3月16日_
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
中途採用の応募フォームをクリックして、名前、連絡先、住所、経歴までを記入したところで、パソコンのキーボートを打つ両手がスッと止まり、溜息がこぼれる。
カタカタカタカタ_
応募フォームの志望動機の欄を1分ほど凝視して、“それっぽい”志望動機を打ってみる。
カタカタカタカ・・・・・・_
志望動機を5行分まで打ち進めたところでふと我に返り、またしてもキーボートを打つ両手が止まる。
「・・・・・・チッ」
我に返って途中まで仕上がった中途半端な志望動機を読み返し、あまりにも情けない無様な自分への怒りと恥ずかしさと前の会社の“トラウマ”が込み上げ、逃げるようにその会社の応募フォームとホームページのタブを閉じる。
“『ほんと良いよな~お前みたいな苦労知らずのイケメン高学歴は付き合いが悪くても営業成績トップになれるんだからよ・・・言っとくけどここにお前の居場所なんてねぇからな』”
“『俺らみたいな“平民”とは付き合いたくない癖に気安く話しかけてくんじゃねぇよ自称金欠野郎』”
“『また家の都合ですか・・・そんなんだから周りから誤解されて嫌われるんですよ、
こんな感じで“この部屋”から出るきっかけを考えれば考えるほど、かつて同僚だった人と過ごした
ただ履歴書に動機を書いて送って、書類が通ったらスーツを着て応募先の会社に出向いて面接官に志望動機を伝えて・・・頭を回して両手両足を動かせばどうにだってなったはずのチャンスを逃し続けて、早くも2年と半年・・・・・・
“俺はものの見事な“ヒキニート”になってしまった”
「・・・どうするよ・・・・・・この先・・・」
誰に言うでもない切羽詰まった独り言を吐きながら俺はカーソルを動かし“ゴーグル”を立ち上げ動画投稿サイトを検索して、恐らく無断アップロードで投稿したであろう若手芸人が賞レースの大舞台でマイク1つと2本のネタだけを武器に大爆笑を掻っ攫う漫才を観ながら、半ば強引に笑う。
所謂、現実逃避。気が付けばこれがいつものルーティンと化している。
「ハハッ・・・・・・」
そして出涸らしになった欲で動画サイトと掲示板を行ったり来たりするサーフィンを気の済むまでやり続け、それすらも飽き始めてまた我に帰ったら嫌でも直視しなければいけない現実が押し寄せる。もちろん、平日の昼下がりに部屋に籠ってこんなヒマつぶしなんかしている暇なんて俺には全くないことだって分かってる。
きっと今ごろ、俺と同い年の人たちはみんな汗水流して働いているっていうのに・・・俺というやつは・・・・・・
“でも、どうしろってんだ・・・”
進学校として知られている高校と大学を優秀な成績で卒業して、日本国内でもトップレベルの業績を誇る大手商社の営業職に入社して、1年目からいきなり営業成績トップを経験して、2年目には会社から若手のホープと呼ばれ・・・るようになった頃から、同じ部署で働く同僚たちの見る目が変わり始めた。
最初のころはライバルとして時に競い合いながらも正々堂々と協力し合っていた同僚からは、俺ばかりが業績で独走するようになってから少しずつ避けられるようになっていき、社会人2年目を迎えた時には周りのライバルは敵に変わっていた。
こうなってしまったのには俺にも責任があった。俺はどんなに同僚や上司から酒の席や連休の小旅行に呼ばれようと、それらの誘いを全部断っていた。本当はもっと周りの同僚との付き合いを大切にした方が良かったと今なら思えるが、あの頃の俺にはそんな余裕なんて全くなかった。
“残された家族を守るためには、こうするしかなかった”
高1の夏の終わり、母さんが見知らぬ男と共に家から出て行った日を境に俺を含めた家族の状況は一変した。親父は母さんが家を出ていったショックから立ち直れず仕事を辞めざるを得ない状況になってしまい、一家から生活を続けていくための収入がなくなった。この時、弟の
“『おかえり兄ちゃん!』”
それから俺は中学から始めていたバドミントンを辞めて、放課後はただひたすらにバイトに打ち込み、学費を少しでも減らすために貴重な自由時間を勉強に捧げて卒業までずっと学業の成績1位の証でもあるシルバーピンを取り続けた。こうして放課後の遊びの誘いに一切付き合わなくなった俺は中学からのクラスメイトにして高校の合格発表の日に告られてから付き合っていた彼女と別れたり、それまでよく一緒にいたグループから次第に距離を置かれるようになったりと失ったものはそれなりにあったものの、バイト終わりの俺をいつも満面の笑顔で出迎えてくれたカズのおかげで、その程度の苦しみは平気な顔で受け入れられるくらいの
