書きたいところはかけたので満足です。
「私がいい大人でなかったらこの場で両膝をついて駄々をこねている」
「あなたが良心的な大人でよかったですよ。その点に関しては」
賛同を得られたことにより、私は余計に両膝をつきたくなった。
それを奥歯を噛みしめることにより何とか耐え、私は片手で顔を覆った。
「それで、私のこれからの予定はなんだったっけ? 龍門にいるマフィア崩れの半数を相手したせいか、忘れてしまったな」
なにがどうなったのか、整理するのも面倒だ。
私にもわからないし、リーやその事務所の面子にも正直すべてはわからないだろう。
いいやリーになら理路整然と説明がつくのかもしれないが、そんなものを聞いて精神をすり減らしたくはない。
プローブが引っ越して雑貨店を開業したい、というだけの話が、何をどうすれば国家規模の陰謀にまで大きくなるのか――もう考えたくもない。
数時間しか経っていないのに3年くらい歳を取った気がする。
「いやぁまさか、裏からスラムを牛耳ることを狙うギャングが、プローブさんたちを隠れ蓑に活動しているとは思いませんでしたねぇ」
「なんか君が言うと本当は思ってたみたいだからいやだな」
「褒めてると捉えておきましょう」
軽く流された。
「あなたがおれたちの言うドクターなのか、確認しにロドスに向かうってのが、一応の目的でしたがねぇ」
「ああそうだっけ、そうだったな。ようし、じゃあ私はそれを拒否することにしよう」
返答を待たず、私は両膝をつく代わりに、どっかりと道端に胡坐をかいた。
「だからそこまで連行してくれ」
歩くのも面倒だから、という建前を隠そうともしない私を、リーは苦笑して見下ろすばかりだった。
「いえね、ここまでくりゃあなたをドクターだと疑うのもいないと思いますが」
「まじかい?」
私は顔をひきつらせた。
しかし、最後にあがくのはやめない。
「嘘だね。嘘だ。私はドクターという人間を知らないから何とも言えないが――いや、言わせてもらおう。さっきの騒動で私が示したのは、なにか判断力とか……あー、指揮能力とか、そのくらいのはずだ。もうちょっとこう、かつてのドクターとは違う! みたいな解釈違いが発生しているはずだ、そうだろう?」
私はウンたちに同意を求めた。
「ドクターはいつも合理的だからなぁ」
「最適解しか言わない機械みたいなひとなので……」
「アンタがドクターかは置いといて、俺側の人間だとは思ったぜ」
「嘘だ!」
ドクターとしてほぼ全面的な肯定を得られてしまった。
「それが答えだとしたら、私が今回困ったのは――記憶喪失になった後、幸運にもすぐ知り合いに何度も会えたのに、普段から顔を隠しているせいで全然助けてもらえずこじれにこじれた――ってだけの結果じゃないか!?」
「それが簡潔な結論なような気もしますがね」
「おいやめろ! お前! ひとの心がないのか!」
私はリーの言葉を認めたくなくて頭を抱えた。
「ひとの心がないというのはドクターが普段言われている言葉のような気も……」
「こらワイフー、トドメをさすんじゃない」
聞こえてんだよ。
だってそんな……だって……!
私は記憶喪失のかわいそうな人間なのでは……!?
記憶を失う前の私が、普段から顔を隠しているというのは、
そんなこと、記憶喪失という状況をいかに冷静にさばけたとしても、なかなか想定できるものではないだろう……!?
「私はだいぶドクターってやつが嫌いになってきたんだけど」
「ひどい言い様ですね、おれは好きですよ」
「悪趣味め」
リーをなじると、ウンが笑い飛ばした。
「ははは、そんなこと言ったらロドスのみんなが悪趣味ってことになっちゃうよ」
「そんなに好かれてんのドクター? 信じられん、おかしいんじゃないか。なんかヤバい薬でもやってる集団か?」
「製薬会社ではあるけど」
ヤバい薬をつくってる側……?
