ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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今週のアオのハコ、いくらなんでも脳破壊が過ぎる。


ヒキニート、背負う

 「・・・千鳥さん・・・千鳥さん!」

 「・・・・・・」

 

 倒れ込んだ千鳥の身体を咄嗟に抱え込むように支えながら廊下の壁に寄りかからせて、俺は必死に声をかける。だけど返ってくるのはざわつき始めた昇降口の中で微かに聞こえる呼吸だけ。

 

 「(熱は・・・ないか)」

 

 壁に力なくぐったりと寄りかかる千鳥の頭に手をやる。暖かいけどひとまず熱はなさそうだけど、安心なんて全く出来ない。

 

 「千鳥さん、聞こえる?」

 「・・・・・・」

 

 肩を揺さぶってもう一度呼びかけてみるも、やっぱり反応がない。きっと千鳥はいきなり目の前に現れた和白を前にしてパニックになって、あの子が走り去って行ったところで一気に気が抜けて気を失ってしまったんだろうと俺は考察する。

 

 「(とりあえず保健室に連れてかないと・・・)」

 

 ひとまず呼吸は一定のリズムでしているから命の危険だとかそんなのではないとはいえ、こんなところで声を掛け続けるよりは保健室に今すぐ連れて行ったほうがいいのは確かだ。

 

 「ごめん。背負(おぶ)るよ千鳥さん」

 

 念のために保健室へと連れて行く前にぐったりとしている千鳥に声をかけて、俺は背負っていたリュックを降ろして彼女の身体を背中に背負う準備をする。

 

 「(そうだ、リュックと鞄があるんだった)」

 

 ただ問題は、俺がいまから千鳥を背負って保健室へ行くとなると自分のリュックと千鳥の鞄を持つ手がなくなるから、誰かに持って行ってもらうことになる。おまけに状況を考えたら、先生も呼んだ方がいい。

 

 「ねえ、あれどうしたの?

 「何か倒れたっぽいよ

 「マジで!?

 「これ先生に言ったほうが良くね?

 「けどもう誰か助けてるしいいだろ別に

 

 これは誰かに手伝ってもらうしかないと周りに意識を向けると、昇降口を通るこの学校の生徒たちが俺と千鳥に視線を向けているのに気付いた。だけど向けられるその視線は“既に誰かが助けてるから大丈夫”、“きっと誰かが手伝ってくれるだろう”と互いが互いをけん制し合った挙句に誰も手を出さず、ゆっくりと避けて通り過ぎるという集団心理(やじうま)のそれだった。

 

 「(・・・“現代っ子”どもが・・・)」

 

 半ば野次馬と化している周りの生徒にしびれを切らした俺は、周りにいる生徒たちに助けを求めようとした。

 

 「っ!・・・」

 

 

 

 

 

 

 “『さっさと会社辞めてくれねぇかな大神のやつ』”

 “『ほんとな~、アイツが同じ部署にいるせいで俺たちはいい迷惑だよ』”

 “『“出来るイケメン”は何をやっても許されるって、絶対勘違いしてるでしょアレ・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・」

 

 助けを求めようとして声を出そうと口を開けるも、肝心の声が出てこない。“誰でもいいから先生呼んできて!”と、たった一言だけ言えば済むだけの話なのに、周りにいる生徒のひそひそとした声で記憶の奥底にある“トラウマ”が呼び覚まされて、身体に入る空気が薄くなる。

 

 “なんでこんなときに・・・!

 

 頭の中を埋め尽くすじわじわと心を壊していった幾つもの言葉を記憶の奥へ追い出そうとすればするほど、視界が狭くなって心拍数が上がっていく。この心を壊していったかつての同僚の奴らが陰口をしているところを耳にするたびに、こんなふうに俺の周りにある酸素は“薄く”なっていった。その度に俺は、この世界に自分の味方なんて誰もいないと心の中で毒づいては、“お前には家族がいるだろ”と心の中で励ましていた。それを繰り返していたら限界を超えてしまった。

 

 「・・・はぁ・・・」

 

 そんな過去(こと)より今は、とにかく千鳥を保健室に連れていかないといけないのに、なんでこんなときに・・・

 

 “誰か・・・!

 

 

 

 

 

 

 いつまで経っても過去に振り回されて、また(おまえ)は間違える・・・何しに学校(ここ)に来てんだよ?(おまえ)は?

