ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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ヒキニート、転ぶ

 「よーい・・・」

 

 ピッ_

 

 男子全員が注目する中、スタートラインの位置に立つ笹原先生の合図で、赤間、池尻の2人がトラックを走り出す。

 

 「・・・はっや」

 

 笹原先生がホイッスルを鳴らした瞬間、1コースと2コースの赤間・池尻が一気に飛び出すようにゴールへと走っていく。そのあまりの速さに、俺の後ろにいる誰かが唖然とした感じの独り言を溢す。

 

 “これ、2人とも6秒切るんじゃ・・・”

 

 背筋を伸ばした綺麗な姿勢で走る赤間と、対照的に力任せでパワフルな姿勢で走る池尻の背中がとんでもないスピードでゴールへと突き進んで行く。その見るからに6秒を切りそうな2人のペースに、俺を含めたみんなは珍しく沈黙してスタート地点から見守っている。

 

 「1コース、5秒91」

 「2コース、6秒00」

 

 そして2人は各々の走り方でゴールラインを通過する。タイムは1コースの赤間が5秒91、2コースの池尻が6秒ジャスト・・・

 

 “いや・・・速すぎるだろ”

 

 「6秒切ったよ赤間のやつ!?」

 「そりゃ陸部のエースだから負けらんねぇだろ」

 「いくらなんでも赤間が相手じゃ池尻も無理かー」

 「けどやけくそに走って6秒ジャストでゴールしてる池尻もヤバくね?」

 「てかどっちもバケモンだろこれ・・・」

 

 ハンドボール投げに続いて、体力お化け2人のおかげで50M走も初っ端からハードルが一気に上がってしまった。全く、何でよりにもよって出席番号の1番と2番が揃いも揃って身体能力が化け物じみているんだこのクラスは・・・と、俺もついつい言いたくなる。

 

 「やっぱこの2人に勝てんのは城野だけだよな?」

 「いやいやさすがに走りじゃ帰宅部のオレは到底敵わねぇって」

 「さっきハンドボール投げで55メートル2連続で飛ばした奴が何言ってんだよオイ」

 「あれは“マグレ”だよマグレ」

 「あんな“マグレ”があってたまるか

 

 この2人にこのクラスで唯一対抗・・・下手したら上回れる可能性があるのは、後ろのほうでクラスメイトたちにツッコまれながらハンドボール投げの大記録を“マグレ”だと笑って言い張る城野くらいだろう。

 

 「つーか次、海音と貴臣じゃん」

 

 なんて考えているうちに、早くも俺の出番になってしまった。

 

 “・・・そしてなんでこの後が“運動音痴”2人なんだ・・・”

 

 いまの心境を一言で表すとしたら、“帰りたい(※もちろん帰らない)”に尽きる。だって5秒91と6秒ジャストの後に50メートルを走るなんてシンプルに心理的に嫌だし、どんなに頑張っても宇島と一緒に仲良く“公開処刑”になるのは明らか。辛うじて6秒前半で走れていた高校時代ならまだしも、いまの俺の身体は2年半引き篭もって鈍り切ったヒキニート。すなわち同い年の社会人以下ってところだ。よくよく考えたら、肩を少し痛めたとはいえこんな身体でハンドボールを18メートルも飛ばせたのは・・・それこそ城野じゃないけど限りなく奇跡(マグレ)に近いものだろう。

 

 「(1、2、3、4・・・)」

 

 とりあえず宇島と共にスタートラインに立った俺は、スタート前に軽く足のストレッチを始める。

 

 「何やってんのタカ?」

 「ん?見ての通りストレッチだよ」

 「意味あるそれ?」

 「走る前にやると、身体が良い感じに温まって力を出しやすくなるらしいから」

 「へぇー、詳しいんだね」

 

