今回は、レイラのお話です。
「処置は終えたニャ、後は安静にしていれば大丈夫ニャ」
「分かった、ありがとうゼンチさん」
「礼はいいニャ…それよりも、どうするつもりニャ」
「え、どうするって…」
「そのフクズクが治った後の話ニャ」
「…それは」
「野生動物を助けたからには、最後まで責任を持つ必要があるニャ」
「………」
「フクズクが完治するまでまだ時間がかかるニャ、それまでに答えを出すニャ」
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「やっほーレイラちゃん!あ、その子が保護したフクズク?可愛いー!」
「無事にクエストを達成したみたいですね、お疲れ様です」
「ヨモギちゃん、イオリ君!二人とも来てくれてありがとうね」
「レイラちゃんの為なら!それで、どうしたの?」
「えっと…その、この子の怪我治ったらどうしようかなって」
「どうしようかなって…そんなに懐かれてるのに逃がしちゃうの?」
「…だよね」
黒フクズクはレイラの腕の中で大人しくしている。指を近づければ、頬擦りしてくれるほどレイラに懐いているようだ。
「レイラさん、この際だから聞いてしまいますが」
「…うん」
「レイラさんがオトモやフクズクを連れて行かない理由って、この里に来た経緯が原因…」
「い、イオリ君!」
レイラは幼少期に突然この里に来た。それも、無事とは言えない状態で。里長…フゲンは何も言わなかったし、レイラも今まで話すことは無かった。…ヨモギは、ヨモギだけは察していた。自分と似たような境遇なのだと。
「ううん、大丈夫だよヨモギちゃん…その通りだよイオリ君」
しばらく目を瞑り、考えこんだ後…レイラは意を消して目を開ける。
「…私の過去、聞いてくれる?二人とも」
「勿論!」「心して聞くよ」
「ふふ、本当にありがとうね」
レイラは語り始める。レイラとミノト、そしてフゲンにしか話さなかった過去を。幼少期のトラウマを。
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「わぁ、海だー!」
「ふふ、レイラったらこんなにはしゃいじゃって」
「こんな綺麗な景色だ、それも仕方ないさ」
まだ幼いレイラが楽しそうにしているのを男女が微笑ましく見ている。…レイラの両親だ。
「家族旅行は船旅を選んで正解だったな」
「うん、ありがとうパパ!ママ!」
「向こうに着いたら美味しいものいっぱい食べましょうね」
「ほんと?やったー!」
嬉しさのあまり、レイラが母親に抱き着く。
「相変わらず甘えん坊だなレイラは」
「えへへ、パパも!」
「ほら、高い高ーい!」
「わー!」
「もう、危ないでしょ」
「はは、大丈夫だって」
そう言いながらも父親は優しくレイラを床に立たせる。
「ねぇ、お父さん、またあれ聞かせて!ハンターのお話!」
「お、いいぞ!今日は…そうだな、お母さんと組んでいた時の話をしようか」
「え、ママと…?聞きたい聞きたい!」
「もう、あなたったら…」
「引退しても覚えているだろ?」
「勿論、今でも鮮明に覚えてるわ」
「え、ならママの話も聞きたい!」
キラキラとレイラの目が輝く。
「あれ、俺の時より食いつきがいいな…」
少し悲しそうな表情を見せる父親。
「だってママが昔ハンターやってたなんて初めて知ったもん!」
「隠してるつもりはなかったのよ…ただ、恥ずかしくて…」
「良いじゃないか、もしかしたらレイラもハンターになるかもしれないんだぞ」
「私がハンターに…?」
「うーん…でもやっぱり、危ないじゃない?ハンターなんて…」
「それはそうだが…」
「…ハンターになるかは分かんないけど」
恥ずかしそうに、それでもまっすぐな目で。
「パパとママのような、優しくて強い人になりたい…かな」
「………」「………」
「だ、ダメ…かな?」
何も喋らない両親に不安が募るレイラ。そんな娘に両親は。
「きみに似て優しく聡明に育ったな」
