マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

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そして御伽話になった

 ゴーンと鐘の音が鳴り、日本に居た誰もがその音を聞いたような気がする。

そこには黄金の巨人が居た様な気もするが、緑青の様な色合いであったような気もする。手には塔にも鳥籠の様にも見える何かを持ち、中には鳥にも虫にも老人にも見えるナニカが自ら閉じこもっていた。

 

男性とも女性ともつかぬ光の巨人を見て、人々は毘沙門天が現れたことを知った。ガスパル・ヴィレラに言わせれば大天使ミカエルなのかもしれないが。

 

『虎千代や』

『虎千代や……』

『何故、そなたは泣いておるのだ?』

『仏様……』

 幼き頃、輝虎がまだ虎千代と呼ばれていた頃。

彼女は世の無常に涙していた。林泉寺に預けられ、人恋しさを紛らわせる為に子供たちと交流し、その中で様々な事を知ってしまったのだ。知らねばヤンチャな猿山の大将で居られただろう。

 

「みなが食い物がない、着る物が無いというのです」

「住む所を焼け出された、戦があると攫われて来るというのです」

「食い物がまずい、酒も飲めない、なのに人々は争うのです」

「いいえ、いいえ。争うから食えないし酒も飲めないのでしょう」

 虎千代は普段から何気なくやってる衣食住が人々には足りない事を知った。

彼女は守護代の家に生れて、何不自由なく暮らせたし、幼き頃から頑健で聡明だったので姉と違って後継者候補の一人になった。だからこそ林泉寺に預けられて教育されていたのだが……。

 

その途中で世の無常を知り世を儚んで泣いていたのだ。

 

「どうして人は争うのでしょうか?」

「手を取りおうて助け合えば良いのに」

「戦わずとも満足して欲しい物を手に入れようとすればいいのに」

『ではお前はなぜ何もしないのかね? お前が語り掛け、努力を促せば少しはマシになるだろう。もしお前が協力してやればもっとマシになるだろう』

 どうして? それは世の無常に向けた問いであった。

決して満足の行く答えなどないと幼き虎千代ですら知っていた。妙に敏い虎千代は、自分が何かをしても大したことは無いし、自分が食べられる物、着ている物を分け与えても足りないことを知っていたのだ。

 

だからその問いは、あくまで神や仏はいないのかと問うていたのである。

 

「……仏様。虎千代にはどうして良いのか判りませぬ」

「助けてやりたい、世を糺したいとは思いまする」

「しかし誰も虎千代の言う事を聞いてくれませぬ。仕方がない、どうしようもないと」

「みんないつか死ぬるのだから、それまで我慢なさいと言うのです。人の世は何と短く、そして無常なのでしょうか?」

 幼き日の虎千代は妙に聡明であった。

誰もが望むことをやり遂げ、子供ながらに武芸も知識も文芸的なこともこなせた。さすがは若君よと言われて有頂天になっていたが、それが身内だけの事。寺を一歩でも出て、足軽長屋の隅でひもじくて泣いている子供を泣き止ませること面出来なかった。一人・二人ならば自分の食い物を分け与え、小姓にも命じれば十人くらいはいけるだろうとも知っていた。

 

だが、それが長い目で見れば何にもならない事も、子供ながらに知っていたのだ。何しろ泣いていた子供は馬に蹴られてあっけなく死んだし、その親は怪我で戦えなくなって子供とは別件で死んだのだもの。そんな子ばかりではないが、子供ながらに足軽長屋を蹂躙する我儘娘だったので、自然と耳に入っていたのだ。

 

『ではそなたに知恵を授けましょう』

『これよりはるか未来、そなたが幾度も輪廻転生を繰り返した後』

『今よりもはるかに恵まれた世の知識です。それを活かすも捨てるもそなた次第』

『為すべき事などありませぬ。そなたが為したい事を為しなさい。……ただし、知識は知識。己一人では為せません、汝が技は汝のみにて為すに非ず……』

 本来、御仏が加護として虎千代に授けたのは膨大な知識であった。

数世代の知識を一人の人間が記憶できるはずもない。御仏と人間の尺度の差によって、あっけなく虎千代と言う少女の記憶は焼き切れて精神が死んだ。だが肉体は生きており、生きて死んで蘇る内に……虎千代の未来の中から、とある一人の記憶を元に虎千代は再現されたのである。偶然に虎千代の中に転生したのではなく、統廃合された転生先の魂の内、たまたま無事だった相手が彼女であったというだけである。

