“『3コース、6秒43』”
高3のときまで毎年4月の半ばぐらいの時期に必ずやっていた、新体力テスト。青葉に通っていたときの俺は、クラスの中でも上から5番目に入るくらいは運動が出来ていた。
“『うわ~やっぱ早ぇなタカは』”
“『でも1年のときより絶対遅くなってるわー』”
俺の運動神経を支えていたのは、中学から高1まで続けていたバドミントンで鍛え上げたスタミナとフットワーク。もちろんその恩恵は、家庭の事情でバド部を辞めざるを得なくなってバイトに明け暮れるようになってからも続いていた。
“『つかバド部辞めてもこんだけ走れるんだったら今から戻っても全然通用すんじゃね?』”
“『いやいやスタミナが落ちてるからもう無理だって。それにバドってマジで練習鬼キツいし』”
“『あ~それすっげぇ分かるわ~』”
このときは家族を支えるためなら、カズと親父が少しでも笑ってくれるようになるなら、俺の人生なんてどうなったっていいとすら思っていた。
“『あと、いま“ウチ”結構大変だから』”
いざ大人になった自分が、どうなっていくのかも知らずに・・・
「記録用紙、ちゃんと上のところに名前書くように」
4月18日、5限目。突然の雨が降って延期になりますようにという俺の密かな祈りも虚しく、とうとう雲一つすらなくなった快晴の空の下で新体力テストは予定通りに始まった。
“校庭は
ちなみに桜咲高校の校庭はサッカーコート替わりになる人工芝とそれを囲むように一周300メートルの陸上トラックがある所謂“全天候型グラウンド”で、俺が通っていた青葉の“土グラウンド”と比べると明らかに設備が新しく充実しているのが分かる。恐らくこれは、桜咲が同じ進学校でありながら“学力重視”の青葉とは違って部活動にも力を入れているというのも理由にあるのだろう。中でも赤間が所属している陸上部は“強化指定部”に認定されている強豪で、これまでに何度もインターハイに出場した実績もあるほどだという。もちろんこれは全て海崎さんから渡された資料と、俺個人のリサーチによるちょっとした豆知識。
「じゃあ男子はまず、ハンドボール投げから始めます」
「アッキー、順番どうする?」
「普通に出席番号順だよ」
更に驚くべきことに、12年前のインターハイで100M走と200M走で決勝に進んだ桜咲高校陸上部の2人のうちの1人にして当時の“主将”こそ、いまこうして1組の生徒の前で新体力テストの説明をしている笹原先生で、今では保健体育の教師としてクラスを持ちながら陸上部の顧問もしている。これを知ったときはさすがに俺も驚いた。
「(ただでさえ担任の仕事だけでも大変なのに強化指定部の顧問までやられているとは・・・・・・笹原先生、本当に恐れ入ります)」
「ん?どうした大神、何か分からないことでもあるか?」
「えっ?別に何にもないですが」
「本当か?説明してたときに僕の目をすごい見てたけど?」
「いや、これはただ先生の話をちゃんと聞いているってだけなんで(もっとマシな言い訳あったろ俺)」
「そうか・・・でも確かに、ちゃんと人の話を聞いてるっていう意思表示も学校を卒業して社会に出るようになったら必要になってくるだろうって先生も思うから、その姿勢大事にしなよ」
「はい。ありがとうございます(一応社会人は経験してるんですけどね俺・・・)」
担任と強化指定部の顧問を兼任しているという過酷さを微塵も感じさせないタフネスぶりに元社会人として尊敬の念を向けていたら、思いっきりご本人から不審がられた挙句に咄嗟の言い訳をして逆に褒められた。ただ現状がニート状態の俺にとって笹原先生のありがたいお言葉は、ある意味では皮肉になってしまうけれど。
「ハハッ、さすがはオレの“ライバル”はちげぇわ」
