“『城野くんから話は聞いた・・・・・・衛士くんがバド部の女子を殴ろうとしてたって』”
あれは去年の11月、よく晴れた日のことだった。
“『・・・・・・どうしてあんなことしたの?』”
全ては“良かれ”と思ってだった。ネット上に出回り学校中に伝った1枚の写真のせいで仲良くしていたクラスの連中から仲間外れにされて、女子バドミントン部のエースとして自分を慕っていたはずの同じ部活の女子から嫌がらせを受けても何食わぬ顔で前を向き“大丈夫”と言い聞かせていた奈桜のことが、見ていてあまりにも辛かった。
“『・・・衛士くんが気にする必要なんてないよ。もう何回も言ってるけど、これは全部わたしが蒔いた種みたいなものだから』”
そんな奈桜の強がりな性格を知った上で、仲が良かったキャプテン以外の女バドの連中がこぞって部内で一番の実力者でもあるエースのことを妬んで、“あの写真”が拡散されたことを発端に堰を切って誰にも見つからない隠れたところで嫌がらせをするようになって、俺がそのことを知った頃には嫌がらせは“いじめ”にエスカレートしていた。それを“大丈夫”と言い張る奈桜の言葉を鵜吞みして黙って見過ごすなんて器用な真似は出来るわけがなかった。
“『だから大丈夫だってずっと言ってるじゃん!もう余計なことしないで!』”
奈桜が抱えている“痛み”を、人を陥れるような真似をしたらどうなるかを、少しでもあの連中に味わわせてやりたかった。そうすれば奈桜への“いじめ”も落ち着いていくじゃないかと本気で思った。
“『ねぇ・・・もし城野くんが止めてなかったら、衛士くんは本気で殴ってた?』”
俺なりに、奈桜を“暗闇”から救ってあげたかった。小4のときに同じような暗闇から俺のことを救ってくれた奈桜に恩を返したかった。ただ、それだけだった。
“『・・・・・・あぁ』”
だけど気持ちだけが先走った俺は、“やり方”を間違えた。よりにもよって一番“やってはいけないやり方”で、救おうとした。
“『そっか・・・・・・じゃあ衛士くんは忘れちゃったんだね。わたしとの“約束”』”
その“過ち”に気付いたときにはもう、どうしようもなくなっていた。
“『・・・なんか言ってよ・・・・・・違うなら違うってわたしに言ってよ・・・』”
泣きそうになるのを必死に堪える眼ですがるように、目の前で立ち尽くす俺が“否定する”言葉を言うのを待つこれっぽっちも“大丈夫”なんかじゃなかった奈桜の顔は、忘れたくとも忘れられない。
“『・・・・・・ごめん』”
小4の夏に初めて“友達”になったとき、そして小6の終わりで一足早く東京へ引っ越すことになったときに奈桜と交わした“約束”を破ってしまった俺には、“否定する”言葉をかける勇気も優しさもなかった。
ピピピピピピ_
「・・・兄貴・・・兄貴・・・・・・オイ衛士起きろ」
自分の部屋のベッドの上。身体を揺さぶられる感覚とついこのあいだ小5になった生意気な弟の声、少し遠くで鳴り響く目覚ましのアラーム。
「・・・んだよ
無理やり叩き起こしてきた弟に寝起きのテンションで悪態をつきながら、鳴っていたアラームを止める。
「うっせーなじゃねぇよ。今日も午前から練習あんだろ?」
「言われなくてもわかってるっつんだよ」
今日は土曜日、言うまでもなく学校は休みだ。けれど支部大会がちょうど2週間後に迫る陸上部は4月の小テストが終わってからはずっと休みなしだ。まぁ、
「悪い夢見たろ?」
「は?何で?」
「寝起きで機嫌が悪いときは、兄貴が悪い夢かロクでもない夢でも見たときだってぐらいわかるぜ。弟ナメんな」
「・・・悪いとロクでもないはもはや一緒だろが」
「うっしビンゴ」
つい数十秒前まで見ていた“最悪”な思い出のおかげで朝っぱらから胸が痛み、悪い夢から醒めた俺を見て得意げにほくそ笑む嶺士の言う通り俺の機嫌はすこぶる悪い。
「ビンゴじゃねぇよクソガキが」
心臓にナイフが突き刺さるとか、銃弾が撃ち込まれるとかそういう致命的な痛みではない。強いて言えば俺の心臓をどうにか息ができる程度の強さで誰かの手がキツく絞め付けているような、ズシリとした鈍く重い痛み。耐えようと思えば耐えられるが、流石に朝っぱらからこんなふうに心を絞められると気分はクソみたいに沈む。
