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景虎は佐渡国で色々と準備をしていた。
西国に関しては毛利次第なので、将軍家に『陶隆房追討』の大義名分を用意してもらえば後はすることが無いというのもあるだろう。むしろ、次に攻める場所の準備中というところだ。
ただ知見次第で一足飛びに進むモノもあれば、段階が必要なモノもある。
例えば米を増やすために良い種籾を選ぶために、『塩水選』というモノがある。これは稲は中身がスカスカであったり、詰まっている物との差が激しい。コレに『塩水は軽い物が浮き易い』と言う知識を提供してやれば、割りと早い段階で普及できる。一番問題なのは『都合よく思いつけるのか』とか『高額な塩を使ってまですることではない』ということだが、この時期の佐渡島には人が多く、塩水で米を炊く事もあるから、そのうち誰かが思いつくだろう。
「ようやく完成したか。見事」
「はっ。櫂を自ら漕ぐ船、完成にございまする」
佐渡国ではゴーレムを使った船の研究と鉱山開発をしている。
鉱山の方は露天掘りで一気に話が進んだが、船の方はそうはいかない。『オールを漕ぐだけのゴーレム作れば、勝手に進むじゃないマリー』と思いついた物の、左右のペースを合わせたり、そのペースを変える方法を編み出し、互いのオールが邪魔にならないようにするのに時間が掛かったのだ。こればかりは試してから失敗と言う過程を経て、その対策を行いさらに試して修正する……という作業が必要だからである。
そういった苦労を行うのに、親族へ善意で伝えてしまうような場所では出来ない。敵国のスパイが入り込むかもしれない事を考えれば、猶更であろう(なお、スパイの方が比率が低い当たり、この時代のモラルは緩々である)。
「軒猿を発展させたものゆえ『海猿』と銘付ける」
「猿と言う訳ではないが、見ざる・言わざる・聞かざるという」
「一つ一つの知見を検証し、省いたり足してみよ」
「更に陸へ上がる時に、速やかに乗り降りする様な梯子を『熊襲猛』を参考に付け足せば、もっと良い物が出来上がるであろうな。いずれにせよ良うやった。関わった者みなに褒美を取らせようぞ。秘密を黙って置く為の誓詞の分も含めてな」
ここまで来るのに時間が掛かった理由は幾つかある。
試して実行するだけならば、虎千代と呼ばれた時代から可能であった。だが、景虎となってさらに国主と成って以降は、開発にそれほど時間が掛けられなかったのだ。そこで傀儡師を雇ったり、手元に居る学者を志す子供たちに術を教えたりで時間が掛かったのだ。そこから親兄弟であろうと情報漏洩は禁物であること、その代りに多額の報酬を与える事など誓いあってようやくスタートだったのだ。
そこから何度も失敗を繰り返して、ようやく完成にこぎつけたと言う訳だ。
「承知いたしました。皆も喜びましょうぞ。この船はいかほど揃えますので?」
「いや。あくまでこの船は勢いが必要な時用だからな。基本は大型船で移動となろうよ」
担当者の言葉に景虎は内心で首を傾げる。
結局のところ、自分で動く船と言うのは早々使わないし、秘密も多い。余計な事をするよりも大型船と共同作戦を組んだ方が早い事もあって、取り回しがし易い状態で改良をするだけの方が早い気がしたのだ。実際、大宝寺家に中国からジャンク船の中古を手にいれるように伝えており、到着したらバラしたり組み上げたりして、自分の所でも建造できるようにするつもりであった。今から着手しても、不要になる可能性があると判断したのである。
陸戦でもそうだが、この時代の戦いは『戦機』の読み合いになる事も多かった。相手が本気で無いタイミングで、こちらが全力をぶつけることが出来れば結構あっけなく勝てる物だ。海戦に関しては暫く数の勝負になるだろうし、セイロン島へ向かうまでに完成させればよいと思っていたのである。
