“『ねぇ?さっきから何聞いてんの?』
“『あぁこれ?
“『マジで?ウチまだそれダウンロードしてないから聞かせてくれない?』”
“『えぇ~またかよ?』”
“『って言いながらホントは嬉しいくせに?』”
“『・・・うっせー好きにしろ』”
“『フフッ、ありがと』”
社会人としてスーツを着て働いていた頃、営業先から会社に戻る新宿辺りの道中で、前を歩く制服を着た高校生くらいのカップルが1つのイヤホンをそれぞれの片耳に宛てがりながら歩いていた場面に出くわしたことがあった。
“・・・青春してんなー・・・”
そんな眩しさすら覚える“ザ・青春”という感じで前を歩く2人の姿に、気が付くと俺は家族を支えるために色んなものを犠牲にしてきた“今の自分”を重ねていた。そして“何もかもをリセットしてもう一度高校生になって青春したい”とふと思っては、“そんなことしたらカズと親父はどうなる?”と無理やり自分に言い聞かせて、“幸せ”そうな2人を早歩きで追い越して、振り返ることなく無心になって会社まで戻った。
思い返せば、母さんが家から出て行ってからの俺は強がる裏側で周りのみんなと同じように部活で汗流して、同じように下らないことで馬鹿みたいに盛り上がって・・・そんな感じの“普通な日々”に常に憧れては、“普通に過ごす”ことすら許してくれなかった現実に1人で憤り続けていた。
だからリライフはある意味で、俺がずっと心の奥に抱えていた願望がそのまま形になったようなものだった・・・・・・のかもしれない。
『次は、池袋、池袋。お出口は、右側です。山手線、湘南新宿ライン_』
それがいざ心の中で抱えていた願望が実際に形になってみると、やっぱり落ち着かない。
“・・・本当に大丈夫だよな・・・ちゃんと“高校生”になれてるよな・・・俺?”
ラッシュで混み合う各駅停車のドアの向こうで流れる車窓に薄っすらと映るカズとそっくりになった自分の顔に、ついつい目が行ってしまう。あれだけ覚悟を決めてアパートを出て行ったはずなのに、いざ人混みに紛れてみたら物理的に外見が若返った自分も着ている制服も何もかもが落ち着かなくなって、痛いまではいかないけれど胃の辺りが少しだけキュッと締め付けられるような独特な緊張感に襲われて、それは終点の最寄り駅に近づく度に大きくなっている。
こんなにもソワソワと落ち着かない感覚を味わうのは就活の面接以来か、あるいはそれ以上か・・・って、たかだが制服着て学校に行くだけだっていうのになんで俺はこんなに緊張しているんだ?それとも、転校生が初めて転校先の学校に行くときとかは・・・これぐらいの緊張はするのだろうか?
いや・・・そもそも今の俺って“見た目は高校生、中身は大人”ってわけだから・・・・・・厳密に言えば“転校生”ですらねぇじゃん、これ・・・
“・・・マジで大丈夫だよな・・・?・・・俺・・・”
『池袋。池袋。ご乗車ありがとうございます』
住処のアパートの最寄り駅から10分弱。距離が近づくにつれて高まる緊張を嘲笑うかのように、約1分の誤差で運行ダイヤを刻む各駅停車は俺の覚悟を待たずして今日から通うことになる学校の最寄り駅に到着した。当然こんな感じでリライフが始まってしまった以上は引き返せないから、落ち着かない心情を“大丈夫だ”と無理やり言い聞かせてカバーしつつ、通勤と通学で混み合う人の流れに乗り改札を抜けて学校のある西口へと足を進める。
にしても、何となくこの絶妙に“薄暗い”雰囲気の空気には妙な“懐かしさ”を感じるのはなぜ?