「母ちゃんが朝飯にヨーグルト付けるかって言ってたけど兄貴はどうする?」
だからといって、奈桜とのことをいつまでも引きずり続けるほど俺は落ちぶれてなんかいない。何より今年はインターハイに挑戦できる最後のチャンスだ。俺の足は今までで一番と言っていいほどコンディションが良く、この調子で夏まで行けたら0.03秒差でインハイへの切符を逃した“去年の雪辱”も十分に果たせる自信だってある。こんな絶好のタイミングで、肉体とは“関係のない”痛みで立ち止っている暇なんてない。
“『来年こそは絶対上がって来いよ。インターハイ』”
それに、俺がこれからも陸上を続けるためには何としても“夏”までに“
「“付けといて”って伝えておけ」
寝起きと悪夢のダブルコンボで少し重くなった身体を起こして、俺は部屋から出た。
4月12日_
「いただきます」
今日は土曜日。桜咲での高校生活が始まってから初めての休日。朝の8時に起きて、研究所の職員が用意してくれた食材を使ってトーストしたパンに目玉焼きを乗せ、その周りに焼いたウインナー2本にくし形に切ったトマト、レタス数枚の朝食を食べる。
「ごちそうさまでした」
朝食を食べ終えて食器を片付け、月曜から金曜にかけて溜まっていた衣服を一気に洗濯機の中に入れてスイッチを押し、洗剤を入れて蓋を閉めて洗い→すすぎ→脱水の工程を経ている間に入学への準備期間中に買ったコードレスの掃除機で部屋全体を満遍なく掃除する。
ピーッ、ピーッ、ピーッ_
およそ40分後。洗濯が終わったことを告げるアラームの音が聞こえ、俺は洗濯した衣服を取り出す。天気予報によると今日の天気は一日中晴れで絶好の洗濯日和。そして今の天候は住宅街のど真ん中で見晴らしが良いとは言えないベランダから見る限りほぼ快晴。
“・・・今日は外で干せるな”
ほぼ快晴の空の下で洗濯物をベランダで干して、実家にいたときと同じ2日置きのペースで必ずやっているトイレ掃除をする。特に学校に通っていた頃、衛生的な意味でトイレ掃除を何かとめんどくさがる人が結構いたけれど、こういうところほど定期的にちゃんと掃除をする必要がある。どんなにズボラで掃除が嫌いな人でも、1人暮らしや家事を自ら率先してやるようになると掃除の大切さがより一層分かるようになる・・・と俺は思う。
“・・・風呂は夕方からでいっか”
朝から家事をしていたらいつの間にか世間は昼前になっていた。実家にいたときはカズに最悪な形で“バトンタッチ”するまでは高1からほぼ全部をやっていた家事も、さすがに病み上がりの体力で朝からぶっ通しでやっていたら少し疲れてくるから、スマートフォンを片手にベッドの上に座って最近なにかと流行っているパズルゲームのアプリを開いてしばしのリラックス。正直言ってこういうアプリはそんなに興味がなかったけれど、周りと話を合わせるためにインストールして始めてみたら意外と爽快でハマってしまった。どうやら俺は、まだ10代の流行り廃りのスピードに辛うじてついて行けているみたいだ。
“・・・そろそろ昼にしよう”
もちろん、時間を忘れてゲームにのめり込んだり強力なアイテムを欲しさに課金するほどのハマっているわけではなく、15分ほどやってキリが良くなったところでセーブしてアプリを閉じると、スマートフォンの画面上部に表示されている時刻は12:01を指していた。
「・・・暇だ」
12:01の文字を見た瞬間、俺は気付いてしまった。学校が休みの日は、やることが無さすぎて“暇”だということ。しかも、学生時代から出された課題は真っ先に終わらせる派の俺は、昨日の時点で月曜までに提出する課題を全部終わらせてしまっている。結果、普段からやっている家事を“暇つぶし”として消化するという、1人暮らしのニートも同然な状態。
“・・・そういや・・・この1ヶ月は引っ越しとか入学準備とかやることが色々あったよな・・・”
思い返すと、この1ヶ月は人生史上一番と言っていいほどカオスで怒涛のように
“『リライフ・・・してみませんか?』”
