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天文十八年から十九年にかけて景虎は様々な準備を始めた。
西においては越中を貫く大街道を整備し、さらに各地の港を拡充。そして朝倉と誼を通じて加賀の一向門徒との和議を斡旋した。このことで陸を通って都を目指すルートと、いったん海へと出て越前から上洛する二つのルートを得たのだ。
これは商売の上でかなり利得のあることであるが、同時に上洛に際して待ち伏せが難しくなったことを意味したとも言えるだろう。
「管領家からの許可が出たか」
「はっ。上野に続く大規模な整備を行っても構わぬと」
「よろしい。工兵の投入のみならず、必要とあらば術者を集中的に投入せよ」
「「はっ!」」
同時進行ながら注力したのは三国峠の街道開通である。
御仏の加護で剛力を持つ者や、闘気魔法の素質で岩すら切れる者。あるいは四大精霊系の中で土魔法を覚えた者など、様々な術者の雇用と長期育成に大金を投じた。工兵の大規模投入に合わせて、大軍が通れる道の整備を試みた。後の歴史家は魔法を大々的に使ったこの工事が、治水工事の基礎となったという者も居る。
「足軽に限らず侍に限らず僧に限らぬ。景虎の声を聴く術者は全て集え」
「三国の峠を十年・二十年かけてでも大きな道とするのだ」
「まずは滑落せぬ確かな道、工作兵が寝泊まりし、小荷駄で荷を下ろす『駅』からだがな」
「ガハハハ! 商人どもがその道を使わせてくれとせがむのが見えるようですわ」
景虎の意図は関東管領を救援せよとの上意に従ったものだが……。
金庫番である大熊朝秀にとっては嬉しい悲鳴である。長尾家の手元資金から相当な金が動くのだが、同時に利便を図ってくれと言う者が増えると予測していたからだ。常識的な範囲であれば景虎は関所を特に廃止しなかったため、それほど安くはなって居ないが、だからこそ献金は捗る。
「朝秀。金に糸目はつけぬ。ゆえに坂東へも、加賀へも道を通せ」
「坂東への金が大きいからと言って、実乃への金を止めるなよ」
「承知しております。儂としては本庄殿に含む所はありませぬからなあ」
不遜な表情を浮かべているが、経済観念を理解する景虎を朝秀は買っている。
それゆえに素直に従っているのだが……彼と本庄実乃は相性が悪いのだ。現代で言うと大熊大蔵大臣と本庄建設大臣とで、新幹線やら色々な利権で争っていると思えば判り易いだろう。
「判って居れば良い。しかし商人か……越後から商人も増援も来るとなれば管領殿も息を吐けるか? 足りぬならば塩漬けの魚と酒を持たせて増援を増やせ」
「既に長野殿が走り回っております。当面は計画通りで問題ないかと」
山内上杉家が本拠としている上野は内陸である。
後北条を名乗る伊勢氏に押されまくっており、戦闘面もあるが経済面でも傾き始めていた。今は過去の備蓄や権勢もあるので大丈夫だが、少しずつ衰退していくのは確かであろう。
「政景殿に幾人かの将を付けまする。適度に派遣と交代をお願いしたい」
「それと伊勢は強い。ゆめゆめ油断なさるな。大切なのは皆じゃ」
「坂東の監視は任されよ弾正殿。油断もせぬし越後の将を無駄死にはさせぬ」
上田長尾家の当主であり、姉婿の政景に景虎は関東方面を任せた。
援軍として派遣する諸将の上に置き、交代制で上野と故郷を行き来できるようにしたのだ。無論そのメンバーは非常時の大規模な増援でもあった。後北条が史実よりも強大な事もあり、単独で送られる将が嫌がる事を予想できたのもある。
そう、この世界では後北条の動きが史実よりも早い。
魔法が存在することもあり、死期は同じでも初代早雲や二代目氏綱の健康状態が良かったのだ。古河公方の内紛に付け込んで、偽者ながら関東管領を名乗るのも早かった。面白いのは強大であるだけに山内上杉家も扇谷上杉家も警戒しており、長野業正を部下の上泉信綱と共に奮戦させているなど健闘に含めれば、プラスマイナスではあまり変わって居ない所だろう。
「留守居役は和泉守に任せる。政景殿のほか藤資や実乃とも良く計らうように」
「はっ!」
春日山城に詰めて越後を統制するのは柿崎和泉守景家だ。
腹心の中でも武闘派であり、何かあれば攻勢面の強い対応をせよとの覚悟であった。そして現在の揚北の主将は中条藤資であり北の守りを任せている。三国方面を統括する長尾政景と、越中方面で普請をしている本庄実乃と合わせれば越後の全軍を動かすことが出来た。
「山吉兄弟は加賀に潜って彼らが何を欲しているかを探れ」
「景虎らは陸を進んでいると思わせるゆえ、何かあれば原二郎を経由し差配してやれ」
