ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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ヒキニート、“言葉”をかける

 「赤間くん」

 

 帰りのホームルームが終わり自分の席から立って帰ろうとしたところで、出席番号の関係で隣の位置の席に座る大神が俺に話しかけてきた。とてもじゃないが今は、こいつとは心境的にあまり話したくはない。

 

 「何だ、大神?」

 

 だけれど大神が俺に何かをしたわけでもなければ悪いことをしたわけでもないから、俺は普通に呼びかけられた声にリアクションをする。そもそも話したくないのは俺の勝手であって、奈桜のことを助けようとしていた大神は本当に何一つ悪くない。はっきりと分かるのは、いまの俺は紛れもなく“最低”だということ。

 

 「言い忘れてたけど、支部大会お疲れ様。あと、都大会出場おめでとう」

 

 そんな最低なことを思ってしまっている俺に、大神は支部大会を無事に終えて都大会出場を決めたことを笑顔で労う。

 

 「・・・おう。大神もありがとうな、応援してくれて」

 「ううん。赤間くんを応援するのは、クラスメイトとして当たり前のことだよ」

 「・・・そうか」

 

 まさかあのとき昇降口に居合わせていたということを知らないであろう大神の明るい表情に、朝からずっと心の中で付きまとう罪悪感が俺の胸を痛ませる。

 

 「じゃあ、お疲れ」

 「うん。お疲れ」

 

 胸の奥から湧いて出た痛みから逃れるように、俺は大神に早々と別れの挨拶を告げて教室から出る。廊下へ出るのと同時に“今朝のこと”を聞かれなかったことへの安堵感で痛みが一瞬だけ和らいで、応援してくれている編入生のクラスメイトへ嘘を吐いた自分への腹立たしさで、再び痛みがぶり返す。

 

 “あのとき俺が約束を破って“手を出そう”としなければ、こうはならなかった・・・”

 

 こんなときほど、たらればを願ってしまうことはない。もしも殴るという選択以外で奈桜のことをいじめていた連中を止めることが出来たなら、あるいは奈桜の心が限界を迎える前に“大丈夫”と笑顔で強がっていたあいつに無理にでももっと寄り添っていたら・・・なんて、後悔しても遅い。

 

 

 

 

 

 

 “『・・・衛士くんだけは・・・・・・信じてたのに・・・』”

 

 

 

 

 

 

 「・・・はぁ」

 

 目に涙を浮かべて走り去っていく奈桜をただ立ち尽くして見送ることしか出来なかった最低な自分(おれ)の記憶が蘇り、油断すると壁を殴ってしまいそうなほどの自分に対する怒りを溜息で鎮めて、無意識に握っていた拳の力を抜いて理性を保つ。

 

 「・・・・・・」

 

 トラウマに苛まれていた意識から我に戻ると、俺は昇降口の通路まで歩いていた。どうやら俺は教室を出てからここまで、ずっと考え事をしていたみたいだ。

 

 

 

 “『・・・千鳥さん!』”

 

 

 

 「・・・っ」

 

 そして見慣れているはずの昇降口を前にして、奈桜を保健室に連れて行こうとしていた大神の姿がフラッシュバックする。もう終わっていることをいつまでも気に留めている暇なんてライバルを追い続ける立場の俺にはないはずなのに、今日ばかりはずっとこのことを考えてしまう。

 

 “今日が“オフ”なのが唯一の救いか・・・”

 

 本当に今日の気分は最悪以外の何物でもない。唯一幸いなのは、大会翌日で部活がないことぐらいか。いつもだったら多少疲れがあっても走りたい欲が出てくるのだが、今はそんな気分にすらなれない。もし仮に練習があるとしても、切り替える気力もない。こういうときでもトラックに立てば全てを忘れ去られるだけの強靭なメンタルがあれば、どれだけ楽なことか。

 

 「(今日はもう帰ろう。真っ直ぐ帰って、荒木さんが送ってくれた支部大会の自分の走りをもう一度見返して改善点を)」

 「衛士っ、お疲れさん!」

 

 どうにか今朝のフラッシュバックを振り払って無意識に止まっていた足を再び前へと動かそうとしたタイミングで、雄磨が機嫌よく俺の名前を呼んで肩に手をかけてきた。せっかく気持ちを切り替えられそうだったのに、タイミングの悪い奴だ。

 

 「んだよ肩に手ぇ掛けんな離せ」

 「そんなこと言うなよ衛士。お互いインハイに向けて切磋琢磨する仲だろ俺たち?」

 「切磋琢磨言うなら普段からもっと真面目に練習しろや」

 「してるぜ俺なりに☆」

 「チッ」

 「うわマジの舌打ちじゃん」

 

 なんて俺の心情なんて1ミリも知らない雄磨は、謎に上機嫌な様子で俺への“ウザ絡み”を続ける。

 

 「・・・今日のお前、いつになく機嫌良いな?」

 

 というか、いつも以上に上機嫌だ。昼を食っていたときもいつものように上機嫌だったが、マジでどうした?

