●
せっかく授かった御仏の加護だが、戦闘力に直結しないと判明した。
戦国最強と言われる上杉謙信であるのに、それはないよ~と思っていたのだが、事前段階において駆使すれば無類の強さが発揮できるのではいかと思えて来た。そういった準備にかけては現代人の方が戦国時代の人間よりも上である。景虎はそこに目を付けて、可能な限りの準備を行うことにしたのだ。
具体的に言うと戦国最強候補のライバル武田信玄となる、今は晴信と言う男の妥当である。まずはブリカスらしく、外交と経済で押さえつけることにしたのだ。
「村上が武田を単独で追い返した? ……せっかく同盟にこぎつけたのだがな」
「一当てしてからではないとあちらも面目が保てないのでしょう。それに力ばかり借りては同盟内での立場にも関わります」
北信濃からの第一報はあまりよろしい内容ではない。
せっかく他国から攻められたら援軍を派遣するという内容で締結したのに、こちらへ事前の報告はまるでなかった。奇襲されたわけでもないのに事後報告というのでは、せっかく同盟を結んだ甲斐もないではないか。もちろんそれは甲斐の武田が負けたから、甲斐がないというギャグではない。
ただ、枇杷島定行の言葉にも理解はできる。
景虎に大きな借りが出来たら返済するのが大変だ。戦続きで金で困っているのもあるだろうが、『借り』を作りっぱなしと言うのは体面に関わる行為なのだから。
「まあ良い。こちらの値で食い物と塩を売ってやれ。それで商人どもが値を下げる筈だ。下手に援助してはへそを曲げるというのもやり難いな」
「武士というものはそんなものでござる。ですが、承知いたしました」
この時代、商人たちは平然と売値を吊り上げるし、買値も値切る。
初期のノブヤボではコメの価格が0.5~2倍以上に変動した物だが、実際にはそんなものではすまないのだ。近隣の国が飢饉であったりすると五倍とか当たり前だし、借金のカタに米を取り立てていると安価な査定のまま剥していくので恐ろしい相手だ(しかも坊主がケツ持ちなので始末も出来ないし)。
この点で景虎は手持ちの物資を定額で供給することにした。
越後からの物資が高騰しないということは、村上勢の懐が必要以上に痛まないという事だ。また、高額で買い取っている武将の所へ供給すれば、それだけで褒章足り得た。頭の良い小者が蔵係になっていれば、商人に高く売りつけるだろう。その結果、信濃の商人は高額で売れないと諦めるのだ。
「信濃に関してはもう少し素破だけで済ませるとして……神五郎。お前のところはどうだ?」
「はっ。おかげ様で大きな水害は起きておりませぬ。まったく無いとは申しませぬが」
「あともう一押しか。信濃に出兵する時の条件とするべきだな」
信濃川の改修をこちらですることを利としたが、全ての諸将が受け入れたわけではない。
自分の領地に人が入るのを嫌うのは当然だし、その事を条件にして入ったとしても、案内役の小者が渋ったりするのは良くあることだ。というより、同じ領内にある村と村が対立関係で、戦で男手が少なくなった時に米を奪ったり村長をやってる土豪の屋敷から何もかもを奪っていくとかは良くある話なのである。
そう言う訳で武田を潰したいという理由以外にも、治水を完了させる為にも北信濃へちょっかいを掛けたかった。川上で治水をしないと、何時まで経っても下流である越後は大変なのである。
「ですが強情だからこそ首を縦には降らないのでは?」
「そこは守護である小笠原を利用する。そろそろ任期の問題を理由に、他の者が地位を寄こせと言いかねまい? こちらはソレを察して、朝廷と将軍家に献じておこう。どうせ佐渡守や弾正大忠の御礼もせねばならんからな。守護と国司の地位をそのまま小笠原にとお願いするのだ。現状維持で十分なら問題無かろう」
長尾家の地位は低いので、まだ越後の守護には成れない。
領国性で上国であることに加えて、『関東を抑える要衝の地』の扱いが軒並み高いせいだ。越後・駿河・甲斐などは、その影響で格式の高い家が守護となっており、守護代の家系である長尾家は即座に守護には成れず、将軍家への貢献を続けよというありがたい言葉と共に、弾正大忠の官位と佐渡守の地位を貰っているのである(しかも畠山の推薦と海賊退治が無ければなれなかった可能性すらある)。
ともあれ、起きたことは起きた事として利用するのが景虎である。
現実逃避と言う言葉は彼女には無く、外交関係では既に寝業師としての見方すらされ始めていた。こうした介入を続けて行けば、信濃川も数年後で良ければ何とでもなっただろう。問題は、武田家の伸長があるのだが。
「ではその辺りを小笠原家中に?」
「そうだ。火のない所へ煙を起てよ。判っているとは思うが本人には伝えるなよ? あくまで都へ登る為に作った借りの御礼として何人かに吹き込むのだ」
今の信濃守護は小笠原氏であるが、仮に武田家が手に入れたら?
