ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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元被験者、2人きりにされる

 「海崎さんなら大丈夫だと信じていますが、万が一僕でもフォロー出来ないレベルのヘマをされたらサポート課の仕事や信用にも影響が出てしまうので今回ばかりは事前にお伝えします・・・

 

 “タカ”こと被験者No.005:大神貴臣との契約を完了させた日の仕事終わりの間際、俺は夜明さんに呼ばれる形で研究所の中にある小会議室へと連れて行かれた。

 

 「貴臣さんが編入することになる桜咲高校の3年1組に在籍している千鳥奈桜という生徒についてですが・・・現在は別室登校という形で学校に通っています

 「別室って・・・一体どういう

 

 そして小会議室でテーブル越しに向かい合って座る夜明さんから告げられたのは、タカが編入するクラスにいる千鳥奈桜という生徒に関する現状と・・・

 

 「まだクラスはおろかこの学校の人間は誰一人として“真実”を把握していませんが・・・・・・

 

 その事情に至るきっかけになった“真実”にあたる生徒が3年1組の中にいるという、衝撃的なクラスの内部事情だった。夜明さん曰く、実験先のクラスになる3年1組はこれまでのリライフの中で最も難しいケースなるらしい。

 

 「今ならまだ僕のほうで上の人間を説得してクラスを変えることぐらいは出来なくはないのですが、どうしますか?

 

 内部事情を全て説明した夜明さんは、被験者として“研修期間”を終えた1年目の俺を気遣って上層部にリライフ先のクラスを変えてもらうよう相談することを俺に持ちかけた。

 

 「せっかく相談までしてくれて悪いけど・・・このままでいいよ。そんな事情を知ったからには、見て見ぬふりなんて俺にはできないし・・・

 

 だけどせっかく新人のためを思った夜明さんの提案に、俺は首を横に振った。3年1組に隠された事情を知った上で、1年目だからと“自分たち”だけラクをしようなんて全く思えなかった。

 

 

 

 “『意味ねーんだよ・・・俺なんて・・・』”

 

 

 

 「・・・もう逃げるような真似はしたくないからさ。俺

 

 確かに3年1組にタカがいたという“思い出”は、1年後にはクラスのみんなから跡形もなく消えてしまう。それによってタカには少なからず辛い思いをさせてしまうことになるかもしれない。それでも、記憶が消えてもその“一瞬”は消えないで別の形でみんなの心に繋がって、“変化”という形でタカがいた証になって残っていく。

 

 

 

 “出来ることなら本当は代わってあげたいけれど・・・そんな笑顔(かお)で言われてしまったら・・・・・・もうこっちとしても引き返せないじゃないですか・・・

 

 

 

 

 「いま言った海崎さんの言葉・・・1年前の“大人のクズ☆”にそっくりそのまま聞かせてあげたいですね?

 「悪かったな“大人のクズ”で

 

 “全部何もかもがなかったことになるわけじゃない”可能性が少しでもあるなら、例えどんなクラスに編入されようと被験者のリライフを自分なりに精一杯サポートしていくことは、日代さんからタカに飲ませる薬を受け取ったときから心に決めていた。

 

 「でも・・・そのような言葉を海崎さんから聞けて、安心しましたよ

 

 こうして今までの選定通りにタカのリライフをサポートする意思を伝えると、夜明さんは静かに椅子から立ち上がり俺へと向かって深々と頭を下げた。

 

 「・・・3年1組(こんかい)の件・・・・・・引き受けてくれて本当にありがとう・・・

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ様でーす・・・」

 「おう・・・お勤めご苦労様です(わかりやすく疲れてんなぁ・・・)」

 

 “野暮用”で開発研究部に向かって研究所内の通路を歩いていたら、明らかに疲れた様子の杏が反対側から歩いて来た。様子を見るにどうやらようやく初日の観察が終わったようだ。

 

 「はぁぁー・・・海崎さん、私はいったいどうしたらいいんでしょうか?」

 「って言われても、そんなの新人の俺に聞かれたって困るっての」

 「・・・海崎さんの人でなし」

 「いやいきなり無理難題言われて人でなしはヒドくね?」

 「そんな塩対応じゃいつまで経っても女性の心は掴めないゾ?

