マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

55 / 62
正義の裏表

 この時期の景虎は地味な調整作業に入っていた。

朝廷から官位を貰った御礼として上洛する可能性を探る程度であったのが、護衛を兼ねて僅かなりと兵を率いて行かねばならないからだ。そのためには、道中の大名に対する配慮(と警戒)もしないとならない。例え千にも満たぬ軍勢であろうと、互いの警戒心の問題で、金品を配っておく必要があった。これが佐渡守だけなら献金だけでも良いのだが、いずれ越後守をもらおうと思ったら、ここでお伺いするべきだというのが厄介であった。

 

その調整をしている間……各地の調査と、ゴーレム魔法の使い手を増やす労力に充てざるを得なかったと言える。逆説的に言えば、いつか来る飛躍の為の、準備期間とでも言うべきだろうか?

 

「殿。信濃にて治水が終わり、甲斐に傀儡を移しました」

「よし、これで甲斐に回せるな。釜無川もじゃが『腹っ張り』なる奇病が収まれば、あの辺りも変わるであろう。傀儡は虫に食われぬゆえな」

 景虎も権威が上がったこともあってゴーレムを造れず使い回すことが多くなった。

信濃や甲斐で領土を得てはいないもの……。代わりに川をフルしてしまったが、それが大きく取り上げられるのはもっと後の事だ。佐渡守に就任したことに加え、佐渡の国人であった本間家が海賊を操っていたことから、彼らを征伐して佐渡島を領有したのが精々の拡大であった。もちろん対外的には……である。

 

越中の魚津の湊を抑え、越後にある幾つかの湊を大規模拡大。

更に能登の畠山氏と同盟を組んだこともあり、北回りの船を抑えることに成功したと言える。塩の増産だけではなく、佐渡の銀山・金山によって経済的には大成功であった。

 

「甲斐の開拓は実入りは少なかろう。だが今後には大きな影響を与える」

「近くは、我らがその土地を奪わず、良きものにする事が出来るという評判」

「遠くは、佐渡島を温かくしたような、あるいは寒くしたような島を見つけた時じゃ」

「無人であったり差配できる人が少ない様な辺境であれば、本来は見つけただけで使えぬであろう。しかし傀儡を用いて行えるならば話は別よ。大軍を蹴散らして僅かな土地を奪うよりも、よほど広き実入りを得られようぞ。それゆえに急ぐな、利を求めるな。ただ何が出来て、何が問題であったかを記録して置け。それがいずれ我らの理となる。それこそ朝廷が蝦夷を耕せと口にしても、ワシは驚かぬぞ」

 ここで景虎は土地を奪わぬ事や、地道な開拓の利を説明した。

信玄が生涯をかけて治水した釜無川を他人が行い、腹っ張りなる奇病と相対する意味は薄い。だが、それが今後の礎になると判れば、戦いで寸土をせしめるよりも重要だと告げたのだ。そして今の段階で越後の長尾家は信用に足りると評判を得れば、いずれ豊かな土地を得られるかも知れぬと諭しておいた。

 

もちろん、それはいずれありえる東南アジアへの出兵、そしてインド洋にあるセイロン諸島への出撃を考慮してのものであった。

 

「殿。その件で、大宝寺殿がこちらに臣従したいと」

「出羽の? 確かあそこの湊は奥州藤原の時代より唐の国と交易しておったな。条件付きで『色々』と許すと伝えよ」

 出羽南部の大宝寺氏は時節や勢いによっては、越後との両属をする事もあった。

本庄美作守実乃の手引きで景虎に降り、行政委任と港拡充のために自主独立の道を進み始めたのである。それが陸地においては手放しの委任を求めての事とは推測しつつも、景虎は快く許可をした。それというのも、平安時代に遣唐使を廃止して国交が絶えた後も、奥州藤原氏以降ずっと交易を続けたからだ。

 

