「千鳥さんはよく
「はい。毎日というわけではないですけど、学校終わりによくここに寄って課題をまとめたりしてます」
「あ~俺も昔はテスト勉強やるときとかはこうやって学校の図書室とか図書館でやってたわ。家でやるとゲームとか漫画とか何かと誘惑になるようなものが多いし」
「確かに話してみると大神さんって家だとすぐゲームとかやってサボりそうな雰囲気がありますね?」
「あははっ、それ前の学校にいた友達からも言われたことある(ホントは勉強どころか人生サボってたけど・・・)」
仲が良いという黒崎を通じて今日の通学中に再びバッタリと会った千鳥と図書館で三度会うことになった俺は、受付を済ませて図書館の中に入って千鳥と一緒に迷惑にならない程度の声量で会話を交わしながら、お互いに学校の課題を淡々とこなしていた。ちなみに受付では職員の人に学生証を見せたが、特に何も言われることなく当たり前のように中に入れた。まぁ、それで止められるようなことがあったらやや離れたところで課題をやるフリをしながら観察している海崎さんもとっくにアウトだろうけど。
「あと、いま“昔”って言いませんでした?」
「えっ、俺そんなこと言った?(あ・・・言ったわ)」
その油断のせいか、俺は千鳥にとんでもない“失言”をしてしまったことに気付く。気付いたところで、もうどうにもならないくらい遅いが。
「はい、普通に言ってましたよ」
さてどうする俺・・・次の返答次第じゃ、俺が実は“大人”だってことがバレてリライフは即終了・・・“前の学校”じゃ最近過ぎるから昔だと違和感があるし・・・・・・どうする、俺?
「あ~はいはい、中学のときの話ね」
超高速で頭の中で咄嗟の嘘を巡らせてみたら、その場しのぎ程度にはなるであろう絶妙な“嘘”が浮かんできたので実践してみる。(※←実時間、0.2秒)
「中学・・・それって昔なんですか?」
「(やっぱりしぶとそうだなこの子・・・)昔っちゃ昔じゃない?だって俺も千鳥さんももう高3だし」
「・・・まぁ、昔の基準は人それぞれなので別にいいですけど」
「そっか・・・分かってくれたみたいで良かった(納得いってなさそうな感じだけど・・・)」
そしたら千鳥が腑に落ちないと言いたげな表情を浮かべながらも思いの外すぐに納得してくれたおかげで、突然訪れたリライフ終了の危機はどうにか脱した・・・
「逆に高校に上がったらしなくなったんですね?」
「なるほどそう来たか・・・」
というのは思い込みで、まだまだ続いているみたいだ。そしてついでで次の言葉を考えている頭の片隅でチラつく海崎さんのニヤケ顔が、若干うざったい。
「まあ簡単に言うとしなくなったっていうか、受験勉強を家でやってるうちにそういう誘惑に惑わされないコツを掴んだからわざわざ図書館とかに行く必要もなくなった・・・みたいな」
「わざわざ・・・それだと図書館で勉強してる人が“わざわざ”図書館に行って勉強してるって言い方になると思いますが?」
「あぁごめん。そんなつもりで言ったワケじゃないんだけどね・・・あくまで俺がそう思ったってだけの話だから」
脳裏に浮かんだ海崎さんを無理やり排除して、どうにか俺は再び咄嗟の嘘で繋げる。とは言ってみるものの、2度目は今までついてきた何度かの嘘の中でも一番あからさまで強引なものになってしまって、俺はまた言葉を間違えた。
「個人の見解、みたいなものですか?」
「うん。そんな感じ(ホントはどっちかというと家でやる派だけど・・・)」
ある授業で中学の時の担任だった英語の先生が“地球上で最も難しい言語は日本語だ”と力説していたように、改めて日本語でコミュニケーションをとることは日本人としてずっと日本で生きてきた俺からしても難しいって、こんなふうに意見がすれ違うたびに思う。
「なるほど・・・なら謝ったほうがいいのはわたしのほうですね・・・」
“『付き合い悪いくせに営業成績トップとかマジ羨ましいよなあの2年目のイケメン』”
ついでに同僚だった誰かが言っていた“あの言葉”が称賛の裏返しだったら・・・・・・なんて、あり得ない話だけど。
「・・・大神さん?」
「?」
前触れもなく“トラウマ”が頭をよぎりネガティブに片足を突っ込んでいた意識に、ノートと教科書を広げ右隣に座る千鳥の声が届く。だからといって一応平然は装えるようになれたし、海崎さんと出会ってリライフを始めてからは辛い記憶を思い出す回数も徐々に減り始めてきた。
「どうかしました?急にボーっとして」
「ごめん。考え事してた」
