「えーみなさん・・・今日から新学期です」
桜咲高等学校。1学期の始業式は、生徒指導の先生による開式の宣言からの校長講和に始まる。
「2年生だった生徒たちはこの春から3年生となるわけですが、新3年生の生徒のみなさんは勉学、部活動、そして課外活動も含めて常日頃から最高学年として下級生のお手本になるような振る舞いを心掛け_」
相変わらず、どの学校に行っても校長先生の話はやたらと長いのはどうしてだろうか。別に余計なことは言っていないのは分かるけど、何となく時間の流れが遅くなっているように錯覚さえしてくるこの感じ。社会人だったときはとにかく時間に追われていたから、こんなふうに“暇を持て余す”ように立ち尽くすこともなかったよな・・・
「ふぁ~」
俺と同じ列にいる誰かが、退屈そうなあくびをした。何となくあくびが聞こえてきた場所からして、発信源は俺より出席番号が前の誰かだ。うん、誰かは分からないけど退屈すぎてついあくびが出てしまうその気持ち、俺も分かるぞ。
「ゴホッ」
“咳?”
「ゴホッ」
「ゴホゴホッ」
「ウ゛ンッ」
そして今度は逆の方角から、またも俺と同じ1組の列にいる女子が咳を発して、それを発信源に咳が周囲へと連鎖していく。あぁ、そういえば俺が中高生だったときにもこんなことがあったよな・・・季節性のウイルスが
“・・・なんか俺まで喉がイガイガしてきたな・・・”
「ウ゛ンッ」
そんなことを考えていたばかりにまんまと連鎖に飲まれてしまった俺は溜まらず咳払いをしたが、咳の連鎖は俺の咳払いを最後にパタリと止まった。誰が悪いとかじゃないけれど、少しだけの気まずさと羞恥が俺に襲い掛かる。
“何かもう・・・こういう気恥ずかしさすらも懐かしいわ・・・”
「今日から3年1組の担任をすることになった、
そして始業式を終えて3年1組の教室に戻ったあとの“イベント”と言えば、ホームルームと自己紹介。
「3年生は受験を控えたりするなど大変なところもあると思いますが、各々が卒業するときに“良い高校生活だった”って振り返られるような、そんな悔いのない1年にしていきましょう」
先ずはこのクラスの担任となる
にしても、“良い高校生活だったと振り返られるような悔いのない1年にしていきましょう”か・・・絶対にリライフのことは知らないはずだとはいえ、何だか妙に心にグサッと刺さるようなことを言ってくるな、
「ではクラス替えで同じ学校でも実際に会うのは今日が初めましての人もいるだろうし、軽くでいいから先ずは全員で自己紹介してもらおうかな」
「
「今からそれを説明するところだよ。あと、
「だって編入生もいるしさ、説明し忘れないためのオレからの“予防線”っつーことで」
「心配してくれてありがたいけど、それぐらいのことはちゃんと説明するから安心しろよ」
教壇に立つ笹原先生に、俺から見て右斜め後ろの席に座る
「サンキューアッキー」
「礼は要らないから」
「ホントは満更でもないくせに」
「あんまり先生を揶揄うと冗談抜きで内申点下げるからな城野?」
「ハイスイマセン」
そして城野という生徒の“一線を越えない絶妙な軽口”のおかげでどこか緊張感で重かった教室に笑いがこぼれ、次第に空気が和んでいく。小中高と、こんな感じのおちゃらけた底抜けに明るそうな所謂“ムードメーカー”的存在が、クラスに必ず1人はいたことを不意に思い出す。あと、こういうタイプは一見するとバカそうに思えるけど、普通に頭も良かったりする。
その証拠に、城野のブレザーの左胸元のポケットには他の生徒のブレザーには付いていない校章の“
“にしても城野・・・ツーブロックにピアスて・・・・・・さすがは自由な校風で知られる桜咲高校・・・”
声が聞こえて一瞬だけ振り返って見えた1組のムードメーカー的存在であろう城野の出で立ちは、銀髪にツーブロックという髪型に耳にピアスという、校則が緩いことで有名な俺の通っていた青葉にいてもかなり目立つような派手にチャラついた見た目で、座っていても分かる高身長さが相まって、黙っていると8つ年上の俺から見てもまあまあ厳つい。直接は言えないけれど、第一印象で絶対に恐がられている絵面が容易に想像できる。