もちろんいきなりそんなことを言われても恐怖でしかなかったが、このままだと何も変わらない現実を前にこれが人生をやり直せる最初で最後の“チャンス”だと腹を括って海崎さんと契約を交わして、薬を飲んで17歳に若返った。それからは長い間カズと親父の3人で暮らした2LDKの平屋建てを離れ、歩きと電車の移動を含めて1時間弱ぐらいのところにある1DKのアパートに引っ越して、生活基盤を立てつつ高校生になるための準備にひたすら励んで、あっという間に編入の日を迎えた。
“『もし逃げたくなるようなことがあったら、そん時はいつでも“オレたち”を頼れよ。“友達”として』”
そして編入先の学校のテストでいきなり目立ってしまったことでトラウマに苛まれてトイレに逃げ込んだどうしようもない俺のことを受け入れてくれる“友達”にも出会い、いまの俺は1週間前に想像していたときよりも遥かに充実している。
“『2人にも“同じクラスの生徒”として“千鳥”のことは把握しておいて欲しいんだ』”
そんな充実した学校生活の中で気掛かりなのは、別室登校をしている千鳥のことだ。どこかでタイミングがあれば城野あたりに聞いてみようと思っていたものの、城野たちは基本的に放課後や休みになると練習とバイトで忙しく、黒崎は部長をしている漫研の活動があるのに加えて学校内では基本的に行橋を含んだ女子のグループにいて話すタイミングがなく、赤間は・・・何となくそういうのには“無関心”な感じがするのと、融通が利かない性格からしてこっちが何も知らない状況で下手に聞くと会話のすれ違いが重なってとんでもない方向へ行きそうな予感がするから、結局のところ恐くて全く聞けていない。言うまでもなく、赤間は何にも悪くない。
“・・・絶対に何かあるんだけどな・・・”
クラスのみんなの何気ない会話の1つを取っても、誰一人として千鳥の話題をしている人はいない。もちろん悪意があって盗み聞きしたわけじゃなく、あくまで千鳥のことを少しでも知るためだ。笹原先生に直接聞いて会ってみるなんて強硬手段も考えたけれど、彼女の裏事情を知ってしまった以上は下手に刺激させるようなことはできないから、現状としては何もできない状況が続いている。
「・・・・・・」
とりあえずこの1週間で“何でも話してくれそう”な城野からも一度たりとも名前や話題さえも出ていないあの状況からして、何か“のっぴきならない”事情があるのは明らかだ。クラス自体の雰囲気は至って平和そのもので、“事情”を抱えていることなんて微塵も感じさせないほどだ。かと言って俺が余計なアクションを起こしたせいで“大切ないま”に亀裂が走るような事態になるのは、絶対に避けないといけない。というか、現にいまの俺は事情を知ってしまっただけで彼女とはなんの関係もないただの編入生に過ぎない。だから極端な話、昼休みとかに一緒に別室の教室に行って話しているという他の誰かが支えになって1組に復帰して、それをクラスメイトの1人として受け入れるだけで後は特に関わりを持たない、なんて過ごし方も“アリ”だ・・・
“『逆に貴臣さんが“割り切れない”でいるのはどうしてなのでしょうかね?』”
“アリ”だとしても、そのやり方を選んでしまったら、俺はきっとリライフが終わっても何も変われないだろうし、何より千鳥にはヒキニートにまで落ちぶれた俺みたいになって欲しくないから、結局はクラスのみんなから離れた瞬間にふと彼女のことを考えてしまう・・・・・・そんな割り切れない中途半端な優しさが、俺の短所でもあるけれど。
“・・・・・・寝てた”
ベッドの上に座り込み暇を持て余す中で怒涛の1ヶ月を振り返り、千鳥のことを色々考えていたら、いつの間にか寝落ちていた。少しだけ慌てるようにスマートフォンの画面を立ち上げると、時計は12:56になっていた。
「マジで何やってんだ俺」
心の中の声がそのまま声になって出てきた。あまりにも暇すぎてベッドに座り込んで何をするでもなく“想像に浸る”挙句、そのまま寝落ちして1時間近くも爆睡を決め込むという、末期的な状態。本当に俺はさっきから何をやっているのか。下手したらこれ、部屋に引き籠ってパソコンでネットサーフィンして偶に筋トレもどきのストレッチをしていたときのほうがマシな過ごし方してたんじゃねぇのか?これ?
