なるほど
つい最近魚団子屋でも聞いたが、それと同一人物なのかはわからない。
そのドクターも行方不明だと言っていたので私である可能性は高いが……否、だとすればドクターの知り合いらしかった彼らが私をスルーするのはおかしいな。
龍門でドクター集団誘拐事件でも発生しているのか?
私が医者とするならば……腹の致命傷への不可解な治療は私自身が施したものか?
自分の身を治療の実験台にするマッドサイエンティストだったらいやすぎる……。
「知り合いか?」
「その答えを君は知ってるはずだぜ、プローブ」
「ハハン……オレは一旦外すか? それとも……やるか?」
「やらん」
何をやるのかを聞く前に断ってしまった。
握りこぶしを作って見せたあたり、十中八九喧嘩だから断って正解だろう。
ちょっと下がってくれ、のジェスチャーを正確に汲み取ったプローブは「加勢が必要なら叫べよ」と手をひらひらさせ道を戻っていった。
後姿を見送りつつ、ジェスチャーは読み取れるのにどうして対話より暴力を優先してしまうのか……としばし考えてしまった。
言葉足らずな私の返事から、私は記憶を失っているから彼が知り合いかどうかわからない、ということまで行間を読める能力があるのに。
「おれはお邪魔でしたかね」
「これがデートだったら怒っていたけれど、散歩だから構わないよ」
狂犬の散歩みたいなものである。
さて、男だが、私のことを間違いなく知っている。
声を聴いてみれば渋かったので、年の頃は中年か。見たことのない種族なので違うかもしれない。
私がかつて見たことのある種族が何と何なのかもわからないが。
「君も散歩かい?」
「まあそんなとこです」
やばい。つかみどころがない。
内心焦る。
ようやく出会えた記憶を失う前の私の知り合いだが、先のプローブのように「記憶喪失なんだ」とあっさり明かすにはためらわれた。
なぜなら――男がめちゃくちゃ胡散臭いからである。
なんかの事件の黒幕です、この街牛耳ってます、と言われても違和感がない。
私のことを知ってはいるものの、敵か味方かはっきりしない。
男は脱力感のある言動だが、私の観察眼によると彼は手練れだ。
ただならぬ雰囲気からしてインテリヤクザと言われても納得するが、本人も
それこそさっきから候補に挙がっていた暗殺者とか特殊部隊隊員とか言われても大納得だ。こんな一般人がいるか。
故に、記憶を失って
バレたらバレたで仕方がない。そこからどう転がるかはその時考える。
むしろ親しい仲ならすぐバレるだろうしバレてくれ。仲間であってくれ。
困った。いや困ったなあ……。
今ばかりはジェイ青年から評価された死んだ表情筋を信じるしかない。この困惑と動揺が伝わっていませんように。
敵だったら勝てる気しないからさ……。
「一応、探偵業のついででもありますがね」
「ほほう」
自称は探偵らしい。
こんなに背が高くて尾行とかできるのだろうか。気配を消す技術もお持ちで?
「最近国外からやってきたギャング集団の拠点ができちまったんで、そいつをなんとかしてほしいという依頼がありましてねぇ……」
「心当たりがありすぎる」
それが探偵の仕事内容なのかはともかくとして、彼のお目当ては私ではなくプローブだった。
「元凶を呼ぼう。おーい、プローブ!」
「やるか!?」
「やらん」
曲がり角からひょっこり顔を出したプローブがいい笑顔だったので即座に否定した。
出てくるのが早すぎる。これは私が叫ばなくてもいずれ来ていたな。
「なんだよ
「彼が強いとわかっているならやめてくれ、すぐそこガラス屋だぞ」
「でけぇガラスが割れると派手だよな」
「ガラス屋とも喧嘩済みだ。そりゃそうだ」
まだ数分しか歩いていないご近所さんならば、プローブが挨拶していないわけがなかった。
思わず額に手を当てると、探偵の男が喉の奥で笑った。
少なくとも彼は戦闘民族ではなさそうだ。肉体言語以外でも対話可能って助かる。
「喧嘩以外の方法で仲良くなるのが龍門の流儀だ。君もそう思うだろう?」
