この世界は間違っている。   作:ジェローラモ藤

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第五話 殺気の衝突

 

 

「大丈夫よ。毎日の厳しい鍛錬と命を賭ける決意はこの瞬間のためにある物でしょう、焦らないで」

 

「んなの当たり前っしょ!あーしらはSレートを狩れる、平塚センセーの言葉をこの実戦で証明するだけだし!」

 

 

 平塚班は班長である平塚と単独行動の比企谷を差し引いた六人でSレートを対処する能力がある。平塚は彼らをそう評価しており、それは間違いではない。

 

 

「雪ノ下さん、今回はアンカーを頼む‼︎」

 

 

 葉山、由比ヶ浜、戸部が横に並び刀剣型クインケを構えると同時に、三浦と海老名が小銃型クインケで女狐に弾幕を浴びせる。

 

 女狐は焦る様子もなくニコニコとどこか楽しそうな表情で銃弾の雨を浴びる。出血こそしているが、肉を貫通するまでには至っていない様子だ。

 

 雪ノ下が一発発砲。葉山、由比ヶ浜、戸部が踏み込むのと同時に三浦と海老名は射撃を止める。

 葉山、由比ヶ浜、戸部の振るう刃がそれぞれ首、両腹肩を切り裂く。

 

 

(硬い‼︎)

 

 

 由比ヶ浜は女狐の肉の硬さに驚愕する。三人が首と両腕を切り落とすつもりで放った斬撃はどれも浅い。

 正面に対峙している葉山が連撃で刀剣を女狐の胴体を切り裂き、間髪入れずにその背後から強襲した雪ノ下が同じ軌道で胴体を切り裂いた。

 葉山と雪ノ下による二重の斬撃は流石に深く、女狐の艶かしい声と共に鮮血が飛沫が上がる。

 

 連携攻撃を決めても決して油断せず瞬時に後退する。

 

 大きく胸を切り裂かれた女狐はそれでも焦る様子は無く、鼻歌を歌ったかと思うと傷はみるみるうちに再生していく。

 

 

(再生速度が早い‼︎)

 

(嘘、そんな……)

 

(パネェっしょ⁉︎)

 

 

 今までない程に脅威的な再生力に戦慄する若き捜査官達。だが、雪ノ下だけは臆する事なく剣を構えた。

 

 

「喰種の再生力には限りがある。失血すればRc細胞値が低下して必然的に再生力も下がる。何度でも切り裂くだけよ。そしてボーナスで猫カフェにでも行きましょう」

 

 

 決起つける雪ノ下の言葉に、他のメンバーの緊張が少し緩まる。

 

 

「猫カフェくらいいつでも行けるよゆきのん。どうせならハワイにでも行っちゃおうよ!」

 

「夏は嫌いなの。これ以上暑いところに行きたくないわ」

 

「もう、こんな時に細かい指摘しない!」

 

「はいはいお喋りなんかしてる暇ないよー」

 

 

 そう言って海老名は再び射撃を開始し、三浦もそれに続いて小銃を放つ。

 Bレート程度の喰種なら数秒で肉塊となるRcコーティング弾による弾幕。それを浴びながら平然と歩きながら接近する女狐を見て、再び彼らの心身に緊張が走った。

 

 どう見積もってもAレート程度の喰種では無い。

 これがSレート。その強大な力を実際に体感する重圧は彼らにとってかつて無い物だった。

 

 

「一、二。う〜ん、三」

 

 

 女狐はそう言って雪ノ下、葉山、由比ヶ浜を順番に指差す。三浦と海老名が弾切れを起こし、雪ノ下を先頭に葉山、由比ヶ浜、戸部が女狐に攻撃を仕掛けた。

 

 四方向からの斬撃。どれも浅く、女狐は顔色一つ変えることは無い。そして四人が二度目の斬撃を放とうとした瞬間。

 

 

「四ですね」

 

 

 女狐の蹴りで戸部が一撃でぶっ飛ばされる。全く反応が出来ず、数メートル吹っ飛ばされた戸部は両腕で腹を抱えてもがき苦しむ。

 

 

「トベっち‼︎」

 

 

 由比ヶ浜は動揺を隠せない。

 しかし、この瞬間、この状況での動揺は命取りだ。目の前の敵との命のやり取りから決して気を逸らしてはならない。

 