源義経の部下に『金売り吉次』という男が居たとされる。

その当時は物々交換の代価の他は、金とは装飾品の素材でしかなかった筈だ。では何処に『売っていた』かというと、主に中国に向けて売っていたのだ。今で言う福建省あたりと交易しており、景虎の中の人はとある少女漫画で知ってよく覚えていた(なお、この当時は朝鮮北部の騎馬民族の方が盛んであった模様)。

 

「条件とは? 安東の湊でも奪って来いと言いまするか?」

「不要だ。ワシが頼みたいのは大型船の図面なり叶うならば実物の入手よ。海賊どもが奪った中古で良い、状態は問わぬ。何隻かを得るための仲介を頼め。金はいくらでも出すとな」

 景虎の目的は四大鎮守府とセイロン島である。

その為に渡航可能な大型船が必要なのだが、そのためには今の内から研究に着手する必要があるだろう。もちろんそこから経験を踏まえて、ちゃんと運用できるモノに進歩させていかねばならない。

 

その事を現実的に考えると南蛮船にこだわるべきではないだろう。

むしろ入手し易いジャンク船こそが手っ取り早い手段であり、帆の張り方から竜骨と言う概念まで、今の内から知っておかねばならないのだ。むしろ数隻手に入れて、一隻はばらして資料に、次の一隻は組み立ててまたバラすくらいで丁度良いだろう。その意味で、中古でも良いのである。

 

「承知しいたしました。仲介で良ければ納得いたしましょうぞ」

「頼んだぞ。別に上洛までに間に合わせる必要はない。図面ならば真実と思える物であればよく、実物ならばひとまず浮いて佐渡まで引ければ良い」

 秘密裏に船を建造するならば佐渡の立地は丁度良かった。

律令では下国どころか中国扱いなのが不思議なほどだが、海の向こうであるがゆえに秘密を守り易い。また鉱山も見つかったばかりとあって、作業用ゴーレムを造るために景虎が移動することがあるのも好都合である。

 

そして、ジャンク船の入手もであるが、手漕ぎ式の旧型船を手に入れたことも後に大きな影響を与える事になった。兵士を運搬するための『軒猿』を発展させた、『海猿』の建造のきっかけに繋がったのである(オールを漕ぐ人間大サイズのゴーレムを載せるので高速で移動できる)。

 

 そうこうする内に新たな使者が越後を訪れた。

これまで信濃・甲斐以外は畠山や本願寺が誼を求めてくらいであったが、将軍家より上洛命令が出たのだ。大河ドラマでは気軽に兵をあげて上洛してやると言うシーンが出て来るが、この当時は朝廷か将軍家が命じなければ出来ないのである。

 

つまり何某かの事件か、景虎に何かさせたくなる出来事が起きたと言えるだろう。

 

「それにしても将軍家から重ねて上洛せよとは何が起きたのでしょうか?」

「おそらくは細川との手切れであろうよ。越前の朝倉は依然として将軍家寄りであるが、近江の六角や若狭の武田は管領の細川京兆家寄りだからのう。大樹様がまだお若いのも影響しておろうが」

 長尾家が上洛を計画していたと聞いたのか、将軍家からも命じられた。

これに対して理由らしい理由としては、先年、大御所政治を行っていた足利義晴が逝去した事が挙げられるだろう。右近衛大将の地位でもありその権威だけは非常に高かったが、いかんせん借り物の戦力しか持っておらず、細川京兆家の内紛に巻き込まれて都落ちしたまま亡くなったのである。そしてまだ若い将軍の義藤(後の義輝)は細川晴元に反発し、細川の反逆者である三好長慶と結んで対抗したのである。

 

問題なのはその事で細川晴元の権勢は失墜したが、細川派の二家が敵に回ったのが大きいのだ。

 

