「あのさみんな・・・・・・思い切って千鳥さんを誘ってみようって考えが俺の中で浮かんだんだけど、いいかな?」
黒崎の無茶ぶりから赤間が出る支部大会の観戦に誰を誘うかと何気なく考えていたらふと千鳥の顔が浮かんで、俺は千鳥の顔と一緒に頭の中に浮かんできた言葉を一瞬だけ心の中で留めるか悩んだ末、そのままみんなに伝える。
「奈桜かぁ・・・どうだろ?」
千鳥の名前を聞いた黒崎は、“みんなはどう思う?”と意見を振るように俺と同じカフェテリアのテーブル席に座る城野たちみんなへ視線を向ける。案の定、俺が千鳥の名前を出した瞬間、賑やかに盛り上がっていた空気にどことない気まずさが覆い被さるのを肌で感じた。
「・・・ごめん。やっぱりいきなり千鳥さんを誘うのは違うよね?」
魔が差したってわけじゃないけれど、周りのみんなの楽しそうな雰囲気に感化されてつい口走った。今更になって、言わなきゃ良かったという後悔で胸がいっぱいになる。
「良いんじゃないか?せっかく友達になれたことだし。奈桜もきっと喜んでくれるだろうよ」
言わないほうが良かったという後悔が襲って来て堪らず謝ると、気まずくなった空気を吹き飛ばすように城野が優し気に笑う。
「ま、こいつはあくまでも“個人の意見”っつうことだけど、オレは貴臣に賛成するぜ」
千鳥の
「私も真太郎の言う通り、呼ぶだけ呼んでみてもいいと思う」
「おれはあんまり話したことないからどっちでもいいよ。いいよねタク?」
「なんで俺に聞くんだよ・・・まあ、俺も同意見だけど」
「でも奈桜って呼んだところで来るかはぶっちゃけ微妙だよね~、だって陸上とかあんまり興味ない感じだし」
「いやいや、案外友達になった貴臣が一緒ならワンチャン観に行ってくれるかもしれねぇだろ?
「いや俺はまだ形だけ“友達”になったぐらいだから大袈裟だよ城くん」
「それに貴臣くんはイケメンだしね~」
「“イケメンだから”はもっと関係ないから」
「まあまあ、呼ぶか呼ばないかは大神くんの自由だよ」
それがきっかけになったのか、やや気まずくなりかけていた空気が城野から伝って釣られるように、自然とみんなの表情と空気が元に戻り始める。この学校に編入してすぐのときから感じてはいたけれど、ただ場の空気を盛り上げるだけじゃなくて誰か1人が責められたり孤立したりするような状況にならないように、またそれを悟られないぐらいのさり気なくかつ的確なバランスで周りに気を配って雰囲気が壊れないように振る舞う城野のコミュニケーション力の高さは、弟から“コミュ力お化け”と言われてた心を壊す前の俺よりハッキリ言って全然レベルが高い。多分、もし城野がサポート課に入ったらいきなり即戦力になれると俺は思う。もちろん、あくまで“多分”の話だけれど。
「この通り、オレらはみんな貴臣の味方で友達だからよ。だから“ごめん”なんて言わなくても思わなくても大丈夫だぜ?貴臣」
ムードメーカーの城野もそうだけど、千鳥のことを影ながらずっと仲間として大切に思っているみんなが本当に良い人たちだから、やり直す機会を与えられている“人生の先輩”であるべき自分の不甲斐なさがひしひしと目立っている。そんなみんなを引っ張っていくぐらいの気持ちでリライフをしないと駄目なのに、蓋を開ければ俺ってやつは8つ年下のみんなに余計な心配をかけてばかりだ。
そうやって俺は、“
“『・・・兄ちゃん・・・ごめん・・・本当にごめん・・・』”
いや・・・そうならないために“ここ”にいるんだろ。
「・・・ありがとう。みんな」
フラッシュバックという悪い癖に襲われてまた言う必要のない“ごめんなさい”を言って逃げようとした弱音という名の本音をグッと抑えて、俺は友達として背中を押すみんなの気持ちを真正面から受け止めた。
「_というわけで黒崎さんから誰か誘ってきてほしいって言われたんだけどさ」
「なるほど。それで大神くんはわたしに?」
「うん。そういうこと」
「・・・わたしですか」
時間と場所は変わって、ここはちょうど1週間前に黒崎から紹介された図書館。そして俺はちょうど1週間前の金曜日と全く同じように図書館で先に課題をしていた千鳥と合流して、同じく学校から出された課題がひと段落したところで支部大会の話を切り出した。
「まぁ、千鳥さんがよろしければって感じだから、無理そうだったら大丈夫だよ」
「無理そうとは?」
「いやほら、何か外せない用事があるとか」
「あぁ・・・そういうことでしたか」
