「・・・ごめん・・・やっぱりこれ以上ルカは巻き込みたくないから・・・・・・もう俺たち別れよう・・・」
ピッピッピッピッ_ピッピッピッピッ_ピッピッ_
「・・・んー」
いつもの起床時間を知らせるアラームの音で夢から醒めて、眠気眼のまま半分手探りの状態でアラームを止める。
「・・・・・・」
アラームを止めて、夢と現実の中間ぐらいの意識が一気に現実へ起き上がっていくのに合わせるように、ベッドから起き上がる。
「(・・・夢か・・・そりゃそうだよな)」
つい10秒前まで、俺の意識は青葉高校に通っていた頃に戻っていた。しかもよりによって、“あいつ”と別れた日のこと。夢で良かったと安堵する反面、思い出したくはない記憶を見てしまったせいで寝起きから少し憂鬱だ。まぁ、だからといって過去の夢はたまに見たりはしているから夢だと分かればもう気持ちはこれ以上引っ張られることはない。
「(にしても何で今日に限って見ちゃうかな・・・)」
ただ今日はリライフが始まって以来の、一番“重要”な日。科学的根拠なんてものがないのは分かっているけれど、こんな大切な日に悪夢を見てしまうのはそれだけで何だか不吉な気分になる。だから千鳥と一緒に登校する今日に限っては、過去の夢は見たくはなかった。
「・・・はぁ」
といった感じに心が愚痴を溢しても、千鳥のことを考えるとたかが夢ごときで気分が落ち込んだままのわけには行かないから、溜息と共に身体から“毒のような感情”を吐き出して俺は部屋のカーテンを開けてそのまま朝食の準備を始めた。
4月28日
今日は千鳥奈桜との登校日_
「(・・・あ、いた)」
約束していた午前7時。住処のアパートの最寄り駅でもある赤羽駅の北改札口に向かうと、ちょうど切符売り場の前に千鳥が待っているのが見えた。実は10分前くらいには駅に行って待つことも考えたものの、先に待っていたら“待たせてしまった”と千鳥に思わせてしまう気がして7時ジャストに改札口に着く計算でアパートを出てみたら、どうやら逆に千鳥を待たせてしまったみたいだ。これはこれで、シンプルに申し訳ない。
「おはよう、千鳥さん」
「おはよう。大神くん」
なるべく“ごめんなさい”と萎縮した気持ちが表に出ないように明るい表情を繕い近づきがてらに手を振りながら声をかけると、千鳥は軽く会釈しながら“タメ口”で挨拶を返す。こうやって誰かと一緒に学校へ登校すること自体が本当に久しぶりなせいか、リードしなければいけない俺のほうがもう既に少しだけ緊張している。
「ひょっとして待った?」
「まぁ、本音を言うと10分ほど」
「マジか。それは本当にごめん(まさかの10分前集合で良かったパターンだった・・・)」
「いえいえ。これは別に、わたしが集合時間より10分早く行動するってことを心掛けてるだけだから」
「そうなんだ・・・」
ちなみに千鳥へ待ったかどうかを試しに聞いてみたら、10分前にはこの場所に着いていたらしい。リアルに学生だったときはバイトのとき以外は集合時間ピッタリに来ていた俺からすれば真面目だとはいえ相手はまだ
「・・・もしかして変かな?」
「何が?」
「7時集合って自分から言っておいて10分前に来て待ってるのって」
「ううん、全然変じゃないよ。別に遅刻してるわけじゃないし」
「そう。だったらいいんだけど」
しかしこの子、“待った?”と聞かれても気を遣うことなくド直球に待った時間を相手に言ってきたりとか、自分で10分前に来ると決めているのにわざわざ早く着いたことを変かどうか聞いてきたりとか、ちゃんとしているように見えて意外と変わったところもありそうだ。何だか赤間や野矢とは違ったベクトルで変に正直だから、こうやって話しているだけで面白い。
「とりあえずここで立ち話みたいなことをしてても邪魔になるから、そろそろ行く?」
「あぁうん。そうだね」
なんて話せば話すほど明るみになる個性的な千鳥の人柄に内心で微笑ましさを感じていたら、リードするつもりが逆にリードされる形で俺は彼女の後に続くように改札を抜けて行き慣れた7番線のホームへと足を進める。
「そういえば大神くんって、赤羽のどのあたりに住んでるの?」
「東口のほう。千鳥さんは?」
「わたしは西口」
「へぇ~西口のほうなんだ(駅の向こうはまだ一回ぐらいしか歩いたことないからよく分かんないけど・・・)」
「大神くんって絶対一回ぐらいしか行ったことないでしょ
「バレた?(回数まで当てるとかエスパーかこの子?)」
「如何にも適当なそのリアクションを見れば分かるよ」
「適当て」
7番線ホームへの階段へ向かう途中で、左隣を歩くエスパー並みに勘も鋭い千鳥が淡々とした口調で会話の続きを始める。そのテンションと足取りは、久しぶりに周りのみんなと同じ時間帯に学校へ登校するとは思えないくらいに、普通だ。
「そういう千鳥さんは詳しいの?
