前の話から読むのをお勧めします。
さて、安価の通りの脱獄の準備が整った。
前回の俺……と言うよりは、
「と、言うよりそれ以外に道はないみたいだしな」
口調とか変わって多少驚かれたりしたが、今日の尋問は終わったので早速準備を始めた。
ベッドの下に隠されていたパン屑をベッドのシーツに包む。
その時に隠し持っていた拳銃に装填されていた弾を全て取り出して分解し、火薬をパン屑に混ぜる。
他にも、白衣に隠されていた薬品を混ぜた。
慣れた手つきで行われる作業に自分で身体を操作していないようで少々不快感を覚えるが、そのうち慣れるだろう。
「あとはこれを撃つだけ……」
俺は装填されていなかった一つだけの弾を握る。
ベッドを倒して盾にする。
握っていた弾を拳銃に込めて、外の景色が見える格子窓のある方の壁に設置した即席の爆弾に狙いを定めた。
「スゥ……」
初めて銃を握る感触。
両手でしっかり握り、大きく深呼吸をする。
そして、引き金を強く引いた。
――ドゴォォオオン
けたたましい轟音と主に、壁が崩れる。
それと同時に矯正局全体にアラートが鳴り響いた。
離れた位置で狙撃したが、それでも爆破時の熱は盾越しに伝わる。
幸い息を止めていた為気管の火傷は免れたが、衝撃で少々頭が揺れた。
けれど無理やり身体を動かし、壁にあけた穴から俺は飛び出した。
結構走ったんだと思う。
小さな公園のベンチに俺は座って休憩していた。
眼鏡をどこかに落としてしまったが、まぁ伊達眼鏡だったから問題ないだろう。
それよりも問題は、現在地がわからないと言う事。
今いる公園は本当に小さなもので、周囲は住宅街である。
何も考えずただただ回り込まれないようにてきとうに走ってしまった結果だ。
「傘もねぇしどうしようかねぇ……」
ポツリ、ポツリ、と雨粒が当たる。
雨宿りできる場所は見当たらない。
胸ポケットに仕舞っておいた手紙を取り出して読む。
確認を終えたら雨に濡れないようにすぐに仕舞い、頭を抱える。
「まーじでどこだよ此処……」
連邦矯正局はヴァルキューレ警察学校の管轄。
そこからどの方角に向かえばミレニアムへ行けるのかわからない。
気が付くと、目の前に男の人が立っていた。
その男はいつのまにか俺が濡れないように傘をさしている。
そして男が声を掛けてきた。
「ヒカル……だっけ? 大丈夫?」
「……誰だあんた」
なぜか彼女の……いや、俺の名前を男は知っている。
故にそこから導かれるのは、目の前の男はシャーレの先生なのだろう。
俺はあたかも思い出したかのように振る舞うことにした。
「あ、いや、先生。これは、その、えっと、急だったからつい……」
「よ、よかった……二ヶ月前にあったきりだったから忘れられたかと思ったよ……」
「あはは……すんません」
眼鏡とか口調とか指摘されたけどそれらは適当に誤魔化す。
そのついでに現在地がよくわからなくて困っている事をそれとなく言う。
「ヒカルって意外とおっちょこちょいなんだね」
「まぁ逃げるのに必死だったもんで」
そういえばこの人は俺の事情を知っているのだろうか?
手紙の追伸には先生が要因で捕まってしまったと言っていたし……多分目の前で捕まっているはず。
ならば何故通報しないのだろう。
「……それよりも先生、オレを通報しないのか?」
「通報? それは……どうして?」
「いや、オレ脱獄犯なんだけど。それに警戒もしてないし……」
それでも先生は「ああ、だから今日は騒がしいんだ」とだけ言って納得する。
正直な感想としては、頭イかれてるんじゃないかって思う。
けれど、逃げるのに疲れていた俺にとっては優しすぎた。
つい、隣に座る先生の方に頭を預けてしまう。
「なぁ、先生。ちょっと疲れたからこうしていいか?