「鉱石病を治す薬を開発しようとしている、健全な企業ですよぉ」
「まあなんだっていいけどね、とにかく私はそこに勤めてるサラリーマンか。傷病手当降りる? しばらく欠勤してたけど有給消費できる?」
「それもケルシー先生に聞いてみましょうか。さて、おれがこの場の後始末を引き受けますから、ドクターは大人しくロドスに行きましょうね」
かくして私はウンに引きずられ、アの付き添いでロドスに向かうことになったのである。
ワイフ―はリーの手伝い、ジェイは次のバイトである。
ちなみにプローブは元気だ。なんだかんだギャングとの抗争になった際、最も張り切って戦っていた。
悪者と戦う姿は近隣住民にも見られていたようで、一応はそこまで悪いやつじゃないのかもしれないと印象が向上したようでもある。
良かった良かった、あとは彼次第だろう。一宿一飯の恩だ……いや、一宿も一飯もしていなかったな。
プローブの弟分たちから奪った金で飯は食ったし、服もはぎ取ったからそのお礼ということにしておこう。
あとは私が勤めている会社が責任を取るに違いない。そうであってくれ。
「ところでドクターはどんな状況で行方不明になったんだ?」
私が気が付いたときにいた場所と合致するのかの確認だ。
「作戦行動中、飛来した矢を受けて建物から落下。以降行方知れずってな感じだな」
「それもう死んでないか?」
思わずつっこんだ。
よく生きてると思って探していたな。しかし死体も見つからなかったというわけか。
聞くに、落下地点には荷台に荷物を山ほど積んだ車があったという。
私が落下してすぐには救助に行けず、敵を退けてから確認に行ったところ、その車は走り去った後。
車の行方を追うと、荷物にはたしかに血が付着していたが、肝心のドクターの姿は見えず……といったところらしい。
私の記憶は路地裏から始まっているが、その車の持ち主に捨てられたということだろうか。あるいは記憶が無くなる前に、自主的に降りて隠れたか。
アは鼻で笑った。
「他のやつらは死体が出てくると思ってたかもしれねぇが、俺は違うぜ。矢が当たって落ちる寸前、俺もアンタを撃ってたからな」
「それほどドクターに恨みが!?」
「トドメじゃねぇわ」
アは冷静に否定した。
「撃ったのは銃弾でも矢でもねえよ。薬液だ」
なんでもアは薬剤を撃ち出して戦うらしい。
普段はそれを味方の能力を向上させるために使用しているという。
つまり、普段から攻撃に使う薬剤ではなく、治療効果に近い薬剤が入っていたりいなかったりするとのこと。
……いなかったりしたときの内容が気になるが、あとにしよう。
「医療用の薬剤をぶち込んだから、致命傷にはならなかったんじゃねぇかと思ってな」
「土壇場でやるじゃないか」
「ま、その薬剤、研究途中だから効果は保証しねぇけど」
「土壇場で人を実験体にするなよ」
「戦場だと緊急性を盾にして倫理をうやむやにできるだろ?」
「合理的だな、感心した」
私は本心から感心したが、アはウンにほっぺをつねられた。
「ドクターが記憶を失ったのはその薬剤のせいかもしれないってことかい?」
ウンの疑問はもっともだ。
「さあな。帰ってちゃんと検査しないことには何とも言えないね」
「そもそもどういう効果を狙って作ったんだ、アくん」
「急速な細胞再生効果だな。参考にしたのはアビサル」
「アビサルって何?」
「海から来たやべえ怪物を体に取り込んでるやべえ奴ら」
「……怖いこと言っていい? 私の傷跡、鱗みたいに見えるんだけど」
「オイマジかよ!? 今すぐ診せろ!」
「ごめんごめん冗談だから服剥がないで! たすけてウンくーん!!」
ロドスに到着するまでの間、私の柔肌が衆目の目にさらされたかどうかは、黙秘権を行使することにしよう。
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「悪いねケルシー先生」
「何に対する謝罪だ?」
ひとまず私はロドスに帰り、私の顔を知っているたった2人のうちの1人、ケルシーと接触することに成功した。
彼女はいたって冷静で、私がドクターであると太鼓判を押し、アとウンに一時的に口止めをした後、私を診察室へと引き入れた。
「いや、私は彼らに顔をさらしてしまっただろう。隠さなきゃいけない理由は知らないが」
「隠さなきゃいけない理由なら私も知らないさ」