「大宝寺と船大工次第であるが、ひとまず銅張り鉄甲船の旗艦を『金剛』、大型輸送船を『毘沙門』と銘付ける予定じゃ。その方らはこの『海猿』をしかと使い物になるように励んでくれ」
「はっ! お言葉のままに」
こうして船に関しての準備が着々と進んでいくのであった。
銅張り鉄甲船の二番艦『比叡』を抑えた後、三番艦を小早川水軍へと供与。最大四隻を建造した所で、そこにゴーレム技術を持ち込んで『金剛改』という風に段階的な導入計画を進めていく。もちろんその時にゴーレム技術は自分たちだけが独占する心算であり、金剛改以外は戦艦での自動航行など備えない予定である。
なお、技術の進歩と傾向の違う概念は想定を覆すものである。
後に竜骨を用いたジャンク船を手に入れた事や、唐時代の外輪船の設計図を手に入れたことで計画は大きく狂うことになる。水車を動力とするパドルシップを景虎が思い出したことにより、戦艦である金剛級はともかく、毘沙門以降の大型輸送船の計画はガッタガタに崩れ去るのであった。
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暫くして西での工作が耳に入った。
毛利家がとうとう陶家との対決姿勢を取り、追討令は一時的に隠して、寝返りそうな連中だけに見せているとの事だ。その辺りの塩梅は勝手にしろというところだが、景虎が周囲で何もしていない訳ではない。
神辺周辺で行っていた寄生虫対策に紛れ、とある工作を実行したとの報告が入ったのだ。
「厳島に『堆肥』が密封されて送られたのだな?」
「はっ。専用の傀儡に入れ、小屋の中に移しております」
「合わせて虫殺しの薬と、硫黄に墨粉も持ち込みました」
「ただ……陶家が気が付かぬなどと言う事は無いかと」
この時代、人糞を発酵させて肥料にしている。
だが寄生虫が人糞を媒介にしている可能性を指摘すると、甲斐や神辺では使わなくなった。代わりに山の落ち葉であったり、油カスを混ぜ合わせて肥料にしている。今は食糧難の時代ゆえに干した魚を肥料になどしていないが、将来的にその辺りも考慮に入るかもしれない。
だが、そんな事を景虎は全く気にはしていなかった。
人糞が危険だと判ったことで、堆肥を移動させるという事が口実として利用できるからだ。島で隔離して実験……と言う言い訳も、何処の島でも良いのに、あえて厳島で大々的に行う事に重要な意味がある。
「殿。……失礼ながら堆肥はともかく、硫黄とやらに何の意味が?」
「蒙古が襲来した時に、法力が不得意な連中は『てつはう』なる代物を使ったとの事じゃ。瓶に入れて投げれば、少しばかり破裂する程度の武具ではある。ただ……海での戦や、城攻めでは大きく話が変ろうな。小石なり銅の欠片でも仕込めば無数の傷がつく」
陸の戦ではそれほど意味が無かったという。
少し驚いたという程度だが、ちょうど馬に乗っていた連中は大変であったそうだ。ただ日本では下馬騎兵または長弓騎兵が普通なので、白兵戦を挑む場合は馬から降りる。最終的に対策が速攻で取られ、矢盾を構えて飛び込んだら終了と言う微妙な兵器扱いだったらしい。
だが、景虎の話では海戦や城攻めで大きく話が変るという。
「なるほど! 確かに船戦や篭城では場所が狭うなり申す。避けることもできませぬ」
「その事に陶が気が付いてしまうのでは? 毛利めに忠告をした方がよろしいかと」
「それよりも、その様な武具を毛利如きに作らせて良いので? 裏切るやもしれませぬ」
「たわけたことを。この話は陶の耳に入れてやって初めて策が成り立つのだ。『厳島で毛利必勝の策が練られている。完成の暁には陶など一捻りよ。晴れた日ならいつでも勝てる』と耳打ちさせるのだ。するとどうなる?」
