マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

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禁断のエスカレーター的解釈

 大寧の変という、マイナーな大事件が起きた。

どのくらいマイナーかというと、戦国大名の話では軽くしか説明されない割りに、もうちょっとで本能寺の変に匹敵するくらいには大事である。大内氏が応仁の乱を制した最終勝利者であり、国力も豊かで中国とも『正式』な交易を行い、自身が上級貴族である公卿に列せられており、避難していた数名の公卿ごと謀反で死亡したという事件であった。それ以降、正式な貿易は終了し、日本では製造できない綺麗な銅銭を手に入れられないという追撃もあったという。

 

今回の焦点となる『呉』獲得と合わせて、問題としては国人たちの意識と縄張り問題がある。しかし読者の方々には馴染がないと思うので、現代における禁断の花園的な概念(レズが一般的な学園物)で翻訳してみよう。

 

(この世界の大内さんも陶も女性武将デスカ。実に百合デスネ)

(伝統あるエスカレーター式女学校におけるレズの王子様が大内義隆)

(一方の陶隆房は、副会長と風紀委員長と体育会系部活のリーダー)

(たった一回の大敗北で、それまでの体育会系路線を捨て、突如、文科系サークルのお姉さま方に傾倒してしまう。これは戦争デスワー)

 大内義隆と陶隆房(晴賢)は同性愛者で、痴情のもつれと愛情への過信が背後にある。

義隆は何度忠告されても隆房を信じ続けたり、隆房は隆房で戦闘重視の経営を見限った義隆が悪いと信じ、『自分の理想のダーリン』を追い求めて監禁しようとしたとされる。最終的に決裂して殺そうとし、そうはさせまいと自決している。もはやドロドロのメロドラマの行く末と言う感じであろう。

 

この件に絡んで、サクっと無視されるのが路線変更問題だ。

 

(文治派に舵を切り、新生徒会が主催するサロンで主導し始めマシタ)

(方針転換を伝え、様々な政策を打ち出し、文化活動は大きいデスネ)

(中でも重要なのが、地位の取得とその権威での裏付け攻勢デース)

(朝廷から該当地区の長官や、有名な指導者が歴任した地位をもらってから権威で従えマシタ。事実、大内義隆は敗北後に最大の版図を築いて居マース。これは今まで反抗的だった国人たちが従った事も大きいデスヨネー。なので、義隆が文弱になって大内家を弱くしたという論法は違っているのでしょうネ。費用だって、そう言う方針でいくと説明している筈だったのですから、『想定通りなら』問題なかった筈デス)

 要するに、戦国ゲームのごとく中央集権で富国強兵をやったのだ。

国を富ませてからその収益で兵を増やし、工作資金で敵を寝返りさせ、危機が悪いと朝廷にもお金を出して権威で殴る。この辺はノブヤボとかやってたら良く判る話だが、『まず防衛策で、余裕があったら領土経営。その金で強くなる!』という路線とあまり変わらないのだ。つまり机上の空論の段階では義隆の手腕は見事ですらある。

 

問題なのは、机上の空論が上手く行ったら世話が無い事だ。

 

(問題は今まで体育会派閥が幅を利かせ予算を握ってた事デスネ)

(当主の命令を無視。今まで通りの予算を組んで、指示は税を追加して解決)

(国を整えるくらいなら戦力増強に使うし、茶会をして外交で脅すより殴って解決)

(その結果が『重税』であり、お互いに『奴らは信用ならん』と反目したのが致命的デスネ。ちょっとずつ実行して、次の世代で成し遂げれば歴史は変わっていたかもそれません……無理カナー?)

