雪降る月夜に少女は蜘蛛と踊る   作:トビエイ

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少女と蜘蛛のお話、その第五話。
大変お待たせしました…。
一人と一匹が、また会います。


~狩り、肌触り~

 水没林。その空から一匹のフクズクがレイラの元へ降りてくる。

 

「おかえり!ノエル」

 

「ピィ!」

 

 偵察から戻ってきたノエルの頭を撫でながら地図を広げる。

 

「ロアルドロスはいた?ノエル」

 

「ピィ」

 

 コツコツと嘴で地図を叩き、位置を示す。

 

「目撃情報と同じ場所…」

 

 示されたのは水没林の端。普段なら温厚な小型モンスターしかいないような水場で、採取に来る人や商人の通り道になっている場所だ。

 

「ここを縄張りに暴れてるんだよね」

 

 今回の討伐目標はロアルドロス。縄張り争いに負け追いやられた個体が狂暴化し、手当たり次第に小型モンスターや人間を襲っているのだ。いずれ他の大型モンスターに狩られるかもしれないが…既に怪我人が出ている。死人が出てからでは遅い。

 

「よし、行こっか」

 

「ピィ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 同種との縄張り争いに勝ち、大量のルドロスと水場を得たロアルドロスに敵はいなかった。そう、"いなかった"はずだった。ケルビ狩りから戻り、住処である地下洞窟に戻るまでは。

 天井から繭のように吊るされているのは留守を任せていたはずのルドロスたち。そして地下洞窟は自分のものだと言わんばかりに張り巡らされた糸。まるで蜘蛛の巣のようだ。

 

「ギャァ」「ギャァァァ」「ギャア」

 

 共に狩りから戻ってきたルドロスたちに動揺が広がる。ロアルドロスもまた、突然の出来事に動揺を隠せない。…それが狙いだとも知らずに。

 ロアルドロスの背後…その天井から音も無く近づく一匹の蜘蛛。それに一匹のルドロスが気付いたが…手遅れだった。

 

「ギャァィィィ!?」

 

 蜘蛛…ネルスキュラの大顎がロアルドロスの鬣に喰い込み、ギチギチと嫌な音が洞窟に鳴り響く。

 

「ギャァァァァ!!」

 

 体を捻るように暴れることで何とか拘束から逃れることに成功する。

 

「ギャァ…ギャァア…」

 

 が、その代償は大きかった。暴れた影響で傷はより深く抉られてしまい、地下洞窟の水を血で赤く染めていた。そしてルドロスたちは既に逃げ出していた。

 

「………」

 

 目の前の蜘蛛は、大顎に付いた血を拭っている。逃げるなら今しかない。ロアルドロスは迷いなく逃げ出した。

 何頭もの同種を打ち負かし、ルドロスたちを自分のものにし、安泰を得た。得たはずだった。しかしロアルドロスは敗走していた。まるで縄張り争いに負けた個体のように。否、負けた。負けたのだ。

 音も、気配も無い。けれども確実にアレは追ってきている。確信があった。待ち伏せし、奇襲してきたあの蜘蛛が簡単に逃がしてくれる筈がない。

 ロアルドロスはただひたすら、死に物狂いで走り続けた。迫りくる死から逃げる為に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ギャァヒィィィ!」

 

 ロアルドロスが体当たりをしかけてくる。

 

「わっ…!」

 

 跳ぶことで何とか回避する。

 

「すっごい気性が荒い!」

 

 縄張り争いに負け、狂暴化したロアルドロスはレイラを見た瞬間に襲いかかってきた。

 

「ギャァァァ!」

 

 体表から吸収した水分で粘液を作り出し、吐き出す。当然これもレイラは避ける…が、ここは水場。落ちた粘液が小さな津波を起こす。

 

「きゃっ!?」

 

 突然の波にレイラは反応できずに呑まれてしまい、転んでしまう。そこを見逃すはずもなく、ロアルドロスが滑るように体当たり…否、その巨体を持ち上げて押し潰そうとする。

 

「お願い!」

 

 翔虫を飛ばし、大きく横跳びに回避…そしてロアルドロスが狙いを修正する前に再度翔虫で大きく空中へ…ロアルドロスの前の前まで飛び上がる。

 

