ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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ヒキニート、拾われる

 “さすがは赤羽・・・居酒屋が多い”

 

 おおよそ午後4時ぐらいの時間帯。駅のすぐ近くにある100均で税抜き500円の割にはそこそこ洒落た木目調の掛け時計を買ったあと、そういえば引っ越してからこの近辺をまだほとんど歩いていなかったことにふと気付いて、来週に迫る新体力テストに向けて“ヒキニート生活”で(なま)ってしまった身体を平均値ぐらいまで戻すのも兼ねて駅周辺のアーケードや“1番街”という飲み屋街を適当にプラプラと歩いて1周したら、何だかんだで時刻は午後の4時あたりになっていた。

 

 “・・・本屋か・・・”

 

 さすがに少し歩き疲れたからアパートに戻ろうかどうかを考えながら道中にあるアーケードを歩いていたら、ちょうど通りかかった本屋に思わず目が留まった。別に本屋とは言っても下町風情のある昔ながらな個人商店みたいな感じじゃなくて、街にいけばどこにでもありそうなごく普通の“書店”。

 

 “本か・・・そういや子供のときはそれなりに読んでた気がするけど、高2あたりから参考書ばかり読むようになって、会社で働くようになったころには全然読まなくなったよな・・・”

 

 だけどここ何年かはいま通っている桜咲の教科書や資料以外では一冊の本も手にしていないことを思い出して、半ば昔の記憶に吸い込まれるかのように俺はその書店の店内へと足を踏み入れる。

 

 “そうそう・・・本屋ってこんな感じだったわ・・・”

 

 自動ドアを通り抜けて店内に入ると、静かに流れるBGMと棚に並んだありとあらゆる本から発せられる独特でどこか心地の良い“紙のにおい”が歩き疲れた身体と五感を絶妙なバランスで刺激して、気分が少しだけリラックスする。どうでもいいけど、どこかで“本屋にいると何故かトイレに行きたくなる”という現象を聞いたことがある気がする。一説によると本屋や図書館に漂う匂いの中にある化合物に“トイレに行きたくなる”よう促す作用のある効果があることが分かったとか(※諸説です)。まぁ、そんなことを考えながらこういうところに入るのはその手の研究をしている学者ぐらいだろうか・・・・・・なんて自分には関係のないことは頭からつまみ出して、“とりあえず”の感覚で俺は文庫本コーナーへと足を進める。

 

 “それにしてもさっきから何か“忘れてる”気がするけど・・・・・・気のせいか”

 

 

 

 

 

 

 小4あたりまでの俺は、学校では基本的に人見知りで本ばかりを読んでいた“内気な子ども”だった。しかも絵本や国語の教科書に載っている児童文学みたいな物語形式の本にはそこまで興味はなくて、どちらかというと天体や生物系などの図鑑を読み漁るほうが好きな、いわゆる“オタク”みたいなタイプでクラスでも少し浮いていた。もちろん学校では朝に読書の時間があって、さらに月に1回ほど国語で読書感想文を書くという宿題があったから一応そういう本もちゃんと読んではいたし、月1の読書感想文も真面目にちゃんと書いていたから、先生からは毎回のように“ハナマル”を付けられた。

 

 “『どうやったら貴臣くんみたいに感想文でハナマル貰えるの?』”

 

 と、いつか隣の席に座っていた同じクラスの女子からそう聞かれたこともあった。どうして貰えるかなんて自分でも分からなかった。別に物語形式の本なんて好きで読んでるわけじゃなかったし、登場人物が何で笑ったり怒ったり泣いたりしているのかはわかるけど、それに感情移入することができないから“本を読んだら泣けてくる”という感情が分からなかった。だから読んでいても何が面白いのか俺にはさっぱりだった。

 

 “『なんだろ?ハナマルが欲しいって思いながら感想を書いてるから?』”

 

 もう15年以上も前のことだから記憶は曖昧になってきているけれど、あのときの俺は確かああいうふうに答えていた。唯一ちゃんと覚えているのは、あのころの俺は本が好きじゃなくて先生からハナマルを貰えることが好きだったということ。だから俺は好きでもない読書感想文もしっかり真面目に書いていた。“優等生”になりたかったわけじゃなく、先生にハナマルを付けて欲しかっただけ。そして先生がハナマルを付けてくれたら、親父と母さんが“すごい”と言って喜んでくれた。それが本当に嬉しかったから、好きじゃなくても頑張れた。

 

 

 