「いつの間に俺は“ライバル”になったんだ?」
「こらそこ、静かに」
案の定、自分でも“ド下手”だと自覚するくらいには下手くそな言い訳に、学校で特に一緒に話すことが多い城野が乗っかり道連れのように笹原先生から叱られる。
「(いや~、あの和臣君を立派に育て上げたお兄さんは外見だけでなく内面までもイケメンですね☆)」
と、心の中で言っているかは定かじゃないけど、隣に立っている海崎さんからは目が合った瞬間に無言で“ニヤリ顔”をされた。とりあえずこの“ドSサポート課”はハンドボール投げで肩を痛めるか、50M走で派手にズッコケてしまえばいい。
「さて、時間もあまりないので始めます」
なんて心の中で海崎さんを軽く呪っていたらあっという間に笹原先生の説明が終わり、ハンドボール投げが始まった。
“・・・いきなり赤間か・・・”
1組男子のトップバッターは、出席番号1番の赤間。
「タカ、“一匹狼くん”ってやっぱり運動神経いいんかな?」
「んー、普通に良いんじゃない?陸上部のエースだし(やっぱり赤間のことはみんな“一匹狼”で覚えてるんだ・・・)」
「やっぱそうだよね」
「宇島くんは知らなかったの?」
「話したこと一回もないからそういうのよく分かんないんだよ、おれ。あと興味ないし」
「最後の一言は言う必要あったかな?」
俺の前に立つ一見こういう話題には興味の無さそうな宇島が、マイペースな感じで一匹狼のことを聞いてきた。さすがは強化指定部に認定されている強豪の陸上部で短距離エースを託されている“期待の星”というところか、我が道を行くような宇島さえも赤間のことを注目する。
「・・・」
そんな陸上部期待のエースに向けられた注目など気に留めもせず、指定の位置に立った赤間はハンドボールを右手に掴み、肩を後ろにやって静かに投球フォームに移る。さて、黒崎曰く去年のインハイ予選で惜しくも決勝7位になったエースの実力・・・お手並み拝見と行こうか。
「記録・・・29メートル!」
普段のクールな振る舞いがそのまま表れたような淡々とした投球で放たれた記録は、29メートル。これは高3男子の全国平均(※2014年)をほんの少しだけ上回るぐらいの記録だ。
「一匹狼くん。ハンドボールは思ったより伸びなかったな」
「十分飛んではいるけどね」
その記録に前にいる宇島がギリギリ周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で独り言を呟く。確かにそれは周りも思っているみたいで、俺も含めてみんなして反応に困っている。別にちっともショボい記録なんかじゃないし普通に飛んでるほうだけど、元の期待値があまりに高すぎた反動なのかもしれない。
「どうした衛士?大会が近いからってセーブしてんのか?」
「セーブなんかしてねぇよ。俺は元々球技が苦手ってだけだ」
「ハハッ、2回目は30越えれるといいな?」
「・・・っるせぇ」
そんな“平均的”な記録を残して戻ってきた赤間に、ムードメーカーの城野が茶々を入れて揶揄い何とも言えない空気になっていた場を和ます。どうやら本人曰く球技は苦手らしい・・・とは言ってもちゃっかり平均には乗せてくるところが何となく赤間らしく思えるし、何より本命はハンドボール投げが“終わってから”だろう。
「おぉ・・・」
赤間が一投目を終えて戻ってきた直後、周りのみんなが一斉に溜息のようなざわめきを上げた。
「記録・・・48メートル!」
「うっわ
「さすが野球部なだけあるわー」
出席番号2番の
「・・・なんか今日はすごく綺麗だな、空」
