「よっ、タカ。今日は一日お疲れ」
「・・・なにをさも当たり前に人ん家の前で待ち伏せてるんですか海崎さん」
「正確には一日中見てたけどな☆」
「それは知ってるけど普通に怖いっすよ。あとそのノリやめろ」
近所のスーパーで買い物を済ませてアパートに戻ると、私服姿の海崎さんが何故か俺の部屋のドアの前で“友達”っていう感じの面構えで待ち構えていた。当然リライフをしている身としてはずっと観察されていることは承知の上だからそこまで驚きはないが、待ち伏せはさすがに軽くホラーだ。
「で、海崎さんは何しに来たんですか?」
「いやあ、最近調子はどうなのかなと」
「そんなの普段から観察してれば分かるでしょ」
「だけど言葉で話すことで分かることもあるんで。さあ、外で立ち話をすると怪しまれるので中に入りましょう」←※本当は合鍵で先に部屋の中に入り貴臣を驚かせたかったが、自分に同じことをした了と杏のことを思い出したせいで良心が芽生えて入れなかった新太。
「いや俺の部屋なんですけどねここ?」
そして会話の主導権を握られた恰好になった俺は、成り行きで仕方なく海崎さんを部屋の中に入れることになった。どうやら話の流れ的には、近況報告をしたいらしい。
「言っておきますが海崎さんの
「大丈夫です。今日は長居しませんので」
「麦茶なら出せますがそれでいいですか?(今日は?)」
「はい。ありがとうございます」
ひとまず長居はしないとは言えど、だからと言って何も用意するわけには行かないのでちょうどストックしてある麦茶を海崎さんに用意した。ただし食料は当然のごとく1人前で数日をやりくりする程度しか買っていないからそもそも長居されたら困るって話だ。
「久しぶりの試合観戦でしたけれど、今日は一日どうでしたか?」
コップに注いだ麦茶をテーブルに置く俺に、用意した座布団の上に先に座る海崎さんは明るい表情で話しかける。部屋に帰ってから振り返るとこんなふうにクラスの誰かの試合の応援に行ったこと自体が、本当に久しぶりだった。
「会場が意外と遠かったのと丸一日外の空気を吸ってたせいか、何だかちょっと眠いです」
「あははっ、僕もわかります。20代の半ばを超えてくると気力は10代と変わらなくても身体がちょっとずつ遅れ出してきますからね。ほんとに歳は取りたくないものです」
「確かにそれもあるかもしれませんね。きっと俺も10年前とかだったら体力も有り余ってたと思うんで」
「学生時代の貴臣さんは勉強に加えてスポーツも万能でしたからね」
「ま、今じゃ運動神経はカズのちょい上ぐらいまで体力は落ちてしまいましたが」
「(うん。とりあえず頑張れ弟よ・・・)」
海崎さんと2人きりだから話せる会話を交わしながら、俺は帰りにスーパーで買ってきた数日分の食料を冷蔵庫に入れる。改めて振り返ると何だかんだ丸一日をかけて観客席で支部大会をずっと観ていた長丁場な一日になったけれど、本当に今日はあっという間な一日だった。ただし俺の場合は海崎さんのようにシンプルに年齢が上がったからというよりかは、ヒキニート生活が祟ったせいで体力が落ちたせいでお疲れ気味なのだろうけど、不思議と気分的には全く不快じゃない。
「でも、今日は丸一日とは思えないくらいあっという間に感じるほど楽しかったです」
その油断からなのか、今まで意識しないと出てこなかったような言葉が口から無意識に出た。
「・・・変わりましたね。貴臣さん」
本当に何気ない感覚で口から出てきた言葉を、海崎さんは聞き逃さなかった。
「・・・言うほど変わってないですよ。家から一歩も出られなかったヒキニートが外に出て学校に通えるようになったってだけで、まだ全然です。強いて変わったと言えば若返った見た目だけです」
「それは薬を飲んでるから当たり前です」