家臣たちの進言に景虎は不敵に笑って返した。
ブリカスを標榜する彼女が、その様に底の浅い策を立てる筈がないではないか。立った者は親でも使えと言うが、敵も味方も利用するために存在しているのだ。自分たちの都合が良い様に、動かすために『火薬』を製造させているに過ぎない。
そう、この話は最初から罠なのである。
「てつはうとやらは晴れにしか使えぬ……ならば……」
「陶は大雨……いえ、いっそ嵐を突いて進軍しましょうな」
「完成する前に最低でも破棄、上手く奪えれば我が家の勝利と全軍を……まさか!」
「そうだ。何時来る、何処へ来る、そして何をするかが全て判って居るのだ。毛利に誰も付かずとも陶に大勝できようぞ。後は軍が再集結次第に周防や長門、そして筑前や豊前に進軍するであろうな。我らはそれに合わせて博多や平戸を奪う。大雨程度であれば別だが、嵐の日ならば推測が出来よう」
厳島で大戦が起こり、そこで陶の大軍が壊滅する。
毛利家はそのように動くであろうし、嵐の日と言う判り易い区分があれば、遠方でも把握できる。最初に『嵐が着そうだ』という報告を舞鶴で受け取り、嵐が去ってからか、『毛利が周防を攻めた』との続報を聞いてから出撃して良いのである。周防と長門を攻略し、そのままの勢いで門司を渡り豊前や豊後に進撃するであろう。
景虎たちは彼らを囮にして、悠々と海を渡って博多を攻め落とせば良いのだ。表向きにはまだ大内家側だが、クーデターを起こして公卿を殺した陶隆房追討令が出されている。何時でも攻め落として良いのである。
「それと先ほど口にしていた毛利への懸念じゃがな」
「てつはうに使うという『火薬』はまだ未知の部分が多い」
「腹でっぱりの地で得た人糞を利用して居るし、穢れは疫病にもつながる」
「ワシとて傀儡を利用すれば安全と思いつくまで、試そうとすらと思わなんだくらいよ。完成して効果があると判るまでは、精々毛利に頑張ってもらおうではないか。我らはそれまで今まで通りに法力や矢で戦を起こし、意味があると知れば何食わぬ顔で利用すれば良い。そも、瓶に入れ火を点けてて投げたら破裂する……どうしてそうなるのか、そこから何につなげれば有益なのかすら判って居らぬでな」
この世界では魔法が存在するので火薬研究が下火である。
魔法を苦手としていたモンゴル軍が大々的に研究した他は(シャーマンは居るらしい)、市政の魔術師を魔女狩りと称してかり集めた欧州で多少開発された程度である(魔法の一元管理を目指して居たらしく、途中で元の流れに戻るルネサンスが来た)。どんなふうに使えるのか微妙であり、景虎としてもゴーレムは無関係なので、あまり利用する気にはならなかったくらいである。火薬は『厳島の戦い』を意図的に引き起こす程度に過ぎなかった。
「それよりもじゃ、各地から佐渡へはどうであった?」
「何度も舞鶴と往復しておりまするが、問題ありませぬ」
「越中や出羽でも順調ですぞ。大宝寺などは下げ渡しを何度も頼んだ程にござる。断るのが大変なほどですな」
枇杷島定行や本庄実乃は各地の湊を回っている。
軍監や普請奉行という差はあれど、それぞれの役目では往復して行う任務があるからだ。実乃などは勝手に調略を進めている様な気がしてならないが……ひとまずゴーレム技術を勝手に渡してはいないという報告が、素破たちからも上がっているので処罰はしていない。いずれ職務を取り上げるか、別の任務を与えるとしても、今はその時ではあるまい。
それよりも、景虎は火薬などよりも余程に重視している技術があるのだ。
「夜間。水の中ともども、人とは異なる『眼』を持っているのは確かかと」
「よろしい。今後はその精度を高め、初めて参った海でも、己が何処にいるのか、船底を擦らぬようにする工夫を積むとしようぞ。さすれば広い海を越えて、何処の土地なりと切り取れる」
