雪降る月夜に少女は蜘蛛と踊る   作:トビエイ

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少女と蜘蛛のお話、その第二話。
一人と一匹の関係が進展するかも…。


~白い月、雨宿り~

 レイラがネルスキュラと遭遇した次の日…。

 

「わー、今日も大雨…」

 

 昨日から荒れていた天気は日付が変わっても回復することなく、今日も分厚い雲と激しい雨を降らせていた。そんな悪天候の中、レイラは赤い和傘をさしながらカムラの里を歩いていた。

 

「ハモンお爺ちゃーん、来たよー!」

 

 加工屋の前まで来ると、ハモンの名を呼ぶ。しばらくすると奥からハモンが歩いて出てくる。

 

「なんだ、来たのか」

 

「もう、呼んだのお爺ちゃんでしょ!」

 

「こんな天気だ、明日でも良かったんだが」

 

「ふふ、新しい防具が楽しみで」

 

 楽しそうに笑うレイラの服装は昨日までのカムラノ装ではなく、依巫。ヒノエが縫ってくれた服だ。防具としての機能は無いので私服として使っているが、レイラ自身も気に入っている。家族同然に育ててくれたヒノエとミノトとのお揃いというのもあるだろう。

 

「にしてもフルフルに遭遇するとはな、運が無い」

 

「うん…」

 

 昨日乱入…というより、奇襲してきたフルフル。本来モンスターは縄張り意識が強く、狩猟中に二体以上と遭遇するのはそう多い出来事ではないのだが…。

 

「まぁ、無事なら何でもいい…クエストも達成したしな」

 

「でも…カムラノ装が…」

 

 フルフルの強酸性の唾液はレイラを溶かすことは無かったものの、カムラノ装は修復困難になっていた。ハンターを目指すと決めた時から着ていた防具の最期に項垂れるレイラの肩をハモンは優しく叩く。

 

「それは防具としての役割をしっかりと果してくれたってことだ…悲しむより感謝してやれ」

 

「…うん!」

 

「さて、本題の防具だが…これだ」

 

 そう言ってハモンが渡してきたのは白い毛皮の防具。

 

「わ、もこもこ…」

 

「向こうの部屋で着替えてこい」

 

「はーい!」

 

……

………

 

「暖かーい」

 

 着替えてきたレイラは白い防寒具に身を包んでいた。頭には兎のような垂れ耳がついている。

 

「ウルクススの素材から作った防具、ウルクシリーズだ」

 

「すごい可愛い!」

 

「性能としては氷耐性が高く、寒さにも強い…火には弱いから注意だ」

 

「寒冷群島行くときに欲しかった…!」

 

「それと…武器に関してだがひとまず鉄鉱石で軽く強化はしておいた」

 

「わ、ありがとう!」

 

 受け取ったカムラノ傑片刃を早速装備し、くるりと一回転する。

 

「どう?似合う?」

 

「馬子にも衣裳だな」

 

「もう!」

 

「冗談だ…ほら、お前の姉が来てるぞ」

 

「え…あ、ヒノエお姉ちゃん!」

 

 振り返ると赤い和傘を差したヒノエが手を振っている。

 

「防具、無事に完成したようですね…お似合いですよ、レイラ」

 

「えへへ、ありがと!…で、どうしたの?突然迎えに来て」

 

「カムラの里ハンターへの依頼ですよ」

 

「ほんと!?行く!じゃあねハモンお爺ちゃん、ありがとう!」

 

「おう、気を付けて行ってこい」

 

 ぶんぶんと手を振りながらレイラはヒノエと歩いていく。それを見つめながらハモンは溜息をつく。

 

「…孫ともこう接すればいいとは分かっているんだがな」

 

老人の呟きは、雨の音にかき消された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 雨の中、ヒノエの傘に二人で入りながら里を歩いていくと、茶屋に辿り着く。

 

「あれ…茶屋でいいの?」

 

 そのまま茶屋に入っていったヒノエを追いかけながらレイラは疑問を口にする。依頼者の元に向かいます、とヒノエから聞かされていたのでいつものクエスト受付所に行くものだと思っていたのだ。

 

「はい、依頼者はヨモギさんです」

 

「え、ヨモギちゃんなの?」

 

「そうだよレイラちゃん!」

 

「わっ!…もう、驚かせないでよ」

 

「えへへー、ごめんごめん!」

 

 背後から突然レイラを驚かしたのはカムラの里で茶屋を取り仕切る看板娘のヨモギ。ヨモギはレイラと同じ境遇…幼少期に里の外から来た者同士、気が合うのかすぐに友達になった。

 

「ヨモギちゃんの依頼ってことはうさ団子関係?」

 

「うん、甘くて美味しい卵を取り寄せてたんだけど…」

 

「砂原でその卵を運んでいた行商人がクルルヤックに襲われて、台車を壊されてしまったそうです」

 

 ヨモギの会話を引き継いでヒノエがクエストを説明する。クルルヤック…掻鳥と呼ばれる鳥竜種のモンスターだ。卵が好物なので、卵を運ぶ行商人を襲うことがあるのだ。

 

「じゃあそのクルルヤックの討伐をすればいいの?」

 

「うん、それと…もし無事な荷物が残ってたらそれもお願いしていい?」

 

「良いよ、任せて!」

 

「ほんと?ありがとうレイラちゃん!」

 

 クルルヤックの討伐に無事な荷物の回収…それが今回のクエストのようだ。

 

