K2×ウマ娘短編集   作:ウマの骨

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・ウマ娘アニメ2期後。K2は278~300話の間。
・和久井譲介視点。


明日をかける

”トウカイテイオー奇跡の復活!”

 

N県T村。診療所隣接の居間にはテレビの音声が鳴り響いていた。

 

「おや、有馬記念の再放送ですかな」

 

と執事の村井さんが微笑む。

 

「すごい話題でしたからね」

 

看護師の麻上さんも話題に乗った。ウマ娘レースは一大娯楽だ。

特に年で一番大きい有馬記念は村でもほぼ全員が見ているだろう。

村には何人か引退した競技ウマ娘の方が在住していて、僕も必要な時に往診している。

 

「ウマ娘が複数回の骨折から復帰し、大レースを勝つのは事情に珍しい。大変なリハビリを超えたことだろう…」

 

珍しくK先生もテレビの方を見た。白衣に包まれた精悍な顔が真剣な眼差しを送る。

先生は別分野でも一流の人には敬意を払う。ましてや治療とそのリハビリを膨大な回数見送ってきた側だ。見方も変わるのだろう。

 

「…」

 

僕は黙ってお手伝いのイシさんに作ってもらったタンドリーチキンを口に運ぶ。

復帰は素晴らしいことだが、年末から先このレースの映像が飽きるほどテレビで流れていた。

もうあまりコメントすることもないのだ。

テレビの内容は彼女の所属するチーム、チームスピカの紹介に移っていた。

重賞レースを勝利したメンバーを複数人含む華々しいメンバー。僕とは似てもつかない表舞台で光を浴びるウマ娘たちだ。

 

「あら、譲介くんもトウカイテイオーのファンだったかしら」

 

僕がテレビから目を離さなかったのを見たのだろう。麻上さんに声をかけられた。

 

「いえ、ファンというわけでは。少し興味があるだけです」

 

誤魔化す。テレビの向こうのアスリートが嫌いだと言って食卓の空気を壊す気は無い。

 

僕は和久井譲介。屈指の技術を持つ医師ドクターK、神代一人先生の元、この村の診療所で医者の修行をしている。

孤児院出身で、闇医者に拾われたおかげでこうしているが、表舞台で輝く人間にはどうしても苦手意識を持ってしまう。

考え込んでいるとベルの音が鳴った。

 

「あら」

「電話ですね、僕が取ります」

 

ちょうど電話が来たのを口実に麻上さんを抑え、席を立つ。

 

「はい、T村診療所です。はい、はい…?分かりました。先生に代わります」

 

僕が振り向くとちょうどK先生が立ちあがる所だった。用件を伝えて受話器を渡す。

 

「どうしたの?」

 

麻上さんに聞かれて、僕は少し言い淀む。

 

「それが、以前手術をした病院からの患者紹介なんですが…」

 

”トウカイテイオーさんの、メジロマックイーンのために走った、というメッセージに、全国から励ましの手紙が届いています!”

 

横から聞こえた声に、画面に目をやる。

丁度、今も怪我と戦っている、というトウカイテイオーのチームメイトが写っていた。

芦毛、凛とした顔立ち。最新の画像には膝に装具をつけ、足を引きずる様子。彼女の前に並べられた手紙の山。

 

「ウマ娘のメジロマックイーン。彼女の治療をK先生に相談したいと…」

「えーっ!」

 

麻上さんの声が診療所に響き渡った。

 

 

 

電話の数時間後、高価そうな車が診療所の前に止まっていた。

 

「メジロ家執事です」

「メジロ家主治医です」

 

名前も名乗らず、その役職で説明が済んだというように二人の男がK先生の前に座っていた。

一般的な執事というイメージがそのまま出てきたような正装白髪の老執事さんと、白衣を着た中年男の主治医さん。

落ち着いてはいるが、K先生を見る目には熱を感じた。僕はこの類の目線を何度も見たことがある。近しい人の病気を治すため、藁にもすがろうとしている人の目だ。

ただ、比べると執事さんの方は少し目に迷いを感じた。なにか事情でもあるのだろうか。

 

「こちらが、お嬢様の検査結果です」

 

主治医さんがカバンを開き、机にカルテと透けた骨の画像が出される。患者の脚部MRI図だ。K先生の後ろから僕も覗き込む。

 

「左脚繋靭帯炎…。かなり重度のようだ」

「その通りです」

 

靭帯部には黒い影が確認できる。カルテに書かれた症状と合わせても繋靭帯炎の可能性が非常に高いだろう。

 

