マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

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信濃の安定

●国主就任

 黒田と胎田の領地がまっさらになったことで、越後の国人も動いた。

あちこちにあった田畑も湿原も全てが耕され、木々は伐採されて開墾されている。小さな丘程度なら崩されて、湿原を埋めるのに使われてしまって居る程であった。そして街道は太く真っ直ぐに固められており、川も浚渫されて治水とはこういうものだという見本にされてしまっている。信濃川の下流に在る直江領などは、既に景虎に頭を下げて同じように開墾してもらっているという。

 

ここまで徹底された領地開拓と、黒田・胎田両家の扱いを見て、頑固な揚北衆ですら残らず景虎を守護代にすべしとの声を上げたのである。

 

「ワシを守護代にというその方らの声は良く分った」

「守護様も兄上も認めておるというのならば否応はない」

「だが、その前に言うておくことがある。ワシは一つずつ片付けていく」

「領内においては当面、湊の拡充のみを優先する。ワシの助力を求めた者のみに傀儡を貸し与え湿原を田畑に変えようぞ。無理にこちらからは押し付けまい。じゃが、傀儡は杓子定規に動くゆえに小さくは掘り返せぬとだけ覚えておけ。そして戦においては、『依怙によって弓矢は取らぬ。ただ筋目をもって何方へも合力す』。ゆえに越中征伐を行い、父上の仇を討つことだけが望みじゃ!」

 景虎が行った就任の挨拶を受け諸将は安堵した。

自分の領地を好き勝手にされて好ましい者は居ない。ゆえに開拓を望む者だけが、頭を下げてゴーレムを借りて行けばよいのだ。今まで通りで良いならば無理に借りなくて良いと安堵したとも言える。最も、水害が殆どなくなって湿原が無くなった直江領が、今までの三割から五割増しの畑になったと聞いて何人かは顔色を変える事になるだろう。

 

とはいえ、それは内向きの話で今の事ではない。

諸将の関心事は、むしろ外に関して景虎が明確な方針を固めている事であった。自分勝手に戦いはしないが、復讐の為の戦いは別だと告げた。もちろん諸将はそんな言葉は信じていないが、戦いに参加すれば功績が得られるし、景虎の軍略は枇杷島定行も本庄実乃も認める程であるとか。領地や俸禄を求め、諸将の意気が上がるのも当然であろう。また父親の仇を討てぬ弱い主よりも、明確に報復を宣言する若武者にこそ好感を覚えたというのもあった。

 

「揚北には交代で、主将のほか奉行を置くゆえ北の地を共同で守れ」

「信濃と上野には塩を持って交易で様子を見ておくが良い」

「能登の塩を買うのではなく越後の塩であれば安く売っても利があるゆえな」

「越中に関しても先に言うておくぞ。功績は俸禄を基本とし、土地は守護代の椎名家が約束した範疇で行う。その場合……街道や水利あるいは領地同士の諍いに関して、『引く』ことを認めた者への補填として優先しよう。あくまで功績に寄るが、そこに領内開拓による協力を加える」

 景虎は土地目的の領地獲得戦争はしないと明確に方針を表した。

大義名分は重要であり、そもそも守護代同士の争いゆえに領地の切り取りが難しいのだ。また、越後は湿原が多い事もあり、税が米の石高ではなく、銭による貫高性であったことも影響しているであろう。その上で数少ない領地獲得に対し、領内で街道や水利権の争いに協力した者を優先すると明言したのである。

 

その辺りの内容は、諸将にも思う所はあった。

ただ、功績によると明言しており、誰憚ることない武功を上げれば問題ないと思う者は多かった。同程度であれば、言う事を聞く側近を重視するのは誰でもやる事だ。そういう意味で、後から言われるよりも、こうして明言される方がスッキリするというものである。もちろん諸将としては、ダダをこねて文句を付けて俸禄をせしめるつもりはあったのだが……。

 

「当面の揚北の主将は中条越前守に任せる。普請においては本庄美作守に、外との取次には直江神五郎、段銭方は大熊備前守、軍務の相談役は枇杷島駿河守に奉行を任せる。以後、励めよ!」