「砂原は初めてでしたね、レイラ」

 

「うん、どんな場所なの?」

 

「砂原は昼夜の寒暖差が激しい過酷な場所です…広い砂漠もありますね」

 

「分かった、じゃあ行ってくる!」

 

「お気をつけて、行ってらっしゃいレイラ」

 

「行ってらっしゃいレイラちゃん!」

 

「うん、行ってきます!」

 

 二人に見送られながら雨の中を翔蟲で飛んでいく。幸い、ウルクシリーズは水にも強いらしく雨も弾いてくれるようだ。寒さも防いでくれており、雨の中でも快適に移動できている。

 

「すごい、こんなに変わるんだ…!」

 

 新しい防具の性能に感動しながら、レイラは砂原へと向かう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 砂原に辿り着く頃には雨は降り止んでいた。相変わらず空は分厚い雲で覆われているが、むしろ過ごしやすい温度かもしれない。

 

「えっと、行商人が襲われた場所は…」

 

 地図を片手に翔蟲で崖から崖へと飛び、目的の場所まで移動する。蟻塚…オルタロスの巣が二つある場所だ。壁際に壊され無残な姿になった台車を見つける。

 

「うわぁ…無事な荷物あるかな…」

 

 クルルヤックが荷物の卵をここで食べたのか、食べ残しの殻や中身が散乱している。それらを払いのけ、無事な荷物を探していると…。

 

「クルルヤッグゥ…クルルヤッグゥ…」

 

「…犯人は現場に戻るって言うけど」

 

 突然の鳴き声に振り向けば、行商人を襲ったであろうクルルヤックがレイラを見ている。口に殻がついているのでこの個体で間違いないだろう。

 

「戻ってきたってことは…まだ無事な荷物があるってことだね」

 

 そう確信したレイラは片手剣を取り出し、右手に盾を構える。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」

 

 目の前の人間が戦闘状態に入ったと察したのかクルルヤックも威嚇すると跳躍しレイラに襲いかかる。

 

「っ、やっ!」

 

 レイラはサイドステップで躱すと着地で無防備になったクルルヤックの胴体に片手剣を突き刺す。

 

「ギャッ」

 

 深くは刺さらなかったものの、刃はクルルヤックの皮膚を貫き傷を残す。鉄鉱石で強化しただけあって威力は確かに上がっている。

 

「クルル…」

 

 傷をつけられたことが気にくわないのか、クルルヤックは後ずさりしていく。そしてピタっ、と止まると前脚で地面を掻き始める。

 

「あ、止めなきゃ!」

 

 ミノトから聞かされていた、クルルヤック独自の行動。前脚で地面から岩などを掻き出し、武器として使うのだ。岩を使った攻撃は勿論強力なのだが、盾のように防御の手段としても使ってくる。大剣やハンマーといった一撃の重い武器なら無理矢理落とさせることもできるが、生憎レイラの武器は片手剣。岩を掘り起こされては困る。

 

「怯んで!」

 

 飛影で距離を詰め、クルルヤックの顔目がけて斬りつけると勢いそのままに盾でアッパーをくらわす。が、少し遅かったようだ。

 

「…壺?」

 

 クルルヤックが掘り出したのは古そうな壺。突然の人工物にレイラは困惑する。だが目の前のモンスターに岩との違いが分かるはずもなく。アッパーされた仕返しと言わんばかりに壺を振り上げる。

 

「…あっ、わっ!」

 

 慌てて距離を取るが、クルルヤックの猛攻は止まらない。壺を器用に振り回しながらレイラに迫ってくる。あまりの猛攻に翔蟲も使って避け続けるレイラ。しかしクルルヤックも攻撃が当たらないことに痺れを切らしたのか、突然壺をレイラに向かって放り投げる。

 

「投げるの!?」

 

 思わぬ攻撃に転がることで何とか直撃を避けるレイラ。地面に投げられた壺はパリンと音を立てて割れる。

 

「クルル」

 

「きゃっ!?」

 

 クルルヤックは転がったことで無防備なレイラに飛びかかる。幸い距離が足らなかったのか踏みつけられずには済んだ。が、クルルヤックは前脚を振り上げている。地面から岩を掻き出すほどの爪だ。防具が耐えれるとは限らない。

 

「離れて!」

 

 片手剣をクナイのように投げつける。ガッ、とクルルヤックの脳天に当たる…が、突き刺さらずに地面に落ちる。

 

「クルル…ア゛ア゛ア゛!」

 

 武器を愚かにも投げ丸腰になったレイラにクルルヤックは再度飛びかかる。盾を構えることしかできないレイラに容赦なく爪が振り下ろされ…。

 

「クル…クルル?」

 

 飛びかかり、爪が盾に防がれる。そこまではいい。防がれようが飛びついた自分の優位は変わらないのだから。しかしクルルヤックは胸に違和感を感じる。視線を向ければ、胸に片手剣が深く突き刺さっている。そう、レイラが投げつけたはずの片手剣が。

 

「鉄蟲糸、見えなかったでしょ?」

 

 片手剣の柄から一本の糸が垂れている。投げつける前に翔蟲の糸…鉄蟲糸を付けていたのだ。糸を引っ張れば投げた片手剣を回収できる。後はクルルヤックが飛びかかるのに合わせて片手剣を前に突き出すだけ。盾を構えておけば攻撃を防ぐ他に相手に"反撃する手段が無い"と思わせることもできる。モンスター相手に意味があったかは分からないが…。

