●
「どうして……こうなった」
景虎はどこかの幼女みたいな呟きをもらした。
仕方があるまい。間もなく琵琶島駿河守定行、柿崎和泉守景家、さらには直江神五郎実綱という越後の重臣三人組(軍師・武将・内政)から面談を受けることになっていたからである。付け加えるならば越後守護の上杉定実にも話が通り、京都で交渉窓口をしているはずの神余が息子の隼人佑を送ってきているというから余程の事である。
賢明なる読者にはお気づきかもしれないが……。
一言で言うと、景虎はやり過ぎたのだ。栃尾城を守るだけでも元服したての若者には十分な成果なのに、黒田・胎田の二領を陥落させるまでやって居る。兄の晴景はバランス取りを重要視していたので、『誰がそこまでやれと言ったのか!』状態であろう。正直な話、脳筋ばかりで反骨精神旺盛な揚北衆の中にもシンパや、逆にビビっている連中がいるから大概だ。
「平三様。お目通りの許可をいただき、ありがとうございます」
「神五郎のみならず、みな名にしおう越後の名将たちよ。若造の顔を見るのに許可など要るまい」
景虎に転生した女は別に馬鹿ではない。内政も面倒だからしたくないだけだ。
転生前は歴女というほどではないが、上杉謙信を推しの一人に数えるくらいには日本史や物語が好きであった。その略歴を覚えているのであれば、この状況が何を意味するのか分からない筈はなかったのだ。史実的には、もう少しモラトリアムがあるだろうと思っているなどと、甘い事を考えていただけで……。ちなみに姉が即座に結婚して居れば、黒田は反乱しなかっただろうし交代劇は無かったかもしれない。
「して、此度は何用じゃ? まさか兄上を追い落とせとは言うまいな」
「いえ。守護様の後援を受け、近く話し合いを行うと報告に参りました」
「……全て、全て終わっておるのか。図ってくれたのう」
「謀り事とは、みなそのようなものにございますよ」
機先を制して余計な事を言うなと伝えれば、神五郎実綱は真面目くさって返した。
苦い顔をする景虎に対して、駿河守定行が苦笑しながら補足した。景虎は元服したばかりであり、政治には何の縁も無い。それなのに突如として顔を出したかと思うと、いきなり次の当主と成れ。話はついていると言うのでは筋が通るまい。
「越後で血を流れないようにしたいって言ったのは平三様! あんただろ! これが一番良い方法なんだよ! 誰が幼馴染を追い落としたいと思うかい?」
「それがしに至っては同い年の縁か、随分と引き立てていただきました。不満など、いままでありませなんだよ」
「和泉……神五……」
景虎には返す言葉が無かった。
正直な話、晴景は交渉が上手いだけで武名が無い。加えて内政家としても特に手腕を発揮したわけではないのだ。あくまで父為景の陰で、補佐するのに丁度良い能力であっただけなのだ。少なくともその時分から武将として戦って居ればともかく、そうでないのだから『この乱世を乗り切れるのか?』と不安が出るのは仕方がない。
それと同時に、不安を払拭できるほどの能力を景虎が発揮してしまったというのもある。
鎌倉以来の御家人であるがゆえに、反骨精神の塊であるあの揚北衆すらも一目置くその活躍。景虎ならば! と周囲が期待するのも仕方あるまい。そして……景虎に転生した女は、転生者ゆえにその歴史の流れを痛いほどに知ってしまっていた。
「時、ここに至れば仕方ないでございますぞ。それが混乱を避ける一番の手段」
「賢しいぞ駿河守! だが言いたいことは判る」
「だが、此度の黒幕として琵琶島に罰が必要じゃ。以後、宇佐美と名乗り隠居せよ!」
「守護様に献じました宇佐美刀の……なるほど、委細承知いたしました」
駿河守定行が追い込むと景虎は溜息を吐きながら自分の心にケリを付けた。
琵琶島が糸を引いたということはあちこちに知られるだろう。だが、そこに罰を与えねば、景虎は操り人形と言う事になる。だが、痛めつけ過ぎてはやはり別の騒乱の火種になるのだ。それゆえに、守護である上杉定実の許可もあったと示すために、琵琶島家より守護家へと献上された『宇佐美長光』の名前を使えと命じたことになっている。……まあ、景虎としては『こいつは軍師の宇佐美定満だよね』というだけの話なのだが。
「神五郎、和泉守! 兄上には景虎が名代として切り盛りすると伝えよ。事が終われば兄上の血に、居なければ姉上の血に当主を戻すとな」
「……御意。それが落としどころで妙案でありましょうや」
「気にしなさんな。あの方は話を付けるのだけは上手い。案外、気が楽に成ったと言うだろうさ」
生涯に渡って不犯と宣言したわけではない。
だが対外的にそういう感じで周囲を説得し、親族の誰かに当主を譲るという確約をしておく。これならば晴景が周囲にそっぽを向かれてまで地位に固執はしないだろう。また、外交畑で専念して隠居政治するという意味では、為景の路線と逆を行っただけと言えなくも無かった。
●
(あーもう、勝手なことしちゃってくれてさ! とはいえ謙信様なんだから仕方ないんだけど!)