「駿河の申す通り、そんなところであろう」

「ワシはかねてより領地は欲しておらぬゆえ、最悪でも若狭の湊で済む」

「一向宗とは和議を結んでおるゆえ、朝倉は一向宗対策になるので手が空く」

「逆に若狭武田は身動きが取れまい。越後と越前の兵が参ればとうてい太刀打ちできぬ、六角も立場を考えるであろうしな」

 それは派閥の力学の応酬であった。

名門細川京兆家とて内部反乱で実働部隊であった三好家が割れ、一族の者が京兆家を継いだと言われれば揺らぎもする。そこで傀儡にしている将軍家を使って抑えようとしたところで、義藤が反発して対抗者である長慶に権威を与えたのだ。これで三好家に最も足りなかった権威と大義名分を失ったわけだが、代わりに六角や武田が細川について自ら離れていくとは思わなかったのだろう。

 

そこで足りない戦力の代わりに景虎を動かし、同時に越前の朝倉が動き易くしたのは落ちぶれたとはいえ足利将軍家であった。

 

「では若狭を攻めまするか? 少々遠いですが」

「いえ。得る物が湊ではそこまでの価値はないかと」

「ふむ。……確か丹後の一色領を若狭武田が奪っておったな? ではそちらに使いを出せ。湊一つで丹後の再平定に力を貸すとな。将軍家に請われて上洛する折りゆえ、助力が不要ならば断っても構わぬと伝えよ」

 ここでも景虎はブリカスぶりを発揮した。

ただ若狭武田を攻めてもコストばかりで恒久的な占領は出来ないし、実乃や定行ら家臣たちも良い顔をしないだろう。だが、隣国である丹後の一色家を味方に付けたらどうであろうか? 一色家は若狭武田に攻められて領土の一部を失い、国人たちに背かれて大半の勢力を失っている。一時守護職ですら奪われていたのだが、将軍家に味方すると誓う事で何とか守護の地位だけは取り返した頃であった。

 

ゆえに国人たちを味方に付け、若狭を叩く為の戦力を欲していた。

そして若狭と丹後の湊を抑えることが可能であれば、日本海側の湊の大半を長尾家で抑えることが出来る。家臣たちも反対しないであろう。もちろん景虎の中の人にとって、将来に舞鶴と呼ばれることになる丹後の湊こそが最重要の目的であった。

 

「ひとまず海路として、保険で幾つか分けて手勢を出す」

「ワシを暗殺しようと狙う者がおるやもしれぬが……」

「それよりも諸大名を警戒させぬ程度に兵では何の役にも立たぬ」

「土地を奪わぬという事と、戦わぬということは同義ではない。仮に将軍家の命があっても五百程度では大した戦は出来まいよ。銭雇いで嵩を増すのにも限界はあろうしな」

 景虎の上洛は複数ルートが検討された。

属国扱いになっている信濃沿い、同盟者である越中から仲直りしている一向宗の手引きで木曽・美濃と通るコース、最も有望なのは海から越前へと渡る海路であろうか?

 

実際にはそれら全てに三百程の手勢を持たせて送り出すことにした。

自身は丹後の一色領に上陸し、後に舞鶴と呼ばれる辺りを見学する予定である。もっとも使者からは色よい返事があったというだけで、いきなり軍勢を連れて乗り込むことなど難しいのであるが。

 

「しかし、湊一つとはいえポンとくれますかな?」

「口の上では頷くであろうよ。若狭武田に領土を奪われているばかりか、国主の地位も危ういのだからな。ただし、口約束など守るに値するまい、将軍家か朝廷に地位を掛けおうてくれれば御の字であろう」

 景虎が本気と知って定行は確認することにした。

確かに丹後と若狭の湊を抑えれば、朝鮮や中国との密貿易をせずとも、北回り航路を完全に支配できる。その利は想像を絶する程であろうし、流通を抑えることで、何もせずとも商人たちが矢銭を収めてくることは想像できたのだ。だが、それは直に報酬を支払ってくれればの話。協力だけさせてお帰り願うなどと、軍師としてはとうてい認可できるはずもない。

 

では、どうして景虎はそれが判っていて実行しようとするのか?