 

そしてこの世界では一人に一つずつの加護がくだされる。

統廃合された虎千代の中で、未来の『彼女』が戦国の世に生れた時、改めて与えられたのがたまたま『最高位の神聖魔法を唱えることが出来る』という加護であったのだ。もし虎千代がアグレッシブに『私が日の本を統一します!』と言って居れば、最初から聖戦の呪文を自動発動できたかもしれない。もっとも……そんな性格であれば神も仏も手を貸さなかったであろうが。

 

 

「仏様、思い出しました」

「そうだったのですね……」

『虎千代よ。そなたには悪い事をいたしました』

『わたしは命を二つ持ってまいりました。蘇る事を望みますか?』

 虎千代であった少女はゆっくりと首を振った。

林泉寺で発狂してしまい、精神的に死んだことに対して御仏が謝罪して蘇生してくれるという。しかし、そんな埋め合わせなどは必要あるまい。何しろ、彼女の望みは叶っているのだから。そのくらいは代価として当然であろうと、子供ながらにませた少女であった。

 

「仏様。もし、叶うのであれば……」

「私の代わりに苦労したあの子を助けてあげていただけませぬか?」

「この十数年、虎千代に成り代わり……いえ虎千代自身として駆け抜けたのはあの子」

「もし、この世に蘇って何かを為すのであれば、自分では何もしなかった虎千代ではなく、あの子でありましょう。それに……」

 虎千代であった少女はにこやかに笑った。

妙に悟った顔なのは、生きて死んで蘇り、彼女が思っていた願いの殆どが奇想天外な転生者によって叶えられていたからだ。他人がやったことを自分のやった事として享受するような性格を彼女はしていなかったのである。

 

「あの子の知識に寄れば、虎千代は後二回、変名を残しているそうです」

「ならば此処で一度死に、別の名前で蘇っても良いではありませぬか」

「次の名前と……ふふふ。どなたかと添い遂げて婚礼をした名前でしょうか」

『それが望みならば良いでしょう。では砕け散るそなたの魂は、わたしが受け止めましょう。もし魂がもう一度蘇ることができるならば……その時は、貴女こそ……神に最も近い者として、歴史に名前を残すかもしれませんね』

 御仏の掌の中へ虎千代は掬い上げられた。

砕け散っていく魂は再分解され、また一つの塊になっていく。神仏の失敗により与えられた二度目のチャンス、活かすも殺すも走り抜ける人生の持ち主次第なのだ。

 

 ゴーンと何処かで鐘が鳴った気がする。

その音を日本に居た誰もが聞いたような気がするのだ。そして黄金の輝きが散っていく中、神に捧げられた金属である青銅が、酸化して緑青色に染まっていくほどの、僅かな期間の奇跡であると……不思議と誰もが知っていた。

 

そしてその女は正気に戻った。

 

「いやーもう色々と面倒くさいんで本格的に隠居して旅にでも出ますね~」

「名前は謙信にしますんでそのへんヨロっ」

「あ、そうだそうだ。雪斎さまに色々とお世話になったし、今川家に江戸あげちゃってください」

「……うむ。うむ。そなたの良いようにしようではないか。そなたを留める事はない、そなたの好きな様に生きるが良いぞ」

 あれでも歯止めをしていた虎千代としての本性が抜けた。

よって残念な性格の転生者としての無礼で不躾な面が表に出てきてしまった。しかし将軍である足利義輝は、神降ろしによって魂が砕けてしまった影響だと捉えたのだ。太古の時代に審神者と巫女と神主の三位一体で占いしかできなかったことを、たった一人で奇跡まで起こしてしまってはこうもなろう。

 

そう考えてみれば人格が多少壊れていても、生きているだけ奇跡である。

それに……隠居だけならまだしも、あれだけ心血を注いで作った江戸をアッサリ手放すなどありえまい。今では南蛮貿易が可能な港どころか、付近の川や沼を干拓することで穀物の実りが期待できる平野に成れる可能性があると聞く。……まるで遺言であり形見分けの様ではないかと思うのだ。

 

「そうだな。ならば今川家の継嗣を足利家の分家として江戸公方とでも……」

「あ、もし既にお嫁さんが居る場合は、私の養女ってことにしたげてください」

「好きあってる人を引き離すのは可哀そうでしょ? モチ、身分違いの恋人が居る場合もネ」

(……確か、今川氏真には大膳の娘が嫁ぐ約束をしておったはず。……まさかあの噂が真実とは……事実は世にも奇妙じゃのう)