 良くある話だが、国人たちは独立君主が利益のために従っているだけである。

それが中央集権で兵力や金を中央である山口に集め、そこからの命令で諸国を切り盛りするとか言われて従うわけが無い。上納金なんて存在しないし、あったとしても守護代の中でも有力者である隆房に相談して、『敵を倒すために使った』事にしてもらえばそれで終了なのだ。その上で、要求が満たされて居ないから上納金ではなく、臨時税を貸して送っている。

 

こんな二重態勢で、似て非なる命令が繰り返されて居たら齟齬が出るし、全ては『大内家の命令』として出ているので、当主である義隆がすべて悪いことに成ってしまうのである。まあ、命令を徹底できてないとか、そもそも金の流れを把握して居ないとかその辺から問題なのだが……この時代は金は汚い物であり、理想的な武士は関わらないから仕方がないね(なお隆房も理解して居ないので、後で困ることになる)。

 

(ここでの教訓は、自分は注意しましょう。国人はクソ)

(命令ははっきりわかりやすく、みんなの前で)

(伝えていたとしても無視して『努力したけど出来なかった』と誤魔化す)

(報連相なんかしないし、大切な情報は不都合だと思ったら握り潰すし、縄張りの中では好き勝手にやってるってことデスネ。やっぱりあの連中は信用なりまセーン。思い出したら腹が立ってきマシタ)

 景虎は思い出しムカツキしながら、これからの事を考える事にした。

越後でも信濃でも、ちょっと伝えたくらいでは無視するし、皆の前で伝えて重要だと言っても出来なかったことにして、命令する方が悪いとすら言う。ゴーレムだって頭を下げて借りるまでは良いのだが、指示と違う事ばっかりして自分がしたい事だけするし、何かあったらぶっ壊して『あの傀儡の性能が悪いですな。使えませぬ。あのような物に頼ってはなりませぬ』などと言うのだ。それこそ、工事用で貸しているのに、領地のいざこざで戦力として消費してしまう事すらあった。

 

ともあれ、強権を手にした景虎にはもう関係ない話だ。

突然怯えた家臣がムギャオーして反乱し『敵は毘沙門堂にあり!』などと言われないようにしておけば良い。

 

(狙うはレディースの小早川隆景。そして、その両脇デース)

(毛利元就とは争うべきではありまセン。あくまで協力するだけデース)

(彼が今一番欲しいモノを用意するとして……隆景さんをさきに調k……略デス)

(そのためには……というか、一番欲しいのは呉鎮守府の候補地。先にいただいてしまいましょうかネ。その後で追認させるべきデス)

 重要なのは、この時代の呉は田舎である。

大内水軍として行動していたが、陶に攻められて陶と秘かに同盟していた毛利の小早川を頼って、嫌々ながら吸収されたりしている。決して望んでいるわけではないが、対等でもないし仕方ないと言えるだろう。村上水軍の一部が毛利家に従ってからは更に肩身が狭くなるのだが、それはもう少し先の話である。

 

そして、そんな状況だからこそ景虎にも呉を手に入れるチャンスはあると考えたのである。

 

(フフフ。良いタイミングで問題を起こしてくれましたネ)

(というか、まさかここまで国人たちが傍若無人とは思いもしなかったデスガ)

(その辺りは隆景さんに同情しておきましょうカネ。問題は……)

(どうやったら、話のテーブルに載せられるかデース。真面目に考えたら話に乗るべきデスガ……それで済むなら大内家は滅びている筈がないデスシネ)

 国人たちについて現代で説明すると判り易い。

既に聞かれなくなった番長や影番が存続し、バイクに乗った暴走族と住み分け、大人に成ったら半グレ集団になってヤの付く自営業はそれはそれとして存在している。そういう状態で言う事を素直に聞くかというのと、縄張りに余所者が入ってきたらどう扱うかを考えてみて欲しい。他人を見たらドロボウだと思えどころか、飢饉で食えなくなったら食料がある所へ奪いに行く、税が払えないならお前ら盗賊になってでも収めろと言うくらいには身勝手なのである。

 

当然、彼らが身内の問題なんか上に語らないし、表面化したら適当なパシリに押し付けて首を切る(物理的に)というものだと思ってくれれば割安いだろう。

 

(あ、良い事を思いつきましたネー)

 そんな中で忍び達からの手紙を見ていた景虎は、トントンと机を指で叩きながら何事かを考え始めるのであった。

 