 案の定、隣で走る気ゼロのように気怠く立つ宇島から軽く不審がられて、俺は“それっぽい”持論を返してストレッチを済ませる。もちろん身体が温まって良い感じになるのは決して嘘じゃないけれど、本当の理由はさっきのハンドボール投げの手応えからして、ストレッチしとかないと50メートルのタイム云々以前にアキレス腱を“やる”リスクすらあるからだ。しかもこの地面は土ではなく速く走れる代わりに足への負担が大きい“タータン”で出来ているから尚更だ・・・悔しいけど、どう足掻いてもこの身体の中身は“25歳”のままだからそこはどうにもならない。

 

 「おっ、貴臣めっちゃやる気じゃん」

 「大神頑張れー」

 「(ホントはストレッチしないとアキレス腱をやるかもだから仕方なくやってるなんて言えねぇ・・・)

 

 当たり前のことだけど、走る前に入念にストレッチをしていると“やる気がある”と勘違いされる。もちろん海崎さん以外は、俺が走る前にストレッチをする“本当の理由”なんて知る由もない。

 

 「頑張れ大神くん☆」

 「(アンタはなにちゃっかり空気読んで応援してんだオイ)

 

 その海崎さんときたら、仕事中の身分であるにも関わらず城野たちと“結託”して俺のことをさもクラスメイトのように応援し始めた。正確にはクラスメイトであることは間違いないけれど、やっぱりこの“ドSサポート課”は足がもつれて盛大にコケてしまえばいい。

 

 「2人とも準備が出来たら、位置について」

 

 笹原先生の指示で、ストレッチを終えた俺は宇島と共にスタートラインに立つ。とにかく青葉に通っていたときみたいに走るのは無理だから理想としてはどこも痛めることなくゴールすることで、怪我さえしなければタイムは割ともうどうでもいい・・・けど強いて言うなら、運動センスがカズとほぼ同じレベル説の宇島には勝ちたい。

 

 「・・・よーい」

 

 

 

 “・・・その気になれば案外50メートルだけならまだちゃんと走れるのかな・・・

 

 

 

 ピッ_

 

 “・・・ヤバッ、スタートミスった”

 

 スタートした瞬間、足が自分の思っている以上に力んでしまい2歩目でバランスを崩しかけたが、何とか耐えて体勢を立て直して、一直線に50メートル先のゴールに向かって走る。本当に効果があったかは微妙だけど、アキレス腱のことを考えてストレッチをしていなかったらコケていたかもしれない。

 

 “ほんと・・・こんなに全力で走るのはいつぶりだろう・・・”

 

 息を切らして、赤間と池尻がストップウォッチでタイムを計っているゴール地点に向かって、全力で走る。ほんの一瞬だけ隣のレーンを横目に見るが、同時にスタートしたはずの宇島の姿は視界には見えない。

 

 “なんだ、意外に走れてんじゃん。俺”

 

 遠くにあったはずのゴールが、気が付けば目の前に迫る。ゴール目前で明らかに俺のほうが先に進んでいるみたいだけれど、正直いまの心境的にはそんなの半分くらいどうでもよくなってる。もちろんつい最近まで引き篭もっていたこんな俺が思った以上に走れていることも嬉しいけど、それ以上に家族の為にアルバイトに明け暮れていた大学生のときも、遮二無二なって働いていた社会人のときも、こんなに無心になって全身に力を込めて走ることはなかったから・・・上手くは言えないけれど、こういう何気ない一瞬が本当に楽しいって・・・そう思える。

 

 “そっか、走るってこんな”

 

 「!?

 

 と、つい気を抜いたのと同時に、不意に地面を踏み込んだ右足がもつれて、立て直そうと左足に力を入れようとしたら、俺の体幹が両足について来れなくなった。

 

 「(あ、“やった”わ。これ)

 

 ズザァァ_

 

 “やったわこれ”と全てを悟ったときにはもう遅く、“諦めの境地”になった俺はスライディングするように派手にすっ転びながらゴールした。

 

 「(・・・痛ってぇ・・・)」

 

 ほぼうつ伏せの状態からゆっくりと起き上がると、右膝が火傷したかのように痛み出す。咄嗟に両手を地面につけて受け身を取ったものの、どうやらコンマ1秒ほど間に合わずに俺の身体は土のグラウンドよりも固いタータンの地面に掠るように叩きつけられたみたいだ。小6のときに運動会のリレーの練習で派手に転んだとき以来に味わう“この感覚”から察するに・・・これはマジで“やった”。