「「はっ!」」

 この辺りの人事は納得の行くところであった。

中条越前守藤資は揚北衆の中でも、父親の為景時代からの同盟者である。本庄美作守実乃は栃尾城の城代として周囲の街道やら開拓を任せていたし、大熊備前守朝秀と直江神五郎実綱は守護の上杉家に所属して元からその役目を担っていた。要するに今まで通りの人事で、枇杷島(宇佐美)駿河守定行もまた軍師役であったからだ。

 

こうして今まで通りと見せかけて……正式に奉行として認知させた。

彼らに面倒な任務を任せつつ自分は責任を取るスタイルであるが、これは『今まで通りが良い』という諸将の好みにマッチした人事であり、正式な役職を与えるという事は、彼らの忠誠を得ると同時に与力で数名の国人を就かせて領内の安定を図る目的があったのである。

 

 

そして……奉行を任せたという事は、彼らと傍仕えのみが残って相談をする事に違和感がないという事でもある。

 

「これより表でも塩田を拡げて本格的に産とし、甘粕長重に塩の管理を任せる」

「神五は京三条の神余に送って、青苧の金ともども朝廷や将軍家との誼に使え」

「急激に越後の財が増えては、良からぬ腹を探られるゆえ程ほどにな」

「それで越後界隈で塩が安くなることは覆い隠せよう。その上で、四方の者どもに撒いて利用する。戦うにしても守るにしても、国人を黙らせるにしても役に立つ」

 まずは傍仕えの中で無名であった長重の紹介を行いつつ、塩の話をした。

何しろ内陸では塩が採れないから高額になるのだが、越後では塩が安く採れるようになり、今では良質の塩を研究している所である。多少安価でバラまこうが、数名の国人に賄賂を贈ろうが大した負担ではないのである。金をばらまいても良いのだが、生活必需品であり、軍需物資である塩の方が情報を隠し易いとも言えた。

 

越後は能登よりも塩の算出が悪いし質も悪いが、ゴーレム技術のおかげで裏では相当な利益が出始めたのだ。元がないも同然どころか、中間貿易で売りに行っていただけに相当な利を蓄え始めていたのだ。

 

「駿河。ワシ直属の塩商人たちの差配は任せる。判っているな?」

「はっ。越後添いの国人衆にも挨拶と称して配っておきまする」

 気配りという日本語があるが、これは『探る』という事にも使える。

定行はスパイとして塩商人を利用し、上野や信濃に諜報網を築く。さらに越後に近い国人たちに挨拶回りをしておけば、お土産を配るだけ親密に成れるのだ。先の『依怙によって弓矢は取らぬ。ただ筋目をもって何方へも合力す』という言葉からすれば、これは戦わないから防衛用に通じておけと言う言葉になるのだが……。

 

転生者である景虎の中の人にとっては、いつか戦争になるのだから今の内から情報を探る糸口を作っておけという思惑を覆い隠すために使う事にした。

 

「美作には湊と、表向きの塩田の拡充を命じる。街道も広げたいところであるが、国人どもは従うまい。その方らの暮らし向きが楽になったのを見て、我先に飛びつくまでに湊を広げておく方が良かろう。それ向きの傀儡もワシの方で研究しておくゆえ、交易用に大型の船に関しても金を出しておけ」

「はっ。蝦夷はともかく、越前や若狭とも手を組めましょうぞ」

 景虎は内政でも焦る気はないので、将来を見据えた。

街道を拡げ領地の開墾を行えば越後は豊かになるだろうが、この時代の国人たちは言う事を聞かないし、越後は特に頑固なので先は長いだろう。それを踏まえれば、将来の目的である四大鎮守府の占拠や、海外渡航への第一歩を始めておくべきだ。この手の作業は長いし、船にしてもゴーレムにしても研究と言う物は一朝一夕にできるものではない。

 

そこで越後に在る幾つかの港に手入れ、大型船の研究を指示しておいたのだ。

 

「山吉兄弟は相すまぬが越中から加賀の一向宗の中で、話が通じる者を探ってくれ」

「頻繁に顔を出しては疑われよう。越前か若狭あたりの船で戻る様に」

「もし見つかった場合であるが、越中においては、一向宗を差別する気はないと」

「寺を増やす気はないがそうだな……もし一向宗同士の争いで寺が焼ければ再建や、立派な伽藍の建立には手を貸しても良いと伝えても構わんぞ」

 最後に傍仕えの中で新参である山吉兄弟に指示を出した。

彼らは栃尾城の近くの国人出身であり、直江領に並ぶ大きな領地だ。黒田との戦いで協力したこともあり重用すると決めたが、他の者との差が大きかった。そこで山歩きが得意な事もあり、『一向宗との交渉』と言う苦労は大きいが相手次第で確実性のない連絡役を任せたのである。これならば生きて戻るだけで功績となるし、他の者からみても労力ゆえに讃える気持ちの方が先に建つであろう。