何となく心配になって目の前に再び視線と意識を向けたら、次の番の宇島は空を見上げながら自分の世界に入り込んでいた。さすがは“アーティスト”なだけあって、立ち振る舞いからして俺みたいな普通の人とは違う感性を持っている・・・のかただの“現実逃避”なのかは俺にはまだ分からない。
「次、宇島」
「・・・こんなに晴れてんのっていつぶりだろ」
笹原先生から名前を呼ばれた宇島は最高潮に達しているハードルなど一切気にせず、青く澄み渡る空のことを考えながら投てきをするサークルへと気怠げな感じで歩いていく。もしかしたらこの瞬間に、彼の脳内では“新しいメロディー”が浮かんでいる・・・のかもしれない。
ぺそっ_
「記録・・・3メートル」
そんな宇島が投げた一投は、3メートルの大暴投。案の定、俺を含めたみんなの目が文字通り“点”になり、それまでハードルが上がりまくっていたのが嘘みたいに“あれマジなの?”と言わんばかりの疑問交じりの笑いが起こった。分かったことは、宇島の運動神経は弟のカズとどっこいどっこいのレベルかもしれないということ。
「おい海音、これはバスケじゃねぇんだぞ?」
「知ってるよ。あとそもそも投げづらいんだよ、体力テストのボールは」
「それ踏まえても何をどうしたら“ああなるんだよ”オイ」
「さあ?おれもわかんない」
戻って来るや否やクラスメイトにして同じバンドのメンバーでもある城野から暖かくツッコまれた宇島は、ボールが持ちづらいと文句を言いつつも自分の記録のことはあんまり気に留めていないようだ。そういえば隣のクラスにいる鞍手が宇島のことを“良くも悪くもステータスが音楽に全振り”だと言ってたけど、今回の新体力テストで何となく俺は納得した。
「次、大神」
「はい」
そうこうしていたら、いよいよ俺の番がきた。
「貴臣。お前は勉強だけじゃねぇってところ、見せてやれよ」
「ごめん最初に言っとくけどそれは無理(だって俺中身がヒキニートだし・・・)」
後ろから聞こえてきた城野のややありがた迷惑な“発破”に背中を押されるように歩き出し、指定の位置へと歩く。
「城野がいつも悪いね」
「いえいえ、仲良くさせてもらってるので楽しいです」
「そうか。まぁ何かあったらいつでも相談に乗るから(ほんとに優等生だなこの子は・・・)」
城野から要らぬプレッシャーを掛けられたであろうと笹原先生から気遣われながら、俺はボールを受け取り指定の位置に立つ。こんなこと言ったら失礼だけど、宇島が暴投してくれたおかげで気分は結構ラクになった。
“大丈夫。普段から腕立て伏せはやっているから、恐れず思い切って行こう”
現役の高校生だったときの俺は、自分で言うのも難だけどバドミントンをやっていたおかげでクラスの中じゃ5本の指にギリ入るくらいには運動神経が良かった・・・・・・のはもう10年近く前の話だから、そんなものは何の意味もない。
“・・・俺は大人だ・・・君たち高校生とは潜ってきた修羅場の数が違う・・・”
けど、この前に城野たちとやったボウリングのように、俺は“決めるときはキッチリ決める”男だ。
「・・・ふっ!」
ピキーン_
「・・・あ」
高校生だったときのことを思い出して、全身全霊で力を込めるように思い切ってボールを投げた。その瞬間、右肩に“電流”のような衝撃が走った。
「記録・・・18メートル!」
距離を測る係のクラスメイトが飛距離を伝える。早い話が、肩を痛めた。
「大神、大丈夫か?」
「あぁ、はい。なんか投げたときにちょっと捻ったみたいですけど、大したことないです(ぶっちゃけまあまあ痛めたっぽいけど・・・)」
「もし痛むようなら二回目は棄権していいから。無理はするなよ(身体能力は低めか・・・宇島ほどじゃなさそうだが)」
「はい、スイマセン」