 

「グァ…ァァ…」

 

 ゆっくりと片手剣を引き抜けば胸から血が流れ出す。よろよろと後ずさりをしていくクルルヤックに追撃を仕掛けようとレイラは翔蟲を構え…。

 

「グェッ」

 

「え?」

 

 突然転がってきた赤い球体にクルルヤックが轢かれる。赤い球体は轢いた衝撃で止まるが、少しするとまた転がりだす。まるで何かから逃げるかのようにそのまま何処かへ転がり去った。轢かれたクルルヤックはと見てみると、轢かれた後にオルタロスの巣に激突したらしく、地面に転がっていた。ピクリとも動かない。絶命したようだ。

 

「と、討伐完了でいいのかな…」

 

 素直に喜べないが、討伐した事には違いない。赤い球体に関してはヒノエに報告すればいいだろう。どこか腑に落ちない表情を浮かべながらも、レイラはクルルヤックの素材を剥ぎ取る。特に飾り羽やクチバシは素材として人気が高い。荷物としてかさばらないのも嬉しい。

 

「あ、荷物も探さなきゃ」

 

 ヨモギから頼まれていた事を思い出し、振り向く。青い六つの目がレイラを見ていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 砂原をゆっくりと歩くモンスターがいる。赤甲獣、ラングロトラだ。食料であるオルタロスを求め探し回っている様子。なかなか見つからないのか、機嫌が悪いようだ。そしてついに巣穴に戻ろうと歩いているオルタロスたちを見つける…が、先客がいた。蜘蛛のようなモンスターだ。ヤツカダキ…にしては異なる点が多い。そのモンスターは足元を歩くオルタロスたちには目もくれず、下層へと繋がる洞窟をジッと見ている。移動するまで待つのが一番安全で確実なのだが…。

 

「アアア…ェェァァア゛ア゛ア゛!」

 

 ラングロトラは立ち上がり威嚇した。空腹なのも手伝い、荒げた咆哮を出す。

 

「………」

 

 蜘蛛のようなモンスターが振り向くが、興味無さげに再び洞窟へ視線を戻す。

 

「…ェァァア゛」

 

 その反応が気に食わず、ラングロトラは麻痺液を口に含むと上を向く。そして放射線を描くように塊として吐き出す。この麻痺液は捕食した甲虫種から摂取した毒で作られたものだ。大型モンスターでさえ簡単に麻痺状態にできる。麻痺で動けなくした後に舌で攻撃するなり丸まってぶつかるなりすれば蜘蛛のようなモンスターはすごすごと逃げ去るだろう。そう楽観視していた。

 

「ェァァ…?」

 

 しかし麻痺液は地面に散った。蜘蛛のようなモンスターがいないのだ。困惑し辺りを見渡すが、いない。…腑に落ちないが、当初の目的は達成されている。オルタロスたちは既に巣穴に戻っているが、自分の舌があれば引き摺りだすことなど容易い。そう思い四足歩行になり足を進める。進めようとする。

 

「…ェァ?」

 

 進めない。後脚に何かが絡まっている。不思議に思いながら振り返れば、進めない原因が分かる。

 糸だ。糸が絡まっている。ヤツカダキかツケヒバキが捨てた糸を踏んでしまったのだろう…などという考えは瞬時に消え失せた。いる。いつの間にか背後に。六つの青い…否、”赤い”目を向けながら。

 

「ェァァアア!?」

 

 慌てて糸を振りほどこうと暴れるが、切れる気配が無い。攻撃しようにも、背後には舌や麻痺液が届かない。

 ならば守るしかない。ラングロトラは糸を振りほどくのを諦め、丸まる。ラングロトラの甲殻は硬度が高く、弾力性もあるので生半可な攻撃では傷一つ付かない。生半可な攻撃では。

 

「ェア゛ア゛ア゛!?」

 

 白い大顎が容赦なくラングロトラの甲殻に喰い込む。自慢の甲殻はヒビ割れ、肉にまで達しているのか血が滴る。ギチギチと嫌な音が響くが、ラングロトラは痛みに耐え必死に丸まっていた。しばらくして蜘蛛のようなモンスターはラングロトラを断ち切れないと判断したのか、そのまま持ち上げる。あれほど暴れても振りほどけなかった糸がブチブチと切れていく。決して軽くは無いはずのラングロトラが軽々と持ち上げられ…無造作に放り投げられる。

 

「ェァ…ッ!?」

 

 唐突な浮遊感、そして壁にぶつかった衝撃がラングロトラを襲う。

 勝てない。死ぬ。死んでしまう。ラングロトラは痛みを無視し必死に転がりだす。蜘蛛のようなモンスターから逃げる為に。生き残る為に。

 

「………」

 

 それを蜘蛛のようなモンスターは眺めていた。白かった大顎は今や血肉で赤く染まっているが、目はいつの間にか青色に戻っている。大顎の血肉を拭い、洞窟に一瞬だけ目を向け…ラングロトラの逃げた方向に歩きだす。追いかける為か、それとも気まぐれか…。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「………」

 

「………」

 

 レイラと蜘蛛のようなモンスター…ネルスキュラは互いに互いをジッと見ていた。片方は警戒と困惑、もう片方は驚きと興味を持って。

 

(ど、どうしよう…)

 