「知ってるけどさも当たり前な空気で言う事じゃないって」
心の底から嬉しそうな海崎さんの声に、背を向けて冷蔵庫に食料をしまいながら俺は謙遜する。確かに海崎さんの言ってるように、人から“変わった”と言われるくらいには俺は変わったかもしれない。でもそれは元の状態が外に出れない引き篭もりだったからであって、ようやく人並みの生活ができるようになった今を“自分は変わった”と言い切ってしまうのは、何だか烏滸がましいと俺は思う。
「本当は満更でもないって思ってるくせに、タカは素直じゃねえな」
「だから唐突に“友達ムーブ”かまさないでくれるかな海崎さん?」
そんな俺を素直じゃないと捉えた海崎さんが、いきなりただの“友達”になってフッと笑いかける。外見が8つ若返ったこの身体で学校に通う生活をすることにはすっかり慣れても、やっぱり海崎さんがたまに仕掛ける“友達ムーブ”にだけはまだ少し慣れない。
「でもあっという間に感じるほど楽しかったって僕に言ってた貴臣さん、本当に幸せそうでしたよ」
何より海崎さんのタチが悪いところは妙に勘が鋭いのと、被験者の俺を揶揄っているときにも良い人オーラが隠し切れていないくらいには、普通に良い人なところ。だから俺はこの人のことを嫌いになれず、弱い部分がつい出てしまう。そもそもこの人は俺のことを洗いざらい調べ上げているから、取り繕ったところであまり意味がないのだけれど。
「少なくとも1ヶ月前の貴臣さんからは想像できないくらいには」
“『とにかく俺は、ただただ平穏にごく普通な高校生活を送れたら、それでいいんですよ・・・・・・一番大切なことはカズたちが幸せになることだから・・・』”
「・・・まあ、あのときは“病み上がり”みたいな感じだったので」
食料を片し終えてテーブルに戻った俺に、海崎さんは1ヶ月前の俺と比べた現状を一言で表す。初めてこの部屋に入った日を思い返す脳裏に、自分が海崎さんに向けて言った言葉が浮かんで消える。
「そりゃあ引き篭もってた2年半と比べると幸せですよ。クラスメイトにも恵まれていますし・・・本当に、1ヶ月後の自分がこうなっているなんて夢にも思いませんでした・・・」
俺の出した麦茶を口に運びながら嬉しそうに真っ直ぐ俺を見る海崎さんへ、改めて本当の気持ちを伝える。平日は毎日学校に通って、仲良くなったクラスメイトと昼休みに笑い合いながら他愛のない話で盛り上がって、休みにはクラスメイトの出ている大会の応援へと行く。素直じゃないと言われようと、かつての自分が出来ていたことがどうにか出来るようになっただけの現状を容易く変われたなんて口には出来ないという気持ちは変わらない。
「最初は自分の選択に自信が持てずに、ただ平穏に1年が過ぎて残された家族が幸せになってくれたらそれでいいと言っていた人が、クラスに馴染もうと自分で“一歩”を踏み出す選択をした。そしてその選択をしたおかげで学校で顔を合わせれば必ず笑って話せるような友達ができて、そんな友達ができたおかげで千鳥さんのことを知ったその人はまた“一歩”を踏み出して自分から手を差し出して友達になったことで、千鳥さんは今まで恐くて踏み出せなかった“一歩”を踏み出せた・・・」
同時に、本当に自分で言うのも思うのも生意気で嫌だけれど、1ヶ月前の薬を飲んで若返ったばかりのときの自分を考えると、心が完全に治ったかどうかは別としてよくここまで立ち直れたなとも思っている自分もいる。
「自分の部屋から出られなかった引き篭もりの人がたった1ヶ月でここまで変われるなんて、貴臣さんも凄いって思いませんか?」
少なくとも17歳だったときの俺は、今よりずっと器用に立ち回れていた。その代わり本当の意味で“友達”といえる奴は1人、また1人といなくなっていった・・・
