ヒキニート、高校生になる   作:ナカイユウ

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【人物紹介】

・海崎新太(かいざきあらた)
 8月12日生まれ O型 28歳(第1話時点)
 身長:176cm 髪色:青みがかった黒 一人称:普段は俺だが仕事中は僕
 イメージCV:小野賢章(本家アニメと同じ)


元被験者、嘘をつく

 毎日の残業、激務、それに見合わない安月給と、ストレスが充満したギスギスした社内の空気。ただ東京に憧れたという漠然とした動機で二浪を経て東京の大学に進学して、上手く行かない就職活動から逃げるように大学院に進み、ようやく内定が決まってやっとの思いで入ったその会社は、所謂ブラック企業だった。

 

 “『今日は海崎君初めてのお手柄だったから、みちる先輩がおごってあげよう』”

 

 そんな俺の教育係担当となったのが、営業成績トップの女性社員だった佐伯(さいき)みちる先輩だった。

 

 “『どうしたー?そろそろバテたかー?』”

 

 最初は心の中で“営業職で女の人の下に就くなんて”と思っていたけれど、先輩はとても気さくな人で、お世辞にも良いとは言えない社内の空気の中でも不満や弱音の1つも吐かずに生き生きと仕事をする姿勢に、俺は心を支えられた。

 

 “『しっかりしろ、海崎君』”

 

 女の癖に営業成績がやたら良いからと、同僚の社員から嫌がらせを受けるようなことがあっても、先輩は何事もなかったかのように“大丈夫だから”と笑って済ませるような強い心の持ち主で、いつかは俺も先輩のような優しくて強く、頼もしい大人になりたいと憧れを抱いていた。

 

 “『私は・・・大丈夫だから』”

 

 

 

 だから大丈夫だと思っていた先輩は・・・・・・大丈夫なんかじゃなかった。

 

 

 

 

 

 「お久しぶりです・・・先輩

 

 “佐伯家之墓”と刻まれたお墓の墓前に供え物として買ってきた缶コーヒーを置き、海崎さんはこの場所で眠っているという“高校時代の先輩”へ話しかけると、事前に持って来ていた線香をバッグから取り出してライターで火をつけて線香を添えて両手を合わせる。

 

 「・・・・・・」

 

 その姿を黙って後ろで見ているだけの自分に罪悪感を覚え、家を出るときからずっと被っていた帽子(キャップ)を取って、その場で海崎さんと同じように目の前で眠っている“佐伯先輩”に向かって両手を合わせて目を閉じる。正直、いきなり会ったことすらもない謎の男から拝まれたところで佐伯さんは間違いなく困っていることだろう。

 

 「・・・・・・」

 

 だいたい10秒ほど閉じていた目を開けて前に視線を向けると、海崎さんはまだお墓の前で先輩と心の中で会話をしているかのように手を合わせていた。もう何年も前に亡くなったという、学生時代に世話になったという先輩。きっと海崎さんはその人に、相当な思い入れがあるみたいだった。

 

 「すいません。お待たせしました」

 

 再びお墓の前で手を合わせる海崎さんを無言で見つめて約10秒、もうこの世界にはいない先輩との心の会話を終えてどこかスッキリしたような顔で振り向く。

 

 「・・・あの」

 

 亡くなった先輩の話を海崎さんに聞こうとしたが、それを言おうとした瞬間に言葉が詰まった。

 

 「どうしました?」

 「いえ・・・何でもないです」

 

 事故で亡くなったという先輩と海崎さんの間に何があったのかなんて1ミリも分からない。だけど、海崎さんが先輩を亡くしたことを後悔していることは、手を合わせる背中を見ただけで感じ取れた。

 

 だから、何も言えずにいた。

 

 「・・・・・・気なんて遣わず、言いたいことは素直に言って良いんですよ。貴臣さん

 

 そんな何も言えずにいる俺に、海崎さんは優しく話しかける。そうだ。この人にはもう俺のことはお見通しだった。

 

 「・・・じゃあ、聞きますけど・・・・・・海崎さんにとって先輩は・・・どんな人だったんですか?