「マウント?」
「いや、流れ的に何となく気になって(“マウント”て・・・)」
「なるほど、それはごめんなさい」
「全然謝る必要なんてないんだけどね?(意外と素直・・・)」
それにしてもこの子、独特な感性をしてるのがさり気ない言葉の返しに現れているから話せば話すほど面白くて、その様子が可愛くて何だか隣でこうして見ているだけで癒される。
「東口はアーケードのところに行きつけの本屋があるから、休みの日とかはそこに立ち寄ったり読みたい本を買ったりしてる」
「・・・あ~、あの本屋か」
「そう。大神くんが学生証を落としたところ」
「あははっ、そうだあったよなぁそんなこと(地味にリライフが終わりかけたけど・・・)」
「“あったよなぁ”で済む話じゃなかったと思うんだけど?」
「ハイ、スイマセン」
ホームへと繋がる階段を同じペースで上がりながら、学生証を落としたことをやや真面目に叱られつつもアーケードの商店街の中にある本屋で初めて会ったときのことで俺と千鳥は軽く盛り上がる。
「でもまさか・・・あのとき拾った学生証の持ち主が同じクラスになった人で、その持ち主がわたしにとっての新しい“友達”になって、こうして一緒に登校するなんて・・・夢にも思わなかった」
ホームまで上がったところで、千鳥は思い耽った表情を浮かべて友達になった俺たちのこれまでを振り返る。
「・・・俺も学生証を拾ってくれた“恩人”が同じクラスの人で、こんなに早く友達になれるとは思わなかったよ」
「当たり前なことをしただけなのに“恩人”はさすがに言い過ぎでしょ」
「そうかな?俺は割と本気で助かったって思ってるよ」
「まあ・・・恩人って言われて嫌な気分にはならないけれど」
初めて会った日を思い浮かべているであろう千鳥に学生証を拾ってくれた恩も込めて同じような言葉を返したら、真面目な顔で“言い過ぎだ”と8つ下の女子からツッコまれた後、控えめに満更じゃないことを打ち明けられた。
「ははっ、なら良かった」
こうしてまるでいつものことのように駅のホームに立って電車を待つ千鳥を見ていると、本当にこの子がつい先週まで周りのみんなと会うことを避けるように時間をずらして学校に通っていたのか?と俺は思ってしまう。例えばスタートラインに立った陸上選手のスタート直前の緊張感みたいに、千鳥にとっては俺と一緒に学校へ行く約束をするところが緊張のピークで、いざ勇気を振り絞ってみたら意外と平気だった・・・なんてパターンかもしれないと、俺は思った。
「大神くんも覚えてると思うんだけど・・・わたしと大神くんが “友達”になった日にさ、実はみんなが学校に通う時間帯と同じタイミングで桜咲に行こうとしてたんだよね。わたし」
そんな千鳥が、隣で同じく線の内側で電車を待つ俺に友達になった日のことを打ち明ける。彼女が言おうとしていたことが何なのかは、一瞬で察した。
「何とか駅までは行けたんだけど・・・改札から出るところまで来たところで恐くなっちゃって・・・・・・あのときも大神くんが隣にいたのに、まだ偶然会って軽く話しただけだから編入生の大神くんのことが信じ切れなくて・・・あとちょっとだったけど、駄目だった」
“『すみません・・・先に学校へ行っててもらえますか?』”
「でも今日は・・・行ける気がする」
前のほうを見つめながら、千鳥は少しだけ表情を綻ばせて静かに微笑む。その横顔はあのとき電車の中でバッタリ会ったときのような自分を奮い立たせるための“強がり”と、それを上回る友達がすぐ隣にいることの“安心”が交じった顔をしていた。
「・・・そっか」