“『ピアス?嫌だよそんなチャラいの!?』”
と心の中で思っておきながら、俺も俺で青葉に通っていた弟に担当した
もちろん、左耳のピアスを開けた張本人が“ヒキニート”になってからもずっと外さずに付けていた理由も・・・聞かなくとも何となく想像できる。
本当、俺って奴はカズにどれだけの“重荷”を背負わせてきたんだよ・・・全く・・・
“・・・って、こんなときに俺は何を・・・”
「ということで自己紹介は名前・2年次のクラス・部活動ぐらいの軽い感じでいいから・・・本当はじゃんけんで順番を決めようと思ってたけどあんまり時間がないから普通に出席番号順で行こうか。
「はい」
不意に“ヒキニート時代”のネガティブな思い出を振り返ろうとしていた思考をリセットして再び現実に意識を戻すと、自己紹介が始まっていた。
「
出席番号順の関係で、先ずは俺からみてちょうど左の席に座る出席番号1番の
「もっと元気よく行こうぜ、衛士」
「・・・・・・」
そして少し控えめな拍手の中で城野が笑いながら茶化すと、赤間は鋭い目つきで“うっせぇな”と言わんばかりに城野を一瞥してそのまま何事もなかったかのように席に座る。
“・・・そういやこういういかにも“一匹狼”みたいな子もいたよなぁ・・・”
特に何も考えなくても見るからにしてひしひしと伝わってくる、“話しかけんな”と言わんばかりのオーラ。城野というチャラいムードメーカー的存在がいつの時代にもいるように、赤間のような “一匹狼”タイプの子もいるみたいだ。
「
「・・・?」
ぶっきらぼうに自己紹介をした赤間から2人の自己紹介を挟んだ4番目、自分の番になったというのに席から立とうとしない
「自己紹介、宇島の番だぞ?」
「ふあぁ~・・・えっもうおれですか?」
笹原先生から名前を呼ばれると、宇島はわざとらしいあくびをしながらどこか間の抜けたリアクションで答える。
“あぁ・・・この子があくびをした子か・・・”
その瞬間、宇島がさっきの始業式であくびをしていた子だと確信した。
「全く、こんなときに居眠りなんかするなよ」
「・・・あい」
笹原先生からの呆れ半分な注意に、宇島はあくびをしがてら“はい”と答えて気怠そうに立ち上がる。様子を見た感じ、明らかに昨日は徹夜でもしたのだろう。この後に小テストがあるっていうのに、大丈夫か?・・・と、中身が25歳の大人はつい余計な心配をする。
「
そんな心配をよそに、寝不足気味な宇島はやや気怠く自己紹介を終える。
「ねぇ?私初めて宇島くんと同じクラスになったんだけど
「本当だよ。ついこの間の春休みに東口の
「マジで?じゃあちょっと昼休みに話しかけてみようかな?」
気怠いテンションの自己紹介が終わった後の拍手と共に、どこからか誰かのひそひそ声が聞こえてきた。聞こえてきた会話からして宇島は、学校のみんなから一目を置かれている“カリスマ”的存在・・・てところか?そう考えると確かに、喋ったときの雰囲気だとか空気感がどこか独特だし、高校生なのに“ライブハウス”でお客さんを集めて演奏したりしているような子は、そりゃあ一目置かれるわけだ。まだ判断するには早いだろうけれど。
“しかも自分で曲まで作っているって言ったよな・・・”
少なくともここまで本気で音楽をやっている子は果たして青葉にはいただろうか・・・今は知らないけれど俺が通っていた頃は軽音部があったからギターとかをやっている連中はいなくはなかったけど、部活といってもあくまで緩い感じで演奏も文化祭のライブで披露するぐらいだったらしいし・・・これはここに来て初めてのパターンだ。
“『コースケお前すげぇなアルバム出したなんてさ!?』”
“『アルバムって言ってもインディーズだしあくまで俺のいるバンドの話だけどね』”
いや、高3のときのクラスメイトで1人、他校のメンバーと組んだ3ピースバンドでベースをしていた奴がいたことを思い出した。しかもそいつのいるバンドは俺が大学に通っている間にメジャーデビューを果たして今や武道館でライブをするまでに成功していて、そいつは俺と同じ代の卒業生の中では今や一番の有名人になっている。