“そう言えば大学に通ってたとき以来だよな・・・
西口へと向かう構内の通路に感じる“既視感”で、大学時代のバイト先が池袋にあったことを不意に思い出した。どおりで西口の通路へ繋がる方角へ、全く迷うことなく俺は歩けているわけだ。と言っておきながら俺が働いていたバイト先は東口なのだけれど、西口への行き方は案内図を見なくとも予習なしですぐに分かった。
でもまさか・・・その池袋に“高校生”になって再び来ることになるなんて夢にも思わなかった。
“・・・同じ制服だ・・・”
なんて懐かしみながらも西口に出て、地図アプリを頼りに桜咲高校を目指して大通りの歩道を歩いていると、同じ制服を着た高校生が目に留まり、その数は学校のグラウンドの横を通る二車線の通りに入ると一気に増え始め、アイボリーホワイトの
“・・・やっぱみんな“若けぇ”・・・”
当然、前を見ても後ろを振り返っても“リアルな高校生”が目に留まる今の状況は、やっぱり落ち着かない。確かに外見上だけだと俺だってまごうことなき“17歳”の身体になってはいるけれど、如何せん中身は“25歳”のヒキニート。同じ制服を着こなして同じ目的地へと歩く“本物”の若々しさは、目に映り込むだけでなんだか眩しくて疲れてくる。同じ制服を着て同じ目的地へと足を1歩進めるたびに、勝手に生気を吸い取られていくような気分だ。だからといって毒沼を突き進むRPGとは違って、死にはしないし普通に歩けるけれど。
“『じゃあカズ、行ってくるわ』”
少なくとも俺が本当の“17歳”だったときは、普通に制服着て何食わぬ顔で学校に行っていた・・・・・・のかは覚えてないけれど、どっちにしろ顔には出さなかったから通りすがりの大人からみればあの頃の俺もこんなふうに眩しく見えていたのだろうか・・・
“『あ~あ、最近ノリ悪いくせに調子乗っててマジでウゼェよな大神のやつ』”
“・・・ついちゃったよ・・・”
なんて昔を思い返すという“高校生らしさ”の欠片もない時化たことをしながら歩いているうちに、校名が書かれた銘板が横に掲げられた校門の前まで来てしまった。何とかここまでは周囲の人の流れに乗ることができたが、さすがに学校の門を前にすると足が止まってしまった。
“当たり前だけど・・・マジで“高校生”しかいねぇ・・・”
分かっている。今の俺は正真正銘の高校3年生だから、このまま何食わぬ顔で門をくぐって教室に入ったところで何の問題もない。でも、“本当に入っていいんだよな?”とか、“入っても何にも言われないよな?”という疑問が頭の中を巡り、足が動かない。何となく、何も悪いことはしていないはずなのに、悪いことをしているような気分だ。
これって最悪、侵入罪とかに問われて“御用”になって取り調べを受けてリライフの存在が明るみになって詐欺罪で再逮捕・・・っていやいや、だったらアパートの契約をした時点で管理人さんから怪しまれて俺は海崎さんもろとも捕まっているはずだ。今の部屋に住めている時点で、俺の存在は文字通り高校生で“合法”も同然。何を恐がっている?堂々としていれば大丈夫だ。クラスまで同じになるかは知らないけど、海崎さんだって今まさに制服を着て
それにこんなところで足踏みなんてしてたら、それこそまたあの“部屋”に逆戻りして一生後悔することになる・・・・・・
““恐い”のは最初の一歩だけだ・・・・・・堂々としろ、俺”
校門を前に臆病になった心に再び喝を入れ直して、今度こそ覚悟を決めて一歩を踏み出す。俺の意思で“
それを何度も何度も繰り返した先に、“明日”は待っている。
俺は大神貴臣、17歳。高校生だ。
“・・・って覚悟決めながら門をくぐってる時点で“高校生”じゃねぇよな俺・・・”
止まっていた足を前に出して学校の敷地内に足を踏み入れた瞬間、まるでしこたま酒を飲んでハイになった状態から一気にシラフになったかのように、一瞬で心が冷静になった。普通に考えて、こんなことを考えながら学校に登校する高校生なんて現実じゃどこにもいない。
少しだけ気持ちに余裕が出てきて周りを見渡しても、俺のことを“不審な目”で見てくる人なんて誰もいない。気にも留めない。全然大丈夫だ。
“・・・クラス分けは玄関に張り出されてるって海崎さんは言ってたっけ・・・”
昇降口の近くに来ると、同じ制服を着た生徒の群れの奥に数日前の電話で海崎さんが言っていた通り、クラス分けの紙が大きく貼られていてそこに生徒たちが屯していた。とはいえ、この辺のところはどの学校も大体同じだろう。
「待って
「嘘だろ?」
「うわホントだ。タクだけ2組とかドンマイじゃん」