それでもこんなふうにちょっとしたことで“フラッシュバック”を起こしてしまうあたり、俺の心にできた傷口が完全に塞がるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「考え事って何ですか?」
「えっ・・・いやなんか、図書館来たのって久々だなー、って思ったからさ」
「・・・そうですか」
「・・・・・・」
「・・・・・・ふっ」
そんな感じで俺が人知れずトラウマを思い出していたことなんてつゆ知らずの千鳥は、少しの沈黙を挟んで傍から見ればボーっとしていた俺を見て堪えきれなかった様子でクスっと笑いかける。
「人と話をしていて唐突にうわの空になって考え事をしたり、ほぼ初対面の人ともずっと前から知り合いだったような距離感で話してきたり・・・やっぱり大神さんは“天才”だからちょっと変わってるところがありますね?」
「天才・・・俺ってそんなふうに見えるかな?」
「だってこの前のテスト、3教科だけとはいえ全教科満点だったじゃないですか?」
「それ千鳥さんも知ってたの?」
「はい。愛火ちゃんから聞きました」
「あーなるほどそういう・・・(確かに言ってそうだけど)」
クスっと控えめに笑いながら表情を横目で見て、千鳥は俺がこの間の小テストで全教科満点を取った話を持ち掛ける。こうやって普通に無理なんてせずに笑えているところを見ると、来週になったら何食わぬ顔で1組の教室に入ってきそうなくらい元気に思える。
「でもビックリしたよ。千鳥さんが黒崎さんと友達だったなんて」
だけど一度傷を負ってしまった心というものは、擦り傷だとか軽い火傷みたいに時間が経って新しい皮膚が出来れば治るようなものじゃなくて、負わされた傷は大なり小なり回復はすれど一生かけて残り続けるものだと、俺は思っている。
「・・・本人から聞いてるかもしれませんけど、愛火ちゃんとは今でも仲はいいので・・・」
ゆっくりと会話の距離感をつめて黒崎と仲がいいことを話題にすると、表情を和らげていた千鳥はムスっとした表情と口調で呟いてしばらく止まっていた手を動かして終わらそうとしていた数学の課題の残りを書き始める。それが地雷を踏んだとかではなくて、ただの照れ隠しのようなものなのは否定をしないこの子の様子で分かった。
「・・・そっか」
少なくとも千鳥は、今の俺と同じように傷を抱えながら何とか頑張って“普通の日々”を送ろうとしている。
それが分かってしまうから、俺は“友達”になるための一歩をなかなか踏み出せない。
「・・・あの」
「?なに千鳥さん?」
会話が途切れてお互いに課題を片付けたまま何分かの沈黙が続いたところで、隣に座る千鳥が自分のノートをさり気なく見せびらかすようにして俺に話しかける。
「もし大神さんがよろしかったら、答え合わせをしてくれませんか?」
どうやら数学の課題がひと段落したから、俺にその答え合わせをして欲しいみたいだ。
「うん。いいよ」
もちろん断る理由なんてない俺は、それに応じて千鳥さんが書き終えた“数学Ⅲ”の課題を採点する。
「(うわっ、“微分・積分”とかマジで懐かしい・・・)」
ちなみに学校のレベルにもよるが、はっきり言って高校でやる数学のレベルは高く、中学卒業レベルで脱落してしまう人が多いのが現実らしく、俺が通っていた青葉でも数学を捨てて文系科目に全振りしている人もそれなりにいたりと例外なんかじゃなかった。
“『おめでとう大神君。また100点だ』”
もちろん現役の高校生だった俺にとっては高3で習う数学Ⅲも“そこそこ”程度の難易度だったから、ちょっと勉強すれば普通にどうにかなっていたけれど。
「・・・すごいよ千鳥さん。全部合ってる」
なんて数学Ⅲをリアルで習っていたころを思い出しながら答え合わせをしてみると、基本問題とはいえ千鳥の書いた答えは全て合っていた。
「・・・今回のはあくまでまだ復習も兼ねた基本問題ですので、全部合ってたからって褒められるほどじゃないです」
「ううん、普通にすごいよ。進学校の数学Ⅲの問題なんて基本問題でも7割合ってればすげぇって周りから言われるレベルだから」
「だとしたら全教科満点を取っている大神さんは“神”ってことですか?」
「いやいや全然そんなことないって・・・だって本当にあれは“たまたま”だし(手応えはあったけど・・・)」
「たまたまで国数英で100点取れる・・・やっぱり神ですね」
「だから神て」
「じゃなければ不正でもしましたか?」