 「人をいじる余裕あんならサポート課のとこ戻って報告書まとめてこいよ

 

 一応大まかではあるけれど夜明さんからは事情を聞いているから初日からいきなり“事件”を起こされた杏の気持ちは分かるが、この“ドSコンビ”の片割れは相方も含めてどんなときでも俺を揶揄うことだけは忘れないらしい。とりあえずタカ、お前は俺のことをちょいちょい“S”だと言ってくるけど、本当の“S”って言うのはこの人たちのことを言うんだぞ・・・と、俺みたくリライフを就職先にした暁には教えてやりたいくらいだ。

 

 「てか夜明さんから担当してる被験者が生徒指導?の先生に呼び出されたって聞いたけど、大丈夫か?」

 「大丈夫に見えますか?

 「杏は杏で少しは気丈に振る舞ったらどうなんだ?

 

 杏が担当している被験者No.003は、過去に勤めていた会社の上司と社長に暴力を振るったことで“警察の世話”になった経歴がある、リライフの被験者としては初めてのケースとなる“前科持ち”の被験者だ。もちろんNo.003が被験者に選ばれた理由はNo.003自身に更生の余地や被験者としての適性が十分にあることや、勤めていた会社自体がパワハラなどが日常的に横行していた最悪な部類のブラック企業だったことやそこに至るまでの生い立ちなど、No.003が精神的に追い詰められるには十分すぎる要因があったことから総合的に判断されたらしい。

 

 「・・・まぁ、生徒指導の先生がある程度理解のある人だったからあくまで“いじめられていたクラスメイトを助けたかった”ことは伝わったのと、本人は素直に反省しているみたいなのが不幸中の幸いですね」

 

 そんな被験者きっての問題児を、杏は自らの希望で担当者として引き受けている。

 

 「あ、ちなみに反省文はキッチリ渡されましたよ。海崎さんと同じく♪」

 「“同じ”は余計だわ」

 

 理由は今のところ詳しくは教えてもらっていないが、本人曰く“実際に会いに行って話を聞いてみたら、彼のことを全力で責任を持ってサポートしたいと思えたから”だという。

 

 “『赤間衛士。2年1組でした。部活は陸上部です。よろしく』”

 

 ただ何となく、No.003の資料を見たときはタカの編入先のクラスにいる赤間と人間的に似た部分があると俺は感じた。もちろん資料に書かれていたことしか知らないから完全な憶測になってしまうが、お調子者だけどそれ以上に世話好きな杏がほっとけなくなる理由も少しだけ分かった。

 

 「だけど初日から生徒指導って・・・これ絶対突っ込まれるやつですよね上から?」

 「うーん、“手”を出しちゃってるからなぁ・・・俺だったら“何があったか”ぐらいは聞くかも」

 「はぁ・・・やっぱりそうですよねー」

 

 しかしさすがの杏も登校初日にして被験者が生徒指導を食らったことには頭を悩ませていた。

 

 「もちろん私だけが悪く言われるのは構わないんですよ。被験者を止められなかったのは私の監督不届きなんで・・・」

 

 多分だけど、関東支部としての実績を優先している上層部からしてみれば担当者から是非とも“良い結果”を出してきてほしいところだから、上級生と喧嘩して生徒指導はという“ネガティブ”な報告は望んでなんかいないだろう。

 

 「・・・だけど今回のことでもし被験者までが悪く言われるようなことになったら・・・さすがに一言は言うつもりです・・・・・・だって緒方(おがた)さんはただ同じクラスの子を助けたかっただけなのに・・・

 

 でも大事なのは実験結果だけじゃなく、そこに至るまでの被験者の行動と周囲の変化も同じくらいかそれ以上に大事だ。

 

 

 

 “『引き続き、良い報告が出来るようNo.005のサポートを続けてくれ』”

 

 

 

 「ほんと、“独り立ち”してみると身に染みてよく分かりますよ・・・・・・“サポート課”の難しさが

 「・・・・・・

 

 だけど、現場で起こったありのままの出来事は会議室や自分のデスクで仕事をしている人間には思うように伝わらない。どうやらこういうところだけは何処に行っても変わらないらしい。

 

 

 

 

 

 

 “『明日からもう来なくていい!今すぐ帰れゴミが!』”

 

 

 

 

 

 

