ盾が強くなるならば、あえて敵対する必要はないとの判断であろう。その後の警戒に関しては一応必要なのだが……大街道を敷設することで、経済的にも進軍ペース的にも彼らが裏切ることはまず出来なくなったと言っても良かった。
そしてこの中途半端な命令は義輝にとっても重要である。
最強の駒である輝虎はあまり遠くには置かないことで、但馬の南にある播磨に居る管領の細川晴元も牽制できる。彼は既に左京大夫を世襲する地位に無く、その子供に管領を世襲させるコースを許可しないが必要以上に追い詰めないという事で話が付いていたのだ。とはいえ念押しは必要なので、但馬に輝虎が居ることが重要なのである。
「尼子に関してはあくまで毛利にやらせるゆえ、ゆるりとせよ」
「山陰の平穏を乱した罪のみを問えれば良い」
「因幡を山名が回復すればそれ以上は追わぬ。出雲と伯耆は許して置こうぞ」
(ラッキー。必要以上には戦わなくて良いって事だよね? 山陰地方でバカンスしよっと)
毛利家は銀山のある石見は確実に落とすだろう。
その上で大内家が凋落する原因になった、出雲の月山富山城には攻めあぐねるはずだ。そこで調停を行い、尼子家を二国で抑えるのが義輝の策であった。毛利家と尼子家の戦いに決着がつけばどちらかが強くなり過ぎるので、適当なところで落としどころを用意していたのである。
もちろん鞆に義秋という生きている大義名分が居る。
そのまま備後から備中・備前へと進むであろうが、その辺りは考慮済みだ。三好家と睨み合うのを避ける為、播磨の手前あたりで止まると予想していたのだ。中国地方は毛利と尼子を両軸として、鞆将軍として残す場合は義秋の子孫を加えた三つ家系で安定させる。同時に畿内や九州・四国にも影響を程よく与える……というのが義輝の描いた統治図の全貌である。
(ただ強い将というだけならば弾正にも限界があろう)
(本領である越後も手を掛けた関東も危ういやもしれぬ)
(だが錦の御旗を授かり、向かう所で敵なしと有れば話は変わって来る)
(江戸が南蛮貿易港となって重きを増せば、北条も今川も迂闊には動けまい。唯一の例外は武田であるが……そうなれば大膳は弾正を助ける方向に行くであろう。無論、大膳が治部と出を組んで関東を目指すのであれば弾正に叩き潰させるだけの事よ)
義輝は決して輝虎に過信はしていなかった。
その戦闘力は折り紙付きでも、所詮越後の田舎大名出身である。山内上杉家を継いだことで藤原氏の一門に数えられたが、貴族としては末流でしかない。従四位と正四位の幅を越える役には立ったが、そこが限界の家格なのだ。だからこそ亡くなられた後奈良上皇が清徳の御方であり、欲望を持たぬ輝虎を認めたことが僥倖であったと言える。
義輝や将軍家にとって輝虎は都合の良い存在であった。
一番足りぬ武力を持ち、豊富な金を有しているから手が掛からない。何より重要なのは野心を持たず、領地も官位もこちらから言い出さなければ欲しがらない事だ。それゆえに他の重臣たちとは軋轢を生まず(義輝から見れば貿易権の一つを預けたことで一色家にも配慮したと言える)、必要に成ったら関東管領として配置することで、いつでも遠ざけられるという意味で安心できる相手だったのだ。
それが錦の御旗を手に入れて無敵となったのだからまさに天祐であろう。
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「これより但馬へ出立する準備を始める」
「山名家への要望などは無いが、生野銀山の銀は暫し留め置かれよ」
「この弾正の取り分を用いて、但馬までの街道を作り申す」
「また、朝廷よりご配慮のあった五畜の戒めを緩める権利がある。但馬にて大々的な畜産を行おうと思うゆえ、その費用にも銀を当てたいと思う」
と言う訳で、但馬でバカンスしちゃいまーす!
みんな~。但馬と言えば何を思い浮かべる? 私は断然、但馬牛なのです! なのでせっかくもらった許可を使って、牛さん達をたくさん育てちゃうんだから!
そういえば神戸牛と但馬牛ってどっちが高級なんだっけ?
まあどっちも兵庫県だもん、美味しく育てちゃえばどっちも同じだよね。とりあえずはあちこちで育てたりとかはせずに、子牛を育てて数を増やし、次の生産地に出荷しないとね。育てるのはいろんな場所で試すとして、肉牛と乳牛を取り置きしても問題ないようにしないと! だって今の時代、牛って労働用で痩せてるんだよ!