 ““銀河鉄道の夜”か・・・・・・確か小4のときに急にハマりだして、何回も図書室から借りて読んでたこともあったよなぁこれ・・・

 

 

 

 “『お母さん。それ、俺にもやらせてよ』”

 

 転機となったのは、カズが3歳になった小4のときのこと。家の中で母さんがまだ幼く小さかったカズを膝抱っこしながら絵本を読み聞かせていたのを見て、俺も無性にそれをやりたくなった。

 

 “『“桃太郎は犬と猿をしたがえ”・・・・・・って寝てるし』”

 

 そうしていざ自分が母さんと同じように膝抱っこをして読んでみたら、カズは俺が絵本を読み終える前に毎回寝落ちてしまった。結局はその寝顔があまりにも可愛かったから怒る気にはなれなかったけれど、何だかそれが“カズから嫌われている”気がして俺には少し悲しく思えた。

 

 “『もっと“感情”を込めて読んでみたらどう?』”

 

 そのことを母さんに打ち明けて相談したら、“感情を込めて読んでみたら?”と優しくアドバイスされた。もちろんいきなりだと何をどうすればいいか分からなかったから、母さんのお手本を真似るところから始めた。

 

 “『“蓋を開けると、中から白い煙がもくもくと出て、たちまち太郎は白いひげのお爺さんになってしまいました・・・・・・おしまい”』”

 

 手本を真似ながら読んでいくうちに“コツ”を掴んだ俺は、5回目くらいでようやくカズを寝させずに読み聞かせることができた。

 

 “『うらしまたろうが“おじいさん”になったのは、りゅうぐうじょうであそんでるあいだにうらしまたろうがおじいさんになったってこと?』”

 “『お前いくつだよ?』”

 

 読み終えた後に3歳児とは思えないハイレベルな質問をされたことはともかく、最後までカズがちゃんと聞いてくれてたことが本当に嬉しかったことは、今でもはっきりと覚えている。カズに絵本を読み聞かせたのを通じて感情移入するやり方を理解した俺は、ようやく物語形式の本をちゃんと楽しみながら読めるようになった。その反動のままに学校の図書室にある小説を馬鹿みたいに借りては読みまくっていたら、小4の2学期には学年の誰よりも本を借りたことで表彰までされたこともあった。

 

 

 

 

 “・・・けど、友達の言った冗談(こと)を真に受けてまた読むのやめたんだよな・・・俺

 

 

 

 “『貴臣、あんま本ばっか読んでると目が悪くなるぞ?んなことより俺らとサッカーしようぜ』”

 

 でも小5に上がったとき、同じクラスにいた中学まで一緒だった友達からずっと本ばかりを読んでいたことを冗談半分で揶揄われたことがきっかけで、俺は小説どころか図鑑すらも勉強目的以外じゃあまり読まなくなった。その代わりに今まで学校でも同じ班やグループにならないとあんまり話さなかった連中と一緒にいる時間が増えて、必然的にその連中と仲良くなった俺は昼休みにグラウンドでサッカーをしたり、放課後は“秘密基地”みたいなところに行ったりと外で遊ぶことも増えて、周りのみんなに合わせるように今まで特に読もうと思ってなかった漫画を読むようになった。

 

 

 

 俺が先生や周りから“明るくなった”と言われるようになったのも、ちょうどその辺りからだ。

 

 

 

 

 

 

 “・・・久しぶりに読んでみるか”

 

 特に何かを買おうというつもりもなく文庫コーナーの本棚に並んだ数多の小説(タイトル)を何気なく目で追っていたが、目で追っているうちに本ばかりを読んでいて内気だったころの記憶(こと)を思い浮かべていた俺は、感傷的な気持ちのまま棚の一角に紛れるように並んでいた“銀河鉄道の夜”を手に取り、何気なく表紙を見る。小学生のとき、多いときには3回に1回の割合で読み終えては借りていた小説。小5になって急に友達が増えて外で遊ぶことが増えるのに比例して好みが小説と図鑑から漫画に変わってからも、これだけは好んで読んでいた。どうしてかは頭の構造が“文系”じゃないから、上手くは説明できないけれど。

 

 

 

 

 

 

 “『・・・母さんが家を出ていった・・・・・・・多分、もう帰ってこない・・・』”

 

 

 

 

 

 

 でも“ある時期”を境に、俺はこの小説すら読まなくなった。

 

 

 

 “・・・やっぱりやめるか”

 