 

 

 

 

 

 「・・・大神、くん?」

 

 しゃがみ込んで背負ったままの姿勢で荒れ始めた呼吸をどうにか整えることで精一杯の狭まった視界が、背中から聞こえた千鳥の声でトラウマに苛まれていた意識と共に段々と正常に戻されていく。

 

 “そうだ・・・いまは自分の過去(こと)に苛まれてる暇なんてない・・・

 

 「千鳥さん?大丈夫?」

 「・・・ごめん。とりあえず一旦下ろしてくれる?」

 「あぁうん、分かった。一回降ろすね」

 

 目が覚めた千鳥から下ろして欲しいと言われた俺は、背中に背負った千鳥を一旦降ろして、ゆっくりと壁に寄りかからせてその場に座らせる。自分がどうなったのかは全く理解してないのは当たり前だけれど、この子が目を覚ましたのが分かり俺の心拍数は安堵と共に落ち着いていく。

 

 「大神くん・・・わたしに何があったの?」

 「えーっと、何て説明したらいいのか分からないけど・・・気絶してた」

 「気絶・・・」

 

 そして壁に背中をつけて座る千鳥に何が起こったのかを大雑把に伝えると、案の定“訳が分からない”と言いたげな表情で俯かれた。無理はない。俺だって全く同じ状況でこんなことを言われたら、余裕で頭がパンクする。

 

 「気絶してたんだ・・・わたし」

 

 正直言ってこんなときにどうやって説明すればいいのかなんて俺には全く分からないし、余計なことを言ってまた傷つけたりなんかはしたくない。

 

 「千鳥さん。とりあえず今日はもう無理はしないでこのまま保健室に」

 「わたしはもう大丈夫だよ・・・自分でも立てるし身体も何ともないし」

 

 とにかく精神的なショックを少なからず受けたこの子にはもう無理はさせまいと千鳥を保健室へ連れて行こうと声をかけると、俺の言葉を遮って千鳥は“大丈夫”だと言ってそのまま立ち上がろうとした。

 

 「“大丈夫”なわけないでしょ

 

 明らかに大丈夫なんかじゃない“大丈夫”という言葉と一緒に立ち上がろうとした千鳥の肩に手をやり、俺はなるべく相手が傷つかないように優しく叱る。

 

 「無理しちゃ駄目だよ。千鳥さん

 

 いまの状態の千鳥に、はっきり言ってこんな叱るような言葉をぶつけるのはそれだけで胸が痛む。

 

 「・・・やっぱり・・・頭の良い大神くんにはもうお見通しだよね・・・」

 

 優しく叱った俺の目を見て、千鳥は泣きそうな眼つきで自嘲気味に笑って自分の気持ちを誤魔化す。もしかしたらもっといい方法やかけるべき言葉があったんじゃないかって、強がるその顔を見て後悔に似た思いが身体を駆け巡る。それでもいまこの子の“大丈夫”を肯定してしまったらそれが傷になってしまう気がしたから、こうするしか思いつかなかった。

 

 「・・・わたしってさ・・・いつもこうなっちゃうんだよ・・・・・・もう過去のことなんていい加減全部“終わり”にして、またみんなと仲良く笑って話せるようになりたいって・・・たったそれだけなのに・・・

 

 “無理をしちゃ駄目だ”と言われて自分の置かれた状況を理解した千鳥の口から大丈夫の裏側に隠された本音が出てくるのと一緒に、両目に薄っすらと涙が浮かぶ。

 

 「・・・急にこんなこと言われたって、困るよね・・・・・・本当にごめん・・・

 

 上擦りそうな声で紡ぎながらごめんと口にして俯く千鳥の目から、涙が頬を伝うようにゆっくりと落ちる。

 

 「・・・そんなことないよ

 

 こういうときに限って、気の利いた一言が全く出てこない。せっかく覚悟を決めて千鳥と正面から向き合おうとしていたはずの後輩の子を一時の感情で拒絶して、罪悪感に溺れながら助けを求めているこの子の心を軽くする慰めの言葉の1つすら掛けられず、俯き座るその肩に手を添えただ傍でじっとしていることしかできない。

 

 「そんなこと・・・

 

 本当に、さっきから俺は何をやっているんだ。何がしたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 “『貴臣がこんなに“冷たい”人だったなんて・・・・・・思わなかった』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・奈桜!?

 

 自分自身への罪悪に沈む千鳥を慰めようとするだけで精一杯な俺の背後で、誰かがこの子の名前を呼ぶ声と駆け寄る足音が聞こえた。

 

 「・・・と、誰?」

 

 振り返りざま、俺と目が合った千鳥の知り合いと思われるショートヘアの女子は、初めて見る俺の顔をまじまじと見つめるように見下ろして、壁に寄りかかり座り込む千鳥のほうへと目をやる。

 

 「・・・!?」

 「あの、俺は」

 

 ガシッ_

 

 「アンタ奈桜に何した?