「それと港を拡張して移動の便を良くし、荷受けに充てるつもりだが山名家はいかがか?」
「ありがたき申し出でござる。我が主も同様でしょうな」
「では御屋形様。そのように手配いたしまする」
この話に但馬からやって来た山名さんちの偉い人は納得顔だった。
なんだか偉そうだと思ったけど、この人というか山名さんちは本家がまだ残ってるんだって。一色さんちは本家が没落して親戚の人が変わったって経緯があるけど、本家が無事だって事はこの重臣さんも親戚筋の偉い人なのかな? よくわかんないので出来るだけ無礼にはしないでおこっと。
「さて、半兵衛。但馬行きについてなんぞ思う事はあるか?」
「まず……但馬の銀は但馬で使用し、反感を避ける策であると思われます」
「御屋形様は特に金策に困っておりませぬ。他方、山名様は銀が生命線」
「諸将を繋ぎ留める分と武威は我らで何とかなるとしても、目の前で運び出されれば不安も募りましょう。また街道と港が拡充されることは山名家にも利がある事ですから断るはずがありませぬ」
小姓は何人かいるんだけど、双璧が竹中半兵衛くん。
特に何か説明しなくても、今までの延長上の話は直ぐに思い付くし、他の子の前で説明することで委員長役をやってくれる。もちろん他の事も出来るんだけど、もう一人の子が積極案を出すので、どちらかといえば慎重な案を出す方を重視してるみたいね。
「源五郎は何を思う?」
「兵や兵糧があとから幾らでも送られてくる保証でもありまする」
「これで我らを切ろうと思えぬでしょうし、因幡を見据えれば殊更」
「むしろ積極的に御当家に取り入り、弾正様の御出馬はともかく、援軍と兵糧を強請ることになりましょう。少なくとも因幡の諸将にはそう説明するかと」
双璧のもう一人は後の真田昌幸くんで、正式に上杉入りしました。
二人のお兄さんたちはお晴さんの所に居るし戦力とか連れてないので、よくある家を半分に割って生き残るというよりは、三人目で役職が無いからこっちに就職って事なのかな? 長男が家を継いで、次男が武田家で武将やる感じなんだと思う。昌幸くんがこっちで有力武将に成ったら、実家に仕送りできるしね。
とりあえず意見としての差は、こっちは攻撃的な感じがする。
半兵衛くんがみんなに判り易く情報共有する為だとしたら、昌幸くんはどんな風に利用できるかを真っ先に考えて提案してみる感じで役割分担してるんだろうね。高校生にもなってない年齢なのにどっちも凄いなあ。
「よろしい。では次に取るべき方策についてなんぞ語って見せよ」
「面白ければそなたらの案を交えても良い」
「とはいえ何の目標も無ければ思案もできまいか」
「輝虎ならば、京の都で起きたことを手に取る様に目指すかのう」
せっかくなので彼らの意見を聞いてみるね。
良い案があれば採用しちゃう。その方が彼らの励みになるし……なんというか私もそんなに思いつく方じゃないからね。だからこういう感じで偶に意見交換会をやるんだよ。もっとも小姓の中で意見が出るのは稀で、大抵は双璧の二人が案を出して、次回までにみんなで修正案を出してくる感じなんだけどさ。
あ、ちなみに京都の情報が欲しいのは本当です。
バカンスするのは当然なんだけど、田舎に行ったら退屈だもんね。インターネットなんか存在しないので、アンテナは張り巡らせとかないと退屈なのです!
「京での出来事を……それは色々と利用できますな。半兵衛はどう考える?」
「唐沢様がされている符丁の普及はどうかな?」
「あれなら難しくないし狼煙より安全だよ。送れる情報が限られちゃうけどね」
「明では『駅』に馬を繋ぎ情報の伝達に余念がなかったと聞くな。その範囲の何処か……悪くない。戦や要人の死など緊急の要件と、平穏無事などの常の状態が判るだけでも良いはずだ。後は早飛脚や馬で良いか」
二人の考え方はある程度一致してるけど、やっぱりまとめ方が違うんだよね。
昌幸くんは自分で考えてその先をドンドン改良しようとするし、半兵衛くんはみんなが判る様にみんなが思いついても途中で話せるようにタイミングを切ってるの。だけど昌幸くんはさらにそこから話を進めちゃうので、みんなは付いて行けないのよね~。
「ちょっと待ってね。絵にしてみる」
「その間に利用方法を拡充するか……」
「御屋形様。せっかくですので、距離を示す塚を立て兵が泊まれる空き地を作っては?」
「ふむ。それで早飛脚が何日後につくか、兵が到着するのは何時か判るな。せっかくなのだ宿にも使える兵舎も建て、兵糧も蓄えておけば良かろう。平時は余った物は腐る前に民草にでも施しておけば良い」
昌幸くんは性格的に行軍を前提に考えたみたいね。
一里塚を作って、休憩所としての空き地を低予算で整備することを考えたみたい。ひとまず御金に困って無いし、全部整えた簡易宿泊所で良いんじゃないかな。
そんな話をすると、半兵衛くんが簡単な絵を描きあげてきた。
「御屋形様。簡易図が出来上がりました」
「ひとまず若狭・丹後・但馬を繋いだ道がこのようになります」
「間に入れた線は、先ほど源五郎が申した塚。そしてこちらが……」
「ふむ。符丁のみならば道のりに進む必要は無し。直線距離でつないだ必要だけの情報を送れば良いという場所じゃな? よくぞ思いついた」
なんというか携帯のアンテナみたいな場所に塔を作るアイデアだね。
確かに『戦争が・起きた』『偉い人が・死んだ』『良い意味で・全く同じ』『悪い意味で・全く同じ』とか、そういう情報は確かに、棒を二本か三本で済むもん。私は現代知識があるから良いけど、半兵衛くんは今の間に修正したわけよ。すごいよねー。
「あ、ありがたき御言葉にございます……」
「御屋形様! この案を二段階に分けるのはいかがでしょうか?」
「駅を設け早馬を送る話は山名家に申しても構いませぬ。全ての情報を渡す必要はないかと!」
「ははは。判った判った。符丁で判る様な話を教えられても山名殿は困ろうしな。判ったから半兵衛に嫉妬するではないぞ源五郎。後は各々が見知った法術に関して考慮することで、改良していくくらいかの」
そんな感じで色々とみんなでアイデアを出し合い、私たちは日々の退屈へ立ち向かう事になったのです。
と言う訳でインターネットならぬ輝虎ネットが蔓延ります。
これからの情報はナウい方が良いんじゃよとかなんとか。
いずれ大魔術師とか生まれたらロケ-ト・オブジェクトやアポートを使って、いつもの場所に置いた情報誌を送るとかなるかもしれませんね。