“それに引き換えて、一体俺は何をやっているんだか・・・”
「次、大神君」
「えっ?あぁ、はい」
なんて昔のことをふと思い出してまたネガティブになっていたら、いつの間にか自己紹介は俺の出番になっていた。すぐさま気持ちを切り替えて席を立つが、大丈夫。正直なところ、仮にも1年以上も社会人として働いてきた身としてはこんなものは考えるまでもなく言葉は出てくる。
「
“・・・うん、お堅いにもほどがあるわこれ・・・”
言っている途中で自分が“やらかした”ことは自覚した。俺は何を血迷ったのか完全に“面接モード”で自己紹介をしてしまっていた。自分でも思う、こんな堅苦しい自己紹介をする高3がどこにいる?と・・・まぁ、本気で探せばいなくはないだろうけど。
“『大神貴臣。帰宅部でーす、よろしくお願いしまーす』”
たださすがにリアルで俺が高校生だったときみたいに自己紹介するとそれはそれで“編入生の分際で何様だ”と思われそうだから、それよりはマシだったと今は信じておきたい。
さて・・・海崎さんはどんな感じで自己紹介をするのか・・・
「
二つ後ろの席に座る海崎さんは、俺とは対照的に軽いジョークを交えながら爽やかに自己紹介を終えた。薬を飲んで若返っていることを踏まえても、顔つきも雰囲気も油断したら本気で“高校生”だと信じてしまうくらい爽やかだ。おまけに“社会人感”が全く感じられない自己紹介・・・・・・いや、きっと海崎さんのことだからこの日のために色々と考えて来たんだろうな。
「
海崎さんの真後ろの席に座る漫画研究部の黒崎・・・始業式で起きた咳連鎖の発信源だった子だ。しかし、小テストを前に風邪をひいてしまうとはとんだ災難だ。それと雰囲気で人を決めつけてしまうのは良くないのだけれど、いかにも“文化系”って感じが穏やかな口調とどこか“抜けてそう”な雰囲気で伝わってきたからか、“漫画研究部”というワードになんの違和感も感じなかった。うん、さっきから我ながらに偏見が酷いな俺。
“さて・・・海崎さんを除いてざっといま覚えたのは“一匹狼”の赤間と“バンドやってる”宇島・・・・・・あとは“漫研”の黒崎に“ムードメーカー”の城野・・・・・・駄目だ全員はキツいぞこれ”
小さいときから勉強は出来ていたけれど、人の名前を覚えるのはやや苦手な俺はクラスメイト全員の名前を覚えることを早々に諦め、とりあえず“特徴的”な生徒の名前から先ずは覚えていくことにした。
「
ひとまず城野の名前は確実に覚えた。名前は真太郎っていうのか・・・
「普段はそこに座ってる海音の
“ドラム・・・しかも宇島の“とこ”ってことはバンドって意味だよな・・・”
宇島のほうに目線を向けながら軽く流して城野は自己紹介を終える。まさかこのクラスに音楽活動をしている生徒が2人もいるとは、これは想定外。
“・・・でも待てよ・・・“この2人”どこかで・・・”
“『結局オレら4人が全員揃うことは一度もなかったってか』”
思い出した。昇降口に貼り出されているクラス分けを確認しに行ったときにちょうど俺の前にいた4人組のうちの2人。まさか俺と同じクラスだったとは・・・
“ということは・・・”
ということは言うまでもなく、このクラスには確実にもう一人いる。しかもさっきの会話からして、残りの1人は女子のうちの誰かということになる。ったく、異性の壁を超えた仲良し4人組が放課後に揃って自分たちが作った曲の練習をして、ライブハウスで自分たちの曲をお客さんに披露する・・・そんな誰もが一度は憧れる“漫画みたいな青春”を地で行くような日常を謳歌していて、想像するだけで羨ましさすら覚えてくる。
それを言うなら俺だって、“高1の夏”の頃は普通に俗に言う“青春”を満喫していた。将来のことなんてロクに考えないで、“1日1コンマぐらいの距離感でもいいから昨日の自分を超える”と意気込んでは全力で楽しむように
“『・・・母さんが家を出ていった・・・・・・・多分、もう帰ってこない・・・』”
そして“高1の夏”が終わるのと同時に・・・・・・俺の青春は終わった。