「「はっ」」
山吉孫次郎豊守と山吉孫四郎景久は加賀潜入組である。
景虎に背格好が似ている垂水源二郎が影武者として陸路を進むのに合わせて、一向宗が欲しがっているなら金銭やら食料を手配することになって居た。もちろん一向宗も一枚岩ではないので、分裂して越中を襲う様ならその報告も役目であった。
「かくが如き旅を発する。諸将は越後を良く守る様に」
「「「はっ!」」」
こうして景虎は船で越後を発った。
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そんでさー! 上洛の途中でとんでもない出逢いがあったのね♪
自分の目が信じられないとか、耳が信じられなくなるのは久しぶりだわ。グンバツのイケメンとか渋みタップリのロマンスグレーのオジサマならたくさん見て来たんだけどねえ……。アレは凄いわ。
「太閤殿下。この度はこの老骨の為にご足労いただきまして、誠に忝く」
「ええんやええんや! 宗滴はんは都の北を支える大事な御方」
「ワシが出張るくらいは何でもない。それに宗滴はんはよーけ銭くれるさかいな!」
(何だろう。この四コマ劇場は……)
いかにもザ・老将! という感じのおじいちゃんを貧乏公家が治療している。
恐ろしい事に、この冴えないオッサンが先の関白。今は太閤を名乗る御人と言うのだからビックリ仰天だよね。しかも天才的な肉体操作系魔術の使い手というのだからニ度ビックリ。
「もちろん承知しております。お包みいたしましょう」
「ごっつうありたいで! 金がないのは首が無いのと同じやからな!」
(何を見せられているのかな? 私、必要なのかな?)
どう見てもギャグ漫画の一ページなんだけど、偉い人たちなので逃げれない。
あ、宗滴さんってのは逗留している朝倉さんちのおじーちゃんね。凄い人で私達、越後勢の饗応役もやってもらってるんだ。問題なのは宗滴おじーちゃんの持病が悪化したせいで、この太閤様を呼んだってわけ。
「……僭越ながら。茶料の件もあります。何かの縁、此度の一切をこの景虎に負担させていただけませぬか?」
「弾正殿は出来たお方ですな。しかしこれは当家の失態ですぞ。気になさるな」
「いえ。この景虎は日ごろ『勝てば良かろう』などと申す無作法者。宗滴翁の御教授なくば、恥ずかしくて京に登る事も出来ませぬ」
なんというか宗滴おじーちゃんが凄いのは礼儀作法に茶の湯まで達人な事。
正式な作法は京都で誰かに習うとして、予約した日までだけど、おじーちゃんに色々教えてもらってたのね。いやーお茶の作法なんて幼稚園の時代に習って以来だもん、ロクに覚えてないんですけどー。懐かしいな~。天人共に仰ぎ見るとか唄いながらお茶してたような覚えしかないもん。
「いやいや。武将たるもの、それが最も重要なのですぞ」
「景虎殿。武将という者は犬チクショウになったつもりで勝利に邁進するのです」
「その言葉、まさしく。御仏に逢えば仏を、修羅に逢えば修羅を斬るでございますね」
「……ところで、こちらの御方。さぞや尊い方とお見受けしますが、ご紹介に預かれば幸いです」
思わず武将談義になりかけたけど、重要なのはそこじゃない!
さっきの貧乏公家……じゃなくて太閤さんの話。はっきりいうと、こちらから話しかけるのは不作法な訳よ。適当な話の上で、『どうか紹介してください』とお願いして、向こうに認めてもらうまでは、これだけ身分差があるとお互い空気のような物なのよね。偶然を装って出逢うなんて馬鹿馬鹿しいけど、それがルールなんだってさ。
で、別に急いで知り合いにならなくても良いんだけど……。
それを許さない事情があったのです。いやー。思わず生唾ゴックンなんてしそうになって、笑顔で呆けそうになるような子は久しぶりに見たね。前世でもTVの中に出て来る合唱団でチラっと見たくらいかな。
「おもうさま! お命を繋ぐ御仏の技。流石でございますね」
「茶々や! なんてええ子なんやろ! ワシはワシは、とても嬉しいで!」
「……おもうさま。こちらのお姉さまはいかなる御方であられるのでしょう?」
「おう。そうや。その件があったな。宗滴はんに紹介してもらおうかいな」
向こうの方でも同じようなやりとりしてるんだけど……。
ここに超ビックリの可愛い子ちゃんが居るのね。戦国時代のど真ん中じゃなければ、秀吉と淀君じゃないかと思うくらいの超絶プリティ! いやー眼福とはこの事よ。清少納言の気持ちが判るわ。
「太閤殿下。こちらは大樹様の上洛令により、越後より駆けつけたる弾正少弼にございます」