 

 「そうか?いつも通りじゃね?」

 

 俺からの問いにあくまで“いつも通り”だと答えた雄磨は、俺の肩から手を離す。部活も含めて普段から一緒にいることが多いから分かるが、今のこいつはあからさまに上機嫌だ。

 

 「よし衛士、今日は部活もないことだし今からカラオケでも行こうぜ」

 「・・・・・・は?」

 

 その上機嫌なテンションとノリを維持したまま返って来た次の一言に、俺の頭はショートしかけた。

 

 「だからよ、今日は部活もないことだしカラオケでも行こうぜ衛士?」

 「都大会が2週間後に迫ってるこんなタイミングでカラオケ行くとか頭イカれてんのかお前?

 「相変わらずキレるといつもの5割増しで容赦ないなオイまぁ、そういうところが面白いんだけど・・・)」

 

 何を言い出したのかと思えば、都大会が迫っているというタイミングであろうことか雄磨はこの俺をカラオケに誘ってきやがった。インハイが終わった後ならまだしも、こんな大事なときに遊び耽るとは舐め腐りにも程がある。

 

 「こんな舐め腐った野郎のお遊びに付き合うくらいなら家帰って自分の走りを見返して改善点を探し出して明日からの練習メニューを考えるほうが100倍マシだ」

 「ははっ、ホントお前は“陸上バカ”だな」

 「雄磨はそれでいいかもしれねえけど俺は休んでる暇なんざねえんだよ」

 

 それに、金曜には都大会を前にした城成との合同練習もある。こんなタイミングで“カラオケ行こうぜ”なんて言われたら、いくら気を許している戦友と言えども憎まれ口のひとつは叩きたくはなる。

 

 「“インハイで(あいつ)に勝つ”のが目標なんだぞ・・・俺は

 

 

 

 とにかくインハイが終わるまでは息抜きをして気持ちを途切らす暇も、もうとっくに壊れて後戻りが出来なくなった奈桜との過去を思い返す暇も、俺にはない。

 

 

 

 「だからこそ息抜きが必要なんだよ。衛士」

 

 足を進めて昇降口のロッカーで靴を履き替える俺に、雄磨は数秒前までの明るい口ぶりはそのままに一転して真面目な目つきで話しかける。

 

 「少なくともいまのお前じゃ、どうせ家に帰ったところで何にも身が入らないのは目に見えるしな」

 「あ?どういう意味だ?」

 「だって衛士、昼間んときからずっと元気ないじゃん」

 

 いきなり突かれた核心に、上履きをロッカーに入れかけた手が止まる。

 

 「いや、別に・・・普通だろ」

 「ホントお前嘘つくの下手な

 

 過去を思い返していたばかりで動揺が抜け切れていないのを隠そうと平然を装うつもりが、今朝の光景がフラッシュバックして思うように言葉が出ない。

 

 「やっぱ元気ないじゃん。どした?昨日の200Mで俺に0.08まで攻め込まれたのがそんなに悔しいか?」

 「それも悔しいけどそんなんじゃねえよ」

 「じゃあどんなだよ?(冗談半分で言ったけどそれはホントに悔しいんだな・・・)」

 「それは・・・・・・お前には関係ねえことだ」

 

 どうにかして言葉を返せば返すほど、墓穴を掘る悪循環。本当に今日は、何もかもが上手くいかなくて憂鬱だ。

 

 「確かにそうだよな・・・衛士の言う通り俺は“当事者”じゃないし、お前のために直接何かが出来るってわけでもない」

 

 何もかもが裏目に出ている今の俺を見る戦友の目が、俺は関係ないと言いながら“そら見たことか”と言わんばかりに微笑む。俺のことをあたかも全部分かり切ったように笑うこいつの表情を弱ったときに見ると、不器用な自分と比べてしまって無性に腹が立ってくる。