ウマ娘の繋靭帯炎は膝近くの靭帯が骨と摩擦を起こすことで炎症を発する病気だ。軽度であれば日常生活に問題はないが、長距離の走行で強い痛みを発する。

悪化し、重度となれば関節や骨にも影響を及ぼし、歩くこと自体に支障がである。治療にも数ヶ月から1年以上の時間を要し、再発の可能性も高い。

屈腱炎と並び、ウマ娘にとっての癌と称されることもある、避けようがなく大きな病気だ。

 

僕は頭の中で治療方法を考える。軽度の場合であれば水冷、固定、抗炎症剤投与の後、安静を保ち、自然治癒を促進させることが一般的だ。

しかし、自然治癒の場合は復元した靭帯が弱くなり、再発してしまう可能性が高い。さらに今回の場合、角度を変えて映された患部はかなり侵大していた。

これでは不自然な形で自然治癒してしまう可能性も高いだろう。そうすれば前のように走ることは不可能だ。

 

「発見が遅れたのか、かなり重症化しているようだ。膝を曲げる動作で痛みが発生しているな」

「はい、…発覚後、少し無理をされたようで。系列病院からは外科的手術を推奨されています」

 

外科的手術の場合は切開して病巣駐留物の排出、神経切除による痛みの緩和などが考えられる。ここまで聞く限りは正当な治療方針だ。なぜこの村まで来たのか…。

 

「後遺症が予想されるのですね」

 

K先生の言葉に主治医さんの視線が揺れた。執事さんが説明を引き継ぐ。

 

「…重症であり、患部が癒着しかかっているため、外科的手術後の競技復帰は不可能だ、と。セカンドオピニオン、いえ、何病院か尋ねてもも同様の結果です。どうしても噂にお聞きしたK先生に診察していただきたいのです」

 

…?僕は執事さんの言い方に少し違和感を覚えた。少し考えたが、なぜかはわからない。

気のせいだろうと判断して改めて状態について考える。治療は厳しいだろう。見た所診断資料は詳細だ。

大病院で丁寧に行われた形跡が見て取れる。そこを含めて専門医たちが揃ってメジロマックイーンの現役復帰に匙を投げたと言うことだ。

 

「いかがでしょうか」

 

主治医さんが言葉を絞り出す様に言った。少しの沈黙の後、K先生が答える。

 

「1つ、考えがある」

 

この病状で考えがあるだって!?言葉も出ない僕と主治医さんを差し置いてK先生が立ち上がる。

 

「その前に確認することが2つある。一つはこちらの考える治療のための再検査。彼女が治療に耐えうるか身体面を確認する」

「はい、系列病院も含め全力で協力します。もう一つはなんでしょうか」

 

即座に答えた執事さんを、K先生が鋭い眼差しで見た。

 

「あなたが隠している、患者の精神面のことだ」

 

僕は密かに執事さんの顔を伺う。先ほどからの違和感、やはり何か患者のことで隠していることがあるのだろうか。

執事さんは圧されながらも正面からK先生に向き合う。答えることはできない、と言外の覚悟が皺の寄った顔に浮かんでいた。

 

「…何のことでございましょうか」

 

「…繋靭帯炎の治療後は非常に苦しいリハビリがある」

少しの沈黙の後、K先生が呟く。

 

「たとえ手術が成功しても、それを乗り越えなければ、患者が競技を行うまで復帰することはできない」

 

執事さん、主治医さんの目を交互に見てK先生が言う。

 

「あなた方越しでなく、一度、患者に直接会わせていただきたい」

 

 

 

 

数日後、僕達はトレセン学園に足を運んでいた。K先生はトレーニングメニューやカルテを提供してもらうため、学園側のお偉いさんに挨拶に行ってしまった。

その間僕は白衣に来園者用の名札をつけて学園を見物することにしていた。

 

「さすがはトレセン学園の学食…。どのカレーにするべきか…」

 

学食は見事に整備されていて量質種類どれも充実しているらしい。僕はカレー以外頼むつもりはないが、そのカレー関係のメニューも5、6種類はあった。

今日はカツカレーに決めて、大容量の食事を受け取り、席に着く。昼時に近いためか、食堂の席は埋まりつつあった。

 

「あ、おにーさん、ここ良い?」

 

汚さないように白衣を脱いでからカレーを食べていると、空席確認の声をかけられた。目線を上げると、茶髪に白メッシュ、快活そうな小柄なウマ娘が眼前にいた。

テレビで見覚えがある。間違えようもない。トウカイテイオーだ!

 

「…空いてます、どうぞ」

「ありがとー」

 

動揺を表に出さないように席を開ける。トウカイテイオーはわーい、と一声上げると僕の横に座って学食のパスタをテーブルに置いた。そして自分の顔より大きい、液体の入った容器も置いた。何だこれは。

 

「はちみーはちみーはちみー♩」

 

僕の存在を無視したのか小声で歌い始めた。日本ウマ娘界はコイツにメイクドラマされたのか!?僕は不条理を感じながらもまだ大部分が残った自分のカツカレーに取り掛かる。

横目で見るパスタとはちみーとやらの猛烈な減り具合を見るに、この量はウマ娘にとっては適正なのだろう。しかし、パスタと甘い飲み物は合うのか…?

