【完結】ドクターは二度死ぬ   作:九条空

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今春看又過

 

「おいリー先生! こんなとこで何のんきにしてんだよ!」

「のんきとはひどいな。これでも仕事中なのに」

 

 菓子売りの店で新作を試食していたリーは、反射的に軽口を返しつつも、飛び込んできたアの血相を見てほんの少し装いをただした。

 ただ事でないのは明白だ。

 

「まだ聞いてねぇのか!? ドクターが行方不明だ」

「そりゃまたタイミングが悪い」

 

 リーは先ほどまで、ロドスの龍門駐在所にいた。

 作戦記録の提出、というのは名ばかりで、ふらふらとそのあたりを散歩していた時間のほうが長かったが、事件が起きた時そこにいればすでにリーの耳に入っていただろう。

 龍門の事務所に戻り、探偵業のほうに精を出していたせいで知るのが遅くなった。

 

「ドクターは……駆け落ちでも?」

「んなわけあるか!」

 

 ばっさり切られたが、リーは意外と本気だった。

 なにしろ、さきほどその行方不明だというドクターを見かけていたので。

 緊急事態という様子でなく、見知らぬアダクリス男性と親しげに歩いていた――しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、フェイスシールドなしの姿で。

 尋常ではないと思ったが、ドクターなりの理由があるのだろうと一旦脇に置いていたらこれだ。

 

「作戦中に負傷してから見つかってねぇんだよ」

「お前もいたのに?」

「……そうだよ畜生」

 

 先ほどのドクターは普段通りに見えた。

 間違ってもロドスで行方不明になっている状態とは思えなかった。

 

 もちろん違和感はあった。

 だがその違和感は、()()()()()()()()()()()()という強すぎる一点に紛れて、気づけなかったらしい。

 

「こりゃ一杯食わされましたねぇ」

 

 やれやれ。リーは買ったばかりの菓子折りをひっさげて、アとともに歩き出す。

 

 

 ---

 

 

「しっかり俺に付いてきて、はぐれないようにね」

 

 ウンの背中は頼もしい。

 彼はここに住んでそれなりに長く、かつ、この気性から周辺住民の信頼を勝ち取っていると思われる。

 先ほど盾を持ち、警備じみたことをやっていたことからも、十分腕が立つのだろう。

 おそらくプローブのことも御しきれると考えられる。

 

 ……もう彼に全部任せてもいいんじゃないか?

 私が記憶喪失であるという面倒ごとひっくるめて何とかしてくれそうだ。

 

 そんな思いが私を誘惑するが、いやしかし、うーん。

 私の無意識に残る警戒心だとかが、それをためらわせるのだろう。

 口を開き、なにかを確認するのをやめられない。

 

「ああそうだ。ワイフ―とジェイとも知り合いかい?」

「ん? ああ、そうだよ。ワイフ―は事務所で働く仲間、ジェイの魚団子はおいしい」

「わかる」

 

 リーやウンとつながりがあるのなら、彼らが言っていたドクターもきっと同一人物だろう。

 いよいよもって大詰めだ。問題は――やはりプローブか。

 彼だけ部外者だ。ドクターというのが例えば秘密結社の人間だった場合、彼が詳細を知るのはまずかろう。

 

 打ち明けるとすればプローブと別れてからだ。

 そうとなれば、ちゃっちゃか张さんにご挨拶を済ませてしまおう。

 歩きながらウンに雑談を振る。

 

「菓子折りがなくても和解できると思うかい?」

「あはは。まだ张さん家の塀を壊したわけでもないんだし、いらないんじゃないか?」

「誰の家の塀を壊したんだよプローブ……」

「名前聞く前に逃げられた」

 

 そりゃそうだ。

 

「あ、いました! いましたよジェイさん!」

「ちょ、引きずらねーでくださいよ」

「ワイフ―? 噂をすればだな」

 

 先ほどまで話していたワイフーとジェイがこちらに駆け寄ってくる。

 

「聞いてくださいドクターが行方不明なんですよ!」

「ええ!? それは大変じゃないか!」

 

 ワイフ―がウンに事情を説明している脇で、私はジェイに頭を下げた。

 

「さっきぶりだね」

「どうも」

 

 こうも人が集まってくるとなると、さすがに厳しいものがある。

 私はため息をついて、プローブの背中をたたいた。

 

「悪いが先に张さんのところに行っていてもらえないか? 喧嘩はしないでね」

「ハハン、構わんぜ。お前も大変だな」

 

 いや本当に、こうも察する能力があるのだ。喧嘩さえしなければ彼はここでうまくやっていけるはずだ。

 訳知り顔で先に行くプローブを不安に思いつつも、私はさらにやってくる見知らぬ面子を迎えるしかなかった。

 

「ワイフ―姉にウン、なに捜索サボってんだよ! ドクターがどうなってもいいのか!?」

 

 ウンやワイフーよりもさらに小柄な、もふもふとした少年だった。あらかわいい。

 その見覚えのない彼は、先ほど別れたばかりのリーを引き連れていた。

 なんというか、全方位囲まれたという感じがする。

 

「サボっているというか……ドクターがいなくなったというのは今聞いたばかりだよ」

「ハァーッ!? そもそもそこからかよ! 今まで何してたんだよ!」

「事務所の仕事だけど……」

 

 兄弟のようなやりとりだ。

 

「そうそう、そういえば」

 

 緊迫した様子で話す彼らとは対照的に、リーはのんびりと口を開く。

 