「龍門に限らず大抵そうですがねぇ。あなた、出身はサルゴンの方ですか?」
「おう!」
有名な戦闘民族の故郷があるらしいし、プローブは本当にそこ出身らしい。
探偵ってすげえや。たったこれだけの会話で出身地がわかるとは。一般常識なのかもしれないが今の私にはわからない。
「これから暮らしていくのだし、彼から龍門の流儀を教えてもらうといい。まずは自己紹介から。ぜひとも見本を頼むよ」
「なるほど。事情は大体わかりました。どうも初めまして。おれはリー、探偵をやってます。これが事務所の名刺です、どうぞっと」
「へーえ」
プローブと一緒になって名刺をのぞき込む。
なるほど彼はリーというらしい。どさくさに紛れて名前を聞き出せて助かる。
「こういう紙が必要だったんだな。聞いたことあるぜ」
「名刺は果し状の異名じゃないからね」
「馬鹿野郎、果し状なら書いたことあるさ」
「馬鹿野郎はどっちだ」
先が思いやられる。
「オレはプローブ、雑貨屋の店主になる予定だ。名刺はねぇがよろしく頼むぜ、旦那」
「雑貨屋ですか、いいですねぇ。あそこの空き店舗になにが入るか、ちょうど事務所の連中と賭けてたとこです」
「当たったのかい?」
興味本位で私が聞くと、リーは頷いた。
「ウンが飲食店、おれがそれ以外。おれの勝ちですね」
「君さては結構ずるいな」
「人聞きが悪いですよ。負けたほうがその店で土産を買ってくる約束なんで、近々うちの若いのがお邪魔します」
「強ぇヤツは大歓迎だぜ!」
「君さては学んでないな」
先が思いやられる。
同じことを思ったのか、リーが苦笑いして言った。
「この業界じゃ暴力で解決するのは粋じゃないですからね。相手が同郷でもない限り、喧嘩は控えたほうが得策でしょう」
「なるほどなぁ。盲点だったぜ」
「君の弟分たちは気づかなかったのかな」
「アイツらにはあんまし戦わねぇように言ってあるからな」
「ええ? どうして……」
そこはまともに考えられるのにどうして……。
「まだ弱ぇからな。大抵勝負にならん」
「彼らがまだ弱くて助かったな。龍門の人たちの怪我が減ったことだろう。でもなんで私には挑んできたのか気になるな」
「最近気が立ってるって言ったろ? 負けが込んでたからな、どっかで流れを変えたかったんだろ。まあやっぱアイツら弱ぇから見る目がねぇな! どう見てもアンタにゃ勝てねぇだろ、なぁドクター! がっはっは!」
しっぽでバシバシ叩かれると痛い。
ちらりとリーを伺う。
「うーん、すごく複雑だ。私はどう見ても勝てなさそうかな?」
「いやぁ、ドクターは勝てそうに見えて勝てないタイプでしょう」
「うーん、すごく複雑だ」
それが誉め言葉なのか皮肉なのか判断しにくい。
「それじゃあ次は探偵さんに、絶対許してもらえる龍門流謝罪方法を教えてもらおう」
「そりゃみーんな知りたがってることですが、絶対許してもらえる方法は龍門流じゃなくても存在しませんよ」
「世知辛い。次善策はあるかい?」
「菓子折りですかねぇ……」
「やはり押さえるべきは胃袋か……」
リーと2人して腕を組み唸る。
本当に先が思いやられるのだ。
しかしプローブは、戦闘民族であることを除けば気のいいやつだ。ぜひともここに馴染んで夢を叶えてほしい。
「うまい菓子売ってる場所なら知ってるぜ!」
「それは心強い、とはいかないんだよな。その菓子売ってる人にも喧嘩売ってるってことだもんな。菓子売ってる人から買った菓子はその人に渡せないんだよ」
近所付き合いを頑張ったことが仇となっている。
龍門全員に喧嘩売ってんのかお前。手が早すぎる。
「ま、何事も平和的解決ができりゃ御の字ってもんです。ギャングを追い出すより、ギャングなんか最初からいなかった、ってな方が収まりがいい。おれも協力しましょう」
「頼むぜ。んで、龍門流だとどのタイミングで殴りあうんだ?」
やんちゃな彼の世話を全部投げたくなった私はリーに言った。
「彼に教育的指導を頼むよ、名探偵」
「おっ、今ってことか!?」
「「いやいや」」
本当の本当に先が思いやられる。