乗馬クラブでニンジンあげた馬が中央5勝してたのでウマ娘にした 作:CK/旧七式敢行
目覚まし時計の電子音が部屋に響いている。
音のする方に手を伸ばしてスヌーズボタンを押そうとした私の右手は、ぽよんと柔らかい感覚で弾かれた。
「う~~」
「そろそろ起きて、食堂混んじゃうよ」
私の代わりに目覚まし時計のスヌーズボタンを押してくれたアラジン先輩が私の肩を軽く叩いた。
「んぅ~」
「ブリッツちゃん、すごい寝方するね……」
私は両腕に力を入れて起き上がった。
「なんか、うつ伏せで寝るとすごくぐっすり眠れるんです」
「調子悪いのかと思っちゃった、朝ごはん行こ」
すでにアラジン先輩は着替えを終えていた。
私は目覚まし時計のかわりに叩いて枕元から落としてしまったぱかプチについた埃を払って枕元に戻すと、急いで着替えた。
食堂はまだ7時前なのにすでに席の半分ほどが埋まっていた。
アラジン先輩にならって列に並び、今日のメニューを眺める。
「ブリッツちゃんはなに食べるか決めた?」
「うーん……今日はパンで」
私はパンが主食のC定食、アラジン先輩は和食のB定食を頼んで順番を待つ。
「はいC定食おまたせ!」
「私です」
「B定食の方~」
「はーい」
陽気なおばちゃんから朝食の乗ったトレーを受け取ると、焼きたてのベーコンの匂いが私の鼻をくすぐった。
「おはよう、ここ空いてる?」
「空いてますよ」
隣で談笑するグループにアラジン先輩が声をかけ、空いているテーブルの端に向かい合って腰を下ろした。
「いただきます」
ナイフとフォークでベーコンを切り分けて一口ほおばると、香ばしい匂いと脂の旨味が口いっぱいに広がる。
「今日は通常授業のあと教官との顔合わせだっけ?」
アラジン先輩は味噌汁を一口飲んでそう切り出した。
「はい。ホームルームで割り振りが発表みたいです。やっぱり教官って怖いんですか?」
私はいちごジャムをロールパンに塗る手を止めた。
「それは昔の話。10年以上前はそれこそ軍隊みたいな感じだったらしいけどね」
「ネットで見ると結構色々書かれてて」
まとめサイトには「新入生ウマ娘の成績を決めるのは教官ガチャ!?」なんて不穏な見出しの記事さえあった。
「今年は誰だろ? ヒゲおじとかトミさん? あとエガちゃんあたり?」
「アラジン先輩、あだ名で言われても全然わかりません……」
「あはは、ごめんごめん」
アラジン先輩は苦笑しながら教官がついていた頃の話を私にしてくれた。
4時間目のホームルームで教官の割り振りが発表された。
「私リッちゃんと同じ教官だ、午後もよろしくね!」
「うん、よろしく」
私と隣同士のスマートオーディンーーオーちゃんの名前は「担当:富岡」と書かれたグループにあった。
「どしたの?」
「うーん……この人どっかで会ったことあるような気がする……」
オーちゃんが怪訝そうに私の顔を覗き込む。教官の略歴と一緒に印刷された顔写真に、どことなく見覚えがあったからだ。
「トレーナー時代の代表的な担当は重賞4勝のグレイテンペスト……? そんなウマ娘いたっけ?」
トレセン学園の教官は担当のいないトレーナーや、専属契約を引退したトレーナーがやっていることが多い。
「あっ、リッちゃんこれ障害だ!」
携帯で検索したオーちゃんが検索結果を見せてくれた。大きな障害物を力強く飛び越えるウマ娘の姿が映っている。
「すごい、障害ってこんなの飛ぶんだ……」
「ほかにもオークスウマ娘担当してたこともあるんだって! 私達教官ガチャ当たりかも!」
オーちゃんは嬉しそうに耳をパタパタさせた。
中山レース場にファンファーレが響く。
良血ウマ娘の大外からの豪快な差し切りで大盛りあがりを見せた皐月賞が終わると、周りにいたファンも半分くらいが帰ってしまった。手拍子も随分と寂しいものになっている。
混雑を避けて帰宅するよう繰り返しのお願いを放送する場内放送に従い、俺はビール片手にのんびりと最終レースを眺めることにした。
「皐月賞の興奮冷めやらぬ中、中山最終レースは春興ステークス。シニア級芝の1600メートル、準オープン戦です」
場内実況の声のトーンも先程よりは幾分落ち着きを取り戻している。
「一番人気サトノアラジン、ゲートに収まりました」
ウマ娘たちが体操服の上から着用するゼッケンは特別競走の黒字に白。
「スタートしました!」
体操服のまま終わるのか、GIに出走して憧れの勝負服を着るチャンスを掴むのかを決める所謂「準オープンの壁」に挑むのは11人。
「5番アルファビショップ後方から」
「アアアアアアアア!!!!!」
人気上位のウマ娘が大きく出遅れ、隣りにいた青年が悲鳴をあげる。
「先手を取りましたマルコーシクラメン」
「先頭はマルコーシクラメン1バ身半のリード。二番手にエターナリスト、デショーネが並んでいます」
3コーナー逃げた馬が大きく後続を離して縦長の展開となった。
「800メートル通過タイムは47秒0」
「第4コーナーカーブ! サトノアラジンは依然中団!」
二番手にポツンといたウマ娘が追い出しにかかった。
「先頭依然マルコーシクラメン、200を切りました!」
二番手にいたデショーネが逃げたマルコーシクラメンをかわしたところで後続勢が一気に突っ込んでくる。
「デショーネが抜けたが外からサトノアラジン迫ってくる! かわした! サトノアラジン!」
残り30メートル、ゴール直前での鮮やかな差し切り勝ちだった。
「サトノかぁ!」
「デショーネぇ! ようがんばった!」
「アルファーーーーっ! なにしてんのーーーーーーっ!!!」
レーシングプログラムやスポーツ新聞を握りしめたファンの叫びがスタンドのあちこちから上がる。
「一着サトノアラジン、二着デショーネ、三着にはマルコーシクラメン。勝ち時計1分34秒2。確定までしばらくお待ち下さい」
最終レース特有の熱気と興奮、そして終わったあとの寂しさとともに日曜日が終わろうとしていた。
「ウイニングライブは18時開演の予定です。今年最初のクラシック制覇を祝福する『WINNING THE SOUL』をぜひお楽しみください」
「飲んじまったしな……今日は引き上げるか」
すし詰めのシャトルバスから電車に乗り換えると、ようやくひと心地ついた。
バッグから出したタブレットのロックを解除し、来週行われる第一回選抜レースの出バ表を開く。
この世代で注目のサトノダイヤモンド嬢はB1組に割り振られている。
ーーさて、サトノのお嬢さんの口説き文句を考えておくか。
俺たちトレーナーの戦いも、もうすぐ始まろうとしていた。