「ギャッ…」

 

 巨体を持ち上げたロアルドロスに回避する手段は無い。その無防備な鬣にレイラの片手剣が突き刺さる。

 

「ギャッ!?」

 

 深くは刺さらなかったものの、しがみつければ十分。鉄蟲糸を絡ませ、鬣に乗るとロアルドロスを大きく振り向かせ…壁に激突させる。よろめき、四足歩行に戻るがレイラの操竜は終わっていない。抵抗できないのを良いことに何度も何度も壁に頭をぶつけさせる。鬣にヒビが入り、皮膚から滲んだ血が水を染めだす。

 

「これで…沈んで!」

 

 鉄蟲糸から手を離し、後ろに跳んで離脱する。…鬣に小タル爆弾を残して。ボンッ、と小さな爆発が起き、辺りに鬣だったものと血が飛び散る。

 

「ギャァヒィ…ギャァァ!」

 

 しかし致命傷には至らなかったようで、怒りで吠えている。

 

「小タル爆弾じゃ足りないよね…」

 

 が、確実にダメージは与えている。焦る必要は無い。

 …新たな大型モンスターが乱入してくるまで、そう思っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ネルスキュラは警戒していた。追っていたロアルドロスが逃げ込んだ先に別のロアルドロスがいたからだ。もしや罠に誘われたのかと警戒するが…。

 

「ギャァ…ギャァヒィィ!」

 

「ギャッ、ギャッ…!」

 

 何故かロアルドロス同士で威嚇しだした。困惑していると、ちゃぷちゃぷと水場を歩いて近づいてくる人間が一人。

 

「え、ネルスキュラ…?」

 

 つくづく、この白い髪と赤い目の人間とは縁があるようだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ロアルドロスが乱入したかと思えば、見覚えのある蜘蛛…ネルスキュラまでやってきた。嬉しさのあまりレイラは近づき、気づく。ネルスキュラが纏っているフルフルの皮が黒く焦げていることに。

 

「あの時はありがとう」

 

 言葉が通じずとも、お礼を言いたかった。命の恩人…恩蜘蛛なのだから。 

 

「………」

 

 当のネルスキュラは赤い六つの目でジッとレイラを見てくる。レイラもレイラで慣れたのかその赤い目を見つめ返す。

 

(赤い目…あのロアルドロスを追いかけてたのかな)

 

 ネルスキュラの目は、普段は青いが戦闘になると赤くなる。恐らく相手は、乱入してきたロアルドロスだろう。よくよく見れば鬣が抉れている。フルフルの時のように大顎で挟んだのだろうか。

 

「あ…」

 

 ネルスキュラとの再会で忘れていたが、乱入によりロアルドロスが二頭に増えているのだ。

 大型モンスター同士が争っている時は無理に戦わない!教官の教えだ。

 幸い、今は何故かロアルドロス同士で揉めているのでこちらに注意は向いていないようだ。

 

(もしかしなくても、私とネルスキュラのこと忘れてるよね…これ)

 

 ふとネルスキュラを見ると、向こうもロアルドロスを見てたのか視線をレイラに戻す。その目はいつの間にか青くなっていた。

 

「どうしよっか」

 

「………」

 

「………」

 

 しばらく見つめあうだけの時間が流れる。

 

「…うぅ、なんか恥ずかしくなってきた」

 

 思わず目を逸らすレイラ。

 

(ネルスキュラの近くだとどうしても気が緩んじゃう…)

 

 いくら命の恩蜘蛛とはいえ、相手は大型モンスター。ハンターとして気を緩めては…。

 

ムニッ

 

「え」

 

 ふと頬に感じた感触に顔を向けると、ネルスキュラの前脚がレイラの頬に触れていた。まるでガラス細工に触れるように、優しく。

 

ムニムニ

 

「ふふ、くすぐったいよ」

 

 優しく触れてくる前脚に、レイラもそっ、と触れてみる。

 

「わ、すべすべしてる…」

 

 滑らかな手触りに硬い感触。まるで加工された金属のようだ。

 ちらりとネルスキュラのことを見る。レイラに触れられて、困惑しているのか頭を少し傾げている。

 

