海崎さんの住むアパートの部屋でリライフ研究所の用意した薬を飲んで無事に17歳に若返った俺は、周囲の視線を少し気にしながらも電車を乗り継いで約30分(※乗り換え時間を含む)と、その最寄り駅から徒歩で約10分のところにある引っ越し先に着いた。
「ではよろしくお願いします、大神さん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「お勉強と学生生活、楽しんでいってください」
「あはは、ありがとうございます」
個人的に今日一番の鬼門だった海崎さんが“代理の親戚”として契約してくれた不動産会社の担当者との引き渡しも、“バレたらどうしよう”という心配をよそに一度も疑われないばかりか温かいエールまで送られ、とんとん拍子のまま終わった。
薬の効果、まさに恐るべし。
「貴臣さんは初めてでしたよね?こういう1人暮らしは?」
「そうですね・・・生まれてから今朝までずっと実家暮らしだったんで」
不動産会社の担当者がいなくなり、部屋の中にいるのは俺と海崎さんの2人だけになった。ちなみに部屋の間取りは1DKだ。
「・・・意外と広いんですね・・・1DKって」
3人暮らしだと少し狭い2LDKの平屋建てでの生活にすっかり慣れてしまっていたから、その気になれば10秒足らずで部屋を1周出来てしまう1DKは感覚的に更に狭くなるのかもと思っていたけれど、いざ実物の中に入ってみたら十二分すぎるぐらいに広く感じる。まぁ、ついこの間まではトイレと風呂を除けばずっと6畳の部屋で1日を過ごす自堕落を極めていたから、そう感じるのは当然のことかもしれない。
「正直な話、1人暮らしなら1DKほどあれば十分ですからね」
「そういえば海崎さんの部屋も1DKでしたね・・・」
ともかくこの部屋で俺は今日から1年間、高校生として生活することになる。まだ教科書や桜咲の制服は届いていないから実感は湧いてこないし、若返ったことで余計にカズと似てきたこの顔も、まだ俺が俺じゃない感じがして今一つ慣れない。
「・・・すいません海崎さん。さっき撮ってもらった
「はい。良いですよ」
ふと自分の反転していない“本当の顔”が気になり、海崎さんに薬を飲んだ直後に撮った“報告用”の写真を見せてもらうよう頼み込んでみたら、すんなりと海崎さんは俺にその写真を見せてくれた。
“『おい顔怖いってタカ、ほらもっと笑って!』”
“『笑う必要なんてあるんですかこんなので・・・』”
ちなみに証明写真を撮ってもらう際にとりあえず海崎さんから笑うようにしつこく言われたが、白い壁をバックにひとまず真顔と薄笑いの中間ぐらいの顔を作って顔の正面と横をそれぞれ2,3枚ずつ撮って、写真撮影は乗り切った。
「はい、どうぞ」
そして海崎さんのスマートフォンの画面に写された、鏡を通さない“正真正銘”の本当の自分の姿を改めて見てみる。
「・・・やっぱりカズとそっくりだ・・・」
実際にカズは俺の弟だから似ているのは当然なのかもしれないけれど、こうして写真越しで17歳になった自分を見てみると、冗談抜きで双子かと思えてしまうくらいには瓜二つだ。
「そもそも弟の和臣さんが元からお兄さんと本当に顔がそっくりでしたからね」
ただでさえ元から似ていた顔が若返ったことでより一層似てきた俺に、海崎さんも思わず認める。何なら少しだけ髪を短くしたら、もはや俺はカズのドッペルゲンガーだ。
「これで和臣さんと同じくらいに短くしたらどっちがどっちだか分からなくなりそうなくらいですね?」
「・・・それは言い過ぎですよ(俺が思ったこととほとんど同じこと言ったよ海崎さん・・・)」
俺が心の中で思ったこととほとんど同じことを海崎さんは言葉にする。そんな偶然はともかく、鏡の中じゃない“真実”を目の当たりにしても、やっぱりまだこの顔には言葉に出来ない違和感を覚える。
少なくとも17歳のときの俺は、“いま”と全く同じ顔をしていたはずなのに・・・
「試しにこれを機に髪を切ってより高校生らしくさっぱりさせてみるのはどうですか?」
「えっ?」
「だって実際、高校生だった頃の貴臣さんは僕と同じくらいの長さだったじゃないですか?」
「・・・そんなとこまで調べたんですね」
「ハイ、それが」
「そのくだりはもう間に合ってます」
そうか・・・そういえば会社を辞めて引き篭もる前までは身だしなみとかは普通に気にしてたから月1でセルフカットして髪型をキープしていたけど、今じゃ大体3ヶ月おきで身だしなみなんて全く気にしなくなったから基本的に前髪は目元まで伸びていて、はっきり言って現役高校生のようなキラキラ感は皆無だ。
だったら身だしなみも17歳の俺と全く同じにすれば、違和感は多少なりとも拭えるもなのか?