 

 「けど、話のひとつやふたつぐらいなら聞いてやれるぜ?戦友(ともだち)として

 

 

 

 だけれど、悔しいが雄磨(こいつ)の言う通りだ。このまま家に帰ったところで、どうせ今日のことを寝るまで考え込んでしまう。どれだけ速く走れるように身体が成長しても、心は相も変わらずちょっとした“イレギュラー”が起きただけで動揺してしまう。俺はそういう奴だ。

 

 

 

 「・・・今回限りだぞ」

 「しゃあ!そうと決まれば行くぜ衛士!」

 「マジで今回限りだぞ?」

 「分かってるって俺を信じろ☆」

 「こんなときに遊びに出る野郎の何を信じろっつんだボケが」

 

 今朝の出来事をずっと引きずっていることを察せられた俺は、結局雄磨の優しさに負けて不本意ながら息抜きに付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、めっちゃ今更だけど海崎くんも呼んだほうが良かったかな?」

 

 教室を出て、1組の中で自然と一緒にいることが多くなってすっかりお馴染みになった俺を含めた“いつもの5人”で話し合いの場所となる進路指導室へと向かう途中、行橋と一緒に先頭を歩く黒崎が思い出したかのように海崎さんの名前を挙げた。

 

 「海崎って、“じゃない方”の人?」

 「さては名前覚える気ないでしょ海音・・・

 

 案の定、俺と城野と一緒に女子組の真後ろを歩く宇島は遠慮なく“じゃない方”と言い切って行橋から苦言を言われる。いや、“案の定”と言ってしまうのはさすがに可哀想なのだけれど、そういう俺も俺で海崎さんのことをすっかり忘れていた。

 

 「でも新太は向こうのほうから何か聞いてきたところで話す感じにしたほうがいいと思うぜ。どこぞの一匹狼には負けるけど1人好きって感じがするし、オレたちからグイグイと言っても余計なお世話っしょ」

 「前から思ってるけど城くんって結構周りのことちゃんと見てるよね?」

 「ジブン、優秀生徒ですから(キリッ」

 「(まあ仕事柄1人で行動せざるを得ないところがあるからそう思われても仕方ないよな海崎さん・・・)

 

 とりあえずあらぬ方向へ誤解され始めている海崎さんなのだけれど、サポート課という仕事の都合だと却ってこんなふうに適度に距離を置かれた状況のほうがやりやすいのかもしれないとも思うから、俺は話の流れを静観する。さすがに本人がどう思っているのかまでは聞いてみないと俺でも分からない。

 

 「そーいう貴臣はどう思う?」

 「俺も城くんと同意見でいいと思うよ。千鳥さんと関わりがある俺ならともかく、海崎くんは千鳥さんのことは名前しかまだ知らないだろうし(名前どころか城野たち以上に色々と知ってそうだけど・・・)」

 「やっぱ貴臣もそう思うか」

 

 もちろん俺以外の4人は知る由なんてないけれど、常に俺のことを盗聴器片手に死角から観察している海崎さんは千鳥の件を全て把握しているから、心配無用などころか誰よりも心強いとも言える。唯一にして最大の弱点は、それを言ってしまった瞬間に俺のリライフごと終わる可能性が非常に高いというところか。

 

 「とりあえず都大会のときに試しに新太も誘ってみるか。仲良くするにはちょうどいい機会になるだろうしな」

 「いいね!あたし賛成」

 「もし“じゃない方”が断ったらどうするの?」

 「そん時はそん時よ。ってか“じゃない方”は本人には言ってやるなよ海音?」

 「うん。多分」

 「多分て

 

 しかしながらムードメーカーと言えど、1人でいることの多い海崎さんにしつこく絡みに行くのではなく様子を見ながら冷静に打ち解け合う機会を伺うところが何とも気遣い上手な城野らしさがある。今思えば俺に話しかけてきたのも筆記用具を忘れた赤間にペンと消しゴムを貸したことがきっかけだったから、壁を作らない反面ちゃんと周りのことを見て落ち着いて物事を判断している“大人”な一面があるのだろう。やっぱり、優秀生徒は伊達じゃないってことか。

 

