ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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7/14追記  内容を一部変更しました。


ヒキニート、初日を終える

 「・・・そりゃもちろん大切だよ、衛士のことは。だって“好き”だから

 「・・・・・・え?

 「“友達”として」

 「・・・あぁ・・・なんだビックリした」

 

 突然のカミングアウトに茫然としたリアクションを取った俺に、黒崎は“そんなわけないでしょ”と言わんばかりの表情を浮かべて心の年齢だけは8つ上の大人を遠慮なんか一切しないで揶揄う。

 

 「やっぱり前フリなしで“好き”って言ったら男子はみんな勘違いしそうになるよね?」

 「当たり前でしょ・・・いきなり心臓に悪いわ」

 「ははっ、ごめんごめん」

 

 “恐らく”なんて前フリがなくても、いまの俺は揶揄い好きでSっ気の強めな黒崎から思い切り“遊ばれて”いる。1か月前には想像どころか夢ですら見ることのなかった、薬で若返って制服を着たヒキニートがクラスメイトになった現役のJKから弄ばれるという何一つ現実感なんて全くない紛れもない現実。

 

 「言っとくけど“そういうとこ”直しとかないと大人になったとき痛い目見ると思うぞ?」

 「“大人になったとき”って・・・大神くんって同い年なのにアラサーのおじさんみたいなこと言うね?」

 「“アラサー”て・・・俺まだ25なんだけどな・・・)」

 

 穏やかで親しみやすそうな雰囲気に反してちょくちょく危うい感じのことを言ってくる黒崎を前に、ついつい“オッサン”みたいに説教じみた言葉が出てしまい速攻で返り討ちを食らう体たらく。何となく彼女は、良くも悪くも人の懐に入るのが本当に上手そうなのが話していて分かる。

 

 

 

 “・・・そういや“あいつ”も、初めて話したときからあんな感じだったっけ・・・

 

 

 

 「・・・それよりさ、赤間くんとはどういう感じで仲良くなったの?こう言っちゃ悪いけど今のところあんまり接点があるようには見えないんだけど」

 

 黒崎を見ていてどことなく雰囲気が似ていた“あいつ”のことを無意識に思い出した俺は、その記憶を一旦忘れるためにやや強引に話を戻す。

 

 「・・・そんなに知りたい?」

 「あぁごめん、色々と聞いちゃってしつこかったね」

 「ううん、あたしは全然OKだよ」

 

 と、強引に戻したはいいが結果的にまるで俺が“初対面のくせにすげぇしつこく他人のことを聞いてくる面倒な奴”みたいになってしまっていることに気が付き、咄嗟に“保険”をかける。

 

 “同じクラスの人と話すのって、こんなに手探りで難しかったか?

 

 それにしても、俺がリアルで高校生だったときはクラスメイトとこうやって普通に会話をするにしても気まずくならないようにもっと上手く立ち回れていたはずなのに、どうもいまの俺はあの頃と比べて人と会話を交わすのが下手になってしまったものだ。それは単純に俺が編入生という初めての立場に置かれているからなのか、周りと自分の実年齢で起こるジェネレーションギャップなのか・・・なんて適当な理由で逃げたりしても無駄なだけだ。

 

 

 

 全ては周りの中に紛れた数少ない優しさから目を逸らし続けた挙句、2年半に渡って引き篭もっていた“代償”以外の何物でもないことは自分が一番よく知っているから。

 

 

 

 「実はあたしね・・・中学のとき陸上やってたんだ」

 「へぇ~・・・・・・えっ?」

 

 さすがにしつこいんじゃないかという俺の勝手な思い込みは杞憂に終わり、黒崎は何食わぬ顔で赤間と初めて会ったときのことを話し始めた。

 

 「いま“意外”って思ったでしょ?」

 「ごめん・・・正直(だって雰囲気だけだったら思いっきり“文化系”って感じだし)」

 「あははっ、大神くんは本当に素直だね。どっかの“誰かさん”にも見習ってほしいよ」

 「いやいや、全然そんなことないよ(きっと“誰かさん”は赤間のことだな・・・)」

 