 比企谷は例外として、平塚班の中で頭一つ抜けている雪ノ下と葉山は動揺に気を取られる事なく、再生途中の女狐の切創を先と同じ軌道で切り裂きより深い傷を与えた。

 

 一瞬遅れて刀剣を振る由比ヶ浜だが、女狐の手刀で刀身を叩き折らる。

 

 

(あ、これやばい……)

 

「やっぱり貴女が三番。この場にいる皆さんの強さランキングです」

 

 

 平手打ち一発で叩き伏せられる由比ヶ浜。勢いよく頭から地面に倒れ、気絶した。

 葉山はともかく、唯一の親友である由比ヶ浜を目の前でやられた雪ノ下は流石に動揺を隠せない。

 

 

「雪乃ちゃん‼︎気を抜くな‼︎」

 

 

 葉山の叫びに辛うじて集中を取り戻した雪ノ下。葉山と雪ノ下が後退したのと同時に、リロードを済ませた三浦と海老名が再び女狐を蜂の巣にする。

 

 流血こそしつつも全くもって効いている様子のない女狐は、やれやれと言った様子で溜息を吐く。

 

 一瞬にして三浦と海老名の目前まで詰め寄り、小銃を二丁同時に握り潰した。

 

 

「こんなオモチャ乱射した所で資源の無駄遣いにしかなりませんよ?」

 

 

 三浦と海老名は戦慄しその場に尻餅をついて動けない。

 

 咄嗟に女狐に斬り掛かる雪ノ下と葉山。しかし、女狐はそれを悠々と躱すとカウンターで葉山に蹴りを入れる。

 葉山は咄嗟に防御しつつバックステップし、ズザザザと勢いよく後退する。

 

 

「ガハッ‼︎」

 

 

 完璧ではないガードだが、十分な形で受けた。それでも尚、女狐の蹴りの威力を殺し切ることはできず、吐血した葉山は腹を押さえてその場に膝を付く。

 

 

「おお〜今の防ぐなんて凄いですね〜。上等クラスって所ですか」

 

 

 そう言いながら続け様に雪ノ下の首に手を伸ばす女狐。雪ノ下はその腕に斬撃を入れながら紙一重で躱わし、返す刀で女狐の両目に向けて斬撃を放つが、しゃがんでそれを避ける。

 

 その隙に雪ノ下は距離を取り仕切り直す。気絶して戦闘不能になった戸部のクインケを拾った三浦が隣に並んだ。

 

「やっぱり貴女が一番ですね〜。ここ最近戦った鳩さんの中で上から数えた方が早いかもしれないです」

 

 雪ノ下が入れた腕の傷が再生していく。この再生力に加え、肉が硬く骨を断つに至らない。

 

 この六人でSレートを狩れる。平塚のその言葉には間違いない。 

 詰まる所、この状況からして出る答えは。

 

 

「Sレート以上……‼︎」

 

 

 今更ながら、雪ノ下は固唾を飲む。キョトンとしたスッとボケた様子で、可愛らしく微笑む女狐。その余裕な仕草が、雪ノ下たちと女狐の力の差を表していた。

 

 

「三浦さん、海老名さん。貴女達まで死ぬ必要はないわ。逃げなさい。出来れば倒れた三人を連れて」

 

「は、はぁ⁉︎ 逃げろって、この状況で……アンタどーするわけ⁉︎」

 

「数分くらいなら、時間稼ぎ出来る」

 

 

 雪ノ下は剣を構える。まだ物言いたげな三浦だが、雪ノ下の一段と殺気が高まった空気に押し負け、三浦と海老名は倒れる戸部と由比ヶ浜を連れてその場を離れた。

 

 

「逃げろと言ったじゃない」

 

「気にしないでくれ、足手纏いにはならない」

 

 

 呼吸が荒いながらも、葉山は雪ノ下の隣に並ぶ。剣を構えた2人の闘気は、先程までより一段と強く放たれる。

 

 枷が無くなった状態とでも言うべきか。連携攻撃の際、雪ノ下と葉山は他の4人が着いて来れるギアに合わせて動く。つまり、格下との連携を求められないこの状況において初めて自分のトップギアの出力を発揮できる。

 

 六人連携と単独の二人。どちらがより強いかは分からないが、雪ノ下に限って言えば、瞬間的な爆発力は間違いなく後者だろう。

 

 少しの膠着を経て、女狐は微笑んだ。

 

 

「いいよですよ、どうぞ」

 

 