 

「はちみーはちみーはちみー♩、…ヴッ」

 

歌が2ループ目に入った所で妙な音とともに止まった。思わず目をやると、トウカイテイオーが僕の後ろの方を見たまま静止している。同時に、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「譲介!…またカレーかい?」

 

振り向くと、白衣を着た 、トレセン学園には似合わない長身に精悍な顔つきの男が立っていた。黒須一也。彼は僕と同じK先生の弟子であり、帝都大学医学部の学生だ。

 

「栄養は取れてる。放っておいてくれ。…そっちは、本当に大学側から見学許可が下りるとはな」

 

僕が言い訳がてら話を変えると、一也も頷く。

 

「ウマ娘科の担当教員の方に相談したんだ。大垣教授からドクターK、KAZUYAさんの話を聞いていたらしくて、トレセン学園の実地見学、それとK先生の治療の見学をするなら、と許可を出してもらえたんだ」

 

KAZUYA、先代のドクターK,一也の名目上の父親にして、歴代でも屈指の技術を持ったスーパードクター。今のK先生の先代に当たる男は死後も影響力を残しているらしい。

それに比べ、出生に訳があるとはいえ、跡を継ぐはずの一也はどうも意識が低い!僕はふん、と鼻を鳴らして一也を見る。コイツは医学生の一番程度で満足して良い器ではないのだ。

 

「…K先生は学園の人と話中だ。ここで待ち合わせしている。担当トレーナー、それと患者とは許可が取れてから会うらしい。お前はどうするんだ?」

 

ひとまずK先生の予定を伝えると一也はちらりと後ろを見て答えた。

 

「そうか、じゃあオレらはここで待とうか」

「そうね、トレセン学園の食事メニューも見てみたいし」

 

一也の背後からひょっこりと、小柄でメガネのおかっぱ女が顔を出す。

 

「!宮坂もいたのか」

 

一也だけでなく彼女も僕とは中学以来の付き合いだ。一也と一緒に現役で医学部に合格してから、変わりないことは知っていた。

僕は密かに二人の距離感を伺う。ウマ娘だらけの食堂ではぐれないよう、一也が背中で庇っていたようだ。それを普通に受け入れるくらいには良い関係は続いているらしい。

何故それ以上進展しないのかは僕にもよくわからないが。

 

「ふん、一也はともかく、アンタまで付いてくるとはな」

「余計なお世話ですよーだ。良い?知らないかもしれないけど。医学部の科目は暗黙の了解でメジャーとマイナーに区分けされてるの。ウマ娘科といえば内科、外科、公衆衛生、産婦人科、小児科に次ぐ第6のメジャー科目って言われてるのよ。その第1線でK先生が診療する。医学生が勉強せずにいられるもんですか!」

 

僕の挨拶に宮坂が強弁を振るう。座った僕とほぼ同じ目線なのであまり迫力はなかった。身長も変わりないようだ。

 

「ね、ねぇ!」

 

睨み合う最中に横から声がかかった。僕の対面でトウカイテイオーが立ち上がって僕たち3人を見ていた。

 

「二人と、アナタもあー、お医者さんなんだよね?」

 

トウカイテイオーの目線が僕のかけた白衣に向いてからこちらを見る。が、目が泳いでいる。たまにいる医者が極端に苦手なタイプだろう。本当によく怪我から復帰できたものだ。

うー、だのあーだの意味のない言葉を呟いた後、ようやく本人の中で覚悟が決まったらしい。不安な表情のまま話し始める。

 

「もしかしてマックイーン、メジロマックイーンを治しに来たお医者さんなんだよね?マックイーンはどうなの?」

 

 

僕らは軽く状況説明をした。同じチームで話が通っている以上、診察をしに来た、までは守秘義務の外だ。K先生から聞いている細かい病状の説明はしなかった。

僕も一也も宮坂も患者や周囲に対して不安を煽らない心遣いはできる。その甲斐あって、説明が終わる頃にはトウカイテイオーも落ち着きを取り戻していた。

 

「そう、じゃあ診察はこれからなんだね」

「ええ、方針を決めるため、ご本人、それとチームトレーナーの方と会ってお話をする予定です」

そう言うとトウカイテイオーが考え込む様子を見せる。

「うーん、今日はトレーナーが用事あって、1時間後にトレーニング開始の予定なんだよね。そこでならトレーナーにも、見学しているマックイーンにも会えると思うよ」

 

僕らは目を合わせて頷く。今患者がどう過ごしているのか、はリハビリが予想される症例の場合重要だ。

 

