「そういえば」
「ん?」
「俺の顔を怖いと言いやしたが、アンタの見てくれも中々ですぜ」
私の口が魚団子スープでいっぱいになり言い返せないのを良いことに、随分心に突き刺さることを言う。
さきほどの意趣返しだろうか。
記憶を失って以降自分の顔は見ておらず、己では判断できないのも問題である。
鏡、あるいは水面なりガラス面なりを探しつつ、寝床を考えるのが今日の日程になるか。
2杯目のスープを口の中で整理してから質問する。
「参考までに聞くけれど、どのへんが怖い?」
「表情筋がまるで仕事してねーとこですかね」
「嘘だ。自覚がないな。おいしいごはんという賃金を払っても私の表情筋は
「そうなりまさぁ」
顔を指でなぞって思案する。
記憶喪失に関係あることだろうか。記憶を無くす前から表情が死んでいた? そんな壮絶な人生を?
記憶取り戻すの嫌になってきたな。
「目も死んでますがね」
「それはお互い様だろ」
「嘘だ。俺も死んでますかい?」
「ハイライトが仕事してないね」
「ハイライトへの賃金支払いが滞っちまってたか……」
2人して暫し床を眺めることになった。世知辛い。
「大変ですジェイさん!」
静かになってしまった屋台に乗り込んでくる女性が1人。
黄色がかった丸眼鏡が特徴的で、全体的にもふもふとした毛並みをしている。あらかわいい。
「ワイフーさん、どうしたんで?」
ワイフーと呼ばれた女性は焦ったように続けた。
「ドクターが行方不明なんですよ!」
「そら
「アとの作戦行動中に行方がわからなくなったみたいで……とにかく一緒に探してください!」
「わかりやした。店閉めたらすぐ行きまさぁ」
2人の関係はわからないが親しげだ。同僚だろうか?
ジェイと呼ばれた青年はバイト戦士のようだし、副業を重ねているのだろう。
ドクターと言うからにはお医者さんだろうか。しかし作戦行動とは穏やかではない。軍医か? にしてはその仲間である彼らは軍所属らしくはないが……やっぱり裏のなにがしかか?
荒事に進んでは関わらない(関わらないとは言っていない)ということだろうか。大変だな青年。
私は皿の残りを手早くかきこむと、紙幣を手渡した。
「大きいのしかなくてごめんよ」
「いえ、急かしたようで悪ぃですね」
「なんだか大変そうだね、私には何も出来ないが頑張れ。見つかるといいね、ドクター」
ワイフーに引きずられながら去っていくジェイを見送る。
いやはや、記憶喪失な私以外にも大変そうな人とはいるものだ。
道端で次の行き先を考えないままに歩き出そうとした私は声をかけられた。
「弟分が世話になったようだな」
見知らぬ大柄な男。鱗の生えた大きなしっぽが、彼の体格をさらに大きく見せている。
後ろに控えた数人の男たちも見知らぬ――とシラを切りたいところだが、ついさっき彼らから衣服と財布を剥ぎ取ったことは、わずかばかりの記憶しか携えていない現在の脳にしっかりと刻まれている。奪った財布でゴチになりました。
「示談で」
「無理だろ」
「だよね」
男がメリケンサックを嵌め始めたのでさすがに不満を示す。
「武器ありなの? だとすれば武器を準備するだけの時間の無い私が不利すぎやしないかな」
「構えるだけの時間はやるぜ」
「ご親切にどうも。買ってきていい?」
「返してもらう財布の中身が空にされそうだからナシだ」
「うーん確かに」
私は現在、彼らから奪った財布を除けば無一文だ。
メリケンサックを嵌めてヤりあう気満々だが、意外と話はできるらしい。そこに光明を見出すか。
「悪いが今は返せなくてね。そのうち返すけれど、それでは納得してくれなさそうだから」
「だから?」
「殴り勝ったら見逃してくれ」
がはは、という音が相応しい、快活な笑いだった。
「構わんぜ」
「よし。二言は認めないぞ」
ドカ。バキ。ドンガラガッシャン。
詳細は省くものの、彼との喧嘩は熾烈を極めた。
彼の弟分たちを伸したときほど話は簡単ではない。相手は武装しているし、なにより戦闘経験が豊富にあった。