 

 「貴臣!大丈夫か!?」

 「痛いけど大丈夫!捻挫したとかそういうのじゃないから!!」

 

 スタート地点のほうから城野の呼ぶ声が聞こえて、声のするほうへ同じくらいの声量で返す。そのすぐ横あたりの視界から、笹原先生が走りながらこっちへと向かってくる。

 

 「捻挫してないからって大丈夫なわけねぇだろその怪我じゃ?」

 

 きっと城野のことだから分かっているだろうけど、空気が重くならないように強がって見せたら宇島のタイムを計っていた赤間からもっともなことをボソッと言われて、痛む身体をよく見てみる。咄嗟に地面につけただけの掌の傷はともかく、右膝は軽めの“モザイク”をかけないと耐性がない人はそれなりのダメージを食らいそうなくらいガッツリ擦りむいてしまったみたいだ。

 

 「傷口見てたらなんか気持ち悪くなってきた」

 

 心の中で言った傍から、いつの間にかゴールしていた宇島が“グロい”ことになっている俺の右膝を見て顔を青くしてドン引く。宇島のこういう一面を見るのは初めてだけど、運動が極端に苦手なところを知った後だと何となく納得した。

 

 「駄目なら最初から見なきゃいい話だろが」

 「てゆーかおれのタイム何秒?」

 「あ?お前のタイムは9秒38だ・・・てかこのタイミングで聞かれてもそれどころじゃねぇから困るっつんだよ」

 「だって気になるから仕方ないじゃん。君もそう思わない?」

 

 かと心の中で思っていたら、宇島は赤間からの正論に対して無自覚のマイペースで反撃をする。そういえばさっき宇島がサラッと赤間とは今まで話したことがないって言っていたから、この2人が学校で話すのはこれが初めてになる。とりあえず宇島は何とも思ってなさそうだけど、赤間にとっての第一印象はきっと“良いもの”じゃないのは容易く想像できる。

 

 「・・・まぁ、1%(パー)ぐらいは分からなくもねぇけど」

 

 そんな赤間は宇島の言ったことが僅かに共感できたのかもしくはマイペースに翻弄されて折れたのか、割と早くに“降参”した。とりあえず、赤間と宇島(このふたり)の相性は非常に悪そうだというのは分かった。

 

 「擦りむいたところ以外で痛いところはあるか?」

 「いえ、特には」

 

 スタート地点にいた笹原先生が、駆けつけるや否や怪我した箇所を見て真剣な表情で俺に聞く。

 

 「立てそうか?」

 「・・・っつっ!・・・・・・はい、大丈夫です」

 「(明らかに痛がってはいるけどな・・・)」

 

 とりあえず骨もアキレス腱もふくらはぎも全く問題がない俺は、擦りむいた膝の痛みに耐えながらどうにかして立ち上がる。こういう怪我は、一度立ってしまえば普通に歩けるから捻挫なんかよりは100倍マシだ。

 

 「大神、タイム計測は他の人に代わりにやってもらうから今すぐ保健室に行くように」

 「はい、分かりました」

 

 とはいえ完全に皮膚を“やって”しまっている俺は、どっちにしろ“ドクターストップ”だ。

 

 「俺、念のため大神(コイツ)を連れて行きます。一応“保健委員”入ってるんで」

 「そうか・・・確かに万が一のことがあるかもしれないし、赤間が構わないのなら頼んだよ」

 「・・・はい」

 

 そして“保健委員”として部活動の顧問でもある笹原先生に名乗り出た赤間に同行する形で、俺は体育の授業を早退して保健室へ向かった。

 

 「そうだ。俺のタイムってどれくらいだった池尻くん?」

 「えっと7秒94」

 「ごめんありがと(またしても微妙だ・・・)」

 「大神(コイツ)もこの状況で自分のタイム聞けんのかよ?)