「・・・もちろん今でも十分ですが・・・・・・17歳のときみたいに短くさっぱりさせたらもっと“イケメン”になると思いますよ・・・」
“『オイ知ってるか?大神の家、両親が離婚して父親が仕事辞めちゃって色々と大変らしいぜ?』”
“『マジで?だからアイツ急に陸上辞めて週5でバイト入れたりとかしてたんか』”
“『まぁ、ぶっちゃけ言うと俺って
“『ハハッ、マジでサイテーだなお前』”
“『どおせあの”イケメン“のことだから全部嘘で、ホントは裏でまた新しく彼女でもゲットしてイチャコラしてんだろ』”
「・・・・・・別にリライフを通じて“イケメン”になって女子からモテたいとか、クラスの人気者になりたいとか、そういうのは全くいらないんですよ。俺」
海崎さんの何気ない“
「・・・とにかく俺は、ただただ平穏にごく普通な高校生活を送れたら、それでいいんですよ・・・・・・一番大切なことはカズたちが幸せになることだから・・・」
やっと分かった。写真に写る俺の顔から感じる違和感の正体。いまここにいるのは17歳の俺なんかじゃなく、25歳の俺が17歳に若返っただけの姿。同じ17歳でも、8年も時が経てば顔は同じでも中身の人間は大きく変わる。
“『兄ちゃん・・・おれ・・・100点取った・・・』”
“『カズお前・・・・・・やれば出来んじゃん!!』”
少なくともあの頃の俺は、事情を何も知らないクラスメイトの心無い陰口に傷つくことはあったけど、カズの笑顔が緩和剤になってくれていたおかげで自分を保つことが出来ていた。
“『まぁそんな気にすることないんじゃないの?そんなどうでもいい愚痴なんてよ』”
そして最後まで俺の理解者でいてくれた親友だったあいつもいなければ、俺はあそこまで頑張れなかったかもしれないし、もっと早い段階で俺の心は限界を迎えていたはずだ。
“『・・・せいぜい嫌われて苦しめよ・・・・・・苦労知らずの優等生・・・』”
ただ本当に心を許していた
「平穏でごく普通の高校生活・・・・・・そもそも実年齢25歳のニートが経歴を誤魔化して学校に通学する時点で普通じゃないと思いますが?」
「海崎さんがそれ言ったらおしまいですよ」
“そんなギリギリの日常がこれから待っているとしたら、心がまだ回復したとは言えない今の俺にそれを乗り越える力はあるのだろうか?”
「・・・でも分かってます。こんな心意気で1年間リライフをしても、俺の人生は何一つ変わらないし、俺が変わらなかったらカズたちも幸せになれないことぐらいは・・・」
なんて考えているようじゃ現状なんていつまで経っても変わりやしないことは分かっている。分かっているけど・・・身の回りにいたあらゆる人達によって臆病者になってしまった“本当の自分”が、変わろうとする俺の心に容赦なく
そもそもこんなことで悩める悠長な時間すら残されていないくせに、俺は何をウジウジと・・・
「だけど・・・変わろうと思ってもその選択をするのが怖いんです・・・・・・俺は・・・ずっと人生の選択肢を間違い続けてここまで来てしまったようなものだから・・・」
せめて、人の人生が全て2択の問題で構成されたシンプルなものだったら、100点満点にはならなくとも及第点以上の幸せを俺は掴んでいたのだろうか・・・・・・
“・・・引きこもりでありながらも社会復帰への意欲自体は元から十分、基本的に冷静で物分かりもよく、相手への危機感さえなくなれば持ち前のコミュニケーション能力の高さを発揮できるがその反面、過去のトラウマに直面すると臆病になって、つい逃げようとしてしまう・・・・・・やっぱりタカを見てると、リライフを始めたばかりの頃の俺を思い出す・・・”
「・・・別に無理して変わろうとする必要はないんじゃないですか?」
何気ない一言で揺れ動いていた俺の心に、海崎さんの言葉が再び入ってきた。
「・・・・・・わざとですよね?さっきの言葉?」
「スミマセン。事前に貴臣さんの状態を把握しておく必要があったため、少しだけ試させて頂きました」
「・・・言っとくけどやり口がほぼDVですよこれ」
「正直、僕もちょっとだけそれは思いました」
「自覚があるならまだよかったです」
もちろんその前から、海崎さんの言葉がわざとだというのは分かっていた。きっとリライフを始める前に被験者の精神状態を把握し、その上でどうサポートしていくのかを決める。と言ったところか。
「でも、海崎さんは俺に無理して変わる必要はないって言ってくれますけど・・・・・・このザマですよ?」
ただこんなちょっとしたことで気分が揺らぐような状態で、果たしてまともに高校生として学生生活は送れるのだろうか?俺は本当に変われるのだろうか・・・?