 呉の具体的な話に入る前に、毛利水軍である小早川の話をしよう。

この時期の小早川水軍は各勢力を『喰い』、三倍ほどに膨れ上がった勢力を消化している所であった。おりしも小早川隆景は本拠のある三原から、竹原に来ていた。養子に入った小早川家の分家を取り込み、一体化して小早川軍と水軍を造る過程である。そこの若い息子を婚約者として、がっちり監禁して居るので隙は無い(なお、大内義隆に百合の手ほどきはバッチリと受けた模様)。

 

そんな中で不本意な報告を受け、怒鳴り散らしたいところをかろうじて抑えることに成功していた。

 

「越後屋なる商人が『後ろ』を呼び出しただと?」

「はっ。西の者がたいそうな勝手をした件で、官位持ちを呼んだとのことで」

「なんでも薄利多売とやらで参入した商人どもが目障りになり、掛け買いを古い徳政の書を見せて帳消しとし、その上で段銭を貸したのだとか」

 隆景の元にやって来たのは地元や、東の神辺領主たちである。

彼女からすると取り込んでいる最中の土豪たちであり、特に竹原小早川家ゆかりの地元の水軍衆は重要な相手だ。神辺も西国街道沿いの要衝であり、尼子家に寝返った山名理興を攻めて奪ったものの、こちらに従った者の中にはその一族もおり、手懐けている所であった。彼らを消化しきって取り込まねば、一つの軍としては到底使えまい。

 

要するに、彼らの話を無視してはいけないという事になる。

この当時の国人たちは好き勝手にやっており、彼らを保護するのも仕事の内だし、かといって西(呉周辺)の者どももまた配下としたばかりで何が起きているのか良く分らないというのが正直なところだ。

 

「はっ! 他所の商人が信用出来る者かよ。理屈をつけて奪ったのであろう?」

「西の水軍衆の中には商売をしておる者も居た筈じゃ。商い事など放っておけい」

「ですが本山からの書も携え、徳政免除の令を引き合いに出し争うておるとか」

(妙だな。私でも知らぬことをどうして東の者が知って居る? ふむ……)

 地元の者は相槌を適当に打つが、身勝手なのは変わりがない。

どちらかといえば西の者の弁護に近いくらいだ。場合によっては竹原の者も同じような事をしたかもしれない。この時代の水軍は海賊でもあり、通行税を取り立てて水先案内人をしているのだ。金持ち相手ならば高くせしめることもあるし、都で徳の高い寺がバックについていると、通行税を取れずに泣き寝入りすることもあるのだろう。

 

その話を聞いて納得しかけた隆景だが違和感を覚えた。

この時代は情報遮断が当たり前ではあるが、察することは不可能ではない。だが、それにしても話が早過ぎるし……特に東の神辺の連中にとってはどうでも良い筈なのだ。場合によっては東の連中は何かの代価で交渉を……いや、そこまで段取りを踏んでいるならば、竹原の者も金くらいは積まれているかもしれない。そう考えることができる程に、隆景は謀略の神と呼ばれた元就の血を引いていた。

 

「その件は後で良い。それよりも村上を抑えることを優先し、東の青景殿とも連携する。個別に詳細を詰めるゆえ、後で参れ」

「「はっ」」

 隆景は察したものの、口には出さずその場は流した。

その上で三原・竹原の者は村上対策で、東の者は備後差配人として神辺城以東を支配している青景隆著(陶家に寝返り済み)との連携を行うとして、個別に事情聴取と必要ならば根回しをする事にした。この手の推理は表に出すモノではなく、裏で秘かに進めて一気に対処する物だからだ。

 

そして何より重要なのは、毛利家は大内家での謀反では陶家に着いたが……大勢が固まり次第に陶家を謀反人として反旗を翻す予定だからである。青景隆著に異変に気が付かれては困るのだ。

 

 