「・・・もう一度言いますが、俺は海崎さんが思っているほどリライフを始める前と変わってません。これは素直じゃないとかじゃなくて、マジな話です」
今の身体になって1ヶ月と少しが経った“ヒキニート”を真剣な言葉と優しい笑みで労う海崎さんへ、一瞬だけフラッシュバックした17歳のときに見ていた景色を記憶の彼方へ追いやった俺はさっきの言葉が謙遜の照れ隠しではないことを伝える。
「ただ・・・リライフがなかったら、海崎さんと出会わなかったら俺は今日もあの部屋から出られないままだったと思います・・・・・・だからこそ、“いま”に満足はしたくない・・・」
こんな引き篭もりだった自分が、ここまで変われたことを誇りたいとすら思っている気持ちは確かにある。だけど、自分だけが“変われた”現状に満足しているだけじゃ駄目だという気持ちも心の中にはある。だから・・・
“これでも俺、人生を変えるためにリライフやってるので”
なんて、思い切って言い切れるほど俺は強い人間じゃない。もしこんなことがたった1ヶ月で言えるようになれていたら、リライフの御用になるようなヒキニートになんて落ちぶれず、カズに余計なものを背負わせることもきっとなかった。
「俺は・・・もっと“変われる”ようになりたいから・・・」
それでもこの気持ちだけはずっと心の奥に残っているから、いま出来る精一杯の勇気を込めて俺は海崎さんにリライフを始めて1ヶ月が過ぎた心境を明かす。正直、自分で言っておきながらそれなりに恥ずかしさが込み上げてくるくらいには、思い切った。
「いやぁ、やっぱり“イケメン優等生”は言うこともイチイチカッコいいよなぁ~(俺も一度はドヤ顔で言ってみてぇなぁ・・・)」
「マジで
「言っとくけど俺とタカって3つしか違わないからね?」
「知ってるわ」
そんな一世一代とまでは言わないが割と本気で振り絞った勇気を、海崎さんはあの“ニヤケ顔”でわざとらしく茶化す。ぶっちゃけ、海崎さんのニヤケ顔だけは割と本気でうざい。
「ははっスミマセン、ここは何となく空気を和ませたほうが良いかな~と思いまして」
「全く。ホント“そういう”とこっすよ海崎さん」
そんな具合で俺のことを被験者ではなく
「しかし・・・貴臣さんの口から“変わりたい”っていう言葉が出てきただけでも、今日はこうして話を聞けて良かったです」
溜息交じりに呆れ半分で友達ムーブを叱る俺に、再び気を切り替えた海崎さんはサポート課としての言葉を送る。言われてみれば、家族以外の人間に向けてこういう言葉を口から出せるようになったのも、久しぶりのことだ。
「それは良かったですね」
もちろんそれだけのことで満足はしないと決めている俺は、海崎さんの優しさを平常心で受け止める。
“『わたしのわがままを聞いてくれてありがとう・・・大神くん』”
8コ下の友達が出来たことで、今のところ穏やかに過ぎる日常を送る中で俺がリライフを通じて“やるべきこと”が見え始めてきた。
「じゃ、聞きたいことは聞けたので僕は帰ります」
「本当にすぐ帰るんですね」
「嫌なら夜通しで語り合っても全然大歓迎ですが?」
「今すぐ帰ってください」
そして海崎さんは出された麦茶の残りを飲み干すと、聞きたいことは聞けたと満足げな表情を浮かべながら本当に帰り支度を始めた。まあ、こっちとしても早く帰ってくれることに越したことはないが。
「・・・そういえば明後日でしたね?千鳥さんと登校するのは?」
支度を済ませて立ち上がると、海崎さんはわざとらしく思い出したかのように“明後日の約束”のことを口にした。
「ええ、まあ」
もちろん約束をした張本人の俺は、言われなくてもずっとこのことは頭の中で覚えている。