 

「今の話、馬鹿正直に一色殿にだけ話す必要はあるまい?」

「幾人かの国人にワシの後援があると、手紙のみをチラつかせる気であろう」

「ならばその話を全ての国人衆が知っていても構うまいよ。勿論、大樹様もな?」

「何も約定は左京大夫殿と交わすわけではない、一色家と交わすのであるからな。後は国人衆なり将軍家と図って奴の息子の中で、ワシの意図を正しく理解して居る者に継がせればよいわ。とはいえ……銭の流れを何処まで丹後の守護様が理解できるか分からぬのじゃが。案外、ワシの事も越後の国人風情よと見逃すやもしれぬ。それで済むならば、喜んで笑われようぞ」

 正直な話、一色左京大夫義幸を少しも信用して居なかった。

魂の故郷と思ってすらいるイギリス自体が、何度も口約束で他国を動かしている。欲しくもない官位を要請してくれるならばまだ良い方で、二枚舌は当たり前であろう。ゆえにやるべきことは、政治的に嫌だと言えない所に追い込むことなのだ。そもそも一国の権威を取り戻す手伝いとしては破格の取引なのだし、それが嫌ならば断っても良いと告げているのだ。頷いて置いて渡さないというのはありえまい。

 

最終的に景虎は今川家と誼を通じる為、駿河から船を使うコースも含めて千五百を越える兵を京の都へと送り込んだのである。

 

 丹後入りした景虎であるが、予想を反して出迎えられた。

それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。『元』左京大夫にして丹後守護である一色義幸の意向であるのは間違いがないのだが、守護自ら相対して詰問めいた問答をし掛けられたのだから、どちらかといえばマイナス面の方が強いのかもしれない。

 

ただ、義幸の反応を早期に探れたという意味では、メリットも大きいのだが。

 

「管領殿の我儘にも困った物よのう。おかげで若狭や丹波と睨みおうておった。援助を申し出てくれた佐渡守殿にはお礼を言うべきなのやもしれんのう」

(あ、こいつ面倒くさい奴デース)

 景虎の事を弾正大忠ではなく、佐渡守と呼んだ。

佐渡守護を任官した景虎の事を示している筈だが、別に弾正大忠でも良い筈だ。武家の名乗りとしては監査官である弾正の方が通りが良い筈なのだが、基本的にその役職には若手のホープが就くことが多い。せっかく得た左京大夫の官位を管領が別に人物に渡るように指示して、無冠になってしまった事で、丹後守護として後から佐渡守に就いた景虎に年齢や地位の順番なのでマウントを取りに来たのだろう。

 

ただ、名門としては一色家の方が圧倒的に上の筈だ。

長尾家は所詮は守護代であり、関東管領一門を構成する上杉家の家令職の一つに過ぎなかった。もしかしたら、他にも何かプライドを刺激されたものがあったのかもしれない。

 

「それは丹後守殿が景虎の手をお受け為されればの話。この地を無事に平定されればの話かと」

「それよ。儂とて武門の当主。他所者の手を借りて不手際は起こせぬ」

 婉曲的に『邪魔なら帰ろうか?』と告げると義幸は如実に顔色を変えた。

管領である細川派の若狭と丹波からプレッシャーを受けており、縁戚である但馬の山名家もまた頼りない状態である。ここで『帰れ』とは言えないのだろう。国人たちも彼にはまるで忠誠を誓っておらず、景虎の援助自体は喉から手が出るほど欲しいのだと伺えた。

 

では、一体何が不満なのか?

 

「佐渡守殿は一体何を利とされておるのだ? 手を借りてこの地を奪われてはご先祖に申し訳が立たぬ。湊一つであればくれてやろうぞ。だが、それでは割に合わぬのは確実! いかに!」

(あー。軒を借りて母屋を取られるのを警戒してしマシタ? うーん)

 どうやら義幸は状況を過度に捉えているらしい。

確かに湊を口約束で済ませた場合、奪ってから彼の息子にでも渡す気では居た。その時に隠居させたりはするが、別に丹後が欲しいわけではないのだ。それにこんな敵中にあるような場所の切り盛りなど、頼まれても嫌だと言いたい。湊一つならば要塞化すれば守れなくはないが(ローマン・コンクリートの材料を思い出せれば)、一国奪うとか過剰な評価だと言える。