 「そもそも私、海崎くんと全然話したことないからどんな人かもまだよく分からないんだよね」

 「あたしも分かる!海崎くんって割と謎だよね」

 「貴臣が目立ちすぎるってのもあるけどな」

 「そうかな?」

 「そりゃそうでしょ。転校初日のテストでいきなり全教科満点なんて目立たないわけないし」

 「まだそれ引っ張るんか」

 「シンが数学でニアミスしなかったらこうはならなかったよね」

 「マジでそれな」

 「いやそういう問題じゃない気がするんですけど・・・

 

 と、俺なりに海崎さんのことを気遣うのも裏腹で進路指導室に向かう途中の会話は“じゃない方”の編入生の話題が続く。何というか、これから2組の面子と合流して千鳥のことを話し合うとは思えないような話題をダラダラと続ける感じが、高校生って感じがして心地がいい。

 

 

 

 

 

 

 “『さっさと会社辞めてくれねぇかな大神のやつ』”

 

 

 

 

 

 

 「(・・・っと危ない。いま思い出してどうすんだ、昔のことを)」

 

 何だかんだでいつもの日常に戻りつつあるクラスメイトの会話を聞いていたら、休憩中に仕事とは関係のない愚痴を溢していた同僚の悪口を聞いてしまった会社員だったときのことを思い出しそうになって、すぐに意識を現実へと引き戻す。全く、俺という奴はなんてタイミングで思い返してんだ。

 

 「そうだ、貴臣くんは海崎くんのことって何か分かる?」

 「えっ、俺?」

 「だって編入生同士だからあたしたちより話してそうな感じがするし」

 

 と、過去の記憶を彼方へと追いやったところで黒崎が歩きながら横目で振り向いて海崎さんのことを聞いてきた。正直、どう答えればいいのか少し迷う。

 

 「んー、確かに話したことはあるけど俺も海崎くんとは桜咲(ここ)に編入して初めましてだからよく分からないんだよね」

 

 1秒ほど考えて、ひとまず嘘にならない範囲の理由で答える。話すことは話すけれど毎日というわけではなくて、互いに会ったのもここ1ヶ月半の出来事だから、多少は盛っているけど決して嘘は言っていない。まぁ、それ以前に海崎さんと共に天地がひっくり返るほどの“大嘘”を吐いてこの学校に編入しているから、人を傷つけないレベルの小さな嘘を吐く分にはもはや恐いものはない・・・と思えば開き直れてしまう、“リライフ慣れ”の恐ろしさ。

 

 「ただ、話しかけたら割とすぐに打ち解けてくれるとは思う」

 

 だけれど俺は人生をやり直す機会を与えられてここにいる身だから、ちゃんと出来る限りのリカバリーはする。いくら仕事で1人きりのほうがやりやすいとしても、かと言ってクラスメイトを蔑ろに扱うのは違う。当然あくまで海崎さんは仕事で高校生をやっているから過干渉にならないように気を遣わないといけないけれど、普通にクラスメイトとして海崎さんを受け入れるのが駄目だなんて誰も言ってない。

 

 

 

 “『自分の部屋から出られなかった引き篭もりの人がたった1ヶ月でここまで変われるなんて、貴臣さんも凄いって思いませんか?』”

 

 

 

 「確かに。衛士みたいに“俺に近づくなー”って感じじゃなさそうだったしね」

 

 さり気なく俺の知っている海崎さんの人柄を“だと思う”ていで教えてみると、同じクラスの一匹狼を引き合いにして黒崎は納得してくれた。ひとまずこれで、海崎さんへの誤解はある程度は解けたと信じたい。

 

 「今はだいぶ丸くなったけど入学してきたときとかマジで“一匹狼”だったからな衛士のやつ」

 「赤間くんって今より尖ってたの?」

 「そう。あたしとは中学のときから一緒だったから普通だったけど、最初のころは本当に“陸上以外何にも興味ない”感じで誰ともつるまないでお昼も1人で食べてた感じだったから」

 「何故だろう、めっちゃ想像できる」

 「それを見かねた真太郎が1人で学食を食べてる赤間くんの隣に座って話しかけたら“馴れ馴れしく話しかけてんじゃねえ”ってなって喧嘩になったこともあったよね?」

 「うわ~あったあった超懐いわそれ」

 「(全部知らないはずなのに想像が容易いわ・・・)

 

 そして5人の話題は海崎さんから赤間へと移る。どうやら城野曰く、1年のときの赤間は今以上に尖っていたらしい。

 