「初めて貴臣さんが千鳥さんに会ったときはサポートする身としてちょっとだけ不安でしたが、早くも一緒に登校する約束にこぎ着けるなんて中々やりますね?」
「“こぎ着ける”ってもうちょいマシな言い方あるだろオイ・・・」
そんな友達になってからたった一週間で一緒に登校する約束をした俺を、海崎さんはまたもわざとらしく褒めながらも揶揄う。相変わらずこの人は、
「とりあえず“それがリライフ”ってことにしておきますけど、さっきから俺のことわざと揶揄ってますよね海崎さん?」
「あ、バレました?(クソッ、先に言われた・・・)」
「見るからに海崎さんはそういう柄じゃなさそうなんで」
お人好しな海崎さんがそういう柄じゃないのはオーラで分かる。だからこうやって被験者の心を揺さぶって刺激を与えるのもきっと、サポート課としての仕事の1つなんだろうと俺は思う。この人もこの人で、結果を出さないと会社から色々と言われる立場なのは一応社会人を経験しているから俺も分かっているつもりだ。
「・・・別に千鳥さんと特別に仲良くなりたいだとか、そういうのじゃないですよ」
“『では・・・月曜日は朝の7時に赤羽駅に集合でお願いします』”
「みんなと一緒に学校に行きたいのに行けないくらい苦しんでた子が、勇気を振り絞って一緒に学校へ行きたいと言ってくれた・・・それがどれだけ勇気と覚悟を伴うことか、他の人より少しだけその“痛み”を知ってる俺なら分かります」
第三者によってSNSに発信されたたった一つの写真付きの投稿がきっかけで、理不尽ないじめを受けて一度は完全に心を閉ざしていたという千鳥。それから今日にかけて黒崎や城野といったかけがえのない友達に支えられながら少しずつ壁を超えて行って、“友達と一緒にみんなと同じ時間に登校する”と自分の意思で決意するところまで彼女は歩いてきた。
「・・・痛みを抱える人を支えてあげたいって思うのは、友達として当然のことでしょ」
それがどれだけ過酷で痛みを伴うことなのか、全部とまでは言い切れないけれど俺は知っている。だから俺は、海崎さんが俺のことを担当者である前に友達として助けようとしているように、次の一歩を踏み出す千鳥を被験者である前に“友達”として助けてやりたいと思っている。
“・・・タカが隣についているとはいえ、俺としてはまだ奈桜さんが周りと同じ時間帯に学校へ登校するのはリスクが高いと思ってる。でも本人が各々でそうすると決めた以上は、俺たちサポート課はタカたちの意思を尊重して見守る事しか出来ない。例え2人の選択が、“過去と向き合う事態”へと進んでいくとしても・・・・・・それを邪魔しちゃいけないのは分かっているけど・・・・・・なんだか“痛い”な・・・”
「でしたら僕のほうから明後日のことをどうこう言う必要はもうないですね」
「そもそもどうこう言ってしまったら“過干渉”になるのでは?」
「それなっ☆」
「よくそれで会社に受かったなアンタ(俺が言うのもアレだし受かった会社も“秘密結社”だけど・・・)」
ダダ洩れな本性を隠して仕事に徹する担当者に向けて逆に包み隠さず本当の気持ちを伝えると、海崎さんはいつも通りのムーブを装って笑みを浮かべながら玄関のほうへと歩き出す。
「というわけで、来週からも引き続きよろしくお願いします」
ただ何となく、海崎さんの表情の些細な部分に“影”のようなものがチラついたのが一瞬だけ見えたような気がした。俺が事故で亡くなったという海崎さんの先輩の墓参りへ一緒に行ったあの日に見た、お供え物の缶コーヒーを無意識に握りしめていた海崎さんの姿が、重なって見えた。
“・・・もしかして海崎さんって・・・”
本当に0コンマほどの瞬間だけ“もしや”の可能性が頭の中に浮かんだが、すぐに“それは違うだろ”と我に戻って脳内から消した。そもそもリライフを通じて俺がやるべきことは海崎さんのことを知ることでも、海崎さんの協力ありきで問題を解決することでもないのは確かだ。