 

なお、景虎は一向宗を単一の勢力とは見ていない。

彼らは大きな寺院を中心として、身内で争う間柄でもあるのだ。そこで互いを争わせ、口約束で動かすつもりであったのである。こうして景虎は数年分の計画と、その後を見据えた差配を行っていった。

 

 方針を発表した景虎だが春から夏にかけては、することがない。

もちろん大名としての行動はやっているのだが、田仕事のシーズンなので兵が動員出来ないのだ。その事を活かしてゴーレムの研究を始めている。折よく、黒田攻めの余禄で木材を大量に切り出し、ゴーレムを建造したデータが揃って来たのもあった。

 

人の領地を更地にして嬉しいかと聞かれたら、滅多にできない経験でウマかったと言う他はないのだが。

 

(雪以外でも数が作れたことで経験値も得られマシタ)

(雪で造ると地や風も必須でしたしネ。木は自然に消滅しないので助かりマス)

(ですが経験といえば、色々魔力のレシピを検証出来たのが大きかったデスネ)

(その時にパワー重視という前提もあったのが良かったデース。一つずつずらしたり入れ替え、検証でしましたからネ。これで一歩前進デース。工業力を高め、いつか大型船もゲットデスヨー!)

 ゴーレムを造り始め、雪で造ること自体は良いアイデアであった。

だが、次第に地の魔力が耐久力を増しているのではなく、『存在を保っている』のだと判明して来たのだ。地に割り振る力は低すぎると、HPが少ないのではなく……総合的な耐久性が低くなるのである。そして、ゴーレムの力を回復させるには風の魔力が関わっていることも判っている。最初は特殊機能が無ければ不要かと思って居たら、存在維持などにも消費していたのだ。

 

結果的に雪で作ったスノーゴーレムは早い段階で消えてしまい、一時しのぎの作業用にしか使えなかったのである。そう言う意味で、黒田領で得た経験も、資材も、その全てが無駄にはならなかったのである。

 

(何も知らない時に均等に魔力を最大限注いだ時ハ、戦闘力は変わりまセーン)

(これはおそらく風が持つエネルギー保有で、水のゴーレムとしての格上げダカラ)

(イメージ的に長保ちさせようとしたり、凄いゴーレムを想像した為デショウ)

(しかし、長保ちするゴーレムが強いわけではありません。合計値10くらいの割り振りで、1・2・3・4の組み合わせの羅列にしマシタ。すると想定よりも強いゴレームが出来た割に、直ぐに壊れたのですよネ。水車や石臼が上手く行ったのハ、自然に壊れない素材で、パワー重視でも問題ない構造だったからデース。もし、同じ構造でパワーが少なくても良いモノや、消耗対策が必要なモノなら?)

 検証作業と言う物は、延長であったりちょっとした入れ替えから始まる。

現在上手く行っている水車や石臼をベースに、類似品で重視する能力を兼ねてみると仮定した。例えば『ろくろ』は板を回すことで、上に載せた粘土をコネ繰りまわすものだ。パワーなんか必要ないし、手を抜いても問題なく、それこそ耐久性とエネルギー重視にすればずっと使える物になるだろう。その想定とは逆に、消耗度の激しい存在……丸ノコとか旋盤ならば耐久性が必要になるはずだ。場合によっては長時間使ってしまい壊れることになるだろう。

 

ただ、こういった検証で新しいアイデアを閃くのは面白い。

実際に作ってみることも難しくはないし、目に見えた成功は気分が良いものである。反対に戦闘用ゴーレムは短時間専用にしなければ強くならないし、それでも柿崎景家の様な猛将なら簡単に壊せてしまうので、気分が乗らなかったりする。とはいえ戦国武将である以上は、そちらの方の研究が重要なのだが……。

 

(短時間なら三人から四人力? でも一体では駄目デス)

(移動速度は関節でも導入するとシテ、パワー特化……)

(三・四体並べて十人以上の戦闘力で、数十体で百人分)

(マイガッ!? 全然コストに見合わないじゃないデスカー!! まさか謙信さまなのに城攻めの方が楽勝になるとはアンビリーバボーデース。アメイジングな戦い方を見つけなければ!)

