4月18日_
金曜日の朝。通勤や通学で駅へと向かう人の流れに紛れるように、いつものように桜咲の制服を着こなした俺は最寄り駅へと歩く。2度目の高校生活も2週目の大詰めまでくると、もうこうやって制服を着て学校に通うことに何の違和感も感じなくなってきた。果たしてこうなった俺の感覚が正常なのか異常なのかは、一旦置いとくとして。
“・・・めっちゃ晴れてんな”
アーケードの商店街を通り抜けて大通りのスクランブル交差点に出ると、やたらと晴れ渡っているほとんど雲のない空が駅前の繁華街を照らすように広がる。
「(何でこんな日に限って滅茶苦茶晴れてんだよ・・・)」
ただ、そんな快晴の空とは対照的に俺の心の中はほんの少しだけ曇っている。
“『えー、明日は新体力テストがありますので、くれぐれも体操着を忘れないように。それと、怪我には気をつけること』”
「・・・はぁ」
東京23区内とは思えないほどの青々とした空が視界に入りにわか雨すら降らないことを悟り、人に気付かれない程度の小さな溜息が出た。そう、今日は運動不足の実年齢25歳の“ヒキニート”にとって“山場”でもある、新体力テストの日。いや、見た目はちゃんと17歳に若返ってるから問題なくね?と一瞬だけ油断してしまいそうになるが、俺の飲んだ薬はあくまで“外見”を若返らせるものであって、中身のスペックは“25歳(※ヒキニート)”のままだから、誤魔化しが一切通用しない。
“まぁでも一応、ストレッチとかは引き篭もってたときもほぼ毎日やってたし、今はこうやって毎日歩いてるし・・・”
「(・・・いや、現役高校生の運動量を甘く見るな。俺)」
最寄り駅に向かって歩きながら現実逃避をしてみたけれど、自分でも馬鹿みたいに思えてきてすぐにやめた。そもそもの話、運動部に入っていない子ですら体育が必須科目になっている高校生と業種によっては筋肉を駆使するようなことをしなくても生きていける社会人とでは、日頃の運動量が違うのは容易に想像できるからだ。まあ、弟いう“例外”もいるが。
“・・・ていうか・・・体育とか高校卒業してからやってないよな・・・”
なんてネガティブなことを頭の中で浮かべながら、俺は何食わぬ顔を装い最寄り駅に着いてさも当たり前のように定期券のICカードで改札を抜けて、池袋方面へと行く7番線ホームの階段を上がる。今まであまり意識はしていなかったけど、さすがに駅構内の階段ぐらいでは息は切れない程度には体力は残っているみたいだ。まぁ、駅構内の階段ごときで息が切れるようじゃ、先が思いやられるのだけれど。
『まもなく、7番線に、りんかい線直通、通勤快速、新木場行きがまいります。危ないですから、黄色い点字ブロックまで、お下がりください』
通勤通学の人で溢れるホームに、定時ジャストで通勤快速が進入する。ちなみにこの通勤快速、池袋・新宿方面の場合だとこの駅から先は快速だろうと各停だろうと止まる駅は全く同じなので、桜咲の最寄りでもある池袋へ行く俺にとって種別は関係ない。ただし通う学校が反対方面にあった場合は、色々と考えなければいけなくなるが。
『赤羽。赤羽。ご乗車ありがとうございます』
実質“各停”の通勤快速のドアが開き、ここで降りる人と乗り換える人の列と入れ替わるように、俺は車内に入る。時刻は朝の7時台。電車の中はまさに“ラッシュ”で混み合い、座るどころか荷物の居場所もままならないくらいに混んでいる。
ピンポン♪_
ドアチャイムの音と共にドアが閉まり、電車が動き出すのと同時に誰かの肩が微かに当たる。そんなことなどお構いなしに、満員の客を乗せてほんの少しだけ空気が薄くなった満員電車は制限速度まで加速していく。
“『(・・・めっちゃ混んでんじゃん・・・)』”
ヒキニートになるまでは、はっきり言って満員電車は嫌いだった。もちろん座れないと察した5秒後には妥協して大人しく手すりやつり革に掴まっていたけど、内心では座りたくて仕方がないと思いながら電車に揺られるくらいには嫌だった。
『まもなく、十条。十条。お出口は左側です』
でもそれが、ヒキニートを経て紆余曲折あって高校生になった今だと、こういう空気もそこまで悪くないと思えるようになった。
“『貴臣さんが“つい油断してしまう”くらいリライフを満喫していられることが、これまでのことを考えると本当に“良いこと”だなと思ったからです』”
海崎さんへ連絡を入れるのを忘れて外出してあわやリライフが“終わりかけた”この間の休みに、海崎さんと一緒にいた日代さんという同僚の人に言われた言葉をふと思い出す。もちろん“油断”するのは本当に良くないことだけど、俺のリライフは今のところ始める前の緊張感が嘘みたいに順調だ。ついでに言うと勝手に外出した件に関しては海崎さん曰く、“お咎めなし”。ひとまず被験者として、担当者の海崎さんが始末書を書く羽目にならずに済んで俺は安堵した。
『次は、板橋。板橋』
“・・・そういや海崎さんって、どこから俺のことを付けているんだろう?”