「良いんじゃないですか?この“ザマ”でも?」
「えっ?」
「むしろ“1年間リライフをやって例え変われなかったとしても、リライフが終わるときまでに自分が変わるきっかけが何かしら見つかってる”・・・それぐらい肩の力を抜いた気持ちで良いと思いますよ」
「リライフが終わるまでって」
「だからこれからの1年間をどう過ごすかは貴臣さんの自由です。もちろん記憶が消えることを良いことに万引きとか一線を越えるような犯罪に手を出すのはNGですが」
「するわけないでしょ」
リライフが終わるまでは、まだ1年ある。でも、1年なんて本当にあっという間だ。人は人生経験を重ねれば重ねるほど時の流れが早くなっていくように、身体は17歳でも俺に残されている体感時間の流れは25歳のままだ。
「・・・って、あんまり僕のほうで言い過ぎると過干渉になってしまうのでアドバイスはこれで終わりにしますが、最後に1つだけ“人生の先輩”としてアドバイスをしておきます」
「・・・そういや海崎さんっていくつですか?」
「今年で29です」
「やっぱり俺より年上なんですね」
「そう、こう見えて貴臣さんより年上なんですよ~」
「いや、割とどう見ても海崎さんのほうが年上に見えますよ、普通に(なんか、雰囲気がオッサンっぽいし)」
「(絶対俺のことオッサンって思ってやがるなコイツ・・・)それはだって今の貴臣さんはピチピチの17歳ですから」
「何か鼻につくなその言い方」
海崎さんの実年齢が分かったことはともかく、俺が心を壊して部屋に籠っていた2年半がこれだけあっという間に過ぎたくらいだから、リライフの1年間はもっと短い。だから、いつまでもいまの自分に甘えている暇なんてない。
「・・・まぁそれは置いておくとして、貴臣さん・・・人っていうのは案外容易く変われるものですよ・・・・・・“実家暮らしのヒキニート”から“1人暮らしの高校生”になれたように・・・」
「・・・はぁ」
「じゃあそろそろ僕は会社に戻って資料を作らなければならないので今日はこれで帰ります。何か買いたいものがあったりまた外に出たいな~と思ったときは、気軽に連絡してください。あと、通っていただくことになる高校の教材や制服など諸々は明日に届きますので、1学期に向けて色々と気持ちを慣らしておいてください。では、良いリライフを」
そうこうしているうちに、海崎さんは営業の決め文句のような捨て台詞を言って俺の部屋から出て行った。
「・・・良いリライフって・・・」
良いリライフ。そもそも高校生として1年間学校に通ったぐらいで、人生も人も本当に変われるのだろうか・・・それは分からない。
“『人っていうのは案外容易く変われるものですよ』”
と海崎さんは俺にアドバイスをくれた。確かに俺は、この数日で部屋から出て外の世界で人と普通に会話して、カズの彼女とも一応“兄”としてちゃんと挨拶して自分の思いを伝えることができた。そして先週まで金食い虫の“ヒキニート”だった俺は、“支援”があるとはいえ実家を出て自立しようとしている。もちろん決して容易くはなかったけど、思っていたより壁は低かった。
“・・・いよいよ完全に引き返せなくなったな・・・俺・・・”
海崎さんが職場に戻って部屋に1人の状態になった瞬間、不思議と“リライフをしている”という実感がじわりじわりと湧いてきた。けどそれは、さっきまでの先の見えない恐怖心とはまた違う感覚で、逆に気分は何かが吹っ切れたようにスッキリとしていた。
“もうここまで来たらなるようになれ・・・か・・・”
また、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。どんなに自分を変えようと心を構えても、邪魔をしてくる