「こちらこそ、来週からもよろしくお願いします」
「もちろんお互い“過干渉”にならない程度に」
「海崎さんこそですよ」
だから俺は魔が差す要領で思い浮かんだ“最短の解決方法”を捨てて、自力で解決する選択をした。登校初日に海崎さんが俺に“焦んなよ”と言っていたように、一番の近道が必ずしも正解だとは限らないことは26年生きてきた中で何度も選択を間違ってきたから分かる。当然これは、誇れるものじゃないけれど。
「では、今日はお邪魔しました。何だかんだで僕も支部大会の試合観戦は楽しかったです」
何てことを考えているなんて全く知らない海崎さんは、いつもの明るげな表情のまま靴を履いて軽く会釈をして、玄関の外へと出ようとする。
「しかし、貴臣さんは羨ましいくらいに友達に恵まれてますね?」
ドアノブへと手を掛けたタイミングで、ふと海崎さんは俺のほうへと振り返る。
「・・・どういう意味ですか?」
その少しだけ意味深そうな海崎さんの言葉に、俺は思ったことをそのまま言葉にして返す。
「ただの“独り言”です。それでは」
「ちょっ、海崎さ・・・」
ガチャ_
すると海崎さんは“独り言”だとあからさまに誤魔化して、そのまま今度こそ帰ってしまった。
「(ほんとに嘘つくの下手だな。海崎さん)」
もうどこからどう見ても独り言じゃないのは明らかだったけれど、俺はそんな海崎さんを追わずに玄関で見送った。というか、いちいち追って独り言の真意を聞くほどのことでもなかった。
「(そうだ、野矢から貰った絵があるんだった)」
玄関で海崎さんを見送り1人きりになったところで、野矢から絵を貰っていたことを思い出した俺は鍵を閉めて部屋へと戻ってリュックサックからクリアファイルを取り出して、その中に収めていた野矢の絵を慎重に取り出す。いつもより疲れ気味とはいえ絶対に大事にすると言っていた後輩の絵を忘れかけるとは、我ながら失礼にも程がある。
「(やっぱ綺麗だよなぁ・・・野矢の描いた絵・・・)」
部屋に帰ってから改めて見る、野矢が描いた俺の絵。黒崎が撮った写真を自分なりに模写したという俺をこうやって見るのは少しの恥ずかしさはあるけれど、やっぱり野矢のモノクロなのに色彩を感じる繊細な絵は本当に綺麗で見入ってしまう。何となく部屋のどこかしらに飾ったら、100均で買った掛け時計とカレンダー以外でこれといった装飾のない殺風景なこの部屋も多少はお洒落にはなるか。
「はぁ・・・描かれてるのが俺じゃなかったらなぁ」
と、部屋を見渡したら急に気持ちが冷静になって溜息と独り言が漏れた。考えてみれば“作者”は違えど自画像を自分の部屋に飾るっていうのは、何だかナルシストが過ぎる気がする。決してナルシズムを否定する気持ちは俺の中にはないつもりだけど、さすがにこの絵を堂々と自分の部屋に飾る勇気は残念ながら俺にはない。
「(もったいないけど “保管”しとくか・・・)」
悩んだ末、俺は野矢の絵をパソコンを置いているデスクの引き出しの中で“保管”することに決めた。もちろん飾らないにしろ、この絵を大切にすること自体は何も変わらない。でもせめて、どこかのタイミングでこの絵のための縁でも買おうか。
「(羨ましいくらい友達に恵まれてる・・・か)」
一度出した野矢の絵をクリアファイルに収めてデスクの引き出しに入れようとしたところで、ふと帰り際の海崎さんに言われたばかりの言葉が頭をよぎる。不器用な一匹狼、優等生のムードメーカー、揶揄い好きの漫研部長、マイペースなバンドマン、クラスで一番の美人、隣のクラスの“ジミー”、めちゃくちゃ絵が上手い後輩。そして“痛み”を抱えながら前に進む頑張り屋・・・・・・羨ましく見えるかは別として、振り返ってみると俺の周りにいる子たちって、何だかみんな濃いな。