景虎が注目したのは、ゴーレムの魔法知覚力である。
目も耳も無いゴーレムがどうやって周囲を把握しているかと言うと、基本的に魔法能力の延長で把握しているのだ。鷹の目・魚の目どころか人間の達人にも及ばないが、それでも夜間に周囲を見たり、水の中で水深を図る事が出来る。特に重要なのが、人間と違って昼間に太陽を見ても目を傷めないし、ボンヤリとした星の光を見てくれることだ。人間の場合、そういったモノを見ても適当に処理してしまうのだが、ゴーレムは杓子定規なのである。
そう、景虎が狙っているのは六分儀・水深探査機・羅針盤などの研究にゴーレムが使えないかなーというものであった。現代技術程に優れてはいないが、一つでずっと太陽を追い掛けさせ続け、別の一つで北を把握させ続ける……そういった工夫で出来上がる物もあるだろう。
●今週のゴーレム
『金剛』
長尾弾正景虎が最初に建造した銅張り鉄甲戦艦。
技術検証艦の意味が強く、様々なゴーレム機器を艦橋に搭載している。
火薬の研究を後回しにしていたこともあり、ルソン海戦に勝ちきれなかったのだが、条約をこの船で締結することになった。その時に日本脅威のメカニズムに驚いたイスパニアは、『猿の文字は人間の文字ではない』と条約を破棄して強引にこの船を奇襲して魔法で撃沈した。初代軍師である枇杷島定行は、イスパニア人を信じてそんな事態を引き起こしてしまった事を恥じ、二番艦『比叡』で火船戦法を断行。炎上する比叡と引き替えに、イスパニア艦隊を道連れにしたとの事である。
なお、ヨタ話としてその事を知った景虎は激怒し、二代目軍師に収まった松永久秀に命じ、信貴山級火船『平蜘蛛』を建造し、セイロン島沖での海戦で大爆発を起こさせたというお伽話が存在する。新造艦としてはゴーレムが櫂を漕ぎ主砲を備えた『金剛改』の研究がされており、混同された物と思われる。
『毘沙門丸』
楯艦と呼ばれる防御用の船を二艘揃えた、三胴の内輪型輸送船。
毘沙門天の三叉戟をモデルにしているとされる。いわゆるパドルシップとして本船の両脇にゴーレム水車を幾つも備え、それを回転させて移動する。その両脇に浮きであり楯として縦長の船を配置し、その上に板を渡して巨大な甲板を配したという。正面にも板を付けた為、パドルは傍目には見えず、同時に波の影響を抑え目にして概要でも使用できたとの事である。ちなみにヨタ話で出て来る『信貴山』は、魔法技能で負けている日本が劣っている部分を火薬に求め、その輸送に使っただけで、特に新造艦ではない。それは独特の毘沙門堂と呼ばれる施設で確認できるとの事。
今回は技術更新と『厳島の戦い』に関しての話です。
やっておかないと、九州に移動したり、フィリピンやセイロン島に行けませんしね。
●『厳島の戦い』
日本三大奇襲の一つ。安芸の宮島に陶家二万を呼び寄せ、三千で打ち破った。
その大敗で陶隆房は自害するのだが、その話にもっともな噂を付け足した物。
火薬製造で一番危険な疫病・誤爆をゴーレムなら安全にできる……とは思いつつ、他人にやらせる外道。
そして何より、「毛利が一発逆転の策を思いついた! 厳島がキーで、取られたら負ける!」なんて怪しい噂が史実では流行ったそうだが、そこに技術的な証拠を付け足した物。
『船におけるゴーレム技術』
勝手に動く・知覚が人間とは違う・感性や飽きっぽさも違う。
という所に目を付けて、「ずっと北を見つめるゴーレム」「太陽を追い掛け、見えなくなっても、予測位置を見続けるゴーレム」などを組み合わせて位置を把握している。そこから「あれ? ゴーレムって魔法知覚なんだから、水中とか暗視とか昼間に星を見ても目が痛まないんじゃあ?」と後から気が付いて、徐々に更新中。