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小田原城攻防戦の最中、横須賀鎮守府造営が始まった。
海軍拠点となる湊を設営しつつ、魔法による冷凍庫を建設。そこに食料を運び込み必要なら何年でも攻城戦を続けることが可能。仮に北条家が和睦できたとしても、これほどの規模で造営した湊を手放すことなどあり得まい。
集った諸将はその事を理解すると、景虎を裏切ることなく攻城戦を続けた。
「北条新九郎氏親にござる。我が父の首持参いたしました。必要ならばこの首も落とす所存」
「不要。それよりも顔色が悪う見えまする。医師を呼びましょうぞ」
北条左京大夫氏康は憤死同然に自害した。
全ての罪を自分で背負い、一族に罪はないと腹を切ったのである。これを受けて降伏を行った長男の氏親は青い顔をしていた。父親の死を見届けただけではなく、彼自身が病に侵されて居たからである。
しかし氏康の死を見届けた景虎は遺恨はないと全てを許した。
それどころか良き医師を氏親の為に手配し、史実では早死にする予定の彼は生き残ることに成った。変わって次男の松千代丸(後の氏政)は人質として将軍である足利義藤の元で過ごすことに成ったのである。
「和尚様。本当にこれで良かったのでしょうか?」
「さて。意地を張るよりもお家の為に成ったのは確かかと。拙僧の見立てでは何十年か後に北条家は血を残さず絶える可能性があると見ましたので。それに比べたら未来は明るいでしょう。明より昔のもろこしでも降った王者を遇する方はおられましたしな」
氏親の言葉に見届け人である太原雪斎は笑った。
転生者疑惑のあるこの男は、いち早く今川治部大輔義元を説得。景虎率いる平定軍へと協力させたのである。これにより遺恨の合った河東群のみならず後ろを取られた北条家は、後援者を無くして追い詰められる形となったのである。だが、同時に景虎の勝ち過ぎを牽制する為に、義藤と交渉して北条家を残存させたのであった。
この功績により今川家は百万石の大名として後の歴史に名を刻み、北条家は二十万石ほどながら生き残りに成功したという。
「弾正様。これより何処を攻められまするか?」
「日の本では戦はもうおしまい。そのように将軍家より出される法に従わぬ者を討ちまする。そして今は国力・技術力・法力を高めるべきでありましょう」
雪斎禅師の言葉に景虎は本心を語った。
戦の無い日本を作る。その事は彼女の『目的の一つ』であった。そのことに嘘はなく、四大鎮守府というトロフィーを手にした彼女にとって、次の目標は日本統一RTAではないのだ。
だが、黒衣の宰相と言われ更に後の世では転生者疑惑を持たれるこの男は違った。あまりに強烈な景虎のやり口に畏れすら抱く者が居る中、平然と『その次』を聞いたのである。
「なるほど。では国を富ませ、兵を強うした行き先はなんですかな? よもや朝鮮、明、はるか天竺へと至るつもりでは?」
「和尚様も異な事を。朝鮮や明に攻め入る意味などありますまい」
富国強兵の果てに何を行うのか?
