外伝。彼女が紅茶をキメた日
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授かった膨大な知識と経験時間により虎千代の心は砕け散った。
何度か転生する分の人生の経験を全て得たならばこうもなろう。魂は無事なので次第に人格が再構築されていくのだが、その主格と与えられた御仏の加護は千差万別である。ちょっとした変化や環境で変わってしまう物だ。
具体的に言うと、今回は最高位の呪文ではなく別の呪文に適正があった。
「オー! サムラーイ。ファンタスティック~素晴らしいデース」
「虎千代さま!?」
林泉寺に預けられた少女が突如奇妙な言葉を発した。
それはあまりにもこれまでとかけ離れた発音であり、小姓たちは思わず何を言われたのか分からなかったのだ。虎千代がキョロキョロと興味深そうに寺やら自分達を眺めているのが気になる。
自分達は共に寺に預けられて教育を施されたのだ。いまさら珍しいものがあるはずもないのだが……。
「鎮守府語だ。気にするな」
「ち、鎮守府……? 田村麻呂様由来なのですか?」
虎千代に宿った少女は咄嗟にそう誤魔化した。
この戦国時代に外国語を口にしては気が触れたとしか思われない。中国語ならまだしも、ジャパニーズ英語であれば胡散臭さ極まる。いつ精神病として隔離されてもおかしくはなかった。
だが、そんな彼女に理解を示した者が居る。
「もしや……御仏とお話をされたのでしょうか?」
「はい、和尚様。御仏は『汝の為したいように為すが良い。ただし、汝のみにて為すにあらずと』申されました」
「「おお……」」
御仏の加護は誰しも授けられるものである。
だが、直接会話できることなど稀なのだ。その多くが過度な負荷を受ける代わりに、強大な加護を授かった反動による幻想だと思われている。余人は知らずとも林泉寺の天室和尚程の人物ならば、なにがしかのことを知っていたのかもしれない。
そして、強大でありながら自分では何もできない力とはいったい……。
「弥三郎と弥七郎は栖吉の御爺様からいただいたアレを持って参れ」
「「はっ」」
栖吉には分家である古志長尾家が存在する。
虎千代の血筋にはその血が入っており、祖父はたいそう虎千代を可愛がっていた。そして、とある物を彼女にプレゼントしていたのだ。
それは後に景勝と名乗る甥っ子へと受け継がれ、現代にまで残る遺産であった。
「お持ちしました」
「どれを用いられまするか?」
「そのまま置いて置け。ワシが直接に選ぶ」
それは戦場をイメージした人形のセットであった。
武将であり兵士であり、軍団や城もある。要するに今日でいうジオラマとでも言えば良いだろうか。流石に現代まで時間が流れれば、失われたモノも多かったであろうが。
だが、虎千代は自分で選ぶと言いながら、立ち上がりも畳の上を統べることも無かったのだ。
「よう見ておくのじゃ。これがワシに授けられた力じゃ」
「……に、人形が勝手に動き出すとは」
「ほう。傀儡繰りの法術ですか……ふむ」
「和尚様?」
虎千代が人形に対して呪文を唱えると、なぜか動き出した。
天室和尚はそれを見てどんな内容なのかを即座に把握した。呪文自体は珍しくないものなのだろう。ただ、普段から使われる物ではない事が伺えた。
ただ、それに留まるような風情には見えなかったのだ。
「いやいや。傀儡繰りそのものは大した術ではありませぬが、虎千代殿の使い方は『見事』なのです。騎兵を示す駒が最も遠くへ居りますでしょう? これなら術以上の価値がありましょう」
「……そう言えば。陣列を示す駒は対して動いておりませぬのに」
「ああ。どうせなら軍学の参考にしようと思うてな」
「なるほど。素晴らしいお考えです。感服いたしました」
それは移動力の差である。虎千代はただ動かすだけではなかった。
人形に見合った移動力を与えており、ちょっとした工夫でただの人形遊びでは無くなっているのだ。移動距離に差があるという事は、地図の上でどれほどの差が出来るか……もしジオラマであるならば、どの程度の差になるかを参考に出来るかもしれない。もしプログラム出来るのであれば、戦の演算用として先行入力が出来るかもしれないのだ。
これは、虎千代の中に憑依した転生者の知識に影響され、『駒によって移動力のさがあるのが自然だ』というシミュレーション知識に引きずられたのだろう。
「そういえば傀儡繰りが大した術ではないというのはどういう事でしょうか?」