 

 気なんて遣わなくたっていいと言われても内容が内容だけに言葉にするには少しだけ勇気が必要だったが、真っ直ぐに向き合ってくれている海崎さんに、思い切って聞きたかったことを聞いた。

 

 「・・・そうですね・・・・・・とても強くて優しい人で・・・どんな困難があっても辛い顔ひとつせずに後輩だった僕や周りを引っ張ってくれた・・・頼りがいのある先輩(ヒーロー)でしたね・・・

 

 

 

 “つよくてやさしいおにいちゃんへ・・・

 

 

 

 俺が12歳の誕生日を迎えた日、まだ6歳だったカズから誕生日にプレゼントと一緒に渡された手紙の最初の一行に書かれていた平仮名の文字を、不意に思い出した。

 

 「“強くて優しい人”・・・・・・俺も弟から同じようなことを言われたことがあります」

 「そうでしょうね」

 「でしょうねって・・・まぁ、俺のことを隅々まで調べ上げているのは分かっていますのでこれ以上は言わないですけど」

 

 カズにとって俺は、どんな“兄ちゃん”だったのだろう。海崎さんの言う先輩みたいな強くて優しくて頼りがいのある、そんな“兄ちゃん”でいられたのだろうか・・・・・・って、こんなザマになってる時点でそれはないな。

 

 「でも俺は、少なくとも海崎さんの先輩のような人とはほど遠い脆弱な人間ですよ・・・・・・」

 

 あぁ・・・まただ・・・

 

 「家族の前では“強くて頼れる長男”として辛い顔は絶対に見せないって決めていたけど、本当は自分を保つだけで精一杯で、だけどそんなことを周りに打ち明けられる勇気すらなくて・・・」

 

 またしても襲い掛かって来た、制御不能の感情。一度こいつが襲ってくると、吐き出し切るまで止まらない。

 

 「呆れますよね・・・こんな自分にすらマトモに向き合えなかった臆病者の、どこか強くて優しい人なんだか・・・

 

 そして全てを吐き出したところでやってくるのは、決まって後悔の感情。

 

 「・・・すいません。またやってしまいました」

 

 このままじゃいけないということは、他の誰よりも俺が一番よく知っている。こんなところまで落ちるまで心を追い詰めたのが紛れもなく俺自身だということは、もっと知っている。

 

 「・・・引き篭もってからはずっとこんな調子なんですよ・・・このままじゃ駄目だと自分に言い聞かせて就活サイトを開いて応募しようとしたり履歴書を書こうとする度に同僚の悪口が頭をよぎって、今みたいに負の感情が爆発して辛くなっては現実逃避を繰り返していたらあっという間に弟は高校を卒業していて・・・」

 

 吐き捨てたところで、それで人生が変わるなんてあり得ない。

 

 「・・・こんなはずじゃなかったんだけどな・・・人生」

 

 強いて言うなら、ほんの僅かだけ心が軽くなるってだけだ。そうやって俺は、ずっと狭い部屋で現実から逃げ続けていた。

 

 でもそうすることで、俺はどうにか自分を保ってきたのも事実だ。

 

 「・・・貴臣さんは“本当に弱い人間”がどういう人たちなのかを知っていますか?

 

 ネガティブな感情を吐き出して少しだけラクになった身体に、海崎さんの言葉が響き渡る。

 

 「・・・本当に弱い人間・・・?」

 

 言葉が聞こえた方向へ視線を送ると、海崎さんは真面目な顔をして何かを訴えかけるように俺の目を一直線に見ていた。今まで気さくな笑顔しか見ていなかったこともあって、その顔を見た瞬間にゾッとするような感覚を覚えた。

 

 「・・・“本当に弱い人間”っていうのは・・・・・・人を(おと)すことで自分が上がることに罪悪感も虚しさも感じない人たちのことです・・・

 

 昨日あったばかりだというのに、海崎さんの言葉の一つ一つが次々と心に突き刺さる。きっとそれは、海崎さんも同じような経験をしたことがあるから・・・なのかもしれない。

 

 海崎さんの過去なんて何も分からないはずなのに、この人の言葉は恐いくらいに俺の感情を揺さぶっていく。

 

 「人を貶そうとする行為は、結局は自分を貶す・・・それは今まで積み重ねてきた努力や信頼を自らの手で踏みにじるのと同じ愚かなことです・・・そんな真似をして喜んでいられるのは・・・・・・自分で頑張ることを諦めて寄って集って貴臣さん(あいて)を潰して上に行こうとする、“臆病者”だけです・・・

 

 

 

 “『ほんと良いよな~お前みたいな苦労知らずのイケメン高学歴は付き合いが悪くても営業成績トップになれるんだからよ・・・言っとくけどここにお前の居場所なんてねぇからな』”

 