「わかりました。先生が戻り次第、ご一緒させていただきます…」

「あ!そっちの方が年上みたいだし、敬語使わないでいいよ!最近取材多くてさ。ちょっと敬語嫌なんだよね〜」

 

それで決まり!とトウカイテイオーは指を突き出す。緊張が解けてきたのか、雰囲気は軽いものに変わっていた。

 

「む…、わかりま、いや、分かった…」

 

何とか返すと視界の端で一也と宮坂がにやけているのが見えた。

 

「ボクはトウカイテイオー。君は?」

「わたし、いや、僕は譲介。K先生、担当のお医者様の助手だ」

 

学生の頃と違い、途中から切り替えが必要になると面倒だ。どうもこのウマ娘と絡むとろくなことが起きそうにない。まだにやけている二人に話を振る。

 

「…お前らも敬語無しだぞ!」

「分かった。オレは黒須一也。帝都大医学部。よろしく」

「あ、私は宮坂。同じ帝都大医学部なの。よろしく」

 

一也と宮坂が名乗ると、トウカイテイオーはえっ、と声を上げる。

 

「そっちの宮坂さんもお医者さんなの?」

「その予定です!私もちゃんと現役の医学生で、このままストレートでお医者さんになるの!」

 

宮坂が白衣を指しムッとした顔で返すと、トウカイテイオーは謝る。

 

「ご、ゴメンね…。えーと、医学生だから年齢が…!」

 

それから何か思いついた様子で立ち上がると宮坂の横に並んだ。

 

「え、何?」

「…お姉さん、よろしくね!」

 

少しの間の後、どこか尊敬したような顔でトウカイテイオーが宮坂の手を握り、ブンブンと握手をする。

宮坂はわかっていないようだが、動きの意味を察した僕と一也はなんとか笑いを押し殺した。コイツ、目視で宮坂が自分より身長が低いことを確認しやがった!

 

 

「だからね、うちのお父さん、私が注射を受けているときに怖すぎて、その場に倒れて気絶しちゃったの」

「そうなの〜!?それはすごい病院嫌いなんだね…」

 

カツカレーは食べ終わったが、僕は席を立つタイミングを完全に逃してしまった。その間に宮坂もトウカイテイオーの医者嫌いに気づいたらしく、家族の医者苦手話を始めたことで打ち解けていた。

悔しいが患者との対話に関してはコイツの方が僕よりうまい。

 

「ボクは平気だけど〜。ボクのお母さんがね、健康診断の時に注射が終わってウキウキしちゃって転んで骨折して、退院の時にもやっと退院できるって喜んでたら帰り道で急いで道路渡る途中に転んで骨折して再入院ってことが…」

 

不自然に心臓が跳ねた気がした。軽い話のはずだが、なぜか僕にとって嫌な印象があった。

 

「す、すごい話ね…」

「そ、それは大丈夫だったのか…?」

 

思わず宮坂と一緒に話に入ってしまった。同時に、荒くなりそうな呼吸を意識して抑える。

 

「うん、骨折以外はすごい元気!もしかしたら骨折運が悪いのかもね、って話してたの」

「あー、どうなんだろう。運勢といえばね…」

 

そのまま宮坂が話を占いにシフトさせたので、僕は会話から外れた。食堂の空席を確保して女子会気分の話が続いている。

身内の話で盛り上がるのは良いが、側に人のいない時にしてほしい。一也も珍しく浮かない表情をしている。

 

「ジョースケもなんかないの?」

 

何故か僕にまで話が回って着た。おまけにいつの間にか名前呼びになっている。コイツの中で僕たちは目上には当たらないらしい。

僕の中でコイツは一流アスリートというより生意気な子供という扱いになりそうだ。

 

「…そうだな、僕の先生は自分も病人なんだが、点滴を持ち込んで、こう、自分に刺しながら手術をするんだ…」

「えー!どういうことなの〜!?」

「譲介…」

注射が嫌いと言うことは推測できた。半分嫌がらせも込めて点滴の様子を再現すると、トウカイテイオーは実に嫌そうな顔をした。

一也と宮坂は呆れた顔だったが構うものか。

 

 

 

「一也クンに似てるけど…親子なの?」

「いや、親戚だ」

合流したK先生にトウカイテイオーが微妙な質問を投げつける。

一也には特別な出生がある。少々法令や倫理的に危ない事情だ。僕は少しハラハラしたが、K先生は嫌な顔もせずに答えた。

トウカイテイオーの天真爛漫というか、人当たりの良い感触は悪印象を与えにくいらしい。彼女もその答えで納得したらしく、

K先生の体つきを見て、強いの〜?というバカみたいな質問に移っている。テレビで見たときの印象とは違って、僕は思わず聞かずにはいられなかった。

 