やっぱりまだ、不安なことは不安みたいだ。だけど“行ける気がする”と言葉にしたときの千鳥の目は、真っ直ぐに前を見据えていて自信を覗かせていた。自分を棚に上げるつもりなんてこれっぽっちもないけれど、それはきっと自分の隣に信じることができる友達がいるから、なのかもしれない。
“・・・ならきっと、大丈夫だよ・・・”
「じゃあ行こうか。一緒に」
前を向いたまま決意に似た自分の気持ちを打ち明けた千鳥に、俺もまた自分の気持ちを伝える。本当は心の中で“大丈夫だよ”という言葉が浮かんだけれど、その言葉に傷つけられてきた俺にはまだ、それを言葉にして相手に伝える勇気はないみたいだ。きっとこの世界は、 “大丈夫”という魔法の言葉によって救われた人間のほうが圧倒的に多いのだろう。だけど自分に言い聞かせていた“大丈夫”で心を壊した俺は、そうはなれなかった。
「なに当たり前なことを言ってるの大神くん?」
「ははっ、確かに」
「やっぱり大神くんって変わったところあるよね?」
「(それは君も大概かと・・・)」
もちろん千鳥も、俺と同じで“大丈夫”という言葉に傷つけられた人だ。そんな彼女には、やっぱりまだ気安く気持ちを和らげる魔法の言葉なんてかけられないから、今はこれで十分だと俺は思う。海崎さんも言っていたように、リライフで大事なのは“焦らない”ことだ。
「(そういえば黒崎たちに千鳥のことまだ伝えてなかったな・・・・・・まぁ今更伝えてどうこうなる話じゃないから、事後報告になるけど昼休みに話すか)」
『まもなく、7番線に、りんかい線直通、通勤快速、新木場行きがまいります。危ないですから、黄色い点字ブロックまで、お下がりください』
俺と千鳥との間に沈黙が流れた直後、それを掻き消すように7番線のホームに駅の構内放送が流れて、学校の最寄り駅の方面へと向かう実質“各停”の通勤快速がホームへと進入した。
“『貴臣!今日も学校終わったらサッカーしようぜ!』”
“『うん、いいね』”
クラスのお調子者のグループにいた中学までの友達とつるむようになった小5の頃を境に、本ばかりを読んでいて一緒に登校するような友達がいなかった俺の周りは一変した。学校の授業が終わればグラウンドでサッカーをしたり、秘密基地みたいなスポットを見つけてそこで日が暮れるまで遊んだり、友達の家に行って夕方のチャイムが鳴って慌てて帰るまでテレビゲームをしたりという日常を繰り返すうちに、気が付けば俺の周りには常に“友達”がいるのが当たり前になっていた。
“『タカ?テスト終わったし部活もねぇしどうする?』”
“『・・・とりあえず俺んちでスマブラっとく?』”
“『いいねえ!』”
“『乗った!』“
やがて中学に上がると、元から成績が良かった勉強はもちろんスポーツも外で走りまくるように遊んでいたおかげでそこそこ出来るようになった俺は次第に周りから“ムードメーカー”の如く慕われるようになり、それまでは友達の輪の中にいる1人に過ぎなかった俺はいつの間にか輪の中心になっていた。もちろん俺はクラスの人気者だとかリーダーになりたかったわけじゃなくて、ただ周りにいるクラスのみんなとしょうもない話ひとつで笑っていられる何気ない瞬間が何より好きだった。
“『俺たちはどのクラスよりも走って、バトンパスも練習してきたから、みんなが全力を出せば絶対に勝てる。だから・・・・・・ドン引くぐらいぶっちぎってやりましょう!』”
“『『オォォイ!!』』”
“『絶対勝つぞォ!!』”
“『『オォォウ!!』』”
“『3年3組ィィッ!!』”
“『『ファイヤァァァッ!!』』”