 ただ、いかにも“文化系”な雰囲気の黒崎が中学のときに陸上をやっていたことは正直言って意外に感じて、案の定そこを彼女に突っ込まれた。ほんと、こういう感じでついつい偏見で人を決めつけてしまうところは“大人”として直していかないとなと、忘れた頃に痛い目を見るたびに思う。

 

 

 

 “『赤間衛士。2年1組でした。部活は陸上部です。よろしく』”

 

 

 

 そう言えば今日の自己紹介のときに、赤間も確か陸上部と言っていたな。

 

 「ま、半年ぐらいで辞めちゃったから全然人に言えるほどじゃなかったんだけどね・・・それ以前に陸上自体もそこまで好きってわけじゃなかったし」

 「そう、なんだ」

 「ちなみに陸部は周りのみんなから“足早いから陸上やってみたら?”って感じで煽てられてノリで入部したってだけで、それで入ってみたら結構ガチでやってるところだったんだよね~」

 「あぁ・・・それはまたきつそうなことで」

 「一応これでも辛うじて周りのみんなにはついて行けていたんだけどね・・・けどやっぱり辛うじてじゃ全然通用しなくてさ・・・スポーツでも勉強でもどこにでもいるじゃん?“才能があって最初から飛び抜けてる”、みたいな人ってさ・・・」

 

 

 

 

 

 

 “『愛火って足早いから絶対陸上部入ったほうがいいよ』”

 

 って、友達から言われたノリで入った陸上部は、最近はパッとしてないけれど過去に全中にも出場したことのあるくらいの都内ではそれなりに名前が知られていた古豪だった。もちろん古豪というものの都大会までは普通にいけるぐらいはガチで活動していただけあって練習やトレーニングは本格的で、あたしと同じように“ノリ”で入部した人は最初の数か月ぐらいでどんどんと脱落していって、2学期に入ったころには周りはみんな強い人たちばかりになっていた。それでもあたしは先輩や同期に置いていかれないように必死になって練習をこなして、元からそれなりに運動は出来ていたほうだからどうにかギリギリでついていけていた。

 

 “『賀来(かく)が怪我で欠場する関係で、10月の新人戦は急遽女子バレー部から一人助っ人を呼ぶことになった』”

 

 10月に迎える新人大会まで2週間。そんなときに怪我をした女子の先輩の穴を埋めるために呼ばれたのは、顧問の先生が“助っ人”として女子バレー部からスカウトしてきた2年生の先輩だった。

 

 “『助っ人って2年5組の玉来(たまらい)って子でしょ?バレー部のくせにこのあいだ水泳部の大会に助っ人で出てちゃっかり3位になっていきなり選考会に呼ばれた?』”

 “『そうそう、才能があるのか知らないけどパッと入っていきなりああいうことされると私だったらやる気無くすわー』”

 “『分かるー、せめてそういうのはバレーだけにして欲しいよね』”

 “『ホントだよ。これで助っ人にいきなり抜かされたら私たち3年生の立場がないし』”

 

 もちろん表向きには女子部員のみんなは助っ人の先輩のことを歓迎してくれていたけれど、見えないところでは陰口のオンパレードで明らかに部内の空気はギスギスし始めていた。それは彼女が、水泳部の大会に“助っ人”として出たらいきなりどの部員よりも良い成績を残してしまったことで同級生や3年生の部員とちょっとしたトラブルを起こしていたことが学校中で知られていたから、なのかもしれない。

 

 “あぁ・・・これが“才能”か・・・

 

 そして助っ人の彼女は“前哨戦”の支部大会で4位に入った女子のエースを任されていた先輩を差し置いていきなり2位を獲って、本番の新人大会はタイム差で惜しくも準決勝で敗退したけど、彼女が記録したタイムは同じく準決勝まで進んだエースの先輩が出したタイムよりも速かった。

 

 “『ほんと良いよね、才能がある人ってさ』”

 