権威に弱い土豪や国人たちは武田家に付きかねないし、そうなれば村上家を攻めるなり小笠原家を攻めるなりやり放題である。単独で勝てないならば、遠方と交渉して近隣を攻めるというのは兵法における常套手段である。仮に景虎が吹き込まずとも、その様な路線で武田家が勢力拡大を狙う可能性はあった。
そして景虎はその問題を最大級に利用することにした。
現段階ではまだ『懸念』に過ぎないが、時が経てば金山を持つ武田ならばいずれやるだろう。先んじて手を打たれて撤回させるのは不可能だが……今の間に朝廷工作を始めれば『攻める為の大義名分にするから、武田の話を聞かない』という理由で断らせることが出来るのである。間を取りもつ公家たちも、礼金だけもらって『あれは駄目だった』と言えるのだから損ではない。
「これが上手く行けば、小笠原は援軍要請に見返りに信濃川の改修で後押ししてくれるだろう。正式な守護の頼みとしてこちらに要請もしてくれよう」
「むしろ上手く行き過ぎた時が問題ですぞ。窮鼠が猫を噛みましょう」
越後開拓計画は良好に進んでいる。数年先には食糧問題が解決するだろう。
現代の米処という評価にはほど遠いが、湊の拡張工事や大型船の研究もあって、経済的には完全に近い形で充足すると思われた。頑固な国人たちも景虎の手腕に恐れ入っており、また攻められたらゴーレムを利用して川を平然と渡ってくるため、防衛手段としての河川に見切りをつけたのもある。
つまり、越後陣営としては今から数年を万全に保てれば良いのだ。
定行ならずとも余計な事をせずに、国力の全てを投入できる時期を待てと言いたくもなろう。現段階では伸長しそうな武田家の先手を打っており、良好なのだから。
「武田は総力を挙げて現状を打開しに来るだろうからな。望むところよ」
「駿河守。知っているか? 碁にしろ将棋にしろ対戦相手が居るものだ」
「しかもこの対局のおそろしきところは、一人相手に勝ち切れるとは限らぬ事」
「武田が悪かろうと伊勢や今川が後押ししては容易く引っ繰り返されるぞ? 特に伊勢は関東管領殿を追い詰めているからな。両家の親族である今川を中心に同盟を組んだとしても一向に不思議ではあるまい。いや待て……今川?」
とはいえ景虎は油断しているわけではなかった。
将来に武田信玄と呼ばれる男ならばここから逆転して当然! とばかりにその対策をここで終わらせることが出来る事こそ重要だと告げたのだ。実際、史実でもこの時期の武田は実に勝ったり負けたりを繰り返しているのだ。後にそのカリスマでまとめあげ、配下を粛清しながら息子を送り込んでいく過程で強くなるのだ。そしてソレを後押しするのは、親族である今川家と、協力者となった伊勢家(北条)である。
ここまでは他愛ない歴史知識の思い出し作業に過ぎないが、ここからがこのブリカス的頭脳の汚い所である。
「今川に声を掛けてみるか。こちらとしては武田を滅ぼしたいわけではない」
「甲斐から出てこない程度に叩ければよい。仮に滅ぼすとしても今川側と分配する」
「信濃の安定が為されればそれで良く、もし滅ぼす場合は釜無川の治水と腹っ張りの奇病に対する協力をするとな。もちろん今川家が武田家を管理下に置くならば、その場合でも提供しようぞ。腹の内は読まれても良いから、そんな内容で使者を送っておけ……都からの帰りを船を使ってな」
この時代は親族であっても背中を伺う時代である。
武田晴信の父親である信虎は油断できない男であり、親族と争っていた甲斐をまとまめあげ、そして扇谷上杉と結んで関東を攻めていた。その信虎を追い落とす策謀に今川が協力したのも、その辺りが背景にあると言っても良いだろう。今川から見れば、抗争中だった伊勢家を叩きたいが、必要以上に潰れては困るのだ。
その辺りの匙加減を考えれば、今川は武田と長尾のどちらに付くだろうか?