「大丈夫?嫌ならやめるけど…」

 

「………」

 

ムニムニ

 

「ん、それなら良かった」

 

 どうやら心配は杞憂だったようで、ネルスキュラもレイラの頬を堪能している。そんなスキンシップを続け…

 

「ギャァ!ギャァヒィィ!」「ギャッァ!ギャッア!」

 

「わ!?」

 

 ることは叶わなかったようで、甘い時間はロアルドロスたちの鳴き声で中断された。

 ついにロアルドロス同士で争い始めたようだ。

 

「私たち、本格的に蚊帳の外になってるね…」

 

「………」

 

 ネルスキュラは不満げにガチガチと牙を鳴らすと、争っているロアルドロスたちに向かって歩いて行った。

 

「あ、待って!」

 

 レイラは片手剣を抜くと、立ち止まってくれたネルスキュラの真横まで駆け寄る。

 

「私が元々相手してた個体もいるし、共闘しない?」

 

 片手剣を片方のロアルドロス…小タル爆弾で傷をつけた個体に向ける。

 

「………」

 

 スッ、とネルスキュラは前脚でもう片方の個体を指す。

 

「…通じた?」

 

「………」

 

 レイラの言葉にネルスキュラはカチカチと牙を鳴らす。先ほどの不満げな音では無い。

 

「ありがと!じゃあ行こ!」

 

 そう言うとレイラは元気よく駆け出す。ネルスキュラはその後ろ姿を少し眺め…目を赤く輝かせ、後を追うように動き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ロアルドロスたちは、互いに互いを敵視し合っていた。

 片や奪った者、片や奪われた者…。元々争うことの多いロアルドロスの雄が、この場で相容れるはずもなく…。

 

「ギャァ!ギャァヒィィ!」「ギャッァ!ギャッア!」

 

 ロアルドロスたちは遂には争いだしてしまう。

 先ほどまで戦っていた人間よりも、先ほどまで必死に逃げていた蜘蛛よりも。

 今、目の前の同種から逃げることが何よりも許せないことだった。

 

「えい…やぁっ!」

 

 そんな矜持(プライド)は、人間の一声で崩れ去った。

 

 ロアルドロスたちの目の前に投げられたのは大タル爆弾。小タル爆弾よりも威力の高い爆弾が、二頭を襲う。

 

「ギャッ!?」「ギャッ…」

 

 その衝撃はロアルドロスほどの巨体がのけ反るほど。そしてその隙をレイラたちは逃さない。

 レイラは鉄蟲糸を、ネルスキュラは自前の糸をそれぞれロアルドロスに絡ませる。

 

「ギャァッ!」

 

 また操竜されてたまるか、とロアルドロスは暴れるが抵抗虚しく壁に激突させられる。既にボロボロになった体にその衝撃は決定打となり、バシャンと水音を立てて倒れる。まだ息があるが動けないロアルドロスにレイラは近づき、片手剣を喉元に突き刺す。

 

「ギャッ…」

 

 断末魔を上げ…ロアルドロスは絶命した。

 

「討伐完了…向こうは大丈夫かな」

 

 レイラのそんな心配は、杞憂に終わった。

 

「ギャッ…ギャ…ァ……」

 

 ネルスキュラの大顎がギチギチと嫌な音を立てながらロアルドロスの首を挟み込んでいる。抉れた鬣はもう守る役目を放棄している。抵抗しようにも、絡まった糸が暴れることを許さない。流れ出る血が、ロアルドロスの命の残量を示していた。

 

「ギッ…ッ・・・・・・」

 

 絶命を確認すると、ネルスキュラは大顎を離した。

 

「お疲れ様、怪我は無い?」

 

 レイラは片手剣を鞘に納めるとネルスキュラに駆け寄る。

 

「………」

 

 ネルスキュラは六つの青い目でジッとレイラを見つめている。

 

「…うん、大丈夫そう?なら報告しないとだね」

 

 見える範囲に怪我が無いことを確認したレイラは指笛を吹く。

 

「ピィ!」

 

 上空で待機していたノエルがレイラの腕にとまる。

 