“・・・そうか・・・“暇”ってこんな感じなんだ・・・”
思い出した。文字通りのヒキニートだった“あのとき”の俺は、暇だとかいう人間が何もすることが無くなったときに湧いて出てくる本能さえも、“欠落”していた。
“・・・とんだ“クソニート”だな・・・俺”
カーテンを閉め切った薄暗い6畳の部屋で24時間365日、全く同じことを繰り返して過ごすことがどれだけ異常なことなのか、そんな異常な生活を2年半も続けていた俺がどれだけ家族に迷惑をかけていたか、久しぶりに“暇という感覚”を味わったことでひどく痛感した。
「・・・掛け時計・・・せっかくだから今日買いに行くか」
この部屋でいつまでも暇を持て余していると気分がどんどんと落ちていく気がした俺はカレンダーだけが飾られた少し寂し気な部屋の壁を見て、暇つぶしと気分転換も兼ねて掛け時計を買うために外へと出掛けた。
「・・・その前に昼食わないと」
もちろんその前に、昼飯もちゃんと食べた。
「これで風呂場周りは全部オッケーって感じかな?」
今日は土曜日。タカこと被験者No.005の
「そうですね。やっぱり前もって事前に幾らか買っておいて正解でした」
「本当にありがとね日代さん」
「いえいえ。ああいうものは基本的にポチっと押すだけなので楽勝でしたから(ア●ゾン・・・今まで使ったことなかったけどすごく便利だった・・・)」
リライフ研究所のサポート課で“忙しい日々”をこなしている新人サポート課職員の俺は、同じくリライフ研究所の薬剤課で働いている日代さんと一緒に買い物をするため近くの商店街を2人で歩いていた。
「それに、海崎さんはサポート課の仕事で普段からお忙しいので少しでも休める時間があったほうがいいかと」
「うーん、確かに休みの日も何かあったらタカのところに行かないといけないし・・・働きすぎかもなー俺」
「なんて言葉をかけたらいいのか分かりませんが、本当にお疲れ様です」
買い物を入れたビニール袋を片手に商店街のアーケードを歩きながら、隣を歩く日代さんと仕事の話をする何でもない休日。前の会社にいた頃は毎日のように深夜まで残業させられて基本的に何をするのも億劫なほど疲れ果てていたから、社会人になってこういうちゃんとした“休み”を経験するのは何気に初めてだったりする。
「いざ自分がサポートする立場になったら俺のために夜明さんや杏が本当に色々とやってくれてたってことに気付いて・・・つくづくサポート課は大変だなって思うよ」
とにかくこの1か月間は、それはもう怒涛のように忙しかった。日代さんや大神(弟)たちと一緒に過ごした青葉での
“『くれぐれも倒れない程度でお願いしますよ。海崎さん』”
そんな俺を見かねた夜明さんからは優しく注意されたり日代さんの応援を頼むように提案もされたけれど、日代さんに負担をかけるような真似はしたくなかったし、何よりそんな他力本願なやり方じゃタカのサポートは務まらないと思った俺は、ほんの少しだけ無理をして頑張った。
“『海崎くんはどうだった?』”
“『俺?まーギリギリだけど全部平均点って感じかな』”
こうしてほんの少しだけ無理をした甲斐があったのかあるいは再試を受け続けてきた怪我の功名なのかは分からないけれど、俺は最初の小テストでギリギリだけど3教科全てで平均点を超えることができた。“今さら高校の勉強をしたって意味がない”と投げやりだったちょうど1年前の今ごろの俺のテスト結果と比べると、自分で言うと難だけど別人のように成長したと思う。ただそれも全教科満点を叩き出したタカの後だったから完全に霞んでしまって、平均を超えた喜びよりも平均を超えられた安堵のほうが圧倒的に強かった。
