ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

34 / 47
夜宵草先生、ツギハギミライ完結お疲れ様でした!


元被験者、重ねる

 「・・・なるほど・・・そうですか」

 

 研究所の中にある小会議室。部屋のテーブルを挟んで向かい側に座る情報課の真桜さんは、俺の口から被験者のタカと同じクラスの生徒でもある千鳥奈桜の2人が“友達”になった経緯を明かされると、まだ少しの不安がありつつもどこか安堵したような表情を浮かべて静かに口を開く。

 

 「・・・奈桜が友達として信頼している“特定”の人以外に対してここまで心を開くようなことは、去年の11月に一時的に学校を休んでからは一度もありませんでした」

 

 タカと千鳥奈桜のことを話す前に、俺が真桜さん・・・もとい、リライフ研究所・情報課所属の千鳥真桜(ちどりまお)さんと初めて顔を合わせたのは約1ヶ月前、タカとの契約を完了させた日の仕事終わりに、まさに夜明さんからこの部屋へと呼び出されたときのことだ。

 

 

 

 

 

 

 「初めまして、リライフ研究所・情報課の千鳥真桜です。海崎さんのことは夜明さんから事前に聞いています

 

 奈桜さんの一件を聞かされた上でタカを3年1組に編入させることを了承した俺に席から立ち上がった夜明さんが珍しく頭を深々と下げると同時に、ドアをノックして彼女はこの部屋に入ってきた。入ってきた瞬間、どことなく面影を感じる外見で頭があまり良くない俺でもすぐに“まさか”と勘が働いた。

 

 「千鳥・・・さん」

 「この度の件については既に夜明さんから聞いているとは思いますが・・・私は千鳥奈桜の姉です」

 「姉・・・ということは本当に“千鳥奈桜のお姉さん”ってことでいいんですね?」

 「はい。たった今そうおっしゃいましたが・・・」

 

 それでもいざ本人から名前を明かされたら、何となくそんな予感はしていても普通に俺は驚いた。

 

 「あの夜明さん、俺はこの研究所に千鳥奈桜のお姉さんがいるなんて全く聞いたことがないのですが?」

 「当たり前です。海崎さんにはまだ真桜さんのことは一言も話していませんので」

 「はぁ!?・・・いやいやそれはさすがに担当者の俺に言うべきだろフツー?」

 「だってまさか海崎さんが本当に二つ返事で3年1組への編入をOKしてくれるなんて微塵も思いませんでしたので」

 「っ・・・微塵も思ってなかったんかい・・・冗談でもショックだ・・・)」

 

 もちろん理由は言うまでもなく夜明さんが真桜さんのことを教えてくれなかったからだ。正直あれはただただ俺の驚く顔が見たかっただけの“悪趣味”なところも少なからずあっただろうけど、状況的にこれ以上はふざけられなかったからなあなあにせざるを得なかった。

 

 「夜明さん、直属だからって後輩を揶揄うのはほどほどにお願いしますね?特に最近は些細なコミュニケーションの行き違いが“パワハラ”や“セクハラ”認定されるご時世なんですから」

 「真桜が心配なんかしなくてもコンプライアンスはちゃんと弁えてるから安心してよ」

 「いや、少なくとも俺が被験者だったときは勝手に部屋に押しかけるわ酒飲みに来るわで1ミリも弁えてなかった気が

 「やだな〜、あれは担当者としてのコミュニケーションですよ♪

 「ったくこのドSマジで・・・

 

 だからと言ってあまり重い空気にしてしまうと新人の俺が可哀想だと思ったからか、真桜さんは俺に“”の存在を一切教えなかった夜明さんを絶妙に空気が重くならない程度に叱った。今思えば、真桜さんのこういう場面でさり気なく周囲の気を遣って場の空気を和ますようなところは、元々は誰からも好かれるクラスの中心的な存在だった“”に通じるところがあったと、俺は思う。ちなみに当たり前のことだけど、真桜さんがリライフ研究所で働いていることを妹の奈桜さんは知る由もない。

 

 「ていうかいまさり気なく真桜さんの名前呼び捨てで言わなかった夜明さん?」

 「聞き間違いでは?