「その調子でよく有馬に勝てたな」

「ちょっと譲介くん…」

 

宮坂が慌てているが、トウカイテイオーは気分を害した様子はなかった。少しだけ雰囲気を落ち着かせて、確かな言葉で答えが帰ってくる。

 

「マックイーンが怪我した時、約束したんだ。奇跡を起こせる。証明する。怪我から復帰した体で有馬記念を誰よりも先にゴールするって」

 

僕はニュースで嫌になる程聞いていた。1年ぶりの復帰、時代に名を残すメンバーの中、G1級の1年で最も大きなレース。

それを成し遂げたウマ娘は一人もいない偉業。その理由をトウカイテイオーは、まるで子供の簡単な約束のように言い切った。

 

「ね、ちゃんと証明できたでしょ?だからマックイーンも戻ってくるよ」

「…そうか」

 

簡単な言葉だった。ただそれを信じて積み上げて、本当にした、という実感がこもった言葉だった。彼女の青い目には曇りはない。僕はそれを正面から見ることもできなかった。

大レースと背負った責任、それすらなんでもないことのように、彼女は動揺する宮坂との女子話に戻っていった。

 

 

 

 

やがて時間が近づき、僕らはトウカイテイオーと一緒にグランドの方へ一同移動することになった。

 

「あ、トレーナー!」

「おう、テイオーか。…そちらはどちらさん方?」

 

グラウンドに近づいたとき、トウカイテイオーが声をあげた。少し警戒の色を見せながら男が近づいてくる。

後ろ髪を纏め左部だけ刈り上げた、特徴的な髪型。

30代くらいの冴えない男だった。ヘラヘラしていて軽薄な印象すらある。この人が強豪、チームスピカのトレーナーなのか。

 

「あーなるほど、じゃあよろしくお願いしますねぇ」

 

説明を済ませると、すぐに軽い態度に変わる。

 

「テイオー、メニューは事前に配った通りだ。何か質問は?」

「大丈夫だよ!次のレースも近づいてるからガンバルよ!」

 

メニューは先に告げてあるらしく、トレーナーはしばらく僕らにメジロマックイーンのトレーニングメニューや環境について説明してくれることになった。

 

「いや、悪いね、散らかってて。とりあえず楽にしてくれや」

 

連れられて入った少し散らかった部室で書類を取り出すのを待つ。取り分けられた机にはニュースで見たメジロマックイーンへの手紙も積んであった。

そんな時にK先生が口を開いた。

 

「あなたから見てメジロマックイーンはどのようなウマ娘だ?」

「マックイーンか…」

 

突然の質問にトレーナーが一瞬動きを止めた。意識して作っていたのか、軽薄な口調が止まる。

 

「責任感の強いウマ娘だ。自分の生まれや誰かのためにベスト以上を尽くせる。背負いこみすぎてしまうところもあるがね」

 

よっと、一声上げると、大きな音を立て、トレーナーは机に大量のノートを載せた。

 

「こちらが担当してからのトレーニングメニュー、それとここからがリハビリメニューだ。参考ににトウカイテイオーのリハビリメニューも出す」

 

その中から何冊かのノートを取り出し、表紙に書かれた名前、日付順に並べる。

窓の外ではかすかなウマ娘たちの声が聞こえる。チームスピカのメンバーたちは今も一旦グラウンドの方でトレーニングに励んでいる。その日々を纏めた資料と言うわけだ。

 

「マックイーンの練習メニューはこれだ。どの時期から読みます?」

 

K先生は一番若い日付のノートを手にした。

 

「最初から頼む。お前達も確認してくれ」

 

K先生に続き、僕達も許可をもらってノートをめくる。

 

「うわっ」

「これは…」

「…ここまで書くのね」

 

思わず声が上がる。ウマ娘の体調や練習メニューが1日ごと、ページに詳細に書き込まれている。

所属メンバーの人数分、そして所属数年分書いているのか…。僕もドクターTETSUの影響でノートに症例をまとめる習慣があるからわかる。ここには熱意がある。これはちゃんと管理され、使われるために残されたノートだ。

 

「…ダンス練習まで含めた、運動強度、疲労の調整に食事管理。よく纏められている。このトレーニングならオーバーワークや調整不足でウマ娘が不利を受けることはないだろう」

「ただ、イレギュラーには太刀打ちできない。お恥ずかしい限りですよ」

 

しばらく読んだK先生の言葉にトレーナーは目を閉じて首を振る。それは難しい問題だろう。

時速数十キロで走行するウマ娘レースは練習、本番ともに過剰負荷や接触の危険性が付き物だ。たとえウマ娘ドックを受け、何も問題がなくても運が悪ければレース中に突然負傷する可能性はある。

 