 景虎は日本でも最強格の上杉謙信となるべき存在だ。

しかし現状ではその辺のマイナー田舎大名に過ぎない。茶器一つ手に入れるのも苦労するだろうし、茶会(紅茶)を開いても誰も出席しないだろう。趣味の紅茶は少しずつ開発するとして、どうにかしようと研鑽を積む日々であった。奇しくも上杉謙信最大の問題であった城攻めは既に克服しているのだ。

 

チャンピオンのタイトルに相応しい実力を身に付けなければなるまい!

 

「ほっほほ。根を詰めるのも良いのですがの。偶には初心に戻られよ」

「和尚様? それは虎千代に戻ったつもりで自分を見つめ直せと?」

「然に非ず然に非ず」

 そんな迷いを抱えて居た時、毘沙門堂に天室和尚がやって来た。

景虎がここで研究をしている時に尋ねて何か物を言えるのは和尚だけである。どうやら深い悩みを抱えて籠っていると側近に聞き、言葉を掛けに来たのであろう。

 

果たしてソレは迷いを切り拓き、景虎に未来を指し示すモノであった。

 

「汝が為す業は汝のみにて為すに非ず。御仏はそうおっしゃったのでしょう?」

「っ! 和尚様、ありがとうございまする。この景虎、今もって頑迷に囚われておりました!」

 天室和尚は『背負い込むのではなく、人に頼れ』と言おうとしたのだが……。

一周回って景虎は突破口となるアイデアに辿り着いた。これは転生者であるゆえか、現代知識でゴーレムの戦闘力不足を補ったのである。そう、ゴーレムの戦闘力が低いのであれば、戦闘以外に用いれば良いのだ。たとえそれが戦場であったとしても、ゴーレムと人間が共同で敵と戦ってならないという方はないのだから。

 

例えば黒田との戦いで活躍した『川上猛』は、橋を背中に背負った雲梯型ゴーレムではないか。

 

(和尚様は良いこと言いマシタ! 人を乗せれば良いのデース!)

(弓の達人やオーラ魔法の使い手。攻撃呪文の使い手に、デサント!)

(耐久力特化で前線に置いて置けば、後衛でも安全に戦えるデスヨー)

(戦わないなら四足歩行でダイレクトエントリーも可能ネ! 武器も要らないから、矢盾くらいで良いデス。投石機やバリスタがあれば戦車も出来ますケド……私一人じゃそこまで無理デスネ。開発に専念できるのも今だけでしょうし。後は工業用で幾つか考えたら、弟子を育てて終わりデスネー)

 景虎の中には現代知識があるが、それは別にゴーレム=ロボット直結ではない。

工業機械の代わりにしたように、別に戦車や戦艦をモデルにしたって良いのだ。城攻めで取り囲んで攻城櫓みたいな使い道で考えていたが、同じことを戦場でやったって良いのである。仮に敵方に弓の達人や強力な呪文の使い手がいたとしても、櫓をスムーズに戦場へ持ち込めるこちらの方が強いに決まっているのだから。

 

そう思えば川上猛が活躍した理由も、相手が思わない場所から攻められるという使い道である。ゴーレムが弱いならば、山がちな日本の地形で物を運ぶ手段として捉えても良いではないか。こうして川上猛の強襲型『熊襲猛』と、戦場に飛び出した防壁代わりのゴーレム『軒猿』が越中攻めでデビューすることになったのである。

 

●北信濃の動向

 運命の分岐点というものが存在する。

北陸から中部にかけの一部の大名にとって、その年の出来事がまさにソレである。この年、景虎は五千の兵を率いて越中へと侵攻したのだ。

 

越中の守護代は椎名家と神保家に分かれて争っていた。

父親である為景を殺したのは神保家であるので、椎名家に断りを入れてから侵攻することにした。当主に就任後、準備を整えてから満を持しての侵攻になる。だが、彼女の動きを逆に利用する者も居た。

 