そんな中学時代の一番の思い出は、中3のときの体育祭。生徒会長をやっていた俺は3組の“キャプテン”として3組のみんなを引っ張った。そしてみんなが頑張ったおかげで俺のいたクラスはぶっちぎりとは行かなかったもののリレーで見事に優勝して、俺はクラスどころか学校中のヒーローになった。だけど俺にとっては学校のヒーローになれたことなんかどうでも良くて、たった3年間しか一緒にいられないメンバーでこれ以上ないくらいに最高の思い出を作ることが出来たことが、本当に心の底から嬉しかった。
“『大神貴臣くん・・・・・・好きです』”
それから半年が経った中学の卒業間際、俺の隣にいる人は友達から“恋人”へと変わった。
「・・・どうしたの千鳥さん?」
昇降口の前まで来たところで、ここまで順調に俺の隣を歩いていた千鳥の足が止まる。
「ちょっとごめん。深呼吸していいかな?」
歩む足を止めた千鳥に声を掛けると、さっきまでとは打って変わったやや緊張気味な声と視線が俺に向けられる。電車に乗ってからは口数こそ少し減ったものの前は克服出来なかった池袋駅の改札を抜けて、桜咲の門をくぐるところまでは順調に足を進めていた。
「いいよ。自分のペースで行こう」
「・・・では、お言葉に甘えて」
同じ制服を着た生徒が次々と入っていく昇降口を前にして立ち止まり胸に手を当て呼吸を整える千鳥を、俺は見守りながら“待つ”。きっとこの子にはいま、初めてこの高校の門をくぐったときの俺とは比較になんてならないほどの緊張と恐怖が襲い掛かっている。
「・・・ふぅ」
3回ほど深呼吸をして、千鳥は俯き気味だった視線を昇降口へと向ける。どうやらこの子なりに、心の準備が出来たみたいだ。
「行ける?千鳥さん?」
「うん・・・もう大丈夫」
それを見て思い切って行けるかどうかを聞くと、意を決した表情で“大丈夫”と千鳥は答えて俺より一歩先に進んで昇降口へと入って行く。つい昨日まで自分1人だけだった場所に溢れる幾つもの足音と声。その中に意を決して飛び込んでいく“痛み”が、伝染するように俺の心にも伝う。当然まだ会って少ししか経っていない俺は、千鳥の全部は分からない。だけどこの子が口にする“大丈夫”という言葉が弱る心を守るための常套句なのは、同じように言い聞かせてきた俺にはよく分かる。
「自分のロッカーの場所は分かる?」
「?そんなのいつも使ってるから分かるに決まってるよ」
「あぁごめん、そうだった」
「ひょっとして大神くんってバカなの?」
「これでも一応勉強は出来るほうなんだけどね」
「まぁ、“馬鹿と天才は紙一重”だってよく聞くけど」
「千鳥さんってたまに辛辣になるよね・・・」
よく分かるからこそ、俺はお節介に手を差し伸べようとする衝動を抑えて、“ボケ”を演じて場を和ませながら昇降口の下駄箱でローファーから上履きのサンダルへ履き替える千鳥を見守る。こんなふうに相手に余計なプレッシャーが加わらないようにさり気なく気遣うのもまた、バイトと社会人生活で俺が学んだ現代社会を生きていくために身に付けた術のひとつだ。
結局はその術を全く使いこなせていなかったから、俺はここにいるわけだけど・・・
「・・・本当はわたしにずっと気を遣ってくれてるでしょ?」
ほんの一瞬だけネガティブに落ちかけた意識に、その核心を突いた言葉が響いて夢から醒めるように我へと戻る。
「えっ、いや俺は」
「わかるよ・・・・・・だって、大神くんが“優しい人”なのは、愛火ちゃんからもう何回も聞いてるから・・・」
真後ろで見守っていた俺の言葉を遮って振り向くと、千鳥は俺の顔を見て少しだけ照れたような表情を浮かべていた。