 

 ついでに保健室に行く前に池尻からタイムも聞いておいたが、結果はハンドボール投げとさも似たような感じだった。

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず膝のほうは“パワーパット”を貼って様子見ってところね。もし傷口が化膿とかしたらちゃんと病院に行って診てもらうように」

 「スイマセン、ありがとうございます」

 「あとこれ、8枚入りのもの渡しておくから3日おきぐらいのペースで使って」

 「えっ、ホントに貰って良いんですか?」

 「こんな怪我が2,3日で治るわけないでしょ。それともお金払って自分で買う?」

 「いえ、有難く頂きます」

 「とにかく傷が塞がり始めるまでは絶対無理な運動はしないこと。わかった?」

 「はい。というか、無理する気は全くないです・・・」

 

 

 

 ガラガラ_

 

 「派手にやった割には大したことなくて良かったな?大神」

 

 保健医の古賀(こが)先生に手当てをしてもらいついでで受け取った8枚入りのパワーパットの箱を片手に保健室を出ると、同行してくれた赤間が仏頂面のまま俺に話しかける。

 

 「そうだね。ぶっちゃけもしかしたら縫う羽目になるかもって若干“覚悟”はしてたけど」

 

 ちなみに怪我のほうは少し深めのかすり傷で、俺が子どもの頃にはまだなかった“瘡蓋にならないタイプ”の絆創膏を貼って様子を見ることになった。これで最低でも1,2週間は日常生活がほんのちょっとだけ不便になるところも出てくるかもしれないが、ひとまず派手さの割に“軽傷”で済んだみたいで一安心だ。

 

 「縫うレベルだったらとっくに俺が“下手に動くな”っつってお前を止めてるわ」

 「確かに、それぐらいの怪我だったら俺だってあそこまで冷静じゃいられないと思うし」

 

 保健室から出てきた怪我人のやや大袈裟な冗談(ジョーク)を一匹狼は真に受けて、ぶっきらぼうな優しさで俺を諭す。

 

 「でもありがとう。“心配”してくれて」

 「・・・ケガしてる奴がいたら手を貸すのは当然のことだろ・・・テストんときにお前が俺にペンと消しゴム貸してくれたようにさ・・・」

 

 それにしても赤間という子はぶっきらぼうな態度のせいで周りからは良くも悪くも“一匹狼”と言われているけれど、実は感情表現が苦手なだけで怪我をした人が近くにいたら本気で心配して、迷わず手を差し伸べられるような“当たり前の優しさ”を行動に出来る本当に良いやつだ。

 

 「まだ覚えてくれてたんだ。テストのこと」

 「忘れるわけねぇよ・・・あのときお前が手を貸してくれたおかげで俺は助かったからな」

 

 これが俗にいう“母性本能をくすぐられる”・・・というやつなのかはよく分からないけど、そんな不器用で正直な赤間といると中身が年上な俺は“手のかかる弟”を相手にしているみたいでついほっとけないような気持ちになる。

 

 「そっか・・・俺にとってはほんとに普通のことをしただけだけど、赤間くんからそう言って貰えると嬉しいよ」

 

 もちろんほっとけないというのは、“良い意味”で友達としてだ。

 

 「ていうか赤間くんって保健委員だったんだ」

 「・・・意外か?」

 「まぁ、ほんのちょっとだけ。悪い意味じゃないんだけどさ」

 

 こうして保健室で手当てを受けた俺は、赤間と一緒に廊下を歩きながら一足早く3年1組の教室へと向かう。

 

 「お前が悪い意味で言ってるわけじゃねぇのは説明されなくても分かる・・・俺は好きでやってるってより、内申点のためにやってるってだけだから」

 「そっか」

 「俺はお前や城野みてぇに勉強が出来るわけじゃねぇしな。そもそも桜咲(ここ)もスポーツ推薦で入ってる」

 

 ちなみにこの学校では任意ではあるが生徒会、もしくは委員会に所属することができ、委員会の活動で内申点を稼ぐことで進学を優位にする生徒も少なくない。正直“この雰囲気”で保健委員なのは少しだけ意外だったけど、赤間が保健委員をやっているのもきっとそんなところだ。