そして痛めた右肩をほぐしながらうずくまっていたら、笹原先生から心配された。ヒキニートのときもほぼ欠かさずストレッチはやっていたから不安があるとはいえ何だかんだでどうにかなると思っていたが、2年半の引き篭もり生活で俺の身体は想像していた以上に鈍ってしまったみたいだ。結局これだけ痛い思いをしたのに、結果は平均以下だけどかと言って極端に低いわけでもないという“一番つまらない”記録になった。
「貴臣、ドンマイ」
「もう最悪だよ絶対肩やったわこれ」
「マジかよ。だったら2回目に備えてよくストレッチしとかねぇとだな」
「うん、サンキュー」
痛めた右肩を労わりながら1組男子が列を崩して待機するところへ戻ると、ありがた迷惑なプレッシャーをかけてきた城野が右手でグッドサインを掲げながら労ってきた。とりあえず見た目に反してナイスガイな城野のアドバイスは虚しく、2回目の記録はもっと悲惨なことになりそうなのは確定だが。
「次、海崎」
そして俺と入れ替わるように、海崎さんが立ち上がってサークルへと向かう。
「新太ファイトー」
「うん、ありがとう城野くん」
俺が初日から目立ってしまったばかりに“じゃない方”としてクラスから覚えられてしまっている海崎さんは、城野からの応援に控えめながらも爽やかな顔で軽く振り向いて答える。にしても普段はまるでオッサンなのに、学校に行くとちゃんと“高校生”の振る舞いを徹底しているところを見ると、その度にこの人は本当に“プロ”なんだと痛感する。
“ただ問題は、海崎さんも俺と同じく中身は大人ってこと・・・果たして肩は持つか・・・”
「記録・・・25メートル!」
なんて心配は杞憂だったみたいで、海崎さんは普通にボールを投げてフツーな結果を残して普通に戻ってきた。別に仕事でこの学校に潜入している身分にとっては悪目立ちしない方が良いからこれで正解なんだろうけど、さっきのニヤリ顔のせいで何だか悔しい。
「意外とやるじゃん」
戻ってきた“海崎くん”に、俺は友達として声を掛ける。
「ま、平均は行けなかったけどね(1回目はどうにか耐えたけど2回目まで肩が持つか・・・)」
「(やっぱり“ハンデ”は俺ほどじゃないけどありそうだな・・・)」
俺から声を掛けられた海崎さんはそう言って余裕を見せるが、視線は一瞬だけ自分の右肩を気にしていた。どうやら俺ほどじゃないけれど、海崎さんも海崎さんで“無傷”では済まなかったらしい。ただ実年齢がアラサーの社会人がぶっつけ本番でこれだけ投げれているということは、きっと海崎さんの運動神経は元々結構良いほうだったんだろう。
「次、城野」
「おぉ、大本命来た」
「いやいやただの“帰宅部”に期待しすぎっしょお前ら」
こうして出番を終えて暇になった後の一番の“見せ場”になったのが、大本命と煽てられた城野の投球だった。
「オルァァッ!!」
発した声が周囲に反響してやまびこになって返って来るほどの雄たけびを上げて投げた城野のボールは、冗談抜きに人工芝の向こうにあるトラックに届くんじゃないかってほどの勢いで綺麗な放物線を描いて飛んで行き、もう記録を測る前から俺の周りはざわついていた。
「記録・・・・・・55メートル!」
その期待を裏切らない城野が叩き出した記録は、55メートル。高3の平均値が28メートルと考えるとほぼ倍の飛距離・・・第一印象の時点でスポーツは出来そうな予感はしてたけど、“それにしてもお前の身体能力は一体どうなっているんだよ?”と、ついツッコミたくなる。
「うぉぉ!?」
「やっぱエグいわ城野のやつ」
「そりゃ年中運動部から“助っ人”頼まれるのも無理ないぜ・・・端から全部断ってるけど」
案の定、記録が出た瞬間にざわめきは一層大きくなった。確かにこれは運動部の人から“助っ人”を頼まれるのも頷ける。