“『LIMEは確認しました。平均を超えられたんですね』”
“『うん、おかげさまでなんとか。欲を言うと本当はもうちょっと上に行く予定だったんだけどね』”
“『ちょうどいいじゃないですか。順位が上がり過ぎてしまうとそれはそれで目立ってしまうでしょうし』”
“『あははっ、それも言えるね(日代さんがそれ言うと夜明さん以上に説得力がすごいな・・・)』”
放課後のボウリングを見届けて研究所に戻り報告書を提出した後、タカの部屋に飲み会をしに行く前に薬剤課に立ち寄って日代さんに改めてテスト結果を報告した。本音を言うと中の上ぐらいの点を取ってあっと言わせたかったという思いがあったけど、日代さんから“もっとも”なことを言われて見事に一本を取られた。
“『・・・大変よくできました。海崎さん』”
そして猛勉強の末に全教科で平均点を超えることができた俺を、日代さんは笑顔で祝福してくれた。一緒にリライフを経験して新たな一歩を踏み出したその笑顔を見て、俺はこのサポート課で働けて本当に良かったと心から思った。ここまで頑張れる理由は頑張っただけサラリーが出るとか、そういう福利厚生的な意味じゃない。もちろん仕事をする上で福利厚生は本当に大事だけど、それ以上に俺はサポート課として・・・いや、“経験者”として同じような苦しみを抱えている人を、“かけがえのない1年”を通じて少しでも幸せにしたい。
“『うん。日代さんもありがとう』”
なんていうと柄にもなく大層に見えてしまうから、ここは敢えてこう言っておこう・・・俺がサポート課の仕事を頑張れているのは、“この仕事”を心から好きでやっているから・・・と。
「大変って言っている割には、随分と“楽しそう”な顔をしてますね?」
サポート課の忙しさをやや自嘲気味に呟いたら、右を歩く日代さんが珍しく意味深そうに控えめに笑いながら、容赦なく“核心”を突いてきた。
「・・・そんなに楽しそうに見えるかな?」
「はい。何だか心の底から“いまのお仕事”を楽しんでいるというのが私にも伝わってきます」
「あはは・・・そっか」
社会人になって初めてのちゃんとした休日で気が緩んだのか、日代さんから愚痴のような言葉の中にある本心を見抜かれた。と言っても、日代さんは変なところでやたらと勘が鋭いから下手な嘘は通用しないのは被験者だったときから変わらないのだけれど。
「そりゃだって・・・俺は“好き”で
見事に本心を言い当てた日代さんに、俺はつい得意げになって仕事への本音を打ち明ける。
「・・・そうですよね」
すると日代さんは、静かに笑いながら一言そう呟いた。“そうですよね”と呟いたトーンが、少しだけ俺には寂し気に聞こえた。言葉の意味が少なくとも“別に私は好きでこの仕事はやってなんかいない”とは明らかに違うというのは、リライフを通じて日代さんのことを色々と知ったこの直感でわかった。
「・・・日代さん」
“・・・そっか・・・サポート課の仕事が忙しくなればなるほど・・・日代さんとこうして一緒に過ごす時間も減っていくってことにもなるんだよな・・・”
「・・・?」
“日代さんってさ、もっと俺と一緒にいられる時間が作れたほうが良かったりする?”