「それで……何処に頼まれた? 金如きでそなたが動くはずもあるまい。山名理興か? それとも陶殿か?」

「……ご本家にございまする。ゆえあって小早川家に協力せよと」

「なに? 但馬の山名本家か?」

 隆景はある程度の証言を集めてから東の者を個別に呼び出した。

暗殺を狙っているわけではなく、情報を吹き込めば良いと言われたようで、他の者の前ではなく個別に会う事でメンツを守ってやったのだ。もちろん顔色を窺い真意を読むのに、個別の方が良いし、もし暗殺する場合もこの方が楽だかあらである。

 

だが、神辺の領主であった山名理興ではなく、大元の山名本家であるとは思いもしなかったのだ。

 

「報酬は『腹でっぱり』の対策と、合わせて領地の干拓資金と言われて断るに断れませなんだ。申し訳ありませぬ」

(それほどの報酬を約束して、話を吹き込んだだけだと?)

 腹でっぱりというのは、神辺周辺で見られる奇病である。

田仕事を続けてると腹が膨れる奇病であり、呼吸や血流が悪化して死んでしまう。飢えで腹が膨れるのとは違うため、食事を採らせても薬を飲ませても祈祷しても駄目なのだ。その対策法に加えて、干拓資金を出すと言われたら断れるはずもない。何しろ神辺周辺は街道沿いで平地も多く良い場所なのだが、湿原も多いので困っているのだ。しかも田仕事で腹でっぱりになるということは、水ないし泥に触れたら駄目だという事。あの辺りの土豪が断ったらむしろ一族の者に殺されるであろう。

 

カンの良い読者の方以外にも、そろそろご理解で戴けただろう。

腹でっぱりとは、甲斐で見受けられた『腹っぱり』『泥かぶれ』と同じ病なのだ。その正体は寄生虫であり、この地方ではおそらく隆房病とか陶病と呼ばれることになるかと思われる。

 

(破格過ぎる。それでいて我が家に協力せよだと? 山名は何を考えておる)

(小早川のみならず『毛利』を潰したい? いや、それならば陶を動かせば良い)

(ならば利用したいということか? 陶と対決することを知っており、その間に?)

(いや、それならばむしろ兄上の吉川家を動かしたい筈だ。山名は尼子に押されて因幡を失いかけておる。いまさら備後に手を出せる筈もない。となると山名は頼まれただけ。村上を牽制したい……三好か大友あたりか)

 隆景は数少ない情報で限りなく真相へと近付いた。

奇妙な病であろうとも、都から来た官位持ちの武士かそれなりの公家ならば知っている可能性は高い。そこまでは容易く想像できるとして、ただこちらに協力するなどあり得ないのだ。ならば毛利を強くして得るモノがあるのは、今のところは陶討伐・尼子討伐に関わる連中だ。山名家が直接に関わって居れば尼子対策であり、その場合は吉川家になる筈。それゆえに山名家はあくまで仲介であり、持ち掛けたのは三好家なり大友家ではないかと思ったのである。

 

もちろん大まかな流れは正しくとも、黒幕が今は田舎である呉が欲しいだけの景虎であるとは思いもしなかったのであるが……。

 

 やがて隆景は一向宗の仲介で景虎と会う事になった。

安芸門徒はかなり強い勢力だが、加賀や三河程に制御が効かない訳でもないからだ。彼らが場所を提供し、第三者として互いの安全を保証すると言われたら仲介に感謝して話だけは聞いておくべきであろう。すくなくとも一向宗の顔に泥を塗って無事な勢力は居ないのだから、その点だけは安心できる。

 

なお、この頃の隆景は勝手極まる国人衆に嫌気がさしていた。

姉の毛利隆元が大内義隆の文治路線を部分的に引き継ぎ、『書面での約束くらいは守れ』と腐心している気持ちが判ってきたところである(なお、そんな隆景でも銭勘定は苦手と言う辺り、この時代の武士は金回りが上手くない)。

 