「マジかよ・・・っていうか俺だけ“2組”とか
「そんなこと私に聞かれても困るっての・・・あとうるさい」
「だって
「ゴメン、多分私も思ってること同じだわ」
「揃いも揃って血も涙もねぇなお前ら・・・」
不意に俺の前にいた男女4人組の会話が耳に入る。俺が通っていた青葉でもやっていた始業式前の恒例行事、クラス替え。
“『やった同じクラスじゃん』”
とか、
“『今年も違うのかよ』”
とか、仲の良い友達と同じクラスになれたかなれないかで一喜一憂しているこの空気感が“あるある”すぎて、見ているだけで微笑ましい。少なくとも大学でゼミや講義が同じになってもここまでみんなで盛り上がっているような光景は見たことがなかったし、社会人になって会社で働くようになれば部署が同じだとか“そんなこと”ではしゃいでいると周りから変な目で見られるから、尚更だ。
「結局オレら4人が全員揃うことは一度もなかったってか」
「無理やりオチ作って纏めようとすんな
「でもよかったじゃんタク。2組ってことはおれたちの代わりに“大親友&元カノ”の
「それはどういう意味だ
俺の前にいた4人組はクラス分けの話題で盛り上がりながら昇降口の中へと入っていく。盗み聞きしてしまったけれど、会話を聞いた限りどうやらこの仲良しな4人が揃って同じクラスになったことは一度もないみたいだ。こんな感じで仲の良い友達同士が同じクラスになるようなことは実をいうと滅多にないところもまた“クラス替えあるある”で、微笑ましくもどこか懐かしい。
という具合に感傷に浸るのはここまでにして、さてと・・・そもそも俺の名前は果たして本当に乗っているのか・・・
“3年・・・3年1組・・・・・・ほんとにあるよ俺の名前・・・”
昇降口のクラス分けの紙を前に屯する周囲に紛れて自分の学年でもある3年のクラス表を1組から順番に確認しようと視線を向けると、さっそく自分の名前が載っていることに気付いた。
“・・・夢じゃないよな・・・”
3年1組のところに自分の名前が載っていたことで沸き上がってきた感情は、名前があることへの驚きではなく、目の前の現実を心が受け入れきれない“疑い”の感情だった。夢じゃないよなと目を軽くこすり、頬をつねってみても3年1組のクラス表にはちゃんとはっきりと“
“本当に俺・・・“高校生”になってんじゃん・・・”
「・・・っ・・・」
クラス表に本来だったらあるはずのない自分の名前が載っているこの光景が紛れもない現実だということを心から理解した瞬間、心の中にあった疑問が晴れて思わず爆発しそうになった。
“危なかった・・・一瞬マジで我を忘れかけた・・・”
我を忘れて全身に伝わってきた喜びに似た感情を声と身体に伝わる寸でで止める。これが志望校の合格発表の場面だったらそこまで違和感はないと思うけれど、たかがクラス替え如きで友達が誰一人いない状況の奴が“ヨッシャー!”なんて叫んだ暁には、9割9分の確率で白い目で見られる。
ただでさえ俺は編入生で暫くは多少なりとも目立ってしまうだろうから、初日くらいは何も事件や波乱が起きることなく“平穏”に行きたいところだ。
「・・・いくか」
周りに聞こえないくらいの声で静かに喜びを吐き出した俺は、そのまま昇降口で上履きのサンダルに履き替えて、海崎さんから渡された資料を元に頭に叩き込んだ校内の案内図を思い浮かべながら、3年1組の教室を目指して玄関から階段へと向かい、3年生の教室がある4階へと上る。
“久しぶりだな・・・この感じ”
考えるまでもないが、当然いま俺の周りにいるのは桜咲に通っている生徒とここで勤務している先生たちだけ。上履きに履き替えて教室のある階へと続く階段を上れば、四方八方から発せられる他愛もない会話や足音が残響となって耳へと入ってくる。
そんな小学校とも中学校ともどこか違うこの独特な空気は、通っていた学校が変わってもビックリするぐらい変わっていなくて、一度も来たことすらないにも関わらずもう既に色々と懐かしさを覚える。でも思い返せば、海崎さんは青葉と校風や環境が最も近い学校を選定したと言っていたから余計にそう感じてしまうのかもしれない。
“・・・4階って意外と遠いな”
「・・・ふぅ・・・」
3年生のクラスがある4階まで上がりきったところで、思わず溜息のようなものが無意識にこぼれた。別に息が切れるとか疲れているとかじゃないけれど、教室のある4階までが体感的に想像していた以上に長く感じた。
“まぁ、ついこの間までヒキニートだったから無理はないか・・・”