「不正してたらとっくにバレてると思うけどね・・・(ていうか返しがちょいちょい面白くてカワイイんですけどこの子・・・)」
純粋に褒め称える俺に、全問正解した千鳥は平然を装うも満更ではない感じで言い返してくる。その返し方がまた独特で面白くて可愛くて、堪らず吹き出しそうになる。
「・・・確かに俺は人よりほんの少しだけ勉強が得意だって自負してるけど、俺も千鳥さんみたいにちゃんと教科書とかノートを開いてちゃんと勉強したよ」
「勉強が出来ることはちゃんと自覚してたんですね?」
「あの、そこはもう掘り下げなくて大丈夫なんで(うん、変なところで押し強いのもまたカワイイわこの子w)」
まだ復習も兼ねた基礎的な範囲とはいえ、数学Ⅲのレベルになると基礎ですらマグレで全部当たるなんてことはまず不可能なレベルだから、間違いなくこの子はカズと同じくらい勉強が出来ると見た。まぁ、本音を言うと本屋で学生証を拾ってもらったときから何となくこの子は頭が良さそうな気はしていたけど。
「・・・さすがにいきなり全部で満点取れたのは内心ビビったけど、自分の成績が決まるってときに俺だけ手を抜くのは失礼だからさ・・・だから本当のことを言うと一応俺なりに本気で対策してやってみた・・・」
という考察は二の次で、こうやって隣に座って話しているうちに間に挟まるように隔てられていた“見えない壁”が壊れていくのを、俺は千鳥と話しているうちに感じ始めた。
“『大神君。本当に君はこの学校の”誇り“だよ』”
「その結果があの“満点”だから・・・俺は千鳥さんにとっての天才でも神様でもなくて、どこにでもいるただの“クラスメイト”だよ・・・」
この言葉が出たのは、はっきり言ってほとんど無意識だった。笹原先生やクラスメイトの黒崎から話を聞いているとはいえ、あくまで俺はつい2週間ほど前に
「“クラスメイト”・・・ですか・・・」
「あぁでも、ついこないだ転校してきたばかりの奴に言われてもって話だよね・・・はははっ・・・」
それでも俺が無意識に迷いを断ち切って“
「・・・そんなことないですよ」
心に決めた俺に、千鳥は視線をテーブルに置いている教科書のあたりに向けながら少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。やっぱり、俺のことをクラスメイトの1人として受け入れるには、まだ時間が掛かりそうか・・・
「・・・もしわたしが大神さんをそんなふうに思っているなら・・・・・・連絡先を知っている愛火ちゃんの力を借りてまで、こんなことはしないので・・・」
と、自分勝手に後ろめたい気持ちになりかけていた俺に、千鳥は顔と視線を向ける。明らかに緊張し始めたのが、こっちにも伝わる。
「大神さん・・・あの・・・もしよかったら、連絡先交換しませんか?」
そして緊張で舞い上がろうとする心を落ち着かせるように、千鳥は呼吸を整えながら伝えたい言葉を紡いでいく。俺の目を真っ直ぐに見て離さない緑がかった瞳と制服のスカートをギュッと掴む両の掌が、この子の心境を言葉と一緒にそのまま俺に伝えてくる。
「・・・大神さんのことはまだ会ったばかりでよく分からないんですけど・・・それでもわたし大神さんと・・・・・・いや、“大神くん”と友達になりたいので・・・」
この言葉を俺に伝えるのに、どれだけの勇気を振り絞っているのか・・・簡単には言い表せないし比較をするのはナンセンスだけど、それが俺にとってのリライフを始めるときの“決意”に等しいくらいの
「・・・やっぱりいきなりこんなこと言われたって困りますよね?」
「困らないよ」
自分の殻を破ることがどれだけ痛くて苦しいことか、そして殻を破った先にある友達の優しさがどれだけ暖かいことか・・・少なくとも俺はそこら辺の男子高校生よりは知っている。
「俺も千鳥さんと友達になりたくて、今日ここに来たから・・・」
この選択が果たして正しい方向へ進むかどうか保証なんて出来ないけど・・・・・・これが今の俺のやるべきリライフ、だと思った。
ポン_
「・・・よく言えました。千鳥さん」
精一杯以上の勇気を振り絞って友達になりたいと打ち明けた千鳥に、俺は勇気を称えるのと一緒に頭を優しく撫でてみる。
パン_
「そういうのは要らないです。子ども扱いされてるみたいで嫌なので」
「あぁごめん、次から気を付ける(実際俺からすれば“子ども”なんだけどね?)」
「それと大神くんは女子に対して馴れ馴れしいところがありそうなので、気を付けたほうがいいかと」