 

ただ、そういうことをやった者はいない訳ではない。

この世界の斎藤利政(道三)は別に成り上がりではないが、それでも守護代が守護を追い出して乗っ取ったことには変わりないし、美濃の土岐家は一色家から養子に言った者がいるので、他人ごとではないのだろう。

 

(悪魔の証明みたいなものデスネ)

(信じたいけれど信じきれない。マイナスの証明だけは可能)

(こちらが相手を説得することが必須であり、義務だと言い張る)

(実に面倒で、それで信じてくれるとも限りマセーン。……ここは色々混ぜておいて、主客を逆転させマスカ。利益が有りそっちの方がより重要だと言えば納得するかもデス。煙に巻いたと思わせないようにしないとデス)

 相手は損得を重視しており、こちらを信用して居ない。

領地だけではなく権威を大事にしており、お飾りではなく名実ともに国主となることに固執しているようだ。だから景虎の協力は喉から手が出るほど欲しいのだが、それはそれとして景虎が親切に声を掛けているとか、湊一つで済ませてくれるというのが怪しいと思っているのだろう。実際……同じような状況であれば、奪うのは簡単なのだから。

 

だが、そうではないとどうやって説得するのか?

スマートな説得は無理だと判断した景虎は、欲望のためのステップでしかないと言い切ることにした。

 

「先左京大夫殿。ワシはな、領地以上のモノを欲している」

「国難を払ったという名誉、銭の遣い切れぬ裕福な生活」

「領地を得るにしても疑い疑う様な場所は要らぬ。誰もが敬う様なやり方でな」

「そのために調べたところ、最近うろつき始めたという南蛮人が怪しいと判った。おそらく日ノ本を奪う気であろう。それに対抗し、彼奴等が奪った場所を取り返して発展させるのじゃ。さすればワシは日本武尊(ヤマトタケル)以来の英雄に成れるし、桃太郎の様に謳われようぞ。こう言っては何じゃが、この地を苦労して奪うよりも、佐渡や対馬のような島を外つ国より切り取る方が遥かに利がある」

 それは名声と利益を正直に口にすることだった。

夢物語にも見えるが、実際に南蛮人が怪しいのではないかと言う声は出始めているのだ。景虎が四大鎮守府の事を詳しくは把握して居ないので、呉や佐世保などを調べていたのもある。また佐渡の地を景虎が奪い、確実に我が物としているのは確かだ。そこは越後に近い事もあるが、越中や信濃を切り取るよりも楽であっただろう。島であるがゆえに収穫がどれほどあるかは分からないが……今後にドンドン増やしていく過程での、練習台としては説得力があった。

 

そしてここに新たな話を付け加えることで、具体性を持たせていく。

 

「甲斐の国に腹っ張りという病がある。こういった疫病がまだ見ぬ地にはあろう」

「その確認のために今では甲斐の統治に協力し、病の根絶に動き始めた所よ」

「これが『泥かぶれ』と呼ばれて居る事、田や水に触らぬ者は無事であること突き止めた」

「そこからワシは水の中に棲む小さな虫が原因であると推測し、それを何とかする方法を編み出しておるところじゃ。同じ経験を繰り返さば、似たような土地でも切り取れるゆえな。どうじゃ、この辺りにも古老が決して近づくなと告げた場所はないかの? そういう場所を何とかすれば、その地の住人は喜んで迎えてくれようぞ」

 まったくの嘘ではないが本当でもない。

だが、この話の良い所は部分的に景虎も部下たちに聞かせていた事だ。また腹っ張りや泥かぶれの症状自体は、実のところ甲斐だけではない。備後の辺りであったり九州ならば筑後川や関東ならば印旛沼の辺りにも存在している。調べればそう言う場所があるし、近づいてはならぬと思われているのも確かであった。

 

この話に評議で聞いたことのある景虎の部下は頷き、一色家でも噂だけは聞いた者は何処か同意したがっているようなところを見せた。

 