だけれど、彼女からのリアクションからしてあまり期待はできない。
「ごめんなさい。明日はどうしても都合が悪くて」
そして俺の予想通りに、城野たちから背中を押される恰好で思い切って誘ってみたものの、終わってみれば見事に撃沈。冷静に考えてみれば、いまの彼女を同じクラスの人が出場する大会の観戦に誘うっていうこと自体が、それなり以上には無謀な話だった。
「そっか・・・それは仕方ないね」
「ごめんなさい。あまりにも急だったので」
というか、前日にいきなりこんなことを聞いてくる時点で困るわって話だ。ただ心を壊す前の俺だったら、めんどくさいと思いつつ予定が空いてたら普通に行ってただろうけど。
「そうだよね。前日にいきなり“明日暇?”って言われてもやっぱり迷惑だよね?」
「はい、シンプルに迷惑です」
「ですよねー(そりゃそうだって黒崎さん)」
「とりあえず愛火ちゃんにはわたしから言っておくので大神くんは安心して観戦に行ってください」
「いや、そこまでしてくれなくても俺から言っておくから大丈夫だよ」
「とにかく、ちょっとあざといところはあるけど愛火ちゃんは悪い人ではないんで、付き合わされて腑に落ちないところはあると思いますがその辺りはクラスメイトとしてよろしくお願いします」
「うん、分かってる分かってる(千鳥からもそういう認識なんだ黒崎って・・・)」
まだどこか壁を感じる、お互いのやり取り。そもそも俺と千鳥が“友達”になったのはまだちょうど1週間前のことで、千鳥自身もどちらかというと勉強は“誰にも邪魔されずにやりたい派”だというのが友達になった直後に分かったから、いまのところはどちらかに“どうしても話したいことがある”とき以外は互いに干渉はしない、登下校も別々という約束をこの子としている。だから俺が千鳥と会って話すのは、ちょうど1週間ぶりだ。
“『これは大神くんと距離を置くとかじゃなくて、友達として”約束“してほしいってだけなので・・・・・・だから、悪く捉えないでほしいです』”
傍から見たらそんなのは友達とは呼べないと言われても仕方のないことかもしれないけど、人にはそれぞれ“自分のペース”というものがある。まだそこまで話しているわけじゃないから半分は憶測になってしまうけれど、千鳥にとっては“話したいことがあるときはこの図書館で会って話す”という約束を友達になった俺にしてくれたことに、非常に大きな意味がある。
「何だか、大神くんを見ていると1組のみんなと仲良くやれてるなってわたしは思います」
「あははっ、まあ、おかげさまで」
SNSで拡散されたという根拠になり得ない1枚の写真のせいで一時は学校に行けなくなるほどのダメージを心に負ったこの子にとっては、行きつけの図書館で新しくできた友達とこうして一緒に課題をやりながら会って話しているというだけで、非常に大きな一歩なのだ。
「それは良かったですね。大神くん」
「うん・・・そうだね」
もちろんそれを本人に向かって直接口にして言ってしまうのは今まで重ねたこの子の頑張りを無駄にしてしまうから、絶対に言わない。
「・・・大神くんは、いまの学校は楽しいですか?」
俺を横目に見てまだ少しばかりぎこちなさが残る会話を紡ぎながらも数学の問題を解く手を止めなかった千鳥が、サッとペンを持つ右手を止めて右隣に座る俺のほうに顔を向ける。
「楽しい・・・か」
「・・・ごめんなさい。急にこんなこと聞かれても困りますよね?」
色んな感情と心情が合わさりながらも純粋な思いで真っ直ぐ心に聞いてくる綺麗な瞳に、思わず言葉が詰まる。そんな言葉に詰まった俺を見た千鳥は、謝りながら少しだけ寂しそうにゆっくりと視線と顔をノートに戻す。本当は桜咲での学校生活は楽しくて当たり前なはずなのに、正直に伝えようとしたら言葉が詰まった。原因が自分だっていうのは分かっている。友達になったこの期に及んで、俺は無意識にこの子と自分を比べて、つい現実から目を逸らそうとする。
「・・・ううん、楽しいよ。すっごく楽しい」
そんな“弱いままの自分”をどうにか勇気づけて、俺もこの子ほどではないけれどそれなりの覚悟を決めて、純粋な気持ちで言葉を返す。
「ムードメーカーで気配りもできる城野くんも、揶揄い好きだけどとても友達思いな黒崎さんも、世界観が独特で面白い宇島くんも、みんなに優しくて愛されてる行橋さんも、あと隣のクラスにいる鞍手くんって人も・・・そして口はちょっと悪くてぶっきらぼうだし融通も利かないけど、不器用なりに人思いで一途に自分の目標に向かって頑張ってる赤間くんも・・・・・・みんな本当に良い友達だよ」