「ほんとごめんて(そんなつもりは全くないんだけどなぁ・・・)」
当然と言えば当然だが、頭を撫でられた千鳥は俺の手を払いのけて露骨に不機嫌な態度をとる。言うまでもなくこれはこの子の健気さについ“魔が差して”しまった俺のせいだ。誤解のないように言っておくと俺は千鳥に対して邪な気持ちは一切なくて、自分の弟や妹が可愛いく思えてくるのと同じような意味でこの子が可愛く思えたから、つい頭を撫でてやりたくなってしまっただけのこと。反省という意味とは少し違うけれど、自分でも“普通に友達作って何やってんだろうな”とは思う。あくまでここにいる俺は、一年後にはみんなから忘れ去られてしまうのに・・・
「まぁ・・・“友達”になったので、これからはわたしが許せる範囲でそういうノリも大目に見てあげますけど・・・」
それでも、リライフで大事なのはそこなんかじゃないってことは、自分でもだんだんとわかり始めてきた。
「というわけで、改めて今日からよろしくお願いします・・・・・・大神貴臣くん」
椅子から立ち上がって見下ろすようにお辞儀をしてきた千鳥に、俺も痛む膝を庇いながら立ち上がって、お辞儀で返す。傍から見たら友達というよりはこれから名刺交換が始まりそうな感じかもしれないけど、周りからどう見られてるかなんて友達同士だったらもう気になんてしない。
“『その元来の“優しさ”を是非、これからもリライフで“思う存分”に発揮してみればどうですか?』”
「うん。俺のほうこそ今日からよろしくね・・・千鳥奈桜さん」
たとえ来年の春にはここにいる彼女を含めて、クラスのみんなの記憶から跡形もなく消えていくとしても・・・俺は今日から千鳥と“友達”として接していくことを、心に決めた。
「ところで立ち上がるときに膝を痛めてるように見えましたが、何かあったんですか?」
「あーバレた?実は今日やった体力テストで転んじゃってさ」
「大丈夫なんですか?」
「ちょっと擦りむいた程度だから全然大丈夫(ホントはまあまあ膝は痛いけど・・・)」
「大神くんが大丈夫ならいいんですけど・・・よりによってこんな大変なタイミングに呼んでしまってすみません」
「いやいやホントに全然大丈夫だから気にしないで」
4月18日
今日は新体力テストが行われた。
見た目は若返っているが中身は
25歳の大人のままだということは伝えていたが、
頭では分かっていたが難しかったのか
両膝に結構な怪我を負ってクラスの子たち
から心配半分で揶揄われていた。
(怪我について当の本人は全然大丈夫と言い張っている模様)
また別室登校という形で学校に通っている千鳥奈桜と
登校中の電車で偶然ながらも再び会ったことを
きっかけに同じクラスの黒崎愛火を介す形で
学校近くの図書館で再度会って話すことになったが、
こちらの心配をよそに一緒に学校の課題をこなすのを通じて
お互いに打ち解け合い、晴れて友達の関係になった。
大神貴臣のクラスへの溶け込み度が上々なことに加え、
彼の存在が千鳥奈桜とその周囲に降りかかっている
問題を解決する大きなきっかけになるかもしれない。
そう期待させてくれる一日だった。
リライフ研究所・関東支部_
「失礼します」
貴臣の観察を終えて研究所に戻り、自分のデスクでまとめた報告書を上層部に提出した新太は、そのままデスクへは戻らずに“情報課”が働いている
「今日も観察お疲れ様です。海崎さん」
「夜明さんのほうこそお疲れ様」
小会議室の扉を開けた報告書の提出帰りの新太を、既に資料を開き椅子に座っている了は優しく労う。
「すいません“
「そんなとんでもないです。むしろサポート課の仕事は私のいる情報課より遥かに大変なことは承知していますし、何より海崎さんにはこちらの夜明さんも含め本当に日々感謝していますので」
了と軽くサポート課としての仕事終わりを兼ねた挨拶を交わした新太は、オフィステーブルを挟んだ反対側に座るリライフ研究所・情報課の女性社員に詫びを入れて、それを聞いた情報課の女性社員は謙遜しながらサポート課としてハードな勤務をこなす2人へ感謝を伝える。
「ではこれで全員揃いましたので、さっそく始めますか」
そして会議前のやり取りもそこそこに、新太が空いている隣の椅子に座ったことを横目で確認した了が仕切る形で、サポート課と情報課の3人による千鳥奈桜に関する話し合いは始まった。
ツギハギミライ、アオのハコ・・・・・・普段から読んでる漫画の展開がことごとく辛くてしんどい。