変わり方がまだ分からないなら、海崎さんの“アドバイス”を思い切り信じて“このザマ”の自分のままリライフを始めてみよう。そして焦らずに与えられた“1年間の猶予”を惜しみなく使って自分を変えていこう・・・・・・なんてポジティブになりきれないところもあるけれど、ここまで来てまた逃げるようじゃ俺は一生変われない。
何が起こるか分からない。正しい答えなんて分からない。こんな自分が変われる方法なんてまだ何一つ分からない。それでも明日を恐れているままじゃ何も始まらないことぐらいは・・・俺だって知っている・・・
だったら・・・・・・
“つよくてやさしいおにいちゃんへ
12さいのおたんじょうびおめでとう
しょうらいはおにいちゃんのような
ヒーローになりたいです
だからもっとつよくなってください
かずおみ”
“やってやろうじゃないか・・・・・・リライフ”
4月7日_
“・・・にしても、まさかまた制服を着て高校に通うことになるなんて・・・学校違うけど”
始業式までに与えられた“春休み”期間は入学に向けた準備と生活基盤を整えていたらあっという間に過ぎ去り、いよいよ初登校の日がやってきた。もちろんこの間に身の回りの人たちに1年間のサヨナラを報告する必要があったけど、いまの俺と繋がりがあるのはカズと親父だけで1年は帰れないことは伝えているから、そもそも必要はなかった。
誰も知り合いがいないことに何となく説明のつかない虚しさを感じたが、気にしていてはキリがない。
“・・・制服着ると余計に高校生感がすごいな・・・”
あのカプセルを飲んだときは違和感しか感じなかったカズと瓜二つなこの顔も、3日も経てばすっかり見慣れてしまって、今ではこうして制服を着て鏡の前に立った姿も平然と受け入れられるようになった。それにしても、本当に慣れというのは恐ろしい。
「今日からよろしく。高校生の俺」
アイボリーホワイトの
“・・・って、何やってんだ俺”
そして鏡の前の自分に真面目なトーンで語りかけるという傍から見たらまあまあヤバイ光景を自覚して、少しだけ恥じる。改めて冷静になってみれば外見は17歳でも中身は25歳のままだから、感覚的には同年代の人達が勤務先の会社に向かうためにスーツや仕事着を着て職場に向かおうとしているときに、俺はどういうわけか高校の制服を着て始業式に向かおうとしている感は否めない。全く、みんなが必死に社会という過酷な環境で生きているっていうのに、一体俺は何をやっているのだろうって話だ。
まぁこれでも、1ヶ月前の“ヒキニート”だったときの恥ずかしさと比べたら、マシにもほどがある。
“さて・・・いきますか・・・”
リライフのために新しく買ったリュックの中身を確かめて、忘れ物が一つもないことを目視で確認する。大丈夫だ、筆箱もちゃんと入ってる。
“なんか筆箱を持ってくこと自体がもう懐かしいわ・・・”
思えば筆箱なんて持っていくのは大学の授業以来のことだ。桜咲は青葉と同じく始業式の日に3科目(国語、数学、英語)のテストがあるから、
って、17歳に若返った現実を色々考えても、何一つキリがない。
“・・・せめて・・・・・・一度でいいから人生をやり直すことが出来たらな・・・”
なんて思いながら部屋に籠っていた1ヶ月前には想像もしていなかった、嘘みたいな現実。まさか俺がもう一度制服を着て高校生として学校に編入することになるとは。しかも偶にドラマとかであるフィクションの高校生みたいなものじゃなく、本当に高校生の年齢になって俺は登校する。厳密に言えば高校生なのはガワだけで、中身は同じだけれど。
「・・・行ってきます・・・」
玄関を出る前に、俺は特に意味もなく話す相手もいない部屋に向かって声をかけた。
タイトル回収