「(案外・・・いまの俺って
だけどそれ以上に、みんな1人1人が本当に自分の“やりたい”ことに本気だから、一緒にいるだけで楽しいし、それが俺にとっての刺激になっている。千鳥のこともあるから毎日とは行かなくなるとは思うけれど、それも全部ひっくるめてこんな感じの穏やかで充実した日常が、1日でも多く続いたら・・・
「海崎さんの言う通り・・・だったらいいけど」
野矢から貰った絵で桜咲高校に編入してから今日までのことを振り返った俺は、海崎さんから言われた一言を心で噛みしめながら絵を入れたクリアファイルをデスクの棚に閉まった。
4月26日
今日は3年1組の黒崎愛火からの誘いで
同じく1組の赤間衛士が出場する支部大会の
観戦に出掛けた。
応援の合間の待ち時間には陸上の話を中心に笑い合い、
2年4組に所属する野矢純(※別資料参照)から
被験者自らをモデルにした絵を受け取るなど、
編入したばかりのころに見られた周囲との無意識な隔たりを
感じさせないほど自然に打ち解け合っていた。
そして帰宅したタイミングを図って大神貴臣へ近況報告も兼ねて
改めてリライフ実験に向けた意思を確かめたところ、
本人の言葉を通じて明確に“みんなと関わっていきたい”という
意思を感じ取ることができた。
リライフを通じて何気ない日常を楽しむことで
一度は遠ざけてしまった友達という存在の大切さに
再び気づき始めた大神貴臣の存在が周囲の学生へ
より良い影響を与えていくことを期待するのと共に、
自らが選んだ一歩によって自身の過去と向き合わなければ
いけなくなったときに被験者はどのような選択をするのか
というところにも注意しながら引き続き観察しつつ、
“経験者”として出来る限りのサポートをしていきたい。
『おや?野矢さんのほうから電話をしてくるとは珍しいですね』
同じ漫研の部長の愛火とその“クラスメイト”である貴臣と一緒に陸上の支部大会の観戦に出掛けていた純は、自分の部屋に着くや否や誰かに電話をかけていた。
「今日はその、どうしても夜明さんに伝えたいことがあって」
『伝えたいこと。これはまた急ですね』
電話の話し相手は、純と同じ日に同じ2年4組のクラスに“男子生徒”として編入した了である。
「周りの人より絵を描くのが得意だってこと以外は全く取り柄がない、運動も勉強も
そんな貴臣と新太が編入した日に同じく桜咲高校の2年4組へ編入した彼女には、絶対に部外者には漏れてはいけない門外不出の“秘密”があった。
「まだまだ不安で恐いところもありますが・・・頑張って自分なりの“リライフ”をしていこうと、今日までのことを振り返ってそう思いました」
『そうですか・・・野矢さんからそう言っていただけるのは、サポート課として本当に嬉しいです』
4月26日
今日は漫画研究部(※以下、漫研)の部長である黒崎愛火から
誘われる形で応援のため陸上競技の支部大会の観戦に行った。
そこで漫研の課題を通じて絵をプレゼントすることになった
3年1組に所属する大神貴臣(※別資料参照)と初めて顔を合わせた。
初対面だったこともあり最初はやや緊張気味だったものの
支部大会の応援を通じて少しずつ打ち解け、
無事に絵をプレゼントし連絡先の交換も行った。
実験が始まり約1ヶ月。
まだクラスには思うように馴染めていない節はあるが、
ありのままの自分を受け入れてくれる人たちとの出会いが
過去の挫折で一度閉ざされてしまった野矢純の心に
良い影響を与えてくれることに期待しつつ、
引き続き経過を見守りたい。
もう勘づいている人もいるかと思いますが、そういうことです。