 まさか二日連続で出会うとは思わず、レイラは困っていた。幸い、今回も襲っては来ないのが救いだ。よく見ればネルスキュラは白い皮を身に纏っている。昨日狩られたフルフルの皮だろう。そういえば、と先程転がってきた赤い球体を思い出す。

 

(もしかしなくてもあの赤い球体…)

 

 ネルスキュラから逃げてたのだろうか。というかそうであって欲しい。理由が分かるほうが安心する。

 

「…えーと」

 

 ずっと見つめ合う訳にもいかず、ひとまず昨日のように後ずさりをする。特に反応は無い。ならばとレイラは壊れた荷車に近づくとしゃがみ込む。ネルスキュラに背中を見せる事になるが、襲うつもりならクルルヤックの剥ぎ取りをしている際に襲っているはずだ。それよりもヨモギの為に無事な荷物を探し始める。

 

「…!、あった!」

 

 少し汚れてはいるが、無事な荷物が三つ見つかる。ひとまずこれでクエスト達成だろう。後は帰ってヒノエに報告し、ヨモギに荷物を渡すだけなのだが…。

 

「帰って…良いのかな、これ」

 

「………」

 

 ネルスキュラは未だにレイラをジッと見ている。微動だにしないので無機質な印象が拭えない。

 

「…あれ」

 

 ふと、空気が変わった気がしてレイラは空を見上げる。ぽつぽつと雨が降り出したかと思えば、あっという間に豪雨へと変化する。

 

「わ、わー!?」

 

 雷が鳴りだし、強風が吹き荒れる。立っていられないほどの風だ。慌てて辺りを見渡すが、風を凌げそうな場所は見当たらない。翔蟲もこの強風では使えないだろう。

 

「ひとまず壁際に…きゃっ!?」

 

 歩こうとして足元の石につまずく。普段なら転ぶだけで済むが、強風吹き荒れる今は不味い。そのまま風に煽られ吹き飛ばされてしまい…。

 

「………あ、ありがとう?」

 

 ネルスキュラが吹き飛ばされかけたレイラの体を鎌状の前脚で掴んでくれたようだ。一応助けられたのだが、今の光景だけ見ると捕食されかけている少女にしか見えない。レイラ本人は恐怖より困惑のほうが勝っているようだ。

 ネルスキュラは掴んだレイラを引き寄せ、そっと地面に降ろすと、糸を出し器用に何かを縫い始める。

 

「わっ…凄い…」

 

 1分もすればネルスキュラとレイラの周りは白いドーム状に覆われる。雨どころか、この強風すら防いでいる。

 

「助けてくれた…ってことでいいのかな」

 

 糸の強度にも驚いたが、一番の驚きはネルスキュラの行動だ。どう考えてもレイラを助けてくれている。人間を助けるモンスターなど、聞いたことが無い。

 

「………」

 

 当のネルスキュラは何処か別の方向を見ている。

 

「ありがとう」

 

 伝わる訳が無い、そもそも本当に助けてくれたのか、助けてくれたとしても理由が分からない。それでもレイラはきちんとお礼を言いたかった。

 

「………」

 

 レイラの言葉にネルスキュラが視線を向けてくる。しばらくの沈黙の後、ネルスキュラは地面に座り込む。それに倣いレイラも横座りする。

 

(…やっぱり、綺麗)

 

 ネルスキュラが身に纏うフルフルの皮から所々見える白い、綺麗な甲殻にレイラは見惚れる。月の光のような、暖かい色に。

 白い蜘蛛と兎の奇妙な雨宿り。激しく荒れている雷雨と対照的に白いドームの中は静かで穏やかだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ここの洞窟はどうだろうか。ネルスキュラは砂原でようやく見つけた住処候補に近づき、中の様子を探る。どうやら下層に繋がる洞窟のようだ。下層まで降りるかどうか悩んでいると、背後から咆哮が聞こえる。近くにモンスターが来ているのは知っていたが、刺激した覚えは無い。渋々振り向けば、赤い牙獣種がこちらに敵意を向けている。

 

 「………」

 

 怒らした原因が思いつかない。面倒になり視線を洞窟に戻す。

 

「…ェァァア゛」

 

 背後で赤い牙獣種が動く。結局こうなるのか…とネルスキュラは瞬時に牙獣種の背後まで回り込む。当の牙獣種はネルスキュラがいた場所に麻痺液を吐いていた。突然消えたネルスキュラに困惑し辺りを見渡している。

 麻痺液…赤い甲殻…。少し興味が出てきたネルスキュラは目の前の牙獣種を狩猟することを決める。元々売られた喧嘩だ、火の粉を払うついでに素材として頂こう。糸を後脚に飛ばし、動きを封じる。あの体型ならばそれだけで背後に反撃できないだろう。

 

「…ェァ?」

 

 糸に気づいたのか牙獣種が振り返る。そして目が合う。

 

「ェァァアア!?」

 

 案の定、背後に攻撃ができないようで、糸を振りほどこうと暴れている。そして何を思ったのか丸まりだす。防御態勢のつもりなのだろうが、ネルスキュラからすればただの動かない的だ。

 白い大顎が飛び出すと、180℃近く開き…一瞬で牙獣種を挟み込む。

 

「ェア゛ア゛ア゛!?」

 

 流石に硬く、断ち切れはしなかったがそれでも甲殻は割れ肉にまで顎が喰い込む。しばらく挟み込んでいたが、断ち切るまで耐久するのは時間がかかりそうだ。そう判断し…持ち上げる。この糸の量なら無理矢理剥がせる。このまま叩きつけてもいいが…面倒なので投げよう。