今更だけど、俺はあることに気付いた。果たして海崎さんはどこから俺のことを観察しているのだろうと。この間の休みのときもわざわざ俺の住んでいるアパートの近所で買い物をしていたってことは、意外と住んでいるのは近所・・・でも確か海崎さんのアパートは
“・・・ん?”
そのとき、俺は左から2人分を挟んだところに同じ制服を着ている女子がいるのを視界と意識に捉えた。けど普通に考えて今は通学時間だから、同じ車両に同じ学校の生徒がいても当たり前かと、最初は思った。
“この子・・・どこかで・・・”
だけど、不意に視界に入ったその彼女に、俺は妙な“既視感”を覚え始めていた。
『まもなく、板橋。板橋。お出口は右側です』
“『これ、あなたのじゃないですか?』”
「・・・?」
彼女への既視感が“確信”へと変わったのとほぼ同時に、彼女もまた俺のほうへと視線を向けて何かを察する。
ピンポン♪_
チャイムと共に電車のドアが開き、俺と左に立つ彼女の2人の間にいた乗客が駅のホームへと降りていきちょうど手すり2人分のスペースが空く。すると彼女はこの駅から電車に乗る他の乗客のことを考えてか俺の左隣に平行移動する。この間の休みに偶然立ち寄った本屋で俺の学生証を拾ってくれた彼女が隣にいるという、この状況。ひとまず平然を装うが、正直言って気まずい。
ピンポン♪_
そんな何とも言えない気まずさに襲われている“乗客その1”の心境なんてつゆ知らずな各駅停車は、そのまま次の駅へとほぼ定刻に進み始める。
「・・・また会いましたね。“学生証の人”」
電車が進み始めたところで、左隣の彼女はボソッと俺にそう呟く。
「学生証・・・・・・あぁ、あの
「はい」
“学生証の人”と覚えられてしまったことの動揺を隠しつつ、俺は咄嗟に言われて思い出した“てい”で彼女に言葉を返す。どうやら俺が感じた既視感と確信は本物だったみたいで、彼女もまた学生証を落とした俺のことをちゃんと覚えているみたいだ。
「でも、拾ったときにおや?とは思ってはいましたけれど本当に桜咲に通ってたんですね?」
「逆に学生証だけでよく俺が桜咲だって分かったね」
「だって学生証がわたしのと全く同じデザインでしたので・・・ただ名前も顔も全く知らない人だったので確信が持てないでいました」
「あ~、確かに学生証が同じデザインなら分かるよね(にしても1週間近く前で見たのも一瞬なはずなのに、よく覚えてるなこの子)」
「ただ通ってるって言っても、実は4月に編入してきたばっかなんだけどね」
「そうですか・・・どおりで顔と名前を見てもピンと来なかったワケですね」
「中身見たんだ」
「当たり前です。同じ学校の学生証でしたので、あなたを見つけられなかったらそのまま学校に届けるつもりでしたから」
「マジか、ごめんね色々と(警察に届けられてたら終わってたな・・・)」
何なら俺以上にあの日のことを覚えてる説もあるし、改めて学生証を落としたことがどれだけ大変なことだったかを俺は思い知る。
「そういえば、大神さんってどの学年ですか?」
「俺?3年だけど」
初めまして故の気まずさが漂う中で、隣で手すりを持つ彼女は“見慣れない編入生”の俺の学年を聞く。
「“3年”・・・・・・じゃあわたしと一緒だ」
俺の学年を聞いた彼女は、横目で一瞥しながらボソッと独り言を呟く。素っ気ない感じの表情はそのままだけど、心なしか俺にはどこか嬉しそうに見えた。
「・・・そうなんだ」
「どおりでさっきから妙に“馴れ馴れしい”わけですね。合点がいきました」
「そんなに馴れ馴れしいかな俺?(ひょっとして海崎さんの馴れ馴れしい態度が
「だって相手が何年生かもわからないのにいきなりタメ口で話してくる転校生がどこにいるんですか?と言っても、わたしが学生証を拾ってあげたときは大神さんも敬語でしたけど」
「よく覚えてるねそんな細かいところまで・・・っていうかみんながみんなそうだとは限らないとは思いますが・・・」
そして俺が自分と同学年だと分かるや否や、どこか素っ気ない表情はそのままに彼女は少しだけ容赦がなくなりやや饒舌気味になる。もしかしたら彼女は、意外と“分かりやすい”性格なのかもしれない。
“・・・そうだ。思い切って聞いてみるか”