「貴殿が越後谷とやらの『後ろ』か?」

「左様。越後の住人、長尾弾正大忠景虎と申します。よしなに」

 景虎を一目見た瞬間、隆景は背筋に冷たい物を感じた。

自分よりワンランク上の武将……どこかの国主であるか、それに準ずる武士だと把握できてしまったのだ。少なくともこんな交渉の場に出てきて良い存在では無いだろう。こんな相手と話せと言われたら、息まいていた国人たちが逃げるのも仕方がない。なにしろ隆景ですら『貫目』が足りないのだ。身分的にも地位的にもオーバーキルであろう。

 

ただ、そういった緊張を覆い隠し、そして外に向ける胆力を隆景は持っていた。謀神と呼ばれた男の子として、いつか自分も交渉の場に立つ気であったからだ。

 

「しかし、奇妙な文机と床机ですな。それに銀盆とは」

「これはテーブルに椅子と言うのですよ。南蛮寺を参考にしました」

 景虎が何か持ち込んでいたのは知っていたが、座る物であったとは。

ただ、板の上に座るよりは、椅子なる物の上に腰掛ける方が安全で腰を痛めないのは確かだ。それにテーブルなる足の長い文机は面積も広く、書面を載せて話をしたり、食事をするには向いているように思えた。そして南蛮寺の様式と言えば、大内義隆に可愛がられていた(意味深)当時に話だけは聞いたことがある。確か違和感もあるが、意味の知見も多かったとか。

 

やがて取っ手のついた茶器に赤い茶が二つ注がれ、『好きな方を』と差し出される。毒などは入っておらず、不信感を抱かせない為であろう。

 

「随分と奇妙な茶会だ。それほどまでに南蛮好みで? 亡き御屋形様も喜ばれよう」

「どちらかと言えば警戒心ですな。一向宗が可愛らしく見えるような強欲であるとか」

 知識自慢がしたいのか? と問えば、その逆だと景虎は返した。

まあ紅茶をキメようと日本茶を強引に似せたので、南蛮好みかと言えばその通りであるのだが、この後の話に繋がらないからである。そして一向宗の方が話が分かると告げれば、隆景も何となく南蛮寺の危険性に想像がつく。最初は優しい事を言っておいて、土地を寄進したという理屈で、金を貸して奪っていくのであろう。例えば景虎が真似をして、呉周辺の土地を抑えたように。

 

隆景の言い様は不作法であるが、景虎は景虎でかなり不作法だ。なにしろ金を貸して土地を奪う準備をして置き、その上で土豪たちが強引に徳政令だと言い張った所で、一向宗の力を借りて徳政令の免除の話を持ち出したのだから。土地を寄進するという約定を破棄しても良いと持ち掛けて来たそうだが、非礼以外の何物でもない。

 

「それで……長話をするような間柄でもないでしょう。要件は?」

「私が欲しいのは島の方ではなく、陸の方でしてね。それも湊一つ普請したいだけです。南蛮寺への警戒と、西国への足掛かり……そしてこの周囲の平穏の為にでござる。小早川……いいえ毛利家には安定して戴かねばならないのですよ」

 隆景が直球で投げると、景虎も直球で返した。

それどころかど真ん中の火の玉ストレートであり、明らかに危険極まりない話をオブラートにも包まずに投げ返したのだ。一触即発どころか、この場で部下を呼んで切り捨てられても不思議が無いくらいである。

 

だが、隆景はそうしなかったり大きな『利』にも気が付いた。

水軍衆は島の方を重視しており、呉自体は交易地でしかない。水軍衆が守るのに向いているのは島であり、行き交う船から徴税するのもまた島の方が楽だからだ。陸にある湊は徴税権を武士は基本的に持たない事から、この時代はそれほど重視して居ないのである。清盛時代の大きな港にしない限り……という限定であるが、景虎はその大きな湊にしようとしているのだろう。だが、何のために? そして得るために何を提供しようというのか?