 「いや絶対言ってるよね?ガッツリ聞こえちゃってるからね俺?

 

 そして更に、真桜さんとの初対面で俺が驚いたことはまだあった。

 

 「聞こえちゃったのならついでで言っておきますけれど、僕たちは“元同僚同士”なんです」

 「ああそう・・・・・っええっ!?」

 

 なんとこの2人、元々は同じ部署だったという。

 

 「まあ、厳密に言うと私は夜明さんの2年後輩で同じ部署だったのは最初の半年だけですけどね・・・」

 「じゃあ、真桜さんは元々」

 「いえ、私が情報課に新卒で入った半年後に夜明さんが今のサポート課に異動になっているので逆になります」

 「待って・・・てことは夜明さんって最初からサポート課だったわけじゃ」

 「ハイ。最初は情報課だったんですよ。僕」

 「(さっきから情報量が多すぎて追いつけねぇ・・・)

 

 しかも、まさかの夜明さんが最初はサポート課じゃなくて情報課だったという、サシで飲んだ時ですら聞いたことのなかった衝撃の事実まで飛び出してきた。

 

 「・・・もしかして、夜明さんの身辺調査があんだけ細かいのは“元情報課”だからってこと?」

 「ある意味そうかもしれないですね♪」

 「よく分かんねぇけどなんか納得できたわ

 

 ただ試しに何となく被験者として1年間お世話になっていたからこそ出てくる思い当たる節を聞いてみたら、一応納得はできた。確かに対象となる被験者の情報と、被験者が編入することになる学校の資料やその学校に通う生徒の個人情報のリサーチと管理が情報課の主な仕事だから、“名残”だと本人から言われたら妙にしっくりとくる。

 

 

 

 “だったら何で夜明さんはサポート課に異動したんだろう・・・?

 

 

 

 「さて、良い感じに部署同士の距離が縮まってきたところで、情報課の真桜から海崎さんにお話があります・・・

 

 そうしてまだ明かされていない元担当者の過去が気になりだした俺の下らない好奇心を遮断するかのように、夜明さんは飄々とした感じのまま両手を叩いて本題の話に戻した。

 

 

 

 「実は、この度の被験者の選定及び被験者の編入先の選定は・・・私が夜明さんへ掛け合った上で、上層部に申請させて頂いたものとなっています・・・

 

 

 

 

 

 

 「だから海崎さんの話を聞いて私も驚いています・・・・・・“いじめの件”で人間不信になってしまった奈桜があれだけ心を開いたのは、本当に久しぶりのことなので」

 

 淡々とした口ぶりながらも、妹に見られた進捗を真桜さんは静かに噛みしめる。

 

 「もちろん僕としても彼のことは楽観視せず引き続きサポートを続けていきますが・・・少なくともタカ、大神さんは奈桜さんにとって今のところ間違いなく“良い影響”を与えていると言えます」

 「タカ?」

 「(しまったつい・・・)あぁすみません。これは被験者が学校のクラスメイトから言われているあだ名で、僕も彼と円滑にコミュニケーションを取るために時々そう呼んでます」

 「それは仕事で、ですよね?」

 「当たり前ですよ。何せ相手は心を閉ざした“ヒキニート”ですので先ずはフレンドリーに接して心を開いてやらないと」

 「担当者だった僕からすれば去年の海崎さんもあまり人のことを言えない状況だったかと

 「ホントのことだけど真桜さんの前で言わないでくれるかな夜明さん?