「あのさ・・・もし良かったら名前教えてくれない?せっかく同じ学年だしさ?」
転校生の俺に対して少しずつ心を開き始めた彼女に、俺はずっと密かに気になっていたことを聞く。
“『良かったですね・・・“忘れ物”をすぐに拾って貰えて』”
『まもなく、池袋。池袋。お出口は、右側です。山手線、湘南新宿ライン_』
絶対にあり得ないのは分かっているはずなのに、あの日からずっと心の中で靄のように残っている“この感覚”が本当なのかただの思い込みなのか・・・これでハッキリする。
「・・・大神さんは“何組”ですか?」
控えめに名前を聞いた俺に、彼女は再び窓のほうへ視線を移してこう言ってきた。
「1組だよ。3年1組」
もちろんここで嘘をつく必要性は全くないから、俺は素直に自分の席があるクラスを答える。どうしてかは分からないけど、彼女が俺のいるクラスを聞いてきた瞬間に、あの偶然が“嘘”なんかじゃないという予感がした。
「・・・わたしもです」
ピンポン♪_
自分のクラスを嘘偽りなく正直に答えた俺をほんの一瞬だけ一瞥しながら、彼女は電車のドアが開くのと同時に名前を言うことなく降りる人の列に紛れ逃げるように外へと出ていく。
“やっぱりそうだ。この子は・・・”
「・・・待って!」
駅のホームへと出る人の群れをかいくぐり、俺は先にホームに出た彼女が改札口への階段を早歩きで降りていくのを見た。自分のクラスを答えた瞬間、それまで素っ気なく俺のことを見ていた目線が動揺でほんの一瞬だけ泳いだのを、俺は見逃さなかった。それと同時に、一見すると素っ気ないあの態度は自分を守る“盾”のようなものかもしれないと感じた。
「千鳥さん!」
動揺を“強がり”で隠すその背中を追いかけながら、本屋で学生証を拾われたときに言えなかった一言を今度こそぶつける。
「・・・・・・」
階段を降りながら叫ぶように呼んだ俺の声が無事届いたのか、“千鳥”は階段を降り切ったところで立ち止まった。
「そんな大声で呼ばなくても聞こえますよ。馬鹿ですかあなたは?」
「バッ・・・・・・確かにいまの俺は多分普段よりバカになってると思うけどストレートに言い過ぎじゃない?(8つ年下のJKから馬鹿呼ばわりされるのって結構心に来るんだな・・・)」
「あと、まあまあ恥ずかったです」
「ホントごめん100パーセント俺がバカだった」
そして立ち止まって振り向きがてら、いきなり冷めた目で容赦なく“馬鹿”呼ばわりされた。もちろんいまの俺の行動はきっと周りから見たら相当なバカなのは軽く想像できるから、全く否定の余地はないけれど。
「じゃあ、初めまして・・・千鳥奈桜です。よろしくお願いします」
相手が千鳥だということを確信した俺に、彼女は半分諦めたような感じで自己紹介を始める。ぶっちゃけどうでもいいっちゃどうでもいいけど、改札口で自己紹介しているこの光景は、何だかちょっとだけシュールに思える。
「あぁ、俺は」
「“大神貴臣”さん、ですよね?」
「そうだけど・・・てかフルネーム知ってたんだ?」
「はい。学生証拾ったときに名前だけは覚えましたので」
「サラッと言ってるけど記憶力凄いなオイ(これある意味で逆に危なかったんじゃね俺?)」
この流れでリライフを始めて何度目かになる自分の名前を言おうとした俺を遮り、千鳥は息をするようにとんでもない記憶力を無自覚に自慢するように明かしてきた。もちろん、本人に一切の自覚がないのは淡々とした口調と表情ですぐに分かった。
「そんなことより、早く改札の外に出たほうがいいんじゃないですか?遅刻しますよ?」
「あぁうん、そうだね」
この前会ったときは“無愛想っぽいけどしっかりしている真面目な子”っていうぐらいにしか思わなかったけど、いざ同じ学校に通う同じ学年の生徒として話してみると意外と個性的な感じがあって良い意味で面白くて、それがまた可愛いから純粋にクラスメイトとして友達になってみたいと思える。当然、“可愛い”というのは下心的な意味ではない。
“・・・一緒に話してるとこんなに面白い子なのに・・・どうして・・・”
「・・・ん?行かないの千鳥さん?」
後ろから聞こえない足音に気付いて改札を出ようと2歩ほど歩きだしてふと振り返ると、千鳥は一歩も動かずにその場で立ち止まっていた。
「すみません・・・先に学校へ行っててもらえますか?」