その理由は明白だ。これでも引き篭もっていたときは行き場のない自己嫌悪の感情を誤魔化すためにネットサーフィンやゲームと共にストレッチや筋トレをやっていたとはいえ、活動範囲が家の中だけの生活を2年半も送っていたら自ずと体力は落ちていく。外見だけしか若返っていない今の俺には、バドミントンをやっていたときの恩恵は全く残っていない。ただ、運動神経も運動センスも“ミジンコレベル”なカズに比べたらマシだとは信じたいが・・・
“・・・って、さっきから考えてることが “おっさん”みたいだな、俺”
体力が落ちたことを肌で感じたりとか、校舎の中から聞こえる会話や制服を着て学校へ行くことに懐かしさを感じたりとか、そんなことばかり思っている自覚しては自分がそれだけ“歳を取った”ことを痛感してしまう。
あぁ、やっぱりみんな若くて眩しい。実年齢を考えてもたかが8歳差ぐらいと心のどこかで思っていたけれど、いざ同じ空間に飛び込んでみると自分がまるで“おっさん”に思えてしまう。一応言っておくと、俺って今年で26になる25歳だから世の中の括りでみたらまだ“若者”として普通に通用する年齢のはずなんだけど・・・
“とりあえず、この空気に慣れるまではなるべく目立たないように大人しくしていれば・・・どうにかなるか・・・”
なんて“おっさん”みたいなことを考えていることを微塵も感じさせないようにポーカーフェイスを繕って、3年1組の教室についに足を踏み入れる。
“青葉のときは黒板に名簿が書かれていて、出席番号順で席が決められてたけど
青葉に通っていたときの記憶を思い起こしながら、心の中で祈りつつ先ずは黒板をチェックする。
“よし、あった”
俺のくだらない願いが通じたのか分からないが、どうやら桜咲も青葉と同様に席は出席番号順で決められているみたいだ。あぁもう・・・一個一個のことがイチイチ全部懐かしい。こんなんで本当に1年間も周りについて来れるのか?俺?
“えーっと俺の番号は・・・あぁこれか・・・って一番前かー、絶対に嫌とかじゃないけどどっちかっていうと後ろの席のほうが良かったなぁ俺、だって後ろのほうが目立ちにくいし・・・”
黒板に貼られたA4用紙で席順を確認する。俺の席は出席番号の関係で窓側から2番目の列の一番前。真正面よりはマシだけれど、できれば後ろのほうが個人的には良かった・・・なんて我儘は言わない。前に座ろうが後ろに座ろうが、編入生が目立ってしまうのは必然。
それ以前に、俺は“人生をもう一度やり直す機会”を与えてもらっているから、四の五の文句を垂らせる身分なんかじゃない。寧ろ高校生になって学校に通っているこの状況に感謝しないといけないくらいだ。
“?・・・この名前どこかで”
なんて高校生“らしくない”ことを頭の中で巡らせながら席順を確認していたら、俺から見てふたつ後ろの席のところに見覚えのある名前が乗っていた。
“・・・海崎、新太・・・”
「さーて、俺何番かな~?」
「!?」
明らかに見覚えのある名前を視界に捉えた瞬間、隣から明らかに聞き覚えのある声が聞こえてきて、俺は条件反射に近い形で思わず声と気配がする右側を向いた。
「かいz・・・!」
するとそこには明らかに高3に“若返っている”海崎さんがいて、俺はつい“初対面”だという
「バレたら即終了ですよ、貴臣さん」
「(くっ・・・こればっかりは何も言えねぇ・・・)」
そんな突然の出来事に茫然としている俺に、薬で若返った海崎さんは“頭がよろしい貴臣さんにしては不覚でしたね?”と言いたげな視線を横目で送りながら小声でさり気なく注意をして、指定された自分の席へと何食わぬ顔で座る。同じく薬を飲んでいるから当たり前だとはいえ、元の年齢が俺より年上なことも相まって余計に若々しく見えて、席が埋まり出した教室の光景に何の違和感もなく溶け込んでいる。
“よくよく考えたらクラス分けの紙のところに書いてあったよな絶対・・・”
そして俺は、昇降口のクラス表で自分のクラスを確認したときに海崎さんがどのクラスにいるかを確認していなかったことに今更ながら気が付いた。自分の名前が1組のところに書かれていたことに安心しきって油断しまくっていたなんて、全く俺らしくないミスだ。
“海崎さん・・・”
“『ちなみに僕も同じ桜咲高校の生徒として貴臣さんの学校に編入します』”
“・・・って言ってはいたし、確かに同じクラスのほうが“監視”するにはより効率的だろうけど・・・・・・これは予想出来ないって・・・”
4月7日。桜咲高校の始業式にして俺にとっての登校初日に、早くも平穏とはほど遠い“波乱”の予感が渦巻き始めた。
もっとリライフのSSが増えていって欲しい
7/30追記:登場人物の呼び名を一部変更しました。