 “・・・だけど、下の立場の人間がこうやって協力し合えて、上にも意見できる環境があるってだけで、俺はこのリライフ研究所は本当にいい職場(ところ)だなって思ってる

 

 

 

 「・・・でも、サポート課は“前の仕事”よりも大変なところはありますけど、あの頃とは違って今の仕事が嫌になったことは一度もないんで、何だかんだ私にとっては天職かなって思ってます

 

 俺が心の中で慰めに似た独り言を呟くと同時に、杏は気丈に前を見つめた。そういえば、タカと初めて接触を図った日の仕事終わりと同時に俺の住んでいる部屋で杏と夜明さんと日代さんの4人で軽い打ち上げをしたとき、杏がリライフ研究所に入る前のことを話していたことを思い出した。確か、ショップ店員をしていたと聞いた気がする。

 

 「だって・・・ここでなら幸せそうな自分を偽らないで“本当の自分”のままでいられるから、何だかんだこういう面倒なこともひっくるめて終わってみれば全部楽しいので・・・まあ、終わってみたらなんですけどねー・・・

 

 

 

 “『私は最初から好きなことを本当に好きなまま仕事にできた海崎さんのことが、ほんとに羨ましい・・・』”

 

 

 

 「・・・ははっ」

 「ちょっ、何笑ってるんですか海崎さん?」

 「いや悪い悪い、ちょっとだけ杏が元気そうになったからつい」

 

 いまの仕事が楽しいと言い張る杏のもう一つの本音を知っている俺は、何だか妙にその様子が微笑ましくなって思わず笑ってしまった。人を揶揄うことが好きなくせに、逆に振り回されると弱るところ。普段はどっかの“誰かさん”みたいに飄々としているけど、お酒を飲んだらボロが出るところ。

 

 「はい♪ついさっきまでちょっとだけ参ってましたけど愚痴をはけるちょうどいいサンドバッグがあったおかげで切り替えられました♪」

 「誰が“サンドバッグ”じゃコラァ

 

 “・・・やっぱり似てきたな・・・・・・夜明さんに・・・

 

 「・・・まぁ、切り替えられたんなら良かったよ。じゃあ俺は仕事が終わったからこのまま薬剤課に挨拶して帰るから、報告書頑張れよ」

 

 そして俺は俺で本音を心に隠して杏に労う言葉をかけて薬剤課へと足を進める。どういうわけか俺は、リライフを経験していく中で人に嘘を吐くのが上手くなったみたいだ。考えてみれば、ずっと1年間も自分が大人だってことを隠してみんなと学校に通っていたから、そりゃあ嘘を吐くのが嫌でも上手くなるよなって話だ。

 

 

 

 “『本当に息をするように嘘をつくんですね』”

 

 

 

 「と見せかけてホントは“薬剤課の彼女”さんに会いにいくつもりでは?」

 「!?///・・・・・・ついでで立ち寄るだけだわ」

 「ワーメッチャワカリヤスーイ☆」

 「こんなことになるならそのままスルーすりゃよかった

 

 前言撤回。やっぱり俺は人に嘘をつくのはド下手なようだ。

 

 

 

 

 

 

 リライフ研究所_開発研究部_

 

 「失礼します。サポート課の海崎です」

 「おっ、噂をすれば何とやら」

 「何の噂をしてたんですか・・・」

 

 杏から図星を突かれ立ち止まって話を聞いたことを軽く後悔しながら薬剤課の仕事場へ向かうと、薬剤課の職員で日代さんの上司でもある天ヶ瀬(あまがせ)さんが気さくな感じで出迎えた。ひとまず何の噂をしていたのかは、聞かないでおこう。

 

 「ついでに言うと日代は“ちょうど”今日の仕事が終わったところだから、何ならコーヒーでも飲みながら遠慮なくゆっくりしていっていいぞ?」

 「はぁ、そうですか。それはベストタイミングで」

 「もちろん2人きりでしか話せないようなこともな?」

 「あの、そんな意味深な感じで言わなくてもいいと思うんですけどねこれ?」

 

 ちなみに俺と日代さんが飲んだ薬を作った天ヶ瀬さんは俺たちの関係を“あの2人”伝手で聞いているから、もちろんこれは“わざと”だ。いや、俺のプライベートはどこ行った?なんてツッコむ気力は“尾行慣れ”した半年くらい前から捨てている。