その問いに対しても景虎は真摯に答えた。史実を断片的にしか知らない中の人も、流石に朝鮮や明を攻めようとした豊臣秀吉の事は覚えている。だから『そのルートでは』インドを攻めないと言い切ったのだ。ついでに言うとインドそのものも攻める気などはない。
ついでに言うと、そのル-トで攻める場合には『大義名分』が存在しないのである。
「では乱世が終わり、外つ国を攻めずしてその力は何のために? まさか自ら天へと立つ気ではありますまいな?」
「それこそまさか。そうですな、日の本の民が奴隷として外に売られているとか。それを取り戻す旅に成りましょうか」
史実に置いてこの手の話は中央を担う大名にも届いていた。
だが、戦いで勝利した側が人質を取り、払えぬ者を売り払って戦費を調達するのは当然の事。基本的には取り合わぬままに過ぎて行ったのだ。しかし、史実に置いて秀吉からはその考えを改めている。外国船が奴隷売買の為に日本を訪れている事、彼らと持ちつ持たれつの関係にあったイエズス会がその尖兵として働いている事を重視したのである。
そして、その意味に置いて既に景虎は証拠を探していた。
もっとも、それらの中には自ら借財や故郷の為に売り込んだ者も居たり、待遇に不満があると反乱を起こされるので、良い扱いをしたという返事もある。だが、重要なのはそこではない。
「天竺を船で攻めるおつもりか!」
「左様。既にルソンやシャムへの道筋は開けておりまする。博多の大商人たちを始めとして商人の一部が以前より訪れており、根来衆や雑賀衆は護衛として参加しておったそうです」
景虎が高額で召し抱えた伊賀忍者たちがようやく到達した。
あまり知られて居ない話だが、今のフィリピンであるルソン島やタイであるシャム国などに交易路が普通にあるのだ。それこそ平安時代後期から奥州平泉と中国南部との交流があったように、商人たちの意欲は果てしないと言うべきだろう。
そして景虎は、重要極まりない機器をようやく開発していた。
「不可能ですぞ。そのように遠方を攻める兵力など……」
「いえ、それも調べました。ルソンには五千、天竺の藩属国には三万ほどとか。それと、大軍を送り込む為の『指標』も用意してござる」
景虎が取り出したのは、直立する円筒状のナニカであった。
もちろん大人の玩具ではない。三つの円筒が積み重なり、それぞれ別方向に回転している。そして刻まれている紋様と文字を見れば、それが天体を示している事に気が付く者も居たかもしれない。
その姿を見た雪斎禅師は驚いたような顔をした。
「まさか、それは宝……」
「きわめてよく似せていますが新造ですよ。周の文王が授かった指南車をご存じか? これはそれを再現し、様々な機能を付記した物。太陽や星、あるいは島々であったり水平線を参考に場所を図る機械でござる」
別々の方向に回転する円筒は、それぞれにマークがある。
ある目標を設置すると、そこをずっと人形サイズのゴーレムが睨むのだ。常に同じ方向であり、速度を図るゴーレムもおり、それらと図り合って現在位置を参照する。概ね太陽であったり北などを固定目標とし、旗艦や『先遣艦』もまた目標とする事が出来た。
もはや方角を図る指南車どころか、アンティキティラの機械あたりのオーパーツである。羅針盤や六分儀じゃいけなかったのか……と問われたら中の人が構造を知らないから無理であり、古代の宝貝を元にロマンで完成させる方が早かったという。
「現在、コレを簡略化させた『指針』を所定の湊に運んで居るところです。日の本を一周する間に必要な経験は得られましょうぞ」
「そうか……四大鎮守府。その為でもあったか」
流石に景虎も実験無しにこんな機材を使う程甘くはない。
これまで四大鎮守府を得るため努力したのも、日本各地で行動するためだ。そしてその四つの湊は全て景虎が直接仕切っている。高速船も完成させており、今は船乗りを鍛えている最中でしかない。
驚く雪斎ではあるが、そこは黒衣の宰相。
素早く頭の中でソロバンを弾くと、景虎の計画には実現性があると判断した。それと同時に、直接この計画には乗るべきではないと理解していたのである。
「御屋形様に釘を刺しておきましょう。乱世は手じまい、これより平和な国にすべきであると」
「それが良かろうかと思いまする」
要するに、もう戦争はしない方向で家臣団の整理を行うのだ。
大兵力を持って居たら疑われてしまうし、日本統一が見えているならば家臣団の一部を帰農させるなり、一部は家中の有力者を小大名にして分藩すべきだと計画を立てる。あえて景虎の計画に相乗りして博打を打つ事は無い。むしろ、国内統一とその後の政権運営に協力的姿勢を見せ、足利家の分家である事を示すべきだと素早く計画を立てて行った。