 

「ェァ…ッ!?」

 

 牙獣種は壁まで放り投げられ、壁に激突する。しばらく動かなかったが、突然転がりだし…逃げた。

 

「………」

 

 それをネルスキュラは残念がるでもなく、ただ見ていた。大顎に付いた血肉を拭いながら。

 一瞬だけ洞窟に目を向ける。下層は悪くないが、入り口が多いのが気に入らない。ならば次の住処候補を探しに行こう。そう思い牙獣種が逃げた方向へ歩きだす。追いつければよし、追いつけなくとも進む方向が決まるのでよし。自分の住処を見つける為に、ネルスキュラは歩き続ける。

 

……

………

 

 そもそもフルフルの皮が無いと快適に過ごせない時点で砂原は住処に向いてないのでは?歩いているうちにネルスキュラは真理に辿り着く。

 ただ、それはわざわざ寒冷群島まで行きフルフルを探した時間が無駄になったということ。無情な現実に思わず立ち尽くしていると、何やら人間がモンスターから剥ぎ取っているのを見つける。白い服…兎を模しているのだろうか。白…昨日遭遇した人間を思い出す。好奇心からネルスキュラは近づく。

 

 「あ、荷物も探さなきゃ」

 

 目の前の人間がそう喋ると同時にこちらに振り向き、目と目が合う。…昨日遭遇した人間だ。

 

「………」

 

「………」

 

 目の前の人間は特に逃げる素振りを見せない。のでじっくりと観察する。服は違うが、白い髪、赤い目。間違いなく昨日遭遇した人間だ。もう会うことは無いと思っていたが…。

 

「…えーと」

 

 目の前の人間が後ずさる。当然の反応だ。そのまま逃げるのかと思えば、近くの壊れた人工物にしゃがみ込み、漁り始める。ネルスキュラに無防備な背中を見せながら、だ。

 突然の奇行にネルスキュラは困惑…よりも興味と好奇心が勝った。

 

「…!、あった!」

 

 しばらく見ていると、お目当ての物を見つけたのか漁るのを止める。そしてこちらを見てくる。警戒しているのだろうか。しかし無防備に背中を見せた時点で既に手遅れでは…。人間の行動に悩んでいると、その人間が空を見上げる。つられてネルスキュラも見上げれば、空は分厚い雲で覆われている。

 

「わ、わー!?」

 

 その雲から豪雨が降りだす。雷が鳴り、強風が吹き荒れる。突然の悪天候に不信感を抱いていると、人間が転んだのか風に吹き飛ばされかけていた。

 

「………あ、ありがとう?」

 

 助ける義理は無いが、まだこの人間の行動を観察したい。そう考えネルスキュラは人間を助けたのだ。掴んだ白い服はふわふわとしていた。牙獣種の皮だろうか。

 …さて、掴みはしたが…この嵐だ。離せば間違いなく人間は吹き飛ぶ。辺りに休めるような場所も無い。ならば、とネルスキュラは人間を引き寄せ地面に降ろすと糸で周りをドーム状に縫い始める。簡易的な巣を毎回作るせいで無駄に上がった技術だ。この程度なら1分もかからない。

 

「わっ…凄い…」

 

「助けてくれた…ってことでいいのかな」

 

 何を喋っているかは分からないが、警戒されてはいないだろう。多分。

 それよりもこの嵐に紛れて感じるこの気配が問題だ。しかも近くにいない。それどころか遥か遠くにいる。遠くにいてこの存在感。これに似た感覚をネルスキュラは知っている。規格外の存在、生態系の例外、生ける天災…古龍のものだ。この嵐もその古龍の影響だろうか。嵐が止み次第移動したほうが良さそうだと考えていると、声が聞こえる。

 

「ありがとう」

 

 視線を戻せば人間がこちらを見ている。意味は分からないが、警戒心は解けたようだ。古龍に関しては、嵐が止まないことにはどうしようもない。ならば嵐が止むまで休んでもいいだろう。そう思いしゃがみ込むと人間も座り込む。兎の服も相まって可愛らしい印象を受ける。

 

「…?」

 

 …可愛らしい?この人間が…?突然芽生えた感情にネルスキュラは困惑する。

 嵐が止むまで、もう少し。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「あ、止んだ…?」

 

 先程までの嵐が嘘のようにピタっと止まる。ネルスキュラも気づいたのかドームを解体し始める。

 空は雲一つ無い快晴だった。

 

 「…なんか、嫌な予感がする」

 

 ドームを解体し終えたネルスキュラは糸を纏めている。何かに再利用するのだろうか。

 

 「じゃあ私帰るね、助けてくれて本当にありがとう」

 

 ネルスキュラにお礼を言い、レイラは翔蟲で飛び去る。ネルスキュラはレイラの飛び去った方向をしばらく見ていた。古龍は移動したのか、もう気配を感じない。

 

 「………」

 

 何を思ったのか、ネルスキュラはレイラの後を追うように歩きだす。特に理由は無い。強いて言えば、レイラが向かった先が気になる。何故気になるのかは自分でも分からない。

 …興味以上の感情をレイラに抱いたということも、まだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…!、レイラ!」

 

 「あ、ヒノエお姉ちゃんただいま…って、あれ?」

 