 

 「それに、何だか今日は特に海崎君と話したがってるみたいだからさ

 「敢えて何も言わないでおきますけど、分かりました

 

 ついでに休憩スペースに行く前に、天ヶ瀬さんから追い打ちをかけるように耳打ちされた。もうある程度は慣れてきたけど、どうやら研究所(ここ)にいる人間はなぜか知らないけど“揶揄い好き”な人が多いみたいだ。

 

 「お疲れ様です。海崎さん」

 「お疲れ様、日代さん」

 

 そんなこんなで開発研究部の休憩スペースに通された俺は、天ヶ瀬さんからのさり気ない“計らい”で白衣を着る日代さんと2人きりでテーブル越しにそれぞれ1人掛けのソファーに座ってつかの間の休憩でくつろぐことになった。今日も含めて仕事終わりに薬剤課へ3度お邪魔するたびにこうやって都合よく2人きりにされるのは、サポート課に入って1ヶ月が経ってすっかり“いつものこと”となりつつある。

 

 「カズ君のお兄さんはどうでしたか?」

 「今日のところは本当に順調だったよ。やっぱり元からコミュ力は高いから初日からクラスの輪に溶け込んでさ_」

 

 そして休憩スペースで日代さんと2人きりになった俺は、被験者No.005に選ばれたカズの登校初日のことで会話を弾ませた。

 

 「_おまけに帰りは同じクラスの女子と一緒だったし」

 「えっ?登校初日からいきなり異性の人と一緒に帰るって・・・いや、えっ」

 「あぁ別に“やましい”意味じゃなくてたまたま帰り際に会ったのと帰り道が一緒だったから、“成り行き”で一緒に帰っただけだからね?」

 「私もカズ君のお兄さんぐらいのコミュ力が欲しかったですね・・・

 「いや、日代さんには日代さんの良さがあるから、別にタカみたいになる必要はないと思うよ・・・まさかこんなところに“地雷”があったとは・・・)」

 

 しかしながら、“本来”の姿になったことでさらに綺麗になった日代さんと薬剤課に顔を出すたびに2人きりになれて嬉しい反面、そのたびに彼女との出会いだったり色んなことを思い出すから少しだけ恥ずかしいというか、何というか。

 

 「・・・ところでテストは平均点を超えられそうですか?」

 「おぉ、唐突にそこ聞いちゃいますか・・・」

 

 なんて日代さんを前に油断をしていたら、前触れもなくいきなり本題を突きつけられた。

 

 「はい。気になるので」

 「デスヨネー」

 

 それにしても、こういう変なところでド直球なところは外見がすっかり大人びても“高校生”の姿だったときからほとんど変わらない。

 

 

 

 “『携帯を・・・・・・くれませんか?』”

 

 

 

 「とりあえず平均は超えてる手応えは確かにあるから、普通に大丈夫だよ

 

 そんな日代さんの不器用なところを不意に“可愛い”なんて思ってしまったことが、こうやって今に繋がっている・・・なんてことを言葉にするのは、俺にはあまりにも似合わないけれど。

 

 「・・・そうですか。確かに了からは海崎さんがサポート課の業務の合間や仕事から帰った後も熱心にテスト勉強をしていたと聞いていたので、本当に頑張ったんですね」

 「まぁね、そりゃ目立たずに被験者のサポートをするサポート課が赤点を取って目立ったりしたらマズいからさ。こういうのも立派な仕事だし」

 「被験者だったときは赤点ばかりでしたからね海崎さん?」

 「うっ・・・ほんっと痛いところ突いてくるよなぁ日代さんは」

 「逆にどうやったらあれだけ赤点を出せるのか私には分からないです

 「うん、とりあえず赤点の話は縁起が悪いから一旦やめようか

 

 ただ外見と同じく少しだけ変わったことがあるとするなら、相手が“高校生”じゃないことを知った俺と同じように彼女も遠慮をしなくなったことぐらいだろうか。

 

 

 

 “『海崎さんのことが・・・好きだからです』”

 

 

 

 といっても、それは去年のクリスマスのあたりから大して変わってはいないんだけれど。

 