「城野、今からでも野球部来たらどうだ?きっと大歓迎だぜ」
「ワリぃな
「ったく、そういうと思ったよ」
本当はもっと遠くへ飛ばすつもりだったのか、“まあまあだな”と言いたげな表情を浮かべた城野が戻ってくると早速野球部の池尻が勧誘するが、当の本人はそれをあっさりと断る。話を振った池尻も軽く受け流した辺り、断られること前提のジョークで言ったんだろう。
「ナイスファイト、城くん」
「サンキュー貴臣。でもぶっちゃけちょっと力んじまったから、上手くいけばもっとスゲェやつを見せれたんだけどな」
「あれよりもっと飛ばせたんだ・・・」
「何なら手応え的にあと4,5メートルは行けたわ」
「マジで?」
「大マジ」
「おぉ・・・さすが“優秀生徒”」
戻ってきたところで俺も城野を労ったが、この優秀生徒ときたらまだまだ遠くへ飛ばすつもりだったという。運動神経が“超高校級”なのに加えて、勉強も常に学年で1,2位を争うほど頭が切れる・・・この瞬間、間違っても城野を敵に回してはいけないと俺は悟った。
「(・・・あ、ちょうど黒崎が走ってる)」
そうして1回目を終えて暇になった人と化した俺は、隊列を崩して屯している周りに合わせるように適当なところに立ち陸上トラックで50M走をやっている女子のグループのほうへと視線を移すと、ちょうど黒崎が走り始めるところだった。
「2コース、7秒42」
「結構速いな黒崎さん」
後半からスパートして1位に躍り出た黒崎がゴール地点を通り過ぎると同時に、50メートルのタイムを告げる声が微かに聞こえた。その見た目や普段の振る舞いからは想像できない足の速さに、つい独り言が口から出る。
「意外だろ?愛火のやつ、ああ見えて何気に運動神経良いんだぜ。ちなみに元陸上部な」
「・・・へぇ~(そういえば中学のときに陸上やってたって言ってたな)」
無意識に出た独り言に反応した城野が、俺の隣に来て独り言に補足をする。文化部なのに何でそんなに走れるのかと思ったけど、中学の途中まで陸上をやっていたと本人から聞いたことを俺は思い出した。黒崎が陸上をやっていたことを聞いたときは意外過ぎてちょっと信じられなかったけど、素人目でも分かる綺麗なフォームからして“経験者”だというのがよく分かった。
“『スポーツでも勉強でもどこにでもいるじゃん?“才能があって最初から飛び抜けてる”、みたいな人ってさ・・・』”
もちろんまだこれだけ走れるなら続けてみても良かったのになんて、大雑把だけど挫折した理由を打ち明けられている俺からはとても言えないし、バドミントンを志半ばでやめた俺がそんな綺麗事を言う権利もない。
「・・・城くんって何かスポーツやってた?」
ゴール地点でタイムを計る黒崎へ視線を向けながら、俺は城野に徐に聞いてみる。
「オレか?オレは中学までだけど野球やってた」
「そっか・・・どおりで運動神経も高いわけだ」
「まぁな。自慢じゃねぇけど小1から続けてた野球のおかげってとこよ」
やっぱり城野も何かしらのスポーツを経験していた。じゃなければこの“強肩”はどう説明するんだって話だ。改めて野球って聞くと、こいつの運動神経の高さも体格の良さも納得だ。
「ま、今じゃもう過去形の話だけどな」
だけど俺の隣で笑いながら自虐する横顔が物語るように、城野もまた中学を境に野球をやめている。
「あのさ・・・嫌だったら答えなくていいんだけど、ひとつ聞いていい?」
「おうよ。友達からの相談なら何でも聞いてやるぜ」
少しだけ葛藤しながらも、俺は上機嫌に笑みを浮かべる城野に“怒られる”覚悟で思い切って聞いてみることにした。
「高校に上がって野球続けようとは、思わなかったの?」
“『おい真太郎!大丈夫か!?』”