 里に帰るとヒノエが待ってくれていた…が、他の里の住人の姿が見えない。里が怖いほどに静かだ。

 

 「レイラ、大変です…百竜夜行が起きました」

 

 「え…」

 

 百竜夜行。50年前、カムラの里を壊滅寸前まで追い込んだ災害。それが今、起こっている。

 

 「私も加勢に行く!」

 

 「心強いお言葉です、レイラ…行きましょう、こっちです!」

 

 「うん!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翡葉の砦…百竜夜行を食い止め、カムラの里を守る防衛線。そこは地獄絵図となっていた。アオアシラ、ヨツミワドウ、リオレイア…。単体だけでも脅威なモンスターが、大規模な群れを成して襲ってきているのだ。

 

「リオレイアが三頭、止まりません!」

 

「大砲を撃て!撃て!」

 

「ヨツミワドウの群れが柵を攻撃しています!」

 

「徹甲榴弾を撃って気絶させろ!急げ!」

 

「アオアシラが五頭、来ます!」

 

「竹爆弾を置け!近づけさせるな!」

 

 里守たちの声が飛び交う。

 

「な、なんでこんなに…」

 

 初めて見る光景にレイラが言葉を失う。

 

「理由は分かりません、ですが百竜夜行を止める方法はあります」

 

「…群れを全滅させる?」

 

「それもありますが、群れの主…大物を倒せば統率を失った群れは撤退するのです」

 

 そう言ってヒノエが指さす方向を見ると、遠くにモンスター…ここからでも分かるほど大きなドスフロギィが咆哮しているのが見える。

 

「里長や教官が既に向かってますが、如何せんこの数のモンスター…一筋縄ではいかないでしょう」

 

「私も手伝うよ!」

 

「そう言ってくれると思っていました…私が先導して道を切り開きます、行きましょう!」

 

「私も行きます」

 

「ミノトお姉ちゃん!」

 

「ふふ、なら前は任せましたよミノト」

 

「お任せください、姉さま」

 

 ランスを構えたミノトが突撃し、ヒノエが弓でアオアシラやリオレイアを撃ち抜き怯ませる。

 

「ギャォォォォオオオ!!!」

 

 砦にリオレイアの咆哮が響く。すかさず里守たちがバリスタや大砲を撃ち込む。もはや、人間対モンスターの全面戦争だ。

 

「数が多い…!」

 

 ヒノエとミノトの後を追うように駆け抜けるレイラ。

 

「しっかりついてきてますかレイラ!」

 

「うん!」

 

 立ち塞がるアオアシラをミノトがランスで突き上げ、ヒノエが矢を放つ。

 

「やっ!」

 

 そして怯んだところにレイラが飛び乗り、鉄蟲糸を絡ませ…近くにいたヨツミワドウへ突撃させる。ぶつけられたヨツミワドウは怒ったのかアオアシラへ攻撃しだす。

 

「良い操竜でしたレイラ」

 

「ありがとう!」

 

「気を抜かないでください、もうすぐ大物のところに着きます」

 

「うん!」

 

 ミノトの言う通り、先程は遠くに見えていたドスフロギィがもうすぐそこにいた。ドスフロギィにしては巨大な体躯…フルフルどころか、ヨツミワドウよりも大きい。そこでは既にフゲンとウツシが戦闘していた。

 

「気焔…万丈!」

 

 フゲンの太刀がアオアシラやヨツミワドウの群れをまとめて退かせる。ウツシは翔蟲で空中を駆けながら双剣でリオレイアたちを切り裂いている。

 

「む、来たか!」

 

「愛弟子!クエスト帰りで悪いけど大物を頼めるかい!」

 

「任せて!」

 

「ヒノエとミノトも手伝ってくれ、数が多い!」

 

「はい!」「はい!」

 

 太刀、双剣、弓、ランス…四人の武器がモンスターの群れを蹴散らしていく。

 

「ォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」

 

 大物のドスフロギィが咆哮をあげると、リオレイアやヨツミワドウが更に押し寄せてくる。

 

「わ、増えた…!」

 

「僕たちも手伝います!」

 

「私もいるよ!」

 

「イオリ君、ヨモギちゃん!」

 

 ハモンの孫のイオリ、そしてヨモギが加勢に来る。オトモたちも駆けつけてくれたようだ。

 

「どんどん暴れちゃうよー!」

 

「みんな、配置について!」

 

 ヨモギはヘビィボウガン、イオリはオトモたちに指示を出しながらチャージアックスを振るう。

 里守たちもバリスタや大砲で次々とモンスターを撃退する。少しずつだが、確実にモンスターの数は減っている。

 

「ォォォ…」

 

 優勢が崩れかけているのを悟ったのか、大物…ドスフロギィが動きだす。毒液を口に含み、毒煙として吐き出…。

 

「させないよ!」

 

 レイラがクナイをドスフロギィの頭に投げる…普通ならば刺さるだけで終わるのだが…。

 

「クギャ!?」

 

 なんと爆発した。ウツシから受け取った爆破投げナイフだ。取り扱いが危険だと言われるのも納得の威力だ。

 

「やっ!」

 

 爆発し怯んだドスフロギィにレイラが飛影で斬りかかる。体躯こそ大きいが、ドスフロギィ自体は硬くない。刃は問題無く通る。

 

「ギャ…ギャ…」

 

 レイラに斬られ思わず後ずさりするドスフロギィ。

 

「よそ見厳禁!」

 