 「・・・そうだ。昨日はメールありがとね、日代さん」

 「メール・・・あぁ、あれですか」

 

 なんて具合に惚気出していた頭の中を無理やりリセットして、俺はやや強引に“本題”に話を移す。本当に情けないけれど、こんなふうに職場(そと)で日代さんと2人きりになると柄にもなく普段より少しだけ心拍数が上がってしまう。自分はもう立派な大人で、それこそオジサンに片足を突っ込もうとしているアラサーだというのに。

 

 「夜明さんから一連の話を聞いて私も力になれればと少しでも勉強を手伝ってあげたいと思っていたのですが、かといってせっかく海崎さんが“1人でやる”と決めたのにそれを邪魔してしまう、だからといって人が大変な思いをしているときに何も出来ないというのも私の中では嫌だったので・・・それで昨日、ついあんなメールを海崎さんに送りました」

 

 すると本題のLIMEのことを、テーブル越しに俺の目の前に座る日代さんはどこか後ろめたい様子で話し始めた。

 

 「すみません・・・・・・本当は最後まで海崎さんのことを信じたかったのですが、最後の最後で心配が勝ってしまいました

 

 

 

 “『_これぐらいのことしかできませんが明日のテスト、海崎さんならきっと良い点数を取れると信じていますので、頑張ってください_』”

 

 

 

 「・・・そうだよなぁ、だって2学期まではテストのたびに赤点で再試食らってた奴がいきなり全部1人でやるって言うから・・・仮に俺が日代さんの立場になっても同じような気持ちになってたと思う」

 「もちろん悪気はなかったのですが・・・」

 

 最後の最後で信じる気持ちよりも心配が勝ってついメールを送ってしまったことを謝る日代さんから送られてきた相変わらずのお堅いメッセージと、“Fight!”の文字と一緒にファイトというより “ファイ、オー!”と言ってそうな表情のバツネコのスタンプ。

 

 「分かってるよ。テスト前日の俺のことを、日代さんなりに気遣ってくれたんでしょ?」

 「・・・はい」

 

 本当に、これでもかってくらい日代さんらしさが凝縮された至って真面目だけどどこかズレていて可愛らしくて意味もなくほっこりするエールだった。エールを受け取った瞬間は、最高に嬉しかった。

 

 「ありがとう・・・・・・日代さんが送ってくれたエールのおかげで、テストも仕事も今日一日ずっと頑張れたよ。本当にありがとう

 

 当の本人は最後まで信じることができなくて悪いと思っているけれど、俺がサポート課の仕事をここまで頑張れているのは日代さんの不器用な優しさのおかげだ。もちろん彼女の申し訳ないという気持ちも、遠慮をしないといけない関係じゃなくなった今なら堂々と受け入れられる。

 

 「いえいえ、私は海崎さんから感謝されるほどのことはしていませんよ・・・・・・でも、海崎さんがそう言うのであれば、もう大丈夫ですね

 

  元から本気で仕事に取り組んでいた俺をさらに本気にさせたLIMEに対する気持ちを素直に伝えると、日代さんは変わらず謙遜しながら笑顔を浮かべた。

 

 “・・・やっぱり笑ってるときが一番可愛いよな日代さん・・・もちろん可愛いのはいつもだけど・・・

 

 「・・・なんだかよほど自信があるみたいですね?

 

 日代さんから軽く詮索されてたまに見せる笑顔に思わず心の声が顔に出てしまっていたことに気付いて、俺は我に返る。

 

 「えっ?そんなに自信満々に見えるかなー俺?(やべぇ顔に出てたか?)」

 「はい、あからさまに機嫌が良いのが顔に出ていたので」

 「あははっ、だって学校のテストでここまで手応え感じてるのは本当に久しぶりだからさ・・・そりゃあ多少は顔に出るってゆーか?(セーフ・・・か?)」

 「自信があるのは良いことだと思いますが海崎さんの場合はあくまで勉強ではなく仕事としてやっているので終わっても結果が出るまでは多少の危機感は持ったほうがいいのでは?