 「一応海崎さんの情報は私も選定の際に調べているので把握しているんですけどね・・・

 「おおっ、さすがリライフ研究所・・・なにこれ、プライベートすらないのこの会社?)」

 

 さり気なくこの研究所の“”的なところを話の流れで知ってしまったことは置いておくとして、真桜さんがまとめた資料を読んで調べた限り、今現在の奈桜さんが心を開いている存在と言えるのは、クラスメイトで1年の時から仲の良い黒崎愛火と、去年の11月まで所属していた女子バドミントン部の主将で現在は3年2組の生徒である藤ノ木鱗(ふじのきりん)の2人だけ。

 

 「・・・でも、きっと奈桜がこれだけ早く心を開けたのも、被験者No.005の大神さんの人思いな人柄のおかげ・・・かもしれないですね」

 

 それでも今日一日の観察の中で、タカと奈桜さんの距離はクラスメイトとして大きく縮まったと言ってもいい。ここから奈桜さんが1組に復帰するまでどれくらいの時間がかかるのか、卒業までに間に合うかなどは最終的に本人の精神状態に左右されてしまうが、同じく自分を“変えよう”としているタカを1組に編入させたことは、彼女にとって間違いなく良い影響を与えている。

 

 「それもあるかもしれませんが・・・一番は奈桜さん自身の頑張りと、彼女の支えになっている真桜さんの力が大きいですよ」

 

 けれども何より、一時は学校に行きたくても身体が強張って外にも出れず部屋の中で1人閉じこもるような状態になっていた奈桜さんが、この半年間で別室登校という形ながらも学校に復学できたことや、仲の良かったクラスメイトの友達と少しずつではあるが再び関わりを持つようになるまで回復できたのは、この“姉妹”の絆が大きい。

 

 

 

 

 

 

 “『人の幸せばっか手伝ってないで、たまには自分の幸せも考えたほうがいいんじゃない?』”

 

 

 

 

 

 

 「だから奈桜さんは、被験者の大神さんに心を開いてくれたんだと思います

 

 俺は生まれつきの一人っ子だから真桜さんに対して気持ちが分かるなんて容易く言えないけれど、自分の兄や妹が心に深い傷を負って閉じこもってしまうことがどれだけ苦しいことか、それだけは大神(弟)を見てきた俺には痛いほどよく分かる。

 

 「・・・海崎さんのお言葉はありがたいですが、それは少し大袈裟ですよ。むしろ自分の力じゃどうにもならないので今回の件をサポート課へお願いしている私はただ、奈桜と普段通りに接することだけ精一杯で、これと言って何も出来てないのが現実です・・・

 

 少しばかり大袈裟になってしまった俺の本音から出た励ましを、真桜さんは静かに笑って謙遜する。妹のために見たくもない“真実”を自ら調べ上げて報告のためにそれらの情報を資料に纏めなければいけない上に、対象となっている妹はあくまで被験者ではないため直接的に助けることができない残酷さ。自分が一番助けてあげたいのに、仕事の都合で他人任せに願うことしかできないもどかしさ・・・それらを抱え込みながらも気丈に振る舞い、情報課として、そして一番近くにいる“家族”として自分に出来ることを今日も真桜さんは精一杯やっている。

 

 「そんなことないですよ・・・・・・

 

 テーブル越しに座る気丈な緑がかった瞳に、辛い現実から目を背けて逃げていた頃の自分を思い出す。今のタカと同い年ぐらいの25、6のときの俺は、憂鬱な就職活動から逃げるための口実で大学院に進んでいた。周りの友達の大半はとっくに大学を卒業して就職して社会人になって立派に働いている中で、俺は適当な言い訳をつけて面倒な現実から目を背けていた。

 

 “真桜さんは強いです・・・・・・俺なんかよりもずっと

 

 

 

 もしかしたらあそこで逃げずに奮起してちゃんと大卒で卒業していたら、“同期”として先輩のことをちゃんと支えてあげることができたかもしれない・・・あそこまで先輩が追い詰められる前に、救えたかもしれない・・・

 

 

 

 

 

 

 “『ありがとね海崎君。私は大丈夫だから』”

 

 

 

 

 

 

 「何も気にすることなく、分け隔てなく普段通りに接してくれる存在(ひと)が近くにいる・・・・・・それが一番大きいって、俺はリライフで経験してますから

 

 目の前に座る真桜さんの妹と似た強がりな人柄と救えなかった“先輩”の姿が一瞬だけ重なった俺は、咄嗟にかける言葉を選んだ。きっと頭に思い浮かんだ言葉をそのまま彼女にかけてしまうと、先輩が口癖代わりによく言っていた“大丈夫”と同じように本人にとっての“呪い”になってしまうと思ったから。