「はっはっは。法術を磨くには何度も繰り返さねばなりません。しかし、幾度も幾度も傀儡を動かせますかな? また、もっとも効果が大きいのは確か、作る時であったかと。人と同じだけの木を切り出し、岩を削り出すのは難しいのですよ。それに、人と違って強さには上限がありますな」
自分が授かった力を『大した術ではない』と言われ不満顔の虎千代を和尚は笑った。
その様子を見れば虎千代に教育を施すため、敢えて突き放したのだと分からなくはない。ただ、和尚が語る様に、傀儡……現代風に言えばゴーレムであろうか? その術を鍛えるのは確かに難しそうに見えたのである。
『ポイント』法術は難易度に応じたチャレンジを何度も繰り返さねばならない。
少なくとも現時点では法力がまるで足りない上に、そもそも最もコストパフォーマンスの良いゴーレムの製造が頭打ちなのだ。今回は小さな人形を動かしただけなので対して経験値は入っていないし、ゴーレムを作るとしても途方もない労力を掛けて一体ずつでは意味が薄いのである。
「ゆえに虎千代殿。勘違いしてはいけませぬ。拙僧は先ほど、使い方が見事だと申しました。御仏の加護も法術も一時の方便に過ぎませぬ。己を磨き、そのためにこそ術を使うのだと考えることが重要なのですよ」
「……ありがとうございます和尚様。虎千代は精進いたします」
やはり天室和尚は優れた教育者なのだろう。
きかん坊で癇癪持ちの虎千代を素直に学び続けることに導いてしまった。そう、御仏の加護は手段に過ぎないのだ。それを理解した時、初めて虎千代が武将となる道が切り拓かれていくのだから。
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人格の有り様が千差万別なら、英雄としての解釈も同様である。
上杉謙信という英雄が高潔で領土が欲しくないけど戦争が得意だという解釈があるならば、気が難しい癇癪玉で秘密主義と言う解釈もある。また、土地ではなく経済を重視して、義侠心だの名誉などを『名目』とし二枚舌を使っただけという見方もあった。
この少女は最後のパターンだ。具体的に言うとブリカスである。
自国を脅かす者を駆逐しつつ、最低限の動きで経済活動を活性化させるというやつである。実際、上杉謙信は繊維のセールスを行い、借金取りの元締めであった為、毎年戦争しても金蔵は唸っていたという。
(イエース! 流石は和尚様デース!)
(ミーとしたことが魔法を覚えたことで浮かれてしまいましたネ)
(手段は方便。良い言葉デスネ。戦争もまた経済活動の一種に過ぎません)
(能ある鷹は爪を隠し、舌なめずりなどする前に全ての決着をつけているべきなのデース。ともあれ今は研究もしていない段階。まずは和尚様のお勧め通り、レッツ、スタディ! そしてエンジョイ戦国デース!)
毘沙門天は本来、経済の神であるクベーラである。
中の人もまた経済重視で行く気であり、二枚舌と高度な情報戦を愛するブリカスであった。本物のイギリス人ならそこまで割り切れないが、中の人は日本人がイギリスの暗黒面を愛好しているだけの存在だ。そこに容赦も躊躇いもない。勝手気ままに正義の表看板を維持できれば良いやと、戦国人生を愉しむ気マンマンであった。
そして今は修業期間であると認識した彼女は、さっそく修行と目的を考察することにした。そう、闇雲な修業に意味はなく、その到達点を操る事こそが彼女の理想であろう。
(ゴーレムが弱い? ノープロブレム!!)
(弱いなら別の側面を利用するだけ。産業用ロボットに戦闘力は不要デース)
(問題はこの力で何を目指すかデース。まずは財力として、将来の目標は……うーんうーん)
この少女がこの能力に優れている点は、魔法的才能ではない。
転生者ゆえに『ロボット』という完成系を知っているのだ。参考例はロボットアニメだけではなくTRPGであったり、ロボットアームやら人工知能搭載型の車なども視野に入るだろう。実際にはどんな能力があるのか、どんなことに使用できるのかは要検証である。だが、完成系を知っている事で、色々試すにも弾みがつくのである。試して駄目なら、より改良するか別の能力を目指せば良いのだ。
こうして思考はまとまって行く。
やるべきことを体系化し、リスト化していく中でどうしても外せない事がある。人生を楽しむことが主目的としても、彼女が目指すべき到着点というものがなければ楽しさも半減だろう。ゲーマーにはトロフィーが必要なのである。
(やっぱり紅茶が無いと締まりマセーン!)
(目標は紅茶の輸入……生産? それとも……)
(夢はでっかく生産地を占領……いえ、解放デース!)
(植民地になってるセイロン島をゲット! 今の時代はイギリス領ではないはず、魂の故郷に対する裏切りではあーりまセーン!)