「港はその為の物か? じゃが口では何とでも言える。だがその証拠は?」

「最上級の塩を用意した。これはワシがそのような地で財を成すための物よ。これと同じ物をこの部屋に敷き詰めて見せようか? 僅かな領地を奪うのと違い、コレはこれから幾らでも採れる。探せば金山銀山も見つかるやもしれぬ。領国一つ切り取るよりよほどの財、そして島々には限りが無いわ」

 景虎が用意したのはまるでインゴットの様に加工された塩の塊であった。

煮詰めた塩を石臼ゴーレムでゴリゴリと完全に砕かせ、それを改めて分別してから固めたものである。見るからに真っ白なソレが、漆で塗った盆の上に載せて供された。まるで財貨の様であり、これを山ほど用意できるならば……国人程度ならば容易く転ぶであろう。それを隠すのではなく、義幸の目の前で告げて見せたのである。

 

ただ、景虎はそれでは不足だと判断し、更にここでもう少しベットすることにした。賭けであるのだから、賭け金は多い方が実入りが良かろう。

 

「そうじゃな。先左京大夫殿だけではなく、一色家の名前で山名家にも援軍を出しても良い。仮にワシに野心があろうとも、先左京大夫殿が但馬にも影響を及ぼし、大樹様に都の北の安定を齎すと称せばいかがか? もしやすると丹波も切り取れるやもしれぬぞ」

「わ、儂が但馬や丹波を……確かに若狭武田が邪魔をせぬなら……」

 このまま話が進めば、朝倉と連合で若狭を攻める事になるだろう。

そうすれば丹後の国で奪われた場所も取り返せるし、細川家を叩く方針には変わらないので丹波も攻めるのは当然だ。その時に誰がその地を得るのか? 細川に反旗を翻した三好家もいるが、価格的には一色家の方が上である。そして元細川の部下であった彼らより、将軍家にすり寄って丹後守護を取り戻した代わりに、左京大夫の地位を奪われた義幸の方が相応しいと思われた。

 

ただ、そこまで話が進んだにも関わらず疑り深い義幸は尋ね返すことにした。やはり景虎が欲得がないのがおかしいと思うからだ。

 

「では貴殿が望む地はひとまず何処なのだ? 宛もあろう」

「さて。鞆の浦に大樹様の弟君でも推戴するか……あるいは肥前の半島なり対馬でも良いかと考える。あの辺りは群雄が割拠して居るでな」

 ゆえに景虎は素直に呉や佐世保の事を答えた。

欲深い男には欲得がある方が通じるからだ。平家が栄えた鞆の浦や、大宰府より西の地は確かに海運の象徴であり、特に肥前の半島……平戸の辺りには南蛮人が居るという。景虎の言葉には首尾一貫性があり、そこまで調べている事から、さしもの義幸も納得したのであった。

 

こうして一色家という陰謀相手と同盟を組んだ景虎は、都の北を切り取る準備に掛かったのである。




 と言う訳で今回はタメ回です。
最初の鎮守府である舞鶴を西部侵攻の為に、佐渡を隠された造船用に。
ひとまずの目標として、呉や佐世保を狙うと明言する形になります。
まあ……平戸では南蛮寺問題が起きてたり、毛利家は立て直しのために動いてる所ですが。
(天文十九年ごろで、大内家は文治統治で問題を起こし、もうすぐ反乱が起こるところです)

●景虎の国力
土地。越後・佐渡の開拓中、二十万石 → 三十万石ほど。
影響。東越中・信濃・甲斐北部。庄内平野・丹後(いまここ)
湊。北日本を中心に、北回り系の航路を抑えた所。舞鶴湊の設営開始(今ここ)
船。大型船としてジャンクの研究開始。ジャンクは竜骨があるタイプと無いタイプがあり、時間が掛かる物と思われる。
財。最上級の白塩。佐渡の鉱山の拡充開始(いまは銀だけ)。北回り商船からの矢銭。

とりあえず、こんな感じですかね?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。