本当は高校を卒業すると同時に就職しようとも考えていたけれど、業種の関係で収入は少ないながらも社会復帰して再び仕事を始めるようになった親父からの説得もあり、俺はそのまま内部進学で大学に進学した。
それでも親父の収入だけじゃ俺とカズの学費のこともあってまだ食っていけなかったため、大学に上がっても変わらずサークルなんかには入らず授業とバイト漬けの日々を卒業まで続けた。もちろんこんな青春の“せ”の字も感じられないような日々を送っていたから、彼女はおろか気軽に友達と呼べる存在すら出来はしなかった。
この頃からふと、“何で俺だけ”と思い詰めてしまう瞬間が増え始めたが、家族のことを考えたら“その程度”のことで立ち止まるなんて選択肢はなかった。もしもここで足を止めてしまったら、俺はもう二度と自分の足では歩けなくなるという“漠然とした恐怖”があったからだ。
あれが俺の心からの“SOS”だということにもっと早く気づいていたら、もっと自分の本音と向き合うことが出来ていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
“『・・・そっか・・・すげぇ頑張ってんだな、貴臣ってさ』”
そんな日々の中で救いとなっていたのは、俺の手料理を美味しそうに食べながら通っている学校の話を笑顔で話すカズの存在と、高2の時からのクラスメイトで大学のゼミも同じだった唯一の親友だった。
“『これから俺たち、力合わせて頑張って行こうぜ』”
やがてそいつは同学年のゼミ仲間から同じ会社の同僚となって、同じ部署の仲間でありライバルとして切磋琢磨しながら社会人として互いを高め合っていく・・・・・・はずだった。
“『なぁ貴臣・・・俺はずっと辛かったんだぜ・・・高校の時からいつもお前が1位で俺が2位でシルバーピンに届かなかったし、大学に入っても俺と同じ単位だとかゼミばっか取っては1位を掻っ攫っていく・・・・・・いつもこうだった・・・お前が1番先頭を偉そうな顔して歩く後ろを・・・俺は今日までずっと歩いてきた・・・・・・でも・・・もう関係ねぇよな?』”
初めてそいつに弱音をこぼした社会人2年目の秋、これまで俺のことをずっと親友として理解してくれていたはずのそいつに裏切られた。付き合いが悪い癖に営業成績トップを取り続けている俺を疎む同僚たちからの嫌がらせはどうにか耐え続けていたが、俺には味方が誰もいなかったという現実を突きつけられた瞬間、身体の中で何かが“折れる”音がした。
“『兄ちゃん、おかえり』”
ずっと何でも話せる親友だと信じていた人に裏切られた日の夜、いつもより少し遅めの時間に帰って来た俺にカズが手料理を作りながら声をかけた。この頃になると親父の年収が平均と比べるとまだ低水準ながらも上昇し、カズも校則でバイトが許されている俺と同じ高校に進学して近所のコンビニでバイトを始めたことで一家の家計もようやく安定し始めていた。
“そっか・・・もう俺が無理して頑張る必要なんてないんだ・・・”
涼しい顔をしながら俺から教わった手料理を手際よく作るすっかり大人っぽくなったカズの姿を見た瞬間、“今日まで死に物狂いで頑張ったから、1日や2日ぐらいは好き勝手にしても良いだろう・・・本当に今日まで俺は色んなことを犠牲にして頑張って来たんだから”と、生まれて初めて俺は自分自身とかつての自分のように家族のために手料理を振る舞うカズに甘えてしまった。
それがまずかった。
“『(はい。こちら、退職代行サービスです)』”
こうして俺は、“ヒキニート”になった。
「・・・・・・こんなはずじゃなかったんだけどな・・・・・・」
と、無意味に呟いたところでもう遅い。1日くらいなら逃げてもいいやと思った瞬間に7年の間で知らずの内に蓄積されていたストレスが一気に爆発して、制御不能になってもう2年半・・・・・・とうとう引き返せないところまで来てしまった。
前の会社を一身上の都合で退職したことは百歩譲って上手い理由が作れたとして、この“空白の2年”を突っ込まれたら・・・・・・
“『えーっと、これからの自分を見直す目的で様々な経験をするために長期で旅行を・・・』”
いや駄目だ。こんな抽象的すぎる動機なんて秒でボロが出る。じゃあ・・・
“『キャリアアップのために資格習得の勉強を・・・』”
うん。嘘は論外。俺が馬鹿だった。
“・・・じゃあいっそのことバカ正直に心を病んで引きこもっていたことを打ち明けるか・・・”
「・・・って、そんな奴なんて誰が雇うんだよ」