 女狐がそう言うと同時に、雪ノ下と葉山は地面を蹴り一気に距離を積める。

 

 猛烈な斬撃の嵐。抵抗すること無くそれを受ける女狐を、雪ノ下と葉山は体力持つ限りひたすらに斬り付ける。

 

 そして大体一分が経った。

 

 

「はっ……はッ……」

(呼吸が……息ができない……‼︎)

 

 

 生まれ付き呼吸器の弱い雪ノ下と、内臓出血を起こしているであろう葉山。二人の体力は限界を迎えた。

 過呼吸気味になりながら跪く二人と、血塗れになりながらも二人を見下す様に平然と立つ女狐。

 

 もう無理だと、雪ノ下と葉山は絶望する。神頼みに近い駆け引き無視の一方的な全力攻撃。

 

 次元が違うこの喰種に対して、今の自分たちが出来るこれ以上ないほど殺傷。

 

 それが微塵も通用しない。ただでさえ、打つ手無しが故に行ったこの特攻とも言える猛攻も無意味に終わり、いよいよ本当に打つ手無しとなってしまった。

 

 今この命があるのは、女狐が無防備に攻撃を受けていたからであり、この目の前の喰種が少しでもその気になれば、自分たちの命は簡単に奪われてしまう。

 

 その現実が深々と雪ノ下に突き刺さる。  

 

 

「あッ」

 

 

 突然、何処からか飛んできた短刀が女狐の背中に突き刺さる。

 そして振り返った女狐の両太腿を斬撃が一閃し、胸に後ろ回し蹴りが突き刺さる。

 

 喰種にとって人間の打撃などなんて事ない、ましてや女狐の様な強い喰種にとっては尚更。

 しかし、深くは無いとはいえ太腿の傷は筋断裂を起こすには十分。踏ん張りが効かない女狐は、言わば重量40〜50キロ程度の肉の塊。

 鍛えてる人間からすれば、それを蹴り倒すくらい難しいことでは無い。ぶっ飛びはしないが、女狐は勢いよく転倒する。

 

 

「比企谷君……‼︎」

 

 

 比企谷八幡。平塚班における最高戦力。

 這い蹲る二人を軽く一瞥して、比企谷は女狐に歩みを進める。

 

 

「情報は」

 

「……高い再生力、肉は硬く並みの攻撃じゃ骨に届かないわ。赫子は不明」

 

「了解。俺が抑えてる内に息を整えろ」

 

 

 女狐が起き上がり、比企谷は立ち止まる。その距離は凡そ五歩分と言ったところか。

 赫子を持つ喰種にとっては十分な射程範囲内だ。

 

 両太腿、膝の少し上あたりを切り裂いた傷が瞬く間に再生していく。その驚異的な再生力を目にして比企谷は特に焦ることは無い。

 

 

(Sレート以上は確実か。……俺一人じゃ無理だな)

 

 

 相対する二人の殺気がビリビリと周囲に吹き荒れる。

 少し比企谷を見つめて女狐は嬉しそうに、愛らしく笑った。

 

 

「遊びましょう」

 

 

 その一言と同時に比企谷は一気に距離を積める。

 首筋への一閃。それを察して躱わす女狐だが、比企谷はそのまま少し態勢を下げつつタイミングと角度をズラし、女狐の右から袈裟に切り裂いた。

 両断とはいかないものの、先程までの雪ノ下達の様に浅い太刀筋では無い。雪ノ下と葉山が二重の斬撃で与えたのと同等の深傷を、比企谷は一撃で与えてみせた。

 

 

「あはっ♡」

 

 

 恍惚する女狐。傷の再生途中ながら比企谷の頭目掛けて手を伸ばす。

 比企谷は僅かな動きでそれを躱わし、返す刀で腕を切り落とした。

 

 

(分かっていた事だけど……強い……‼︎)

 

(これ程とはッ)

 

 

 自分達が手も足も出ないかと思えた相手と渡り合う比企谷に、雪ノ下と葉山は驚愕する。

 

 女狐は腕を切断されながらも、女狐は残った左腕を比企谷の首に向けて振るう。無理な追撃はせず、比企谷は距離を取りそれを簡単に躱わした。

 

 

「そんなオモチャみたいなクインケで骨を切られたのは初めてです」

 

 

 女狐は落ちた自身の腕を拾うと、その断面を合わせる。数秒にして、腕は接合した。

 だが、胴体に深々と付いた傷の治りは先程までに比べてやや遅い。

 