「他に何か買うものある?」
心の奥底から何の前触れもなく湧いて出てきた言葉が溢れ出しそうになったのをどうにか抑えて、俺は全く違う言葉を選んで会話を繋いだ。“この言葉”を日代さんに言ってしまうのは“違うんじゃないか”と、またしても直感でそう感じた。
「そうですね・・・2人で住むには食器が足りないかなと思います」
だって日代さんは、俺がサポート課の仕事で忙しくなるのを承知したうえで一緒に住むことを了承してくれたのだから。
「あー、言われてみれば少ない気がする」
「なら決まりですね」
実はまだタカには教えていないのだが、この1ヶ月のあいだに俺は前のアパートより“ちょっとだけ”良い物件に引っ越した。理由としてはタカの住むアパートと通う
「それにしてもなんだか・・・海崎さんと2人でこういうところを歩いていると、デートしてるみたいですね?」
「・・・デートか・・・何だかんだまだクリスマスの一回きりだったね。日代さんとのデート」
「・・・そうですね」
にしても、明日からいよいよ日代さんと2人暮らしか・・・
「でも・・・カズ君と狩生さんのデートを尾行したのもカウントしたら、2回目ですね」
まさか1年前は現役の高校生だと思ってた日代さんのことが好きになって、大人に戻っていまの会社に入って運命的な再会をして本当の意味で合法的にお付き合いすることになるとは夢にも思わなかったな・・・・・・見てるか?1年前の俺?・・・俺はいま・・・
「うわー懐かしいなぁ尾行デート・・・・・・ん?」
そのとき、日代さんとの生活を想像して浮かれきった俺の視線の先に、明らかに見覚えのある“17歳の少年”の姿が映った。
「げっ!」
「どうしました?」
「被験者!・・・“アイツ”今日外出の予定なんて言ってなかったのに」
4月12日、土曜日。今日は外出するなんて一言も言っていなかったはずのタカが、何かの買い物を入れたビニール袋を片手に数軒先の本屋へと入っていくのが目に留まった。
「ごめん日代さん、尾行してもいい?」
「はい、もちろんです」
どうやら日代さんもタカの存在に気が付いたみたいだ。全く、これじゃあせっかくの休日が台無しだし、俺の監督不届きもいいところだ。
「久しぶりですね。“尾行デート”」
「ごめんねせっかくの休日なのに」
「いいえ。懐かしくてワクワクします」
日代さんと手を繋いで、俺はタカが入っていった本屋へと早歩きで向かう。手を繋がれる形で俺と一緒に尾行を始めた日代さんは、そんなトラブルさえもくすっと笑って楽しむ余裕ぶり。
“尾行デート・・・だと思えばこれもまた“アリ”だな”
本当は全く油断できない一大事だからもちろん気は抜けないけれど、なんてったって今日は休日だ。ここまできたらいっそのこと、日代さんと同じように俺も全力でこの“尾行デート”を楽しもう。
♪~
タカが入った本屋の前まで来たところで、俺のスマートフォンが鳴った。画面に映し出された連絡先は、夜明さん。
「はい、海崎です」
『夜明です。今日は海崎さんが休日とのことなのであくまで状況を把握してもらうためにお伝えします_』
「了解。こっちは引き続き尾行を続けます・・・」
「・・・海崎さん?」
夜明さんからの電話の時点で只事じゃない予感はしていた。でもまさか、“もう1人”この本屋に来ていたとは。
「いま夜明さんから電話があった・・・・・・“千鳥奈桜”もこの
どうやら今日ばかりは、“尾行デート”をしている余裕はなさそうだ。
補足になりますが、海崎さんと日代さんのやり取りは原作15巻の巻末で描かれているおまけの4コマをベースにしています。もし原作を持っているよという方、あるいは気になった方は是非とも読み比べてみてください。