“『ごめん・・・・・・奈桜との“約束”・・・守れなかった・・・』”
「・・・愛火ちゃんたちからは聞きました?わたしが“学校を休んだ”こと」
「うん。事後報告になってごめんだけど、実はついこの間にね」
俺が本心の気持ちを伝えてから数秒の沈黙を挟んで、千鳥は確かめるようにいきなり核心を突く。もちろんこれは本当のことだから、嘘なんてつけない。
「いえ、一応愛火ちゃんからは全部事情は聞いていてわたしも普通にOKは出したので、大神くんは気にしなくて大丈夫です」
「そっか・・・分かったよ」
一瞬どうなるかと思ったけれど、どうやら千鳥は黒崎から事情を既に聞かされていてそこまで気にも留めていないようだ。もしかしたら傷つけてしまったかもしれないという心配も、すぐに杞憂になった。
「あの、大神くん・・・明日行けない代わりじゃないけど、ていうより逆にわがままみたいになっちゃうけど・・・・・・友達として“約束”して欲しいことがあります・・・」
そんな感じで少しだけ油断していたら、千鳥は再び視線と顔をこっちに向けて緊張した面持ちで敬語とタメ口がごっちゃになった口ぶりで、言葉を紡ぎ始める。
「なんか自分で言っておいて難だけど、誘いを断った分際で本当にわがままですよね?」
「分際て(ちょいちょい言うこと面白いんだよなぁこの子)」
緊張でややたどたどしくなる言葉遣いと、千鳥の声。これがまたひとつこの子が友達として俺に心を開こうとしている“サイン”なのは、
「そんなことないよ。これは友達のわがままだから」
「・・・そうですか」
こんなことを口にしたら何だか変な空気になりそうだから心の中で留めておくけれど、千鳥のこういう不器用ながらも健気なところはどこか赤間に似ていて、不謹慎だけど可愛くも思えてついほっとけなくなる。黒崎曰く不登校になる前までは社交的で明るかったという千鳥は、SNSによる理不尽ないじめさえなければ今でも黒崎たちだけじゃなくてクラスのみんなからも愛されていたんだろうなと、俺は思う。
「来週の月曜日ですけど・・・久しぶりにみんなと同じ時間に学校に行こうって思っていて・・・でも、いまのわたしには1人で行ける準備がまだ出来てなくて・・・」
どれだけ傷ついたかなんて、編入したばかりで真実を聞いただけの俺には全く分からない。だけど今、この子は傷ついている心を奮い立たせて、みんなと笑い合っていた日常を必死になって取り戻そうとしている。
「だから・・・・・・わたしと一緒に、学校に行ってくれますか?」
それは、カーテンで光が閉ざされていた部屋から外に出て、人生をやり直す決断をしたときの覚悟と・・・全く同じものだ。
「いい、ですか?」
「うん。いいよ」
自分なりの精一杯な決意がこもった千鳥からの“わがまま”を、友達として二つ返事で受け入れる。“同じ痛み”を知っているこの俺に、断る理由なんて最初からない。
「でも、やっぱり一緒に登校したら逆に大神くんに迷惑がかかるかも」
「どうして?」
「だってわたし・・・・・・ううん、何でもない」
我儘の後に言いかけた言葉を、千鳥は口にしようとして飲み込んだ。この仕草ひとつで、この子がどれだけ傷ついてきたのかが、対峙する俺の心に痛いくらいに伝わってくる。
「(“大丈夫”・・・なんて、軽々しくは言えないな・・・)」
この痛みの正体を俺も知っているからこそ、“大丈夫”なんて言葉は容易く口には出来ない。きっといじめが始まって“いつものみんな”以外が敵になったとき、この子は“大丈夫”という言葉を心に言い聞かせて、弱音も吐かずにずっと平気なフリをし続けていたんだろう。
まるで、カズと親父のことだけを考えて自分の幸せを蔑ろにしていた、かつての俺のように・・・
“『カズは変に気を遣わなくていいから、友達は大事にしろ。もちろん、好きな子ができたら全力で応援するぜ、頼れる兄として』”
「“友達同士で登校してくるだけで迷惑に思うような人のことなんて、気にする必要もない”・・・・・・って簡単に割り切れたら、こんなに苦労なんてしないのにな・・・」
数秒ほどの沈黙を経て、“大丈夫”というとりあえず他人に言って自分に言い聞かせればその場しのぎの安定剤にはなる程度の効力がある魔法の代わりになる言葉を、頭の中で考えながら千鳥に向けて伝える。こういうとき、心を壊す前の俺だったら1秒もかからないうちに“それらしい”言葉が出てきたはずなのに。