 3年間努力してきたエースの先輩がみんなから応援や労いの言葉をかけられる一方で、パッと出てきていきなり誰よりも良い記録を残した助っ人の彼女のことを応援したり、労う言葉をかける女子部員は誰一人いなかった。何の影響もなかった男子部員の中には“このまま入れよ”と勧誘していた人もいたような気がするけれど、結局彼女は新人大会が終わると他の女子部員からのアウェーな空気に居たたまれなくなったのか、そのまま半ば逃げるようにバレー部に戻っていった。あたしも周りのギスギスした空気に飲み込まれて、何も声をかけられずみんなから恨まれる彼女をただ黙って傍観するしかできなかった。

 

 そして先輩が頑張って努力してきた3年間をたった数週間で上回った“本当の才能”を目の当たりにしたあたしは、どんなに頑張っても1番になんてなれないことを思い知った。

 

 “絵を描いているときは、こんな思いはしないで済むのに・・・

 

 色んなことが積み重なってただでさえそこまで好きじゃなかった陸上が嫌いになったあたしは、助っ人が去ってから1週間もしないうちにそのまま陸上部を辞めた。

 

 

 

 

 

 

 「うん・・・理不尽だよな、そういうのって」

 「しょうがないよ。どんなに努力したって、敵わないことはたくさんあるから」

 

 話から察するに黒崎が陸上を辞めた理由は単純じゃなさそうだけれど、いきなり根掘り葉掘り聞くような真似は出来ず、それっぽい相槌で俺は気遣った。

 

 「それにあたしは、小っちゃいときから走ることより描くことのほうが断然好きだったから」

 「・・・そっか」

 

 “才能”があると周りから言われている人だって、きっと見えないところで努力はしている。だけれどそれは見えないし本人も見せないから、周りにはそれが一切伝わらない。かと言って見えない努力を“才能”の一言で纏めて勝手に線を引いてしまう人のことも、一概に責めることなんてできない。

 

 「って言っても、“陸上から逃げた”って言われちゃったら何も言えなくなっちゃうんだけどね?」

 「・・・別に俺はそんなことないと思うよ。だって人ってそれぞれ“得手不得手”があるし、黒崎さんの絵がどういうのかは知らないけどみんながみんな黒崎さんみたいに絵を描けるとは限らないから」

 「あ、また海崎くんが“大人っぽい”こと言った」

 「そんな大人っぽかったかな今の?(今どきの高校生はどいつもこいつも妙に勘が鋭いなオイ・・・)」

 

 それは黒崎のように、自分を貫き他人を陥れるような真似をせず違う道を選んだ人だって少なくないだろうから。もちろん彼女がどうして陸上を半年で辞めたのかは分からないし、今はそれを聞くタイミングなんかじゃない。

 

 

 

 “『実はさ・・・辞めたんだ。バドミントン』”

 

 

 

 というか、事情は違えど俺も部活を半年足らずで辞めているから、この手の話を聞くのは少しだけ気分が複雑になる。

 

 「で、あたしが半年で辞めた陸部で会ったのが同期の衛士ってわけ。それからあたしが陸上辞めてちょっとのあいだ疎遠になったけど中2でクラスメイトになって、そこからはズルズルと腐れ縁が続いて今に至るって感じかな?」

 

 そんなこんなで俺が頭の中で考えを巡らせながら話を聞いていることなどつゆ知らずの黒崎は、何事もないように歩きながら話を続ける。

 

 「・・・そういえば赤間くんっていまも陸上部だよね?」

 「そう。去年の関東大会は100M走で決勝まで駒を進めたけどインターハイへの壁は厚く決勝は7位で惜しくも敗退・・・した桜咲高校陸上部期待のエースだよ」

 「あはは・・・随分と詳しいんだね(ていうか普通に強えぇなオイ)」

 

 まるでスポーツの実況をしているかのような口ぶりで、黒崎はどこか誇らしげに赤間のことを俺に教える。にしても運動部でエースになれている時点で俺からしてみれば凄いことなのに、今日のテストで筆記用具を貸した相手が関東大会で7位になった陸上部のエースだと知ったら、何だか急に赤間がすごい奴みたいに思えてきた。