 今川家は足利家の分家筋であり、徳川幕府で言えば御三卿にあたる。

それゆえに義輝はライバル候補としてできるだけ京には近寄らせたくなかった。だが東国を支配する関東公方としては申し分ないこともあり、輝虎の……いや謙信の提案をアッサリ吞んだのである。それに八十万石ほどの今川家が江戸を手に入れれば、百万石相当には成ろう。親族である武田家も含めて、東国を抑える要石には十分であった。その際に本領である駿河が離れているというのは、好き勝手出来ないという意味では丁度良いとも言える。

 

なお、この時の義輝は謙信の台詞を微妙に勘違いした。

何と言うかライバル的なポジションになりながら、睨み合ってバチバチと交渉していた武田大膳大輔晴信との間柄は、世間では敵対者同士の間に芽生えた禁断の恋愛として噂になっていたのである。もちろん知っている人間たちから見れば噴飯物なのでむしろ放置していたのだが……しかし晴信の娘を自分の娘扱いにするということは、その噂を間接的に認めたということではないだろうか? とかなんとか誤解が後の世に伝わったそうな。

 

「他になんかあります? 私が居る間に出来ることはやっときますけど」

「そうだな……伊勢や一色は全て片が付いたが……ああ、奇妙な貝があってな」

「動き回る死人を含めて全ての害を毘沙門天様が掃討なさり、塩に替えられたのだ」

「死人は塩の立像となり、虫は地に落ちて全てが砕け散った。しかしな、不思議な事に川や用水路の傍に塩の塊があったそうな。なんぞ知っておるか?」

 コールゴットの効果で京の都を襲う全ての脅威が殲滅された。

アンデッドやらインセクト系の呪文で操られた感染源の虫は全てが塩の柱となった。だが奇妙なことに、用水路や賀茂川などで塩の塊があったという。もちろん水の中にある物は全て溶けてなくなり、川辺にあ在った物もジワジワと水気を帯びて消えたというのだが……。

 

早い段階で毒でも撒かれて居ないかと調査をしていた甲賀忍者たちが気が付いたという。

 

「貝? 貝? 病原菌の……あ、もしかしたら腸満の元かもですね」

「甲斐の方で見られる地方の風土病なんですけど、確か寄生虫が原因なんですよね」

「それが貝とかを中間に移るそうですよ。そういえばお晴さん……武田家で探してたかと」

「何処にあったかなあ……あったあった。コレコレ、百分割した甲斐の土地で、怪しい候補の中にあったってレポートで見たんです! 毒を消した後で、その残留物を排除する呪文作ってたら、生物系で反応したって書いてますね」

 甲斐で流行った日本住血吸虫は思わぬ段階で判明した。

それほど気にして居なかった晴信であるが、治水行事で釜無川を始めとして甲斐の国を開墾した時に判明し掛けたのだ。もちろん完全には把握されて居ないが、呪文の構成上、怪しいのではないかとリストアップされたのである。

 

この後、ミヤリ貝ならぬ上杉貝は甲斐の国を挙げて殲滅作業が始まることになった。

なお、甲斐中の貝を壊滅させるのは非常に難しいので、怪しい地域を徹底的に干拓。あるいは水分を吸収するという忍者の秘薬(生石灰)で処分していったという。

 

「儂はもはや望むことは何も無い。そなたのお陰で日の本は平和に成るであろう」

「そなたの望むことは何かあるか? 何でも叶えようぞ」

「知りたいことがあれば今のうちに調べさせる」

「特にはないですかね? 黒幕の人たちも自業自得らしいし、別に生き残ってても困りませんしね」

 黒幕たちはその殆どが自業自得な目にあった。

現場に居た伊勢貞孝や一色義幸は発狂し、神の祟りであると噂になった。関東管領である山内上杉憲政はこの顛末を聞いて禿げあがり、そのまま落飾して僧への道に入る。そして北条氏康に至っては手紙を握り締めたまま憤死したという。襲撃側で生き残ったは加藤段蔵ただ一人との話である。

 

なお、ヴィレラからこの話はソドムとゴモラの続く第三の退廃都市伝説として伝えられた。

ゴアや欧州へ出陣要請を出したのだが、ポルトガルがスペインに統合されてしまった事や、あまりにも荒唐無稽な話に完全に無視されたとの事である。もしこの時に戦力を東方に派遣して居たら、アルマダ海戦の敗戦などスペインの凋落はなかっただろうとか言われている。