「
最後の1人は、最後の出席番号の行橋という女子だった。独特な雰囲気の宇島ともチャラついたムードメーカーの城野とも違う、クールで淡々としていてどこかミステリアスな感じの“黒髪美人”。
「やっぱり行橋さんって綺麗だよな~」
「それな、頭も良くてスポーツも出来ておまけにベースも上手いらしいし、 “高嶺の花”だよほんとに」
どこかの席からのひそひそ声が再び耳に入る。言われなくとも遠目から見ても明らかに“美人”だと分かるくらい容姿が整っていて、おまけにひそひそ話を聞く限り文武両道で放課後はバンド活動という絵に描いたような勝ち組の“高嶺の花”ときた。直接は言わなかったけど、きっと行橋がベースをやっているバンドは宇島のバンドなのだろう。ひとまず、
“・・・行橋・・・“黒髪美人”・・・”
にしても、こういう芸能人並みに整った容姿やオーラを持ち合わせた“高嶺の花”みたいな子も、学校には1人か2人は必ずいたよな・・・・・・実際に俺から見ても、パッと見だけで行橋がすごく綺麗なのは分かる。
“・・・ったく、何を俺はいい歳こいて“
不覚にも心は25歳の大の大人な分際で“JK”に対して普通に可愛いと思ってしまった自分を戒める。確かに今の俺は“高校生”だから仲良くなろうとそれはクラスメイト同士のことだから問題はないのだろうけど、大人になってしまったどうしようもなく下らないプライドが、この環境に慣れようと努力する俺の気持ちにリミッターをかけてくる。
“せっかく高校生になって人生をやり直すチャンスを与えられているんだから、そんな下らないプライドなんてすぐに捨ててしまえばいいのに・・・”
と言って自分のプライドを直ぐに捨てられるくらいの強さがあったら、そもそもこうやって人生なんて“やり直す”必要はない。所詮は俺という奴は、“人に自分の弱みを見せたら、周りまで不幸になる”という“履き違えた優しさ”という名前のプライドを捨てられなかったせいで心が壊れてヒキニートにまで落ちぶれたどうしようもない25歳の男だ。
“『人っていうのは案外容易く変われるものですよ』”
と、薬を飲んで若返った日に海崎さんは颯爽と俺にそう言っていたけれど、果たして俺はこの1年間限定の高校生活を通じて、本当に変われるのだろうか・・・?
いや・・・変わらなければ“未来”も変わらないから、“変えていく”以外の選択肢は無い。
「じゃあこれで自己紹介は全員一通り済んだということで・・・この中には3年になって始めて同じクラスになったって人もきっと少なくないので、みんな大なり小なり不安はあるとは思うけど_」
“・・・ん?”
行橋が席についたことを確認した笹原先生がホームルームを締めくくりに入ったところで、俺はこの教室のちょっとした“違和感”に気付いた。
“やっぱ“変”だな・・・あそこだけ空いてるの”
ただ違和感とは言っても心霊的なやつじゃなく、その正体は行橋の席の後ろにちょうど
「えー、黒板に書いた通り、今日の小テストの時間割は以下の通りです」
だけど何かしら事情を知っているはずの笹原先生は行橋の後ろにあるスペースのことには一切触れることなく、ホームルームの後にある小テストの説明に入り始めた。不登校だとか、病気で学校に来れないとか、あるいは他の理由があるとしたら、普通は何か説明するはずだけど・・・って、いきなり疑うのも人としてどうなんだって話だ。もしかしたら教室のドアが近くにある関係で、やむを得ずそこだけ外しているパターンもゼロじゃない。現に笹原先生は今ここにいる人数で“全員”だと言っているわけだし。
でもやっぱり・・・・・・俺には何だか“違和感”を感じる・・・
“・・・とりあえず今はテストに集中して、昼休みあたりに事情を知ってそうな海崎さんに聞いてみるか・・・”
キーンコーンカーンコーン_
「_ということでこの後に10分休みを挟んで次の時間から小テストを始めるので、時間を確認して余裕を持って席につくように。では起立・・・・・・礼」
ホームルームの終わりを告げるチャイムが教室に鳴り、俺は周りに合わせて起立と礼を済ませた。