 「そんな感じだった衛士だけど1学期の期末テストで筆記用具忘れたのをオレに助けられてから“実は不器用なだけの奴”だってのがバレて、あいつなりに受け入れたのかちょっとずつオレらにも気を許すようになったってワケ」

 「へぇ~、そうなんだ」

 「つっても“陸上バカ”なのは変わらずだけどな。陸部が休みんときにオレらがたまに息抜きで遊びに誘っても“時間の無駄だ”っつって毎回断るし」

 「ま、そういう真っ直ぐなところが衛士の良さなんだよね。“不器用レベルMAX”だけど」

 「うん。それは俺でもなんか分かる3回もテストで筆記用具忘れて未だに人に頼れないところとか・・・)」

 

 ただそのときから“陸上バカ”なのと変なところで抜けていたのは相変わらずだったみたいで、1年のときにもテストで筆記用具まで忘れていたという。そういえば始業式の日にやった小テストのときで“3回目”だって城野は俺に教えてくれて、嘘がつけない赤間は図星を突かれてバツが悪そうにうなだれていた。

 

 

 

 “『じゃあ、お疲れ』”

 

 

 

 「(そういえば赤間のやつ・・・何かいつもより元気がなかった気がする)」

 

 小テストでの一幕を思い出したのと同時に、教室を出る前の帰り際に赤間と軽く話したときのことを俺は思い出した。普段からぶっきらぼうで口数も少ないから一旦スルーしていたが、思い返すと心なしかいつもより元気がなく、逃げるように“お疲れ”と言って足早に教室から出て行った。それが俺には“今は話したくない”と避けているように感じて、若干引っかかってはいた。

 

 「・・・あ」

 「お疲れ、みんな」

 

 そのことを聞こうとしたら、前のほうから藤ノ木の声が聞こえた。話に夢中になっている隙にいつの間にか俺は進路指導室の前まで歩いていた。

 

 「大神くんもほんとにありがとう。アタシたちに付き合ってくれて」

 「ううん、俺は全然大丈夫だよ」

 

 みんなと一緒に進路指導室に来た俺を見つけると、藤ノ木は急に無理を言ったのにも関わらず二つ返事でOKを出した俺に感謝を告げる。その隣には同じく2組にいる鞍手もいた。同じクラス同士だし鞍手もまた千鳥の事情に関わっている1人でもあるから考えてみれば当たり前だけれど、この2人の組み合わせは俺からすれば新鮮だ。

 

 「じゃあ、みんな揃ってるっぽいから早速入るよ」

 

 そしてこれから中で話し合う面子が揃ったことを目視で確認した藤ノ木は、先陣を切るように進路指導室のドアを開けて中へと入り、俺もみんなと一緒に続く。本当は赤間のことで少し気になっていることを聞きたいところだけど、ひとまずは話し合いのどこかでタイミングを計って聞くことにしよう。

 

 「?藤ノ木さん、どうした・・・」

 

 と、頭の中で聞くタイミングを考えながら進路指導室の中に入ると先に入った藤ノ木がどういうわけか立ち止まっていた。

 

 「・・・奈桜」

 

 その前に立っている人の名前を呟くほどの声で藤ノ木が呼ぶ。目の前にはいつもだったら学校から帰っているはずの千鳥が立っていた。

 

 「驚かせてごめん・・・本当に悩んだけど、もし大神くんに“去年のこと”を伝えなきゃいけないときが来たら、やっぱりわたしの口から伝えようって決めたから・・・」

 

 放課後にこの場所へみんなが来るのを待ち受けるように俺と藤ノ木たちの前に立つ千鳥は、真っ直ぐに視線をこっちに向けて自分の気持ちを訴えかける。それを伝えると決意した強い気持ちは、目を見ただけで俺は分かった。

 

 「・・・でも、奈桜」

 「“大丈夫”だよ鱗ちゃん。わたしが決めたことだから

 

 その様子に藤ノ木は動揺を隠せないまま言葉を投げようとするが、千鳥は“大丈夫”と覚悟を決めた表情で上書きして投げ返す。その言葉には強がりの感情も入っているけれど、目線はブレることなく俺たちを見続けている。

 

 「本当に“大丈夫”なんだな?

 

 それを見た俺は、今まで使ってこなかった“魔法の言葉”を初めてかけて、千鳥の心が強がりに耐え切れるのかを確かめた。

 

 「うん。みんながここにいるから

 

 俺からの“大丈夫”という言葉に、千鳥は強い口ぶりでそう答えた。

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