結局どんなに考えても、空白を埋める動機なんて一向に思いつかない。一応俺には就職活動を見越して大学1年のときに取った“漢検準1級”という資格があるけれど、そんなものは役に立たないも同然。当たり前だ。何故なら俺はこの2年半の間にただひたすら“現実”から逃げて逃げて逃げ続けてきたヒキニートなのだから。
「そういやカズの彼女・・・・・・今日も来ているな」
扉の向こうからごくわずかに聞こえるカズの彼女の声が俺の耳に届く。直接会っていないから名前も顔もまだ知らないけれど、カズの立場を考えれば自分の兄が“ヒキニート”だという現実は間違いなく障害になっているはずだ。まぁ、これまでもこの家に何度か来ていながら彼氏の兄である俺が一度も顔を合わせていないこと自体が異常なことなんだが。
それに万が一2人の関係が今以上に親密になっていき、結婚も視野に入れ出したりなんかしたら・・・
“『お兄さんが引きこもり?そんなことがバレて生まれてくる子どもがいじめになんて遭ったらどうするのよ?』”
“『俺はこの男との結婚は断じて認めないぞ。悪いことは言わないから、今回は止めておけ』”
という感じで彼女の親御さんが大反対して、
“『分かったわ・・・そうまでして私たちの結婚を認めてくれないと言うのなら、もう二度とあなた達とは口聞かないから』”
気が強いであろう彼女は親御さんと真っ向から対立して・・・なんて可能性もゼロとは言い切れない。親父だって正社員になったとはいえ職業柄の事情でお世辞にも収入が多いとは言えず、本人は絶対そうは思ってないだろうけどこのまま定年まで無理をさせるわけにもいかない・・・
「・・・さすがに10年後もこのままだったら、今すぐ死んだほうがマシだろうな・・・」
頭では分かっている。カズとその彼女の幸せも、家族のこれからの将来も、全ては俺自身にかかっている。だからこんな暗闇にいつまでも閉じこもっている場合じゃないことぐらい言われなくたって分かっている。分かっている・・・
“『・・・せいぜい嫌われて苦しめよ・・・・・・苦労知らずの優等生・・・』”
心では分かっていても・・・身体が言うことを聞いてくれない。
「・・・せめて・・・・・・一度でいいから人生をやり直すことが出来たらな・・・」
もしも神様が一度だけ人生をやり直すチャンスを与えてくれると言うのなら・・・俺はそのチャンスを掴むために迷わず神様の差し出す掌にしがみつく。でもそんなファンタジーじみた夢物語なんて、現実世界では起こりはしない。
結局俺は、今日も変わらずニート生活を満喫
コンコン_
?・・・ノックの音・・・もしかしてカズか?ひょっとしてまだ顔を合わせたことのない彼女を紹介しにでも来た
「失礼しまーす」
!?
「・・・・・・誰?」
「よぉ“タカ”~久しぶりぃ!」
いやだから・・・誰!?
「・・・な?えっちょ」
「高校以来だなタカ!元気してたか?」
「いやその前に誰」
「えっ待ってタカ高校ん時と全然変わってなくね!?」
だからマジで誰!?
「さっきから誰だよアンタ!?」
勢いよく開いた部屋の扉へ振り向くと、見知らぬスーツ姿の男が笑顔で馴れ馴れしく俺のことを取って付けたようなあだ名で呼びながらズカズカと近づいてきて、
「シッ・・・」
笑みを浮かべたままつい声を荒げた俺の口を優しく塞いだ。ようやくショート寸前だった思考回路が元に戻った。
「私は怪しい者ではないんです・・・つっても怪しすぎるとは思うんだけど、どうか騒がず聞いてください」
「・・・人の部屋に勝手に入り込んで騒ぐなって言われるほうが無理ですよ。ていうか、怪しいを通り越して怖いんだけど」
「本当にそこはごめんなさい。私たちの職業柄、初対面だとどうしても怪しまれがちなところがありますので」
今すぐにでもスマートフォンで110番に通報することも出来たはずなのに、俺の口を塞いだ時の手の温もりや一目で“悪い人じゃなさそう”と思えるようなその人の空気に飲まれ、110番を打とうとポケットに入れているスマートフォンを取り出そうとした手が止まった。
「ワタクシ、こういう者です」
心の中の動揺が収まらないうちに、スーツ姿の男は俺に名刺を差し出した。
「リライフ研究所・・・サポート課・・・
リライフ研究所?そんな名前の企業なんて聞いたこともない。そもそもなんで研究所の人間が俺のような“ヒキニート”なんかに・・・
「・・・ひとついいですか、海崎さん?」
・・・もしかして新手の“詐欺”か?あるいは引きこもりを対象にした自立支援をしているどこかの
「ハイ、なんでしょう?」
まさか・・・いつまで経っても部屋から出れない体たらくな俺にいよいよ我慢の限界を迎えたカズが、俺を“社会実験の被験者”としてリライフ研究所に売り飛ばしたのか・・・?