 

 「・・・こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、やっぱり私は大神さんの担当が同じ境遇の大変さを知っている海崎さんで良かったと思っています。奈桜が大神さんをまだ形だけかもしれないですが友達として受け入れてくれたのも、その大神さんの心を開かしてくれた海崎さんのおかげです」

 

 そんなことなどつゆ知らずな真桜さんは、状況的にも心理的にも決して余裕なんてないはずなのに逆に気遣った俺を気遣う余裕を見せる。少なくとも俺が全く同じ状況に置かれていたら、強がりでもここまで気丈になんて振る舞えない。

 

 「だから・・・今後とも被験者のことをよろしくお願いします

 

 こんなことは絶対に本人を前に口になんて出来ないけれど、本当に彼女は“強い人”だ。そんな彼女のようにどんなことがあろうと現実から目を背けずに向き合い続けている誠実な人が苦しんで良い理由なんて、この世界にあってはならない。

 

 「・・・もちろんです。それがサポート課の仕事ですから

 

 だからこそ俺はサポート課としてここにいる協力者(ふたり)と、そして被験者(タカ)と共に奈桜さんの身に起きた出来事と未だに続いている“問題”と向き合わなければいけない。

 

 「せっかく士気を高めているところで水を差す形になりますが、仮にこのまま順調に心を開いて被験者のことを友達として完全に受け入れたとき、1つだけ懸念すべきことがあります・・・」

 

 するとこれまで俺からの進捗と真桜さんとのやり取りを一歩引いて見守るように静かにしていた夜明さんが、頃合いを見て話を進め始める。

 

 「タイミングがいつになるかは本人次第ですが、もし奈桜さんがこのまま3年1組で授業を受けると決意した場合、かつて行われていた“いじめ”の当事者にあたる生徒と校内で鉢合わせすることになるでしょう・・・“表向き”にはいじめに加担した生徒は3年1組にはいないとはいえ、本人自身でいくら覚悟を決めたとしても、いざその場面に直面した際に何が起こるのかは、僕らからは当てにならない推測しか出来ませんので・・・

 

 当然ながら現在進行形で続いているこの“問題”は奈桜さんがいじめによるトラウマを克服したとしても、それをきっかけに新たな“火種”を生んでしまう可能性だってある。

 

 

 

 タカのリライフがこのまま順調に進んで行くとしても、安泰ではない。

 

 

 

 「特に、奈桜さんがクラスに復帰するとなると・・・新たに“注意”しなければならない点もあります・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・複雑だな」

 

 真桜との話し合いを終えてサポート課の自分のデスクに戻って資料を整理していると、隣のデスクで同じように帰社前に自分のデスクを整理する海崎君が俺に目線を向けるでもなくふと話しかける。

 

 「俺たちはいじめの“真実”が何なのかを知ってるのに、ただ見守ることしかできないなんてさ・・・」

 「だったら思い切ってホームルームで黒板の前に立って“犯人はお前だ”って指でもさしますか?」

 「そんな真似したら始末書行き待ったなしだろ馬鹿かよ

 

 同じ職場の同僚(先輩)としてリライフの失敗と成功を経験してようやく精神的にもどうにか余裕を持って被験者のサポートが出来るようになった今でも、立場上はただ見守ることしかできない場面があると“歯がゆさ”は感じるから、事実を知っていながら何も出来ないことへの葛藤は本当によく分かる。

 

 「・・・仕事、嫌になった?」

 「いや、全っ然」

 

 特に海崎君みたいなお人好しで正義感が強くて行動力のある“リーダータイプ”には、こういうことがよくあるサポート課の仕事は時として酷に感じてしまうこともきっとあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 “『もう逃げるような真似はしたくないからさ。俺』”

 

 

 

 

 

 

 「むしろ“やってやろう”って感じで逆に燃えてる」

 「それが行き過ぎて過干渉って怒られないように注意してくださいね?」

 「分かっとるわ。あくまで俺たちの出来る範囲内での話な」

 