 

 「スポーツ推薦かー。そりゃ足もあんなに速いわけだし陸上部のエースになれるわけだわ(俺も高校のときは6秒半ばなら余裕で行けてたんだけどな・・・)」

 「別に俺は自分が速いなんて思ったことは一度もねぇよ・・・短距離の世界じゃ、俺より足が速い奴なんて日本だけでも“ゴマン”といるからな」

 

 スポーツ推薦で入ったという赤間は、俺の言葉にはちっとも満足なんかしない。しかしこうして人と話していると、相手のまだ知らないような一面が次々と出てくるからそれだけで楽しく感じる。こんなこと、つい1ヶ月前の俺からは全く想像がつかないほどの心境の変化だ。

 

 「マジか・・・ヤバいな陸上競技」

 

 こうしてクラスメイトと何気なく会話をしている日常が、どれだけ幸せなことなのか。俺が赤間たちと同い年だったときには全く気付くことが出来なかった。あの頃の俺は、家族の心配をし過ぎるあまりに自分のことしか見えていなくて、それで無自覚に周りから距離を置かれ始めた現実を、家族の存在を盾にして逃げていた。

 

 「けど、強豪って言われてる部活でエースをやれてる赤間くんは、本当に凄いと思うよ・・・・・・俺はそういう経験がないから何とも言えないけど、そもそも同じ部活動のライバルの中で1番になること自体が、きっと難しいことだから

 

 

 

 だから、俺はこの学校にちゃんと学生として通っている3年1組のみんなには、これでもかってくらいに自分のことを大切にして、一度しかない青春という時間を楽しんでほしいと思う。

 

 

 

 「・・・そうかもな

 

 何か思うものがあったのか、俺からの言葉に赤間は少しだけ俯き気味に明後日の方角を睨むように呟いた。

 

 「・・・ごめん。いろいろ勝手なこと言った」

 「いやいい・・・大神の言ってることは、だいたい合ってるから」

 

 

 

 “『ほんと、衛士って良くも悪くもどうしようもない“陸上バカ”だからさ・・・・・・でも、どんなにライバルが自分と勝負にならないくらい強くて才能が溢れていても、言い訳のひとつもしないでライバルに本気で勝とうってずっと努力し続けるところは心から尊敬してるし、そんな衛士をずっと見てきたから・・・あたしも自分の好きなことを頑張れてる』”

 

 

 

 「・・・“負けられないライバル”とか、いるの?

 

 ふと登校初日の帰り道に黒崎から言われたことを思い出した俺は、一匹狼が俯き気味に呟いた一言を問う。

 

 

 

 

 

 

 “『衛士・・・・・・出来ればお前とは高校も同じ“とこ”で、仲間のままで戦いたかったよ』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・あぁ・・・中学んときから一度も勝てたことのねぇのが、“1人”な

 

 階段を上がる手前で、赤間はライバルの存在を俺に打ち明けた。それと同時に、5限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 

 “・・・だからそんなに頑張れるのか、この子は・・・

 

 「じゃあ・・・今年こそは勝たないとな。その“ライバル”に

 

 まだ一度も勝てたことがないというライバルに勝つために努力し続けているという赤間に、俺は“友達”の1人としてお節介にならない程度のエールを送る。

 

 「・・・ふっ」

 

 すると俺からのエールに、一瞬だけだけど赤間は初めて笑った。そんな初めて見た一匹狼の笑みは、普段の不機嫌そうな仏頂面とは裏腹にとても優し気に見えた。

 

 「当たり前だろ。そのために俺はずっと陸上やってんだから

 

 だがこの一匹狼は息を吸うと同時にすぐさまいつもの“クール”さと感情の起伏が少ないローテンションを装って前を向いたまま自分なりの決意を言って、階段を上がり始める。けれども何気なく言ったつもりのその言葉には、静かながらも“誰よりも速くありたい”というストイックで確かな“情熱”が乗っていたように俺には感じた。

 

 「赤間くんって、本当に陸上が好きなんだね?