「里へは通さんぞ!」

 

 余裕ができたのかウツシとフゲンが助太刀に来る。徐々に増える切傷にドスフロギィも焦ったのか、尻尾を振り回し追い払おうとする。

 

「愛弟子!鉄蟲糸で隙を作るから追撃頼んだよ!」

 

「分かった!」

 

 有言実行、ウツシが鉄蟲糸が大物であるドスフロギィを絡め取る。

 

「はっはっは、流石だな!俺も続くぞ!」

 

 それに合わせフゲンが太刀で一閃、ドスフロギィが崩れ落ちる。

 

「今だ愛弟子!」

 

「うん!」

 

 崩れ落ち無防備になったドスフロギィ…その喉元に片手剣を突き刺し、抜き取る。毒液と血が混じったものが地面に零れる。

 

「ギャ…ャ…」

 

「今だ、集中砲火!」

 

 フゲンの号令でバリスタや大砲の集中砲火がドスフロギィに浴びせられる。そして、限界を迎えたのかドスフロギィがゆっくりと地面に倒れる。

 あれほど騒がしかった戦場が、途端に静まる。

 

「ギャァ…」

 

「グェ…」

 

 暴れていたはずのリオレイアやヨツミワドウたちが撤退していく。

 

「…終わったの?」

 

「はい、私たちで里を無事に守り抜いたんです」

 

 レイラの言葉に、ヒノエが力強く言う。

 

「よし、皆の者…里に帰るぞ!」

 

「「「おーーー!!!」」」

 

「あれ、イオリ君どうしたの?」

 

 皆が里に帰る中、レイラは何かを探しているイオリを見つける。

 

「あ、レイラさん…それが、双刃鎖鎌を落としちゃった子がいて…」

 

「なら私も手伝うよ」

 

「本当ですか?ありがとうございます!ヨモギちゃんにも手伝ってもらっているんですがなかなか見つからなくて…」

 

「逃げてったモンスターに刺さってたらどうしようもないけどね…」

 

「そうでないことを祈りましょう…」

 

「イオリくーん!こっちには無かったよ…あ、レイラちゃん!やっほー!」

 

「ヨモギちゃん!」

 

 レイラ、イオリ、ヨモギの三人で探すが、一向に見つかる気配が無い。

 

「…あ、あそこ!」

 

 ヨモギが指さす方向を二人が見れば、壁際にぽつんと落ちている双刃鎖鎌。

 

「あー、よかった…失くしちゃってキエンが落ち込んでたから助かったよ」

 

「失くしたのキエンだったんだ」

 

 キエンというのはイオリのオトモガルクの名前だ。アイルーがバンジョー。フゲンが一秒でつけた名前である。

 

「でも見つかって良かったねー」

 

「はい、二人とも手伝ってくれてありがとうございます」

 

「こっちも二人が加勢に来てくれて心強かったよ」

 

「えへへ、それほどでも!」

 

「さて、それじゃあ里に戻りま…」

 

 イオリがそう言いかけると同時に、チャージアックスを構える。同時にヨモギとレイラも武器を取り出す。砦に突然何かが転がってきたのだ。

 

「ェ…ァ…」

 

 赤い球体は止まったかと思うと、四足歩行になる。

 

「ラングロトラ…?なんでここに…」

 

「百竜夜行は終わったのに…」

 

 イオリとヨモギが疑問を持つ横で、レイラは確信を得る。クルルヤックを轢き殺した赤い球体…間違いなく、目の前のモンスターだ。

 

「既に瀕死のようだから僕たち三人で狩れるとは思うけど…」

 

 イオリの言う通り、ラングロトラは全身傷だらけの姿だった。何かに怯えているのか、必死に歩いている。もう転がる体力すら残っていないのだろうか。

 

「ねぇ…あのラングロトラ、変じゃない…?」

 

 ヨモギが言う通り、ラングロトラから紫色の煙が出ている。いや、煙というよりは…。

 

「…鬼火?」

 

 レイラの言葉とほぼ同時だった。ラングロトラが爆死したのは。そして、"ヤツ"が襲来したのも。

 三人は悲鳴を上げる余裕すら無かった。爆死したラングロトラを踏みつけ、喰らう姿を見て分かった。分かってしまった。絶対に勝てないと。

 

「里長に報告しないと!」

 

「あのモンスターヤバいよ!絶対にヤバい!」

 

「百竜夜行は終わったのに…!」

 

 しかし不幸なことに三人は標的にされた。鬼火を纏った落ち武者のような大型モンスター…マガイマガドの。

 

「っ!」

 

 爆音がしたかと思うと、マガイマガドが一瞬で三人の前まで回り込む。唸りながらこちらを品定めするかのように近づいてくる。

 

「は、速い…!」

 

「ど、どうしよう…あのモンスターを越えないと里に戻れない…!」

 

「…っ、私が時間を稼ぐから二人は里に!」

 

「え、で…でも!」

 

「分かりました」

 

「い、イオリ君!?」

 

「ここで三人共倒れするつもりですか!…すぐにみんなを連れて戻ります」

 

 ヨモギはそれでも反論しようとしたが、イオリの顔を見て口をつぐむ。イオリの悲痛な表情を見てしまったのだ。

 

「急いで!来る!」

 

 時間は待ってはくれない。マガイマガドは既に三人のすぐそこまで来ている。

 

「…っ、絶対戻るから!だから…だから!」

 

「…うん!」

 