晴信は有能だが油断のならない所は父親以上だし、強大化すれば滅ぼした諏訪家の様に今川にも牙をむきかねないところがあった。ただ武田を滅ぼすところまでやるかと聞かれれば、甲斐と言う国自体がどうしようもないのである。そこで景虎は甲斐を良くする方法を伝えつつ、現状の晴信体制だけ何とかしたい……そう伝えれば、勝手に信虎の時の策謀に考慮するのではないだろうか?
「殿。それでは見抜かれて乗って来ないのでは?」
「必ずしも手を組む必要はない。伊勢と合わせて三国同盟などされたら困るだけだ。この話を吹き込めば、たとえ見抜いたとしても武田に関する事のみよ。同盟関係を組むとしても、武田晴信を除いてからになるだろうな」
そう、景虎は甲相駿三国同盟こそを警戒していた。
武田と今川と伊勢が組めば、それぞれに全力を投入できるのだ。今川は同レベルである織田を圧倒出来るようになり、武田は信濃を奪い越後や美濃への道を開き、伊勢は関東を席巻して関東管領の権威を叩き潰すであろう。そんな状況になってなっては困るのはこちらである。せっかく抑え込んだ武田は勢力を盛り返すし、伊勢は武蔵どころか上野を奪って越後が危険になるのだから。
そんな感じで景虎は同格以上の相手に上手くやる事が出来た。
ただ、天才は常人とそれ以下の人物には想像が及ばないという。小笠原長時という愚か者が居ることを見抜けなかったのである。
どんな奴かって? 悪役令嬢物に出て来る王子様を思い浮かべてほしい。
個人的武勇に優れ、知恵も文化理解度も良く名家出身で顔も良いのに……政治的手腕がサッパリな男である。
●
やがて、武田は全力を挙げて南信濃を攻め始めた。
中信濃から北信濃を収める村上義清が強い事や、南信濃にはすでに橋頭保がある事、そして小笠原長時の人望が地の果てに低い事である。彼は小笠原家中の問題にもつけ込み、八千とも一万ともされる兵を投入して一気に南信濃を席巻したのである。
なお、この当時は一万石あたり二百~三百の兵が妥当である。
二百以下ならば余裕をもって動員できるし、三百を超えるならばかなり財政的にも厳しくなる。それは兵糧の消費もあるが、田仕事におけるダメージが半端ないからだ。そして南信濃でも強引な徴兵を行い、そのまま中信濃へと向かった。
「いやいや。弾正殿、御助勢感謝する」
「そうだ、河川の改修がお望みであるとか。木曽の川も含めて全てお任せしようぞ」
「いやあ木曽家の者共も弾正殿が協力してくれるならばありがたい限りじゃと言うておった」
これが仮にも守護である小笠原信濃守長時の言葉である。
領土奪還を他国の景虎に一任し、しかも領地の中に侵入して河川改修をする権限を、何も考えずに与えている。しかも頼まれても居ないのに、南信濃の木曽川までやって良いと言っているのだ。彼は善意であろうが、景虎は木曽川までやる気はなかったし、木曽氏としても良い迷惑であろう。これで反旗を翻していないのは、家族を討たれているからだ。もし今の当主が死ねば、武田から養子を迎えて鞍替えするだろう。
ただ、それでも守護の言葉は地方には重い。
武田との戦いに介入できるし、そのためにゴーレムを持ち込むことが出来た。既に信濃川の改修には手を付けているので、後は勝つだけではあるのだ。武田に勝ったらコイツはもう死んでも良い……それが周囲の武将たちに一致した意見であろう。
「では要地はそちらにお譲りしますので、こちらは平原に陣を敷きましょうぞ」
「おや? 良いのかね? それでは武田と正面からぶつかってしまうが……いや。武功で知られる弾正殿の事だ、勝利間違いないのでござろうなあ」