 

 やがて彼女の足跡は日本から綺麗さっぱり消え失せた。

日本ですべきことはやり尽くしたとばかりに国外へトンズラこいたのだ。止せば良いのに宗家や島津家どころか、何でも言う事を聞くようになった雑賀衆や根来衆のコネも使わずに海外旅行を始めたのである。

 

おかげで助けた船に奴隷として売り飛ばされたというオチが付いて来た。

他人に共感して更に迂闊に信じる日本人の悪い癖が出たともいうし、エールに酔っぱらって実力も出せずに縛られ、目が覚めたら牢屋の中だったという。この事が幸なのか不幸なのかは現地でもいまだに答えが出ていない笑い話のような伝説の始まりであった。

 

「謙ちゃーん。あたしもう飽きたー!」

「穴掘りばっかでつまらないんだもん!」

「えー、でもさあ。ウっちゃんが居てくれてみんな助かるって言うじゃん」

 あれから数年が経過し、メスガキは立派な少女になった。

何と言うか毘沙門天を見てしまったため、いつまでもメスガキではいられなかったのだ。神による分からせではあるが、神を降ろした謙信には他人事なのでそんな自覚はない。やんちゃなお子様を宥めれば良いやなんて思う時期はもう過ぎたのだ。

 

なお、そろそろ良い年の謙信はともかく、この少女が奴隷化して手を出されなかった理由は簡単である。東洋人は気持ち悪いのと……変な事をしたらネジ切られる奴が続出したからであった。加護が怪力の少女に手を出す馬鹿はいない。

 

「思うんだけど~。もうあたしたちで締めちゃってさ、この国をなんとかした方が早くない?」

「えーそれダルクない? また国を一から面倒見る訳? だるいしー」

「別に最後まで見なくていいじゃんさー。適当な人を将軍様にしてねー」

「というか、ここの銀山を征服したら、後はバックレちゃえばよくない?」

 いままで奴隷生活をしていたのは、お気楽ご気楽素っ頓狂でいたいというだけだ。

責任問題を全部ぶっちして、日本を出国した女は違う。奴隷に落ちながらも神聖魔法を駆使して牢名主に収まると、困っている人々やら監視の兵を買収したりして、適当ぶっこいて生きて来たのであった。ちなみに一番のお気に入りは現地で手に入れたテキーラもどきである。

 

「やだやだ、いやなのー!」

「また助けた亀に捨てられて、竜宮城から追放されるみたいなのはヤダ!」

「んー。謙ちゃんが京でどんな目に遭ってるか知ってるし、こっちでも同じ目に遭ってるのは知ってるけどね……」

 それはある種のトラウマであろう。

山内上杉やらいろいろな勢力を助けて、その挙句に襲撃されたら世話はない。更には『お前が全部悪い!』とまで言われたのである。更いにいえば商人を助けたらそいつが酔っぱらわせて、珍しいからと奴隷として売り払ったのだからやる気が出ないのだろう。もともと面倒くさがりだし、牢名主に成ったら後は好き放題できるしね。

 

しかしウっちゃんこと真壁氏幹はこれでも豪族の娘であり、京ではいろいろ学ぶ機会があったのだ。同じ小姓として竹中・真田の双璧に鍛えられたのもあるだろう。脳筋だけど理屈をこね回せる考える脳筋なのだ。

 

「どっちみち、もう無理だと思うよ?」

「だって望月のおっちゃんとか嗅ぎつけちゃったもん」

「今ごろはこの地方の代官か、逆に隠れてる豪族たち探してると思うよ」

「あ~もう終りかー。ならしょうがないにゃー。とりあえず変装してから戦おうっか。バックレるならそっちの方が良いもんね」

 どうやら忍者軍団が駆けつけて来たらしい。

その事で楽しい牢名主生活に別れを告げると、謙信は獣の仮面と皮を被って反乱を起こした。ナワル・タイガーと名乗って五百にも満たない兵を組織すると、そのままメキシコ軍の中核である五万の兵士をさんざんに打ち破ったという。

 

こうして今度はテスカトリポカの化身と呼ばれつつ、次なる観光地とお酒を目指して逃げ出したと……シャイング・タイガーの碑銘には記載されているそうな。




 と言う訳でこのお話は完結します。
後は魔法とかのルール覚書とか、大名のその後のメモ帖。
書いたとしてもエイプリルフールですかね?
お付き合い、ありがとうございました。
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