「えっ?何で?」
「それは・・・・・・ちょっと、寄るところがある、というか・・・」
“『もう3年生の生徒はみんな知っていることなのだけれど、実は君たちと同じ3年生で1人だけ事情があって別室登校という形で授業を受けている子がいて_』”
“俺も一緒に行く?千鳥さんのペースに合わせるから”
“分かった。じゃあ先に学校に行ってるよ”
数秒前までの余裕が急になくなり、目を逸らし俯きながら必死に言葉を紡ごうとする千鳥を見て、頭の中にふたつの
“『2人にも“同じクラスの生徒”として“千鳥”のことは把握しておいて欲しいんだ』”
「・・・分かった。じゃあ先に学校に行ってるよ」
言葉を紡ぐ千鳥を前に7,8秒ほど悩みながら考えた末に、俺は彼女の言う通りにした。
「ごめんなさい・・・なんか大神さんのことを避けちゃってるみたいな感じになってますけど、本当に寄るところがあるってだけなので」
先に行くという決断をした俺に、千鳥は自意識過剰な言葉を連ねながら謝る。やっぱり何かしらの理由で“傷を負っている”この子とは、もう少し時間をかけて慎重に接していくべきだ。
「俺にはちゃんと伝わってるから大丈夫だよ。そうだ、千鳥さんも遅刻しないようにね?」
「・・・するわけないじゃないですか。時間ぐらいいつも把握してますよ」
「まぁまぁそう怒らなくても」
「怒ってないです。馬鹿にしないでください」
「馬鹿になんかしてないんだけどね・・・」
とりあえず相手が変に気を遣わないように軽口を叩いてみたら、弱みを見せた反動からか分かりやすく千鳥はムスっと無愛想な表情を作ってつんけんした態度をとってきた。きっとこの子は人前だと気丈に振る舞える“強がり”だけど、それ以上にもの凄く“繊細”なんだろうな・・・と、俺はこの瞬間に理解した。そしてこの子にとってはこういう何気ない通学や学校生活自体が勇気のいること・・・と、同時に思った。ただそれで動揺を見せずに耐え抜けている時点で、元々心は変なところで図太いところもあるかもしれないけど、今の段階では憶測でしかならない。
「そっか。なら良かった・・・じゃあ先行ってるね」
「はい・・・ありがとうございました」
そんな強がりな千鳥に軽く手を振って、俺は1人で改札を抜けて通路を西口へと歩き出す。とにかく今は、繊細な彼女の心をなるべく刺激しないことに尽きる。
“・・・これで良かったんだ。見ず知らずの編入生が下手に寄り添ったら、それこそありがた迷惑だ・・・”
無意識に何度か振り返ろうとする意識を“正当性”という名の防衛本能で振り切り、俺は通い慣れた西口へ足を進める。そうだ。これで良かったんだ。一緒に行くとか言って万が一パニックなんて起こしたら、それこそ一度きりしかない千鳥の学校生活や人生に“暗い影”を落としかねない。俺には分かるなんて言ったら烏滸がましいかもしれないけど、心が完全に壊れたことがある俺だからこそ・・・あの子の動揺とそれを見せまいとする“強がり”な振る舞いは理解できる。
“・・・・・・良かったんかな?これで?”
「・・・はぁ」
これで良かったと決めて千鳥の意思を受け止めたのに、地上へと出た瞬間に“これで良かったのか?”と迷い始めている優柔不断な自分に、思わず溜息が出た。本当に俺という奴は、どうして物事を0か100で割り切れないんだろうか。そのせいで何度も失敗してきたくせに、どうしてまた同じことを俺は繰り返そうとするのか・・・
“・・・俺を部屋の中から外へと連れ出した海崎さんだったら、どうしたんだろうか?”
「(いや、そうやってすぐに海崎さんを頼ろうとするな、俺。そんなザマだとリライフで何も変われねぇだろ・・・)」
自己嫌悪からまたつい海崎さんに頼ろうとした弱い自分に心の中で喝を入れて、俺は学校に向かって再び歩き出した。
【人物紹介】
・千鳥奈桜(ちどりなお)
5月11日生まれ A型 17歳(第28話時点)
身長:160cm 髪色:薄めの赤 一人称:わたし
イメージCV:市ノ瀬加那
結局そこまで内容は大きくは変わっていませんが、色々と考えた末に上げ直すことにしました。至らない点が多々あるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。