……っと言ってももう頭預けてんだけど。
それと、ミレニアムがどの方向か教えてくれると助かる」
そんな感じで、身体が勝手にリラックスを始める。
それに思考が引っ張られるように先生に甘えてしまう自分がいた。
「それなら一緒にミレニアムへ向かおうか?」
「流石に遠慮しときますよ。これ以上は先生をこっちの事情に巻き込ませたくないですし」
そう言って肩から頭を無理矢理離す。
けれど彼は、一緒に行こうと誘ってくる。
何度か断ったが、とうとう俺が折れて二人でミレニアムへと向かう事になった。
その頃には本格的に雨が降り始めている。
公園を出る一つの傘の下に俺と先生二人で窮屈だった。
ミレニアムへたどり着いた瞬間、本能的に自分が帰るべき拠点の場所がわかった。
ある程度近くまで歩くと、俺は先生から逃げるように別れる。
そして辿り着いた拠点。
特に荒らされている様子は無く、拠点の場所がバレていないことがわかる。
認証が必要な扉を開けて地下へ続く階段を下る。
誘導灯に導かれるまま進み、一つの部屋に辿り着いた。
「ただいま……と言うべきかな」
部屋の明かりをつける。
埃を被った煩雑に置かれた書類の山。
この空間の匂いを嗅いでいると家にいるような感覚になる。
ふと目に留まった充電切れのタブレットに触れる。
画面を指でなぞると、線が引かれながら埃が取れた。
「とりあえず全体的に埃を取ってから確認すっか」
ある程度掃除を完了させ、充電中のタブレットを確認する。
開くと大量の通知がたまっていた。
送り主は……早瀬ユウカ?
内容は俺の無断欠席から投獄されたものまで。
「……とりあえず怖いから無視しとこ」
次に拳銃の弾の補充。
それらを終わらせて俺は伊達眼鏡を掛けて再び外に出た。
すると、扉の横に男の人が腰をかけて座っていた。
その人が此方を向いた時、彼は「あっ」と声を上げて立ち上がる。
「急に走るから心配したよ……」
「えっと……すんません、先生」
声を聞いてやっと目の前の男が誰なのかを思い出した。
とりあえず彼には謝罪をして、なぜ此処に座っていたのか尋ねる。
「それはヒカルが急に走るから追いかけたんだよ……。
それで色々と歩き回って疲れたから休憩してたところ」
「休憩って……ミレニアムとはいえ一応ここいらは危ないっすよ……」
そう言うや否や、ヘルメットを被った集団が現れる。
そいつらは俺を見ると一斉に動揺し、誰かが無線で連絡を開始した。
「い、いたぞ!! 西ヒカルだ!!」
「とりあえず撃て撃て撃て!!」
「っ!? コッチ!!」
俺は咄嗟に先生の腕を掴むとこの場から離れる。
わずかな差で、先ほどまで立っていた場所に銃弾が当たる。
本当に何をやらかしたんだよ前の俺は。
「とりあえず今は逃げるぞ、先生!!」
「う、うん!」
銃弾が背後から飛んでくる。
距離があるから当たる事はないだろうが、ヘイローの無い先生は一発でも致命傷になりかねない。
先生の息が上がってきた頃、俺は走りを緩めて奴らを迎え撃つことを先生に伝える。
「この先は袋小路だからいずれはこうなる。
なーに、心配はいらねぇよ先生」
そして俺は愛用している(触れてからまだ数時間)拳銃を取り出して、さらに一つの薬品をさも当たり前かのように打ってから構えた。
――数時間後。
「や、やめ――」
――パァーンッ。
誰かを撃つ感覚を思い出してからはすぐに慣れた。
気絶した最後のヘルメットから視線を外す。
先生に傷はないようで安心した。
「先生、怪我は――「ヒカルこそ怪我してない?」え、あ、はい。俺は無傷ですよ」
そんな会話をしていると、後ろから銃を突きつけられる。
チラリと視線を後ろに向けると同じ制服の女子生徒が立っていた。
油断していた。
「まさか先生と一緒とは思いませんでしたよ。西ヒカル」
「お前は……誰だ?」
先生の時と同様に何故か顔が認識できない。
けれど、ヘイローを見て何かが喉元まで出てくる。
多分、あともう少し情報があれば思い出せるはずだ。
「そういえばあなたは人の顔が認識できないのでしたね。
改めましてお久しぶりです、西ヒカル。私は早瀬ユウカです」
「ゲッ……。早瀬ユウカ……」
会いたくなかった時に限ってなぜ出会うのだろうか。
とりあえず両手を挙げて降参する。
「と、とりあえずお茶にしないか?