 確実にRc値が低下している。雪ノ下と葉山はそう確信した。だいぶ呼吸が落ち着き、二人は比企谷の両隣に並ぶ。

 

 

「遅くなってごめんなさい。助太刀するわ」

 

「所で比企谷、平塚先生はどうしたんだ?」

 

「駄々が面倒くさくなってコンビニに置いてきた」

 

「お前、最後まで面倒見ろよ……」

 

 

 程よい緊張と脱力。それは良質な集中状態。

 

 数秒の膠着。女狐が動き出すよりほんの一瞬速く、比企谷が地面を蹴った。

 過剰とも言える大袈裟に刀を構える比企谷。彼の持つ剣技と溢れ出る殺気に警戒して女狐は身構えるが、比企谷は急停止して接近を止める。

 

 

「あれ?」

 

 

 呆気に取られる女狐を、タイミングをズラす形で雪ノ下と葉山が強襲する。

 相変わらず深くは無いが、先ほどと比べて浅くは無い。肉の硬度も下がっている。確実に女狐のRc値は低下し弱体化していた。

 

 それでも尚、女狐は比企谷から視線を外さない。依然、女狐にとって脅威となるのは比企谷ただ一人。

 

 比企谷は接近し剣を振るう。

 強烈な殺気の衝突。

 比企谷の猛攻に女狐も応戦する。

 

 比企谷の太刀筋は女狐の反応を一歩上回り、雪ノ下と葉山の攻撃も上乗せされ、明らかに優勢を取れている。

 変わらず高い再生力だが、再生が追いつかない傷が少なからず出始める。

 

 女狐の笑は先程までの余裕のあるものから殺気を纏う物へ変わる。

 

 そして比企谷の刃が女狐の両目を一閃したのと同時に女狐の余裕の笑は消え、本気の殺意を纏った。

 

 

「はぁ。目は笑えないですよ、女子的にも喰種的にも」

 

 

 殺気を浴びて瞬時に退がる比企谷。

 一瞬の動揺と焦りに身を取られた雪ノ下と葉山は反応が遅れてしまった。致命的だ。

 

 ついに放出される女狐の赫子。九本の巨大な赫子は、比企谷、雪ノ下、葉山を簡単に蹴散らした。 

 

 

「あ〜あ、出しちゃったぁ」

 

 ぶっ飛ばされた雪ノ下と葉山は動かない。

 

 辛うじて防御と受け身を間に合わせた比企谷だけが、戦闘不能に陥っていないが、それなりのダメージを負った。

 

 

(骨は逝ってないか?……いや、軽く割れてるな。内臓は無傷では無いが問題ない)

 

「貴方本当に強いですねー。階級は?おいくつですか?ていうか良く見たら普通にイケメンですね!その腐った感じの目私的には結構好きですよー?」

 

 

 赫子を出し、また余裕を取り戻す女狐。それも当然、喰種の脅威とはこの赫子にこそあるからだ。赫子の有無で、喰種の戦力は数倍変わる。

 

 

(この程度のクインケじゃ倒せる訳が無い)

 

 

 自身のクインケを眺めながら思考する比企谷。

 

 さっきまでとは打って変わり攻撃的になった女狐が攻撃を仕掛ける。

 咄嗟に躱わし、雪ノ下と葉山から離れる様に移動する比企谷。

 

 動き回りながら赫子の猛攻をクインケで防ぐが、どれも重く一撃受けるたびに掌が痺れる。

 

 足を止めて、万全の構えをとる比企谷。それを見て女狐は嬉しそうに笑う。

 

 目の前の若い捜査官は、この凶悪な喰種、凶悪な赫子を真正面から受ける気だと、とんだ命知らずが居るものだと、女狐の感情が昂る。

 

 スゥーっと、深呼吸し集中力を最大に引き上げた比企谷は、迫り来る二つの赫子を、全力の剣戟で迎え撃つ。

 バキンッと、クインケが砕けるが、赫子を二つ破壊する。

 

 続く四つの赫子を掻い潜り接近。徒手の間合い程の近距離なら赫子はむしろ届かなくなる。

 

 女狐は殺気満点の笑みで両腕を比企谷に伸ばす。綺麗で白いその細腕は、喰種という前提を加えるだけで人間の胴体を簡単に貫通する凶悪な鉤爪と化す。

 紙一重でそれを躱わし、比企谷は隠し持っていた短刀を女狐の喉に深々と突き刺した。

 