父親の手がレイラの頭を優しく撫でる。
「あら、あなたに似たんじゃないの?」
母親の腕がレイラを優しく抱きしめる。
「レイラ、今はまだ分からないかもしれないけど…どんな道を歩もうと、私たちは絶対にあなたの味方よ」
「それだけは忘れるなよ」
「…うん!」
まだ、何も決まってないけど。お父さんとお母さんがいれば何も怖くない。
二人からの確かな愛を感じながら、レイラは満面の笑みで。
「パパ、ママ、私、二人のことだーいす…」
「クギャァァァァァ!!!」
突如、レイラの声を遮るかのように甲高い咆哮が鳴り響く。
「これって…モンスターの咆哮…!?」
「レイラを任せた、俺が行く!」
「パパ…」
「大丈夫だ、心配するな」
父親の手がレイラの頭を優しく撫で…離れる。その手を、レイラは無意識に追いかけ、掴もうとした。しかし掴むことは叶わなかった。
…二度と。
…
……
………
突然のモンスターの襲撃に慌ただしかった船内が、次第に落ち着く。どうやらモンスターが無事に討伐されたようだ。
「ママ!パパの所に行こ!」
「そうね、迎えに行きましょうか」
船上に行くと、激しい戦闘があったことが一目で分かるほどの荒れようだった。至る所に鋭い鱗のようなものが刺さっている。幸い、船としての役割は失っておらず、目的地まで問題無く着くそうだ。父親は他のハンターたちと倒れたモンスターの近くで何やら話し合っていた。
「何とか討伐できましたが、この辺りにはいないはずのモンスターです…到着次第ギルドに報告をします」
「討伐できたといってもかなりの強敵だったぞ…突然苦しみだし倒れなければ被害が出てたかもしれん」
「襲ってきた時には既に疲労している様子でした、別のモンスターに襲われた可能性があります」
「もしくは何かに感染してたとか?」
「ありえない話では無いな…念の為死体は隔離しておこう」
「パパ!」
「…お、レイラ!怪我は無いか?」
険しい表情をしていた父親はレイラを見た瞬間、優しい表情へと戻る。
「うん!パパは?」
「少し掠ったが大丈夫だ!」
片手剣をしまいながらレイラに近づく。レイラの頭を撫でるために。心配させないために。…だから、遅れた。
「…!?、あなた!後ろ!」
母親の叫びが、咄嗟に父親を振り向かせる。が、間に合わなかった。何枚もの鱗が防具を貫通し父親の体に深々と刺さる。
「…ッ、何故だ…何故生きている!?」
確かに討伐したはずのモンスターが、起き上がっている。その目は妖しく光り、口からは紫色の唾液を垂らしている。黒みがかった体はそのモンスターが異常な存在であることを明確に表していた。近くにいたハンターたちは突然の出来事に動けていない。
「レイラを連れて逃げろ!こいつは危険だ!」
片手剣を抜き、駆け出す。
「パパ…!」
その背中に手を伸ばすが、届かない。
「レイラ、離れるわよ!」
「で、でも、パパ怪我して…」
「大丈夫よ、パパ以外のハンターもいるか」
グシャリ
「え」「は?」「キャァァァ!?」
ハンターの一人が、モンスターの翼脚で潰された。
「お、おかしいだろ!俺たちの防具で即死だなんて…」
「近づくな!離れろ!」
レイラの父親が叫ぶ。
「グギャァァァァァ!!!!!」
それに対抗するかのようにモンスターが咆哮を上げると、翼を広げ飛翔する。
「うわぁぁぁ!?」
「落ち着け!閃光玉を投げろ!」
「う、動きが速すぎて狙いが…あっ」
閃光玉を構えていたハンターがモンスターの脚に捕まる。
「は、離せ!やめろ!」
「ガンナー!あいつを撃ち落とせ!」
「撃ってますが…ダメです、貫通弾でも怯みません!」
「い、嫌だ!死にたくな…」
ボチャン
捕まっていたハンターが呆気なく放り投げられ、海に落ちる。防具の重さで浮かぶことができず…沈んでいった。
「そ、そんな…」
「急いで助けないと!」
「グギャァ、ギャァァァァァ!!!」
狼狽えるハンターたちに対しモンスターは容赦なく上空から鱗を雨のように浴びせる。
「あ、足が…俺の足が…」