私も彼も無傷とはいえず、最終的にお互い曇り空を見上げる羽目になったが――
「やるじゃねえか、兄弟!」
友情は芽生えた。
「君もね。どっかの戦闘民族なの?」
「がはは! そん中じゃ弱ぇ方だ!」
戦闘民族なんじゃねえか。
「だが互角以上の戦いは久しいぜ、気に入った」
戦闘民族とのコミュニケーションは単純で助かる。
今の私は自分から見ても怪しいため、言語による交渉はうまくいく気がしないのだ。
疲労した体に鞭打って、2人して地面に胡坐をかく。
喧嘩をするため人気のない、それなりに開けた場所に来たため、通行の邪魔にはなるまい。
「どうやら弟分たちはアンタのことを誤解したようだな。どっかのやくざでも傭兵でもねぇんだろ?」
「いったいどうしてそんな風に思われたんだろうか」
後方に控えていた弟分と呼ばれた男たちは、私の目線から気まずそうに眼をそらした。
いいんだよ。なぜなら私は記憶を失っていて、もしかするとやくざか傭兵なのかもしれないのだから。
「その前に、オレはプローブ。最近に来た新参だ」
「よろしくプローブ。あいにく名乗り返す名がなくてね、好きに呼んでくれ」
「なんだ、お尋ねモンか? やくざの愛人にでも手ぇ出したか?」
「私ってそんなことしそうに見えるんだ」
「アンタが節操なしっつーより、厄介なのに惚れられそうな面してるぜ」
「どんな面なんだよ」
ますます鏡を探したくなってきた。
「オレらは最近拠点を買ったんだが、その周辺住民たちから目ぇつけられててな。ここんとこいざこざが多いんだ。だからアイツらも気が立っててな」
「目を付けられる心当たりは?」
「向こうさんも新参がどんな奴らか気になんだろ。そう思って片端から喧嘩してやってんだが、まだここいらに馴染めてねぇ」
「戦闘民族の悪いところ出ちゃってる」
なるほどプローブに悪気はない。
ご近所付き合いをきちんとしようという気概はある。
しかし彼は戦闘民族だ。コミュニケーションが喧嘩一択。喧嘩すりゃひととなりがわかって仲良くなれるだろという思想。
もとから住んでる人たちからすれば、目があえば喧嘩吹っ掛けてくるやべえチンピラどもが越してきたぞ、出会え出会えという状況なわけだ。
いや、実際コミュニケーション方法が喧嘩一択の集団はやべえチンピラと定義できるが……文化といえば文化。
「面倒ごとに巻き込んじまってワリィな! んで、アンタはどうしたんだ? オレも新参とはいえ、ここらで見る顔じゃねぇってのはわかるぜ。言える範囲で構わねぇが」
「ああ、言える範囲が少なくて申し訳ないが、事情としては一言だ。記憶喪失でね」
「がはは! オレらより面倒ごと抱えてんじゃねえか!」
バシバシ叩かれる背中が痛い。
「私の顔をここらで見かけないというのは大きな情報だ、助かるよ」
「そんくらい構わねえよ」
「ここが龍門って名前だってことも知れてよかった」
「そんくらいも知らねえのやべぇな」
「やべえだろう?」
「そんな状況のアンタが今落ち着いていられるのを含めてやべぇ」
やっぱり?
うすうす感じていたが、自分の判断能力や思考能力は常識の範囲から逸脱しているようだ。
やくざとかよりも、暗殺者とか特殊部隊隊員なのかもしれない。いやだな……なぜならその場合、私の追っ手も暗殺者や特殊部隊隊員相当になるからだ。さすがに怖い。
「てなると、当然帰る場所も見つかってねぇな? だったらオレらの拠点に来な! 強ぇヤツは大歓迎だぜ!」
「よくこんな厄ネタ拾おうと思うね君」
「類は友を呼ぶ。オメーの友ならオメーくらい強ぇってことだろ!」
「友でなく敵が来るかもしれないが」
「強ぇヤツは大歓迎だぜ!」
戦闘民族ってすごい。
プローブ君はオリキャラのアダクリス♂、名前は爬虫類用語の中から適当に。よく考えたらワニにはプローブ使わねえわ。
好きなイベントは「帰還!密林の長」です(まだこれしか読み返せていないとも言える)