 初めての担当業務で色々と苦労している後輩へ一歩踏み込みわざと揺さぶりをかけてみたけれど、さすがはリライフを1年やってきた経験故か、言葉通りのやる気に満ちた表情で先輩からかけられた心配を一瞬で杞憂にして見せる。もちろん真桜が調べ上げた編入することになるクラスの真実を全て説明した上で“意思確認”をした俺に、迷うことなく“お願いします”と真剣な表情(笑顔)で返してくれた瞬間から、俺は海崎君のことはほぼ確信している。そして何より海崎君にとってサポート課の仕事は、“天職”と言ってもいいくらい向いている。

 

 「ま、“出来る範囲”ながらもやれるだけのことはちゃんとやらせてもらいますけどね先輩?」

 「・・・そうですか」

 

 

 

 ただし、全く心配ないかと言われたら・・・少しばかり話は変わるのだけれど。

 

 

 

 「もしかしてだけど・・・“海崎君”は真桜のこともどうにかしたいって思ってない?

 

 先ほどのやり取りの中で“引っかかった”点が1つあった俺は、思い切ってそれを海崎君に聞いてみる。

 

 「は?悪いか?」

 「いいや、海崎君が良いと言うなら僕はそれでも構わないよ」

 「だったら俺になんか聞く必要ないだろそれ」

 「ただ“同じ会社の人間”として手助けしたいっていうことだったら・・・って話」

 「・・・何が言いたいんだよ?さっきから・・・」

 

 試しに図星を突いてみたら、海崎君はあからさまに俺のほうに向けていた視線をデスクへと落とした。それを見た俺は確信した。

 

 「・・・“みちる先輩”のこと思い浮かべてたでしょ?真桜と話してたとき

 

 

 

 “『そんなことないですよ・・・・・・』”

 

 

 

 「・・・・・・あぁ

 

 図星を突かれた海崎君は、バツの悪そうな表情を浮かべながら小さく相槌を打った。妹と同じく周りに平気な顔をしながら1人で溜め込んでしまう真桜の真面目で不器用な性格を察して、咄嗟に彼は言葉を選んだ。きっとあの時、彼は無意識に真桜と“先輩”の姿を重ねてしまったのだろう。

 

 「言われなくても分かってるよ夜明さん・・・俺が一番にやるべきことは、被験者のタカのことをサポートしていくってことぐらいはさ・・・けど、その次ぐらいには“助けたい”って思ってもいいだろ?奈桜さんも、1組のクラスのみんなも、俺やタカと違って人生やり直せないんだぞ・・・それに、今のままじゃ真桜さんだって報われない・・・」

 

 海崎君はリライフを終えた今でも、無意識ながらも先輩のことを根に持っている。もちろん仕事とプライベートを両立していく中でどれだけ“いい思い出”が上書きされようと、先輩が自ら命を絶った凄惨な現場を見てしまった彼の“トラウマ”が完全に癒えることはないだろうから、“忘れろ”とか“気に病むな”なんて気安い言葉はかけられない。

 

 「だったら・・・・・・平等に“後悔なんてさせたくない”って思っちまうのは自然なことだろ

 

 海崎君の痛みに比べたら大したことはないだろうけど、俺もその“気持ち”をよく知っている。孤独になってしまった事情を知っていながらも担当者という立場上ただ見ていることしか出来ず、現場を知らない上層部から意図しない形で“実験失敗”の烙印を押されてしまった日代さんに、“もう一度だけリライフをやる”ことを提案することでしか助けてあげられなかった悔しさは・・・・・・今でも心の奥に残っている。

 

 

 

 

 

 

 “『関東支部初めての被験者がこんな結果だなんて・・・恥ずかしくて他の支部に顔向けできないじゃないか・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・そうですね・・・最善を尽くしたいのは僕も同じです。今しかない時を精一杯生きてもらう、そのサポートをするのが僕らの仕事ですからね・・・

 

 “ちょっと前”のことを思い出して気持ちが飲まれる前に、先輩のこととなるとつい余計に熱くなってしまう傾向がある海崎君を横目で宥める。真桜を見て飲まれてしまった彼と同じように、危うく俺もかつての“後悔”に飲まれかけた。全くこの様じゃ、まだまだ先輩として彼にデカい面は見せられないな。