 やめろ・・・

 

 “『俺らみたいな“平民”とは付き合いたくない癖に気安く話しかけてくんじゃねぇよ自称金欠野郎』”

 

 こんなときに出てくんなよ・・・

 

 “『また家の都合ですか・・・そんなんだから周りから誤解されて嫌われるんですよ、大神さん』”

 

 何で会社を辞めてやったのにお前らはいつまでも付きまとってくるんだよ・・・

 

 “『・・・せいぜい嫌われて苦しめよ・・・・・・苦労知らずの優等生・・・』”

 

 

 

 もう・・・やめてくれ・・・・・・

 

 

 

 「でも・・・・・・“自分の弱さ”と“家族の笑顔”を誰よりも知っている貴臣さんは違う

 「・・・・・・

 

 海崎さんの一言で、ネガティブの深層に落ちかけていた意識がハッと現実に引き戻された。

 

 「確かに1人で抱え込まなくてもいい余計なものまで全部を背負ったばかりに、犠牲にしなければならないものもあったかもしれません・・・だけれど貴臣さんがあれだけ“家族のため”に頑張ったおかげで、弟の和臣君はあんなに立派になったじゃないですか」

 「・・・あの、こんなタイミングで言うのは難ですけど和臣の何を知っているんですか?」

 「ほぼ全部です。貴臣さんの身の回りのことは責任をもって調べ上げていますので」

 「だからドヤ顔でそんなこと言われても怖いだけです」

 「ちなみに和臣君の彼女さん、パッと見気は強そうですけど意外と繊細なところがあるのでいつかご挨拶をしようと考えているならあまり刺激はしないように」

 「なんでそんなことまで知ってんだよ!?(やっぱりなんか怖いわ海崎さんとこの会社・・・)」

 「シッ、声が大きいですよ貴臣さん」

 「あぁスイマセン・・・ていうか、カズの彼女がどんなだとか言われても俺知らないんで困りますよ」

 

 そして大真面目に人を説得したかと思ったら、次の瞬間にはニヤケ顔をして人をおちょくる海崎さん。きっとこれも、人から気を遣われることがあまり得意じゃない俺の性格を調べ上げてきたからなんだろうか。

 

 「・・・ただ、あのカズが彼女を家に連れて来たときは・・・やっと自分のために生きてくれたなって感じて・・・・・・心の底から嬉しかった・・・

 

 だけどそれが本当だったとしても、海崎さんの優しさに偽りがないのは感じ取れているから、心置きなく自分のことを素直に吐き出すことができる。

 

 「・・・そうやって人の幸せを心から喜べる貴臣さんは・・・・・・十分に立派な強い人ですよ・・・

 

 

 

 “全く、何で俺は昨日今日で会ったばかりの得体の知れない人に、ここまで心を開いているんだか・・・

 

 

 

 「だからもう・・・必要以上に自分を責めないで上げてください。今でも家族が家族として同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べることができているのは・・・全て貴臣さんのおかげなんです・・・・・・そんな貴臣さんのことを責められる人間は誰もいないと僕は思っています

 「・・・・・・

 

 

 

 “つよくてやさしいおにいちゃんへ

 

 12さいのおたんじょうびおめでとう

 しょうらいはおにいちゃんのような

 ヒーローになりたいです

 だからもっとつよくなってください  

             

                 かずおみ

 

 

 

 「昨日会ったばかりの僕が言っても説得力はないかもしれませんが・・・きっと和臣君にとって貴臣さんは、今でも“強くて優しいお兄ちゃん(ヒーロー)”ですよ・・・

 

 12歳の誕生日に渡されたカズからの手紙。思い返すとツッコミどころの多い手紙だ。お兄ちゃんのようなヒーローになりたいからもっと強くなれっていう肝心な主語が抜けたような文脈が、面白おかしく愛おしい。だけれどよく考えたらカズは“ヒーロー”のように強い俺に憧れているわけだから、冷静に手紙を読んでみたら結構核心をついていて、この頃からあいつの“地頭の良さ”の片鱗は見え隠れしていた・・・と、今にしてみれば思う。

 

 「・・・俺がヒーロー・・・か・・・

 

 でもそんなことがどうでもよくなってしまうくらい、俺は嬉しかった。カズが1人で一生懸命気持ちを込めた手紙だけは、今でも部屋の机の引き出しの中で大切に保管している。

 

 「・・・実は和臣・・・小学校に上がったばかりの頃は全然勉強が出来なかったんですよ・・・」

 