「結局なんで探されてるんです、ドクター?」

 

 リーに呼びかけられた私は、近くにいたジェイを両手で指さした。

 

「ドクターとは、イカす通り名で呼ばれてるんだな」

「「「「「いやいや」」」」」

 

 全員に首を振られた。

 くそう、そうだよなあ。

 

「そう呼ばれるなら百歩譲ってアでしょう」

「勘弁だね」

 

 おおう、見かけによらずお医者さん。

 私は観念して口を開いた。

 

「バレちまっては仕方がない。多分私がドクターです、どうも」

「はあ?」

 

 ぽかんとする一同の中で、1人だけ動じないリーが言う。

 

「ドクター。()()()()()んですね?」

 

 私は頷いた。

 

「察しが良い。探偵ってのは嘘じゃなかったんだな」

「疑われてたんですねぇ……」

「だって胡散臭いじゃん君……」

 

 私が言うと、思ってもないところから同意が得られた。

 

「それは確かに……」

「記憶なくなった状態でリー先生に話しかけられたら、そりゃ他人のフリするわな」

「詐欺かと思いますよね!」

 

 というか、リーの探偵事務所に所属していると思しき3人全員からは同意が得られた。

 

「散々な言われようだ。容赦しなさいよお前たち」

 

 こうも同意を得られれば、私も安心する。

 

「やっぱり? そうだよね、よかった。記憶がなくなっても価値観はズレてないらしい」

「ドクター……」

 

 なんだかかわいそうになってきたな。

 私はリーから少し目線をそらして、咳払いをして話題を変える。

 

「むしろこちらが聞きたいが、ドクターを探しているのにドクターの顔を知らないのはどういう了見なんだい? 私はリーさんからしかドクターと呼ばれていないんだけど」

「その敬称は変な気持ちになりますねぇ」

 

 何と呼んでいたのかも覚えていないのだから仕方あるまい。

 正解を引くまでいろいろ呼んでみるか。「さん」は外れ、と。

 

「それはドクター、あなたの普段の行いが問題だと思いますよ」

「……顔も覚えてもらえないほど嫌な奴だった……?」

「普段から顔隠してんだよアンタ。いや、俺はまだアンタがドクターとは認めてねぇけど」

「そうかわかった。いざというときは君がドクターをやってくれ」

「キモいこと言うな」

「やっぱりドクターって嫌われてる?」

 

 目が覚めた時に来ていた服は医者らしくも博士らしくもなかったし、顔を隠す装備も見当たらなかったけれど。

 ……いや、思い返せば顔に硬くて細かい破片がついていた。

 てっきり記憶を失う前に爆風でも受け、頭を打って記憶喪失、ついでに顔に窓ガラスの破片でも付着したのかと思っていたけれど、ガラス片が顔を隠す装備の名残か?

 そう思案しながら、付着していた破片を思い出すように顔をなぞると、ふと全員から凝視されているのに気づく。

 急になんだ、居心地が悪い。

 

「今のは少しドクターらしかったですね」

「参考までに聞こう、どの辺?」

「何かを考えてるときに人間味が無くなるところ」

「ええ……?」

 

 ひどい物言いである。私がドクターだったら怒っていいはずだ。

 

「今のあんたは考えてるときじゃなくてもずっと人間味がねぇんだよ」

「ええ……。では一旦人間性は記憶とともに失われたということにしておこう」

「本当にそれでいいんですかい?」

「良くはない」

 

 良くはないが仕方ないだろう、ジェイ。

 記憶を取り戻しても人間性がないままだった時を考えるほうが怖い。

 

「いくら顔が見えていないからって、声やしゃべり方でわかるもんじゃないの?」

 

 疑問を呈した私に、方々から回答が飛んでくる。

 

「普段としゃべり方が違う」

「フェイスシールドでくぐもって聞こえやすからねぇ……」

「ドクターの目はそんなに死んでませんよ! いえ、きちんとは見たことありませんが!」

 

 やはり目なのか。それか顔なのか。

 話し方というのは初めて出てきたが、ドクターはどんな話し方をするのだろう。

 

「参考までに聞くけれど、リーくんは私をどこで判断したの?」

「背格好と歩き方ですかねぇ」

「探偵は参考にならないね」

「ご無体な」

 

 観察眼が鋭すぎるというのも困りものだ。

 ウンは、リーに同意するようだった。

 

「リー先生が言うのなら俺は信じるよ。ドクターと背格好は確かに一緒だし」

「ドクターと同じ身長体重のやつがこの世に何人いると思ってんだよ、中肉中背だろ」

「平均で悪いね」

 

 特徴がないことを謝っておいた。

 

「つまり話をまとめるとこうだ。君たちは顔も知らないドクターという人間を探している。そして私は記憶がない。ここにどんな因果があるかは不明瞭だが、仮に私がドクターということにしよう」

 

 世界のどこが基準であっても滅多に有り得ない出来事の羅列だが、仮定なのだから仕方がない。

 リーに確認をとる。

 

「リーは私がドクターと判断したものの、事前に私の顔を知っているというわけではないんだね?」

「そうですねぇ。残念ながら、お顔を拝見したことはありません」

「ほかに私の顔を知っている人間は?」

「アーミヤさんか、ケルシーさんならあるいは」

「ではその2人に確かめてもらおう。だがその前に」

 

 私はリーの持つ()()()に目線をやり、ため息をついた。

 

「頼まれた仕事は片付けないとね」

 

 悪いがそれは譲れない。

 

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