 

 「でもだからといってそんなふうに自分を必要以上に追い込むようなことをしていたら、視野が狭くなって肝心なときに被験者や周りの“サイン”を見逃すことになる・・・・・・友達の悩みごとに真剣に向き合いながらも普段はちょっとテキトーに肩の力を抜いて楽しみながらリライフをしてるのが本来の海崎君で、そんな海崎君だからこそ日代さんは変われた・・・それでいいじゃないですか

 

 “最初の被験者”を変えることが出来なかったこんな俺が後輩のために出来ることがあるとするならば、かつての自分と同じを踏まないように選択肢を増やしてあげることぐらいだ。

 

 

 

 “・・・本当に“まだまだ”だな・・・俺は・・・

 

 

 

 「“テキトー”って・・・もうちょいマシな言い方あったろ夜明さん?」

 「“酒気帯び”で得体のしれない薬飲んで僕と契約結んだ時点で十分テキトーですけどね?」

 「いやだからアレはただ酒の勢いで飲んじまっただけで!」

 「それ自分から認めてる気がするんだけど海崎君・・・ホント嘘つくの下手だなぁ・・・)」

 

 それでも、こういうときぐらいはカッコつけないと海崎君や杏のような癖の強い2人の先輩は務まらないから、今回もいつも通りに余裕な顔でおちょくらせてもらうけど。

 

 「まぁでも・・・真面目に何でもやり過ぎて自分が不調になったら元も子もないか・・・」

 

 俺からの慰めついでのアドバイスが効いたのかは分からないけれど、効果はあったみたいで自分のデスクの前に立つ海崎君の表情が少しだけ綻んだ。もう1年前のネクタイを締めることさえ出来なかった彼じゃない。過去を思い出しても仕事となればすぐに心を切り替えられる強さが、リライフを経た今の彼にはある。

 

 「先ずはタカをどうにかしないと、そもそも1組の“問題”だって解決しないからな・・・・・・真桜さんからも“お願いします”って言われてるし」

 

 そうだ、それでいいんだ海崎君。たった一回の“後悔”をずっと引きずってしまうような人に、他人の人生をやり直させるサポート課の仕事は務まらない。

 

 「それに・・・せっかくヒキニートだったときの自分と決別しようと頑張ってるタカを前に担当の俺がウジウジと昔のことに囚われてたら、それこそ“リライフで体験した1年間”が無駄になる・・・・・・ありがとう夜明さん・・・おかげで冷静になれた

 

 

 

 “ほんと・・・ひょっとしたらサポート課の仕事は俺みたいな真面目すぎる人間よりも、海崎君のような良くも悪くも人のために少しだけ“バカ”になれる人間のほうが上手くやっていけるのかもしれないな・・・

 

 

 

 「・・・ふふっ」

 「何だよ夜明さんいきなり笑って?」

 「いや~“新太”は本当にこの仕事に向いてるな~ってさ」

 「・・・どういう意味で言ってんだよそれ?ってかナチュラルに“新太”って呼ぶな」

 「それぐらい自分で考えれば新太くん?」

 「なっ・・・あーもう“こういうところ”がなかったらなぁこの先輩は」

 

 お互いに解決するべき問題は山ほどあるけれど、俺たちサポート課のやるべき仕事はたった1つだ。




【人物紹介】

・千鳥真桜(ちどりまお)
 12月17日生まれ A型 26歳(第34話時点)
 身長163cm 髪色:薄めの赤 一人称:私
 イメージCV:石川由依



まず本編の補足ですが、夜明さんが時々新太に対してタメ口で話しているのは前の研究所回(19話~20話)のときからそれだけ同僚としての距離が近づいたって感じです。

それにしてもリライフ研究所に入社した経緯が原作で描かれていないこともあって、夜明さんの心理描写って本当に難しいんですよね・・・案の定、情報課のくだりは完全に僕の考察です。絶対ちげぇよと感じた方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。