創業社長が株式上場したら、役員から首にされた話の逆かな。
私は思わずそう思ってしまった。兄上の晴景は首にされ、代わりに私が当主として頑張らないといけない訳だ。ただ謙信様がするべきことから目を反らせたら、また新しい悲劇が起きるのは判ってる。だからここで納得するしかないんだよねえ。
「神五郎。今のうちに方針を伝える。根回しは任せるぞ」
「はっ! いかようにも!」
「争いは好まぬし、他にやるべきことが山とある。一つずつ片付けるために……まず、揚北の服属は捨てる。黒田・胎田の様に乱を起こせば整理はするがな」
前回の戦いの後、調べて色んなことが判ったんだけど……面倒な事があったの。
越後の国で最初の武士になった御家人という誇りがあって、揚北衆という人たちはすっごい扱い難いんだって。この一部を何とか味方に付けると同時に、彼ら豪族から色々と取り上げて戦国大名に成るってのが、長尾家の方針だったわけね。だからこそ彼らは反発するし、黒田さんみたいに『自分でも、やれるんじゃないか?』って思う人が出てくるわけよ。ゲコクジョーってやつね。多分。
「それでは従わぬだけでは?」
「代わりに北の三役。主将として北を守る者。無主の地を預かり食い物を用意する役、銭を預けて管理する役じゃ。また春日山に揚北の要望を伝える者と、戦での代将のニ役も用意する」
「なるほど……明確な誉と得目を提示するのですな。承知いたしました」
考えたんだよねー。政治するの面倒だし、丸投げしちゃえば良いってさ!
胎田を攻めた前後で協力を申し出があるだけじゃなく、『隣との問題を何とかしてくれ!』って話が持ちこまれたんだよね。黒田さんの実家を倒しただけでそれだよ? これからずっとそんな係争が持ち込まれるのは判ってる。鎌倉時代から武士の問題はずっと続いてるからね。私、そういうメンドイのきら~い。だからパスすることにしたわけ。
とりあえず北部の長官と、金庫番と食料決定を決定。
何かあったらその人たちにヨロっ! って考えた後で、外交官みたいのも必要じゃない? それに援軍送ってもらう時の将軍も必要だし! ってのを考え付いて直江さんに言ったら、良いんじゃないかって褒めてもらいました。えっへん。
「他には?」
「先も申したが、一つずつ片付けていく。ゆえに坂東や信濃には関わらず、適当に使者を送る機会があれば送るに留めて置け。無ければ善光寺参りや諏訪参りのついでで良い。話さえ聞いておかば、攻められる前に気が付けよう」
「なるほど。こちらで陰の者を送りましょうぞ。隠居で暇になりそうですからな」
次に他国には基本攻めたりしない。だって謙信様だもんね。
とはいえ謙信様と言えば川中島や関東征伐で有名だもの。情報収集だけはしておいて、明確に戦いは挑まないよってスタンスを固めておけば良いと思うんだ。ついでに言うと、この時代の関東への道は山道で移動がダルイ。トンネルを抜けたら雪国って伊達じゃないよね。上杉だけど!