「…本人の意向次第だが、リハビリメニューは病院だけでなくトレーナーにも関わってもらうものだ。俺は貴方に任すことができると判断する」

 

K先生は言い切るとノートを閉じる。

 

「次は患者に会わせてもらおう」

「あ、ああ」

 

トレーナーが先導して扉を開ける。宮坂が慌ててノートを一箇所にまとめる。一方、一也は難しい顔をしてノートの一箇所を眺めていた。

 

「検査もちゃんとしてある。代謝、肝機能も…。だけどこれは…・」

「聞きたいことがあったら後でトレーナーさんに聞きましょう。」

 

宮坂に急かされて一也がノートを渡す。

 

「ほら、それも渡して」

「…ああ」

 

僕も急かされる。もう一度、黒く色濃く残されたノートの中身を目に焼き付けてから返した。

 

 

案内されたグラウンドでは、数人のウマ娘が思いおもいにトレーニングをしていた。

ストレッチ、走り込み、二人ペアでのタイヤ引き、瓦割り。何も知らないで見ればバラバラのように見える。

だが、あのノートを見た上で考えると、ほとんどは個々の自主性に合わせ、それぞれに合ったメニューを実行しているようだ。いや、瓦割りの意味はわからないが。

 

それを横から見ているウマ娘が一人いた。前にあった執事さんも一緒だ。紫がかった芦毛の長髪。チーム揃えのジャージに似合わない気品ある立ち姿。だが松葉杖をつき、膝の部分に装具をつけている。あれがメジロマックイーンのようだ。

 

「マックイーン!」

 

トレーナーが呼びかけると振り向く。パッと顔がほころんだ。信頼関係もあると判断して良さそうだ。

 

「あら、トレーナー、ごきげんよう。…そちらの方は?」

「話がいってなかったか?爺やさんから声をかけたお医者さんだそうだ」

「あ、そうでしたわね。どうか、よろしくお願いします」

 

メジロマックイーンが綺麗に一礼する。…なんだ?一瞬彼女の顔に複雑そうな表情が浮かんだ気がした。

 

「…ではトレーナー、少し話をするので外して欲しい」

「え、ああ、分かった」

 

K先生も気づいたようだ。一声かけ、トレーナーさんをにはその場から離れてもらう。

少しだけ場所を変えて、ベンチのある奥まったところへ移動した。一也と僕が周りを見渡し、他に誰の気配もないことを確認してから座ってもらう。

執事さんは良く見ると手紙の山を持ったままだった。ニュースにあったファンからの手紙だろう。宮坂が声をかけ、一部を持つことにしたらしい。

 

「ええ、では先生、爺やと主治医と相談の上で診察を…」

「…君は、診察に乗り気でないな」

「はい?」

 

話し始めたマックイーンの言葉を止めて、K先生が突然断言する。

 

「最初に本人が来なかった時点で疑問があった。ウマ娘の治療、特に走りに関係のある場合は本人の要請が強くなる。命に別状がなければ自分で来院する割合が非常に高いのだ。君は動ける状態だ。学園でトレーニングを見学するように、車に乗っての来院は可能だった。それに執事さんの説明の仕方も妙だった」

 

僕は引っかかった執事さんの言葉を思い出す。

 

”どうしても噂にお聞きしたK先生に診察していただきたいのです”

()()していただきたい、ではなく()()していただきたい、と言った。近しい人だ。恐らく君の様子を考えてのことだろう。諦めることを念頭に入れての言葉だ。直接君に会って改めて実感した。君は諦めることを考えている」

「K先生…」

「爺、良いのです」

 

メジロマックイーンは執事さんの反論を止めた。K先生の言葉がそのまま続く。

 

「…患者が治りたいと望まなければ、医者はそれを真に治す事は出来ない」

 

結論だけを残してメジロマックイーンの言葉を待つ。彼女は少し俯くと、一呼吸置いてから話し始めた。

 

「…私の復帰は、本当に全ての方に望まれているのでしょうか」

 

驚くような言葉が漏れた。こちらの反応を待たずにメジロマックイーンの口から言葉が続けられる。

 

「私は、テイオーとの約束を果たしたい。そのために復帰をしたいと思っていました」

 

思わず、と言った感じで宮坂が反応する。

 

「そうです。テイオーちゃんはすごくマックイーンさんと走ることを楽しみに…」

 

その通りです、とマックイーンが答え、自分の手を握りしめる。

 

「しかし、応援してくださってくれた方々からは違う考えの声も聞きます。十分頑張ったから引退して良い、と。これ以上苦しむ姿や弱くなった走りを見たくない、と。テイオーのインタビューの後、お手紙をたくさんいただきました。皆さん、私のことを思って、やめてほしい、と望むのです。そんな不確かなものに、明日を賭けないで欲しいと。お婆様からも、そのように…」