 一度だけ棚から取り出し手に取った銀河鉄道の夜を、俺は元の位置に戻す。“懐かしさ”で埋め尽くされた頭の中をリセットさせて落ち着かせてみたら、結末を最初から最後まで細かく知っているのにわざわざお金を払ってまで読みたくなるほど、この小説のことは好きじゃないことを思い出した。もちろん好きじゃなくなってしまった“理由”は、好きだった理由とは違って一応はちゃんと説明できる。

 

 

 

 だけど、その理由と向き合うにはかなりの“労力”を伴うから・・・出来ることなら思い出したくはない。

 

 

 

 「・・・はぁ」

 

 買おうと手に取った小説を元の場所に戻し終えたら、無意識に溜息が出た。結局のところ適当に文庫コーナーに並べられた本のタイトルを目で追っていたけれど、これといって読もうと思う本は見つからなかった。まぁ、そもそも本屋なんて端から立ち寄る予定はなかったから、別に気には留めてなんかいない。

 

 「・・・大神(おおが)さん?ですか?

 

 買いたい本がないのにずっとここにいても仕方ないと思い店の出入り口へ向かおうとした瞬間、女性というよりかは高校生くらいの“女の子”みたいな明らかに実年齢25歳の俺よりも若い女の人の声に呼び止められた。しかも、どういうわけか俺の名前も知っていた。

 

 「はい。そうですけど?

 

 1ミリどころか全く知らないはずの俺の名前を呼んだ声のしたほうへ振り返ると、声の感じの通りパッと見で高校生くらいの薄赤色の髪をした女の子が右手に文庫本、左手にカバーケースのようなものを持って立っていた。

 

 「これ、あなたのじゃないですか?

 

 振り向いた俺を見た彼女は、心なしかどこか冷たく無愛想な感じの口ぶりで明らかに見覚えのある“学生証”を俺に差し出した。

 

 “・・・あ

 

 「あ、はい。そうですこれです」

 

 もう何回も説明しているけれど、いまの俺は実年齢だと25歳だが外見は薬のおかげで17歳の学生に若返っていて、“高校3年生”として高校に通っている状態だ。これが何を意味するのかというと、いまの俺は自分が“高校生”だということを証明する“身分証明書”を常に持ち歩いていなければ色々とややこしいことになるということ。

 

 「ほんとすいません、ありがとうございます」

 「お礼は大丈夫です。カウンターに届けようと思っていましたが、ちょうど近くに学生証の写真と瓜二つな人がいたので、一か八かで声をかけたら“ビンゴ”でした」

 「あぁそうなんですね、マジで助かりました(“ビンゴ”て・・・)」

 

 その身分証明書代わりの学生証を、本来だったら持っているはずのない目の前の彼女から受け取った。つまり俺は・・・どこかしらのタイミングで誤って落としていた。ということになる。

 

 「気を付けてくださいね。こういう場所で学生証を落とすのは、不特定多数の人に自分からプライベートを晒すのと同じくらい危ないことですから」

 「ハイ、ですね。本当に気を付けます(なんか滅茶苦茶しっかりしてそうなんですけどこの子・・・)」

 

 事の重大さを自覚し始めた俺を、彼女は無愛想なトーンのまま容赦なく叱る。俯瞰してみれば、恐らく高校生くらいの年齢の女の子からあきらかに落としたらヤバい落とし物を届けてもらった挙句、ごもっともなことを指摘されて謝ることしかできない実年齢25歳の青年(ニート)・・・・・・ダメだ。想像するだけで心が軽く壊れるくらい惨めだ。

 

 “というか、この子が拾ってくれなかったら冗談抜きでリライフ終わってたかもな・・・俺”

 

 もちろん悪いのは、スマートフォンと一緒にケースごとポケットに入れていた学生証を落とすという普段では考えられない“まあまあヤバい類のやらかし”をしたこの俺だ。どのタイミングでどういうふうに落としたのかは落としたこと自体に気付いていなかった時点で分からないが、これは長い間社会から完全に切り離された部屋で引き篭もっていたから起きた油断・・・いや、単なる油断だな、これ。言い訳はやめよう。

 

 「では、わたしはこれで」

 「なんか、色々とありがとうございました」

 

 ともあれ落とした学生証は真面目でしっかりしていそうな高校生くらいの女の子にすぐ届けてもらったことで、俺の“身元”がこの街全体にバレるという最悪な事態は避けることができた。きっと拾ってすぐに届けてくれた彼女は、少なくともネットとかで俺の個人情報を漏らすようなことはしないだろう。信じすぎるのもそれはそれで禁物だけれど・・・

 

 “・・・ん?身元?