「弾正殿。こちらは先の関白にして今はゆえあって若隠居されておられる九条様である」
「掛かる尊き御方にお目もじ叶いましたこと、この長尾弾正少弼景虎。光栄の極みでございます」
太閤さんへの紹介は説明口調で、私へは偉そうになっている。
これは私をベースにしたわけではなく、エライ人である太閤さんの視界に『偶然』私が入ったから解説してるわけね。そんで太閤さん側には挨拶をする義務はなく、こちらはただ声を掛けるだけ畏まらないといけないって感じ。まあ正五位下でしかない弾正少弼と従二位の関白を比べたら当然なんだけどさ。
「おう! 金持ちで般若湯で有名な毘沙門弾正やな。なら割引きいらんやろ。な宗滴はん」
「ははは。お手柔らかになされるとよろしかろうと。弾正殿も畏まってござりまするぞ」
(いや。このバイタリティ、圧倒されるんですけど。まるで公家と言うか大阪商人よね)
グイグイくる太閤さんは治療代金の値上げ交渉を始めてしまった。
おじーちゃんとしてはどうでも良いはずなのだけれど、顔合わせのために利用されたのは判っているようだ。いい加減にしろよと援護射撃してくれたみたい。でもまあ、こっちの言う事を聞いてくれる我儘な人は嫌いじゃないな私。何のかんのと言って煙に巻いて、話聞かない人よりはよっぽど大好き。
「おもうさま……」
「おお! 茶々や! 泣かんといて。なっな? ワイが今紹介してくさるから」
「この子はワイの猶子(養子)で茶々や。証如はんの息子やで」
「本願寺の……。お見知りおきくだされば幸いです」
あまりのショックに思わずさっきと同じ返しをしてしまったじゃない!?
男の娘ってのは別に良いのよ! だってこんなに可愛い女が居るわけないっていうか、この時代は死に易いからゲン担ぎで女の子の格好してる子は結構いるもんね。そうじゃなくて……本願寺のお子様ってのが問題なの。
ぼく、本願寺光佐ろくさい……アリね!
腐女子とかオネショタの気持ちが思わず判りかけたわ。まあその両者の気持ちで行き来する程度には、どっちにも染まってないんだけどさ。
「かまへんかまへん。ワイらはあくまで宗滴はんの治療に訪れただけや。なあ茶々」
「はい! 茶々と仲良くしてくださりますか、弾正様?」
「それはこちらからお願いします。田舎者ゆえ粗相があるやもしれませぬが」
「堅ったいやっちゃなあ。せやさかい遥々越後からきんさったんやろけど」
なんというか非常に砕けた太閤さんと、とっても可愛い茶々君なのでした。
っていうかー。自分の名前を一人称にしてるんだよ!? あざと可愛いっていうか……。これは耐えられないよね。もし一人だったら転げ回ってたと思う。二人だったら色々危なかったと思うね。私、自分にショタのケが無くて本当に良かったと思う。
こう言う感じで越前での数日間を終えた。
予約していた期日が来て、山吉兄弟たちと合流して私たちは京都を目指す。もちろんだけど、コレは波乱万丈の京生活の始まりに過ぎなかったのです。
謙信様には違った初期ルートが二つあります。
一つは険悪だった関東管領である山内上杉に喧嘩売って南下する事。
もう一つは上洛の際に行き帰りや現地で協力した一向宗との手打ち。
(この時期の一向宗は、実は政治に寄り添っているので大人しい)
このストーリーではそのBプランを採用しております。
というか、史実をなぞるだけでは面白くないですしね。
●人物紹介
『朝倉宗滴』
越前の九頭竜と呼ばれるドラゴン繋がり。
戦闘狂という意味で景虎さんの大先輩。ボンクラと言われた義景は年下の後輩になる。
『九条種通』
人呼んで飯綱太閤。つつましい京都人であるのに……。
「もしかしたらワイ、魔法を極めたかもしれん!?」と手紙で報告する酔狂人。
貧乏な生活を苦にして暫く京都を離れていたり、本願寺の人たちを養子にした経歴がある。
魔法系の加護つながりで景虎の大先輩にあたる。
『茶々』
未来の本願寺顕如。恐ろしい事にこの幼名は史実通りである。
お稚児さんかと思う程の超絶美少年だが、本願寺の跡取りを『掘る』様なツワモノは居ない。
オマケ1。剣聖・上泉信綱
登場して居ないが信綱には剣聖の加護がある。
しかし多勢に無勢、彼が居ないところで攻めまくられて山内家はピンチです。
オマケ2。北条綱成・福島勝広兄弟。
登場して居ないが北条が有利な原動力の一因。この世界では史実と違って双子であり
兄弟の間でテレパシーが通じる、武将に使わせてはいけないタイプの御仏の加護がある。
「剣聖が出てきてないから戦ってるんだ」
「出て来たら即撤退! 死ぬぞ」
と言う感じで、上泉さんの出番は以降ないものと思われる。