「かはっ」

 

 突き刺した短刀を抉る様に捻り、一瞬女狐の動きが止まる。

 比企谷は女狐の身体を蹴りながらその威力を利用する様に後退する。

 

 ふらふらと千鳥足で首を抑え、短刀を引き抜くと、喉に空いた穴からドバドバと重く血が零れ落ちる。

 

 比企谷は雪ノ下が落とした刀剣を拾うが、一瞬目を離した隙に、女狐の傷はもう再生していた。

 

 

「不死身かよ……」

 

「いいえ、流石にそろそろ限界です」

 

 

 限界。それは比企谷も同じだった。量産型Bレート程度のクインケで、女狐の強力な赫子を一瞬で二つも破壊したのだ。それも正面衝突の形で。

 比企谷の両掌の骨には既にヒビが入っていた。

 

 再び、強襲する女狐。比企谷は応戦するが、女狐は切り裂かれながらもお構い無しで刀剣を赫子で弾き飛ばし、比企谷を押さえ込んでしまう。

 

 赫子で縛り上げ、その眼球を優しく指で触れる。

 

 

「貴方本当に強いですねー。今まで出会った鳩さんの中で十本指に入りますよ?嘘じゃ無いです」

 

 

 ぐりぐりと、指で眼球を擦られながらも比企谷は少しの反応も見せない。

 

 

「私、貴方がくれる痛みに惚れちゃったかもしれないです!あっ、勘違いしないでください私えむじゃ無いので。痛みというか、貴方の質の良い殺気ですかね?」

 

 

 女狐はその指を舐めて、比企谷の体液の味を確認した。

 

 

「うっ……ストレス過多ですね。もしかして鬱の人ですか?人生楽しまなきゃダメですよ?味に響くので」

 

 

 うえーっと舌を出す女狐。無意識に赫子を強く締め、比企谷が苦痛に少し声を上げると、女狐はごめんなさいと悪びれも無い様子で謝り赫子の力を弱めた。

 

 こんな状況下で、比企谷が吐く言葉は。

 

 

「……龍について何か知っているか?」

 

「はい?」

 

 

 自身がもう万事休すという状況で何の質問だと、女狐は呆気に取られる。

 

 

「知ってたら何か教えろ」

 

「うーん。何故そんな質問を?」

 

「どうでもいいだろ」

 

「貴方の質問も私に取ってはどうでもいいです」

 

「……この手でヤツを殺さないと俺は死ねない」

 

「はぇ?……あはは!本気で言ってますそれ?」

 

 

 今まさに殺される直前の人間のその言葉に、女狐は腹を抱えて笑う。だが、比企谷の表情は本気そのものであり、何よりも。

 

 

(この殺気は普通じゃない)

 

 

 比企谷が纏う殺気。そのオーラは、女狐程の強い喰種からしてもただならぬ物だった。

 女狐は、含みがある様に微笑むと、比企谷を解放し、跪く比企谷の顎を掬い上げる。

 目と目が触れるか否かと言うほどまで顔を近付けて、女狐は言った。

 

 

「龍は私であり、私じゃありません」

 

「は?」

 

 

 意味が分からない。比企谷は眉を顰める。

 

 

「だから〜。龍は私であり、私じゃありません。あんまりお喋りが過ぎると怒られちゃうので」

 

 

 そう言うと女狐は立ち上がり、比企谷に背を向けた。待て、と手を伸ばす比企谷だが、身体のダメージは思っているより大きく、立ち上がれない。

 

 

「貴方はまだまだ強くなります。最上の殺し合いをしましょう。……えっと、おいくつでしたっけ?」

 

「……十九」

 

「一つ上でしたか。では、また会いましょう。……せんぱい♡」

 

 

 女狐は立ち去る。

 

 情報に処理が追いつかず、一人思慮に耽る比企谷。

 龍は私であり、私じゃ無い。ただの妄言にしか思えないが、これほどの強さの喰種の言葉を簡単には流せない。

 

 三浦と海老名に連れられて酔いが覚めた平塚が駆け付ける。

 

 女狐。その喰種との出会いを機に比企谷の運命は大きく動き出した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

Rc細胞

 人間が持つ血液中の物質。喰種はこれが以上に高く、赫子や再生力、強靭な肉体の所以。

 


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