「ふ~ん。って、こと粗方見えて来たね。最初に片付けるのは越中か」
「そうじゃ。亡き父上の仇を取り西の決着をつける」
忘れそうになるけど、ことの発端はパパである為景が殺された事。
だから最初に片付けるのは此処だろう。その為に揚北には手を出さないし、東や南には戦争しないって明言しておくわけね。放置気味だったとはいえ家族を殺されたんだし、私的には『泣き出すまで殴り続けてやる!』って心境なワケ。
「一向宗はどうすんだい? あいつら生かしても殺しても面倒だよ」
「いかなる宗教宗派によらず差別はせぬ。罪は罪によって処するが一向宗であることを罪とせぬ」
「そう上手く行くかい? 坊主はともかく坊官どもは強欲だ。だいたい勝手に寄進しちまう奴も居るしね」
「功績には二種類ある。家に対する御恩と奉公、そして個人の武技に対する期待じゃ。自らの報酬であるなら何も言わぬ」
越中で大変なのは、イズミちゃんが言うようにお坊さんたちが居る事です。
現代まで続く宗教問題に口を挟んでも良い事はないので、基本その辺も放置! 問題なのは学校の荘園問題でも出て来たけど、お寺に土地をあげたら無税という制度が慣習として続いちゃってるのよね。ちなみに坊官というのは、和尚さん達の下で部将みたいなことをやってる人。基本的に公家とか武将の一族出身で、そのまま武将やってる感じ。
「そも南無阿弥陀仏と唱えたら免罪というのは理屈が違おう」
「悔い改めれば御仏が地獄より救おうとしてくれるだけじゃ」
「悔い改め続ければ救われるやもしれぬが、その途中で罪を平然と犯さば、また地獄に落ちよう。何度でも苦しむだけよ」
「それはそうなんだけどね……西の民草がどこまで判ってるもんか」
理解できないのは一向宗の心理武装だ。
南無阿弥陀仏と唱えたら『全部の罪が清算されてチャラです!』って、おかしいでしょ? そりゃどんな悪党だって罪を償えば救われるかもしれない。だがそれは悔い改めるチャンスの話であって、無罪になる話じゃない筈なんだけどね。でも坊官たちは平然とそう口にするし、困ってる村の人々は困ってるからこそ信じてしまうのだ。
「そうだな。そこは親鸞様に習うとしよう」
「適当な坊主に辻説法なり歌念仏での読み聞かせを広めて回ってもらおう」
「それ以上は何もせぬ。そういう派閥が居るなら寄進しても良いのじゃがな」
この問題は突いても切っても面倒なだけなので放置します!
せっかくなので『蜘蛛の糸』でも広めてもらって、少しずつ意識改革でもすれば何十年かしたらなんとかなるんじゃない? と言う訳で、私は宗教知りませーん!
「以上の事はあくまで基本的な方針じゃ。根回しの間に必要じゃと思えば、揚北三将が四天王やら八部衆になっても構わぬ。越中を優先するとは言うが、他所が攻めて来れば話は変わる故な」
「「承知!」」
こんな感じで方針を説明し、三人に話を付けてもらう事にしました。
まずは兄上に伝えて了承をもらい、場合によっては守護様にも話が行くだろう。そこから揚北衆やら他のメンバーに話がいって、何とかなるのだと思いたい。いちいち説得するのは面倒だもんね。
「平三様。そういえば京の神余を呼んでおりますが、上方はいかに?」
「京三条の? そうか。では十のうち朝廷に五、将軍家に三、道中に残り二とでもしておけ」
最後にオマケの面倒くさい作業が追加。
京三条というのは越後の青苧の代金を公家に送っていた名残で、その家と疎遠になってからも、朝廷へ話を付けたり青苧のセールスを兼ねて代官みたいな人を置いてるわけね。その人が神余さん。
「では何の便宜を図っていただきましょうや?」
「不要じゃ。当面は代替わりを認めてもらうだけで良い」
「だがそうじゃな……酒を送る。今上へ清み酒を主に、大樹様に荒き酒を主に、それ以外には諸白のみを」
朝廷工作と言うのは正直よくわかんない。
でもパパたちがずっと京都に代官を置いてセールスしてたってことは、利益があるからだよね? なので彼らにはお酒のアピールをしてもらいます。たくさん売れたら専門の醸造所とか作らないとね!
こうして私は当主に付けという要請に対して、適当な方針を打ち出すことにしたのでした。
と言う訳で、長尾家の当主になりました。
黒田残党との戦い? 晴景さまの愚痴? 判り切ってるので行殺。
今回は「政治は面倒なので、何もしません」という話になります。
と言う訳で、次回から年中行事のように戦争する謙信様になります。