「長尾の小娘が神保と戦っている内に、このまま高梨めの領土を切り取ってくれる」

「はっ!」

 信濃の雄である村上左近衛少将義清は、景虎の親族である高梨家を攻めた。

高梨家は北信濃でも北部の豪族であり、長尾家と相互に協力し合い、お互いが困っている時は兵力を融通し合っていたのだ。関東管領である山内上杉が攻めて来て、為景が逃げ出した時には高梨家が佐渡の本間家と共に援助したくらいである。何かあれば長尾家が助け舟を出すのだが、越中深く攻め入ればそれも不可能。つまり、義清にとって高梨を攻める絶好の機会である。

 

なお、義清にとってこれは仕方のない流れでもある。

景虎が野心的な人物であれば、神保から領土を削り取り椎名家を押さえつけ、越中の半ばを奪えば次は北信濃の番である可能性は高いのだから。彼からしてみれば、景虎の野心が招いたことだと言えたのだ。

 

「しかし、殿。大丈夫でしょうか? 取って返すやもしれませぬぞ」

「右馬助、ワシとて愚かでは無いわ。むしろ愚かなのはあの小娘よ。神保には難攻不落の増山城がある」

 重臣の一人である矢沢右馬助頼綱の声に義清は笑って応じた。

増山城は越中でも西部に位置しており、しかも名城とされていたのだ。つまり野戦で勝てたとしても、そのまま篭城してしまえば問題はない。長尾勢は攻め疲れるであろうし、援軍が駆けつけてきたら立場は逆転するのである。

 

それに、越中にはもう一つの懸念もあるのだ。

 

「ましてや越中には厄介な一向宗が居るでな。囲まれてしまえば、先代と同じ末路を辿ろうよ。それにな高梨勢が城に籠っている間に両属の被官どもを従えれば良かろう?」

「なるほど。彼奴等を切り従えればこちらは高梨を圧倒出来ますな」

 越中での一向宗は厄介な存在で、二派に分かれて争っていた。

名声を上げ物資を奪おうと長尾勢に攻め掛かれれば、例え雑魚であろうと万を越える大群である。どこかで戦力をすり減らすし、場合によっては討ち取られる可能性があると告げたのだ。そして義清は愚かではないので、その後の展望も考えている。

 

この時代、豪族たちの間に居る土豪や国人の中でも小さな家は、村上家と高梨家の両方に仕えて、それぞれの顔を立てている。そこで籠城戦の間に、こちらへ従えと脅せば勢力は一気に傾くであろう。

 

「そう言う事だ。ここで高梨を圧倒し、北信濃を手中にすれば長尾など恐れるに足らん」

 何度も繰り返すが、この当時の越後は国力は高くはない。

相次ぐ災害もあって二十万石前後といったところで、災害の少なかった信濃よりも高くはない。特に村上家の領地は穀倉地帯が広がる中信濃から北信濃に掛けてであり、高梨家を追い落とせば土豪や国人はその威に逆らう事など出来ない。そうなれば長尾家とも互角に戦えるであろう。

 

ただし、それは義清の思い通りに行けばの話である。

史実では彼の行動を見計らって武田家が中信濃に食指を延ばしているし、この世界では景虎が高梨家を経由して塩の交易で優遇しているのだ。彼は土豪たちの思わぬ反応に手間取ることになる。

 

●早過ぎる進撃

 高梨政頼が篭城している間に、村上義清は周辺の土豪たちを調略していた。

景虎が神保勢を打ち破って増山城に向かったと聞いて、土豪達を味方に付けてから、後戻りできぬように最前線で戦わせようとしていたのだ。それなのに土豪たちは首を縦に振らず、逆に時間を与えてしまう事になる。

 

それどころかありえない事が起きてしまっていた。

 

「大変です! 越後勢が現れました!」

「その数、少なくとも三千以上! 四千に達しているやもしれませぬ!」

「馬鹿な! 彼奴は越中深くへと攻め入ったのではないのか!? 謀反に備えた春日山の守備兵を動かしたのか? それとも神保を放って慌てて駆け戻ったというのか!」

 この報告に義清は激怒した。何しろ予定通りに進んでいたはずなのだ。

景虎が神保勢を破るまでは二千の兵で領地境の侵犯に留め、最大でも千五百しか動員出来ぬ政頼を圧迫するだけに留めていたのだ。そして景虎が増山城を目指したと聞いて、増援を呼び寄せ政頼を篭城させて土豪の調略にあたっていたのである。本来であれば城を落すのは不可能でも、武威を示しせた筈であった。