 

「安芸と備後の二国を下さると?」

「いいえ。大内家の代わりに西国の盟主と成れる様に大樹様へ掛け合いましょうぞ。陶を討つための大義名分もついでに」

 隆景は毛利が既定している路線の追認かどうかを確認する。

安芸と備後だけならば、おそらく確実に奪える。問題なのは、その後に陶と対決して勝てるかどうかなのだ。果たして景虎は大義名分を用意すると言っており、将軍家からの陶隆房追討令……ソレさえあれば陶が味方に付けた国人衆もこちらに着くのではないかと思われた。

 

こちらに与える『利』としては確かに十分だ。

博打で勝つために努力している所だが、保証となり得る。その保証があるならば切り崩せる可能性は高まるので、喉から手が出るほど欲しいのは確かであった。だが、迂闊には頷けない。もう一つ、確認せねばならない事があるのだから。

 

「話は理解した。では、貴殿の得る利は? その、保証は? 善意だけを信じる程に甘くはありませんぞ?」

「これは手厳しい。では、こちらを御覧じろ。まずは腹でっぱりの対策から」

 隆景は景虎にも相応の利があり、確保する計画がある筈だと問うた。

なにしろ、毛利を大きくさせて恩を売ったとしても、こちらはそれを反故に出来るのだ。恩など無視して、それどころか陶を動かした黒幕だと言い募っても良いくらいだ。将軍家はこれまで大きな大名同士を争わせているし、大内家も尼子を使って疲弊させている。最終的には自爆したわけだが、尼子に負けなければこうはならなかっただろう、その意味で、景虎の話は甘過ぎるのだ。

 

景虎が自らの利益を得るために、理想以外の確かな『利』を得て居なければ嘘であろう。そのくらいで無ければ信用できないし、こちらが反故に出来るように……何らかの策を練っている可能性もあった。例えば三好と大友を使って挟み撃ちにする裏の提携などだ。

 

「腹でっぱりと同じと目される病を、既に甲斐で対処しておりまする」

「かの地を干拓し、川の流れを変えて、川に住む怪しげな虫を始末」

「開拓も含めて、この景虎で無ければ叶いますまい。その後の保証も」

「神辺の地で虫が始末されるまでの間、採れた菜や豆は景虎が買い上げましょうぞ。それで油を造れば元は十分に取れる。彼らと一向宗がこちらにつくならば……失礼ながら、毛利家が何を言おうと、真実は曲がりません。嘘を言えというのではなく、真実を保証するだけですので。これが第一の利と保証でござる」

 以前に、一色義幸に詰問された事もあり、景虎は既に予想していた。

ゆえに幾つかの『利』と名目を用意しており、神辺周辺の土豪たちを味方に付ける手段を用意していたのだ。ちょうど甲斐の国で同様の病に対策していたこともあり、土豪たちが要求するならば連れて行って対処を見せることが可能である。更にゴーレムを使えば湿田を干拓し、田畑に変えることが出来るのだ。それを一から人間がやるのは難しいが、景虎ならば簡単な事である。それらの保証も甲斐で既にやっている為、証言くらいは幾らでも可能なのだ。

 

その上で、当然ながら利も保証も一つどころではない。

 

「景虎が望む二つ目の利は、大いなる名誉。三つ目は実質的な拠点」

「南蛮寺は天竺の一部や、琉球の遥か南を征服したと報告があり申す」

「その対策として日ノ本大都督の地位を得る事、仮に征伐するならば我が」

「甲斐や神辺でそうする様に、この景虎ならば佐渡や対馬のような島であろうと開拓が可能でござる。こちらで争う場所を奪うよりも、よほど簡単。まあ、それ以前に大きな湊があれば大きな戦船や交易用の船を揃えることも、途方もない矢銭を得ることも可能でしょうな。必要ならば、開発中の銅張り鉄甲船を融通しても構いませぬぞ」

 この時代は権威主義であるので、名誉は重要だ。

そこまでの地位に上り詰めれば、官位だって公卿に匹敵するだろう。実際には彼らの下に付けられるであろうが、景虎は公家になるつもりはないので十分だ。そして大きな湊を幾つか奪い、そこに軍艦や商船を幾つも派遣すればそれだけで何でもできるのである。少なくとも、村上水軍と交渉するのは容易いであろう。そこまでいけば、水軍に関しても彼らは景虎を裏切れないのだ。

 

そこまでやったら、小早川水軍も奪われるのではないか?