「だから、ありがとう・・・大神くん」
そして気を遣っていたことを謝ろうとした俺を再び遮るように、千鳥は表情を変えないまま久しぶりに周りのみんなと同じ時間で学校まで登校できた感謝を告げた。
“そっか・・・笑うとこんなに明るいんだ、この子・・・”
これが心の底からの笑顔かと言われたらまだ控えめかもしれないけれど、それは俺が今まで見た数少ない笑顔の中で一番明るい笑顔だった。
「うん。どういたしまして」
何となく黒崎が言っていた明るかったときの千鳥が垣間見える控えめな笑顔から言われた本心に、俺は“礼を言われるようなことなんて何もしてないよ”と気を遣わず、思ったことをそのままの形で伝えて上履きへ履き替える。昇降口の前で立ち止まったときは不安がよぎったが、この子は俺の想像よりも容易く“壁”を超えてみせた。
“・・・本当に強いな・・・この子は・・・”
「・・・ちょっと、恥ずかしいからあんまりわたしの顔を見ないでくれるかな大神くん?」
「えっ?あぁごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけどね」
そんな頑張り屋が見せた強がりではない素直な表情に感心していたら、ずっと自分の顔を見ていたことを千鳥から割と本気のトーンで叱られた。本当にそんなつもりじゃなかったのは事実として、明るい笑顔を浮かべるこの子を見ていたら無心に“親心”的なものが働いて、嬉しさのあまりずっと見ていた。とりあえず言えるのは、俺の外見が“そのまま”だったら余裕で通報される案件だった。
「言っとくけど相手が変質者だったら即“通報”してるよ」
「それは普通に通報でよろしいかと・・・(ていうかこの子ってやっぱり天然だよな絶対・・・可愛いからむしろ全然いいけど)」
という具合に実は中身は“秘密結社が開発した薬で17歳に若返った25歳のヒキニート”という変質者よりも変質者な俺の正体なんて知る由もない千鳥は、またどこか無愛想でクールないつもの表情に戻り玄関の通路へと出て、進路指導室のある校舎の2階のほうへと足を進め始める。恐怖を乗り越えていまこうして周りのみんなと同じ時間に昇降口に入って上履きのサンダルを履いて玄関の通路に立つこの子は、まるで
“良かった。この調子であとは進路指導室へ”
「・・・すみません!」
その様子に安心して半歩ほど遅れて進路指導室へと向かおうとした瞬間、背後から結構な勢いで女子から声をかけられた。思わず驚いた俺は千鳥と同時に声がした後ろのほうへと振り返る。声を聞いた時点で分かっていたけど、振り返ると全く面識のない女子が立っていた。
「“奈桜先輩”・・・私のこと、覚えてますか?」
振り返るや否や、千鳥より少し小柄な初対面の子は俺の隣で同じように振り返った千鳥に自分のことを問いかける。何が起きているのか全く分からない俺は完全に置いてけぼりを食らっているが、どうやら後輩らしい彼女は千鳥と何かしらの面識があるというのだけは分かった。
「うん・・・
「覚えていてくれてたんですね・・・ありがとうございます」
“モモカ”という名前の子は、先輩の千鳥に自分のことを覚えてくれていたことにやや緊張した様子で感謝する。ただしこの状況に全くついて行けていない俺には、何が起きているのかまるで分からない。
「千鳥さん、この人は?」
「・・・この子は」
「すみません、初めましての人がいるのに訳が分からないですよね・・・私は2年4組の