 

 擦りむき痛めた膝を気にしながら、俺は3歩ほど先を歩く背中にもう一度問いかける。もしもバドミントンをしていたときの俺が赤間ぐらいのストイックさを持って部活や大会に力を入れていたら・・・

 

 

 

 “『おかあさん・・・・・・本当に帰ってこないの?』

 

 

 

 と、ほんの一瞬考えてすぐやめた。そうやって他人(ひと)と自分を比べたところで、ロクな思いをしないのは分かり切っていることだから。

 

 「・・・・・・あぁ、嫌いじゃねぇ

 

 そんな一瞬のフラッシュバックが俺の中で起こったことなど知らない赤間は、3段先を歩きながら背を向けて“満更でもない”気持ちを後ろの俺に打ち明ける。

 

 「そっか

 

 “嫌いじゃない”と正直に言った赤間を見て、俺は自分のことのように安堵した。自分の過去と比べるわけじゃないけれど、この子はかつての“”とは違ってちょっとやそっとじゃ崩れない“情熱”を持っているから、自分のやりたいことをここまで頑張れている・・・だからきっと大丈夫だと、決めつけるには勝手すぎるけどそう思った。

 

 

 

 来年の今ごろにはみんなの記憶から“消えている”俺が3年1組の1人として出来ることは・・・青春という時間の中で少しでもクラスのみんなが自分のために頑張れている瞬間が奪われないように振る舞うことだ・・・

 

 

 

 「おっ、“サボり組”じゃん」

 

 下のほうからクラスのムードメーカーの声が聞こえて振り返ると、そこには新体力テストを終えて戻ってきた城野と宇島がいつの間にか追いついていた。

 

 「サボってはないけどね・・・」

 「つーか怪我どうだった貴臣?大丈夫なん?」

 「うん大丈夫。この通りどうにかかすり傷で済んだ」

 「かすり傷にしちゃ派手にやったな」

 「まー、あれだけ盛大にコケたからね」

 「ねぇタカ、おれにも怪我見せてくれない?」

 「えっ、宇島くんって血とか見るのは無理なんじゃ」

 「傷絆越しなら大丈夫だよ・・・・・・待って想像したらまた気持ち悪くなってきた」

 「結局ダメなんかい

 

 とまぁ、今日みたいな怪我とかの多少のアクシデントこそあれど、たまに襲ってくるフラッシュバックからも割とすぐに抜け出せるくらいには心も回復してきているし、俺のリライフは何だかんだ言って今日までは本当に順調だ。

 

 「アレ?衛士もいたよな?」

 「えっ?ほんとだいつの間に」

 「ったくせっかく50メートルで1番になれたのを祝ってやろうって思ったのにあの一匹狼マジで」

 「赤間くんが1位ってことは城くんも勝てなかったんだ?」

 「6秒08。オレって残念ながら足だけは“フツー”なんだわ」

 「いやこれで“フツー”って言われたら俺と宇島くんの立場が・・・」

 「ハハハッ、それなー」

 

 ただひとつ心に残ることがあるとするなら、未だに千鳥のことをみんなから直接聞けていないことだ。聞けるチャンスはこれまでになかったことはなかったけれど、他愛もない話題で毎日のように盛り上がる普通の日々を本当に楽しそうに笑いながら過ごしているみんなを見ていたら、本当は存在してはいけない俺が“そのこと”に触れた瞬間にそんな日常が崩れてしまうかもしれないという恐怖が心の奥にあって、今日までずっと踏み込めずにいる。

 

 「ん?どうした貴臣ボーッとして?ひょっとして膝が痛むか?」

 「えっ?いいや、何でもない」

 

 

 

 こうやって“何も起きない日”が続いていくこともそれはそれで“いいこと”なのかもしれないけれど・・・・・・“このまま”のほうがいいとは、俺はどうしても思えない。




【人物紹介】

・笹原昭仁(ささばるあきひと)
 10月20日生まれ A型 29歳(第30話時点)
 身長169cm 髪色:茶色がかった黒 一人称:僕
 イメージCV:野島健児
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