 イオリとヨモギが翔蟲で二方向に分かれて飛ぶ。マガイマガドがどちらを追うか悩む…暇をレイラは与えない。マガイマガドの頭が爆発する。爆破投げナイフだ。

 

「余ってて良かった…こっちだよ!」

 

「…ヵ゛ァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 マガイマガドが咆哮を上げる。恐怖で体が震える。それでも、動くしかない。時間を稼ぐしかない。

 白い兎が怨虎竜から逃げる、命がけの鬼ごっこが始まる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 カムラの里。探し物をしている三人を待つ為にフゲン、ヒノエ、ミノトは門の前にいた。

 

「む、戻ったか三人とも…む?レイラはどうした?」

 

「里長!大変です!モンスターが…モンスターが!」

 

「モンスターだと?」

 

「い、いま…今、レイラちゃんが時間を稼いで私たちを…」

 

 ヨモギが泣きそうになりながら必死に言葉を繋ぐ。

 

「落ち着いてください、何のモンスターが出たのですか?」

 

 ミノトが落ち着かせるようにヨモギの背中を撫でながら尋ねる。百竜夜行で逃げなかったモンスターがいたのだろうか。

 

「見たことの無いモンスターでした…鬼火を纏った落ち武者のようなモンスターです」

 

 イオリの言葉に、場の空気が変わる。特にヒノエとミノトは焦った様子を見せる。

 

「ヒノエ!至急里の皆に連絡を!ミノトはゴコク殿とウツシに!」

 

「「…ッ、はい!」」

 

「レイラが不味いな…俺がすぐに向かう」

 

「…お任せします、里長」

 

「…すまんな」

 

 ヒノエとミノトは、今すぐにでもレイラを助けに行きたいだろう。しかしまずは里への情報共有が先だ。里が滅ぶかもしれないのだから。

 

「わ、わたしたちは…」

 

「ヨモギとイオリはオトモ広場へ連絡を頼む」

 

「分かりました…行こう、ヨモギちゃん」

 

「で、でも…っ、うん」

 

 自分を無理矢理納得させ、ヨモギとイオリはオトモ広場へと走る。

 

「っ、マガイマガド…」

 

 フゲンの目には怒りが宿っていた。

 

「50年前の借りを返してやる…!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ヵ゛ァァァア゛ア゛ア゛ア゛!」

 

 マガイマガドの腕が地面を抉る。そして紫色の爆発が起こる。

 

「っ、何なのあの鬼火…!」

 

 腕や背中、尻尾から出ている鬼火が厄介過ぎるのだ。マガイマガドが攻撃をする度に爆発するせいで、直撃を避けても爆風を受けてしまう。白いはずのウルク防具は焦げて黒くなってしまっていた。更に厄介なのが翔蟲を使って飛び回っても追いついてくるほどの俊敏性。あの巨体では考えられないほど素早く動くのだ。

 

「…ァァァ」

 

 そんなマガイマガドが突然立ち止まる。そして尻尾を振り回したかと思えば…紫色に燃え盛る鬼火の塊を何個も飛ばしてきたのだ。

 

「なっ…!」

 

 笛のような音を立てながら飛来してくる鬼火をレイラは避けていく。幸い、速度はそこまで速くない。

 

「…あ、これ不味いかも」

 

 鬼火の塊を躱しきったレイラが見たのは、マガイマガドが尻尾を再度振り回している姿。先程と違うのは、明らかに尻尾に纏っている鬼火の量が違うこと。レイラの本能が警告を出す。危険だと。逃げろと。

 

「ヵ゛ァァァア゛ア゛ア゛ア゛!」

 

 マガイマガドの尻尾から一瞬で円柱状に鬼火が放たれる。レイラは辛うじて直撃は避けたものの、全身が燃えるように痛い。否、燃えている。鬼火がレイラに纏わりついているのだ。

 

「け、消さないと…」

 

 しかしマガイマガドがそれを待つはずもなく。跳躍で距離を詰め、腕を振り上げる。レイラは翔蟲で距離を取ろうと腕を突き出し…。

 

「…あ」

 

 翔蟲は切れていた。

 

「………っ!、ガっ……ゴホッ、ゴホッ…」

 

 腕が直撃し、殴り飛ばされる。纏わりついていた鬼火も衝撃で爆発し、壁に勢いよく激突する。防具の性能か、何とか生きてはいる。死んでない。まだ。その防具も、限界を迎えている。兎のような耳も燃え尽きてしまった。

 

「あっ…ガハッ…あ…ァ…」

 

 それでも、レイラは諦めずに足掻く。足掻こうとする。動かない。動けない。

 

「ァァァ…」

 

 マガイマガドが近づいてくる音が聞こえる。

 

(ヨモギちゃんとイオリ君、逃げれたかな…)

 

 マガイマガドの大きな牙が見える。不思議と、恐怖は無かった。

 

(…もう一回、見たかったな)

 

 寒冷群島で、そして砂原で出会った白い、月光のような色の蜘蛛。どうせ死ぬのなら…もう一度…。

 そう願ったからか、遠くに白い月が見える気がする。

 

(おかしい…よね、今は夜じゃないのに…でも…)

 

 マガイマガドの牙が眼前まで迫る。

 

(すごく暖かい…光…)

 

 レイラの意識は途切れた。




突如現れた怨虎竜、マガイマガド。
そして意識が途切れてしまったレイラ。
どうなってしまうのか…。
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