景虎としても和尚の思惑は推測の内であった。
だが、船頭多くして舟が山に登るとも言う。出資者を増やすよりは、国内を安定させて面白い所で呼び戻される未来を嫌ったのである。
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景虎の計画そのものは妥当な物であった。
現時点では基礎技術が西洋に大きく劣っているので、段階的に引き上げて対抗していくという富国強兵策。植民地に回されている将兵はに弓箭である為、個人個人の強さや武将の質では大きく上回っている。もし計画通りであれば容易く勝てたかもしれない。
だが、平戸の南蛮寺で見つかった手紙の控えが全てを大きく狂わせたのである。
『おおよそ日の本という国の民は善良にして勤勉です』
『今までに発見された東洋の人々の中では奴隷として最良の資質を持ちます』
『名誉に大きな関心があり、上下関係にさえ注意を払えば、文句も言わずによく働きます』
おおよそこんな手紙が保存されていたのである。
外国へ船で赴くと大変であり、そもそも手紙そのものが長文である。予備の写しが必要だったのは間違いがない。
「これは本当なのか? 流石に……」
「伴天連の教えに関心のある和田殿には申し訳ないが、真実であろう」
「このままでは収まるまいな」
実際には翻訳する呪文を使っただけで、原文の全てがそうではない。
だが、端々にそのような事を伺わせる文章はあり、複数名の手紙を合わせるとそのような文例が幾つも散見されてしまう。特に重要なのが戦闘奴隷になった日本人の戦闘力は極めて高いという評価もあった。本国から遠い事もあり、日本人奴隷を集める様な指示も出されていたようだ。
幕臣たちはせっかく平和になる流れであり、将軍家の力も強くはない。
できるだけ穏便に済ませる手段を模索したのであるが、肝心の南蛮寺の本拠地である平戸からこのような手紙が発見されたのだ。どこに連絡を取り、誰に仲裁を頼めば良いか判らぬままに、将軍である足利義藤が知ってしまったのである。
「日の本の民を奴婢として扱うなど許せぬ!」
「聞けば外つ国では寄進した大名に与力してその地を奪っておるとか」
「遠からず日の本にも攻め入る心算であろう! 将軍として見過ごせぬ」
「ワシは元寇における執権たちの失敗を踏襲しようとは思わぬ。先んじてコレを討ち、隷属させられた国々を解放。そして彼の地を復興させるために、与力を遣わすものである! 日の本の危機である、全ての諸大名は争いを止めて助力せよ! 話聞かぬものは、外つ国の前に日の本の全軍を受け止めると」
史実でも、少ない情報と正義感に動かされた義藤である。
この紛れもない証拠を見つけて激昂しない訳がなかった。史実でも勝てないのに宣戦布告するとか暗殺を嗾けているのと、それほど変わりはないのだろう。即座に日本全土に戦争停止の令を出すと、出兵する大名や、それを援助して物資を提供する者たちを呼びかけたのである。
状況を悪くしたのが、彼を唯一宥めることの出来た人物が景虎だけであるということだ。対等に話をするだけなら剣の師である塚原卜伝も居るが、彼はまるで止める気が無かった。それどころか儂より強い奴に逢いに聞くと、既に越後入りして渡航準備を始めたとの事である。
「時、ここに至っては是非もあるまい。大樹様の命によりルソンを電撃的に落とす! 先手大将は柿崎和泉守景家、軍監は宇佐美駿河守定行とする! 増援もまとめ次第に送り出す。ぬかるな!」
「「はっ!」」
景虎は錬成中であった艦隊を派遣することに決めた。
旗艦である金剛山や二番艦である比叡山の銅張鉄甲船を主力とする艦隊である。これらはオールと帆柱のみをゴーレム化したテスト艦であり、これらのデータを踏まえた新型艦を建造中であったという。パドルシップである毘沙門級三胴艦が完成したのはもっと後の事であり、ルソン沖海戦で勝ちきれなかったことに影響しているのかもしれない。ルソン島こそ攻略したものの、イスパニア軍の魔法攻撃で少なからぬダメージを受け、更に和平条約破りの奇襲で金剛山を撃沈されたという。
と言う訳で日本は平和になりました。
小田原城は開城し、戦争は終わるはずでした。イエズス会で妙な手紙が三使える前は。
そしてこの手紙の翻訳文を見た義藤(義輝)さまは激怒、史実の三好攻めに匹敵するグダグダした海戦の勃発です。