「
いや、よく考えたら俺はずっと“その場しのぎ”な言葉で何とか取り繕っていただけだった。だから俺の周りから友達も彼女も去っていって、敵ばかりが増えていって、カズや親父にすら本心を隠し続けて・・・俺は“自滅”した。思えば本当の意味で人のことを真剣に考えて言葉を選ぶのは、いつぶりくらいになるのか思い出せないくらいに久しぶりのことだ。
「だから・・・迷惑がかかったって、俺は構わないよ」
本当のことを言うと思い出せないんじゃなくて、思い出したくないってだけだけど・・・
「・・・ってごめん。さっきから何言ってんだこいつって感じだよね?」
どうにか“大丈夫”という人を勇気づけるための常套句を避けて、千鳥の心を少しだけ軽くする代わりの言葉を紡いでみた。伝え終えた瞬間、1週間前に友達になったばかりの分際でつい大人ぶって身の程知らずな
「ほんとですよ・・・大神くんとはついこのあいだ友達になったばかりなのに・・・」
案の定、千鳥は俺に向かって“何言ってんだ”と言いたげな困惑した表情を浮かべる。
「でも、大神くんの言葉に嘘がないのは分かります」
そしてごもっともな返答をした後で千鳥はそう言って見せると、俺に対してまだ少しばかり残っているであろう警戒心をゆっくりと解いていくように、控えめながらも優しく微笑む。
「こんなとき、どんな言葉でお礼を言ったら良いかとか、気の利いた一言とかはすぐには思いつかないけど・・・シンプルに嬉しいです」
それが強がりで取り繕った表面上だけの笑顔なんかじゃなくて、心の底からの笑顔だっていうのは、平然を装っていながらも正直な千鳥の目に映っている隠しきれない“嬉しさ”で分かった。果たしてこれでこの子の不安を掻き消すことができたかと言われたら全然そんなことはなくて、周りのみんなと同じ時間帯に学校まで行くのはかつていじめていた子たちとも会ってしまうかもしれないから、俺がついていようと不安なのは変わらないだろう。それでもこの子は、自分なりにとかそんなレベルじゃなくて、本気で“今”と向き合おうとしている。本気で失った時間を、取り戻そうとしている。
「わたしのわがままを聞いてくれてありがとう・・・大神くん」
“・・・本当にこの子は心が強い・・・・・・“ヒキニート”になった俺なんかとは違って・・・”
「・・・うん。どういたしまして」
危うく口にしたら余計に傷つけてしまう心の中の声が漏れそうになったのを何とか抑えて、俺は千鳥からの感謝を受け止める。これは心が強いだとか、そんな
「あと、なんか友達になったのに敬語なのも変なので、タメ口で話してもいい、かな?」
「えっ?全然いいよ。そもそも友達以前に俺ってタメだし(ホントは外見“だけ”だけど・・・)」
「そっか、ありがと・・・・・・ごめん、やっぱりちょっとまだ慣れないので今日は敬語でお願いします」
「うん、無理しなくていいよ。千鳥さんのペースで行こう」
それでもやっぱり、自分の強がりで作ってしまった壁を再び自分の力で壊そうと慣れない俺へのタメ口で健気に前を向くこの子を見ていると、環境は違えど同じような経験を経ているからこそ、つい“余計なこと”を思って口にしてしまいそうになる。
「では・・・月曜日は朝の7時に赤羽駅に集合でお願いします」
それぐらい、抱え込む必要のない苦しみを抱えてしまった千鳥のことは・・・・・・心の底から助けたいって思ってしまう。
「もちろん。こちらこそ月曜はよろしくね。千鳥さん」
4月25日
クラスメイトたちの後押しもあり、
大神貴臣は1週間前に友達の関係になった
千鳥奈桜と再び図書館で会う形で、
翌日に行われる陸上部の支部大会の観戦に
彼女を誘った。
ただし前日にいきなり誘うことになったために
千鳥奈桜の都合が合わず、
当日は1人で向かう(※担当者として自分も同行)ことになったが、
彼女から約束という形で来週の月曜日に一緒に登校することになり、
またひとつ良い意味で関係性が深まったように感じる。
現段階で被験者である大神貴臣が周囲に与えている影響は
こちらが想定している以上に良いものであると言えるが、
同時に千鳥奈桜にとっては自身の抱えるトラウマと
正面から対峙せざるを得ない状況へと進みつつもあるので、
今後とも油断せずに経過を見守っていきたい。
毎度のことにながら、実験報告書の部分を書くのがマジで難しすぎる。