 

 「ていうか関東大会で7位って普通に凄くない?」

 「うん、普通に凄いよ。ただご本人はちっとも納得なんてしてないけど」

 

 ただ黒崎の言う通り、インターハイ出場が目の前まで見えていたところで惜しくも逃したとなると、そりゃあ本人としては悔しいに決まっている。一応俺も中学から高1の夏までバドミントンをやっていたから、試合に勝った負けたの喜びと悔しさならはっきりと覚えている。

 

 「ほんと、衛士って良くも悪くもどうしようもない“陸上バカ”だからさ・・・・・・でも、どんなに目標(ライバル)が自分と勝負にならないくらい強くて才能が溢れていても、言い訳のひとつもしないでライバルに本気で勝とうってずっと努力し続けるところは心から尊敬してるし、そんな衛士をずっと見てきたから・・・あたしも自分の好きなことを頑張れてる・・・

 

 そんな一匹狼の陸上部のエースのことを、黒崎は良い意味と悪い意味の両方を兼ねて“陸上バカ”だとほんの少しだけ儚げな表情で笑いながら言った。

 

 「あたしも挫折しっぱなしじゃ終われないしね

 

 黒崎は本当に赤間のことを友達として大切に思っていて、だからこそ自分の好きなことにも本気で取り組める。こんなことを言うと随分とオッサンっぽくなるけれど、こうして自分の“好き”を全力で真っ直ぐに楽しめるのが“青春”だと・・・経験者の俺は思う。

 

 

 

 “・・・やっぱり、まだ“千鳥の件(あのこと)”は聞かないほうがいいよな・・・

 

 

 

 「・・・もし良かったらでいいんだけど、機会があったら黒崎さんの絵、俺にも見せてくれない?」

 「それって“漫研”に入るって意思表示?」

 「いや誰も“漫研”に入るだなんて一言も言ってないんですが

 「ふふっ、冗談だよ。あんまり自慢できるほどじゃないけど、今度見せてあげる」

 「うん。ありがとう(さっきからずっと揶揄われてるな俺・・・)」

 

 黒崎と話しながら歩いていたら、あっという間に最寄り駅の西口に着いた。こういうふうにクラスメイトと何気ない会話をしながら時間を忘れて同じ道を登下校するのもまた、学生ならではの“特権”みたいなものかもしれない。

 

 「そうだ、大神くんってどこ線使ってる?」

 「俺?埼京線だけど」

 「そっか。てことはあたしは山手線だから、ここでさよならだね」

 「あぁ、そうなんだ」

 「あとあたしが衛士のこと話してたのは秘密にしといて」

 「えっ、うん分かった」

 「じゃあまた明日!テスト良い点取れるといいね!」

 「黒崎さんもね」

 「あたしの分も神様にお願いしてくれたら助かる!」

 「さすがにそれは他力本願が過ぎるんじゃ・・・

 

 そして西口と東口を繋ぐ駅の構内で、俺は山手線の改札の奥へと歩いていく黒崎を見送って1人になった。

 

 “・・・って、さっきから随分と高校生を満喫してんな・・・俺

 

 笹原先生から聞かされた(こと)などすっかり忘れていたかのようにクラスメイトとの会話を普通に楽しんでいた自分に気が付いて、心の中で軽く自虐する。もちろん千鳥のことは本当に忘れていたわけではなくてちゃんと頭の片隅には残していたけれど、それが口から出ることはなかった。だけど、特に後ろめたい気持ちもなかった。

 

 

 

 “でも・・・自分の“思うがまま”にするのが、リライフだしな・・・

 

 

 

 こうしてリライフ初日から気になることは色々と出てきたけれど、自分の好きなことを全力で楽しんで青春をしていそうな黒崎を見て、先ずはなるべく後先は何も考えないで“一度きりしかない今”を大切にしようと心に決めた俺の登校初日(1日)は終わった。

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