 

それが思いもよらぬ援軍に、当初の計画は瓦解してしまった。

まさか親戚とはいえ、景虎が守備兵を寄こすなり、せっかくの進撃を不意にして戻って来るとは思っても見なかったのである。

 

「殿! 長尾家より軍使が派遣されて参りました!」

「いかがいたします? 例え三千でも高梨勢と合流されては不利ですが……」

「戦いを止めて戻れとでも言う気だろうよ。ここで我らがすごすごと引き揚げれば、越中攻めを再開できるものな! だが、そんな事をしてみろ我らは信濃で物笑いのタネになるわ!」

 軍使を示す白い旗に、矢沢頼綱が義清に意見を問うた。

当初の予定では土豪たちを味方に付けており、高梨勢は風前の灯の筈であった。両属の兵をこちらにつければ、次回の戦いでは圧倒出来るし、その時に越後勢とも互角に戦える筈であった。それが今や逆転している。数こそ三千程居るが、それ以上後方から連れて来れば中信濃が危険なことになるだろう。そして高梨勢が今のまま出てきてしまうと、相手は千は残っている上に、援軍で士気が高くなっている。今戦えば不利なのはこちらだろう。

 

ゆえに義清は停戦調停を蹴ろうとした。

景虎も無理を承知で強行している筈であった、ここで兵を無為に失いたくはないだろう。そう思って強気で交渉に当ろうと思ったのだが……だが、使者の口上は義清どころか北信濃の諸将が思いもよらぬ内容であった。

 

「それで、使者殿はなんと? 我が土地を侵した高梨を許せはせぬぞ?」

「さて? それがしは西越中を任されることになった神保民部大夫と申します。越中の風紀を乱した神保長職の首実検をするゆえ、方々を招きしてはと派遣されましてございます」

「「は?」」

 義清は全ての争乱を高梨家にあると告げたが、景虎の思惑は違った。

彼らが宛にしている神保勢は既に討伐を終えており、越後勢は幾らでも戦えるのだと堂々と宣言しているのである。これには村上勢も思わず眉を顰め、何かの冗談かそれとも脅かすためのフカシかと思ってしまった。それほどに突拍子もない話であったのだ。

 

だが、それでもその場でホラ吹き扱いしなかったのは、使者が神保家の反乱分子で、次の当主と西越中の守護代を狙う者であったからである。

 

「使者殿。何を申されておるのだ? いかにとて早かろう。それとも戦場で……」

「増山城に籠った者供ことごとくを討ち取りまして、皆様方の存じ上げられている顔もあるかと参上仕りました。西越中……いえ、一向宗を始めとして、越中のことごとくを守護である畠山家のもとで働くべし。そう申しつけられております」

 ここに来て民部大夫はカラクリを披露した。

最初の段階で景虎は一向宗を仲互いさせて動けぬ状況にしていた。そして一気に神保勢を打ち破ると増山城を速攻で囲んで、いかなる秘策か城を早々に陥落させてしまったのだ。そこからは主家である畠山家に話を付け、味方にした国人へ掃討戦を命じると、さっさと帰還してしまったのだ。強過ぎる上に、情勢を操る見事さに越中の国人たちは、感心するどころか畏れすら抱いていたのである。

 

それが嘘か誠が別にして、さしもの村上勢も話し合いのテーブルに乗るしかなかったのである。

 

 北信濃での問題が起こるまで、景虎は上機嫌であった。

懸念となる一向宗は報酬と引き替えに出て来ず、ライバルとなる寺と殴り合いを演じている。お互いに信用しているとは言えないが、『越中でなら一向宗の信仰を許可する』という約束を長尾家と椎名家の双方で認めている。もし問題が起きるなら守護である畠山家経由で破棄するつもりだが、現状では問題がなかった。

 

外交的に決着がついた状態での戦闘であり、負ける要素はなかった。

増山城に籠られた事も、小田原城攻めの切り札として完成させた川上猛強襲型『熊襲猛』のテストケースとして丁度良かったのもある。

 