その時に詳しい話をしよう、な?」
「……その口調も含めて詳しい話を聞かせてもらいますよ?」
そう言って彼女は溜息をつきながら銃を下ろした。
そして俺と先生を連れて近くの喫茶店へ向かった。
「それで、いったい何をやらかしたんです?」
「えーと話が長くなるなるんだが……まず始めに言っておくと俺は今日より前の記憶がない」
そう告げると二人はすぐに驚いた。
先生なんか思わず口に含んだコーヒーを目の前に座っていたユウカに向かって吹きかける所だった。
「それで記憶を消す前の――「ちょ、ちょっと待って。記憶が無いって、じゃあどうやって私達を認識しているの?」……それをこれから話すから落ち着けって」
動揺したせいか、彼女はタメで話していた。
と言う事は同い年なのか?
「まず俺が顔が認識できないのはお前は知っているよな、ユウカ?
記憶が無いけれど俺はヘイローか声の特徴、言動の三つで記憶しているらしい。
それは俺自身の記憶ではなくてこの身体が覚えていたから簡単な推測が出来ているんだ」
「……口調が変わってもその話し方は変わらないわね」
突然得られる自分に関する情報。
それに少々驚くが、今は我慢する。
「それで捕まった経緯は多分先生の方が知っていると思うから原因を言うと、記憶を消す前の俺が書いた手紙には此処、キヴォトスにとってのゲームチェンジャーに成り得る物を発明してしまったらしい」
あえて薬品である事は言わない。
そして、此処がブルアカである事から西ヒカルが生み出してしまった薬品がどんなのかおおよそは絞れている。
「そうだね、ヒカルが捕まってしまった時はちょうど私がいたからね。
その辺の話はこちらが話そうか」
「俺は記憶が無いから詳しい情報をよろしく頼むよ、先生」
そうして語られる俺が捕まった経緯。
どことなく現れたドリル腕の巨大なロボ。
空から俺が落ちてきて、それをたまたま先生が下敷きになる一歩手前で俺が地面に衝突。
そこから先生を巻き込む逃走劇。
最後はRABBIT小隊まで駆り出され、その狙撃手によって俺は制圧された。
「へぇ……そんな事がねぇ……」
「『へぇ』って、一応アナタの事なんだけど?」
いや、そう言われても記憶が無いからほぼ他人事なんだよなぁ。
だから俺は、脱獄の動機を話すことにした。
「ぶっちゃけると本当に他人事だから脱獄したまであるんだよな」
「それで実行するのはおかしくない?
それに話を聞いているとアナタ、独房だったらしいじゃない。
どうやって出てきたのよ」
「簡潔に言うと、パン屑集めて隠し持ってたバラした銃弾の火薬と同じく隠し持ってた薬品混ぜて爆弾を作った」
正直に答えると、ユウカは「ハァア?!」と言って勢いよく立ち上がる。
その時にテーブルを強く叩いたせいか、置いていた食器が鳴いた。
「落ち着けって。そんで先回りされないように逃げて公園で休憩してたら先生と会った。
いやぁ、傘無かったんで入れてくれて助かりましたよ先生」
「あ、それは言わない方が――」
「――ヒカル、その話、詳しく聞かせてくれる?」
急に気温が下がった気がした。
気のせいか、ユウカの声のトーンも下がった気がする。
恐る恐る彼女の顔を覗くと、その目にはハイライトが消えているように見えた。
「え、えっと、ただミレニアムまで案内してもらうついでに先生の傘にお邪魔させてもらっただけだぜ?」
「それってつまり相合傘よね……?」
ナンカコワイ……。
てか先生は何で黙ってるの?
「……そうなるな」
「私だってしてもらったことないのにどうして……?」
「ユウカ、落ち着いて。私しか傘を持っていなかったんだから自然と相合傘になるでしょ?」
先生がそう言うと、空気の重さが和らぐ。
もう一度ユウカに視線を向けると、先ほどの俺を殺そうとするような鋭い眼光はもうそこにはなかった。
何となくだが察してしまった自分がいるが、まぁ気の所為だろう。
「ご、ごめんね、ヒカル」
「気にしてねぇから気にすんな」
とりあえず先生の肩に頭を預けたことは伏せとこ。
死にたくないからね。
そんなこんなで俺たちは喫茶店で軽く時間を潰した。
そしてユウカと先生が会計に関して言い争っている間に俺は店の外に出る。
「すみません、少しお時間を貰ってもよろしいでしょうか?」
低音の少しハスキーに近い声。
獣耳の女性。
ヘイローは……見覚えがあった。
「尾刃カンナ……だっけか?」
「抵抗はお勧めしませんよ」
こうして俺は、再び捕まった。