 

メジロマックイーンの目線が空と、執事さんと、折り重なったファンからの手紙の間をさまよう。

 

「トウカイテイオーと、ファンと、メジロ家か…」

 

板挟みだ、と僕は察する。僕は孤児院出身で、ただの村の病院助手だ。だから想像もできなかった。

彼女は名家に生まれ、ファンが大勢いる身だ。応えなければならない事も多く、彼女はおそらく責任感の強さから、やりたいことと、しなければならない事の間で板挟みになっている。

再起を望むトウカイテイオーたちか、終わりを望むファンと本家の人たちか。どちらかを選び、どちらかを裏切らなければならない。目の前の少女は話し終えると、泣く寸前で感情を抑えたようだった。

 

「…明確に治療の意思がなければ、強制はできない」

 

K先生が彼女の言葉に答える。メジロマックイーンは答えるでもなく、ただ誰にでもなく呟いた。

 

「私は、どうすれば良いのでしょう」

 

その問いに答えられる人はこの場にはいなかった。その代わりになぜか、遠くから妙な音が聞こえてきた。

 

「…?」

 

K先生が流石に何かわからずに汗を浮かべて周りを見渡す。音は近づいてくる。

あれは、本当になんでかはわからないが、ブブゼラの音だ。音が近づくとともに話声も聞こえてきた。

 

「ちょっと、ゴルードシップさん!?今お話中みたいだから邪魔しちゃダメですよ!」

 

掻き鳴らされていたブブゼラの音がようやく止まる。

 

「えー?良いじゃんスペ?今のマックはどうせ暗〜い雰囲気なんだからぁ、アタシの新作モノマネ上田瞳スペシャルをお見舞いしてやるんだよぉ…!あ、いた」

 

バサリ、と音を立てて茂みをかき分け芦毛のウマ娘、その後ろに先ほど見たチームスピカのウマ娘たちが相次いで現れる。トウカイテイオーもその中にいて、僕らを見てあ、と声をあげた。

 

「…あら、皆さん。まだお話中ですのよ。ゴールドシップさんも」

 

一息ついた瞬間、メジロマックイーンは雰囲気を切り替え、にこやかにチームメイトに話しかける。

まるで名優のような演技に僕はあっけにとられた。こうまでして彼女は自分の気持ちを隠し通そうとするのか。だが、今回の場合は相手がそれを超える破天荒だった。

 

「あ!よーそこの人間体ゾフィーみたいな兄ちゃん!」

「あ、ゴルシ…?」

 

一声かけ、芦毛のウマ娘が駆け寄ってくる。ウェーイ、と叫びながら地面を蹴る。素晴らしく体重を乗せたドロップキックだ。

 

「…!!」

 

バシイッ、と良い音を立ててK先生が飛び蹴りを受け止めた。K先生は倒れる事なく態勢を立て直したが、ウマ娘の方も綺麗にその場に着地した。

 

「ちょ、ちょっと、何してるんですか?」

 

宮坂が驚いている一方で僕と一也は身構える。こいつはかなり出来る。まさか、クローン組織の関係者か…!?

 

「ご、ゴールドシップさん!?何をしているんですの!」

「あー、本人確認?なりすましとか怖いじゃん」

 

妙な緊張感はメジロマックイーンの追求で消えた。ゴールドシップと呼ばれたウマ娘は敵意なくK先生に近付く。

 

「オマエやるじゃんかぁ!ゴルシちゃんのドロップキック止めたバトルドクターはオマエで二人目だぜ!?」

「…」

「ば、バトルドクター…?」

 

K先生は黙ったまま次の言動を待っている。一也や宮坂は目の前のウマ娘のわけのわからない言動についていけていないようだ。僕もついていけてはいない。声を上げたのは意外な人物だった。

 

「…K先生の事を教えてくださったのはゴールドシップ様でございます」

「爺!?」

 

執事さんの明かした不思議なつながりに僕らはより混乱する。水を得た魚のようにゴールドシップがまくし立てる。

 

「そうだよ、前に孤児院でセパタクローやってた時に知り合った、…名前なんだっけ?えーとスネオヘアー極盛り世紀末救世主ファッション闇医者JK…、みたいな〜ヤツ 何だけど知ってるオア知らない?」

 

世紀末救世主ファッション闇医者…僕は頭の中でその光景を思い浮かべてハッと気が付く。

 

「ま、まさかドクターTETSU!?」

「そうそう、TECCHANだよTECCHAN。ゴルシちゃんがちょっと前にTECCHANに相談したらよぉ、”それは闇医者に頼むもんじゃねぇ!”って言われてドクターKってのを教えられたワケ」

 

不思議な呼び方をしながらゴルシちゃんと名乗るウマ娘はくねくねと体を動かす。

 