 「おっしゃる通りですスイマセン

 

 幸い“テストに相当な自信がある”と誤解してくれたおかげで俺の下心みたいなものはバレなかったが、代わりに真面目な顔とトーンで社会人としてごもっともなことを言われた。さすがにそこを突っ込まれると、何も言い返せない。

 

 「・・・でも・・・今日は海崎さんもお兄さんも順調に初日を終えたって聞いて、私は自分のことのように嬉しい気持ちです・・・・・・と言っても、天ヶ瀬さんの開発した薬を海崎さんに手渡しただけの私がこんなことを言うのも難なのですが・・・

 

 と、ほんの少しだけ脳内で反省会をし始めたら、一呼吸くらいの間を空けて日代さんはほんの少しだけ寂し気な笑顔を見せながら自分の気持ちを俺に伝えてきた。

 

 「ううん、日代さんはちゃんと力になれてるよ・・・

 

 

 

 “『もしもどこかで間違ったり、失敗したり、どにもならないくらいダメになってしまったとしても・・・・・その回り道を「いい経験だった」と思える日というのが、いつかきっと来ます』”

 

 

 

 「・・・あの“雨の日”に日代さんが俺と一緒に家族の話を聞いてくれたおかげで大神は潰れる前に立ち止まって心を開いてくれたし、それが回り回って心を閉ざしていたお兄さん(タカ)の復活に繋がろうとしているわけだからさ・・・

 

 大した手助けも出来ていない自分が何を喜んでいるのかと謙遜する日代さんに、大神と狩生が喧嘩した“雨の日”のことを思い出した俺は気が付いたら“そんなことない”と鼓舞する言葉をかけていた。確かあのとき、日代さんからの言葉に“1回もう人生経験しちゃった人みたい”とか言って大神が笑っていたっけ。

 

 「だから日代さんが思っている以上に・・・・・・日代さんはちゃんと被験者の力になれてるよ

 

 

 

 でもそんな日代さんの言葉に、俺も大神と同じくらい救われた。

 

 

 

 「・・・やっぱり海崎さんは得意ですよね。“お節介”」

 「おせっ・・・いや、割と本気で言ったつもりなんだけどなぁ俺(なんか似たようなこと前にも言われた気がするわこれ・・・)」

 「もちろん褒めてますよ?」

 「お、おおう、そっか、なら良いんだけどさ(やべぇ、大人になってもやっぱ面白いわ日代さん)」

 

 それがまさか本当に高校生を一回経験しちゃってる人だったとは、さすがに俺も思わなかった。

 

 「日代~、取込み中のところ悪いけどもし大丈夫ならちょっとだけ手伝ってくれると助かる」

 「分かりました。いま行きます」

 

 なんてグダって妙に締まらない感じでいるうちに、俺と日代さんのつかの間の休憩時間は終わった。

 

 「・・・では私はまだ少し仕事が残っていますので、今日はお疲れ様でした」

 「うん、お疲れ」

 

 サポート課に比べると規則的な勤務体系の薬剤課のことだから仕事が終わるまで日代さんのことを待ってあげようかと一瞬だけ考えたけれど、何となく風の噂が出回って彼女に迷惑がかかりそうだから冷静になって思い留めた。

 

 「あぁそうだ。テストの結果が出たら真っ先に日代さんにLIMEするよ」

 

 でもその代わりと言ったら大袈裟だけど、帰り際に研究室へと戻る日代さんへ一言だけ声をかけた。

 

 「はい・・・良い結果を待ってます

 

 そして帰り際に声をかけた俺に向かって、日代さんはまた笑顔を見せながら研究室の奥へと入っていった。

 

 

 

 “『そこ、私の席なんですけど』”

 

 

 

 照れくさくて言葉にはまだできないけれど、最初のころに比べると感情が幾分か豊かになった日代さんがたまに見せるリライフの色んな思い出が詰まった先にあるその“笑顔”のおかげで、俺は今を精一杯に頑張れている。




【人物紹介】

・日代千鶴(ひしろちづる)
 12月25日生まれ B型 29歳(第20話時点)
 身長:162cm 髪色:黒色 一人称:私
 イメージCV:茅野愛衣(本家アニメと同じ)

・小野屋杏(おのやあん)
 5月27日生まれ B型 27歳(第20話時点)
 身長:153cm 髪色:ややピンクがかかったブロンド 一人称:私
 イメージCV:上田麗奈(本家アニメと同じ)



天ヶ瀬さんのキャラがイマイチ掴みづらい
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