「ど、どうしよう、血が止まらない…止まらないよ…」
「カルス、嘘だろ…おいカルス!動けよ!」
防具が意味を成さない攻撃に、ハンターたちが次々と倒れ…死んでいく。
船上はハンターたちの血で赤く染まった。船は半壊し、乗客にも被害が広がり始める。
「ハンターは何をやってるんだ!」
「夫が…夫が鱗に…」
「何が、何が起きてるの!?」
「血が船内にまできてるわ!どういうこと!?」
「浸水してるぞ!上に逃げろ!」
「モンスターのいるところに逃げろっていうのか!」
安全な場所など、もうこの船には存在しない。
「マ、ママ…」
「大丈夫、大丈夫よレイラ」
不安そうなレイラを宥めることしかできない母親。
「グギャァァァァァ!!!」
その間にもハンターたちは次々と殺された。ランスを持ったハンターは急降下で盾ごと踏み潰され、弓を構えたハンターは尻尾で吹き飛ばされ、再起不能になる。
「なんだ…なんなんだこの化け物は…!」
レイラの父親が思わず愚痴るほど、このモンスターは強すぎた。既にハンターは半数以上が死亡、生き残りも大半が戦闘不能。
船自体も度重なる戦闘で役割を放棄し、ゆっくりとしかし確実に沈み始めている。
「し、沈んでいるぞ!」
「嫌だ、死にたくない…」
「どけ、海に落ちたほうがマシだ!」
「こ、こんな海のど真ん中でどうするんだよ…!」
乗客たちはパニック状態に陥った。悲鳴や海に自ら飛び込む音が響く。
「しまっ…」
「あなた!?」
「パパ!?」
何とか攻撃を躱し続け攻撃をしていた父親もモンスターに噛まれてしまう。ミシミシと防具が…いや、骨が嫌な音を立てる。
「…ッ、俺のことはいい!レイラを連れて逃げろ!」
「で、でも…」
「いいから!!!」
そう叫ぶと同時に父親が片手剣をモンスターの左目に突き刺す。
「グギャァァァ!?!?」
突然の失明と痛みにモンスターは怯み、父親を離す。
「ウグっ…」
受け身も取れず、血を吐き垂れ流している父親を他所に、モンスターは翼を広げ飛翔する。
「ど、どこかに飛んでいくのか…?」
海に飛び込んだ乗客の一人が呟く。生存者の大半は沈みゆく船を捨て、海に飛び込んでいた。本来ならば、正しい行動なのかもしれない。しかし今回は、仇となった。
「な、なんでこっちに来るんだよ!?」
グチャリ
「いや…いやァァァァァ!!!」
グチャリ
「た、助けてくれ!船に戻してく…」
グチャリ
「あ、あ…」
グチャリ
まるで鳥が魚を捕るかのように、海に浮かんだ乗客を一人ずつ咥えては嚙み砕き、喰らう。
「ハンターを喰えよ!どうして俺たちを先に…!」
「わ、私たち動けないし防具無いからってこと…?」
「そ、そんなのどうしようもないじゃな」
バグリ、とまた一人喰われた。海が血で赤く染まる。
「ママ…怖いよ…」
「大丈夫、ジッとしていて」
母親はレイラにこの光景を見せまいと抱きしめる。もう手遅れだとしても。少しでもこの子に爪痕を残さない為に。
ガンッ
盾がモンスターの頭にぶつかる。
「こっちを見ろモンスターぁ!」
「あなた!もうやめて!」
「一般人を守れずにハンターを名乗れるわけ無いだろ…!」
立つことすらままならない父親の放った決死の一撃…それはモンスターの気を引くことすら叶わなかった。また一人乗客が喰われる。
「なんだよ…なんなんだよお前は…!」
父親の悲痛な叫びも、モンスターには届かない。海に浮かんでいた乗客たちを全員喰い終えたモンスターはようやく目線を父親に向けた。赤い目が不気味に輝く。
「グギャァァアアアアア!!!」
船が軋み、崩れるほどの咆哮を上げながら瀕死の父親に急降下する。既に瀕死の父親がそれをどうにかできるはずもなく…。
「あ、あなた…」
「パパ…!パパ…!!」
物言わぬ肉塊と化した。
「グギャァァ…!」
勝利の咆哮を上げたモンスターはその赤い目を向ける。船上の生き残りたちへと。抵抗する手段が無いと察したのか、ゆっくりと歩いてくる。
「ど、どうすんだよこれ…!」
「船も限界です…」