「おっと、ドクターの個人的な理由だったか。なら困るのは私だけだ、良しとしよう」
「良くはないのだろう?」
「たぶんね。それを思い出せないこと自体が、良くはないのさ」
はは、と軽く笑うが、ケルシーは真顔のままだ。彼女には表情筋が存在しないのかもしれない。
「日記には書いていなかったのか?」
「まだ半分しか読めていなくてね。だがおそらく書かれていない」
記憶がないと伝えれば、ケルシーはため息をつきながら、私の私室に無断で侵入し、私の日記を持ってきた。
今はそれをぺらぺらとめくりながら、彼女と談笑しているというわけだ。
「ならアーミヤに聞いてみたらどうだ」
「冗談言わないでくれ、君に話していないなら無垢な少女にも話していないだろう。それとも私が知らないだけでアーミヤと私は恋仲なのか?」
「君こそ笑えない冗談は慎むんだな。しかし私の冗談も詫びよう。アーミヤに聞けば彼女が泣いてしまいそうだ」
「うーん、まあ私の記憶障害についてはさほど問題じゃないだろう。なにしろ私は記憶を失っても作戦能力に影響が出ないようだから、勤務に関しては問題ない」
「今までに築いてきた交友関係についてはどうするつもりだ。君の頭がチャチな記憶媒体のように簡単にリセットされたとしても、我々ロドスの面々にとってはそう簡単な話ではない」
「君の顔色を読むのは難しいな、ケルシー」
ジェイいわく、私の表情筋は仕事をしていないらしい。
ケルシーも似たようなものだ。彼女の超然とした雰囲気がそれを故意だと思わせるだけで、実際は動かそうとしても動かせないのかもしれない。
「冗談で言ってるのか判断がつかないね。そういうことにして
「……なんだって?」
「そうでなかったら私の日記はこんなに分厚くなっていないよ。あとは作戦記録を見れば問題ないだろうね。皆にとっていつものドクターに戻れる」
ケルシーは少しばかり息をつめて、額に手をやった。
だがそれだけだ。
「……君には本当に呆れ返る。主治医の私への報告義務については、その日記には書かれていないようだな。今すぐ書き足しておけ。龍門で顔をさらした面々に対してはどうする」
「話が早くて助かるよ。まあそれはしょうがないね、嘘をつくのは心苦しいから、記憶はなくなったままってことにしておこうか。下手に取り戻したふりをするとぼろが出そうだし」
「何が心苦しいだ、嘘つきめ。君も知っているだろうが、彼らに秘密主義は向いていない。口が軽いというわけではないが、多くが態度に出てしまう者がいる。隠し通せはしないだろうな」
「それでも隠し通せる者にだけは隠し通すというだけさ。何も保身のためじゃない。そのくらいで騙せるような無邪気な子に、この事情は重過ぎるだろうという配慮の結果だ。他の者にも配慮して、私が記憶喪失になった回数は2回、ということで今後もなんとかなると良いけれどね」
「You Only Live Twiceとでも言う気か。あまりに出来すぎていて、君の自作自演を疑う」
「だがケルシー、君にも責任があるだろう?」
ケルシーは何も言わなかった。
何を言っても即座に返事をしてきた今までと比べれば妙な態度だったが、その程度ではなにも確信は得られない。
やれやれ、やっぱり表情筋が動かないというのは偉い人には必須のスキルらしい。私もどうやら偉い人らしいし。
「ただのカマかけだよ、何も覚えちゃいない。私には君を責める権利も記憶もないさ。私を記憶喪失のふりをしている間抜けだと思ってもいいし、本当に記憶喪失になっているのになんでもないふりをしている間抜けだと思ってもいい。Wという彼女にもそう伝えておくといい」
「自分で伝えろ、阿呆」
私は肩をすくめた。
「その時まで記憶があると良いけどね」
耐久力の数=ドクターが単独でボコれる敵の数という拡大解釈をして、ドクター神拳を使うムッキムキのドクターを書きたかったのだが、やっぱり冷静で性格悪い感じになってしまいました。
自己投影できるように解釈の余地を残されたキャラクタを魔改造して好き勝手やる創作が好きなので増えてほしいですね。
リー探偵事務所のショートアニメが終わってしまったので今は藤丸立香はわからないを見ています。
『007は二度死ぬ』(You Only Live Twice)
ジェームズ・ボンドを主人公とするスパイ小説シリーズの一冊。
日本に来た007が記憶喪失になって日本人と愛を育んだりする。
別にこの話とは何の関係もない。