こうして彼女は紅茶をキメた。文法としておかしいのは気にしてはいけない。
ひとまず日本の茶葉を紅茶に出来ないか試行錯誤させるとして、しれっと侵略活動を自己肯定し、植民地を奪い取って解放するというお題目を最終目的に据える。嗜好品で戦争が起きることは割りと珍しくないが、輸入じゃダメなのかと思わなくもない。まあ自己生産した方が安いもんね。品種改良も命じられるし。
ともあれ目標が決まったのでスケジュールを詰めていく事にした。
(そのためには準備が必要デスネ)
(最終目的地はセイロン島として……鎮守府はマスト)
(大湊は除外するとして、横須賀・舞鶴・呉・佐世保……北条と毛利デスカ)
(強敵が居る上に、小田原城を突破するのは難しそうデスネ。ふふふ……滾って来ました。これは挑み甲斐がありマース!)
その為の手段として、強さと権力と資金を稼ぐことの重要性を理解した
金がないのは首が無いのと同じで切ないし、謙信さまが弱くてビンボというのはありえまい。権力は怪しいが、解釈違いではないはずだ。その過程で立ち塞がる有名大名との激突に思いを馳せる。若狭武田氏ないし一色氏と松浦氏はアウト・オブ・眼中だが、そこまで戦国に詳しくないミーハーなので仕方あるまい。ノブヤボだと速攻で滅びるしね!
ともあれ、この段階で攻城戦を視野に研究するのは正しい行為かも知れない。何しろ謙信さまは攻城戦は得意では無かったのにあの戦績なのだ、成し遂げることが出来れば満額回答。お前のせいで後世に名前が残らなかったと後ろ指刺されることはないだろう。
(修練は繰り返しが必要デス? なら壊して修理。スクラップ&ビルドデース!)
(動かすより造る方が経験値が多い様デスガ……別に逸品は不要デスネ)
(量産型をひたすら作って……ンー。芸がないデスネ。もっとローコストで華麗に!)
(雪だるまをゴーレムにしてみまショー! 原初のゴーレムは泥でゲームでは石や煉瓦が定番デス。なら雪だるまをゴーレムにしてならぬという理屈はない筈デース。それに雪だるまなら、工程と結果を自分で検証できマスネ)
傀儡舞の様に躍らせずとも、ぶつけあって修理すれば良い。
それは『ゴーレム上げ』というゲーム知識で、ゴーレムを操作する魔法や修理技能を磨くゲームにおけるテクニックである。この時点で天室和尚の想定以上であるが、それは創造においても同じだ。原初のゴーレムが泥人形であるとか、RPGでは様々な建材がゴーレムになっている。それらを
そして何より大事なのは、雪だるまならば子供が作っても問題ない。
将来のライバルに見抜かれること無く、そして、実物を自分の目で確かめることで能力を確認できるのだ。それはごく普通の雪だるまと比べてどのくらい強いのか? 兵士よりも弱いと仮定しても、作業用に転用すれば有用ではないだろうか? 少なくとも雪だるまは風邪を引いて死んだりはしないのだから(なお、手を抜くとゴーレムにしても溶けてしまう模様)。
(戦闘にどの程度使えるかは検証次第として……)
(後はお金をどうやって稼ぐかデスヨネー。金があれば後は物量)
(でも四苦八苦して金稼ぎというのも違う気がしマス)
(というかマジカル戦国時代に現代知識で十分にチート。これ以上は控えるべきでしょう。……うん。決めました。もはや生産チートや軍事のチートは不要デス。ゴーレムを流用して得られる産業的成功と、軍事的優位でなんとかするのデス。その方が格好良いデスヨネー)
虎千代に憑依転生した中の人にはポリシーがあった。
妙な所でこだわる気質があり、それで逆境になるならドンと来い! という英国の暗黒面である。本物のイギリス人に謝れと言いたいが、彼女の信じているにはそういう所があった。稀有壮大な想定と、裏でソレを実行する際の二枚舌外交。体面だけ守って裏で卑怯な事をするくせに、馬鹿みたいなポリシーを守って死んで行くような連中である。主に漫画やニメの影響であるが。
いずれにせよ、頭に紅茶をキメたブリカス謙信様がここに爆誕したのである。
と言う訳で、思いついたのでルートB。ブリカスのBです。
●この世界の謙信様
ゲーマーで提督や審神者や殿などを歴任した、飽きっぽい人物。
歴史知識は中途半端、なろう系チート知識も中途半端。
しかし雑学に詳しく、暗記能力が高かったために、転生で知識が失なわれてそこそこ残っている。
性格に関しては、艦これの金剛の似非英語(作り馬鹿設定)で、紅茶スキー。イギリスを第二の故郷と言う割にはブリカスと思っている。
加護は『ゴーレム魔法(各種)に+1レベル』となります。
ゴーレム魔法は地・水・火・風に分化されますが、次回に定義を付ける予定。
(要するに、ゴーレムを使う歴史物を思いついたけど、こっちで消費することにした感じですね)