「・・・オレ、周りの奴よりパワーはあるけど“それだけ”だったからさ・・・ホラ、野球ってチームスポーツだから例えばどんだけホームランが打てるような奴でも守備がボロクソじゃ戦力になんねぇじゃん?ようはそんなとこよ・・・んでだんだん野球が嫌になってきたところでそこにいる海音からバンドに誘われて、そんで一気に音楽にのめり込んだ・・・・・・的な感じ」
野球をやめた理由を答えるムードメーカーのように余裕ぶって飄々と答える横顔が、少しだけ何かに耽っているように俺には見えた。
「・・・そっか」
初めて見るその表情で、俺は城野が野球をやめた理由が“これじゃない”ことを何となく頭の中で理解した。だけどそれを聞けるほどの図々しさは俺にはなくて、かと言ってごめんと謝ったらそれこそ城野に失礼だから、どっちつかずな相槌を打つことしか出来ない自分への不甲斐なさが募る。
「そんな“変なこと聞いてゴメン”みたいな顔すんなよw・・・別にオレは野球をやめたことは何にも気に留めてねぇし後悔もしてねぇ。だって、オレにとっては“今”が最っ高に楽しいからさ」
ネガティブになり始めた心の内を勘づかれたかは分からないけど、城野は痛めた俺の右肩を軽く叩きながら得意げになって答える。本当に城野ってやつはヤンキーな感じの見た目に反して勘がやたら鋭くて、それでいて誰よりも人の気持ちや変化を汲み取れる底抜けに優しいクラスメイトだ。
「貴臣もそうだろ?」
そんなクラスのムードメーカーの姿が・・・心を壊す前の俺と不意に少しだけ重なって見えた。
「・・・確かに。“今”をもっと楽しまないとな、俺も」
これ以上空気が変に重くならないように、俺はネガティブになっていた気持ちを切り替えて城野の言葉に頷く。
「でもって2回目は行けるか?なんか肩痛めてるっぽいけど」
「2回目?・・・・・・まぁ行けなくはないかな」
「じゃあ衛士は超えられるよな?」
「いや何でいきなり10メートルも飛距離が上がってんの?」
「だってお前、決めるときは決める男じゃん。こないだのストライクとか」
「あれは“マグレ”だって・・・(逆に何でストライク入ったんだろあのとき・・・)」
そして気持ちを切り替えた俺に合わせるかのように、城野は肩を痛めた俺にまたしても無茶ぶりをして少し重くなっていた空気をまた和ませていく。
「まだ痛むのタカ?」
「そこまで大したことないけど、ちょっとね」
「普通にボール投げただけで肩痛めるって、ひょっとしてタカって意外と運動音痴?」
「あの、そういう宇島くんは何メートルでしたっけ?」
「体育って生きてく上でそんなに重要なことかな?」
「露骨に話逸らしたよこの子」
そこに宇島が割って入り、新体力テストを“観戦”しながらいつものメンバーで会話は弾んでいく。
「つーか何だかんだ海音も気にしてんじゃねぇか3メートルのこと?」
「だって持ちづらいんだよ。あのボール」
「宇島くんの場合はそれ以前の問題かと・・・(カズと同レベルで運動出来ない人初めて見たわ)」
やっていたことをやめた城野や黒崎に限らず、ここにいるみんなは大なり小なりの“悩み”を抱えながらも、それでもこうして一度きりしかない青春を全力で楽しんでいる。
“『“3年”・・・・・・てことはわたしと一緒だ』”
あとはこの景色の中に・・・千鳥がいれば・・・・・・
「全員1回目を投げ終えたので今から2回目行きます」
気が付くとあっという間に順番は回り、城野から再びプレッシャー・・・もとい背中を押されるようにして挑んだ2回目のハンドボール投げは、痛みのせいで思うように力を入れられず16メートルというこれまた“つまらない”記録に終わった。
“ぺそっ”、という効果音にピンときた人は多分上級者です。