いや、あの“カズ”がまさかそんな・・・
「俺は・・・リライフ研究所という
ただ気になるには気になるから、恐る恐る聞いてみる。
「えっ?売る?(・・・ある意味イイ線いってるけど物騒だなオイ)」
思いっきり海崎さんからキョトンとした顔をされた。見れば一瞬で分かる。このキョトン具合はガチだ。とりあえずこの線は違かったみたいでまずは一安心だ。
「あぁ・・・その、疑うとかそんなんじゃないんだけど、弟がいつまで経っても引き篭もりから抜け出せない俺のためを思って俺を“社会復帰プログラム”的な実験に“被験者”として勝手に参加させた・・・って勝手に解釈しただけのことです」
「安心してください。今回の件については弟の和臣君は一切関係していません(流石オーガの兄、洞察力パネェ・・・!)」
「そうですか・・・それは良かった(安心は出来ねぇけど)」
ひとまずこれで、リライフ研究所とカズの関連性がないということが分かった。恐らく海崎さんは嘘をつけるようなタイプの人間じゃなさそうなのは第一印象の時点で想像はついているから、安心は全然できないけど話を聞いてみる価値は十分にありそうだ。
「では我々がどのようなプログラムを行っているのかと言うと、我々はあなたのような所謂ニートを対象に社会復帰のプログラムを検証している組織で、そのプログラムをリライフと呼んでいるのですが・・・」
やはり、俺の予想はカズが関わっていない部分を除けば大方当たっていたみたいだ。多分、よくある更生施設の延長線みたいなものなんだろう。
「あなたはリライフの被験者に選ばれました。そこで是非とも我々の“実験”に協力して頂きたいんです」
雲一つない快晴の空のような優しく温かい笑みで、海崎さんは俺に微笑む。何でこんなにも真っ直ぐで誠実な人柄が滲み出ているような人がこんな“胡散臭い”研究所の営業をやっているのか、俺には分からない。
「・・・“実験”とは、具体的にどのような実験なんですか?」
「実験は簡単です」
そう言うと海崎さんは笑みを浮かべながらスーツのポケットに隠し持っていたカプセルを俺に見せてきた。
「この薬で高校生へと若返り一年間高校に通うだけです」
「・・・は?」
「大人一歩手前の高校生を再びやってみることで、被験者にどのような効果があるかを見させていただきたいんです」
「いや・・・は?」
曇りのない笑顔で、胡散臭さ全開の社会実験を説明する海崎さんに、俺の思考回路は再びショートしかける。ただでさえ薬を見せられた時点で理解が追い付かないのに、この薬を飲んで若返って高校生をもう一回やるだなんて・・・・・・理解不能の極地だ。
「・・・何言ってるか分かんないんですけど・・・しかも今さら高校生って・・・」
こんな感じで全く理解が追い付かず困惑してばかりの俺を、海崎さんはまるで“実の弟”を見つめるかのような顔をして再び微笑んだ。
「騙されたと思って乗ってみませんか?いつか後悔しないようこれを機に“今”を少し頑張ってみませんか?・・・どのようなリライフを送ってどのような1年後を迎えるかは被験者次第ですが、きっと貴臣さんにとってリライフがかけがえのない経験になるということは、身をもってお約束致します」
“・・・そんな海崎さんの表情を目にした瞬間・・・・・・この人のことが人生をやり直すためのチャンスを与えに舞い降りた“神様”のように見えた・・・”
「リライフ・・・してみませんか?」
正直まだ、この薬1つで人生をやり直せるなんて話は信じ切ることができない。
「・・・本当にこの薬を飲んだとして・・・それだけで“人生をやり直す”ことが出来るんですか?」
「はい。もちろんです」
でもこれが、本当に神様が俺に与えてくれたたった一回のチャンスだとしたら・・・・・・騙されてみるのもアリなのかもしれない・・・
「・・・なるべく早く結論を出すんで・・・・・・“その時”が来たら海崎さんに連絡します・・・」
と、少しだけ思った。
「それにしても和臣はよくこんな得体の知れないスーツ姿の“不審者”を家の中に入れましたね?」
「“お兄さんの友達だ”と説明したらすんなりと入れてくれましたよ(やっぱり不審者にしか見えないよな俺・・・)」
『ヒキニート、高校生になる』。本日より連載開始です。
ハーメルンでは書いている人が非常に少ないReLIFEのSSとなりますが、これからよろしくお願いします。