 

 「ちょっと待って!

 「・・・?」

 

 学生証を落としてしまったというショックが大きすぎてつい聞こうとして忘れていたことが一つあったのを思い出した俺は、カウンターの方へと歩いていく彼女を呼び止めた。

 

 「・・・なんで俺の名前知ってるの?

 

 学生証のこともあって頭が少し混乱していた俺は、ついどこの誰なのかも知らない彼女にまるで尋問でもするかのようなトーンで問いかけてしまった。

 

 「・・・だって、学生証に名前が書いてありましたから」

 「?・・・あー、そっか・・・だったら名前も分かるか・・・なに当たり前なこと聞いてんだ俺」

 

 もしかしたら急に聞いたせいで恐い思いをさせてしまったかもしれない・・・なんて勝手な心配は杞憂だったみたいで、振り向いた彼女は言われてみれば納得でしかない真っ当な答えをこれまた無愛想な感じで俺に言ってきた。

 

 「でも良かったですね・・・“忘れ物”をすぐに拾って貰えて

 

 だけれどカウンターの方へとまた足を進めていく前に捨て台詞を言うかのようにそう呟いた彼女の表情は、俺には心なしか少しだけ笑っているように見えた。それと同時に落とした学生証を俺に届けてきてくれたときの彼女が頭の中に浮かんで、“違和感”になって残る感覚を覚えた。

 

 「では、今度こそ失礼します

 

 学生証のショックのせいであやふやなところもあるけれど、俺は彼女に何とも言えない“違和感”を覚えている。その正体を考えても説明は出来そうにない。でも忘れ物を落として軽くテンパっている俺と、その後にいきなり呼び止めた俺を見ていたどこか無愛想な表情・・・・・・何というか、名前以外にも俺のことを知って・・・

 

 

 

 “・・・・・・“千鳥”さん?

 

 

 

 「・・・いや、まさか」

 

 頭の中で不意に浮かんだ言葉を、読みすぎってほど読んでもいないけど“幾らなんでもそれは漫画や小説の読み過ぎだ・・・”と、俺は自分に言い聞かせて掻き消す。全く、さっきから俺は何を訳の分からないことを考えているんだ。ていうか落とした学生証を拾ってくれた彼女があの“千鳥奈桜”とか、そんな偶然あり得るわけないだろ・・・・・・あぁ、そうだ。俺はいま学生証を落として危うくリライフが終わりかけたかもしれないというショックで混乱している。きっと、いや絶対にそうだ。

 

 “・・・待てよ・・・なんか他にも忘れてることがあるな・・・

 

 

 

 “『外に出たいな~と思ったときは、必ず僕へ連絡してください』”

 

 

 

 「・・・・・・やべぇ

 

 そしてよりにもよってこのタイミングで、俺はもう一つとんでもないことをやらかしていたことに気が付いた。薬の説明を受けていたとき、流れ作業のように海崎さんから説明されていたからそこまで重要視していなかったけれど、普通に考えて担当者が近くにいない状態で薬を飲んで若返った被験者が連絡もなしに外を出歩くというのは・・・明らかにマズい。

 

 “いや、まるで流れ作業みたいに言われたらそりゃ油断しちゃうでしょ普通・・・”

 

 そんな重大なことを軽く流れで説明してきた海崎さんも海崎さん・・・なんて言い訳をしても所詮は言い訳で、もう後の祭りだ。とにかく俺にいま出来ることは、“最悪な事態”が起きないようにどうにかしてリカバリーすることだけだ。

 

 “どうしよう・・・・・・とりあえず一旦トイレに逃げ込んで海崎さんに連絡・・・”

 

 「・・・海崎さん?

 

 万が一のことになったら本当に洒落にならないからと徐にトイレを探しに背後へ振り返ると、少し離れたところに買い物袋のようなものを片手に持った海崎さんが、その場に並んでいる本を選ぶような仕草をしながら視線だけを不自然にカウンターの方へと向けていた。

 

 “と・・・誰?

 

 そしてその隣で海崎さん(※大人の姿)と同い年くらいの女性が、海崎さんに何かを話しかけていた。

 

 「・・・・・・あ」

 

 振り返ってから約2秒後、“見てはいけないものを見てしまった”ような何とも言えない気まずさの中で、俺に気付かれたことに気付いた海崎さんと目が合った。もう、本を選ぶとかリカバリーとかそれどころじゃなかった。

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