 

 このままだと変に気まずくなりそうだと思って立ち上がって事情を話そうとしたら、知り合いと思われる子は俺の両肩を強く掴んで睨みながら静かに責め立てた。千鳥が座り込んで泣いているのを見て、俺が“乱暴なことをして泣かせた”と思って怒っているのは一瞬で分かった。

 

 「(りん)ちゃん違うの!

 

 誤解で責められる俺を、座り込んでいる千鳥が庇う。

 

 「この人は4月に桜咲に編入してきた大神くんで、何にも悪くないどころかわたしを助けてくれたから・・・」

 「大神・・・・・・あー、ひょっとして例の転校生?」

 「例の?」

 「4月のテストで編入早々3教科満点を叩き出したっていうイケメン転校生。ってアタシの“元カレ”から噂で聞いてる」

 「元カレ・・・っていうか元カレから聞くか普通?)」

 

 千鳥が咄嗟に誤解を解いてくれたおかげか、知り合いの子の表情から怒りがスッと抜けていく。こんなことを口にできる空気じゃないけれど、薄めの金髪で自分とほぼ同じくらいの背丈なこの子から両肩を掴まれ眼前で睨まれると普通にビビるレベルで恐い。あと、タイミング的に不謹慎だけど“元カレ”が若干気になる。

 

 「あの、とりあえず手だけは離してもらえると助かるかも。地味に痛いんで・・・」

 「えっ?あぁごめんごめん」

 

 とりあえず誤解が解けたタイミングで、俺はずっと強く掴まれている手を離すように言って、肩を掴んだ手が離れる。怒りに任せたかなり強い力で握られたせいか、軽くなった両肩は組体操のタワーをやった後のようにジンジンと痛む。

 

 「(離されたら離されたで肩が痛えぇ・・・)」

 

 さてはこの子、相当握力が強いな。この痛みは下手をしたら、明日に響くやつかもしれない。

 

 「というか奈桜がこの時間に学校来るのすっごい久しぶりじゃん」

 「うん・・・頑張って来てみた」

 

 と、強く掴まれ痛めた肩を気にしている隙に、その子はさっきまで俺がいた隣にしゃがんで千鳥に明るい様子で話しかける。

 

 「へぇ~、すごいじゃん」

 「でも、昇降口(ここ)まで来たところでパニックになっちゃった」

 「うん。そっか」

 「せっかく大神くんについてきてもらったのに・・・また迷惑かけちゃった」

 「そっかぁ~、でもしょうがないよそれは。あ、ハンカチいる?」

 「うん・・・ありがと」

 「ほんとによく頑張ったと思うよ、奈桜は」

 「・・・うん」

 

 下手に言葉を選んで同情するような素振りは見せず、千鳥の言葉にただひたすら頷いて自然体で寄り添う。そのさり気ない優しさに、千鳥の表情が少しずつながらも穏やかになっていく。本当はこういうことを、一番近くにいた“大人”の俺がやらなければいけないのに。

 

 「大神くんもごめんね。奈桜が泣いてるの見てアタシちょっと気が動転してた」

 「ううん、俺のほうこそごめん」

 「大神くんは何も悪くないんだからもう謝らない。ちなみにアタシは2組の藤ノ木(ふじのき)ね」

 「2組の藤ノ木さん・・・うん、覚えた」

 「やったっ、これでアタシも噂の大神くんから名前覚えてもらえた♪」

 「“噂”とは?

 

 気の利く言葉すら浮かばなかった自分を比べて呆然としかけていた俺を、藤ノ木は友達の千鳥を慰めながら気さくに笑いかける。千鳥のことを本当に想ってくれている友達がいることに安堵する一方で、8つ年下の子に気を遣われる自分がひどく情けなく思える。

 

 「おーい」

 

 そうして千鳥が目を覚ましてから数分ほどの時間が過ぎて、保健の古賀先生がやってきた。

 

 「千鳥さん、大丈夫立てる?」

 「はい。大丈夫です」

 

 俺たちの元に来るや否や、古賀先生は千鳥に声をかけて念のために両肩を優しく支えるようにしながら立たせて、千鳥の鞄を代わりに持つ。いくら本人が“大丈夫”と言っても、気を失っていたからだ。

 

 「ありがとう大神君。あなたのおかげで色々と助かったわ」

 「いえ、俺は何もしてないですよ。それより千鳥さんの目が覚めて良かったです」

 「えっ?てことは奈桜倒れたの!?」

 「うん。ちょっとだけらしいけど・・・」

 「マジか・・・いや大丈夫かそれ?」

 「でももう本当に大丈夫だから」

 「とにかく千鳥さんは1限目の授業が終わるまでは保健室でゆっくり休みな。それから体調や様子を見て、このまま早退するか授業を受けるか判断しましょう」

 「はい。ご迷惑おかけします」

 「いいのいいの。困ったら遠慮しないでどんどん甘えちゃって」

 