 そんな文脈がおかしくも愛らしい手紙を書いてから12年。クラスの誰よりも九九を覚えるのが苦手だったはずのカズは、俺と同じ青葉高校に上がったときには常にクラスで1番の成績を出せるほどの秀才になっていた。小3の時に算数のテストで初めて100点を取ったときには次の日に熱を出すほど喜びを爆発させていたのに、今じゃ100点を取ってもすまし顔で微笑むぐらいになった。

 

 「えっ?あのシルバーピンを逃したことのないおおg、和臣君が?(やべぇいま完全に油断して大神って言いかけたけどセーフだよな!?セーフであってくれ!頼む!!)」

 「さすがにサポート課でもリサーチしきれていないところはあるんですね?(あれいま海崎さんカズのこと大神って言いかけなかったか?・・・気のせいか?)」

 「安心してください。和臣君のことは貴臣さんのために調べてます(セーフ・・・だよな?)」

 「だからそんな爽やかな顔で言われても怖いだけだって(まぁどっちも大神だし間違ってるわけじゃないから、別にいいか)」

 

 もしかしてカズが勉強出来るようになったのは、俺のことをヒーローとしてずっと追いかけ続けていたから・・・なんて、とんだ勘違いだ。少なくとも俺はヒーローだって慕われるような大層な人間じゃない。

 

 「・・・それでも学年が上がる度にどんどんと勉強が出来るようになって、小3のときの算数のテストで初めて100点を取ってからは、ずっと勉強では負け知らずです」

 「その代わり運動神経はアレですけどね?」

 「はい、スポーツだけは何をやってもダメなのはずっとあいつのデフォルトなんで」

 「実の兄からもこの言われようて・・・頑張れ、オーガ)」

 

 だけど、もし俺が色んなものを犠牲にしたおかげで少しでも長い時間カズと親父が笑顔でいてくれたというのなら・・・

 

 「まぁただ、カズが俺の背中を追い続けて勉強が出来るようになって、普通に友達だとか彼女と自分の時間を楽しめているって考えたら・・・・・・俺がしてきたことは無駄じゃなかったって・・・言えますか?

 

 被験者と担当というよりも本当に友達のように接してくれる海崎さんを見ていたら、仲の良かった友達からどんどんと遠ざかって壊れていったあの日々は、決して無駄なんかじゃなかった・・・と、つい柄にもないことを思ってしまった。

 

 「・・・もちろんですよ・・・貴臣さんが家族のために必死になって頑張った日々は、ちゃんと形になって和臣君やお父さん、その周りの人たちに届いています・・・

 

 いや、もう海崎さんは半分友達のような感じなのかもしれない。

 

 「・・・あの・・・海崎さんはどうして昨日会ったばかりの俺なんかにここまで全部さらけ出してくれるんですか?

 

 だからこそ、思い切って俺は海崎さんに聞いてみた。

 

 「・・・何ででしょうね・・・正直分からないんですけど・・・何でも気兼ねなく話せるのが“友達”だということは僕も知ってます・・・・・・“友達”が近くにいると、それだけで目に見える景色はガラッと変わりますよ。貴臣さん

 「・・・・・・これも“仕事”なんですよね?」

 「えぇ、言ってしまえばこれもサポート課としての“仕事”です」

 

 返って来た答えは、ある意味で予想通りの答えだった。海崎さんがこうやって友達のように接してくれているのも、全ては被験者が充実したリライフを送ってもらうためのひと芝居のようなもの。

 

 「ですが、リライフを通じて貴臣さんのこれからの人生と幸せを支援(サポート)していきたいという僕の気持ちは・・・紛れもなく本物です

 

 だけどそれが仕事だと言うことをこんなにも真っ直ぐにはっきりとぶっちゃける海崎さんの言葉には、絶対に嘘はない。

 

 

 

 “そっか・・・だから俺は海崎さんにここまで心が開けるんだな・・・

 

 

 

 「・・・その言葉を聞けて逆に安心しましたよ・・・・・・海崎さん

 

 

 

 “・・・先輩・・・ごめんなさい・・・・・・“仕事”だとはいえ・・・嘘つきました・・・”

 

 

 

 「さて、次は貴臣さんの番ですね」

 「・・・ですね」

 

 海崎さんの先輩の墓参りを終えた俺は、まだ海崎さんには伝えていない最後に家族全員で出掛けた思い出の場所に向かった。

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