「何事も計画通りにはいかぬものだ」

「越中は最初から手放すおつもりでした。何もかも求めるのは我儘が過ぎましょうぞ」

 景虎の愚痴に軍師である枇杷島(宇佐美)定行が苦言を呈した。

本当は増山城を落した後、周辺で色々と悪さをする気であったのだ。はげ山にして木材を調達し、土台となる石を奪ってゴーレムの材料にする気であったのだ。それが時間の問題でトンボ返りする羽目になっては不機嫌となるのも仕方あるまい。とはいえ定行としては戦で完勝したのだ、それで満足して置けと言わざるを得なかった。今回はたまたま上手く行ったが、一向宗が約束を信じずにこちらに向かって来る可能性もあったし、北信濃に潜ませている素破たちが情報をつかみ損ねる可能性もあったのである。

 

それを考えれば、高梨勢が決定的な敗北をするまでに主力だけでも戻ってこれたのだから上々と言えるだろう。

 

「それに鉱山と魚津城はこちらで抑えたのです。それで満足すべきでは?」

「仕方ないな、そうするとしよう。それに……『本番』なのは此処からだ。信濃の豪族たちからいただく『モノ』をいただくとしよう」

 この頃には景虎の思考をある程度見抜いており、定行も容赦がない。

景虎がふてくされているのはパーフェクトゲームにケチを付けられたからで、単純に利益や経験を得るだけなら何処でも良いのだ。そもそも越中は一向宗が多いので捨てる事にしたのは景虎自身であり、理は港から、経験は鉱山や城の普請で得られるのだから。

 

そして、重要なモノとしては、ここからが『本番』である。

もちろん何も無い信濃に景虎はまったく期待していない。それに欲しいのはトロフィーとしての四大鎮守府やセイロン島であって、勝利も領土も全ては過程に過ぎないのだから。

 

「殿。高梨刑部少輔さまがご到着為されました」

「そうか。通してくれ。くれぐれも失礼のない様にな」

「いよいよですな。国元で苦労しておる神五郎の為にも、ここは失敗できませぬぞ」

「判って居る」

 実のところ、今回の交渉相手には高梨家も含まれている。

親戚だから無条件で援軍を派遣するなどという甘い事はない。程近い位置にある春日山城を守る為であり、そしてこれから信濃勢から得る『モノ』の中に高梨家の勢力も含まれているのだ。ここでへそを曲げられては困るといえた。もちろん村上家と手を組んで向かってくることなどあり得まいが、行き来したり交易の条件などがまるで変って来るのだから。

 

では、儲けの出ない信濃の領地以上に利益のある条件とは何であろうか?

 

「刑部殿。ご無事でござったか。これにあるが長尾平三景虎様にござる」

「駿河守殿も息災の様で。しかし平三殿、大きく成られた。父君もさぞや泉下でお喜びであろう」

「いえ、これも皆で盛り立ててくれたおかげでござる。それがしがしたことなど、塩の増産くらいじゃ」

 定行が紹介すると政頼は戦ぶりではなく、長じた事こそを喜んだ。

死んだ父為景や兄景康の事を思えば無事に成長し、しかも武将として花開いた事を第一としたのだ。もちろんそれは武功に話を持って行くと救援してもらった謝礼をせねばならないからなのだが、そこは景虎の方が一歩上手であった。武功よりも商売の話を優先することで、今後の話に弾みをつけたのだ。

 

これには政頼も乗るしかない。何しろ救援での武功ではなく、その後の商売の話だと無視も出来ない。それどころか配下の土豪たちが背かなかった理由の一つは、景虎が塩を格安で売り、『いつでも駆けつける』と聞いていたからだ。ここで援助を打ち切られちぇも困るというのがあった。

 

「塩……。そう言えば神五郎殿が土産に持って参られましたな。助かっておりますぞ」

「この景虎、依怙によって弓矢は取りませぬ。ただ筋目をもって何方へも合力いたす所存。そこに不正なく、戦いが無く平和であれば人の和やかさで利がありましょう。信濃の諸将とも同盟を組み、交易を持って和したいと思っておりまする」

 政頼が救援の代金をトボけ続けたので、景虎はさりげなく刺した。

土地を奪う気はない、ただ交易で利が出せるならばそれで良い。それどころか……村上家や南信濃の豪族たちでも良いと『表向きは』平和な事を言ってとぼけたのである。これには政頼も心胆を寒からしめた。遠まわしであるが、『これ以上話を誤魔化すならば、村上家と組んでも良い』と取れるからである。