「奴の紹介、という訳か」

 

K先生がようやく肩の力を抜いた。

 

ドクターTETSUは闇医者で、僕の元保護者だった人だ。…なるほど、ドクターTESTUは遵法意識はないが病人を見捨てるような人ではない。

それにメジロマックイーンの症例は無痛処理やドーピングのような闇医者業務ではなく、正当な医者の仕事だ。だからドクターKのことを紹介したのだろう。

 

「ふ、ふふふ」

 

弛緩した空気の中、漏れ出たような笑いが聞こえた。見ると、口を押さえてメジロマックイーンが笑っている。

 

「そうなんですの。ゴールドシップさんが…。ふふ、また心配をかけてしまいましたね」

「何だよ、マックイーン。あ、あんまり笑って近づくなって〜の、怖いから!」

 

不思議な動きをしていたゴールドシップだったが、メジロマックイーンが近付くとペースを乱されたように動きを止める。

かろうじて僕から見えたのは顔をあげ、自然に笑う口元だった。

 

「いつもあなたには助けられていますわ。ありがとうございます」

 

流れるように一礼。ゴールドシップが照れながらも黙って頷くと、メジロマックイーンはそのままK先生の方へ顔を向けた。

 

「改めて、ドクターK、でよろしいですか」

「ああ」

 

K先生の顔から目を離さず、雰囲気を保ったままメジロマックイーンが言葉を続ける。

 

「他にも、私を望んでいる人がいたようです。こんなに身近にも」

「そのようだ」

「ですから、もう決めました。全ての人に望まれなくとも構いません。私は少しワガママをしようかと思います」

 

初めて年頃らしいイタズラな笑顔が浮かぶ。

 

「私はもう一度、ターフに戻り、真剣な勝負をしなければなりません。難しいことはわかっていますが、ここにいる方たちのためにも、私は全力を尽くしてみせます。私に()()をしていただけませんか?」

 

K先生は頷く。

「良いだろう。あなたには覚悟ができたようだ

 

傍で様子を伺っていた執事さんがすぐに駆け寄ってきた。

 

「ドクターK!では…」

「治療の話し、お引き受けしましょう。系列病院へ入院の準備を」

 

執事さんが唇を引き結んで頷く。メジロマックイーンはあくまで優雅にチームのメンバー、トレーナー、そしてテイオーに頷くとその場を離れた。

 

「やったー!スーパードクターならマックイーンを治せるんだね!」

 

本人の前でははしゃがないでいたが、抑えきれなくなったようだ。

マックイーンの姿が見えなくなるなり、トウカイテイオーが飛び跳ね始めた。

僕が黙っていると、視界の端で一也が心配そうな表情を浮かべているのが目に入った。

 

「トレーナーさん、少しお聞きしたいことがあるんですが…」

「あ、ああ、何だい?」

「ノートのこの検査は全員毎回共通ですか?」

「ん、ああ、そうだな」

 

質問も答えも簡潔だった。だが、一也の表情は厳しいままだ。何だ?

 

「K先生、少しよろしいですか」

「一也か、何だ」

 

そのまま一也がK先生に一声かけて近寄り耳元で話を始めた。どんな内容だったのか、K先生が一瞬鋭い目でこちらの方を見た。

一瞬、僕の態度でも告げ口したのかと思ったが、目線は僕の横、トウカイテイオーに向いていた。聞き終えたK先生が頷いて口を開く。

 

「…わかった。テイオーさんも病院に来ていただけますか?」

「えっ、僕もォ!?」

 

トウカイテイオーが飛び上がる様に驚く。白衣を見ただけで奇声をあげたウマ娘だ。よほど病院や治療に苦手意識があるのだろう。

 

「…でも、そっか、僕とマックイーンに関わる事だもんね」

 

しかし、一瞬考え込むそぶりを見せた後、真剣な表情に切り替わる。

 

「分かったよ。一緒に車で行けば良いの?できれば僕にもどう言う治療で、どう言うリハビリなのか聞かせてほしい。お願いします」

 

ほう、と息が漏れた。やはり考え方に関してはプロだ。見習うべき点がある。

宮坂も感心したらしく、ウンウンと頷いている。どうやら保護者気分のようらしい。

身長はお前の方が低いぞ。

 

「いや、トウカイテイオー、君に来てもらうのは患者の友人としてではない」

 

だが、彼女の覚悟に対して帰ってきたのは別の言葉だった。

時折感じる、周りの空気がギュッと圧縮されたような緊張感。K先生が表情を引き締め、まっすぐにトウカイテイオーと目を合わせる。

 

「君にもある検査を受けてもらう!」




トウカイテイオーに隠された秘密とは……!?

K2×ウマ娘/つづく。
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