そういう危険性もあるが、大将が部下を常に支配する必要はない時代だ。それこそ守護代として小早川家が扱われれば、水軍はそのまま保証されることになる。景虎だって、越後が本領なのだから何時までも居ないであろう。それを考えれば、隆景と景虎は手を組めると言えなくもない。

 

「対馬……なるほど、博多と合わせればたいそうな利ですな。ですが、足りるので?」

「そうですな。尼子を貴殿らが叩くなら、美保もいただきましょうか。美保が駄目ならば隠岐を。博多が無理だというならば……まあ、こちらで肥前を切りとるだけの事。かの地では既に南蛮寺に寄進しておるとか。それ以上は許すわけにはいかぬでしょう」

 博多は大内が抑えていたが、現在では大友が狙っている。

陶を滅ぼしたら毛利も向かうつもりだが、そこまで言われたら確かに『利』が無いとは言えない。九州の玄関口である門司を抑えるくらいならば行けそうな気がするが、博多を手に入れられるかは怪しい所だ。それも景虎が協力すれば可能になるかもしれないが、維持するにも力と大義名分が必要である。その伝手で大友家に大義名分が下りないようにすれば、確かに毛利家が抑えられるし、景虎の力を借り続ける必要が出て来るのである。

 

その上で、景虎は第二案も用意している。

対馬・隠岐・肥前の湊町を抑えれば、博多や美保(島根)を毛利が欲しがっても構わない。そちらはむしろ遠すぎるので、毛利家には不要とも言える。そちらで良いと断言しないのは、やはり博多や美保の湊が魅力的であるのだから、交渉次第と言った所であろう。少なくとも隆景はそう判断したのであった。

 

「納得いたした。しかし、あの地に大きな湊ですか。清盛公以来ですな」

「名前は既に決めてあるのですよ。先ほど日ノ本大都督と例えましたが、三国の世の『()の国』と、あの地を囲む九つの峰を引っかけて、(くれ)と呼ぶのです。呉鎮守府とでも呼びましょうか」

 こうして二人は手を組み、毛利家に陶家を倒させる計画が始まったのであった。




 呉を調べたら、この時代には大したことが無い状態です。
毛利水軍である小早川家は、いきなり三倍になって吸収してる所。
そして呉の地自体は大したことが無く、周囲の島々の方が有効で
厳島で戦った挙句に、陶家に負けて一部は小早川が吸収中。なのでこうなりました。

なお、この当時の毛利元就は超人的な策謀をやっています。
大内家をバックに、吉川家と小早川家内部を粛清して戦力を一本化。
陶家と手を組んで大内義隆側の国人を倒し、その後に陶を大内家への謀反で倒し……と、次々に乗り換えて強大化してます。そして、尼子内部を揺さぶって、内部対立中に切り取るとか。まあ、逆に言えば、その手前ではあんまり強くない訳で、ここでも武田攻めと同じく事前段階でのちょっかいになります。

●腹でっぱり
 日本住血吸虫は甲斐だけではなく、東広島でもあったそうです。
そして、そこは小早川家の東の端。ちょうど切り取った所ですね。
つまり、景虎の力を借りると、小早川家と毛利家は数か月分の戦略を一気に推し進められます。
陶に負ける可能性が減り、博打しなくても勝てるかもし得ない。というところですね。
こちらでは隆房虫とか陶病と呼ばれるでしょう。

●利と保険
 一色義幸のところで、理想論だけでは話が通じないと知ったので
天丼回避で理論を用意して居ました。
もし毛利隆元なら、商売の話だけで通じた筈ですが(文治派だし)、実は元就も隆景も理解して居なかったそうなので、その為の説明用ですね。丁度良いので、ここでも日本住血吸虫の出番です。
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