 ともあれこれで、“問題”はまだ何も解決していないけれど事態はひと段落した。

 

 「・・・あの、古賀先生」

 「ん?どうしたの大神君?」

 

 だけど古賀先生が千鳥を保健室へ連れて行こうとしたところで、俺はあることに気が付いた。

 

 「どうして千鳥さんが昇降口のところで倒れてたことが分かったんですか?」

 

 何となくの予想はしていたけれど、俺は念のためにそれを古賀先生へ聞いてみた。

 

 「千鳥さんが倒れたところをたまたま目撃したっていう子が、私に伝えに来てね」

 「・・・そうなんですね」

 

 そのことを古賀先生に聞いてみると、返ってきたのはほぼ想像通りの答えだった。だけど保健室へ伝えに行ってくれた生徒の子がいたことが分かり、この学校にいるみんながみんな見て見ぬ振りをするような子ばかりじゃないことを知れた俺は内心で安堵した。

 

 「何か気になることがあるの?」

 「いえ、どうして分かったんだろうなってことを聞きたかっただけですので、ありがとうございます」

 

 強いて言えば誰が伝えに行ってくれたんだろうという気にしても仕方がないレベルの小さな疑問はあるけれど、何より千鳥に心から寄り添ってくれる友達がこうして近くにいることと、その友達の前ではちゃんと千鳥は心を開いて弱さを曝け出しているところを見て、この子はかつての俺とは違い“独りじゃない”ことを改めて知れて、純粋に嬉しく思った。

 

 「じゃあここからは千鳥さんのことは私に任せて。2人はホームルームに遅れないように教室に戻って大丈夫よ」

 「はい、ありがとうございました(まだ10分ぐらい余裕あるけど・・・)」

 

 こうして古賀先生が駆けつけてくれたことで“お役御免”になった俺は、そのまま保健室へと歩いていく千鳥と古賀先生を藤ノ木と一緒にその場で見送る。

 

 「・・・本当にありがとう。藤ノ木さん」

 

 2人の背中が小さくなったところで、俺は気まずくなりかけた沈黙を破って隣に立つ藤ノ木へ感謝を告げる。

 

 「ありがとうって言いたいのはアタシのほうだよ。きっと大神くんがいなかったら、奈桜はまだここまで立ち直れてないって思うから」

 

 左に立つ俺に、藤ノ木は感謝で返す。結局俺は、千鳥に対して何にもしてあげられなかった。寧ろ、千鳥のことを黒崎たちから聞いただけでまだ良く知りもしないまま覚悟を急かすような真似(こと)を俺がしたせいで、避けていたトラウマを掘り起こしてしまったようなものだ。

 

 「・・・藤ノ木さんのことを見て思ったよ・・・俺はまだ千鳥さんのことを“ほとんど”知らないんだって」

 「そりゃ君は転校生だから知らないのは当然でしょ」

 

 ひとつ確かなことは、俺は千鳥のことをまだ“ほとんど”理解出来ていないということ。だから肝心なときに自分がどうしたらいいのかが、分からなくなった。

 

 「そう言われたらそうなんだけど・・・会ったばかりでも、俺みたいな編入生に“友達になってくれませんか”って勇気を出して言ってくれた人が傷ついてるのに何も出来ないのは・・・嫌だからさ・・・

 

 

 

 だからこそ千鳥のために、どうにかしていま自分が出来ることを何か一つでもやらないと・・・

 

 

 

 「ところで大神くんはマナや真ちゃんから奈桜のことは聞いてたりする?」

 「・・・もしかして黒崎さんと城野くんのこと?」

 「そう」

 

 口から出た心の呟きに、藤ノ木は突然問いかける。

 

 「一応、2年のときに“いじめ”があったってことは聞いてる」

 

 それに俺は正直に答える。いま振り返ると千鳥とのあの距離感からして、きっと藤ノ木も黒崎や城野が教えてくれた“いじめ”の件を知っていてもおかしくはない。

 

 「ねえ、急で悪いんだけど大神くんって今日の放課後空いてる?」

 「うん。空いてるけどどうして?」

 

 という“ひょっとして”な予感が頭の中によぎったのと同時に、藤ノ木は意味深そうな表情で微笑み左に立つ俺に顔を向けてまた聞いてきた。

 

 「アタシが“みんな”を呼んでおくから放課後集まってちゃんと話し合おうよ。“奈桜のこと”について




【人物紹介】

・藤ノ木鱗(ふじのきりん) 
 1月12日生まれ A型 17歳(第45話時点)
 身長:170cm 髪色:プラチナブロンド 一人称:アタシ
 イメージCV:瀬戸麻沙美
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