どうにか状況を理解するためいきなり話しかけてきたモモカという子が誰なのかを千鳥に聞こうとしたら、本人が被せる恰好で代わりに自分のことを話してきた。ようやくこの2人がどういう関係なのか、今がどういう状況なのかが少しだけ見えてきた。
「そうなんだ・・・君は千鳥さんの後輩なんだね」
「はい・・・ちなみに奈桜先輩と同じクラスの人ですか?」
「うん。一応そんな感じ」
ただ気掛かりなのは、隣にいる千鳥の表情が再び強張り始めたこと。後輩と久しぶりに会ってしまった予定外の緊張とはまた違うような、何かに怯えているような視線を千鳥は後輩の子に向けていること。
“・・・何かが引っかかる・・・”
「あの・・・いきなりこんなことを言われても困るのは承知ですが、ほんの少しだけでいいので奈桜先輩と2人だけにさせてもらってもよろしいですか?」
どことなく引っかかる後輩の子の言葉にただならぬ違和感を覚えたのを合図にするように、その子は俺に千鳥と“2人だけ”にして欲しいと頭を下げてお願いしてきた。
「・・・それはどうして?」
何かがおかしいことを気配で感じつつも、俺はその理由を後輩の子へと聞いた。
「・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・」
そして2人で話したい理由を聞かれた後輩の子が頭を上げたところでふと右隣に横目を向けると、千鳥は目の前に立つ後輩を荒れた呼吸と怯えた目で見つめていて、鞄を握り締める右手は微かに震えていた。
“『(・・・お前らみんな死ねばいい・・・家族を守らないといけない苦しみも知らないくせに・・・俺のことなんか何も知らないくせに・・・)』”
「ここでは言えないんですけど・・・奈桜先輩にどうしても伝えたいことが」
「それって今じゃなきゃ駄目か?」
気が付くと俺は、目の前にいる和白に怒りのような感情をぶつけていた。
「千鳥さんと何があったかなんて俺は知らないけどさ・・・・・・“そういう”のは違うだろ」
自分でも驚くくらい、冷めた感情が声と言葉になって口から出ていた。和白に何一つ悪気なんてないのは分かっていたけれど、その悪意のない善意が千鳥の心を傷つけていると感じ取った俺は“ふざけるな”という気持ちが先走って、感情のままに言葉をぶつけて彼女を叱った。
「そう、ですよね・・・こんなの都合が良過ぎますよね・・・・・・すみませんでした!」
自分なりの勇気を込めた善意に正論を突き付けられる形になった和白は、キャパシティを超える感情に駆られたのか目に薄っすらと涙を浮かべながら、意味深な言葉と共に俺と千鳥に深々と頭を下げて逃げるように反対方向へと走り去って行く。
「(違う・・・俺はこんなつもりじゃ・・・)」
本当に分かっていた。和白はただ、千鳥に自分の気持ちを伝えて、“何か”について話したいだけだったこと。あの子なりにかなりの勇気を振り絞って、久しぶりに自分たちと同じ時間に学校へ来た千鳥へ話しかけていたこと。あの子にはあの子の“事情”がちゃんとあったということ。もちろん千鳥のことを考えると、俺が止めに入る選択はきっと正しかった。
「(なに泣かしてんだよ・・・俺・・・)」
だけど、あんな
最低だ・・・・・・
バサッ_
「・・・千鳥さん?」
真横で何かが床に落ちる音が聞こえた。再びネガティブな感情に落ちていた俺は我に返って横を向くと、右手に持っていた鞄を床に落とした千鳥が力なく突っ立っているのが見えた。
「千鳥さん、大丈・・・」
俺が声をかけようとした瞬間、千鳥は膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。