「…ピィ?」

 

 そしてネルスキュラを不思議そうに見る。

 

「この子は大丈夫だよ」

 

「ピィ…?」

 

 少し首を傾げ…まぁいいかと言わんばかりに羽繕いをする。

 

「ふふ、じゃあ帰ろっか、報告もあるし」

 

「ピィ!」

 

「じゃあね、また会いたいな」

 

「………」

 

 レイラの言葉に、ネルスキュラは牙をカチカチと鳴らす。そしてロアルドロスの死体を糸で繭状に包むと、それを引っ張りながら水没林の奥へと姿を消した。

 

「…また、会えるといいなぁ」

 

 姿を消した後に呟かれた言葉は、どこか寂しげだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あの時はありがとう」

 

 人間がこちらを見ながら何か話している。意味は理解できないが、少なくとも元気そうではある。人間は想像よりずっと逞しいのかもしれない。

 

「あ…」

 

 そんなことを考えていると、人間がロアルドロスの方を見る。何の因果が、人間もロアルドロスと戦っていたらしい。

 人間がこちらを見ている気配を感じたので視線を人間に戻す。

 

「どうしよっか」

 

 何か伝えたいのかもしれないが、何も分からない。どうしたものかと悩んでいると、人間が目を逸らした。

 逸らされたことに少し不満を覚える。不満…?何に?…人間に?…何故?

 

ムニッ

 

「え」

 

 突然人間に触れたのは、逸らされたことへの抗議…なのだろうか。

 間違っても傷つけないよう、慎重に触る。

 

ムニムニ

 

「ふふ、くすぐったいよ」

 

 人間は嫌がるそぶりも見せず、むしろこちらに触れてくる。

 

「わ、すべすべしてる…」

 

 この反応は予想外で、頭を傾げるしかなかった。

 

「大丈夫?嫌ならやめるけど…」

 

 何を言ってるか相変わらず分からないが…少なくとも、人間に触られて悪い気はしない。

 

ムニムニ

 

 柔らかい人間の肌の感触を楽しむ。…この感覚は、雨宿りの時と似ている。そう、確か…可愛…

 

「ギャァ!ギャァヒィィ!」「ギャッァ!ギャッア!」

 

 思考は鳴き声で中断される。ロアルドロスたちが何故か争い始めたようだ。

 邪魔をされ、牙を不満げにガチガチと鳴らす。

 

「あ、待って!」

 

 人間の言葉で、自分が歩いていたことに気づく。…思ったよりも、自分は人間との時間を楽しんでいたらしい。

 

「私が元々相手してた個体もいるし、共闘しない?」

 

 人間が武器をロアルドロス…元々人間が戦っていた個体を向けている。自分の獲物、と言いたいのだろうか。真似するように自分が狙っていた個体へ前脚を向ける。

 

「…通じた?」

 

 不安そうな人間に対し、ひとまず不満ではないことを示すためにカチカチと牙を鳴らす。

 

「ありがと!じゃあ行こ!」

 

 合っていたのか人間は元気よく駆け出して行った。…ひとまず、狩りの続きといこう。

 

……

………

 

 狩りは難なく終わった。人間の方も、無事に終わったようだ。

 

「お疲れ様、怪我は無い?」

 

 人間が駆け寄ってくる。…懐かれたのだろうか。ジッと見ていると突然人間が甲高い音を出す。

 

「ピィ!」

 

 鳥が一羽、人間の腕にとまる。こちらをしばらく見た後、興味を失ったのか羽繕いを始めた。

 

「じゃあね、また会いたいな」

 

 鳥の存在に困惑していると、人間がまた何か話した。…恐らく、自分たちの巣に帰るのだろう。

 カチカチと牙を鳴らす。少なくともこの人間は良い意味に捉えてくれる…はずだ。

 こちらとしても腐る前にロアルドロスの解体を終えたい。糸で繭状にし、誰も居なくなった洞窟へと戻る。

 

「………」

 

 また会うことはあるのだろうか。その疑問は静かに心に沈んでいった。




初めての触れ合いで、ネルスキュラの心情に変化が…。
今回のサブタイトル、地味に気に入ってます。
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