そんな馬鹿殿の長時だが、いちおうは戦略に疎いわけではない。
ボンボンなのに戦場に立ったら突撃したがるとか、KYな言動で家臣団の結束を乱すとか、村上家などの豪族に嫌われてるだけで決して知識がないわけではないのだ。要するに空気と時勢が読めないだけで、文武両道なのである。イメージ声優が子安とか塩沢の暗黒面(情けない方)だと言っても良い。
なお、そんな長時でも読める地形にあえて景虎は布陣することになった。それが……対武田への必勝の構えである。
『平原に布陣するとは……馬鹿め。この戦い勝ったぞ。援軍を真っ先に叩き潰せば、此処で引いても次がある』
これが武田晴信が諸将に告げた最後の言葉として知られている。
グダグダな信濃勢がまとまっているのは、越後勢が援軍を約束し、資金援助を行っているというのを晴信は掴んでいた。ゆえに彼の戦略眼は間違っていないし、戦術においても間違いではない。例え強引に駆り出した農民主体であっても、最終兵力が一万五千を超える大軍は侮れない。平原では数こそが力。『大軍に兵法無し』との言葉通り、数の勝負になるからだ。
例え総数では信濃・越後連合が勝っていても……景虎が直卒する八千を叩き潰せば、それだけで勝てる。引き分けであったとしても次の戦いでは、土豪や国人たちを味方に付けて逆転できるのだから。
「殿。彼奴等は釣り出されましたな」
「よろしい。『伊吹童子』を使い潰せ。武田に草薙の剣でもあったら困るからな。切り札を使う前に全てを終わらせる」
後の世に、三つのシモベとされるゴーレムが三シリーズある。
その中でも最後に投入された『伊吹童子』は最悪の兵器として恐れられることになった。景虎の本陣からジャーンジャーンジャンという銅鑼の音が鳴ると……越後勢の陣地から一斉に巨大な丸太に車輪を付けたようなナニカが飛び出して行ったのである。
ソレはただ回転エネルギーと姿勢制御にだけ全てを注いだ巨大ゴーレムである。
粗製乱造された大型の水車の様な物であり、何も無くてもこの戦いの後では長保ちできない。やれることはと言うと、平原で転がる事で、相手を轢き潰す事しかできない、おおよそ考えられる限りコスパの良い使い捨て兵器であった。
「武田家当主代理。典厩信繁であります。我が首に掛けて、部下たちの命を助命いたしまする」
不運な長男晴信に対し、重傷を負いながらも降伏の使者となった次男信繁。
彼は九死に一生を拾い、部下たちの命を救おうと申し出た。その天晴な心意気があった為か、後に甲斐から『泥かぶれ』とか『腹っ張り』と呼ばれる奇病を払い、貧困を遠ざけた名君として知られることになるのであった。きっと悪運は強いのであろう。
こうして武田晴信の野望は短く終わったのである。
と言う訳で武田晴信は速攻で死亡、轢殺されました。
以後、信濃の国で景虎に逆らう者はいなくなったそうです。
まあ、誰もでっかい車輪にオカマ掘られたくないから仕方ないね。
●ゴーレム
『伊吹童子』
丸太というか車輪みたいなゴーレム。
イギリスの発明家と軍部が生み出した紅茶の暗黒面、パンジャンドラムの爆発しないバージョン。要するに平原でしか役建たない、体当たりドローン。
山頂からヤマトタケルに体当たりした猪が、神の化身であったことから名前を付けられている。
●武田信玄
二周目というかBルートなので、同じ流れをやるのも馬鹿馬鹿しいのでサクッと死にました。
現代だったら『嘘だろお前!?』と言う感じでトラックに跳ねられる感じです。
しかも彼の死後、甲斐の国は急激に良い国になるので、全て晴信が悪かったことにされそうな勢い。