ハンターは全滅し、船も半分ほど沈んでいる。
「…皆さん、海に飛び込んでください」
「マ、ママ…?」
「あ、あんた何を言ってるんだ」
「私が時間を稼ぎます、元ハンターなので皆さんよりは稼げると思います」
「そ、そうは言っても海に飛び込んだらあいつらの二の舞に…!」
乗客の一人…青年が声を荒げる。
「…今なら先ほどよりは多少マシかと」
ぽつ、ぽつ、と雨が降り出したかと思えば、強風が吹き荒れる。嵐だ。モンスターも突然の悪天候に空を見上げる。
「う、海は天気が荒れやすいというが…ここまでとはのぉ…」
「今なら…今ならどこかに流れ着く可能性がほんの少しでもあります…行ってください!」
母親が腰からナイフ…ハンターが解剖に使う小型のナイフを取り出すと、駆け出す。
「ママ、嫌!行かないで!」
「っ、こっちに来い!お前は逃げるんだ!」
先ほど声を荒げた青年がレイラを抱え、走り出す。レイラは必死に振りほどこうと暴れるが、成人に勝てるはずもなく。母親と距離がどんどんと離れていく。
「置いてかないで!置いてかないでよ…ママ…」
ドポン、ドポン、…ドポン
嵐の海に乗客たちが飛び込む。レイラはその間も必死に叫んでいたが…それも消える。レイラを抱えていた青年が海に飛び込んだからだ。
そして波に呑まれ、流され、流され、流されて…。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「そしてカムラノ里に流れ着いたの」
「そんなことが…」
「その、船を襲ったモンスターというのは…」
イオリの言葉に、レイラは力なく首を横に振る。
「分からない…突然起き上がったのもまだ謎のまま」
「…それで、オトモたちを連れて行くの嫌だったんだ」
「うん…もう目の前で失いたくないの」
「…レイラ」
「レイラさん…」
「…でも」
腕の中で寛いでいるフクズクを優しく撫でる。フクズクは目を細め気持ち良さそうだ。
「でも、この子を助けたのも縁だと思うの…あのモンスターに出会ったのも」
「それって…ネルスキュラのことですか?」
イオリの言葉にコクリ、と頷く。
「…ねぇ、私と一緒に来る?決して安全ではないし…むしろ危ないけど…」
レイラの言葉にフクズクは首を傾げ…
「ピィ」
と控えめに鳴くと、頭を撫でていたレイラの手に頬擦りをする。
「その子、レイラと一緒に行きたいんじゃないかな」
「そ、そうなのかな…」
「きっとそうですよ!」
「…なら、名前を付けなきゃだね」
「そういえばこの子の性別は?」
「ゼンチさんからはメスって聞いたから可愛い名前が良いかなって…」
「ならとびっきり可愛い名前にしようよ!」
「うーん…」
少し考え込んだ後に、おずおずと口を開く。
「ノエル…とかどうかな…」
「わ、可愛らしいじゃん!どーいう意味なの?」
「お母さんが言ってたの、クリスマスの別の呼び方って…とっても素敵な響きでずっと覚えてたから」
「確かに良い響きですね」
「ということで…どうかな、ノエル」
「ピィ!」
お気に召したのか、嬉しそうに鳴き声を上げるノエル。
「ふふ、これからよろしくね、ノエル」
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これは、決して誰にも知られないお話。実の娘にすら届かない、届かなかった、届かせなかった想い。
「置いてかないで!置いてかないでよ…ママ…」
ドポン、ドポン、…ドポン
「…ごめんね」
決して後ろを振り返らず、駆けていた母親が思わず漏らした言葉。
「ごめんね、レイラ」
一緒に生きてあげれなかったこと。あなたの未来を見てあげれなかったこと。でも。それでも。
「あなただけは、生きて…レイラ」
荒れ狂う波は、全てを呑み込み流し去る。船も、人も、モンスターも…人の想いも。
フクズクのノエルが仲間に。
今回の回想は、彼女がハンターとして生きていく決断をしたお話でもあったり。
ネルスキュラの出番は次回、原生林にて。お楽しみに。