 

親しい仲でも先制パンチありというのがこの時代の交渉だが、景虎のソレは必殺の一撃であった。表面上は平和ボケした話に聞こえるから尚恐ろしい。

 

「へ、平三殿。こたびの戦勝に水を差した村上に対して何を要求されるおつもりかな?」

「おお。これは話が早い。信濃の戦いを止め、皆が安心して暮らせるようにしたいのです。戦が起きないように調停し、上杉や武田などの他国から攻められたら援軍を派遣しましょうぞ。それで十分に景虎には利がありまするが……いえ、それはまた今度にいたしましょうか。村上殿も交えて話をしても良いかと」

 ここまでくると政頼の顔が青くなった。

関東管領である山内上杉はこの間まで北信濃に従属させていた豪族が居たし、甲斐の武田がちょっかい掛けて来るのは何時もの事だ。そこに協力すると言い、塩で利を示されたらみな協力するだろう。土地を寄こせと言ったら話は別だが、交易での儲けなど武将たちは下に見ているからだ。

 

だが、これまで海千山千の相手と話をしてきた政頼には、そうは受け取れなかったのである。

 

「差し支えなければ、この政頼も手を貸しましょうぞ。何なりと申されよ」

「さすれば……。信濃川にして少しばかり治水の協力をいたしたいと思います。堤を設け用水路を敷き、洪水も干害も起きぬようにしたいのです。そのために人足や荷車などを引き入れても良いかの話がしたいと思いまして。何しろ……越後は川下でござるゆえな」

 ここまで景虎が話を用意したのは信濃川の治水である。

自分が人手と金を出してまで、北信濃の諸将に協力する理由は何か? それは越後では信濃川の氾濫で大変な目に合っているからだ。ゴーレムで大規模工事をしようとも、北信濃で今まで通りならば根本的な解決は出来ない。史実でもこの件が何とかなったのは江戸から現代にかけての話である。

 

そして、この件がその時代になるまで無理だったのには理由がある。

誰も他国の者に自領に入って欲しくないのだ。それでなくとも水利権は収穫にも防衛にも影響する行為である。こんな時のように、北信濃の諸将が集まる時でもなければ、話を通す事すら難しかったであろう。

 

「ははあ……。なるほど。この政頼、先ほど言った事には嘘はありませぬぞ。共に手を取り合い、この地に平和をもたらしましょう!」

「この後で行われるである、村上との話し合いでも、よしなにお願いいたしまする」

 こうして景虎は高梨家と村上家を掌の上に載せると、北信濃から中信濃に掛けて強い影響力を手にしたのである。




 ダイジェストですが、前回と似たような部分を一気に終わらせました。
流石に次回からは大きく変わるので、数日後というのは無理だと思います。

●国策
今回はゴーレムでの開拓事業になります。
湿原が多く災害もあって二十万石前後なので、ひとまず三十万石目指す感じですかね。
戦わずにそれだけ田畑を拡げ、塩の販売やら鉱山拡充をゴーレムで補助すれば経済的にはもう問題が無くなります。

●戦争『依怙によって弓矢は取らぬ。ただ筋目をもって何方へも合力す』
俺は正義! と言うためのお題目ですね。
実際、『領地は』奪わないので傍目から見て大きく成ってませんが……(経済植民地を除く)。

●ゴーレム
雲梯型ゴーレム。川上猛の強襲型『熊襲猛』
 矢盾を付け城に取り付き易くなったバージョン。
塀の大きさに関わらず、簡単に越えて侵入できる。
『三つのシモベ』と後に世間を揺るがすシリーズの集大成になる。

タンク型ゴーレム『軒猿』
 手足が長く、矢盾をぶら下げて兵士を守りながら移動する移動要塞。
全く強くないが、ポータブル天井になり、壊れても壁になるという優れモノ。
弓使いや呪文使いが乗る事で、越後軍の援護射撃をしてくれる。
後にジャンク船型ゴーレム『海猿』の登場によって、これまた『三つのシモベ』に数えられることになる。

●外交政策
信濃同盟を造らせることで、強引に武田を封印。
信濃川も治水することで、越後は無事に三十万石を迎えることが可能でしょう。

『神保長織』ナレ死。
『武田信玄』面倒くさいので次回死にます。
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